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■閑話休題■

山崎あすな
【1431】【如月・縁樹】【旅人】
 どうした?
 何か、あったのか?

 え? 何も無い?

 そうか……

 厄介ごとを持ってきたんなら、遠慮なく言ってくれ。
 お前の頼みなら、聞いてもいい。

 もし、時間があるのなら、これからどこかへ行くか?

 それとも、店でゆっくり話でもするか?


 ……よかったらで、かまわないんだが……


 お前と一緒にすごせたらいいなと、思ってな。 
【 閑話休題 - 海の温もり - 】


「ちょっと匿ってくださいっ!」
『悪いなっ! ファー』
 豪快で慌しくドアを開いて入ってきたのは良く知った二人。他の客もいるというのに、かまわずカウンターまで全力疾走してきて、ファーの足元でカウンターに身を隠す。
「……どうした?」
 あまりの勢いに、唖然としながらも、ファーは自分の足元に隠れた女性に、声をかける。店に入ってから落としてしまった彼女の帽子を拾いに行き、カウンターに戻ってきてそっと手渡すと、彼女から先ほどの疑問への答えが返ってきた。
「えっと……あの、友達に、苦手なものを押し付けられそうになって……」
「縁樹にも、苦手なものがあったのか?」
 むしろ、そこに興味を持ったようなファーの声音に、彼女――縁樹の肩に乗っていた小さな存在が、ファーの手の平に移動してくる。
『友達に鬼の女の子がいるんだけどね、その子が縁樹にスカートを履かせようとしたんだ』
 そのときのノイの口調が、どこかがっかりしたように感じたのは、気のせいだっただろうか。いや、気のせいではないだろう。
 一人の男として、ノイは縁樹のスカートを履いた姿を見たかったのではないかと、ファーは思う。
『それで、迫られて、追い掛け回されて、今に至る……ってわけ』
「簡潔な説明、ありがとう。ノイ」
 状況を早々と理解することができたファーの口からは、珍しく一言目だというのに「ありがとう」が出た。
 ノイはそんなファーにおどろ行きながら、『ま、まあね』と胸を張って見せる。
「それで、縁樹。いつまでそうしているつもりだ? 腰が痛んでしまうし、服が汚れてしまうだろうから、厨房の中に入っていろ」
 いつまた、その鬼の女の子とやらが来るかはわからない。
 ファーは少々、縁樹のスカート姿を見てみたいかもしれないと思いながらも、彼女自身が嫌がっていることなのだから、無理強いはよくないと、助け舟を出したのだった。

 ◇  ◇  ◇

 縁樹をとりあえず厨房の見えないところへと、イスを持っていき座らせ、落ち着けるようにクッキーを食べてもらっていると、ノイはそんな縁樹の元ではなく、ファーの肩の上に乗って店を見渡していた。
 今日は結構客が入っている。だから、大騒ぎして入ってきた二人を、不信に思ったものもたくさんいただろう。
「ノイは、縁樹のスカート姿、見たいんだろ?」
 ふと、客がいなくなったテーブルの片づけをしながら、ファーがノイにそう話しかけてくる。
『……縁樹が嫌がるから、別に』
「縁樹が嫌がらなかったら? 見たいと思うか?」
『……そりゃ、ちょっとは……』
 本音がぽろりとこぼれる。でも、縁樹の嫌がることを無理強いしたくない。
 その気持ちはファーを変わらない。いや、そう言ってはノイの縁樹への想いに失礼だ。たぶん、その気持ちはファーなんかよりも、ずっと、もっと深いものだ。
「それにしても、そこまで嫌がることなのか? スカートを履くことは」
『ボクにもよくわからないよ。履いたことないから。でも、すかすかして動きにくそうだし、そこで嫌なんじゃないかな。縁樹は動きずらい格好を、極力さけるからね』
 たしかに、縁樹の着ているものはスランダーで、動きやすそうな印象を見ているこちらにも与える。だから着ている本人はもっと感じているのだろう。それに、その格好が、よく彼女に似合っているのだ。
「だが、縁樹なら似合いそうな気もするがな。スタイルがいい女性は、どんな服を着ても似合うらしいからな」
『当たり前だろ! 縁樹がスカート着たら、めちゃくちゃ可愛いに決まってる!』
 妙に力説する小さなナイトを微笑ましく思いながら、ファーはカウンターに戻った。
 二人が店を訪れてから、もうずいぶんたっている。
 状況も落ち着いたころだろう。
「もう大丈夫なんじゃないか?」
 厨房の中に入り込んでいる縁樹へ、ファーが声をかけると「はい、多分大丈夫だと、思います」とイスを持って厨房から出てきた。
 そのままカウンターに腰をおろすと、ファーが用意していた紅茶を縁樹に差し出し、
「災難だったな」
 と苦笑をもらした。
「本当に、お騒がせしちゃって、ごめんなさい。どうしても……スカートだけはダメで」
「苦手なものの一つや二つ、あって当たり前だろ。特に気にしてないし、力になれてよかったと思ってる。よかったら、ゆっくりしていってくれ」
 肩に乗ったままのノイをカウンターに下ろし、ノイにも飲み物と小さく割ったクッキーを差し出すと、お会計を済ませようとしている客の対応をする。
『縁樹、元気ない?』
「ううん。迷惑かけちゃったなと思って。だから、何かお詫びをしたいんだけどなぁ……」
 店内を見渡してみると、いつの間にか客は縁樹とノイだけになっていた。
 入ってきたときは結構人がいたのに、まさか大騒ぎしてしまったから、それで客が帰ってしまったのではと、いらん考えが浮かんでくる。
「ファーさん!」
「ん? どうした?」
「もしかして、僕のせいでお客さんいなくなっちゃいましたか!」
 帰った客のテーブルを拭き終わり、ドアに近づくとプレートをひっくり返す。
「いや。閉店時間が近いからだろう」
「あ……そっか」
 時計はもうすぐ十七時を指し示す。そんなに遅くまでは営業していないこの店だから、来店者たちももう理解しているのだろう。
 そろそろ閉店で、片付けに入るから、帰っていく。たまたまその時間に、タイミングよく縁樹たちがきてしまっただけで、悪いことなど一つもしていない。
「日が長くなってきたな」
 ファーがブラインドを下げながらそうつぶやく空には、そろそろ傾こうかと思っている太陽が眠そうに目をこすっている。
 そこで、縁樹がふと、一つの提案を出した。
「ファーさん、もしよかったら、これから海に行きませんか?」
「……海?」
「はい! すごく素敵な一瞬に、今の時間だったら間に合うと思います!」
『あ! あの時間だね! 縁樹』
 便乗するように声を上げたノイは、とても楽しそうだった。
 あの時間? 素敵な一瞬?
 一体なんのことか。
 ファーはこの世界にきてから、海に行ったことはない。近くにあったかさえも、記憶が定かではない。
 だから、それはとても甘美な誘いだった。
「……店も終わることだし、行くか。海に」
「はい!」
 残りもののクッキーと紅茶を三人分作ってバスケットにつめると、三人は紅茶館「浅葱」を後にした。

 ◇  ◇  ◇

「こうして三人で外を歩くの、久しぶりですね」
「確かに、そうだな……」
 縁樹と出会ったとき以来、こうして一緒に出かけることはしていなかった。
 ファーが店にいて、縁樹とノイがそこに遊びにきてくれてというパターンばかりで、外に出ようとしていなかったのはファーなのかもしれない。
 基本的に買出しと、新作甘味の調査以外に、外へ出かけることのないファーだから、仕方がないといえば仕方がないが。きっかけがないと、出かけることもしなければ、出かけたいと思っていても誘うこともしない。不器用な男だ。
「ファーさん、海は好きですか?」
「好きというか……見た記憶がなくて、海という言葉も、どんなものも知っているが、イメージできないのが正直な意見だな」
『出不精もいいところだな。夏なんだから、海にぐらい出かけろよ』
「仕方がないでしょ。お店忙しいんだから」
 店の忙しさを言い訳にしてしまえば正当に聞こえるが、どちらかというとノイの行っている「出不精」という言葉のほうがあっているかもしれない。
 苦笑を浮かべながら、
「どうせ、出不精だからな」
 とノイに言うと、『ほら言った』とまた胸を張る。
「外に出かけるのが、嫌いなんですか?」
「理由がないと出かけられないだけだ。嫌いなわけじゃない。それに外を歩くと、かなり目立つからな」
 背負った漆黒の翼を隠そうとしても、余計におかしい格好になってしまう。だからといって、出して歩くようにしたが、それでもやはり目立つことに変わりはない。
 しまっておける方法があれば、教えてほしいが――普通に考えて、誰も知らないだろう。
「透明とかになると、いいんですけどね。この羽根」
『黒じゃ目立つし、禍々しいから、白く塗ってみたらどうだ?』
「それでも目立つのには、変わりないでしょ?」
 縁樹とノイがファーの翼について談義している声を聞きながら、風が潮の香りを乗せてきたことを敏感に感じた。
 いい香りがする。
「……海の匂い、か?」
「はい。もうすぐそこに――あ、着きました!」
 結構歩いたと思う。けれど、不思議と疲れたという感覚はなかった。時間も早く感じた。
 それは多分、一緒に歩いていたものたちの、おかげなのだろう。
 広がった砂浜と海が目に焼きつき、思わず息を呑んだ。
 これが海。
「紅い……のか、海は」
 てっきり青いのかと思っていたが、目の前に現れた海は真っ赤に染まっていた。
「夕陽が海に帰ってるんです。だから、真っ赤に染まってるんですよ」
『ファー、音聞こえるだろ?』
 ノイに言われて耳をすましてみると、身体中に溶け込むように響く――波の音。
『ちゃんと耳すませてろよ。もうすぐだから』
「何が?」
『いいから、楽しみにしてろって』
 ノイが何を言っているのか。理解できぬまま、けれど言われたとおりに耳をすましている。

 刹那。

「あ……」
 波の音が静寂に変わる。髪を遊んでいた風が止み、耳に、身体中に届いていた波の音が遠くなった。
 穏やかさを感じさせる一瞬。
「……これは……?」
「夕凪です。風が止んで、海が穏やかになったときのことそう呼んでいるんです」
「夕凪……」
「波の音が突然聞こえなくなって、静寂に包まれるのがすごく素敵な一瞬で、僕もノイも大好きなんです」
 海を見たのも、紅く染まっているのことも、そしてこの夕凪も。
 全てが新鮮に、ファーを刺激する。
 全てが雄大に、三人を包み込む。
『海は、ボクと縁樹の始まりの場所、なんだ』
「全てを包み込み、優しく見つめる海から、僕とノイは旅を始めたんです」
「……そうか」
 二人の特別な場所に、自分が立っていることが微笑ましくも、嬉しくも感じる。
「不思議だな……どうしてこんなにも、暖かく感じるのだろう」
 夏だから、暑さを感じるのは不快感のはず。
 でもそうじゃない。暑さではなく――暖かさなのだ。しかも、それはこの上ないぐらいに、心地よい。
「誰かに抱きしめられてる感じで……」
 なんとも表わしにくい、今の自分の感覚。
「人肌を感じると、安心するって言いますから、ちょうど、お母さんに抱きしめてもらってる感じなのかもしれませんね」
「母……か」
 大いなる母。
 海は、命の始まりとも言われている。
 何人に対しても、海は「母」と言えるのかもしれない。
「僕にとっても、お母さんみたいな印象、ありますよ」
『じゃあ海は、縁樹と、ファーと、ボクのお母さんだね』
 それも、いいかもしれない。
 元をたどればみな、海から生まれた家族。
 そう考えると――
「俺も、縁樹もノイも、皆兄弟……ということになるな。そうしたら」
「それ、楽しそうですね! 家族ってやっぱり、いいものですから」
『えっ! ちょっと待って。ボクこんな無愛想な兄持つの、嫌だけど!』
「俺も、もっと可愛げのある弟がほしいな」
『どういう意味だ! ファー!』

 そんなやり取りも。
 いつもの様子も。
 海はいつだって――その温もりを持って、見つめてくれている。
 母の手で、包み込むように。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖如月・縁樹‖整理番号:1431 │ 性別:女性 │ 年齢:19歳 │ 職業:旅人
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「ファー」との一日を描くゲームノベル、「閑話休題」の発注あ
りがとうございました!
縁樹さん、ノイさん、すっかりおなじみのお二人を描けること、本当に嬉しく思
います。今回は海へということで、お二人の始まりの場所であり、特別な場所へ
連れて行っていただけて、ファーも大喜びです(笑)夕凪のネタは、個人的にと
ても「夕凪」という言葉が好きなので、組み込ませていただきました。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、ぜひ紅茶館「浅葱」にお越しください。お待ちしております。

                           あすな 拝