■スケープゴート?〜月を愛でませんか?■
葵 藤瑠 |
【3069】【藤菜・水女】【高校生(アルバイター)】 |
「月を見て跳ねるのは、何でしょう?」
へらりとしまりのない笑みを浮かべた宇都波の質問に、真亜は動きを止めた。
真意を確かめるように浮かべられた笑みをじっと見て、それから何事もなかったようにビーカーに珈琲を注ぐ。
「飛び魚」
「飛び魚は月じゃなくても跳ねてるよ。――ありがとう。うさぎだよ。うーさーぎー」
淹れて貰った珈琲を受け取り、宇都波は嬉しそうに笑った。
「もうすぐ満月でしょ?」
「兎と満月とどういう関係があるんですか?」
宇都波との会話が成り立っているような成り立っていないような、曖昧さはいつものことだ。
「月見をしないかい?」
壁に掛かったカレンダーには、もうすぐ十五夜だということが示されている。
すすきを立てて団子を飾り、月見と洒落込むのは別段問題は無いが、どうしてそこに『兎』が出てくるのか。
そういえば、と真亜は記憶を思い起こす。
ここ数日、宇都波は何やら研究中ではなかっただろうか。
部屋から出てきたのは……。
「今度は何を作ったんですか?」
「うさぎと狼になれる薬」
「……狩る者と狩られる者ですか……」
月見所じゃないだろう。
妙な所できっちりしている宇都波の作った物ならば、性質すらその動物になりきってしまうはずだ。
なんて恐ろしい物を作るのかと恐れ半分呆れ半分、言葉を失って真亜は宇都波を見る。
「姿形が変わるだけで、害はないよ。月の光を浴びている時だけね。真亜くんが希釈液を作れば良いんだし」
「どうしてもっと他のことに情熱を傾けないんですか」
道楽ばかりに気を向けて、世界に認められるような研究は一つもしたことがない。
「真面目にやったって面白くないしつまらないし、第一真亜くん付き合ってくれないでしょ?」
「……」
「今回は僕が募集要項貼ってくるから、後はよろしくね」
「ちょっと待って下さい。俺が希釈液を作らず原液を飲んだら、どうなります?」
「狼や兎の姿で、人語を話すよ。団子の串が持てないね」
「……すみません、そこまでして月見をする意味は?」
「凄く可愛いと思わない? バニーちゃん」
最悪だ。
「ちょっと待って下さい。薬の成分と材料は?」
「それは自分で調べること。真亜くんのことだから直ぐに判ると思う」
テストを兼ねているといわんばかりの宇都波の言葉に、真亜は怪訝そうに眉を顰める。
「助手より右腕の方が聞こえは良いよ」
「どちらにせよ教授の尻拭いじゃないですか」
「あはは」
そうとも言うね、と朗らかに笑いながら、宇都波は出ていく。
信頼されていると思って良いのか試されていると気を引き締めた方がいいのか。
いずれにせよ、早々に手を付けた方が良さそうである。
『
月見て跳ねる兎や、月見て興奮する狼になって、一緒に月見を楽しみませんか
』
××××××××
こんにちは、葵藤瑠です。
ぶっちゃけて言えば兎耳や狼耳を付けて、一見「コスプレ月見会」をしましょう、て感じです。
ほのぼのとした雰囲気で。
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スケープゴート?
「………」
応募連絡が来た三人の略歴に目を通し、真亜は止まる。
何れも十代の女の子で、モルモットとして差し出して良いのか思わず迷いが生じてしまった。
が、よく考えてみなくても「香水」で男性が応募してくれる例は少ないだろう。
しかし。
「男の方が、面白い反応が見れただろうに……」
ふ、と諦めたように嘆息した。
あの教授にしてこの弟子ありである。
◆◆◇◇◆◆
化粧品会社でも薬品関連の研究者でもなさそうな羽柴宇都波という人物の作る香水が、気になった。
というか何か危険な匂いがする。
正規な場所なら外部からのバイトなど雇わないはずだ。
建物を見上げ、藤菜水女は愛用の扇をぱたりと閉じる。
「では、参りましょうか」
同行者は居ないので、独り言である。
何だか怪しいと思う場所にバイトして申し込んだのは彼女自身だ。
今更此処まで来て言い訳しても、無駄である。
◆◆◇◇◆◆
愛想が良いとは云えない助手らしい古手川真亜の案内で通された部屋は、家財道具が一切無い。
大きなテーブルが場所を占め、その上には番号札の付いた大小さまざまな瓶が置かれている。
真亜からチェックシートを手渡され、番号順に香りを嗅ぐことを依頼された。
この匂いが好きかどうかのチェックシートで、なんだかこれでは本当にモニターテストとして本当に役に立つのかどうか判らない代物だ。
本当にこんなのでいいのかな、と思いつつ、他に誰も入ってこない所をみると手分けしての作業というわけではないようだ。
線香の匂いや潮の香り。
猫の匂いまであった。
香水としてはあまり使い勝手が宜しくないのではないか、と思うような匂いまで混ざっている。
試作品とはいえこれだけの品数を揃えられるのなら、もうちょっと他のことに時間を割けばもっと良いものが出来るのではないのかとさえ思えてきた。
「いっそのこと、この中に毒薬が入っているので探してください。と言われた方が楽ですわ」
ちゃっちゃと終われるのに……。
ふ、と物憂げに吐息する水女は、宇都波より危険人物かもしれない。
ふいに今まで嗅いだことのないような強烈な甘ったるい匂いが、水女の鼻を突いた。
振り返ると今まさにドアを開けて長身の男性が入ってきたところである。
「やあ、こんにちは」
「……ごきげんよう」
怪しい。
顎と片頬を赤くして、それでも人の良い笑みを浮かべるのは何かおかしい。
あからさまに不審そうに眉を顰め、水女は扇で鼻と口元を覆う。
匂いは一瞬にして消えてしまったように感じたが、きっと鼻が慣れてしまっただけだろう。
妙に高揚感を誘う匂いだ。
引き気味の水女に、宇都波は傷ついたように顔を歪めて視線を伏せた。
「あの……」
表情を隠してしまった宇都波にほんの少し気の毒に思えて来て、水女は恐る恐る手を伸ばす。
そっと伸ばした手を取られ、水女は動きを止めた。
宇都波を見上げ、何のつもりだと訝る。
「藤菜さんは、僕のこと嫌い?」
「……は? 初対面だと思いますが?」
唐突にそんなことを問いただされても困る。
触れられている手が、何だか熱い。
「けれど、余り好きではないようだから……」
「いえ、そんなことは……」
確かに疑いを持ってバイトの申し込みをしたし、けれど
………。けれど?
自分自身に疑惑を持ち、水女の片眉がぴくりと跳ね上がる。
「どうしてそんな風に思われるのでしょう?」
この目の前に居る相手は、心を動かされるべき相手ではない。
水女は強くそう自分に言い聞かせる。
広げていた扇を閉じ、水女はにこりと笑った。
「それは一番君が判っていると思うよ?」
「あら、羽柴さんが知らないことを、私が知っているとは。おかしなことをおっしゃいますね」
笑みを深くして、追求する。
困ったように顔色を変える宇都波に、少し心が痛みを訴えたが、気づかない振りをした。認めてしまうと、追求が弱くなるから。
「僕は……」
「羽柴さん、どうなさったんです? その顎」
「えっ?」
水女の指摘に宇都波は動揺して顎を押さえた。
が、直ぐにそれを悟られまいとするように、笑顔を繕う。
「少し、ぶつけてしまってね。嬉しいな、心配してくれるの?」
「他の女性に手を出して制裁を受けたのかと思いましたわ」
「………。どこかで見てた?」
「………。図星ですか」
しまった、と思っても後の祭り。
「あー……っ、あー……」
言葉を探して視線を彷徨わせ、宇都波は所在なげに頬を掻く。
「──……まあ、そんなことはともかく!」
「そんなことで済ませられるのでしょうか、顎と頬の赤み」
「…………」
つけつけと小姑のように追求する水女に、とうとう宇都波は黙り込んでしまった。
「ふ、藤菜さんの意地悪っ!」
わっ、と泣き叫ぶ五歳児のような捨て台詞を残し、宇都波は部屋から走り去った。
「……」
一人残された水女は呆然とそれを見送り、閉じた扇を開いて自分を仰ぐ。
「私、サドっ気などありませんが……」
白々しい台詞は、誰にも届かなかった。
◆◇◇◆
終了時間を知らせに来た真亜は相変わらず愛想笑いの一つもなかったが、身につけていた白いエプロンが妙に浮いていた。
どんな顔で、何を作っていたのかが非常に気になるところである。
もう二人、水女は自分と同じようにバイト生が他の部屋で同じことをしていたことを初めて知った。
顔も合わせなかったし、何より真亜からも宇都波からも何も言われなかったからだ。
そこを指摘されると真亜は「あぁ……」と初めて気づいたように三人の顔を改めて見て
「すみません、そうですね。普通顔合わせくらいするものでしたね」
と言っただけだった。
特別な紹介をする気は無かったらしい。
仕方なく、というより状況的に今頃から三人は互いに自己紹介したのだった。
建物を表側から見ただけでは全く判らなかったが、裏手は手入れの行き届いていそうな庭が広がっていた。
テラスには人数分のイスが一つのテーブルを囲むようにして置かれ、テーブルの上には数種類のお菓子類が並んでいる。
「わお♪」
『あ、こら縁樹っ』
目を輝かせて早速イスに腰を落ち着ける如月縁樹に、ノイは慌てて制しようとするが、縁樹は聴いちゃいない。
「これ、食べていいんですか?」
「どうぞ。解毒剤入りですけど、味に何の影響もありませんから」
さらりと言ってのける真亜にノイを始め海原みなもや水女もぎょっとするが、縁樹と言った当の本人である真亜は別段おかしなところを感じてないようだ。
「どうぞ」
着席を促され、みなもと水女は一度顔を見合わせる。
このまま去る理由もないので、二人はそれぞれイスに腰を下ろした。
アイスティーを用意され、水女はきょろりとあたりを見渡す。
「……羽柴さんは、どうされたのでしょう」
出てきた名前に、縁樹はクッキーを抓む手を止めた。
みなもも一口口を付けたアイスティーに手をやったまま固まる。
熱がぶり返したように紅潮する頬に、二人は僅かに狼狽する。
「あぁ、教授なら部屋に閉じこもっています。自業自得です。一時いじけてますがそのうち出てくるので、気になさらないでください」
助手にしては扱いが酷い。
ノイが顎を蹴ったせいかな、と思う縁樹の隣で、みなもはやっぱり頬を叩いてしまったからだろうか、と憂える。
罪悪感を全く感じていないのはノイと水女で、真亜の言葉に納得してしまった。
それぞれの思惑を感じ取ったのか、真亜は切り分けたシフォンケーキを各自の前に置く。
「まずはこちらをどうぞ。効果を消してからの方が、話は分かり易くなりますから」
解毒剤入りと、そういば言っていた。
どんな効力を持つ毒で、いつの間に仕込まれたのか甚だ検討は付かないものの、いつまでもその効力を体内に残しておくのも危険だろう。
勧められるままに三人はシフォンケーキを口に運んだ。
・
・
・
「──つまり、あの匂いを嗅ぐと動悸・息切れ・軽い微熱症状が出る、と言うこと?」
「大まかに言ってしまえば、その通りです」
惚れ薬だったんです、と一言で終わる説明を、真亜はわざと回りくどく事情を話した。
年頃の女性にそんなセクハラ紛いなことをしたなどと、大っぴらに言いにくい。
『何だよそれっ。何で香水でそんな効果が現れるんだよ!』
ノイはものすごく不機嫌だった。
縁樹にそんな危険なものを嗅がせた宇都波に腹を立てている。
そしてそんな症状を間近で見ていて、その効果の意図が解ったので余計に腹立たしいのだ。
後一発くらい蹴り上げてりゃ良かった、とぶつくさ言うノイを後目に、縁樹は真亜の作ったケーキに舌鼓を打っている。
「古手川さんって料理上手なんだねえ」
「助手の傍ら、家事手伝いもしてますので」
褒められても表情一つ変えない。
「あのう、それでそんな香水をあたし達に嗅がせる羽柴さんの実験の意図が、まだ良く解らないんですけど……」
真亜の説明で動揺した自分に得心したものの、それで何が解ったのかが、みなもは理解出来ない。
中学生には解らない何かが解ったのだろうか、とも思って居るのだが……。
「要するに、それがちゃんと機能するかどうかを見たかったのではありませんか? 症状がちゃんと現れるのか、否か。ただ、香水として販売するには向かないものだとは思います」
真亜が答える前に、水女がまるで全てを見透かしたような答えを出す。
真相を知っているのかどうかは本人の心の中を覗く以外知りようもないけれど、自信たっぷりのそれに、みなもは何となく解ったような気がしたようなしないような……。
後日、水女宛に小包が送られて来た。
お礼の手紙とバイト料、そして紫色をした綺麗な瓶がしっかりと布にくるまれて収まっている。
「……安直な」
他の二人に赤と青の色をした瓶を贈って、その間を取った色を贈られたのだと水女は思った。
名字に「藤」の字が付いていたのも、それを後押しする形になったのだろう。
相手の思惑はどうであれ、勝手に決めつけて吐息し、水女は瓶を手に取る。
「……まあ、良しとしましょう」
香りが好きな花の匂いに似ていて、水女は直ぐに機嫌を直した。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1431/如月・縁樹/女/19/旅人】
【1252/海原・みなも/女/13/中学生】
【3069/藤菜・水女/女/17/高校生(アルバイター)】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、葵藤瑠といいます。
この度はご参加どうもありがとうございました。
お嬢様というより女王様に近い扱いですみません…。
負けず嫌いな感を出してみたのですが、如何な物でしょう……?
個別ノベルのように見えて共通部分も有り、さりげなく(?)時間的な流れは続いている不思議な仕上がりになっております。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
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