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■アトランティック・ブルー #3■

穂積杜
【1865】【貴城・竜太郎】【テクニカルインターフェイス・ジャパン社長】
 東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
 入手困難気味の乗船券を手に入れ、迎えるは出航日。
 不穏な乗客に何かが起こりそうな気配を感じるも、船は無事に港を離れる。
 
 しかし。
 
 差出人不明の脅迫状。
 謎のぬいぐるみ。
 幽霊船との遭遇。
 狙われている存在とそれを狙う存在。
 客としてまぎれこんでいる異質な何か。
 三つの品物の写真。
 そして、姉妹船と航路の謎。
 
 哀しいかな、予感は的中。
 楽しい旅路で終わるわけもなく……事件は起こった。
 そして。
 アトランティック・ブルー #3
  
 医務室で男の手当てをする。
 男の上着を脱がせ、腕の様子をみる。言葉のとおり、大した傷ではなく、手当てはほどなくして終わる。
「あの『女』は何者なのですか?」
「いや、それは……あなたには関係のないことだし……助けてもらったことには礼を言うけど」
 男は困ったような顔でそう言うと、貴城を見つめた。
「ひとつ言えることは、関わらないこと。あいつは目的の人物以外には手を出さないから。とはいえ、目的の人物に到達するための障害はあらゆる方法を用いて排除しようとしてくるけどさ……」
「そうですか……わかりました。それはあなたからの忠告なのですね。心に刻んでおきましょう」
「……じゃあ、どうもありがとうございました」
 男は医務室を出て行く。忘れていった上着のポケットに手を伸ばし、なかを探る。小さな固いものに触れた。取り出してみる。
 社員章のように見える。COLというデザイン……どこかで。貴城はしばらくそれを指でもてあそんだあと、上着を手に持ち、医務室を出る。そして、男を追いかけ、上着を渡す。
「お忘れですよ」
「あ。すみません」
「医務室にこれが落ちていたのですが、あなたのものですか?」
 COLというそれを差し出し、訊ねてみる。
「え、あ……どうも」
 一瞬、惑うような表情を見せたあと、苦笑いを浮かべ、男はそれを受け取る。そして、隠すようにポケットへとしまいこんだ。……どうやら、あまり見られたくはないものらしい。
「それでは」
 男とはその場で別れ、客室へと戻る。そして、TIJ新宿本社ビルの秘書へと連絡を入れる。
「少々、調べていただきたいものがあるのですが」
『はい、なんでしょう?』
「セントラル・オーシャン社の経営状態および、所有船舶の状況。それから、COLという言葉を。おそらくはどこかの企業だと思われます」
 それがあの女と関係しているかもしれない。いや、きっとしている。
『わかりました。調べて、データを転送いたします』
「よろしくお願いします。それと、何が起ころうと我が社のシステム、名を汚すことがないように手配を」
 不穏な事態に備え、社名に傷がつかないようにとの工作指示を出しておく。アトランティック・ブルー号のシステムはプリンセス・ブルー号の事故を踏まえて構築しているため、万全であり、不測の事態など起こらないはずであるし、起こしてはならない。だが、世の中に絶対ということはない。何らかの要素で完璧であると思われるものが覆されることがある。……とはいえ、覆されるのであるから、それは完璧ではなかったということなのだろうが。
 秘書への連絡を終えたあと、能力者である陣内真澄の居場所を探した。それはさして難しいことではない。
「こんにちは」
 ラウンジでお茶を飲んでいた陣内に声をかける。
「え?」
 貴城に声をかけられた陣内はすぐに反応したものの、目を細め、胡散臭いものを見つけたような顔をする。
「何か、嫌われるようなことをしましたか、私は」
 とりあえず、まだしていないはず。貴城はなるべく穏やかな表情で接する。
「あんたと関わるとひどい目に遭うような気がする」
「なるほど、なかなかに勘は鋭いようですね」
 陣内は頷いた貴城を軽く睨む。
「私はTIJ社の貴城といいます」
 はじめましてと貴城は会釈をする。
「船内に我が社の軍備契約国と敵対するテロリストとして登録されている『女』が確認さました」
「そいつは危険だね。どうにかしてくれよ」
 悪態をつくような陣内の言葉は聞き流し、さらに言葉を続ける。
「そこで、あなたに船内での護衛をお願いしたいのです」
「冗談だろ……一般市民だよ、俺は。テロリストと渡り合えるわけがないだろう」
 話にならないよと陣内は席を立つ。
「時給10万プラス成功報酬でいかがでしょうか」
 行きかけた陣内は足を止めた。そして、振り向き、肩を竦めてみせる。そのまま行きかけたその背中に、さらに声をかけた。
「クマのぬいぐるみ」
 ぴたりと陣内の足が止まる。
「あれを持っていたお嬢さんは実に可愛らしかったですね」
「……!」
 陣内は振り向き、貴城を見つめる。口許は何かを言いかけたため、少しの間、待つ。だが、言葉は続けられる気配はない。貴城は小さく息をつき、言った。
「引き受けてくださいますね」
 確定的な言い方で。
 
 陣内と話をつけたあと、客室へと戻り、あの女の姿を探す。
 騒ぎは起こしたものの、通常はおとなしくしているのか、船内で混乱や乱闘が起こっている気配はない。
 女を探しているうちに、依頼した件に関する資料が送られてきた。探索は中断し、資料ファイルを開く。
 それによると、セントラル・オーシャン社の経営状態は安定しているとある。しかし、つい先日までは所有している太平洋横断航路のパシフィック・ブルー号が動力系統のトラブルを起こし、運行停止。パシフィック・ブルー号に頼りきっていたセントラル・オーシャン社は負債を多く抱えざるを得ない状態に陥っていたらしい。だが、現在はある企業が助力をしているため、それも解消されたとある。
 その助力を行った企業は、サークル・オブ・ライフ社。
「サークル・オブ・ライフ……?」
 ふと頭に過るのは、COLの文字。
「……」
 さらに資料を読み進める。サークル・オブ・ライフ社は『ゆりかごから墓場まで、豊かな生活をコーディネイトする』という言葉を掲げて経営活動をしている生活用品一般を扱っている企業で、生活に関わる品物で発売していないものはないだろうとまで言われている大手だが、日本での知名度は低いとある。
 生活用品を扱う企業とあの女がどう関係するというのか……さらに読み進めわかったことは、つい最近、サークル・オブ・ライフ社が『何か』を開発したらしいということ。株価が大きく上昇している。
「なるほど……」
 セントラル・オーシャン社はサークル・オブ・ライフ社に吸収とまではいかないが、それに近い状態にある。……この船とCOLは繋がった。あの女は、おそらくその『何か』に関係しているのだろう。
 その『何か』がなんであるのかはわからないが、あの女の動きからすると人間を強化するものなのか、それとも……ともかく、データを取得したい。そのための駒は用意してある。あとは、あの女の居場所を掴み、駒を送り込むだけ。
 貴城は受話器を取り、再び、秘書に連絡を入れた。さらにCOLについて、特に開発したらしい『何か』についての情報を集めるようにと指示をおくる。そのあとで、再び、船内に女の姿を探す。
 しかし、みつからない。
「姿を消した……?」
 あらゆる場所を捜索したが、その姿を捉えることができない。これだけ探しても見つからないとなると、それはあり得ないと思いつつも、そんな呟きのひとつも出てしまう。しかし、諦めるわけにもいかないので、もう一度、探してみる。そのうちに、船内で騒ぎが起こっていることに気がついた。
 人々が逃げ、あのCOLの男が女を追っている……と思ったら、違う。COLの男が追っているのは、違う女だった。拡大し、顔をよく見てみるが、やはり違う。
「どういうことだ……?」
 他にも仲間がいたということか……貴城はさらに監視カメラを切り換えながら、女の動きを追った。女は無表情に誰かを追っている。その追っている相手は、どうやらふたり。中学生くらいの少年と……。
「同じ顔?」
 少年を連れて逃げている女は、追っている女と同じ顔をしていた。よくよく見ると、追っている女の服装は、探し続けたあの女の服装と同じものだった。
「なるほど、そう……そういうことですか……!」
 貴城は陣内に連絡を入れる。
 向かわせる先は、もちろん、あの女のところ。
 
 追われているものが、女と子供ということもあるのか、陣内は思ったよりも本気で女を止めようとする。その能力は意思の力により、物を動かすというものであるらしく、念の力で女の身体を壁へと叩きつける。
 しかし、女はあのときと同じように、表情ひとつ変えない。痛みをまるで感じた様子もなく、ややかたい動きで立ち上がり、陣内には目もくれず、その目的であるらしい女と子供を追おうとする。
 そういえば、あの男が言っていたか……目的の人物以外には手を出さないが、目的の人物に到達するための障害はあらゆる方法を用いて排除しようする、と。
 行こうとする女を陣内が足止めする。何度かそれを繰り返すうちに、陣内を障害と認めたのか、女は陣内と向き合った。そして、真っ直ぐに向かっていく。不意をつかれ、陣内は女の手に首を捕まれた。締めあげられ、呻くなか、力を使ったのか女の腕が手首と肘の間で折れた。
 それでも、女は表情を変えなかった。
 だが、陣内の首から手を離す。解放された陣内は首もとおさえ、咳き込んだ。女は折れた腕をそのままに、くるりと背を向けると歩きだす。
 ……とりあえず、痛覚はないらしい。
 貴城は逃げる女と少年の位置を確認すると、客室をあとにする。狙われている存在に接触すれば、何かわかるかもしれない。
 女と少年の逃走路に先回りをする。予想どおりにやがて女と少年が姿を現した。
「こちらへ」
「え?」
 ふたりを誘導し、おそらく安全だと思われる場所へと向かう。自らの客室、ここならば他よりも安全なはず。
「大丈夫ですか?」
「ええ、助かりました……ほら、茜くんもお礼を言って」
 女はすぐに頭を下げた。しかし、少年は何も言わずに室内を見回す。
「なんで?」
「なんでって……助けてもらったら、お礼を言うものでしょう?」
「助けてもらったのかな」
 少年は小さく息をついたあと、小首を傾げ、貴城を見あげる。
「この程度、助けたうちには入りませんから」
 貴城は言う。
「すみません。……茜くんっ」
「あのさ、なんであそこにいるわけ? おかしいじゃん。この人、知らない人だし。俺には待ち構えていたように見えたけど」
 少年の言葉に貴城は目を細める。
「だから、お礼なんて言わないよ。だいたい、あれを動かしちゃダメだって言ったのに。動かしやがって。……あれは失敗作だと言ったでしょ。止め方がわかんないからって、旅行中の俺を頼んないでよ」
 少年はむっとした表情で言う。どうやら、何か勘違いしているようだ。それはわかってはいたが、敢えて否定せずに話を聞いた。
「どのあたりが失敗作なんです? 完璧ではないですか」
「……。表情がないじゃん。あんなのに子守されたら、違う意味で笑っちゃうし、怖くて泣くよ」
 少年は俯き、少し拗ねたような表情で言った。
「子守?」
「そうだよ。子守。ナニィロボットだよ。なのに、あんたたちは。軍事利用なんて考えるから! ……あ、ちょっとごめん」
 少年が手にしていたノート型パソコンが小さな音をたてた。少年は小さく声をあげるとパソコンを広げる。
「誰か、侵入したな……今回は外部か。もう、こんなんばっかり、うんざり。……ごめん、もういいよ」
 少年はパソコンをしまうと貴城を見あげた。
「で、止め方が知りたいんでしょ?」
「ええ。そうですね」
 あれは、子守用のロボットだというのだろうか。とてもそういう風には見えなかった。が、それ以上に、この少年の口ぶり。製作者が目の前にいるこの少年であるらしいことが驚きだった。
「軽量化するために、分析や思考を切り離しているんだ。動いているあれは、末端。サテライトなんだ。情報収集をして、メインに伝える。メインからの指示で、あれが動く。だから、メインを破壊すれば動かなくなるよ」
「そのメインはどこに?」
「うん。近くにあるはずだよ。50メートル以内。それ以上だと疎通ができなくなっちゃうからね」
「形状は?」
「スーツケースの形をしているよ。持ち運びに便利だと思ったから」
 少年の言葉に貴城は大きく頷いた。
「わかりました。では、船体や乗客に影響が出ないうちに、それを捜し出してあれを止めましょう」
「うん。そうして」
 旅行を楽しみたいからと少年は言う。
「ところで」
 貴城はじっと少年を見つめる。
「破壊ではなく、命令解除というかたちで止めることはできないのですか?」
「……。破壊しないと、ダメ」
 少年は一瞬、視線を伏せたあと、貴城を見つめ返し、そう言った。
 
 監視カメラという心強い味方があるため、一度、目標を捉えてしまえば、その動きを追うことは難しいことではない。
 女が移動のためにスーツケースを手にしたところで、陣内をけしかけ、スーツケースを奪う。当然のことながら、女は追ってくる。
「それを渡してください。それと、しばらくの間、足止めを。それから、デッキの方へとおびきよせてください」
「無茶苦茶な人だよな……」
 陣内は文句を言いつつも、言われたとおりに再び、女と向かいあう。そのうちに、貴城はスーツケースを開いた。
「……」
 確かにそれは端末で、操作が可能になっている。しかし、どれがどういった機能であるのかまではわからない。わかっているのは、緊急時に押すことと書かれたボタン、これが破壊するためのものであるということ。とりあえず、入力をしてみる。エラーと出たが、それを繰り返すうちに、なんとなく操作の方法を掴んだ。
「なるほど……これをこうすれば……」
 貴城は入力し、それを確定するキーを押した。
 
 沖縄へと辿り着く。
「破壊してくれた?」
 貴城のもとへ、あの少年が現れた。
「ええ。聞いたでしょう?」
「うん。デッキから人が海へ転落したって。でも、乗客も乗務員もひとりとして減ってはいない……だから、幽霊だって噂になってた」
「たくさんの目撃者がいましたからね」
 貴城は答える。デッキから女が転落し、それを目撃した者は大勢いる。しかし、名簿と照らしあわせても人数に変化はない。結局、見間違いということで片づけられ、一部、幽霊という噂も囁かれている。
「……破壊してくれたなら、いいんだ。じゃあね、おじさん」
「……」
 まあ、少年からしてみればオジサンなのかもしれないが。貴城は複雑な表情で少年を見送る。
「この荷物はどちらに運びますか?」
 大きな木箱を持った男が現れ、貴城の指示を求めた。
「……ああ、そのトラックに積み込んでください」
「しかし、重いですね、何が入っているんですか」
「土産です」
「随分と買い込みましたね。それじゃ、ここに乗せておきますから」
 男はにこりと笑ったあと、木箱を置いて去る。
「……いただきものですがね」
 貴城は木箱を見つめ、呟く。その目が僅かに細められた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1865/貴城・竜太郎(たかしろ・りゅうたろう)/男/34歳/テクニカルインターフェイス・ジャパン社長】
【2196/エターナル・レディ(えたーなる・れでぃ)/女/23歳/TI社プロモーションガール】

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■         ライター通信          ■
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ご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、貴城さま。
納品が大幅に遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
なんだか悪役っぽくなってしまって……自分も動くけれど、それ以上に人を使うようなイメージがあり……勘違いしていたら、すみません(汗)
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。