■アトランティック・ブルー #3■
穂積杜 |
【2770】【花瀬・ルティ】【高校生】 |
東京から出航、四国と九州に寄港し、最終的には沖縄へと向かうアトランティック・ブルー号。
入手困難気味の乗船券を手に入れ、迎えるは出航日。
不穏な乗客に何かが起こりそうな気配を感じるも、船は無事に港を離れる。
しかし。
差出人不明の脅迫状。
謎のぬいぐるみ。
幽霊船との遭遇。
狙われている存在とそれを狙う存在。
客としてまぎれこんでいる異質な何か。
三つの品物の写真。
そして、姉妹船と航路の謎。
哀しいかな、予感は的中。
楽しい旅路で終わるわけもなく……事件は起こった。
そして。
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アトランティック・ブルー #3
「とりあえずは、あかずの間と呼ばれる部屋を探す……1300を越える客室のなかから。本当にみつかるのかって感じだが……そこがみつかれば、この船がパシフィック・ブルーであるという新たな証拠になる、か……」
結城は呟く。保険会社の調査員である結城としては、あかずの間と呼ばれる部屋の意味はそういうものなのかもしれない。
しかし、自分にとっては違う。
この船がパシフィック・ブルー号であることは、既に声の主から聞いている。あかずの間と呼ばれる部屋を探す理由は、おそらくそこに閉じ込められている声の主を解放することにある。
海里の話を聞き、この船にやどるもの、声の主の正体を知ったような気がする。そう、あの声の主は、話に出てきた孫娘なのだろう。乗船することを楽しみにしていながら、それが叶わずに亡くなった少女。祖父が用意した部屋に姿を現し、その後も何度となく船内に姿を現しては、困っている人々を助けたという。
今回も、それなのだろう。
船が沈む……いや、沈められることを警告している。しかし、訴えかけるその声はあまりにも微弱で、微弱すぎて人々に届くところではない。それでも諦めずに呼びかける声を自分は受け止めた。
声の主は自分の状態は二の次にして、ただ船が沈むことを案じている。……その優しさが胸に痛い。だからこそ、なんとしても、その思いに報いたいと強く思う。
「1300……かなりの数ですよね。どうやって手分けしましょうか?」
海里は小さなため息をつく。そう、その言葉のとおり客室は1300を越えている。探し出すことは容易ではないが、しかし、あかずの間の話から、多少の推測はできるのではないだろうか。ルティは海里の話を思い返す。
部屋を用意したのは、船のオーナー。船をわりと自由にできる位置にいる人間だ。
そんな人間が孫娘のために部屋を用意するというのなら、とっておきの……そう、特等客室を用意するのではないだろうか?
「祖父が乗船を目前にして亡くなった孫娘のために用意をする。孫娘は乗船することをとても楽しみにしていた。そして、祖父は船のオーナー。……三等客室を用意するだろうか?」
ルティの言葉に結城と海里は顔を見あわせる。そのあとで眉を顰めた。
「そうだな……俺が祖父の立場なら、三等客室は選ばない」
「僕だったら、一番いい部屋を用意しますよ。だって、すごく楽しみにしていたのに、亡くなって……そうか、それなら!」
ルティはこくりと頷いた。
「なるほど、いい部屋から探せばいいわけですね。それじゃあ、特等客室フロアから順番に……」
頷き、行きかける海里を止める。
「もうひとつ気になっていることがある」
「気になっていること?」
「船を沈めるとする。だが、どうやって沈めるのだろう」
「どうやって……まあ、何らかの理由で船体に傷を入れ、水を呼び込まなくてはならないだろうな」
結城は答える。そのとおりだとルティも思う。
「そう、船底に人為的に穴をあけて沈めるのもありえるだろうが、沈んだあとも原因調査は行われるわけだろう? 無理なく事故として沈めるというのなら、無謀な操舵室で舵取りをするということは考えられないだろうか」
作為的なものが感じられたら、保険金はおりないはず。それを目的としているのであれば、沈める方法にも気を使うだろう。沈める方法がわかれば、その方法によっては、どうにかそちらから回避させる術があるのではないだろうか。ルティの意見を聞き、結城はなるほどと頷いた。
「それも可能性のひとつとしてありそうだな」
「富永さんがそんなことをするわけがないです!」
「富永? ……ああ、船長だったな。いや、そいつがするとは言ってないだろう。操舵室が何者かに占拠される可能性だってあるんだぞ」
そんなことはあり得ないと憤慨する海里を結城は軽くあしらった。
「気をつけるように言っておいた方がいいのかな……」
「そうかもしれないな。……こうなってくると、この船がパシフィック・ブルーだという証拠を押さえたことを、船を沈めようと考えている奴らに知らしめるのが最も効果的なのかもしれないな」
保険金が目的であるというのなら、保険会社の人間が、この船がアトランティック・ブルー号という名のパシフィック・ブルー号であるとわかった時点で、沈めることに意味はなくなる。契約内容に偽りあり、保険金がおりなくなるからだ。沈めようという考えも消えるかもしれない。
「とはいえ、はっきりとしたこれでもか!っていうような証拠がないんだよな……」
結城は深いため息をつく。
「あかずの間だけでは駄目ですか? かなり有名な話ですよ?」
「まあ、そうかもしれないけど、その部屋はたまたま貸していなかっただけですと言われたら、それまでだろう? オトナってのは、見え透いたことを平気で言ってくるもんなんだよ」
結城の言葉に海里は複雑な表情で唸ってしまう。返せる言葉がないらしい。
「それでもないよりはマシな証拠か。やはり、ここはあかずの間だな」
そう、そして、扉を開き、声の主を解放する。そうすることで、状況は変わってくるかもしれない。いや、きっと、変わる。ルティは静かに、だが深く頷いた。
「そうですね」
海里もこくりと頷き、図書室をあとにする。
「ふたりとも」
ルティは行きかけたふたりの背中に声をかける。すると、ほぼ同時に結城と海里は振り向いた。
「ありがとう」
通常ではとても信じられないような話。それを疑うことなく受け入れ、協力を、手助けを申し出てくれた。その気持ちに感謝の言葉を述べる。
「お礼なんて……それじゃあ、何かあったら、図書室に集合しましょう」
海里は照れたような笑みで視線を伏せたあと、図書室を出て行く。
「なんか、本当に真っ直ぐなんだな……いいバイブレーションを放ってるぜ」
複雑な笑みを浮かべ、結城は言う。
「それはどういう意味だ……?」
「やる気にしてくれるってこと。じゃあ、あとでな……!」
ぽんとルティの肩を叩き、結城も図書室を出て行く。それを見送ったあと、本日は締切りましたというポールを端によけ、ルティは通路を歩きだした。
特等客室フロアは、さすがに他の等級とは違い、通路がゆったりとしていれば、敷かれている絨毯も厚く、隣あう扉の間隔も広かった。部屋のひとつひとつが広く作られているぶん、扉の数は少なくなる。そういう意味では探しやすいのかもしれない。
とはいえ。
それでも、扉の数は多い。
ルティは行き交う人のない特等客室の通路に立ち、大きく、深い息をつく。
再び、あの声を。
微弱な呼びかけに意識を集中させる。
……。
…………て……の……声……。
同じ言葉を繰り返すその声を受け止めながら、ゆっくりと通路を歩きだす。精神集中が解けぬように、受け止めた声を放さないように。
……て……まり……いの……だから……。
声の方向を探る。
思う方向へと進み、受け止める声の強さを確かめる。
……の…………こ……。
違う、こちらではない。
精神を集中をし続けることは容易なことではなかった。だが、ここが正念場、諦めるわけにはいかない。ルティは声の強さを確かめながら、扉を探した。
……誰か、私の声を聞いて……。
「……ここだ」
そして、遂にその扉を見つけ出した。
その扉は、他の扉と同じで、特別に変わっているということはない。
だが、このなかだ。
ルティは扉に触れ、その思いを強める。
すぐにでも扉を開きたいが、扉には鍵がかかっていた。もちろん、鍵を持っているわけはない。
「……」
扉の上下左右を見つめ、その強度を確かめるように軽く手で叩く。体当たりすれば開くような扉ではない。
ふと、扉の隙間に気がついた。扉の下方にある床と扉にある僅かな隙間。厚みのある絨毯でわかりにくいが、それでも1センチほどの隙間はあるだろうか。
ルティは小さく言葉を呟き始めた。
癖のある、抑揚のあるその呟きは異国の言葉。その独特の音階は異国の呪い歌。呪唱歌と呼ばれるその呟きに、ルティの影が反応する。影だけが独自の動きを見せ、主たるルティから離れた。するりと動いたそれは扉の隙間をかいくぐり、その内側を這うように鍵へと伸びる。
かちり。
鍵が外れた。
ルティが口ずさむ言葉が途切れる。影はするするとルティのもとへと戻り、何事もなかったかのように主と同じ動きを見せた。
この扉の向こうに、声の主が。
ルティは扉に手をかけ、そして、開いた。
扉の向こう……室内は、暗い。
入口付近の壁にスイッチを探す。……あった。果たして、点くだろうかと思いつつもスイッチを入れてみる。
他の部屋と同じく電気は通っているらしい。灯は何度か点滅したあとに点いた。
声の主の姿は見えるのだろうか。
ルティはゆっくりと部屋の奥へと歩みを進める。そして、はっとした。
「これは……」
設置されている調度品は、おそらく他の部屋と同じなのだろう。ベッドもすぐにでも使える状態になっている。だが、ひとつだけ気になることがあった。部屋の壁や窓、扉や天井といった場所に、所謂、お札が貼られている。
もしやと思い、振り向く。
通路へと続く扉にも札が貼ってあった。
『来てくれたの……?』
不意にそんな声がした。はっとして正面を見ると、そこには十歳にはなっていないだろう少女の姿があった。やや病的にも思える肌の白さを除けば、旅行のために少しばかりおめかしをしてみたという普通の少女に見える。
「ああ……この札のせいで……動けなかったのか……?」
ルティは少女を見つめ、問う。少女はこくりと頷いた。
『私には、どうにもできないの……』
札を見つめ、少女は寂しそうに呟く。
『でも、あなたが扉を開いてくれたから……私は、ここから出ることができるわ』
少女はルティを見つめ、にこりと笑った。
「……」
『ここの来た人が言っていたわ。船は沈める、悪く思わないでくれ……って』
少女は視線を伏せ、少し寂しそうに笑う。
『私はそれでもいい。でも、こんなかたちはイヤ……私は私の思い出とともに海に……だけど、この船には他にたくさん思い出が積まれている。その人たちの思い出を奪いたくはないの』
「思い出……?」
『人は救助される。でも、救助されるのは、人だけ……』
積み荷や個人の荷物まではおろすことはできないのだろう。
『それに、せっかく乗った船が、楽しい旅を期待して乗った船が沈むなんて……とても、哀しいじゃない……』
「……回避する術はあるだろうか」
ルティの問いかけに少女は顔をあげる。その顔には笑顔が見られた。
『あなたが扉を開いてくれたから』
だから、大丈夫。少女の笑顔がそう言っているような気がした。
図書室。
「とりあえず、やれるだけのことはやったかな……」
あかずの間に結城を案内し、証拠としてはどうかと思いながらも写真に撮った。そのあとで、セントラル・オーシャン社の上層部へ連絡を入れ、保険会社の人間だということを明かし、この船がパシフィック・ブルー号であることを知っていると訴えかけた。しかし、まるで話は聞いてもらえなかった。
「やれることはやったかな……でも、大丈夫なのかな、これで」
結城はなんとも言えない顔でぼやく。
「大丈夫だ」
ルティは少女の言葉と笑顔を思いながら、そう言った。すると、結城は神妙な顔をしたあと、ため息をつき、笑った。
「? なんだ?」
「いやいや、説得力があるなって思っただけ。あんたにそう言われると、そうかなーという気になっちまう。……うん、きっと、大丈夫だな」
うんうん。結城は頷く。それを今度はルティが神妙な顔で見つめていると、図書室の扉が開き、海里が姿を現した。
「今、伯父に聞いてきたんですけど」
海里は不思議そうな顔でそう切り出す。
「理由はよくわからないんですが、航路に変更があったようです」
そして、そう言った。
船は沈むことなく、沖縄への旅を終える。
あれから、少女の姿と声を聞くことはなかった。
だが、ルティはそれでいいと思った。声を聞かないということは、訴えかける何かがないということ。……船は沈まないということ。
事実、そのとおり、何事も起こらずに船は沖縄の港へと辿り着き、人々は笑顔で船をおりて行った。そして、今、自分も船をおりようとしている。
ルティは船をおりる前に、一度だけ振り向いた。
ばいばい。
ついさっきまではいなかった少女がそこにいて、笑顔で手を振っている。
さようなら、船の守り人。
ルティは表情を緩め、軽く手をあげた。
再び、日常生活を繰り返すある日、ルティのもとへ結城が訪れた。
「よう。……そんな不思議な顔はしなさんな。これでも調査員、人の行方を調べるのは得意なんだ」
「わざわざ調べて私のもとへ訪れたということか……」
それはご苦労なことだ。ルティは軽くため息をつき、呆れる。
「一応、あんたの耳にも入れて置こうかなと思ってさ。上層部に連絡を入れただろう? あのとき、俺の声の後ろで女の子の声がしていたんだと。何度も何度も同じ言葉を囁くから、それで沈めるのを諦めたということだ」
「同じ言葉?」
結城はこくりと頷く。
「沈めないで」
確かに祟られそうでちょっと怖いよなと結城は苦笑いを浮かべ、続ける。だが、ルティは怖いとは思わなかった。
少女の切なる願い。
それがどのようなかたちであれ、心を動かしたのだろう。
「それとな、これ。ちょっと手を出してくれ」
ルティは言われたとおり、手を差し出す。結城はルティの手のひらの上に、何かを置いた。
「コイン……?」
それは古びた異国の硬貨だった。二枚あるが、どちらもデザインが違う。違う国のものであるらしい。
「これ、あの少年から。アトランティック・ブルー号……いや、パシフィック・ブルー号の残骸。あの船、解体されたんだ」
「……」
「造船所が船を引き渡すときにな、船首だったかな……そこにコインを二枚ほど入れる習慣があるそうなんだ。引き渡す国のものと、引き渡される国のもの」
航海の安全を願って入れる習慣らしいと結城は言う。
「何故、私に?」
「さあ、それは俺には。渡すように頼まれただけだから。じゃあ、俺は行くよ。このままお茶でも……と誘いたいところだが、仕事の途中だしな。縁があったら、またな」
結城はじゃあと手を振り、去って行く。
「……」
……あなたと縁があるということは、問題に巻き込まれていることを意味しているのではないか?
ルティは小さなため息をつき、結城を見送った。
手のひらのコインを握りしめて。
−完−
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2770/花瀬・ルティ(はなせ・るてぃ)/女/18歳/高校生】
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■ ライター通信 ■
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引き続きのご乗船、ありがとうございます(敬礼)
そして、遅れてしまって申し訳ありませんでした。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。
こんにちは、花瀬さま。
納品が遅れてしまって申し訳ありませんでした。
このような旅路となりました。コインは少女からの気持ち、思いです。コインを手にたまに船での出来事を思い出すと少女も喜ぶのではないかなと思います。
最後に、#1から#3までの連続参加、本当にありがとうございました。
願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。
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