■招く手 〜七つの怪異〜■
エム・リー |
【2736】【東雲・飛鳥】【古書肆「しののめ書店」店主】 |
七つの怪談。七つの不思議。世には数多くの怪異が溢れております。
この度あなた様には、そういった怪異を巡っていただくことになります。
解決なさるのもよし、そのままにしておくもよし。
さて、今回の怪異は、「招く手」でございます。
その沼は、とある廃校の隣にあるのだそうです。
学校が廃校となったのは、もう数十年ほど前の事。
沼はその頃から在ったといわれています。
学校がなぜ廃校になったのか、その理由は定かではありません。
が、ありがちな”霊現象”が起きていたらしいということは、確かなようです。
夜中に沼に近付くと、沼の底から生えるように飛び出ている、白い手が見えるのだそうです。一見すると花のようにも見えるそうですが、近付いて目を凝らせば、それが、見る者を手招いているのがよく分かるそうです。
手の数はひとつだとも数本だとも言われ、明らかではありません。
また、夕方にその沼を覗きこむと、澱んだ水の中、こちらを見ている小さな子供の顔が見えるのだそうです。
三上事務所に入り込んできた証言は、ほとんどがこういった内容。
あなたには、その「なにか」を確かめてきていただきたいと思います。
解決する。放置する。
対応する手段はお任せします。
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死神の花園
夏の強い陽射しは生い茂る木々によって濾過され、ちょうど心地よい程度にやわらいでいる。
見上げれば頭上には様々な種類の葉が風に揺れていて、それらが落とす影が大地をスクリーンにして映し出されている。
穏やかに吹く風が東雲 飛鳥の髪を撫でていく。彼は片手を持ち上げ、陽光と同じ色をした金色の髪を押さえつけながら目を細めた。
「街中の暑気が嘘のようですね。たまにはこうした場所で羽を伸ばすのも悪くないかもしれません」
涼しげな青い色を浮かべた双眸を緩めて微笑むと、東雲は自分の隣を歩く少女に向けて軽く首を傾げてみせる。
少女は東雲の顔を横目で見やり、フと口許を緩ませて小さく頷いた。
「そうかもしれないわね。私はあまり滅多に街中には出ないから、あまりよくは分からないけれども」
東雲は少女の言葉に何度か頷くと、もう一度視線を頭上に持ち上げて、彼の瞳の色をそのまま映したような空を仰いだ。
風の軌跡までが見えそうな空。通りぬけていく風は緑深い樹木の間を、我が物顔で過ぎていく。
□ ■ □
初めて訪れたその屋敷は、深い森に囲まれてひっそりと佇んでいた。
白い壁で覆われた屋敷の周囲には庭園が広がり、まとまりのない様々な草花がそれぞれの存在を主張しあっている。
アーチ状にあつらえられた門の前に立った東雲は、庭先で木の手入れをしている青年と目が合い、招き入れられた。
「東雲 飛鳥様ですね。我が主エカテリーナ様がお待ちです。……こちらへどうぞ」
青年はそう言って作業の手を休め、東雲を屋敷の中へと案内し始めた。
青年の後ろを歩きながら、東雲は彼に問う。
「私は初めてこちらにお邪魔するのですが、既に名前などをご存知でいらしたとは……やはりそれも魔女さんのお力でしょうか?」
通された屋敷の中はヒヤリとした空気で満ちていて、数多の扉と床に敷かれた赤い絨毯などが目につく、どこか中世の城を思わせるような造りをしていた。
その絨毯の上を早足で進みながら、青年は時折ちらりと振り向いては速さを緩め、東雲の姿を確認するように頷いた。
「エカテリーナ様はこの森の主でもいらっしゃいますから、森の木々やそこに住む精霊などが知らせてくれるのだそうです。……僕もあまり詳しくはないのですが」
「あまり詳しくないとは? 貴方は魔女さんの執事さんか何かではないのですか?」
青年の言葉に改めて問うと、青年は廊下の突き当たりにある部屋の扉を前に足を止め、東雲の顔を見やって小さく笑った。
「僕はこの屋敷の庭の手入れを任されているだけの庭師ですよ。たまに雑務などもやっていますけれど」
小さく笑い、青年は丁寧に頭をさげて扉のノブに手をかける。
案内された部屋の中は少しだけ薄暗く、開け放たれている窓からは森の香りを一杯に満たした風が流れこんでいる。
飾られた調度品や家具などは思ったよりも少なめで、窓の傍には小さな丸いテーブルが置かれてあり、そのテーブルについてこちらを見ている少女が一人。
「東雲 飛鳥さん? ようこそ、待ってたわ」
少女はそう言って立ちあがり、東雲を手招いて椅子を勧めた。
「初めまして、深奥の魔女さん。あなたに関する噂は以前から聞いていまして、ぜひ一度お目にかかってみたいと思ってました。お会いできて光栄です」
東雲はそう応えて満面の笑みを浮かべ、魔女に向けて握手を求めた。
魔女は快く握手に応じるとすぐにまた椅子に腰をおろし、青年にお茶を持ってくるようにと声をかけた。
「実は、ちょうどここに来てくれる人を待っていたのよ。ちょっとお願いしたいことが出来てしまって」
青年が運んできたカップを片手に持って東雲の顔を見据えると、魔女は眉根を寄せてため息をこぼす。
カップの中の紅茶の香しい花の香りが、辺りにあたたかな湯気と共に広がっていく。
「どうされました? 私でよければお手伝いしましょうか?」
紅茶を一口啜ってカップを受け皿に戻し、東雲はテーブルの向こうにいる魔女の瞳を覗きこんだ。
「初めてここに来たのに、しょっぱなからお遣いを頼むのもどうかと思うのだけれど……あなただったらきっとこなしてくれそうだから、遠慮せずにお願いするわ」
魔女は赤い瞳に毅然とした光を浮かべ、東雲の青い双眸を見つめ返す。
そして東雲が首を縦に動かしてみせたのを確認すると、小さな嘆息を共にして言葉を続けた。
「……この森の中に、古い馴染みがいるのだけれども。噂では、どうも私の知らない花を創り出したらしいのよ。私の知らない花なんて、そんなものがあっていいわけがないの」
魔女はそう言って口惜しそうに睫毛を伏せる。
「はあ。それなら株分けをお願いすればいいじゃないですか」
銀のトレイに菓子をいくつか乗せて運んできた青年に礼をしながら、東雲は緩やかに青を細くさせた。
すると魔女はその言葉を一蹴するかのように首を横に振り、菓子の一つを摘んで口の中へと放りこんだ。
「私はどんな花でも創りだすことが出来るの。それなのに株分けを頼むだなんて」
眉間にしわを寄せて大袈裟なため息をもらしている魔女を眺める東雲に、トレイを引き下げながら青年がそっと耳打ちする。
『変なプライドが高い方なのです』
「ラビ。妙なことは言わなくていいの。さがりなさい」
青年の言葉が聞こえたのか吐き捨てるようにそう言うと、彼女は青年を睨みつけて頬づえをついた。
「どんな花なのか判れば、私がそれを再現することは容易なの。可能ならその花の種を手にいれて、さらに良い花を創り出すというのに」
「はぁ、種ですか」
肩をすくめて部屋を後にしていく青年を見送る東雲の長い金髪が、風に乗って宙に舞う。
それを片手で押さえながら微笑むと、東雲は残りの紅茶を一口に飲みこんでから立ちあがった。
「つまり私がその種を取ってくればよろしいのですね。いいですよ、参りましょう。それでそのお知り合いがいらっしゃる場所までは、どう向かえばよろしいのでしょうか?」
「道案内とか必要かしら? なんだったらラビを連れていくといいわ」
頬づえをついたまま東雲を見上げて微笑む魔女に、東雲はやわらかな視線を投げかける。
「どうせご一緒してくださるなら、女性の方がいいですね。――今日は陽気も良いですし、散歩がてら案内してくださいませんか? 魔女さん」
□ ■ □
「そういえばその今からお会いする方は、どういった感じの方なのですか?」
屋敷を後にして森の中を歩き始めてから、小一時間ほどは経っただろうか。
街中は暑いだとか、自分はどんな本が好きなのだとか、そういった話題ばかり話しながら歩いてきた東雲は、ふいに思い立ってそう魔女に問いた。
東雲の話を興味深げに聞いていた魔女エカテリーナは、その問いが出た途端に表情を暗くさせて声を低めた。
「道化の面を被った陰気な男よ。死神っていう別称を抱え持ってもいるわ」
「はあ、死神ですか? あまりあり難くない別称ですね。その、殺しとかを繰り返してきたとか、そんな感じの方なんですか?」
東雲はのんきな口調でそう返し、ふと視線を真っ直ぐ前方に向けて持ち上げる。
見据える先に森からの出口が見えている。
「実際に殺しという行動をしているかどうかは分からないけれど、彼を訪ねていった人間は全員、二度と戻ってこないと言うわ」
歩き慣れた森の中、膝丈ほどの高さに伸びている草を踏みしめながら、エカテリーナは東雲が見ている先方を指差して首を傾げた。
「もうすぐ森が途切れて草原に出るの。彼――死神はそこを住みかとしているわ」
エカテリーナの指が示す場所を改めて確かめて、風で少し乱れたシャツの襟元を正しつつ、東雲は少し神妙な表情を作ってみせる。
「――つまり、その死神さんとやらを訪ねていった方が一人も帰還されていないということですね。……それらの方は、全員死神の手にかかって?」
東雲が訊ねると、魔女は視線だけをこちらに向けて首を傾げた。
「さあ、どうかしら? 私にはあんまり興味のないことだから……詳しくは知らないわ」
青い空から降りてくる陽光をさえぎる木立ちが途絶え、二人は森を抜けた場所に広がる草原へと足を踏み入れた。
眩いほどの緑が視界を覆い尽くし、吹き渡る風が緑の海を撫でて過ぎて行く。
膝丈ほどの長さの草を踏み分けて進むと、一本の大樹が草原の中央にそびえたっているのが見えた。
「凄い樹ですね。なんの樹でしょうか」
どっしりとした根を大地に張りつかせて立っている大樹を眺めつつ、東雲は半歩程度後ろにいるエカテリーナに言葉をかけた。
「図鑑なんかには載ってない木よ。年輪は結構抱えてるのだけれどもね。……ほら、あの木の根元が死神の住みかよ」
エカテリーナが白く細い指先で大樹を示す。
誘導されたように視線を向けると、大樹の根元には大きな窪みが出来ていて、窪みの中にうずくまるように座っている人間らしい人影が確かに見えた。
「なるほど……じゃあ、ちょっと行ってまいりますね。万が一何かあったらなんですので、魔女さんはこちらで待っててください。すぐに戻りますから」
エカテリーナの方に顔を向けて穏やかに笑むと、東雲は草の海の中へと足を進める。
「東雲さん。言うのを忘れていたけれど、死神は触れた相手の心を覗き見る能力を持っているわ。……覗かれたくなければ気をつけてね」
歩み出した東雲の背中を追うようにエカテリーナの言葉が告げられた。
東雲は首を少しだけ動かしてエカテリーナの顔を見やり、ハァと小さく頷いてからかすかに笑いをこぼした。
「……私の心ですか。なるほど……それは私も覗いてみたいですね」
クスリと笑む東雲の青い瞳が、これまでとは違う冷ややかな輝きを浮かべている。
――――凍てつく湖を思わせるその色に、渡る風がかすかに温度を下げたような気がした。
大樹は近付くほどにその巨大な姿を顕わにしていき、それを見る者を圧倒するような迫力を伴って天を突き刺していく。
「凄く大きな樹ですねえ。こちらにお住まいなんですか?」
のんびりとした口調でそう言うと、東雲は窪みの中にいる男に目を向けた。
男はうずくまるような体勢で窪みに収まり、膝を抱えこみながら東雲を見上げている。――もっとも、顔には面がつけられているために、表情などを窺い見ることは出来ないが。
死神は東雲の言葉に応えようとはせず、ただ無言で東雲を見上げている。
「私は東雲と申します。この度、深奥の魔女さんよりお遣いを受け賜りまして、こちらまでお邪魔させていただきました」
どこか間延びしたような言い方だが、その言葉は東雲が浮かべている微笑みにあいまってそこはかとなく優しく響く。
死神はカクリと首を傾けてから立ちあがり、細い枯れ木のような体を左右に揺らしながら歩き出した。
「きみ、魔女の友達?」
死神の問いに対して少しだけ首を傾げ、東雲は片手をアゴにあてて考えながら応えを告げる。
「今日、さきほど初めてお会いしたばかりですので、友達というよりは知人……いえ、それ以前でしょうか。多少面識がある相手。……うん、そんな感じですね」
考えながら出した応えに、死神はカクカクと顔を揺らして笑う。
「きみ、面白いね。……それで、なにを頼まれたの?」
東雲のすぐ目の前に立ち、死神はようやく足を止めた。
「ありがとうございます。ええ、今日は貴方が創ったのだという花をいただきにまいりました」
目の前に立った死神は東雲よりも少しだけ背が低く、その細い体格もあって、とても小さく感じられる。
表情を知ることは出来ないがその声音だけを聞けば、ひどく幼くも感じられる。
「花? ――――ああ、なるほどね。自分で取りに来ないあたり魔女らしいや」
クツクツと小さく笑いながら、死神は指を自分の足元に向けた。
そこにはジャスミンに形が似た花が揺れている。しかし色は白ではなく、夕焼けの空を映したようなものだ。
「これでしたか。可愛い花ですね。……貰っていっていいんですか? 何かお礼ですとかした方がよろしいでしょうか」
花に視線を向けながらそう言うと、死神は首をカクカクと揺らして頷いた。
「いいよ、持っていって。お礼なんかはいらないよ」
「そうですか? ありがとうございます、それじゃあ一輪だけ貰っていきますね」
死神の返事に笑みを浮かべ、東雲はゆっくりと膝を曲げて花を摘もうと手を伸ばす。
その時、死神が低く笑って呟いた。
「ただ、ちょっとだけきみの」
「私の心を覗きますか?」
東雲の言葉が死神の声を打ち消した。
花に指をかけたままの姿勢で、顔を持ち上げることもなくそう言うと、東雲はゆっくりと立ちあがって死神に触れた。
「――面白いものが見えるかもしれませんよ。私の内にある混沌が」
青い瞳をゆらりと細めて笑みを作る。薄く歪めた口許に一閃光る牙が覗いた。
「暴けるのなら暴いてください。――――私という存在を」
森を包みこむ空がわずかな朱を浮かべていた。
東雲が持ち帰ってきた花を受け取ると、エカテリーナは小さく礼を述べて両手で覆い持つように花を握り締めた。
花は彼女の手の中で、見る間に種へと変貌していく。
「どうやらあの方を訪ねていった方は、彼に心を覗かれて、そこに少しでも彼に対する恐怖や自分の世界に対する絶望とかいったものがあったら、花へと変えられていたようですね」
花が種へと変わっていく様子を眺めながら、東雲はラビが運んできたグラスを口に運んだ。
「もっとも、普通はああいう仮面をつけた方から迫られたら、少なからずの恐怖とか感じてしまうでしょうけれどもね」
小さく笑いながらグラスをテーブルに戻す。
すっかり種になった花を片手で握り締めながら、エカテリーナもグラスを口にした。
「――それじゃあ、この花ももしかしたら死神を訪ねていった誰かなのかもしれないわね」
エカテリーナの言葉に首を傾けて、東雲は窓の外に目を向ける。
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。――彼が私の心を暴き出すことが出来なかったように、誰にも彼のした事の全ては把握できないでしょうから」
暮れていく空はさっきよりも色濃くなった朱に染まり、強さを増した風に揺れる森が、大地に薄く影を落とす。
東雲の言葉に頷いてみせながら、エカテリーナは皿の上に盛られた菓子を一つつまみあげた。
「……誰にも心の深淵を覗くことは出来ない。そういうこと?」
菓子を口に放りこんでそう告げるエカテリーナに微笑みかけて、東雲は片手を持ち上げて前髪をかきあげた。
「そうかもしれません。……私が私の心を知る術を持たないように」
口許に薄く笑みを浮かべたまま、東雲は再びグラスを口に運ぶ。
東雲の瞳と同じ色の氷が、グラスの中でゆっくりと溶けていった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2736 / 東雲・飛鳥 / 男性 / 232歳 / 古書肆「しののめ書店」店主】
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■ ライター通信 ■
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東雲 飛鳥 様
はじめまして。この度はゲームノベル「死神の花園」へのご参加、まことにありがとうございました。
まずはお詫びを言わせてください。
納期ギリギリにお届けになってしまいましたこと、まことに申し訳ありませんでした。
もう少し速く書き上げることが出来ればいいのですが、なかなか適いません…。
それでもお預かりした東雲さまというPCの設定などを拝見しまして、大事に書かせていただきました。
少しでもお楽しみいただければ光栄に思います。
もしも「こんな設定じゃない」等というような表現がございましたら、遠慮なく申しつけくださいませ。
それでは、このノベルが東雲さまに少しでも楽しんでいただけるように願いつつ。失礼いたします。
よろしければまた次回、お声をかけてくださればと思います。ありがとうございました。
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