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■「氷はじめました」■

猫亞阿月
【0688】【神薙・時己】【中学生】
今日も今日とて、化け猫銀座はもっさりとした賑わいを見せる。

お天道様は眩しすぎる。
流れ出る風は熱を抱きすぎる。
道行くモノノケどもでさえ、ほんの少しは夏バテの様子。

ここはなんとかしてみようかねぇ、と思いついた黒谷黒吉は自前の毛皮をかりり、とかきまぜ、店先につらさげた風鈴の隣に小さなのぼりをたてた。

『氷』

白い布に涼しげな青。文字は赤。見るからに手描き。
どうやらこの化け猫、存外自作がだいすきらしい。

のぼりをたておわると、黒吉はぺたぺたと店の中に戻っていく。
昔ながらの店の中は、冷房もいれてはいないのに何故かとても涼しかった。

さてさて、この猫餡中心のカキ氷。
普通のものか、そうではないのか。

いつも笑ったような顔をしている化け猫はいう。

『まぁ一口食べて。それから確かめてみてくだせぇ』

何が起こるかお楽しみ。何もないかもしれない。懐かしい何かを見るかもしれない。

それは、すべてあなたしだい。

■□

ライターより

今回は少し変り種。
白子星イラストレーターとのコラボ作品です。
よろしければあわせてごらんくださいませ。
同じ時、同じ場所での平行世界となりますので、どのお客様においでいただいても結構です。

○プレイングについて
郷愁・懐古・夏・日常の中から一つの言葉をお選びください。
選んだ言葉から出来上がる物語が変化いたします。
お任せいただければどこまでも猫餡色に。
何か一つ二つ付け加えたいことがある場合には書き添えてください。
例えば、懐古を選んだ場合、「過去のこんな出来事を思い出す形での懐かしさを書いて欲しい」など。
できる限りで織り込んでいきます。(ただし反映できない場合もあることはご了承ください)

基本的にある夏の一場面。本当に小さな一日の話になります。基本的には個別形式ですので全員分を合わせるとオムニバス形式になるかな、と考えています。お客様のプレイング次第ではそれも変わるかもしれませんが。

夏の一日をゆったりと過ごしたい方はどうぞおいでくださいませ。

募集人数・1〜3人

「氷はじめました」-放課後の入り口-


▽見つけた▲

 それはいつもの昼下がりのはずだった。

 試験期間でいつもより早めに学校が終わりのベルを告げ、それに従って熱気あふれる外の世界へ歩み出る。
 目の前で、陽炎がゆらゆらと揺れていた。
 肺に吸い込む空気でさえその熱さを寸分なく含みこみ、体の中から熱くなる。
 真上から照り付けてくる太陽は、どうしようもなくかんかんとしていて、まるで下に生きる自分たちを怒っているかのよう。
 そんな太陽を隠すように流れる入道雲の、もこもこさが素敵だと思った。
 眩しそうに空を眺めて、神薙・時己(かんなぎ・ときこ)は黒く、長い髪を翻す。
 空を見なくなっても、きっぱりと別たれた白と青は目と脳裏に焼きついて、時己に否応なしに夏の到来を教えてくれる。
 雨の降らない青い空と、渇ききった黒いアスファルト。
 去年は冷夏で異常気象。今年も異常気象は健在だが、生憎と冷たいなんて文字はどこにも浮かんでこない。
 このままならば、そう遠くもない内にこの東京にも水の規制が敷かれることだろう。
 ……なんてせちがらい世の中。
 頭の中でため息をつきながら、時己はゆっくりした足取りで学校の門を出る。
 その途端、がん、と頭を打つ勢いで飛んできた蝉の声に圧倒された。

(…………なんて元気なのかしら)

 少々驚きながら、ひょろりと伸びた街路樹を見上げると、その隙間からも縫うようにやってきた太陽の光が目を焼こうとする。
 やはり目を細めたが、どことなく葉の形に落ちる影と、もれ零れる光がきらきらと相まって素直に綺麗だ、と思った。
 街の中であっても、こんな風景に出会うことができる。それは、夏だからこそかもしれないなぁ。
 昼を過ぎたばかりの街路樹通りは走る車の数も少なく、全体的にのんびりムードが漂っているような気がした。こんな午後もなかなかいいものだ。
 否応なく素敵なことが起こるような、そんな気さえしてくる。
 はたしてその予感が正しいものだと、時己はほんの寸前まで気づきもしていなかった。

▽▲▽

 後から考えてみれば、気づくのが遅れたのは、あまりにその時の彼が自然すぎたのだ。
 だから何気なく向こう側の並木歩道を見て、自分の黒い瞳の中にその姿が映りこんだ時にはさしもの時己も大きく目を見開いた。
 目をまん丸にする、という表現は今の自分のような顔かもしれないわ、と思う。
 だってあそこを歩いている。当たり前のように歩いているあれは、もしかして、……猫じゃないのかしら。
 仕事柄、ということもあり普通でないことに慣れきっているはずの自分の神経もまだまだ常人の域なのかもしれない。妙な事に感心しながら、時己は見つけたなにやら素敵な彼(もしくは彼女)を目で追う。
 身の丈は小学校、低学年の子供ほどだった。ずんぐりとして見える体はその全体を黒く、美しい毛並みが覆っている。あれでは、きっと太陽を集めて暑いはず。
 大きな二つの耳は、触るととても柔らかそうに見えた。歩きながらたまにぴくぴく、と動く。左右に身体を揺らすようにして歩いているので、長い尻尾がよく動いた。
 黒い体の上からは赤いちゃんちゃんこ。手には……提灯だろうか。灯りはともっていないようだが、確かに提灯のようなものをぶら下げていた。
 結論。大きな猫がちゃんちゃんこを着て二足歩行をしている。
 おまけに、提灯の影に隠れてよく見えないが、右手に編み籠のようなものを持っているのが時己には盛大に気にかかった。
 あれってとてもオーソドックスといえる買い物籠じゃあないのかな。それをどうして猫さんが?
(……可愛い……)
 思わず凝視してしまう。
 猫はそんなことにはとんと気づかず、ゆったりと歩道を先へと歩いていた。
 不思議なことに、歩道を行き交うほかの人々はそんな猫の姿にはまったく気づかないようだった。
 自分だけに見えているのだろうか。
 時己は首をかしげながら、とにかく歩き出した。足早に横断歩道を渡り、猫の後を追う。
 そうしてすぐ後ろまで近寄って、声をかけたものかどうしたものか、と迷っていると、黒猫はなんとその先にあったコンビニに入っていってしまった。
 わくわくする心を抱えながら、時己も続いてそこに入る。
 左右に開く自動ドアを踏み越えた途端、涼しい風が顔に吹き付けてきたが、不思議なことに「いらっしゃいませ」という店員のさわやかな声は聞こえなかった。
 不思議に思って辺りを見回すと、もっと驚いた。

 ――――コンビニじゃない……?

 部屋の中を満たすのは、白色蛍光灯とは無縁の薄暗さ。ぷん、と漂う古びた木の匂い。それに、この涼しさは……クーラーなどの人工の冷たさとは違うものだ、と思った。
 さらに見回してみると、次第にそこがコンビニ以外の場所であることが明確にわかってくる。
 素朴な色の木作りの椅子。それにしつらえたようにまばらに置かれている机。地面は土を固めた土間だ。左端には座敷もあるようで、板敷きのあがりかまちが並んでいる。
 家の造りからして、何かの店のようだった。だけど、最近ではなかなか見ないような雰囲気のある造り。
 店の奥、木の格子で仕切られた窓の下に小さな硝子風鈴が涼しげに揺れ、綺麗な音をたてていた。
 ……さっきの猫さんは。
 最初の驚きから抜け出した時己は先ほどまで追っていた猫の姿を探して、そろりと店の中を奥に歩く。さやかな風に揺れる風鈴の所まで行って、その様を近くで見てみた。
 透明な吹きだし硝子に、絵柄は泳ぐ赤い二匹の金魚。音はとても素朴で、ちりちり、と小刻みになったかと思うと長く伸びるような音も出した。
「……綺麗」
 思わず声に出して言う。すると、出し抜けに後ろから声がした。
「その風鈴がお気に召しやしたか」
 驚いて振り返る。
 はたして、そこに探していた姿があった。ただし、先ほどとは違い、まっすぐに正面を向いている。
 提灯も買い物籠もどこかに置いてきたのか、もう持っていない。
 太陽の下で輝くようにつやつやとしていた柔らかそうな毛並み。細い目。立派な髭はぴんと左右にはり、大きな二つの耳をぴくぴく動かしながら時己を見ている。身体には赤いちゃんちゃんこを相変わらずつけていたが、いつのまにかその上にナスビ柄のエプロンも加わっていた。
 思わず顔が笑ってしまう。
「……こんにちは」
 はにかんで笑うと猫も笑った。
「ようこそ、【猫餡中心】においでまし。歓迎いたしやすよ」
「猫餡中心?」
「左様で。それがこの店の名前でして」
 やっぱりお店なんだ。だけど、変わった名前ですね。
 思ったそのままを素直に口にした時己に、黒猫はかか、と笑う。
「まぁ趣味のような店でして。飯屋なんですが、その季節の時分に合ったものもたまにだしておりやす。本日は氷などご用意できますが、食べていかれますか?」
「氷」
 夏に氷。それも、このお店で。
「それって、とても素敵なことですね」
 にっこりと笑ってそう言うと、猫はまた笑ってくれた。これ以上ないくらいに元々細い目を細めて言う。
「あっしは黒谷黒吉でございます。お名前を伺ってもよござんすか」
「私は、神薙時己と言います」
 宜しくお願いします、と礼儀正しく頭を下げた時己に黒吉も頭を下げ返して、ひえひえのおしぼりをぽん、と手に置いてくれた。

▲▽▲

「それでね、コンビニに入ったら、もうこのお店の中だったんです。とても驚きました」
 座敷のあがりかまちで黒吉を待ちながら、時己は弾んだ声でそう言う。
 厨房から返事をしていた黒吉は、肉球のついた手で器用に大きな盆を持ちながら「そうでやしたかぁ」と楽しげに相槌を打ってきた。
 盆の上には涼しげな大振りの硝子皿と、大盛りにつまれた氷の山が乗っていた。
「この店はちょいとおかしな場所にたっておりましてね。ですから、色々なところと繋がることがあるんですよ。しかし、【こんびに】ですか。それは驚かれたことでしょうねぇ」
「……その氷の量にも驚きました」
 本当に目を丸くして言う時己に、黒吉は何故か少しだけ肩を落とす。
「……厨房の氷役が豪快でやしてね。いえ、まぁそれはいいんですが。さ、どうぞそちらへ」
 盆を持ったまま、黒吉は時己を促してぽてぽてと店の奥に入っていく。
 やっぱり可愛いなぁ……。
 本人(猫)には告げないままに、その後ろに続いた。なんとなく、「可愛い」と言っても黒吉は喜ばないようなそんな気がしたからだ。
 一段高くなった石を踏んで履物を脱ぎ、板敷きの廊下に上がると、その向こうにこじんまりとした縁側が見えた。
 もしかして、と時己は心を躍らせる。
 黒吉が案内してくれた縁側からは雨戸や引き戸のすべてが綺麗に取り払われていて、そこから広く空が見えるようになっていた。
 時己が大好きな、夏の空が。
 縁側の廊下の真ん中ほどに、ちょこんと座布団が置かれている。
 先ほど奥に引っ込んでいる時に黒吉がしいてくれたんだろう。
 嬉しくなって、時己は勢いよくそこに座った。少しはしたないか、と思ったけれども、白いソックスをはいた足をぶらり、と縁側に下げ、スカートにしわが出ないよう気をつける。
 黒い髪をさらり、と後ろに流して見上げた空は、先ほどよりもさらに青が濃くなったように見えた。白い雲が気持ち良さそうに浮かんで、流れて。
 あぁ。夏だなぁ。
「よいお日和でやすから。空を見ながら氷を食うのもおつなもんでしょう」
 ほがらかにそう言って、黒吉はす、と大盛りの氷を差し出してくれる。時己が言いもしないのに、氷にはだいすきなしら玉が添えられ、宇治金時味に仕上がっている。まるで魔法のようだな、と思った。
 周りの空気の中で白く、曇った器。その横にそえられた手作りらしい竹のさじ。それでこの氷のすくって口に入れたときの冷たさと甘さを想像して、時己は僅かに笑った。
 夏の午後の、小さな幸せを手に入れられたことが嬉しかった。
 吹き付けてくる風は存分に夏と草の匂いを含んでいて、けれど熱風というわけでもなくて。
 雲は駆け足。店の中で響く風鈴の音はとても静かに、だけどここまでよく響いた。
 目を閉じて、さく、と一角を切り崩した匙を口に運ぶ。
「……黒吉さん。あとで、暖かいお茶ももらってもいいですか? 私、完食を目指したいんです」
 この量だから。
 黒い化け猫は、その言葉に豪快に笑った。


▲夕暮れに見えた空▽

 そうして店を出た時、もう日は暮れかかっていた。
 思ったよりも長居をしてしまった、と思い、もう一度礼を述べよう、と振り返った時己は今日三度目の驚きを経験することになる。
 何故って、今しがた自分が出てきたはずの猫餡中心の入り口が綺麗さっぱりなくなって、自分の背後には家からしばらく歩いた場所にある銭湯の暖簾が揺れていたからだ。
 おかげで時己は目を丸くして驚かなければならなかった。と、銭湯の中からたらいを抱えたおばあさんが出てきて危うくぶつかりそうになり、慌てて謝って脇にどく。
 ……こんなことがあるだろうか。
 たった今まで、あの、不思議な温かみのある店に自分はいたのに。
 いつも笑った顔のような化け猫の姿など、もうどこにも見えない。
 こんなに突然に消えてしまうものなら、もっときちんと店を出る前にお礼を言うのだった。
 突然もらえた不思議な時間の期限があまりに突然に解かれてしまったようで、時己はなんだかまだ現実に戻りきれないような、そんな気持ちを抱えていた。
 あれは、自分の一睡の夢だったのだろうか。そんな気までしてくる。

 静かな夕暮れに佇み、足元のアスファルトに落ちる自分の影をじっと眺めていた時己は、やがて空を見た。
 飛び込んできたのは、息を呑まずにいられないほどの濡れた赤さ。
 明日も晴れるのだと。しばらくだけ休むけれど、また帰ってきて、明日には暑い日々を贈ろう、と叫びながら落ちる太陽の姿。
 少しずつ沈んでいくその動きに合わせて、空を染める赤も色を徐々に変えていく。キャンバスの上ではけしてだせないグラデーションだ。
 ――綺麗。
 ふと、懐かしい気持ちに襲われた。
 今日だけでなく、私は今までもこんな景色を見たことがある。
 見て、心を奪われて立ちすくんで、気が付いたら夜に包まれて。
 猛威を失った渇いた空気は涼しい風となって、自分を家まで誘(いざな)ってくれる。市役所が流す聞きなれた音楽を聴きながら、ランドセルを背負っていた自分もこんな空の下を歩いていたと思う。
 近所の家から流れてくる晩御飯の香りにお腹をくぅくぅ言わせながら、自分のうちのご飯は今日はなんなんだろう、なんて考えて。
 いつの間にか、そんなことはあまり考えながら帰らないようになっていた。
 扉を開けた途端に「お母さん、今日のご飯は?」とは聞かなくなっていた。

 ――突然、時己は足早に歩き出す。
 口の中にはあの不思議な店で広がった冷たさと、甘い味、香り、そして夏の懐かしさ。
 何の変哲もなかった道の中に黒吉を見出して、そしてもらった不思議な時。

 時己は今、妙に早く家に帰りたかった。急いで帰って、息の切れた時己を見て驚いた顔をする母親に一番に聞こうと思う。「今日のご飯は?」
 どう答えてくれるのか、家まで考えながら歩こう。

 頭の中に、「またおいでくださいまし」という柔らかな黒吉の声が聞こえたような気がした。

END

*ライターより*

はじめまして、ねこあです。
今回はまた体調の如何で締め切り延長していただき、真にご迷惑をおかけしました。
申し訳ありませんでした。

今回は白子星さんとのコラボ、ということで書かせていただきました。
「氷はじめました」。いかがでしたでしょうか。

コラボというのは初めてで緊張しましたが、色々と互いに話し合い、アイディアを出し合って骨格ができていくのは楽しい経験でありました。一人ではとてもできなかった作品です。
そこに神薙さまも参加していただけたことを深く感謝いたします。

もっと色々な人を出したいなぁ、と思いながらもプレイングからの雰囲気をだしたかったのでさっぱりとまとめてしまいました。

せめて、お気に召せば幸いです。

それではありがとうございました。