■駅前マンションの怪〜異界編■
日向葵 |
【1575】【天壬・ヤマト】【フリーター】 |
マンションのある場所を通りがかった時だった。
貴方は、おかしな気配を感じて足を止めた。
ぱっと見には、なにも妙なところはない。
だが確かに、それは存在していた。
この世界とは違う場所への接点。
それがどこに通じているのかは知らないが・・・・・。だが、このまま放っておけるようなものでもない。
自分のようにこの存在に気付いて避けたり、もしくは自分から入って行くのならともかく。
誰かがまったく気づかないままに入りこんでしまったりしたら大変だ。
歪みを封印しようとして――。
あるいは、どうすれば歪みを消せるのかわらなくて――。
あるいは、結局誰が巻き込まれようと自分には関係ないのだからと歩き去ろうとして――。
その時。
突然に歪みが増大した。
視界が光に包まれる。
そして、
光が途絶え視界が戻ってきた時。
貴方が居たのは――
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駅前マンションの界〜異界・エビフライ編
●なにがどうしてどうなったんだか
「えーっと……」
なんと言おうか。
この光景。
天壬ヤマトは、しばし茫然とその場に立ち尽くしていた。
きっかけはなんだっただろうか。
多分、光。
草間興信所からの帰り道。一瞬視界を遮った光――そして視界が戻った時には、この光景が広がっていた。
さっきまで人が歩いていたその道を、エビフライが歩いている。
のんびりのどかな青空を、エビフライがぱたぱたと飛んでいる。
「あ、美味そう……」
目の前を横切ったエビフライの綺麗な狐色の肌、いや、衣を見て、そんな呟きが口にのぼる。
「……」
そしてまた、しばしの沈黙。
なんとなく。
空を見上げる。
やっぱりそこにもエビフライ。
ああ、あのエビフライも結構美味そうだな――なんて思って、次の瞬間。
「って、そうじゃなくてオレっ!」
はっと我に返って自分にツッコむ。
あまりの自体に思考が現実逃避を起こしていたらしい。
「つかっ……なんなんすかこれっ……」
呟いてみても、人がいないこの場所では、当然答えも返ってこない。
周囲の景色は、エビフライを除けばさっきと同じ。周囲の建物も、街並も、まったくいつもと同じ様相で佇んでいる。
ただそこに人の気配がないだけで。
「どうすっかなー……」
人が消えたのか、それとも自分がどこかに飛ばされたのか。
目の前のエビフライの様子から考えるに、多分後者であろう。
大勢の人間が一気にどこかに飛ばされて、同時に動くエビフライが一斉に現れたというのはちょっと考えにくい。
人間がエビフライに変身したと考えると、それにしては落ち着きすぎているし、一斉に大量の人間を変身させるというのもやっぱり考えにくい。
だったらまだ、自分がどこか別の場所に飛ばされたと考える方が納得が行く。
景色自体が変わっていないところを見ると、所謂パラレルワールドという奴なんだろう。
なにはともあれ、行動方針を決めなければ。
「でもわりと可愛いもんなんだな、エビフライって」
ちょこちょこと尻尾を振って歩く姿は案外可愛い。
そんな感想を呟いて、それからヤマトはふるふるっと軽く頭を振った。
「いやだから、そうじゃなくって」
まだ完全復帰していなかったらしい。微妙に違った方向に走る思考をなんとか修正して。
それから、ヤマトはしばし真面目に考え込む。
幸いヤマトは、言葉が通じない相手であっても意思疎通することのできる能力を持っている。
とりあえず現状把握のためにその辺のエビフライに聞いてみようと思った時――道の向こうに、女性の姿を発見した。
「え?」
人間が、いる?
ヤマトは考えるより先に、その女性を追って駆け出していた。
●駅前マンション管理人室
二十階建てのマンションの入口で、シュライン・エマと天壬ヤマトは顔を合わせた。
「あら、貴方も巻きこまれたの?」
「落ち着いてるっすね……」
遠目にシュラインを見つけて追い掛けてきたヤマトは、言葉を交わしてすぐに、シュラインのその落ち着き具合にそんなことを口にした。
「よくあることだから。とりあえず、大家さんのところに行けば少しは状況が変わると思うの」
「大家さん?」
言われて、ヤマトは目の前のマンションを見上げる。
その様子から、相手が異界初体験であるらしいことを察したシュラインは、以前大家に聞いた話をそのままヤマトに話して聞かせた。
このマンションは妖怪やら幽霊やら怪奇現象やらがよく起こる場所で、異界現象もそのひとつ。
この地は空間が微妙に歪んでおり、異なる世界との扉が薄いのだ。たまに気紛れでその扉が開いてしまうことがあり、一番最初に異界に引きずりこまれた者がその時の世界を決定する。誰かの意思や性質に影響されて変質していく、酷く不安定な世界なのだ。
故に帰る方法はそう難しくない。来た時と同じような歪みを見つけるか、世界の中心をどうにかするか。時には、時間の経過と共に勝手に世界が消えることもあるらしい。
「雪が世界の中心になった時は一面氷の世界だったし。その次は街路樹が世界の中心になっていて、一面植物の世界だったわ」
「…………大変だったんすね」
帰る方法がわかったのは大変にありがたいのだが、それよりもむしろそんなに何度も巻きこまれているシュラインへの感想が先に言葉になった。
「そうね……」
どことなく遠い目をして答えたシュライン。
話しながら歩いていた二人がちょうど管理人室の扉の前についた時。チャイムを鳴らすより前に、ガチャリと中から扉が開かれた。
「やあ、いらっしゃい」
にこにこと柔和に笑うのは駅前マンションの管理人の老人である。
「またお世話になります」
「どうも、こんにちわ」
ペコと会釈した二人を中に招いた老人は、早速お茶を出してきてくれた。
●世界の中心
今回は珍しく、老人宅に集ったのはシュラインとヤマトの二人だけだった。
しばらく待って、だが人の訪れる気配がなかったため、二人は外に出ることにした。シュラインが目撃した、エビフライを探す猫に会って見ようと方針を決めて、歩き出してすぐに。
二人は、エビフライ確保に動きまわる三人――少女と少年と人間大の猫―――を発見した。
「あら、蘭くん?」
「知り合いなんすか?」
シュラインの声に、その場に居た全員の視線が集う。
「こんにちわなの〜っ」
にこりと笑って、蘭はぺこっとお辞儀をする。
とりあえず。
もとの世界に帰るためには協力体勢必須だろうということで、それぞれに自己紹介をして早速相談体制に入る。
「あのですね、この猫さんが探しているエビフライ確保のお手伝いをしてたんです」
何をやっていたのかというシュライン・エマの問いに、如月翡翠が笑顔で答えた。
「でもエビフライ、たくさんいるんじゃあ……」
「だからねえ、いっぱい捕まえて猫さんに確認してもらおうと思ったの〜」
天壬ヤマトの疑問に元気一杯の様子で答えたのは藤井蘭。
「そうねえ……この様子を見るに、多分、中心はエビフライか猫よね」
エビフライが中心となったせいでエビフライだらけの世界になったのか。エビフライのことばっかり考えている猫が中心となったせいでこんな世界になったのか。
今のところそれを判断するための要素がない。
ならば。
「もとの世界でも動いてたっつうそのエビフライを探してみるのが一番っすかね」
前者であれば元凶を捕まえることで何か変化が訪れるかもしれないし。後者であれば、猫がエビフライと再会すれば世界はあっさり消えるかもしれない。
そんな結論に達してみたものの、見た目も香りもほとんど同じのエビフライの中からたった目的の一尾を探し出すのは至難の技だ。
「一応、考えはあるんすけどね」
「どんな?」
問われた声には答えずに、ヤマトはそっと口笛を吹き出した。ヤマトは「演奏」によってあらゆる異界又は世界の生物と意思疎通をし、行動を「頼む」ことが出来るのだ。
数尾のエビフライが反応して近づいてくる。と、思ったら。
エビフライたちはぱっと周囲に散っていった。
興味津々でその様子を眺めていた蘭が、不思議そうにヤマトを見上げる。
ヤマトはにっと明るく笑って告げた。
「エビフライ探し、手伝ってもらうように頼んでみたんすよ」
「そんなことができるんですか。すごいですね〜」
翡翠が、心底感心した様子で手を叩いた。
「猫さんが探しているエビフライって、自分のところで作ったエビフライなんでしょう?」
「そうなのにゃ」
じっと事の成り行きを見守っていた猫が、問いを振られてこくりと頷く。その答えを確認して、シュラインはさらに言葉を続けた。
「油の匂いから辿るってできないかしら?」
「うーん、うーん……頑張ってみるのにゃっ!」
ガッツポーズをした猫のすぐ横で、何故か蘭も一緒にガッツポーズ。
「僕も僕も。探すの頑張るのっ!」
何故か妙に気合を入れて、蘭は道端に生えている植物へと目を向けた。
しゃがみこんでなにやら話している。
そしてしばしのち。
何故だかしゅんと俯いて、蘭はその場に立ち上がった。
「どうしたの?」
「植物さんたちに聞いてみたけど、わかんないみたいなの」
そういえば蘭はオリヅルランの化身だったのだと思い出して、シュラインは蘭の頭を撫でてやる。
「わからないものは仕方がないわ。どうもありがとう」
「えへへへ〜」
褒められて、蘭はぱっと表情を明るくさせた。
「でも本当、どうやって探しましょう」
猫はずっと鼻をひくひくさせて探しているが、なかなか目的のエビフライの匂いは見つからないらしい。やっぱり片端から捕まえてみるしかないのだろうか。
一行の思考はほぼその方向で一致し始め、誰かが口を開こうとしたその時。
「あ」
大勢のエビフライにわっしょいされて、一尾のエビフライがやってきた。ヤマトに頼まれて猫のエビフライを探しにいった物たちだ。
見た目も香りもほとんど変わらないように見えるが、エビフライたちには確信があるらしい。やはり、同じ種族だときちんと見分けがつくのだろうか?
「あら、見つかったの?」
わしゃわしゃと針金のような手足を動かして、エビフライはふるふると尻尾を振った。どうやら頷いているつもりらしい。
「エビフライーーーーーっ! 心配したのにゃっ!!」
と。
猫がものすごい勢いでエビフライに抱きついた―――途端。
ふいと世界が一変した。
エビフライは一尾を残して綺麗さっぱり消えており、だけど猫はそのまま目の前に。
「……あら?」
「まだ戻ってない?」
確かにエビフライは消えた。だけど大型猫が目の前にいるものだから、確信が持てず、翡翠とヤマトはきょろきょろと辺りを見まわした。
「本当にありがとうなのにゃ、たすかったのにゃっ」
こちらが茫然としているあいだに。
猫はぺこりとお辞儀をして、そのまますたすたと歩いていった。
「……帰ってきたの?」
「じゃ、ないかしら」
周囲にはきちんと人がいるし。
と、その時。
「おや、おかえり。お疲れさま」
管理人室から顔を出した駅前マンション大家の老人がにこりと笑った。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業
2163|藤井・蘭 |男|1|藤井家の居候
1783|如月・翡翠 |女|477|堕天使・メイド喫茶の看板娘
1575|天壬・ヤマト |男|20|フリーター
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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ライター通信
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こんにちわ、日向 葵です。
このたびは依頼ご参加ありがとうございました。
納品、ギリギリになってしまってすみませんっ(汗)
>蘭くん
可愛らしいプレイングをありがとうございました。
はしゃいでいる姿は書いているこちらもとても和みました(笑)
>翡翠さん
はじめまして。今回の依頼は楽しんでいただけたでしょうか?
エビフライが多すぎて、とにかく近場からといった感になったため、瞬間移動を使う機会がありませんでした、ごめんなさい(汗)
その代わり(?)エプロンドレスは大活躍となりました。ふわふわスカートは大好きなので、書いててなんだか楽しかったです。
>ヤマトさん
はじめまして。エビフライに直接お願いできるということで、確保の立役者となっていただきました。
他種族の顔立ちなんてよくわからないけれど、同じ種族なら……ということで。
あのエビフライたちを『種族』と括ってよいものか少々微妙でありますが(笑)
>シュラインさん
いつもお世話になっております。
今回もいろいろな案をありがとうございました。相変わらず文字数の中に詰めきれず、全部を書くことはできませんでした(TT)
ちょっと外して(?)世界の中心はエビフライではなく猫さんでした。
それでは、今回はどうもありがとうございました。
またお会いする機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いします。
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