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■『千紫万紅 ― 6月の花 茅(ちがや)の物語 ― 』■

草摩一護
【1431】【如月・縁樹】【旅人】
『千紫万紅 ― 6月の花 茅(ちがや)の物語 ― 』

「ひょぉえーーーー、しまったでしぃぃぃーーーーーーー」
 スノードロップは頭を抱えながら大きな声で悲鳴をあげました。
 目をぱちぱちと瞬かせる白さんは小首を傾げました。
「どうしましたか? スノードロップ???」
「た・・・」
「た?」
「食べ忘れたでし・・・」
「食べ忘れた? 何を???」
「ちまき餅をでしぃーーーーー」
 両の拳を握り締めてひぃーっと悲鳴をあげながら両足をどたばと地団駄を踏むように動かすスノードロップに白さんはあはははと微苦笑を浮かべた。
「ちなみにちまき餅のちまきというのは茅の葉を使うところから来ているのですよ」
 右手の人差し指一本を立ててにこやかに笑いながらうんちくを語った白さんにスノードロップはどんぐり眼を大きく見開いて「へぇー」と大きく開けた口から感想の声を漏らした。
 ちなみに今日は6月20日。茅の所縁の日だ。5月5日はもうとうの昔に過ぎ去っている。
「うぅ〜」
 苦虫を噛み潰したような顔で悔しがるスノードロップに白さんはにこやかに微笑みました。
 そしてそんな白さんがふと見た先にいたのは一つのお墓の前に佇む幼い女の子でした。年の頃は小学校の2,3年ぐらいでしょうか。
 その娘はただじっとお墓を見つめていました。
 その様子にも白さんは気がかりになりましたが、もっと白さんが気になったのは彼女が背負うぱんぱんに膨れた鞄でした。まるであれでは・・・
「なんだか家出をしてきたみたいに準備万端という感じでしね」
 そうなのです。
 その女の子の恰好はまさしく家出をしてきました、と言わんばかりのものでした。
 そしてそうスノードロップが言った瞬間に、お婆さんの幽霊が現れました。
 お婆さんはぺこりと白さんとスノードロップに頭を下げました。
「私はあの娘の祖母です。あの娘は新垣ちか、と言います。父親は新垣商事の社長で、母親も輸入雑貨のチェーン店をいくつも経営していて……はい、あの娘の両親は共に忙しさにかまけて誰もあの娘をかまってあげていないのです。ですから私はあの娘の祖母として、ちかの面倒を見てあげていたのですが、しかし私は死んでしまい………」そこまで言ってお婆さんはちかの方を見ました。
「あの娘は家出をしたのです。行く先はわかりません。どこに行こうとしているのだか……。どうか、お願いします。ちかを助けてあげてください。あの娘と両親の仲をどうにか取り持ってあげてくれませんか?」
「なるほど、わかりました」
 白さんがそう頷くと、お婆さんはにこりと笑って消えました。
「白さん、今のお婆さんは?」
「ええ、今日は子どもの守護神という花言葉を持つ茅の所縁の日。故に起きた奇跡でしょう。そしてその奇跡をこれで終わらせる訳にはいきませんね」


 **白さんとスノードロップより**


「白さん」と「スノードロップでし♪」
「今回の花の物語は茅です。花言葉は子どもの守護神」
「皆さんにはちかちゃんを助けてあげてもらいたいでし」
「方法はそうですね、あなたの良きようにはからってください。ちかちゃんとそのご両親の仲を取り持ち、ちかちゃんを笑えるようにしてあげて欲しいです」
「大好きな…この世で一番の自分の味方と想っていたお婆さんのお墓を見つめているちかちゃんの横顔は本当に悲しそうでしたでし。だから・・・」

「「だからどうか、ちかちゃんをあなたがご両親と共に笑えるようにしてあげてください」」


 プレイングには家出をしたちかと、そのご両親との仲をPCさまがどうやって取り持つかを書いてください。
 ちかの家出の先は自由に決めていただいて構いません。
 よろしくお願いします。







『千紫万紅 ― 6月の花 茅(ちがや)の物語 ― 』


 お墓の前に佇むちかちゃんを見た時、僕は誰に言われるまでもなく彼女のために何かをやりたいと想った・・・。


【オープニング】

『縁樹、来たよ。台詞はOK?』
「う、うん。大丈夫・・・なはず」
『はずって、縁樹・・・もう一度台本読む?』
「ううん。だってもう来てるし」
『大丈夫だよ、悪役なんだもん。ちょっとぐらい待たせたって大丈夫』
 だけど縁樹はそう言うノイに顔を横に振った。
「ダメ。ダメだよ。失敗はきかないんだ。これには大事なちかちゃんの未来がかかっているんだから。だから妥協はダメ。大丈夫だよ、ノイ。やってみせる。だけどさ、ノイ。ノイは近くにいて…よね」
 上目遣いでノイを見る縁樹に、ノイはこくりと頷いた。
『当たり前だろ、縁樹。ボクはいつも縁樹の側にいるよ』
「うん、だからね、ノイ。大丈夫なんだよ」
 今まで硬い緊張の表情を浮かべていた縁樹は自分の左肩に乗るノイにふわりと嬉しそうに…そう、この世にはもはや何も怖い物など無いと言うようなそんな微笑みを浮かべた。
 ノイはあやうく手にしていた薄い冊子を落としそうになる。きっともしも彼が人形ではなかったら縁樹のその笑みに顔を真っ赤にしているに違いない。それぐらい今の縁樹の顔はかわいかった。


 そう、それぐらい縁樹の表情は、
 ――――力強くって、
 ――――――――――美しかった。


 そう、人は誰か大切な人がすぐ隣にいてくれたら、そしたら力強くなれるから。
 怖くないから。
 そう、もう怖くないようにしてあげるからね、ちかちゃん・・・・



 縁樹は大きく深呼吸をしてよしと頷く。
 彼女の左肩に座るノイは手にしていた薄い冊子を閉じると、自分で自分の背中にあるチャックを開けて、その手にしていた冊子をしまった。
 縁樹とノイの恰好は黒のスーツにサングラス。まるでハリウッド映画に出てくるギャングのような恰好だ。
 アッシュグレイの髪に縁取られた美貌に浮かぶ人の良い表情を縁樹は瞼を閉じて数秒何かを呟きながら自分に自分で自己催眠をかけて怜悧で鋭い抜き身の刃を思わせるような冷たい表情に変える。
「行くよ、ノイ」
 声の響きまでその表情に相応しい一定のトーンの無機質な悪役の声。
 まさしくもしもこの場に映画監督がいて縁樹の変わり様を見ていたら、そしたら必ずや彼女をスカウトしていたに違いない。
『OK。相棒』
 そしてノイまでも普段のかわいらしい口調からクールなマフィアを気取った声を出した。


 ノイの脚本・監督の舞台は今、大きな山場を迎える。ラストを決めるとても大切な・・・・。



【シーンT 霊園】


 その日も永遠の旅人である縁樹&ノイは旅をしていた。
 旅の行き先は空を風に流されて飛んでいく風船任せ。だけどこの時の縁樹たちは想像もできなかったろう。自分たちが茅の妖精が引っ張っている風船に導かれているなんて。
『ねえ、縁樹。疲れたね。一体あの風船はどこまで飛んでいくのだろう? 少しぐらい休憩してくれたっていいのに。追いかける方の身にもなって欲しいものだよね』
 左肩で帽子を団扇代わり煽らせながらそう感想を述べた相棒に縁樹も帽子を団扇代わりにして扇ぎながら苦笑を浮かべる。
「でも一体どこまで飛んでいくんだろうねあの風船。風はそんなには吹いてはいないように見えるんだけど、不思議だよね」
『う〜ん、上の方では吹いているのかな?』
 二人して空を見上げる。
 瞳に映る青はどこまでも広がっていてそれに限界は無くって、そこに浮かぶ雲は白くって分厚くって、向日葵のような大輪の花に見える太陽はこちらの事などまったく考えてもくれずにギラギラ輝いていて、小さな光りの点が飛んでいった後には白い航跡が描かれていて、そこにある風景は同じようでいてしかしまったく同じ姿を一秒だって保ってはいない。その一瞬一瞬の変わりようがとても面白くって、縁樹とノイはそのまま二人して空を見上げながら歩いていた。
 そうすれば当然・・・
「わ、白さん、縁樹さん、危ないでしぃ!!!!」
「「え???」」
 声が重なった。
 縁樹と、
 白。
 互いに顔を合わせあって、
 それでぶつかる。
「きゃぁ」
『縁樹!!!!』
 思わず後ろに縁樹は転がりそうになって、ノイは縁樹を助けようと機敏な動きで彼女の肩の上で立ち上がって右足を軸にくるりと半回転して両足でしっかりと縁樹の鎖骨で踏ん張りながら両手で縁樹の服を掴んで腕と腰を伸ばす・・・まるでヨットのマストを張るように。だけどそれで後ろに転びそうになる縁樹を助けられるわけもなく逆にへにゃりとブリッジをするような恰好になって、しかも・・・
『あっ・・・』
 両手が滑ってノイはじりっと太陽に焼かれた熱いアスファルトの上にまっかさま。
「ノイ」
 思わず縁樹は自分の事は忘れて落下していくノイに慌てて手を伸ばして、だけど間にあいそうもなくって、それでそれを見るのが怖くって瞼を閉じてしまうのだけど、
 しかし・・・
「大丈夫ですよ」
 伸びた手が縁樹の右腕を掴み、もう片方の手で腰を支えてくれてそっと引っ張り寄せてくれて、彼女はふわりとその場に体制を立て直すことが出来た。
 開けた瞼。アッシュグレイの髪の下にある赤い瞳で見つめるのは銀色の髪の下にある穏やかな顔と、優しい青い瞳。思わず頬を赤くする縁樹。
 ………当然こういう場合には彼女の忠実なる騎士を気取るノイが何かしら邪魔をいれるものなのだが、しかしそれがない。
 縁樹自身も自身の色恋沙汰には鈍感で、ひょっとしたらそこから始まったかもしれない何かに気付く間もなくいつもとは違う雰囲気に首を傾げ、それで思い出した。
「あ、ノイ!!!!」
 慌てていつもと違う雰囲気の元凶…アスファルトに落ちたはずのノイを探す縁樹。だけどそこに彼女が想像したものはなかった。
 あるのは・・・
「ぷぅ」
 思わず吹き出してしまいそうなかわいらしい光景。
「やだ、ノイったら・・・かわいい」
『・・・・・・笑わないで、縁樹」
 スノードロップの花の妖精にお姫様抱っこされるノイは苦虫を噛み潰したような表情をしながら震える声で言った。
 ふわふわと背中の羽根を動かしながら、スノードロップはノイを縁樹の上に向けられた両の手の平の上にまで運ぶ。
「これからは気をつけるんでしよ、ノイさん」
 くすりと可愛らしく笑ってそう言うスノードロップに、
「そうだよ、ノイ」
 縁樹もくすくすと笑いながらそう言う。
 すっかりと男の子のプライドを崩されたノイはだからスノードロップに八つ当たり。
『ふん、うるっさいよ、虫』
「・・・・」
「あっ」
『へっ?』
 にこりと笑ったスノードロップ。もちろん、ノイをお姫様抱っこした両手を上に上げて万歳をする。そうすれば結果は・・・
『ぎゃぁ』
 ノイはアスファルトに激突する訳で、
 熱いアスファルトの上で大の字で転がっているノイを棒切れで突きながら、
「誰が虫でしか? ってか、綿出ましたでしか?」
 などとスノードロップはさらりと黒い事を言う。
 そうしてそのまま小サイズの人形と妖精で言い合いになるわけで、それを微笑ましそうに眺めながら和んでいた縁樹はだけどふと視線を白に向けた。
 いつもなら白が笑いながら二人の喧嘩を止めるのに、だけど今日はそれがない。白の横顔を不思議そうに右手の人差し指で前髪を掻きあげながら眺める縁樹はそのまま視線を彼が見ている方向に向けた。
 そこは霊園で、そして一つのまだ真新しいお墓の前に女の子が立っていた。その娘の背負う鞄はぱんぱんに詰まっていて、なんだかまるでそれは・・・
「旅行にでも行くのかな?」
「いえ、家出、だそうですよ」
「ええ!? 家出ぇ!!!」
 縁樹はびっくりしたように視線を白に戻した。
 その視線に応えるように白も縁樹に視線を向けて、優しく穏やかに微笑む。憂いの光を宿した瞳を柔らかに細めて。
「ええ。あの子の名前は新垣ちか。実はですね・・・」
 そして足下でぎゃーつくと言い合いをしている小サイズたちをほかっておいて、縁樹は白から事の経緯を聞いた。
 そんな彼女のアッシュグレイの髪に縁取られた顔は見る見る曇っていった。
「哀しい事ですね」
「ええ、本当に」
 そして縁樹はまだスノードロップと言いあいをしているノイを両手で拾い上げると、そのまま『わ、わ、なに、何がどうしたのさ、縁樹?』と騒ぐノイを両手で持ったまま霊園の中に入っていった。
『縁樹?』
 ノイの声はとても心配そう。いったいどれだけ一緒にいると想う? ノイはこれまでずっと一緒に縁樹といた。だから彼女の顔を見れば、その時の彼女が何を想っているのかはだいたいがわかる。
 そして今の縁樹はとても哀しいと想っている。
 スノードロップと言い合いをしながらもだけどしっかりとノイは縁樹と白の話を聞いていた。彼だってちかのために何かをしてあげたいと想った。だって・・・



 だって想像も出来ないから・・・・
 隣に縁樹がいなくなった自分の心なんて・・・・・



 だからノイは両手を縁樹の手に重ね合わせた。
『がんばろうね、縁樹』
「うん」



 そして二人はちかの後ろに立ち、声をかける。
「ちかちゃん」
 びくりとちかは体を震わせて恐る恐る後ろを振り返る。
 そこにいたのは何やら背の高いスレンダーな美人さん。
 アッシュグレイの髪に縁取られた美貌にとても優しい笑みを浮かべている。
 だけどちかはそのまま後ろに下がった。そのちかの目は捨て犬の目だ。自分の他には誰も信じてはいない目。
 縁樹はほんの一瞬、まだ8歳の身でそんな表情を浮かべる彼女をとても哀しそうに見つめ、そしてその次にはとても悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さあさあ、ご覧あそばれ、ここに取り出したる物はタネも仕掛けも無いただの人形でござーい」
『え、縁樹?』
 ノイはいきなり何かをとても変な口調で言い出した縁樹を不思議そうに見て、心配そうに彼女の名を呼ぶが、ぎゅっと自分の体を両手で掴む縁樹がその手に力を込めたので黙った。
 ・・・・心の中でボクのかわいい縁樹があの悪魔のまあやの影響を受けていると涙を流しながら―――――。
「さてさて、ちかちゃん、この人形を調べてください」
 縁樹はノイをちかに渡す。
 ちかはその時には既にものすごく自然にまるで生きているようにノイがしゃべったので、すっかりとノイに興味を持っていて、だから縁樹に差し出されたノイを受け取ってしげしげと見て、だけど自分が持っている玩具のようにスイッチが無いその人形に不思議そうに小首を傾げ、
 そして縁樹はくすりと微笑みながら、右手の伸ばした人差し指の先で虚空に流れるように何やら音符のようなモノを描いて、
 それでぱんと両手を叩いて、歌うように言う。
「命を吹き込まれし人形よ、動け」
 その言葉にノイは『ああ、そういう事ね』と、小さく呟いて、そしてぴくんと両手足を動かして、声を出す。
『こんにちは、ちかちゃん』
 ちかは両目を大きく見開いた。
 そして思わずノイを手放してしまうが、ノイは鮮やかに空中でくるりと回って見事なアクロバットを決めると優雅に石畳の上に舞い降りて一礼をちかにした。
 ちかは賞賛の拍手をノイに贈り、そして縁樹を見ると、縁樹もそれに合わせて一礼をしたのできゃっきゃと喜んだ。
「お姉ちゃんは魔法使いなの?」
「そうだよ」
「魔法なら何でも使えるの?」
「限定はされてしまうけど」
「じゃあ、ひとつお願いをしても良い?」
「どんなお願い?」
「おばあちゃんを生き返らせて」
 きらきらと両目を輝かせながらちかは縁樹に言った。
 縁樹は小さく口を開けて、
 ノイは不安そうに縁樹を見上げるが、
 だけど縁樹は優しくちかに微笑むと、そっと彼女を両腕で抱きしめた。
「ごめんね。そのお願いは僕の魔法じゃ無理なんだ。だけどね、ちかちゃん。その代わりに僕がちかちゃんのもう一つの願いを叶えてあげるから」
「もう一つの?」
「そう、もう一つの」
「無いよ。無いもん、ちかには」
「あるよ。ちかちゃんにはあるよ」
 しゅんとしたちかをぎゅっと縁樹は抱きしめながら繰り返した。
 見上げた空はやっぱり先ほどまでとは光景が変わっていて、そしてきっとそれは・・・



 人も同じはずだから。
 うん、人は変われるから・・・・



【シーンU 綾瀬邸】


「あー、で、どうしてあたしの家に来る訳?」
『クーラーがあるから』
「あはははは。喧嘩売ってるの?」
 頬杖ついてまあやがにこりと笑ってテーブルの上のノイにそう問い掛ける。
 ノイもにこりと笑って、
『いえ、別に。でもただボクが薬の下敷きになってる前で大切な縁樹の頬にキスをしたのには腹を立てているかもね』
「・・・」
 まあやはふむと頷くと、縁樹ににこりと笑いかけ、
「縁樹さん。あとで一緒にお風呂に入りましょうか?」
「え? え?? え???」
 小さく傾げた顔に嫣然とした笑みを浮かべながらまあやは縁樹の顎に手を伸ばし、そっと指先で縁樹の顎を触れる。それはどこか綺麗だけどものすごく危ない感じがして、
 ノイは頭を両手で抱え込んだ。
『わぁー、ダメ。ダメ。絶対にダメ!!! ボクの大切な縁樹にまあやさんの毒牙一発は絶対にさせないんだ・か・ら!!!!!』
 親愛なる姫を護る忠実なる騎士は凛々しく黒髪の魔女の前に両手を広げて立ちはだかった。
 そのノイの姿を見て縁樹はくすくすと笑い、それにつられて明るい声が部屋を満たした。だけどちかだけが笑わなかった。
 でも・・・
 ぐぅ〜〜。
「わ、お腹の虫さんの鳴き声でし」
『虫はスノードロップだろう』
 ぼそりと言ったノイ。どんぐり眼から大粒の涙をだぁーっと流すスノードロップ。縁樹はくすくすと笑いながら指先でスノードロップの涙を拭いて、ちかには視線を向ける。
「ちかちゃん、お腹が空いたの?」
「・・・・うん」
 ちかが頷くと、まあやは小さなため息を吐いて立ち上がった。
「オムライスでいい? それだったらすぐに出来るから」
「え、・・・・あ、あの・・・」
「お腹が空いてるんでしょう? 子どもは子どもらしく遠慮しちゃダメよ」
「あ、うん。食べたい」
 こくりと頷いたちかの頭をまあやは撫でると、台所に向う。そしてちかもおもむろに立ち上がったかと想うと、台所に向って歩き出す。
「ちかちゃん?」
 縁樹が呼ぶと、
「黒髪のお姉ちゃんのお手伝い」
 と、ぼそりと言った。それに縁樹は嬉しそうに笑いながら頷いた。ずっとしゃべってくれなかったちかが縁樹に口を開いてくれた瞬間だったから。
 ――――――――そう、想いとは必ず伝わるものだ。
「じゃあ、僕も手伝おうかな。一緒に行こうか、ちかちゃん」
「うん」
 縁樹とちかは手を繋いで、軽やかな包丁がまな板を叩く音が聞こえ始めた台所に向った。
 そしてそれを嬉しそうに腰の後ろに両手を回しながら眺めていたノイはよしと頷く。
 白を見上げて、彼はずっと彼が考えていた作戦を白に伝えた。
「なるほど。それは確かにいい手かもしれませんね」
『そうでしょう。もう脚本もしっかりと頭の中にあるんだ。あとはそれを文章化するだけ』
 ノイがそう言うと白は立ち上がった。
「それでは綾瀬さんにパソコンを借りられるか訊いてきますね」
 そしてそこにはノイとスノードロップが二人きり。
 ノイはちょっと気まずい。でもやっぱりノイは男の子。女の子を泣かせたままじゃカッコ悪いよね。
『あー、うんと、飴、舐める?』
 自分で自分の後ろのファスナーを開けて、中からイチゴの飴を取り出したノイはそれをスノードロップに差し出して、彼女はその飴玉に満面の笑みを浮かべた。
「はいでし」
 そして二人は仲良く飴を半ぶっこにして舐めて、何の罪悪感も無くなったノイはその後に脚本作りに専念するのであった。



【シーンV 新垣邸】


 どん、乱暴に開けられたリビングの扉。中に入って来たのは新垣ちかの父親である新垣礼二だ。
「ちかが帰ってこないって本当なのか?」
 怒鳴り声をあげた旦那を横目で睨む妻。しかし旦那を一瞥しただけで新垣ゆりえは目を逸らした。
 二人の間にいる家政婦の田中はおろおろとしている。
「ちかが帰ってこないのは本当なのか? と訊いているんだ、答えろ、ゆりえ」
「っるさいわね!!! 怒鳴らないでよ。あたしだってあの娘の事を心配してるんだから。必死にあの娘の行きそうな場所を考えているんだから!!!!」
「必死に考えているって、おまえは母親なのにそんな事も必死に考えないとわからないのかァ」
 その礼二の暴言にゆりえはキレた。
「じゃあ、あなたはどうなのよぉ??? あなたはちかの行きそうな場所がわかるっていうの???? じゃあ、答えてよ。あたしに今すぐに教えてよ。ここに連れてきなさいよ。今すぐにここに!!!!」
 いつになくヒステリックな妻に礼二はぐっと息を呑むと、ゆりえから目を逸らした。そして彼が見たのは・・・
 ――――――――――――リビングに置かれた棚の上に飾られたフォトフレームの中で幸せそうに笑っている娘のちかと彼の母親が二人で映っている光景だ。
 礼二は大きく目を見開き、何かを思いついたような顔でゆりえを見るが、ゆりえはその礼二に泣き出す寸前の幼い子どものような顔をしてみせた。
「ねえ、あなた、あなたは今、ちかが義母さんのお墓にいるんじゃないのかって想ったんでしょう? 探したわよ。あたしだって馬鹿じゃないわ。とっくの昔に気がついていた。ちかがあたしたち親よりもお義母さんを大事に想っている事に……。だけど…だけど気がついた時にはどうしようもなく遅かったのよ。遅かったのよ……。もうあたしたちは永遠にその順位を変えられない…。だからあたしは仕事に逃げて…。ねえ、お願い。謝るから。あたし、謝るから。仕事ももうやめる。ずっとずっとずっとちかの隣にいるから、だからちかを返して。お願い・・・お願いだから・・・・」
「ゆりえ……」
 礼二は声を押し殺して泣き出したゆりえを抱きしめた。そして家政婦を見る。彼女は首を横に振った。
 そして礼二は気付く。自分がちかの事を何も知らない事に。娘の友達……クラスの担任や…クラスの番号すらも………。
 そんな時、電話のベルが鳴った。
 田中が出る。そして何やら会話をして、それから真っ青な顔をして礼二を見た。
「だ、旦那様。ちかちゃんを誘拐したという犯人から電話が………」



【シーンW 教会】


「ち、ちかはどこにいる? 娘は無事なのか???」
「ち、ちかに会わせてください。早く。お願い、娘に会わせてぇ」
 縁樹は顔にかけたサングラスのブリッジをクールに右手の人差し指で押し上げると、くすりと小馬鹿にしたように笑った。
「おや、これは不思議な事を言いますね。お父様もお母様もお仕事の方が大事で娘さんに興味が無いと想っていたのですが?」
「ふ、ふざけるな。自分の子どもがかわいくない親がこの世の中のどこにいる? 私達は…私達夫婦は貴様にちかを誘拐されてから心配で夜も眠れず……」
「お願いです。娘を、ちかを返してください。お金なら、お金ならいくらだって借金して渡しますから。だからちかを返して」
 縁樹はおどけたように肩をすくめた。
 そして懐からコルトを抜きはらうと、その銃口を新垣夫妻に向けた。礼二はゆりえを抱きしめて、必死に銃口からかばう。
「貴様、どういうつもりだ?」
「どういうつもりかと言われましても、こういう事ですね。不思議だと想いませんか? 誘拐犯人が身代金の要求をしない時点で。つまりね、僕が欲しいのはあなた方二人の命です」
 そう言われた礼二は大きく目を見開き、だけどゆりえを後ろに突き飛ばして、尻餅をついた妻の前に両腕を開いて立った。
「殺すならどうか私だけにしろ。妻は生かしてくれ。ちかを…大事な娘を独りぼっちにするわけにはいかん。だからどうか妻は生かしてくれ。ちかをどうか独りにしないでくれ」
 そう言う亭主の前に妻は立った。だがその涙で濡れた目には怒りがあった。強き怒り。そして親の愛。


 ―――――親の愛。


「奪わせない。あなたなんかに奪わせない。この人の命も、あたしの命も奪わせない。せっかく決めたんだから・・・。せっかくあたしたち夫婦はこれからちゃんとちかと一緒に家族をやっていこうと決めたんだから。だからあなたなんかに奪わせない」
 その言葉に礼二は何を想うのか立ち上がり、ゆりえを抱きしめ、縁樹を睨む。
 そして縁樹は大きくため息を吐くと、
 手にしていた銃口を天井に向けて、
 にやりと唇の片端を吊り上げながら、
 トリガーを引いた。
 そしてその後に起こったのは、
 ぴゅっという音と共に銃口から出た水と、
 薄く形のいい縁樹の口から漏れるくすくすという楽しげな笑い声。
 新垣夫妻はその光景に呆然として、
 そして縁樹はサングラスを取ると、懐から飛び出してきて、彼女の足下に立ったノイと一緒に頭を深々と下げた。
「『本当にどうもすみませんでした』」


 +

「よう、お嬢ちゃん。よく来たな。独りで来たかい? もちろん、警察には言ってないよな?」
 綾瀬まあやの弟子である三柴朱鷺はノリノリの演技で悪役ぶって、ちかにじろじろと嫌味ったらしい視線を向けた。
 その視線にちかはスカートをぎゅっと震える小さい手で掴みながらこくりと頷いた。
「うん。縁樹お姉ちゃんやノイちゃん。白お兄さんにスノードロップちゃん。まあやお姉ちゃんにも言ってないわ。だからパパとママを返して」
 それだけ言うのに……いや、両親が誘拐されたという事実にわずか8歳の少女がどれだけ心を痛めた事であろうか?
 不安であるに決まっている。
 怖いに違いない。
 だけどちかは、きぃっと黒のスーツにサングラスで決めた三流のチンピラっぽい朱鷺に臆す事は無かった。
「パパとママを返して」
 朱鷺は大きく肩をすくめる。
「どうして?」
「え?」
「だからどうして? あんたのパパやママは仕事を最優先させて、あんたの事を見てもくれないのだろう。だったらいっそうのことそんな両親には死んでもらって、二人の保険金を片手に優雅に暮しゃいいじゃん。違わなくない?」
 するとちかは体を震わせた。
「うううぅうぅうぅぅぅ」
 歯を噛み締めた口からうめき声をあげた。
 そして・・・
「わぁぁあぁあああああ」
 その場で地団駄を踏んで、
 それで、
「嫌だぁぁぁぁぁーーーーーーーーー」
 大声をあげて、朱鷺の前まで走っていって、握り締めた両拳で朱鷺の足を叩いた。
「嫌だもん。そんなの嫌だもん。ちかはパパもママも好きだもん。一緒にいたいもん。死んじゃ嫌だもん。ずっとずっとずっと一緒にいたいんだもん。ずっとずっとずっと一緒にいたいんだもん。うわぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーん」
 そしてその場で泣き出して、
 朱鷺はふっと優しく笑うと、サングラスを投げ捨てて、ちかを片腕で抱き上げて自分の肩にひょいっと乗せた。そして礼拝堂のマリア像の裏に隠れていた新垣夫妻に声をかける。
「ですって。ご両親様」



 そして縁樹は涙を流す礼二とゆりえに微笑みかけた。
「子どもを嫌う親なんていないのと同じで、親を嫌う子どももいませんよ。さあ、早くちかちゃんを抱きしめてあげてください」
 その縁樹の言葉に二人は大きく頷くと、
 ちかの下へと走っていき、
 そして親子三人は抱き合って、
 大声で泣いて・・・



 そしてとても幸せそうに笑った。



【ラスト】

 泣き疲れたのと安心したのとで、ちかはゆりえの胸の中で眠ってしまった。
 礼二はちかを抱き上げて、そしてゆりえと一緒に縁樹たちに頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
「いえ、僕らは何もしてません。がんばったのはちかちゃんです」
「そうですね。これからは私達三人家族でやっていきます」
「はい。がんばってください」
 そして新垣家族は車に乗り込み、家路へとついた。
 夕闇の中で赤く輝くテールランプを眺めながら、縁樹はふぅーっと小さくため息を吐く。
「よかったね、ノイ」
『うん、そうだね、縁樹』
 そして二人は空を見上げる。優しい夕暮れ時の美しいグラデーションがかかった空を。
 世界中の優しさの結晶を集めて凝縮したようなそんな優しい空を。
「『あの』」
 と、声をそろえて二人で思わず顔を見合わせあって笑って、
「ノイ、どうぞ」
『ううん、縁樹から』
「えっと・・・多分言いたい事は・・・」
『同じだよね』
 二人でにこりとする。
 そしてもうそれだけで言葉はいらなかった。
 ノイを左肩に乗せて縁樹は歩き出す。
 今度の旅の先はまるで新垣家族の幸せを暗示しているような虹の方角。
 一体今度はそこでどんな出会いが待ち、そしてそこに行き着くまでいったいどんな旅が待っているのであろう。
 だけど二人一緒なら怖くない。
 だから踏み出せる一歩。
 縁樹&ノイは今日も二人で旅をする。



 ― fin ―





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1431 / 如月・縁樹 / 女性 / 19歳 / 旅人】
             &ノイ

NPC / 白

NPC / スノードロップ

NPC / 綾瀬・まあや

NPC / 三柴・朱鷺





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■         ライター通信          ■
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こんにちは、如月縁樹さま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回も本当にありがとうございました。
縁樹さんのプレイングを読んで本当に嬉しくなったのですよ。
実はこういうのが来たらいいなーと想う中のひとつでしたので。^^
だからそれが書けて嬉しかったです。
それにですね、僕が考えていたのは両親のみ、という方向でしたので、
縁樹さんのプレイングを見て、あ、そうか。ちかにも両親が誘拐されたと言って、
それで両親の前で自分の親への想いを口に出させたら、それはすごく印象的で良いシーンが書けるなー、
ってすごく感動したのです。^^


そしてそして今回もまたノイさんが。
すごくすごく自然にノイさんが動いてくれて、スノードロップとのじゃれあいや、
そしてノイさんが一番大切に想う縁樹さんとの触れ合い、
そういうのが心ゆくまで書けたノベルでした。
楽しかったですし、嬉しかったです。
やっぱり書かせてもらえるたびにノイさんが生き生きしてきているような感じがして。
PLさまにも草摩の書くノイさんを気に入ってもらえたらなーと想います。^^
でもあまり調子に乗り過ぎないようにはもちろん気をつけますね。


縁樹さんの動機は本当に縁樹さんらしいなと想います。
自分とノイさん。唯一無二の大切な自分のパートナー。
そのノイさんがある日突然いなくなってしまったらすごく哀しいと想いますし、
何も考えられなくなるのかな、と。
それが祖母を亡くしたちかと重なってしまったのでしょうね。
だからこそちかを助けてあげたいと。
本当に優しい縁樹さんらしい動機だと想うのです。


それでは今回はこの辺で失礼しますね。
今回も本当にありがとうございました。
失礼します。