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■駅前マンションの怪〜異界編■

日向葵
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
 マンションのある場所を通りがかった時だった。
 貴方は、おかしな気配を感じて足を止めた。
 ぱっと見には、なにも妙なところはない。
 だが確かに、それは存在していた。
 この世界とは違う場所への接点。
 それがどこに通じているのかは知らないが・・・・・。だが、このまま放っておけるようなものでもない。
 自分のようにこの存在に気付いて避けたり、もしくは自分から入って行くのならともかく。
 誰かがまったく気づかないままに入りこんでしまったりしたら大変だ。
 歪みを封印しようとして――。
 あるいは、どうすれば歪みを消せるのかわらなくて――。
 あるいは、結局誰が巻き込まれようと自分には関係ないのだからと歩き去ろうとして――。

 その時。

 突然に歪みが増大した。
 視界が光に包まれる。
 そして、
 光が途絶え視界が戻ってきた時。

 貴方が居たのは――

駅前マンションの界〜異界・エビフライ編

●いい加減慣れました
 本日、シュライン・エマは夕飯用の買い出しの帰り道であった。
 ……こう何度も同じ事態に巻きこまれると、慌てようという気も起こらない。
「今回もまた妙な世界ねぇ」
 呟いた声は、とてもとても落ち着いたものだった。
 駅前マンションの方から放たれた一瞬の光に、まずいと思った時は遅かった。
 ふと気がついたら目の前に人の姿はなく、代わりにほてほてと歩くエビフライがいた。
 なんというか、予想外の展開に思わず空を見上げたら、今度は空飛ぶエビフライが目に飛びこんできて。シュラインは、無言で視線を地上に戻す。
 どんな妙な世界であろうとも、帰る方法はわかっているのだ。慌てる必要はない。
 少々荷物が重いから、そういう意味では早く帰りたいと思うが。
「多分、今回もいるのよね」
 駅前マンションの大家兼管理人の老人が。
 いつものごとく、管理人室で迷いこんだ者を待っているだろう。事態収拾を押しつけるために。
 この手荷物を持って移動するのも難儀であるし、一人で行動するよりは誰かと協力した方が解決は早い。
 そう思って歩き出した時だった。
「エビフライーーーっ! どこに行ったのにゃーーっ!」
 誰かの叫び声が聞こえた。一瞬、巻きこまれた誰かの錯乱の声かとも思ったが、それにしては内容がおかしい。
「エビフライ?」
 目の前にたくさん歩いているではないか。
「返事をするのにゃ〜っ!」
 いくら動いているとは言え……。目の前のエビフライを見る。口は、ない。当然だが。
 ……エビフライって、喋れるものなんだろうか?
 声はだんだんとこちらに近づいてくる。
 とりあえず、警戒はとかないように、彼(か)の声の主を待つ。
 と。
 目の前の道を横切って、こちらには気付かずあっさりと通りすぎて行く……猫。
 人ほどの大きさもあろうかという猫が、叫びながら駆けぬけていった。
「あらまあ、なんて気持ち良さそうな毛並みの大猫さん」
 怪奇現象に慣れきっているシュライン――というか、なんでもありに近しいこの異界現象に慣れきっているシュラインはたいして驚くこともせず、素直な感想を述べた。
 猫はあっというまに道の向こうに行ってしまって、今はもう見えない。
 追いかけようかとも思ったけれど、この荷物を持ったまま走りまわるのは避けたい。
「やっぱり、先に荷物を置いてきた方がいいわよね」
 あの様子ならば、あとで探すにもたいして苦労はないだろう。少しずつ遠ざかる猫の叫び声を背中に聞きつつ、シュラインは駅前マンションへと向かった。

●駅前マンション管理人室
 二十階建てのマンションの入口で、シュライン・エマと天壬ヤマトは顔を合わせた。
「あら、貴方も巻きこまれたの?」
「落ち着いてるっすね……」
 言葉を交わしてすぐに。シュラインのその落ち着き具合を意外に思ったのか、ヤマトはそんなことを口にした。
「よくあることだから。とりあえず、大家さんのところに行けば少しは状況が変わると思うの」
「大家さん?」
 告げると、ヤマトは目の前のマンションを見上げる。
 その様子から、相手が異界初体験であるらしいことを察したシュラインは、以前大家に聞いた話をそのままヤマトに話して聞かせた。
 このマンションは妖怪やら幽霊やら怪奇現象やらがよく起こる場所で、異界現象もそのひとつ。
 この地は空間が微妙に歪んでおり、異なる世界との扉が薄いのだ。たまに気紛れでその扉が開いてしまうことがあり、一番最初に異界に引きずりこまれた者がその時の世界を決定する。誰かの意思や性質に影響されて変質していく、酷く不安定な世界なのだ。
 故に帰る方法はそう難しくない。来た時と同じような歪みを見つけるか、世界の中心をどうにかするか。時には、時間の経過と共に勝手に世界が消えることもあるらしい。
「雪が世界の中心になった時は一面氷の世界だったし。その次は街路樹が世界の中心になっていて、一面植物の世界だったわ」
「…………大変だったんすね」
 帰る方法がわかったのは大変にありがたいのだが、それよりもむしろそんなに何度も巻きこまれているシュラインへの感想が先に言葉になった。
「そうね……」
 言われて、つい。どことなく遠い目になって答えるシュライン。
 話しながら歩いていた二人がちょうど管理人室の扉の前についた時。チャイムを鳴らすより前に、ガチャリと中から扉が開かれた。
「やあ、いらっしゃい」
 にこにこと柔和に笑うのは駅前マンションの管理人の老人である。
「またお世話になります」
「どうも、こんにちわ」
 ペコと会釈した二人を中に招いた老人は、早速お茶を出してきてくれた。

●世界の中心
 今回は珍しく、老人宅に集ったのはシュラインとヤマトの二人だけだった。
 しばらく待って、だが人の訪れる気配がなかったため、二人は外に出ることにした。シュラインが目撃した、エビフライを探す猫に会って見ようと方針を決めて、歩き出してすぐに。
 二人は、エビフライ確保に動きまわる三人――少女と少年と人間大の猫―――を発見した。
「あら、蘭くん?」
「知り合いなんすか?」
 シュラインの声に、その場に居た全員の視線が集う。
「こんにちわなの〜っ」
 にこりと笑って、蘭はぺこっとお辞儀をする。
 とりあえず。
 もとの世界に帰るためには協力体勢必須だろうということで、それぞれに自己紹介をして早速相談体制に入る。
「あのですね、この猫さんが探しているエビフライ確保のお手伝いをしてたんです」
 何をやっていたのかというシュライン・エマの問いに、如月翡翠が笑顔で答えた。
「でもエビフライ、たくさんいるんじゃあ……」
「だからねえ、いっぱい捕まえて猫さんに確認してもらおうと思ったの〜」
 天壬ヤマトの疑問に元気一杯の様子で答えたのは藤井蘭。
「そうねえ……この様子を見るに、多分、中心はエビフライか猫よね」
 エビフライが中心となったせいでエビフライだらけの世界になったのか。エビフライのことばっかり考えている猫が中心となったせいでこんな世界になったのか。
 今のところそれを判断するための要素がない。
 ならば。
「もとの世界でも動いてたっつうそのエビフライを探してみるのが一番っすかね」
 前者であれば元凶を捕まえることで何か変化が訪れるかもしれないし。後者であれば、猫がエビフライと再会すれば世界はあっさり消えるかもしれない。
 そんな結論に達してみたものの、見た目も香りもほとんど同じのエビフライの中からたった目的の一尾を探し出すのは至難の技だ。
「一応、考えはあるんすけどね」
「どんな?」
 問われた声には答えずに、ヤマトはそっと口笛を吹き出した。ヤマトは「演奏」によってあらゆる異界又は世界の生物と意思疎通をし、行動を「頼む」ことが出来るのだ。
 数尾のエビフライが反応して近づいてくる。と、思ったら。
 エビフライたちはぱっと周囲に散っていった。
 興味津々でその様子を眺めていた蘭が、不思議そうにヤマトを見上げる。
 ヤマトはにっと明るく笑って告げた。
「エビフライ探し、手伝ってもらうように頼んでみたんすよ」
「そんなことができるんですか。すごいですね〜」
 翡翠が、心底感心した様子で手を叩いた。
「猫さんが探しているエビフライって、自分のところで作ったエビフライなんでしょう?」
「そうなのにゃ」
 じっと事の成り行きを見守っていた猫が、問いを振られてこくりと頷く。その答えを確認して、シュラインはさらに言葉を続けた。
「油の匂いから辿るってできないかしら?」
「うーん、うーん……頑張ってみるのにゃっ!」
 ガッツポーズをした猫のすぐ横で、何故か蘭も一緒にガッツポーズ。
「僕も僕も。探すの頑張るのっ!」
 何故か妙に気合を入れて、蘭は道端に生えている植物へと目を向けた。
 しゃがみこんでなにやら話している。
 そしてしばしのち。
 何故だかしゅんと俯いて、蘭はその場に立ち上がった。
「どうしたの?」
「植物さんたちに聞いてみたけど、わかんないみたいなの」
 そういえば蘭はオリヅルランの化身だったのだと思い出して、シュラインは蘭の頭を撫でてやる。
「わからないものは仕方がないわ。どうもありがとう」
「えへへへ〜」
 褒められて、蘭はぱっと表情を明るくさせた。
「でも本当、どうやって探しましょう」
 猫はずっと鼻をひくひくさせて探しているが、なかなか目的のエビフライの匂いは見つからないらしい。やっぱり片端から捕まえてみるしかないのだろうか。
 一行の思考はほぼその方向で一致し始め、誰かが口を開こうとしたその時。
「あ」
 大勢のエビフライにわっしょいされて、一尾のエビフライがやってきた。ヤマトに頼まれて猫のエビフライを探しにいった物たちだ。
 見た目も香りもほとんど変わらないように見えるが、エビフライたちには確信があるらしい。やはり、同じ種族だときちんと見分けがつくのだろうか?
「あら、見つかったの?」
 わしゃわしゃと針金のような手足を動かして、エビフライはふるふると尻尾を振った。どうやら頷いているつもりらしい。
「エビフライーーーーーっ! 心配したのにゃっ!!」
 と。
 猫がものすごい勢いでエビフライに抱きついた―――途端。
 ふいと世界が一変した。
 エビフライは一尾を残して綺麗さっぱり消えており、だけど猫はそのまま目の前に。
「……あら?」
「まだ戻ってない?」
 確かにエビフライは消えた。だけど大型猫が目の前にいるものだから、確信が持てず、翡翠とヤマトはきょろきょろと辺りを見まわした。
「本当にありがとうなのにゃ、たすかったのにゃっ」
 こちらが茫然としているあいだに。
 猫はぺこりとお辞儀をして、そのまますたすたと歩いていった。
「……帰ってきたの?」
「じゃ、ないかしら」
 周囲にはきちんと人がいるし。
 と、その時。
「おや、おかえり。お疲れさま」
 管理人室から顔を出した駅前マンション大家の老人がにこりと笑った。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

2163|藤井・蘭    |男|1|藤井家の居候
1783|如月・翡翠   |女|477|堕天使・メイド喫茶の看板娘
1575|天壬・ヤマト  |男|20|フリーター
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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         ライター通信          
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 こんにちわ、日向 葵です。
 このたびは依頼ご参加ありがとうございました。
 納品、ギリギリになってしまってすみませんっ(汗)

>蘭くん
 可愛らしいプレイングをありがとうございました。
 はしゃいでいる姿は書いているこちらもとても和みました(笑)

>翡翠さん
 はじめまして。今回の依頼は楽しんでいただけたでしょうか?
 エビフライが多すぎて、とにかく近場からといった感になったため、瞬間移動を使う機会がありませんでした、ごめんなさい(汗)
 その代わり(?)エプロンドレスは大活躍となりました。ふわふわスカートは大好きなので、書いててなんだか楽しかったです。

>ヤマトさん
 はじめまして。エビフライに直接お願いできるということで、確保の立役者となっていただきました。
 他種族の顔立ちなんてよくわからないけれど、同じ種族なら……ということで。
 あのエビフライたちを『種族』と括ってよいものか少々微妙でありますが(笑)

>シュラインさん
 いつもお世話になっております。
 今回もいろいろな案をありがとうございました。相変わらず文字数の中に詰めきれず、全部を書くことはできませんでした(TT)
 ちょっと外して(?)世界の中心はエビフライではなく猫さんでした。


 それでは、今回はどうもありがとうございました。
 またお会いする機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いします。