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■アトランティック・ブルー #3■

穂積杜
【2181】【鹿沼・デルフェス】【アンティークショップ・レンの店員】
 東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
 入手困難気味の乗船券を手に入れ、迎えるは出航日。
 不穏な乗客に何かが起こりそうな気配を感じるも、船は無事に港を離れる。
 
 しかし。
 
 差出人不明の脅迫状。
 謎のぬいぐるみ。
 幽霊船との遭遇。
 狙われている存在とそれを狙う存在。
 客としてまぎれこんでいる異質な何か。
 三つの品物の写真。
 そして、姉妹船と航路の謎。
 
 哀しいかな、予感は的中。
 楽しい旅路で終わるわけもなく……事件は起こった。
 そして。
 アトランティック・ブルー #3
  
「こっちのことはいいよ。あの娘の相手をしておやり」
「はい。では、お言葉に甘えてそうさせていただきますわ」
 蓮に言われ、素直に頷いたデルフェスは、持ち帰った荷物を開封せずにその場を離れようとする。がさごそと包みを開ける音がしたあと、蓮のなんとも言えない呟きを背中で聞き、足を止めた。
「なんだい、こりゃあ?」
 振り向き、蓮を見つめる。包みから顔を出しているものは、一枚の絵画。蓮はそれを片手に微妙な表情を浮かべていた。
「あ、その絵画は……」
 持ち帰った品物は、ふたつ。
 ひとつは、蓮に買い取りを頼まれたもの。
 もうひとつは……。
 
 倉庫で写真を撮ったあとは、立場が逆転した。
 弥生は追う方ではなく、追われる方となり、弥生が追っていた恰幅のいい男、つまりは南条は追われる方から追う方へと変わった。彼らの狙いは、もちろん、倉庫での出来事を押さえた写真。
 やはり、手を出してくるとなると、人目につかないような場所だろう。通路であれ、施設であれ、そういった場所には近づかないようにして、なるべく人の多い場所にいることに決めた。その方が手は出しにくいはずだから。
 常に人が多い場所といえば、ラウンジやフードコーナー、プロムナードだろうか。デッキも人が多いといえば、多いが、場所により差が見られる。
「弥生様、プロムナードへ行きませんか?」
 プロムナードを選んだ理由は、もちろん、人が多いということもある。だが、それだけではない。そこに飾られていたプレートのない美女の絵画が、それが気になっていたからだ。あれは、おそらく……いわくつきの品物。そういったものを数多く扱っているから、怪しい気配にも敏感になる。
「そうね、ちょっと気になる絵画があったものね。プレート、ついたかしら」
 気になる対象は同じなれど、気になるところは違うらしい。それが一般的な感覚かもしれないと思いつつ、プロムナードへと足を運ぶ。自然と足は気になる絵画の方へと向かったが、絵画の前には先客がいる。
「どう思う?」
「どう思うって……単なる噂だろう?」
 先客とは、白を基調した制服に身を包んだ乗務員たち。二人は美女の絵画を前に、ため息をついていた。
「……?」
 何か理由がありそうな雰囲気。デルフェスと弥生は顔を見あわせると黙って二人の会話に耳を傾けた。
「でもさ、プロムナードに飾られる予定の美術品は九十九点だろう? 確かに、出航したときは、九十九点だった。なのに……」
「一夜、明けて数えてみると一点増えている……」
 乗務員のひとりは難しい表情でため息をつく。
「しかも、深夜、この美女が歩いているところを見たって奴がいるというじゃないか」
「そんなもの。酒に酔った乗客の戯言だよ。こんな美女に会ってみたいとか思っているから、そんなものを見るんだよ」
「でもでも! 確か、他の船でもこんな話を聞いたぞ……気づくと飾られている絵が一枚増えているという話。で、気づくとその絵はなくなっているんだ。その絵がなくなったあと、乗客もひとり消えているとかいないとか……」
「おまえなー……」
 話を聞いている乗務員は呆れたという顔でため息をついている。
「ほら、この空間。美女の隣に誰かいてもおかしくないだろう? ここにいつの間にか消えた乗客の恨めしげな顔が描かれているんだそうだ。で、出してくれー、助けてくれーと呼びかけて……」
「……」
「で、美女はいつまでも若々しく、隣の乗客は少しずつ老けていって、やがて骸骨になって消えちまうんだってさ。絵画の美女はそうやって世界を渡り歩いているという話」
 弥生はその話を聞き、驚いたようだったが、デルフェスは驚かなかった。絵画には、呪いや魔力によって人を閉じ込める鑑賞用のものと、長い歳月を経て絵画自体が命を持つようになり、糧を得るために人を閉じ込めるといったものがある。どうやら、あの絵画は後者であるらしい。
「怪談の読みすぎだな。ほら、こんな話が噂になったら困るだろう? 余計なことを言いふらすんじゃないぞ。仕事、仕事!」
「はーい」
 二人はデルフェスと弥生に話を聞かれていたことに気づくことなく、自分たちの仕事へと戻る。二人が絵画の前から退いたところで、絵画を改めて正面から眺めてみる。
 確かに、女性の隣にはもうひとり描いてもよさそうな空間がある。プレートは相変わらず、なかった。
「今の話、本当かしら……?」
 目をぱちくりさせながら弥生は絵画を見つめる。
「美術品には不思議な逸話が多いですわ。今のおはなしも、もしかしたら……本当かもしれませんわね」
 弥生を怖がらせないように、やんわりと肯定してみる。実際のところは、噂だということだから、余計な尾ひれがついていると考えられるが、それでも、この絵画がなんらかの現象を起こすことは確かだと思われた。いわくありげなものが放つ独特の気配というものを、確かに絵画から感じている。
「そういえば……博物館にも展示品にまつわる変な話があったかな……」
 弥生はふと思い出したという表情で口許に指を添える。
「わりと最近のことなんだけど」
 そんな前置きをして、弥生は話しだした。
「どこかの地方の土着信仰で、祀られていた形代……神様が宿る人形らしいんだけど、それが寄贈されたの。どういう信仰なのか詳しいことは知らないんだけど、聞いたことがない名前だったわ……なんだったかなー……」
 弥生はしばらく唸っていたが、思い出せなかったのか、苦笑いを浮かべた。
「うん、それでね、その人形が寄贈されてから、博物館の周囲で放し飼いにされていたニワトリがね……血を抜かれたような状態で死んでいるのが発見されるようになったの……首のあたりが噛みきられたようになっていて……猫の仕業だろうって」
 そのときのことを思い出しているのか、弥生は暗い表情でそう言った。猫がニワトリを襲う。それはよくあることだが、彼らの目的は血ではない。飼っている鳥が猫に襲われて……という話は時折、聞くが、血を吸われたという話は聞かない。
「でもね、なんだかそれにしてはおかしいの。猫って……食べるために襲うのよね? でも、身体には傷がないのよ。それに、こう言ってはなんなんだけど……うちの博物館のニワトリは、半分野性化していて、結構、たくましいのよ。人を見ると追いかけてきて、縄張りから追っ払う感じ」
 弥生の苦笑いで、ニワトリのたくましさ(?)がわかるというものだ。結構、凶暴であったらしい。
「今までニワトリが猫に負けたことなんかなかったし、猫じゃなくて、変な人の仕業なんじゃないかって言われだしたんだけど、結局、犯人はわからなくてね、でも、ある日、気がついたの」
 弥生は眉間に僅かに皺を寄せ、声を顰めた。
「寄贈された人形の口のまわりに赤い血がべっとり……」
「まあ……それでその人形はどうなりましたの……?」
 話を聞いていて、その人形もこの絵画と同じようにいわくのあるものだと感じた。土着信仰で祀られていた……怪異を起こすには十分な経緯といえる。
「誰かの悪戯だろうって、今も展示室に飾ってあるわよ」
 それにしてもひどい悪戯よねと弥生は言う。展示品をなんだと思っているのかしらと憤慨しているが、問題は別のところにあるような気がした。本当に悪戯であるならばよいのだが……いや、本当は悪戯だとて感心できる行いではないのだが。
「弥生様、その人形は、一度、誰かに見てもらった方がよろしいのでは……?」
「誰かって、お坊さんとか、霊能力者とか、そういう人?」
「ええ。物が物だけに、気になりますわ」
 ニワトリの変死。もし、ニワトリがいなくなってしまったら、その次は……? なんだか恐ろしいことが起こりそうな気がする。デルフェスは不安げな表情で弥生にそう進言した。
「みんなも口に出しては言わなかったけど、気にしていたみたい。でも、誰もそういう知り合いがいなくて、どこに持って行けばいいのか……って、結局、そのまま」
「そうでしたの……そうですわね、そういうものかもしれませんわ」
 いわくのある品物があっても、相談したくても相談する場所がわからない。そのままにされるか、そのままにするには障りがあって、懸命に相談できる場所を探すか……後者の場合の相談する場所のひとつが、自分の勤めるアンティークショップであり、この船に乗船することになった経緯もそれにある。
「お店の関係でそういった方々とご縁がありますし、よろしければご紹介致しますわ。それに、お店で引き取ることもできますわ」
 弥生は目をぱちくりさせる。デルフェスは穏やかに微笑んだ。
「骨董品にはそういったいわくのあるものが案外と多いものですわ」
「そうかもしれないわね。それじゃあ……この絵画もそうなのかしら……?」
 弥生は絵画へと視線を移す。興味津々といった表情で絵画を眺めた。
「この絵画に描かれている女性が出歩くのは、深夜というおはなしでしたわね」
「深夜なら、あの人たちも寝ているわね」
 弥生はにこりと笑った。
 
 深夜のプロムナードに人の気配はなかった。
 さすがに深夜にプロムナードを歩き、美術品を楽しもうという客はいないらしい。客がいないということで照明も少なくしているのか、眠気を誘うようなどこかぼんやりとした明るさで、それがまた人けのなさと相まって、言い知れぬ気味の悪さを演出している。
「……」
「弥生様?」
 ふと気づけば、自分を楯にしがみつくように歩いている弥生がいる。デルフェスはべつに迷惑というわけではないものの、弥生を見つめた。
「あ、ごめんなさい……なんだか、思ったよりも雰囲気が怖くて」
 苦笑いを浮かべながら弥生は言う。その気持ちはわからなくもないが、昼間の弥生は行く気満々だっただけに、少しおかしくなった。くすりと笑う。
「絵画の美女が歩くという話だけど、そこにある彫像が動いてもおかしくないわね」
 弥生はやはりデルフェスにしがみつくようにしながら周囲を見回す。
「そこの壺から誰かが顔を出してもおかしくない感じね……あの肖像画、目が動きそう……」
 なかなか想像力が豊かであるらしく、弥生は自分で怖いことを言っては震えあがる。ゆっくりと歩きながら(弥生がしがみついてくるので早く歩けない)問題の絵画の前へとやって来た。
「これですわね……」
 デルフェスは絵画を見つめる。昼間よりも妖しげな気配が増しているような気がした。絵画に人を閉じ込めるということだが、おそらく、自分は狙われないことだろう。そうなると……。
「……」
 弥生は絵画よりも背後のことが気になるのか、絵画の前に在りながらやたらと周囲を見回す。そんな弥生に絵画からそろそろと現れた白い腕が伸びる。だが、弥生に気づく様子はない。
 白い指先が弥生に触れようというその瞬間、デルフェスは弥生に換石の術を使う。背後を気にした状態のまま、弥生の身体が石化する。その直後、指先が弥生に触れ、弥生の姿が溶け込むようにそこから消えた。
 が。
 次の瞬間、何か不味いものを食べてそれを吐き出すように、絵画から弥生の石像が飛び出し、床へと転がる。衝撃は厚みのある絨毯が吸収したらしく、大きな音は立たない。
『なに、なんなの?!』
 慌てたような叫びが心のなかへと響く。若い女性の瑞々しい精気。それを期待していたのだろうから、その驚きも理解できなくはない。
「そうやって人から精気を得ては、姿を消し、世界を彷徨っているのですね」
『……誰? あなた……違うわね……』
「そんなことを続けていると、いずれ、退治されてしまいますわよ?」
『そんなへまはやらかさないわ。それに、大した悪さはしていないつもり。ちょっと精気をわけてもらって……はい、さようなら、だもの』
 命を奪うまでのことはしていないらしい。骸骨になるまで閉じ込めていたという部分が尾ひれなのだろう。絵画に閉じ込めても、数日で解放、だから、大きな騒ぎにならなかったのかもしれない。
「あなたには悪さではなくても、人にとっては十分な悪さですわ」
『……あなたが私を退治するつもり?』
「いいえ、退治などしませんわ。勧誘に来ましたの」
 デルフェスは絵画の美女を真っ直ぐに見つめた。
「わたくしが勤めているお店へいらっしゃいませんか?」
『お店?』
「はい。小さなアンティークショップです。ですが、お店にはあなたのように命を得たお仲間がたくさんいらっしゃいますわ」
『……』
「長い間、世界を旅してきたようですが、このあたりで少しおやすみなされてはいかがですか。あなたのおはなしをお店のお仲間に聞かせて差しあげて下さい」
 そうすれば少しは慰められよう。デルフェスの話を聞き、絵画の美女はしばらく沈黙していたが、やがて僅かに頷いた。
『……いいわ。それも面白いかもしれないから』
「それはよかったですわ……!」
『それに、断ったら……ううん、なんでもないわ』
 絵画の美女の視線は石化した弥生に注がれていた。
 
「そういうわけで、管理者の方におはなしをして、絵画を譲っていただきましたの」
 デルフェスは絵画がここにある所以を語った。
「そうかい。しかし、まあ、あっさりと譲ってくれたものだねぇ?」
 一般的には、理由を話しても理解は得られないものだろう。この絵画の美女は夜な夜な絵を抜け出し、人の精気を吸い取るために人を閉じ込めるので、譲っていただけませんか……普通、譲らないだろう。笑い飛ばされるだけに終わりそうだ。
「はい。表向きの理由は、予定にない絵画であるということで……管理者の方が以前にこの絵画と関わったことがあったようですわ。持て余しているようでしたもの」
 譲り受けたいという理由を正直に話すと、管理者というより、その上の責任者が現れ、ひとつの問いかけをしたあとに、あっさりと頷いた。そのひとつの問いかけとは『大丈夫なのか?』という言葉。デルフェスが『大丈夫ですわ』と答えると、それ以上の問答はせずに頷いた。
「それじゃあ、奥に飾っておくとするかい」
 蓮は絵画を奥の部屋へと運ぶ。そこには他にも似たようないわくを持つ絵画が並べられている。
 デルフェスは蓮の背中を見送ったあと、店の入口へと向かう。
「こんにちは、弥生様」
 そして、穏やかな笑みを浮かべ、そう言った。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463歳/アンティークショップ・レンの店員】


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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、鹿沼さま。
#3に参加いただき、非常に嬉しく思います。#2の終わりから続き、外伝のような雰囲気で書かせていただきました。あのあと、絵画の美女の語り草は、石化した女性を捕らえたことが人生最大の衝撃だったとかなんとか……ということで、今回はお別れさせていただきます。最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、このお話が思い出の1ページとなりますように。