■ファイル1-心を盗られた人。■
朱園ハルヒ |
【2529】【新久・孝博】【富豪の有閑大学生(法学部)】 |
「変死体…?」
「いや、実際には、違う。生きているが、動かない…と言えばいいのかな」
デスクを挟み、奥には槻哉。その前には早畝とナガレ。そして斎月が珍しく顔を出している、司令室。
一つの事件の内容が記されたファイルを手に、槻哉がその二人へと、状況説明をしている所だ。
「…なんだそりゃ。病気じゃねーの?」
「病気の類であれば、僕のところにこんな書類なんて回ってこないよ、斎月」
斎月のやる気の無い言葉に、槻哉は軽く溜息を吐きながら、書類の内容を二人に見せるかのように、デスクの上にそのファイルを置いた。
クリップで止められた、白い紙と、数枚の写真。その写真には、『死体』とも呼べる、生気の無い人間が映し出されていた。
「被害者だよ。どれも同じような状態だろう」
早畝が写真を食い入るように覗き込んでいると、槻哉が補足するかのように言葉を投げかける。
「ふーん…確かに事件の臭いだな。…っていうか、先に写真見せてから説明始めろよ、槻哉」
斎月は写真を一枚手にしながら、そう毒づく。付き合いは長くも、二人はあまり、仲がいいという訳ではない。
「なんか、人間業じゃないよなぁ…変な気配感じるし」
そう、口を開いたのは、早畝の肩に乗っているナガレだ。動物的な勘が働いたのか、写真に顔を近づけて、くんくん、と臭いを嗅いでいる。
「ナガレならそう言うと思ったよ。だから君も呼んだんだ。もうこれで…5人目。警察側の特捜部も、お手上げ状態らしくてね」
手に書類を戻し、槻哉はそう言う。その言葉に何より反応したのは、早畝であった。
「…じゃぁ、俺たちが解決すればいい話だよな。あいつらには、負けない」
警察組織自体を信用してない、早畝の心からの言葉。それを槻哉も斎月も、そしてナガレも、何も言わずながらも、その胸のうちに何かを感じ取りながら。
「……とにかくだ。此処に流れてきたからには、君たちの出番だ。よろしく頼むよ」
パシン、と再び書類をデスクの上に軽く叩きつけるかのように置きながら、槻哉はそう言い立ち上がる。すると早畝も斎月もそれに習うかのように、姿勢を正して見せるのだった。
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ファイル1-心を盗られた人。
「変死体…?」
「いや、実際には、違う。生きているが、動かない…と言えばいいのかな」
デスクを挟み、奥には槻哉。その前には早畝とナガレ。そして斎月が珍しく顔を出している、司令室。
一つの事件の内容が記されたファイルを手に、槻哉がその二人へと、状況説明をしている所だ。
「…なんだそりゃ。病気じゃねーの?」
「病気の類であれば、僕のところにこんな書類なんて回ってこないよ、斎月」
斎月のやる気の無い言葉に、槻哉は軽く溜息を吐きながら、書類の内容を二人に見せるかのように、デスクの上にそのファイルを置いた。
クリップで止められた、白い紙と、数枚の写真。その写真には、『死体』とも呼べる、生気の無い人間が映し出されていた。
「被害者だよ。どれも同じような状態だろう」
早畝が写真を食い入るように覗き込んでいると、槻哉が補足するかのように言葉を投げかける。
「ふーん…確かに事件の臭いだな。…っていうか、先に写真見せてから説明始めろよ、槻哉」
斎月は写真を一枚手にしながら、そう毒づく。付き合いは長くも、二人はあまり、仲がいいという訳ではない。
「なんか、人間業じゃないよなぁ…変な気配感じるし」
そう、口を開いたのは、早畝の肩に乗っているナガレだ。動物的な勘が働いたのか、写真に顔を近づけて、くんくん、と臭いを嗅いでいる。
「ナガレならそう言うと思ったよ。だから君も呼んだんだ。もうこれで…五人目。警察側の特捜部も、お手上げ状態らしくてね」
手に書類を戻し、槻哉はそう言う。その言葉に何より反応したのは、早畝であった。
「…じゃぁ、俺たちが解決すればいい話だよな。あいつらには、負けない」
警察組織自体を信用してない、早畝の心からの言葉。それを槻哉も斎月も、そしてナガレも、何も言わずながらも、その胸のうちに何かを感じ取りながら。
「……とにかくだ。此処に流れてきたからには、君たちの出番だ。よろしく頼むよ」
パシン、と再び書類をデスクの上に軽く叩きつけるかのように置きながら、槻哉はそう言い立ち上がる。すると早畝も斎月もそれに習うかのように、姿勢を正して見せるのだった。
「じゃあ新久サンは、弁護士のたまご、なんだ?」
「はい。…あの、本当によろしかったのでしょうか?」
「いいんだって、ウチはすげーシークレットなカンジがするけど、実際は人手が足りなくて困ってるちっさい組織なんだしさ」
早畝と並んでい歩いているのは、見事な金髪を腰まで伸ばした美青年、新久孝博だった。早畝が力んで司令室を飛び出そうと扉を開けた瞬間、その扉の向こうにいたのがこの彼だったのだ。早畝がビルの前で落としたらしい生徒手帳を届けにやってきたところを、先ほどの打ち合わせの会話を立ち聞きしてしまったようで、彼自ら協力を申し出てきた。斎月と槻哉は一瞬戸惑った表情をしていたのだが、早畝がこの孝博と以前からの顔見知りだったらしく、すんなりと承諾したのだ。
「弁護士というのは、警察がフォロー出来ない事をこなすのが仕事ですから…目指すものが似てると思ったんです。だから、思わず申し出てしまったのですが…」
「だから、もっと軽い気持ちでいいって。相棒がいいって言ってんだ。アンタ、気に入られたんだぜ?」
そう口を出したのが早畝の肩口から顔を出した、ナガレである。ちょろっと向きを変えて、早畝の首の後ろを回り、孝博側に移動しながら、楽しそうにしていた。
「でしゃばった真似はしません。…守りはナガレさんが得意のようですし…私は早畝くんのサポートにでも回りますね」
孝博はそう言い、ナガレの頭を優しく撫でた。その後に、柔らかいほどの笑顔を見せながら。
ナガレはくすぐったそうにしながらも、嫌がるそぶりも見せずに、そんな孝博を見上げていた。
「守りはコイツに任せていいからな。新久サンには絶対危ない目には遭わせないから」
早畝は前を見つめながらそう言った。そしてたどり着いた場の扉を開けて、先に孝博をその奥へと通す。
「…ここは?」
「資料室。さっき槻哉に言って、今回の事件に関する資料全部、こっちに回してもらってるんだ。新久サンが言ってたとおり、目に通せる資料は、見ておいたほうがいいと思ってさ」
「…ああ、そうですね」
図書室のような、作りの部屋。
その中心にあるテーブルに孝博を通し、資料を囲んでそれぞれ腰を下ろし、目の前にある資料に目を通し始めた。
「……ったく、こんだけ資料集めておいて何にも出来ないなんて、最近のケイサツってのは、怠慢だよなぁ…」
早畝はぶつぶつとそう、文句を言いながら。警察から流れてきたらしい資料を手に、情報を頭の中に詰め込んでいった。
それを見て、孝博は
「私は、警察を否定はしませんけれど…」
と、呟く。しかし早畝はその言葉を、聞かぬふりをした。自分の感情を、他人にまでぶつけてはいけないと思ったからだ。
「…どれも同じような場所だなぁ…深夜、人気のないところ…五件のうち、三件が公園かぁ…」
「被害者の方の年齢が…皆さん似通っていますね…十代後半から…二十代前半…」
「それ、重要ポイントだよな」
三人はそれぞれ資料を見ながら、要点を絞っていく。孝博は頭の回転がいいようで、早畝もナガレも、まるで彼が『同僚』であるような感覚になりながら、会話を続けていった。
「…何とか絞れそうだな。これ、見てみろよ」
たん、と前足をテーブルの上に付き、二人に話しかけるのは、ナガレ。その足の下にあるのは一枚の資料だ。
「……友引、ですね…全部…」
「お、アンタやっぱり頭いいんだな。ビンゴだよ」
「…へ? ナニソレ?」
資料を見、最初に口を開いたのが、孝博だった。その答えに満足そうにしているのがナガレ。孝博はそのナガレの頭を撫でつつ、ふわりと微笑んでいる。
そして未だに理解していないのが、早畝である。
「だーかーら。被害にあった日ってのがさ、全部『友引』なんだって」
「…トモビキって…えーと…六耀の、あの?」
「そうですね。この日にお葬式を出すのはよくない、とか言われている日です」
孝博がにこっと笑いながらそう言うと、早畝は意を決したように立ち上がった。
「よっし、こんだけ情報が揃えばオッケー」
「…動くのですね?」
「ちょうど今日が、『友引』じゃあなぁ…もう動くしかないよな」
早畝に続くかのように、孝博が立ち上がると、ナガレも遅れを取らないようにテーブルを蹴り上げ、早畝の肩に駆け上がりながらそういった。
そして三人はその場を後にし、犯行現場が一番被っていた公園を目指し、走り出すのであった。
静まり返った、夜の公園。人の気配すら感じない。
時間にするとそれほど遅い時刻でもないのだが、その公園内は、何か違う人を寄せ付けないような、そんな空気が全体的に広がったような感じがしていた。
それを一番最初に感じ取ったのは、言うまでも無く、ナガレである。
「……なんだか、これからここに現れますよって、予告してるみたいだな…」
公園の端、植え込みの後ろに身を隠しながら、早畝が独り言のようにそう言葉を漏らす。それを横で聞きながら、孝博は前方をじっと見詰めていた。
「新久サン?何か感じる?」
「……そうですね…ナガレさんのように、敏感なわけではありませんが…それでも、気配のようなものを、感じる気がします。…私が囮に出ましょうか?」
「やめとけって、相手が何者か解らないんだ。何かあったら大変だぞ」
そう言うナガレの口調は厳しいものの、穏やかだ。孝博の事を、心配しているらしい。立ち上がろうとした彼の袖口を銜え、動きさえ止めている。
「そんなわけで、俺が囮に出る。新久サンを危険に晒すことは出来ないしさ」
早畝はそういうと、すばやく立ち上がり、植え込みをひょい、と飛び越え、公園の中心部、小さな噴水のある方向へと歩き出していった。
「…………」
後姿を心配そうに見つめる、孝博。
「…大丈夫だって、あいつはあれでも結構優秀なんだぜ?」
「ええ…解ります。あの年齢で、このような職業に携わっているのですから…生半可な気持ちでは、解決できませんよね」
「あんた、飲み込み早いよな。頭いいじゃん」
「…そうですか?」
ナガレが孝博の膝の上に前足を置き、穏やかそうにそういうと、孝博はまた、優しい笑みを返してくる。これは彼の特有なものなのだろうと、ナガレはそう思った。
そんな、孝博とナガレが言葉なく、微笑みあっている所に、機会音を通した早畝の声が聴こえてきた。
『――そっちは無事?』
それは早畝が予め孝博に手渡してあった、小型のマイクからであった。それを通しての早畝の声は、あまり急を要するような音を発していない。
「変化なし。お前のほうは?」
『うん、特には何も』
「あ、あの…早畝さん」
『なに?新久サン』
孝博がマイクを口元まで持っていき、言葉を発した。早畝はそれに遅れを取らずに返事を返してくる。
「もし、犯人が現れても、すぐに攻撃は…その、甘い考えなのかもしれませんが、犯人にも権利が…。どんな形であれ、権利があると思うのです」
『オッケー。じゃあ話し合い、ってやつね…』
孝博の言葉を聞いた早畝は、それに否定もせずに簡単に了承の言葉を返す。しかし、途中からその言葉のトーンが、急に低くなった。
その一瞬で、孝博やナガレの場も、急に冷ややかなものになっていく。
「―…早畝?」
「どうしました…?」
ナガレがマイクを覗き込むように問いかけると、それには返答が帰ってこなかった。孝博が少しだけ表情を歪ませ、マイクに向かい、同じように問いかける。
『……なんていうか、俗に言う、幽霊サン、みたい』
「なるほどね…」
早畝の言葉にナガレが納得したように呟いていると、孝博が意を決したかのように、立ち上がった。
「…おい?」
「やはり、ここでじっとしているのは性に合いません。私自ら協力すると名乗り出た以上、最後まで協力させてください」
口早にそういうと、早畝が先ほどやってみせたように、孝博も植え込みを軽々と飛び越えた。ナガレは呆気に取られながらも、その彼に後れを取らないように、地を蹴った。
「おいっあんた大丈夫なのかよっ」
「大丈夫です、これでも自分のみを守る術はきちんとありますから。…なのでサポートさせてください、早畝さん」
『―…了解。…っていうか、凄く助かる、かも…』
孝博とナガレの会話をマイクを通して聞いていたらしい早畝の声には、余裕が無いように、思えた。
それを確認して、孝博は、走るスピードを上げていく。ナガレはその彼の肩の上に、しっかりと乗っていた。
「早畝ッ!!」
孝博とナガレがその場に到着した時には、早畝は所謂、ピンチの状態に陥っていた。
長い髪の、腰から下がぼやけている、その存在。どうみても女性であるのだが、この世のものはないと言うことも、明確に見て取れた。
「……今日は、人が多いのね…」
乱れた長い髪を直すことも無く、女はこちらを見て、にやりと笑った。早畝が先ほどいったように、幽霊であることは間違いない。
「…っ早畝を離せッ女!!」
「ナガレさんっ危ないッ!!」
孝博の肩に乗っていたナガレが急に、その肩を蹴り、女に向かって飛び掛っていった。冷静な生き物だと思っていた孝博は、そこで驚いて見せるのだが、それ以前に彼にも危険が迫っていることを読み取り、ナガレより先に前へ出た。
女とナガレとの間に生まれた、黒い光のようなもの。
バシュ、と何かが弾けたような音は、それが砕かれたものであった。
「………」
孝博はきちんとした姿勢のまま、右腕だけを前に掲げていた。その先に、半透明の、壁のような物体。
ナガレは彼によって動きを止められた状態で、その孝博の能力に目を瞠った。
「…大丈夫ですか、ナガレさん」
「あ、ああ…」
肩越しに振り返った孝博は、余裕の笑みを見せていた。
頭のいい、青年だとは思っていたのだが。
正直、ナガレは彼にこのような力があるとは、思ってもみなかったのだ。細身の体では、例え力があろうとも、その力量は、目に見えるものだと、思い込んでいたから。
だが実際は違っていた。彼の能力はかなり高いと見ていい。今発動させたものはナガレも持ち合わせる『シールド』と同じ作用のもののようだが、それには応用が色々とあるようなのだ。
「……貴方も、私の邪魔をするのね…」
「…、待ってください…!どうかその彼を離して…私の話を聞いていただけませんか…?」
女は、早畝を抱きすくめながら、こちらを見ていた。
腕の中に納まる早畝からは、何も動きが見られない。おそらくこの女の力によって、気を失わされたのだろう。このまま放って置けば、間違いなく『六人目の犠牲者』が、早畝になってしまう。
「邪魔をするものは…皆眠ってしまうのよ…」
「お願いです…話を聞いてくださいっ」
女は早畝の頬を撫でながら、静かな口調で呟くようにそう言った。孝博は口調を強めながらそう言い、少しずつであるがその歩みを進めていく。
ナガレは、その彼の後をつけるようにしか、動くことができないでいる。
「…近寄らないで。それとも、貴方も私の『お友達』になりたいの…?」
近づく孝博に、女は静かな威嚇をしてくる。それにすら、彼は怯えた様子すら見せない。
(意外と、肝据わってるんだな…)
そう、心の中で呟いたのは、ナガレである。
「お友達…? 貴女は、今までの方たちを、どうされたのですか…?」
孝博が、穏やかな口調で、そう問いかけると、その言葉に女は反応を返した。
「……お友達…そう…今まで出会った人は、皆私の、お友達なの…ずっと、私を裏切ることのない…」
静かな口調。
女は語り始めると、腕の中にいた早畝を、するりと解放した。そしてその代わりに、手のひらから出して見せたもの…それは、淡い光を放つ、丸い何か。
「『心』…ッ」
ナガレはそれを見て、すぐさまその球体が、『何』であるのか、理解したようだ。
「皆…この中で、幸せなのよ…? 私と一緒に、夢を見てるの…」
「夢…ですか? 貴女はそれで…本当に寂しくはないのですか…?」
気づけば、孝博は女の下へたどり着き、その場へと腰を下ろしていた。そして、彼女と目線を合わせて、ゆっくりと言葉を投げかける。
そこで初めて、大人の女性だと思っていたそれは、体の小さな、『少女』だと判った。おそらく、惑わせる力と言う物が、あったのだろう。
「………」
その隙に、といっては言葉が悪いが、ナガレは解放された早畝を、彼らから離れた場所にあるベンチへと引きずりながら運んでいった。
「……貴方は誰? 私のお友達じゃないの?」
「ええ、残念ながら…。でも、貴女の寂しさを和らげることくらいは出来ると思いますよ。…話してくださいませんか?」
孝博の笑顔は、どこまでも美しかった。
静かに言葉を紡ぐ彼に、少女はそれまでずっと放っていた禍々しいオーラを、静かに弱めていく。
「わたし…お友達が作れなくて…ずっと…寂しくて…」
「…………」
「でも…でもね…いつの間にか、お友達が出来てたの、手のひらをこう…気に入った人に向けると…皆お友達になってくれた。だから、今は寂しくないの…」
少女はぼそぼそと口を動かしながら、腕を前にあげて、自らの持ち合わせる力というものを、孝博に説明して見せた。
「そう…だったのですね…。でも…貴女の捜し求めている本当の『お友達』は、ここにはいません…。よく、周りを見てみなさい…? 貴女にはもっと、別の場所へと導かれる道が、あるはずですよ」
孝博は彼女の額の前に自分の手のひらを翳しながら、そう言った。
すると少女は、目を見開いて、その孝博の声に、反応を返す。
「………違うわ…。もっと見つけられるはずなのよ…そう…。だって、貴方も、わたしのお友達、なんでしょう…!?」
「……ッ孝博!!」
穏やかさを取り戻せたと思ったその瞬間に、変わった空気。
孝博はそれに気がつくのが一瞬だけ、遅れた。その後に、背後で聞こえた、怒号とも取れる、声。
そこで一度、すべてのものが、時間をとめたような、感覚へと囚われたような気がした。
「………、あんた、甘すぎ。力あるんだから、もっとうまく使いこなせよ」
「す、すみません…。今のは、ナガレさんが…?」
薄い、カーテンのような、膜。それはナガレの力、シールドが形になって現れたものだった。その向こうに、動きを止められた、少女が存在している。
「…過去に囚われた存在なんだな。哀れなもんだ。きっと自分が『死んでいる』のでさえ、理解しちゃいないんだろうな。…悪いけどあんた、こいつを還してやってくれ。俺たちに、そーゆう便利な力は無いからさ」
「…わかりました」
ナガレの言葉に孝博が頷くと、それが合図のように、シールドが音も無く消えていく。孝博はもう一度前を向き直り、少女を見つめる。
「……貴女はここにはいてはいけません。何時までたっても、本当に会いたい人に、会えないまま、過ごしていくことになるのですよ…?」
「会いたい、ひと…?」
「そうです…。一番大切な人のもとへと、帰りたいでしょう…?」
孝博がしっかりとした口調でそう言うと、ゆっくりとではあるが、少女の体が、淡い光で包まれていくのが解った。ナガレはそれを、動物座りをしながら、目を逸らさずに、ずっと見つめていた。
「もう一度、自分の周りを見なさい…。『そこ』は、貴女の居るべき場所ですか…?」
「…………」
ふわ…と、少女の手のひらから浮かんだ、光の球体。
それを目で追うと、丁度頭上あたりで、パーン、と音を立てて、弾けた。その後は、そのかけらがキラキラと、彼女に降り注いでいる。
「会いに行くわ…わたしの、本当のお友達に…そして………」
それからの言葉は、音になることは無かった。
少女は孝博を見つめながら、最後はふ…と微笑んで…そして、そのまま光に包まれる形で、その姿を消していった。
孝博はその場で両手を組みながら目を閉じ、消えていった少女に祈りをささげていた。
どうか、もう迷うことは無いように、と。そして、新しい世界へと無事にたどり着けるように、と。
「…………」
淡い光は孝博が顔を上げるまでその形を残していた。その後は何事も無かったのように、ぱちんと弾けて…再びの静寂と夜の暗さを取り戻したのであった。
「お前、特捜員の意味ナシ」
「うっさいな!仕方ないだろッ話しかけようとしたら、いきなり首絞めてきたんだからッ」
「それにしたってねぇ…情けないというか、知恵が足りないというか…」
はぁぁ、とわざとらしいため息ともに、ナガレと早畝の会話が続けられている。
その、脇で。
孝博は槻哉と向かい合いながら、腰を下ろし、静かに言葉を交わしていた。
「……ご協力有難うございました。あの後、被害者の方全員、助かることが出来たようです」
「そうですか…それはよかった。お役に立てて、嬉しいです」
孝博は心の底から安堵し、それからふわ…と微笑を漏らす。それを見ながら、槻哉は手元にある書類を手に、言葉を続けた。
「その少女を調べたところ…数年前に、亡くなっていました。いじめが原因、だったようです…」
「そうだったのですか…それで、彼女は彷徨っていたのですね」
「そのようです。それと…貴方が気がついた、『友引』での犯行ですが…彼女が亡くなったのが、その友引の日だったようですね」
「………」
孝博は言葉も無く視線を落とすと、目の前にはお茶が用意されていた。運んできた女性に頭を下げながら、そのお茶を手に取り、一口含む。こくりとそれを飲み込んで、ふぅ…とため息を漏らした。
「新久さんには本当に、なんとお礼を申し上げていいのか…。うちの早畝まで、ご迷惑をかけてしまって…。今回は本当に有難うございました」
「…いいえ…。申し出たのは私なんですから。それに…関われて、よかったと思っています。また一つ、何かを学べたようにも思えます」
にこっと、微笑む。孝博。
その笑顔に、槻哉もつられて、微笑んでしまう。その空間だけ、何か温和な空気が流れているかのようだった。
「新久サンっ 今度お詫びに奢るよっ どっかに美味しいもの食べに行こう!!」
その空気を壊しにきたのが、肝心なときに、ずっと気を失って倒れていた、早畝だ。
そんな彼を見て、槻哉はまた大きくため息を吐き、肩を落としている。
ナガレを見ると、彼も『どうしようもないヤツ』と匙を投げたようで、そっぽを向いていた。
「なーなー、新久サン、また遊びに来てくれよなっ」
「…ええ、ご迷惑でないのなら、是非」
早畝はすっかり、孝博になついてしまったようだ。
孝博はそんな和んだ空気の中で、始終笑顔を絶やすことは無かった。
【報告書。
7月19日 ファイル名『心を盗られた被害者達』
幽体の少女による心のみを抜き取られていくと言う犯行は、登録NO.01早畝と同じく00.ナガレと協力者、新久孝博氏の力によって無事解決。襲われた五人の被害者も全員、普通の生活に戻れたことを確認済み。
この事件を参考に、今後、さらに高い能力を持った協力者、或いは特捜員が必要になると判明。
その件については別紙に詳細を記載。
反省点については01早畝の後半の行動。追って始末書提出を命ずることにする。
以上。
―――槻哉・ラルフォード】
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登場人物
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】
【2529 : 新久・孝博 : 男性 : 20歳 : 大学生】
【NPC : 早畝】
【NPC : ナガレ】
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ライター通信
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ライターの桐岬です。今回は初のゲームノベルへのご参加、ありがとうございました。
個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。
新久・孝博さま
ご参加有難うございました。新久さんはいつも穏やかで優しい、というイメージがありましたので犯人に攻撃するほうではなく、逆に諭すほう、を選んでみました。如何でしたでしょうか?
何分ゲームノベルは初めてで、手探り状態だったのですが、何とか書き上げることが出来ました。…ギリギリの納品になってしまい申しわけありませんでした。
ご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。
誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。
桐岬 美沖。
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