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■花唄流るる■

草摩一護
【2480】【九重・結珠】【女子高生】
【花唄流るる】

 あなたはどのような音色を聴きたいのかしら?

 あなたはどのような花をみたいですか?

 この物語はあなたが聴きたいと望む音色を…

 物語をあなたが紡ぐ物語です・・・。

 さあ、あなたが望む音色の物語を一緒に歌いましょう。



 **ライターより**

 綾瀬・まあや、白さん(もれなくスノードロップの花の妖精付き)のNPCとの読みたい物語をプレイングにお書きくださいませ。^^

『花唄流るる  ― 迷子の仔犬 ― 』


 七月も初旬になれば雨の日が連日続く。
 しとしとと降る雨のレースのカーテンが降りた街は夕暮れ時で、遠くの空のほうでは橙色の光が溢れているので、直にこちら側も雨は上がり空も晴れるのだろう。そうすればきっと空の色は綺麗なすみれ色になるに違いない。
 九重結珠は歩きながらそんな事をぼやんりと考えて嬉しくなった。
 それでも結珠は決して雨が嫌いなわけではない。
 寧ろ雨が降る日が大好きだった。
 かつての結珠は体がとても弱くって、ほとんど学校には行けなかった。
 知ってる世界は窓から見える限れた範囲の四角い光景のみ。
 もちろん、晴れた日に同じ年頃の子どもたちが元気に走っていく姿にも憧れたけど、それと同じぐらいに雨の日に傘を差して楽しげに帰る彼らにも憧れた。
 やってみたかったのは、
 お気に入りの傘を差して、
 お気に入りの長靴を履いて、
 雨の日の外を歩いて、
 水溜りに自分から突っ込んで、長靴でばしゃばしゃって水溜りを踏むこと。
 でもさすがにもう長靴を履いて歩くのは躊躇われるのでそれはもうできなくってすごく残念だけど、
 だけど小学生の特典がそれなら、
 高校生の特典は遠回りができること。
 だから結珠はお気に入りの空色の傘を差しながら普段は通らない道を歩いた。
 幼い頃は見られる風景は本当にごくごく限られた風景ばかりだったから、こうやって自分から見知らぬ風景を見て回れるのはとても楽しい。
 くるくると空色の傘をまわしながら長い髪を揺らして歩く結珠に語りかけてくるのはとても優しい雨の降る世界に溢れる音色に合わせて歌うような植物たちの歌。
 その優しくって温かい声を聞きながら歩く結珠はでもちょっと気になる事を聞いた。
 何でも首に首輪をはめた小さな迷子の仔犬を近所の子どもらが追いかけていたそうなのだ。
 それを聞いた結珠は思わず足を止めてしまった。
 どうしても結珠はそういう言葉に反応してしまう。
 迷子とか、
 捨てられたとか、
 独りぼっちとか。
 それは病弱だった頃の自分に関するトラウマ的感覚ではない。
 確かに病弱で自分の部屋から出られる事はほんの少ししかなかったけど、外は窓から見える四角い外しか知らなかったけど、
 それでも結珠にはそれらを補ってあまりある幸せがあった。
 それが血の繋がらぬ兄。
 兄はとても優しかった。
 学校から帰ってきたらずっと一緒にいてくれて、
 遊んでくれた。
 だから結珠は本当の孤独というモノは知らずに済んだ。
 それは本当に結珠にとってはその手の中に与えられた幸せの中でも一番の幸せであった。
 でもだったら兄は? と想うと、結珠はたまにたまらなく悲しくなる時がある。
 兄には九重の家に引き取られる前の記憶が無い。
 両親はひょっとしたら何かしらの事は知ってるかもしれないが、だけどそれは結珠には聞かせてはくれないし、そしてそれは聞きたいけど聞いてはいけない事のようにも感じられて、今もずっと結珠はそれを胸に抱えている。
 それに最近は少し兄の様子がおかしかった。
 彼は何かを隠していて、そして結珠はどうやらその兄に守られているようなのだ、巨大で邪悪な何かから。
 結珠にはたまらなくそれがもどかしかった。結局自分はあの病弱で部屋から出られず兄の帰りをただ待ちわびていた幼い頃のように、
 今回もまた兄に守られ、何も知らずに時を過ごしていくのだ。
 それがものすごく嫌だった。
 そしてそんな自分を犠牲にして守ってくれる兄の目はどこか迷子や捨てられた動物の寂しげな目に似ていた。
 重なるのだ、兄に。
 だから結珠はそれを話していた花たちにその仔犬はどこに行ったのかを訪ね、それを追いかけた。
 傘を差したままじゃ走り辛い。だから結珠は傘を閉じて走った。
 迷う事は無かった。植物たちも悪ガキどもに追いかけられる仔犬の事は心配していて、しっかりと仔犬が逃げていった先を教えてくれたから。
 そして・・・
『ええ、あちらの公園の方に行ったわ』
「ありがとう」
 結珠は民家の庭に植えられた木にお礼を言うと、公園の方に走っていった。
 ちょうど彼女が公園のすぐ前まで来ると、そこから小学校低学年ぐらいの子どもたちが六人飛び出してきた。
 おそらくその子らが植物たちが言っていた子たちで、
 だったら・・・だったら、仔犬はどうなったのだろうか?
 結珠は思わず足を止めてしまった。
 そして緊張に高鳴る心臓の音とごぉーと耳を流れる血の音を聞きながら結珠は公園へと行った。
 入り口の所に立って、公園の中を見回す。
 簡素な滑り台とブランコ、そして小さな砂場があるだけの公園の真ん中にその人はいた。
「あっ」
 結珠と同じ長い黒髪の少女。
 前髪の奥にある紫暗の瞳は両腕の中の小さな仔犬に向けられていたのだけど、ふとその視線が結珠に向けられる。
 重なった視線と視線。
 結珠はその彼女の視線に兄と同じモノを感じた。
 迷子の子どものような、
 捨てられた仔猫か仔犬のような。
 彼女の腕の中であの仔犬もそんな感覚を味わっているから、だからあんなにも大人しく抱かれているのであろうか?
 ちょっと結珠は自分がどうすればいいのかわからなくなってしまった。
 立ち去る事も出来ず、
 ――――立ち去る? どうして? それは本能的に感じたもので、なぜにそんな立ち去る…この場から逃げ出すという選択肢が思い浮かんだのかわからない。
 でも、だけど、自分が兄の抱えるモノに触れられない…一緒にそれを背負えない事に寂しさを感じている結珠にはどうしてもまあやの目が怖いのだ。
 ただ立ち尽くす結珠の前に仔犬を抱いたまあやがやってくる。彼女は雨に濡れてずぶ濡れで、前髪の毛先から雨粒が滴り落ちていた。
 そして彼女は雨に濡れた美貌に笑みを浮かべた。
「こんにちは、結珠さん」
「こ、こんにちは、綾瀬さん」
 言葉がどもる結珠にまあやは軽く肩をすくめ、そして結珠が持つ傘に視線を向けた。
「傘差さないの? せっかくの綺麗な空色の傘なのに?」
「あ、はい。あの、ちょっと雨に濡れてみたいと想って……」
 ん? と笑うまあやに結珠は顔を俯かせた。
 ――――呆れられてしまったかな?
「兄妹そろって嘘が下手ね」
「え?」
 結珠はくすりと笑ったまあやに顔をあげた。
 その結珠にまあやは両目を細くして、それを嘘と言った理由を説明する。
「靴とソックスを見ればわかるわ。泥が跳ねている。それは走った証拠じゃない。雨に濡れてみたいと言う人はゆっくりと歩くものだわ。つまりあなたは雨が降っているにも関わらず傘を閉じてまで走らなくっちゃいけない理由があった。そしてここはあなたの家から遠く離れている。道草、と言い切るには無理があるぐらいにね。そこら辺とあなたの持つ能力を合わせて考えれば、その理由はこの仔犬かな?」
 結珠はまあやに差し出された仔犬を受け取った。仔犬の体はとても冷たくって震えていた。
「あの、この子、震えていますね」
「そうね。雨に濡れたし、それに子どもらに苛められたショックがあるのでしょう。それとお腹が空いたのかな?」
「あ、じゃあ、そこのコンビニで牛乳を買ってきます」
「ああ、それはダメ」
「え、なぜですか?」
 小首を傾げた結珠にまあやはにこりと微笑んだ。
「犬は牛乳の成分を分解できないのよ。だからお腹を壊してしまうわ」
「そうなのですか?」
「そうなの」
 仔犬は結珠の腕の中で小さく鳴いた。「くぅーん」
「どうしましょうか?」
「取りあえずは飼い主に渡した方がいいでしょうね。それが一番その子も安心するでしょうし」
「そうですね。でも、この子はどこの子なんでしょうか?」
「さあ」
 肩をすくめるまあやにかすかにため息を吐いて結珠は仔犬の首輪を見た。そこに書かれていたのは017という番号だった。
「おいなちゃん?」
 小首を傾げながらそう言った結珠に、
「ぷっ。あはははははは」
 まあやは声をたてて笑った。
 結珠は頬を赤らめて、そしてその赤らめた頬を膨らませる。
「って、綾瀬さん、笑うなんて酷いです」
「だっておいなちゃんはないでしょう?」
「では017ちゃん?」
「名前なのではなく、住所なのではなくって?」
「住所ですか?」
「ええ。保健所とかそういう場所でならわかるような」
「う〜ん」
 結珠は小首を傾げる。
「ねえ」
「はい?」
「場所、変えない?」
「へぇ?」
「雨、降ってるし」
「あ、はい」
「じゃあ、傘を貸してくれるかしら? あたし、今朝天気予報を見ずに来ちゃったから、傘を持っていないの」
「あ、はい」
 結珠は自分の傘をまあやに渡し、彼女はその傘をさして、二人で傘に入って歩き出した。
 アーケードのある商店街にまで移動した二人はそこで雨宿りする事になった。
 結珠の足下で仔犬はぶるっと体を震わせて水を飛ばす。
 結珠はカバンの中にあった乾いたタオルを取り出すと、それで仔犬の体を拭いた。仔犬は気持ち良さそうに結珠にされるがままになっている。
 タオルで仔犬を拭きながらそれを楽しそうに眺めている結珠の頭にぽんとタオルが乗せられる。頭にタオルを乗せたままほぇ?と結珠はしゃがんだまま隣のまあやを見た。
「それで濡れた体を拭いて。風邪をひいたら家の人が心配するでしょう。特にお兄さんが」
 ひょいっと肩をすくめた彼女に結珠は微苦笑を浮かべて、そして立ち上がって濡れた体を拭いた。
 アーケードを叩く雨の音が充分すぎるぐらいに響くのは、周りに人がいないからだ。
 商店街の片隅で結珠とまあやはただ並んで立っていた。
「あの、お兄ちゃんのこと・・・」
「ん?」
「お兄ちゃんの事はどう想っているのですか?」
 言った瞬間に耳まで真っ赤になった事は人に言われずとも自覚できた。しかし次にまあやから与えられた応えは結珠が想像していたどの答えとも違っていた。
「戦友であり、そしてひょっとすれば殺さなくってはいけない相手」
 結珠は両目を見開く。
「殺すって?」
 紫暗の瞳を細めてまあやはとても冷たく笑いながら、淡いピンクのルージュが塗られた唇を動かす。
「【神薙ぎの鞘】だから彼は」
「どういう事ですか?」
「いずれわかるわ、それも。【風の巫女】よ」
「【風の巫女】?」
「そう、【風の巫女】。あなたは。風は命を運び、そして命を癒す」
 結珠は幼い子どものように顔を横にふった。
「綾瀬さんの言っている意味はわかりません」
「わからなくっていいのよ。あなたがこの戦いに参戦する事を彼は望んではいないのだから。でもあたしは見極める者として、あなたを巻き込むのだけど」
「・・・」
 結珠は横目で隣のまあやを見た。
 濡れて頬に張りつく髪を指で掻きあげながら小さく吐息を吐く彼女は美しかったけど、だけどそれはどこか儚さを感じさせた。かげろうのような・・・。
「綾瀬さんは大丈夫なんですか?」
「何が?」
 自分を見ずに言われたその言葉に結珠もはっとする。言った本人である自分ですらわからない。何が大丈夫なのだろう?
「何が?」
「あ、いえ……何でもありません」
「そう」
 そしてそう言ったまあやは結珠にはとても寂しそうに見えた。
 その姿はやはり兄に似ていると想った。
 九重の家に来たばかりの時の。
 そして時折見せる顔に・・・。
「ねえ、結珠さん」
「はい?」
「おいなちゃん、いないよ?」
「あっ・・・・」
 結珠とまあやは再び雨が降る中を走り回った。
 さすがに民家が建ち並ぶ住宅街と違って、商店街は植物が少なく、それでもそのわずかな植物たちが結珠にその情報を教えてくれた。
 結珠は仔犬から目を逸らした自分を後悔した。あの仔犬もそうだった。飼い主とはぐれてしまい、とても寂しそうな目をしていた。目を離せばそのまま透明になって消えてしまいそうなぐらいに。
 それは・・・
 兄と一緒、
 そしてまあやとも。
 だから結珠は仔犬を必死になって捜すのだ。だって・・・
「げっほげっほげっほ」
 結珠は立ち止まってひどい咳を零した。
 その結珠の背中をそっと撫でてくれる手。
「大丈夫、結珠さん? 熱があるようね。あなたはもう帰りなさい」
「い、嫌です。私も仔犬を探します」
「おいなちゃんはあたしに任せなさい」
 そう言うまあやに、結珠は泣きそうな顔と声で訴えた。
「嫌です。私が……私があの子を探し出してあげないとダメなんです」



 だって、ここで私があの子を探し出してあげないと、お兄ちゃんも綾瀬さんもいつか私の前から消えてしまいそうだから。透明になって・・・・。
 だから私は・・・
 二人を透明にしてしまわないように、
 私が二人を見つけたいから、
 ずっと見ていたいから、
 それなら・・・
 ここで仔犬を見失うわけにはいかない。
 あの子を助けられない私が、
 お兄ちゃん達を透明にしないようにする事なんてできないから。



 まあやはじぃっとそう言い張る結珠を見ていたが、おもむろに頭を掻きながらため息を吐いた。
「はぁー。そういうところも本当に兄妹だわ。強情っぱりなんだから」
 しょうがないな、という好意的な笑みを浮かべるまあやに結珠も頷き、二人で仔犬を捜した。
 そして二人はついに仔犬を見つける。
 仔犬は線路の真ん中で丸くなっていた。
 結珠が仔犬の下に行こうとした時、しかし踏み切りの遮断機のバーが降りて、警報が鳴り出した。雨の音に重なって聞こえるのは電車の音だ。
 結珠は顔を真っ青にして遮断機のバーの下をくぐろうとしたが、その彼女の手をまあやが掴んだ。
「やめなさい。危ないわ」
「だけど仔犬が」
 そうやってるうちに電車が来て、電車から警報音が発せられる。
 結珠は仔犬、電車、まあや、を見る。
 ―――――お兄ちゃん、助けて。
 そう、心の中で兄に助けを求めた瞬間、



 初めて、九重の家に来た兄に・・・透明人間のように透明になりかかっていた兄に色がついた瞬間を結珠は思い出した。
 そう、それは・・・



「017・・・017・・・あ、まさか・・・・」
「ええ、そうよ。その呼び方であってる」
「LIO・・・リオぉーーーー、こっちに来なさい」
 結珠は声の限りに叫んで、
 そしてリオは結珠の方に走ってきた。



 そう、兄に色がついた瞬間。
 それは皆に名前で呼んでもらった瞬間。



 リオを飼い主に渡した時には雨はすっかりとあがっていた。
「よかったですね、綾瀬・・・まあやさん」
 結珠は顔を真っ赤にしながらまあやを名前で呼んだ。額に張りつく濡れた髪を人差し指で掻きあげていたまあやは大きく両目を見開いて、驚いたような顔をするが、でもその後にとても嬉しそうな顔をした。
「そうね、結珠さん」
 そして二人して七月七日の空を見上げる。
「今日の七夕の短冊に書くお願いが決まったわ」
「え、何て書くんですか、まあやさん?」
「九重結珠のようになりたい」
「え、あ、えっと・・・・それはでも私も一緒です。私もまあやさんのようになりたいです」
「それは・・・お兄さんに恨まれてしまうわね」
 そうくすりと笑って言ったまあやに結珠も笑って、そのまま二人で綺麗な夕方の空の下でくすくすと笑い続けた。



 ― fin ―




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【2480 / 九重・結珠 / 女性 / 17歳 / 女子高生】



NPC / 綾瀬・まあや






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■         ライター通信          ■
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こんにちは、九重結珠さま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。



今回のお話、いかがでしたでしょうか?
少しでも気に入ってもらえたら嬉しいです。
結珠さんと仔犬との触れ合い、少しでも癒し効果があったら良いのですが。^^


一番心を込めたシーンは結珠さんが名前を呼ぶシーンですね。
そこには結珠さん自身の優しさとか尊さを込めて、
そしてお兄様との繋がりの深さを感じていただけると嬉しいです。


あとはラストのシーンもお気に入りなのですよ。^^



結珠さんを書くうえで楽しいのは、やっぱり彼女の優しさはもちろんのこと、
お兄さんとの繋がりの深さの描写ですよね。
幸いにもPLさまにご兄妹さまのストーリーをシチュや依頼などで描いていく許可をもらえているので、
それを織り込んでいく楽しさ。
そこには結珠さんのお兄さんを想う強さがなければどうしようもなくって、
それを描くのは結構難しいのですが(結珠さんになったつもりで、二人の関係や、彼女から見たお兄さんの境遇を想像します。)、
それでもやっぱり遣り甲斐がすごくあって。
ですから本当にPLさまには感謝させていただいております。
でも、本当によろしかったら、物語の最終回では、お二人をくっつけさせていただけたらなーと想っております。(^^)
PLさま的にはどうですか?


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
今回も本当にありがとうございました。
失礼します。