■スケープゴート?〜月を愛でませんか?■
葵 藤瑠 |
【1431】【如月・縁樹】【旅人】 |
「月を見て跳ねるのは、何でしょう?」
へらりとしまりのない笑みを浮かべた宇都波の質問に、真亜は動きを止めた。
真意を確かめるように浮かべられた笑みをじっと見て、それから何事もなかったようにビーカーに珈琲を注ぐ。
「飛び魚」
「飛び魚は月じゃなくても跳ねてるよ。――ありがとう。うさぎだよ。うーさーぎー」
淹れて貰った珈琲を受け取り、宇都波は嬉しそうに笑った。
「もうすぐ満月でしょ?」
「兎と満月とどういう関係があるんですか?」
宇都波との会話が成り立っているような成り立っていないような、曖昧さはいつものことだ。
「月見をしないかい?」
壁に掛かったカレンダーには、もうすぐ十五夜だということが示されている。
すすきを立てて団子を飾り、月見と洒落込むのは別段問題は無いが、どうしてそこに『兎』が出てくるのか。
そういえば、と真亜は記憶を思い起こす。
ここ数日、宇都波は何やら研究中ではなかっただろうか。
部屋から出てきたのは……。
「今度は何を作ったんですか?」
「うさぎと狼になれる薬」
「……狩る者と狩られる者ですか……」
月見所じゃないだろう。
妙な所できっちりしている宇都波の作った物ならば、性質すらその動物になりきってしまうはずだ。
なんて恐ろしい物を作るのかと恐れ半分呆れ半分、言葉を失って真亜は宇都波を見る。
「姿形が変わるだけで、害はないよ。月の光を浴びている時だけね。真亜くんが希釈液を作れば良いんだし」
「どうしてもっと他のことに情熱を傾けないんですか」
道楽ばかりに気を向けて、世界に認められるような研究は一つもしたことがない。
「真面目にやったって面白くないしつまらないし、第一真亜くん付き合ってくれないでしょ?」
「……」
「今回は僕が募集要項貼ってくるから、後はよろしくね」
「ちょっと待って下さい。俺が希釈液を作らず原液を飲んだら、どうなります?」
「狼や兎の姿で、人語を話すよ。団子の串が持てないね」
「……すみません、そこまでして月見をする意味は?」
「凄く可愛いと思わない? バニーちゃん」
最悪だ。
「ちょっと待って下さい。薬の成分と材料は?」
「それは自分で調べること。真亜くんのことだから直ぐに判ると思う」
テストを兼ねているといわんばかりの宇都波の言葉に、真亜は怪訝そうに眉を顰める。
「助手より右腕の方が聞こえは良いよ」
「どちらにせよ教授の尻拭いじゃないですか」
「あはは」
そうとも言うね、と朗らかに笑いながら、宇都波は出ていく。
信頼されていると思って良いのか試されていると気を引き締めた方がいいのか。
いずれにせよ、早々に手を付けた方が良さそうである。
『
月見て跳ねる兎や、月見て興奮する狼になって、一緒に月見を楽しみませんか
』
××××××××
こんにちは、葵藤瑠です。
ぶっちゃけて言えば兎耳や狼耳を付けて、一見「コスプレ月見会」をしましょう、て感じです。
ほのぼのとした雰囲気で。
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スケープゴート?
「………」
応募連絡が来た三人の略歴に目を通し、真亜は止まる。
何れも十代の女の子で、モルモットとして差し出して良いのか思わず迷いが生じてしまった。
が、よく考えてみなくても「香水」で男性が応募してくれる例は少ないだろう。
しかし。
「男の方が、面白い反応が見れただろうに……」
ふ、と諦めたように嘆息した。
あの教授にしてこの弟子ありである。
◆◆◇◇◆◆
軽やかなステップを踏みながら、如月縁樹は相棒のノイと連れ立って羽柴家にやってきた。
「どんな香水だろうね、ノイ」
『怪しい……。縁樹、帰ろうぜ。何か嫌な予感する』
楽しげな縁樹とは裏腹に、ノイは厳しい顔つきだ。
第六感が働いているかもしれない。
「なぁーに言ってるの。一度参加を決めたんだから、ちゃんと最後までやらなきゃ」
それにもう着いちゃったもんね、と笑顔で縁樹は言った。
目の前に建つのは一見普通の民家と同じである。
けれど、縁樹の腕の中、ノイには不穏な空気を纏っている怪しげな建物にしか見えない。
『縁樹がそう言うなら、仕方がない』
ノイは一つ息を吐き、渋々同意した。
折角縁樹が楽しそうなので、その顔を曇らせたくないと思ったのも事実である。
……さあ、ノイの悪い予感は当たるか、否か。
◆◆◇◇◆◆
愛想が良いとは云えない助手らしい古手川真亜の案内で通された部屋は、家財道具が一切無い。
大きなテーブルが場所を占め、その上には番号札の付いた大小さまざまな瓶が置かれている。
真亜からチェックシートを手渡され、番号順に香りを嗅ぐことを依頼された。
この匂いが好きかどうかのチェックシートで、なんだかこれでは本当にモニターテストとして本当に役に立つのかどうか判らない代物だ。
だが縁樹は色々と香りが楽しめるので、上機嫌である。
『あんまり嗅ぎすぎると鼻バカになるぞ』
ノイの忠告に、縁樹は軽く了解と答える。
線香の匂いや潮の香り。
猫の匂いまであった。
香水としてはあまり使い勝手が宜しくないのではないか、と思うようなにおいまで混ざっている。
試作品とはいえこれだけの品数を揃えられるのなら、もうちょっと他のことに時間を割けばもっと良いものが出来るのではないのかとさえ思えてきた。
その時。
ふいに強烈な甘ったるい匂いが、縁樹の鼻を突く。
急に出現したその香りに驚いて振り返ると、長身の男性がいつの間にか立っている。
「気に入ったの、あった?」
柔らかそうな茶色の髪に、柔和な笑みを浮かべたその人は、一応依頼主である羽柴宇都波その人である。
宇都波に気づいたと同時に、匂いが消えた。
否、鼻が慣れてしまったと言えるかも知れない。
自分とノイ以外誰もいないと思っていた部屋に突然現れた宇都波に、縁樹は何故かどきどきしている自分に気づく。
(……あれ?)
吃驚しているだけなのか、とにかく初めてのことに、縁樹は戸惑う。
「どうしたの?」
宇都波に心配げに顔を覗き込まれ、頬が赤くなった。
何となく目が合わせ辛くて逸らしてしまう。
密やかな笑みをそっと浮かべ、宇都波がそんな縁樹の頬へ手を伸ばした。
『縁樹に気安く触るんじゃねえ!』
ただの人形だと思っていたノイが、宇都波の伸びた手を叩き落とす。
叩かれた宇都波は驚いてノイを凝視した。
「……? 操り人形じゃないよね? 自分の意志で動いてるんだよね? うわあ凄い! 如月さん、この子貸してっ」
子供が玩具を見つけたようにはしゃぐ。
「えええっ!?」
目を輝かせて急に肩を掴んでくる宇都波に、縁樹はただ驚いて目を白黒させた。
『気安く触るな、て言っただろうがっ!』
がつっ、と鈍い音がしたかと思うと宇都波が呻いてしゃがみ込んだ。
「?」
『ふんっ』
何が起こったのか判らずきょとんと、呻く宇都波を見下ろす縁樹の肩の上、宇都波の顎を思い切り蹴り上げたノイは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
縁樹に無断で手を出す不届き者は、成敗されて然るべきなのである。
「あ、あの〜?」
「う、酷いっ」
よろよろと起きあがり、宇都波は縁樹を見た。
正確にはノイに視線を合わせているのだが、その目元が潤んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
「羽柴さん?」
縁樹に名を呼ばれ、はっとしたように宇都波は身繕いを整える。
微笑みを浮かべて何でも無いような風を装っているが、顎の先が赤くなっていて、痛々しい。
「すみません、お見苦しいところをお見せしてしまって……。少し失礼しますね」
「あ、はい」
きょとん、と首を傾げる縁樹の肩に座るノイに一度怯えたような視線を向けた後、宇津波はそそくさと部屋を出ていった。
「どうしたんだろう?」
『縁樹、もう帰ろうぜ。あいつ変質者だ』
「そういうこと言わないのっ。良い人そうじゃない」
『どこが! 絶対怪しいって。もう帰ろうぜ』
「だぁめ。まだ全部嗅ぎ終わってないもの」
ノイとしては縁樹をこれ以上宇津波と接触させたくないのだが、縁樹はそんなノイの心情は判らない。
「ちょっとノド乾いちゃった。ノイ、お茶貰うね」
ノイの焦りを全く意に介さず、縁樹は暢気なものである。
ノイのチャックからお茶のペットボトルを取り出し、縁樹はノドを潤した。
「ぷはーっ。………」
『どうした? 縁樹』
満足そうに一息付いた後、ふと何かを考え込むように黙り込んだ縁樹を心配して、ノイは顔を覗き込む。
「さっき羽柴さんと話ししているとき、すごくドキドキしてたんだけど、どうしてだろう?」
今まで感じたことが無いほど、ドキドキしていた。
初めてのそれに、縁樹は不思議そうにノイを見る。
『………さあな』
答えかも知れないものは知っていても、ノイは縁樹に教える気はさらさら無かった。
◆◇◇◆
終了時間を知らせに来た真亜は相変わらず愛想笑いの一つもなかったが、身につけていた白いエプロンが妙に浮いていた。
どんな顔で、何を作っていたのかが非常に気になるところである。
もう二人、縁樹は自分と同じようにバイト生が他の部屋で同じことをしていたことを初めて知った。
顔も合わせなかったし、何より真亜からも宇都波からも何も言われなかったからだ。
そこを指摘されると真亜は「あぁ……」と初めて気づいたように三人の顔を改めて見て
「すみません、そうですね。普通顔合わせくらいするものでしたね」
と言っただけだった。
特別な紹介をする気は無かったらしい。
仕方なく、というより状況的に今頃から三人は互いに自己紹介したのだった。
建物を表側から見ただけでは全く判らなかったが、裏手は手入れの行き届いていそうな庭が広がっていた。
テラスには人数分のイスが一つのテーブルを囲むようにして置かれ、テーブルの上には数種類のお菓子類が並んでいる。
「わお♪」
『あ、こら縁樹っ』
目を輝かせて早速イスに腰を落ち着ける縁樹に、ノイは慌てて制しようとするが、縁樹は聴いちゃいない。
「これ、食べていいんですか?」
「どうぞ。解毒剤入りですけど、味に何の影響もありませんから」
さらりと言ってのける真亜にノイを始め海原みなもや藤菜水女もぎょっとするが、縁樹と言った当の本人である真亜は別段おかしなところを感じてないようだ。
「どうぞ」
着席を促され、みなもと水女は一度顔を見合わせる。
このまま去る理由もないので、二人はそれぞれイスに腰を下ろした。
アイスティーを用意され、水女はきょろりとあたりを見渡す。
「……羽柴さんは、どうされたのでしょう」
出てきた名前に、縁樹はクッキーを抓む手を止めた。
みなもも一口口を付けたアイスティーに手をやったまま固まる。
熱がぶり返したように紅潮する頬に、二人は僅かに狼狽する。
「あぁ、教授なら部屋に閉じこもっています。自業自得です。一時いじけてますがそのうち出てくるので、気になさらないでください」
助手にしては扱いが酷い。
ノイが顎を蹴ったせいかな、と思う縁樹の隣で、みなもはやっぱり頬を叩いてしまったからだろうか、と憂える。
罪悪感を全く感じていないのはノイと水女で、真亜の言葉に納得してしまった。
それぞれの思惑を感じ取ったのか、真亜は切り分けたシフォンケーキを各自の前に置く。
「まずはこちらをどうぞ。効果を消してからの方が、話は分かり易くなりますから」
解毒剤入りと、そういば言っていた。
どんな効力を持つ毒で、いつの間に仕込まれたのか甚だ検討は付かないものの、いつまでもその効力を体内に残しておくのも危険だろう。
勧められるままに三人はシフォンケーキを口に運んだ。
・
・
・
「──つまり、あの匂いを嗅ぐと動悸・息切れ・軽い微熱症状が出る、と言うこと?」
「大まかに言ってしまえば、その通りです」
惚れ薬だったんです、と一言で終わる説明を、真亜はわざと回りくどく事情を話した。
年頃の女性にそんなセクハラ紛いなことをしたなどと、大っぴらに言いにくい。
『何だよそれっ。何で香水でそんな効果が現れるんだよ!』
ノイはものすごく不機嫌だった。
縁樹にそんな危険なものを嗅がせた宇都波に腹を立てている。
そしてそんな症状を間近で見ていて、その効果の意図が解ったので余計に腹立たしいのだ。
後一発くらい蹴り上げてりゃ良かった、とぶつくさ言うノイを後目に、縁樹は真亜の作ったケーキに舌鼓を打っている。
「古手川さんって料理上手なんだねえ」
「助手の傍ら、家事手伝いもしてますので」
褒められても表情一つ変えない。
「あのう、それでそんな香水をあたし達に嗅がせる羽柴さんの実験の意図が、まだ良く解らないんですけど……」
真亜の説明で動揺した自分に得心したものの、それで何が解ったのかが、みなもは理解出来ない。
中学生には解らない何かが解ったのだろうか、とも思って居るのだが……。
「要するに、それがちゃんと機能するかどうかを見たかったのではありませんか? 症状がちゃんと現れるのか、否か。ただ、香水として販売するには向かないものだとは思います」
真亜が答える前に、水女がまるで全てを見透かしたような答えを出す。
真相を知っているのかどうかは本人の心の中を覗く以外知りようもないけれど、自信たっぷりのそれに、みなもは何となく解ったような気がしたようなしないような……。
後日、縁樹宛に小包が送られて来た。
お礼の手紙とバイト料、そして朱色の綺麗な瓶がしっかりと布にくるまれて収まっている。
蓋を開けると、柑橘系に似た香りが漂う。
「夏っぽいね」
『縁樹、やばいから付けない方が……』
知らない人から物は貰っちゃ行けない、と諭すノイに、縁樹は小さく笑った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1431/如月・縁樹/女/19/旅人】
【1252/海原・みなも/女/13/中学生】
【3069/藤菜・水女/女/17/高校生(アルバイター)】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、葵藤瑠といいます。
この度はご参加どうもありがとうございました。
縁樹さんとノイ君のやりとりを、とても楽しく書かせて頂きました♪
間抜けな宇津波に憤慨するノイ君が可愛くて可愛くて……。
個別ノベルのように見えて共通部分も有り、さりげなく(?)時間的な流れは続いている不思議な仕上がりになっております。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
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