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■駅前マンションの怪〜異界編■

日向葵
【1783】【如月・翡翠】【堕天使・メイド喫茶の看板娘】
 マンションのある場所を通りがかった時だった。
 貴方は、おかしな気配を感じて足を止めた。
 ぱっと見には、なにも妙なところはない。
 だが確かに、それは存在していた。
 この世界とは違う場所への接点。
 それがどこに通じているのかは知らないが・・・・・。だが、このまま放っておけるようなものでもない。
 自分のようにこの存在に気付いて避けたり、もしくは自分から入って行くのならともかく。
 誰かがまったく気づかないままに入りこんでしまったりしたら大変だ。
 歪みを封印しようとして――。
 あるいは、どうすれば歪みを消せるのかわらなくて――。
 あるいは、結局誰が巻き込まれようと自分には関係ないのだからと歩き去ろうとして――。

 その時。

 突然に歪みが増大した。
 視界が光に包まれる。
 そして、
 光が途絶え視界が戻ってきた時。

 貴方が居たのは――

駅前マンションの界〜異界・エビフライ編

●本日天気はエビフライ?
 その日は天気良好で、雲ひとつない青空。日光浴にはぴったりの陽気であった。
 如月翡翠は空を眺めながら、のんびりと散歩をしていた。
 だが。
 一瞬、なにかの光が見えた。
 そう思った次の瞬間。
 周囲の景色が一変していた。
 いや、街並自体は何も変わっていない。
 変わったのはそこに在る者。
 決して少なくはない人通りの道だったのに、今は人っ子一人、影すら見えず。
 見上げていた空には、何故かエビフライが浮かんでいる。
「…………」
 あまりにも突然の変化にしばし茫然としていた翡翠だったが、立ち直るのも結構早かった。
「あらやだ……どうしましょう?」
 たいして困っていないような口調で、ふと呟く。
 空に向けていた視線を地上に戻す。
 さっきまで人が歩いていた道路には、なぜかエビフライが我が物顔――顔がない彼らにこの表現は少々違うかもしれないが、まあそんな雰囲気――で道を闊歩していた。
 一瞬、人がエビフライに変身してしまったのだろうか、なんていう考えが頭に浮かんだりしたが、それなら上空にあんなにエビフライが飛んでいるのはおかしい。
 人間に限らず生き物――つまり鳥なんかも変身したのだと考えても、明らかに数が合わない。あんなにたくさんの鳥は飛んでいなかったはずだ。
 と、なると。
「うーん……」
 良く似ているけど違う場所。
 所謂パラレルワールドってやつが一番近いのではないだろうか。
「どうしましょう」
 先ほどと同じことを呟いた。ふわんっとエプロンドレスの裾を揺らし、身体ごと回って周囲の様子を再確認。
 と、そのとき。
 視界の端に妙な者が映った。
 人ほどの大きさもあろうという巨大な猫。
 その隣には鮮やかな緑色の髪をした少年。何ごとか話しながら歩く様子からは、どこかほのぼのとした雰囲気が窺えた。
 とりあえず、危険な者ではないらしい。
 だったら、ここから出るために協力するのも良いのではないだろうか。
 しばし考えたのち、答えを出して声をかけようとした――ら。
「あら、あらあ?」
 いない。
 とはいえ、相手は走っていたわけではなし、談笑しながら歩いていたのだ。
 探せばすぐに見つかるだろう。
 ほんのついさっき彼らを見掛けた十字路に行き、それから、彼らが歩いていった方角を見る。すると、二つの後ろ姿がしっかり見えた。
「あのお、すみませ〜ん」
 翡翠の声に、二人はひょいと振り返り、次の瞬間。
「うわあっ、アリスみたい。可愛い〜〜」
 少年が、翡翠の着ていた洋服に対する率直な感想を述べた。

●看板エビフライを探せ!
 藤井蘭と同様、猫を見つけてやってきた如月翡翠。そしてもちろん探している本人……本猫? と三人で。
 一行はエビフライを探すこととなった。
「なにか……特徴ってあります?」
 翡翠の問いに、猫は何故だか胸を張って、
「いつでも美味しそうな揚げたてなのにゃ。うちの可愛い看板エビフライなのにゃ」
 聞いていないことまで答えてくれる。
「でもぉ……。みんな、美味しそうなの〜」
 ぐるっと周囲に視線を向けた蘭が言う。
 確かに。
 辺りを歩き回るエビフライはみんな、綺麗な小麦色でとってもとっても美味しそうだ。
 冬ならばともかく、夏の気温の中では揚げたてのほこほこ煙は見えないし。匂いで探そうにも、あちこちからエビフライの美味しそうな匂いが漂ってきていてどれがどれやらわかったもんじゃない。
「とにかく、片っ端から捕まえてみましょうっ!」
 見分けがつかない以上、片端から捕まえて確認していくしかない。
「あんまり乱暴はしないでほしいのにゃ〜」
「大丈夫。そぉっと捕まえるの〜!」
 少々荒っぽい方法ではあるが、他に方法が見当たらないため反対意見は出なかった。ちょっとした注文はついたけれど。
 本日の翡翠の服装はふわふわのエプロンドレス。ちょっと勿体無いけれど、素手で捕まえるのは難しそうだしとエプロンを外して網代わりにする。
 翡翠の様子を見て、蘭も何かないかと自分の服を見まわしてみた。が、使えそうなものは見当たらない。
「じゃあ、エビフライをこちらに追いこむ役をお願いしますね〜」
「はーいっ。頑張るから任せてなのっ!」
 あっさりと役割分担を決めて、三人はそれぞれ適当に散っていく。
 一歩歩けばエビフライのこの状況。エビフライを追いこむのはそう難しいことではなかった。
「ごめんなさいなの〜」
 ちょっとした罪悪感に駆られつつも、エビフライを追い掛け翡翠の方へと向かわせる蘭。
 両手にエプロンを持って待ち構える翡翠――だが。
 ひらりんっ。
「あら?」
 ぽてぽてんっ。
「あらら?」
 人よりワンテンポ遅れて行動するのが常の翡翠では、なにげに素早いエビフライを捕らえるのは難しかった。

●世界の中心
 なかなか捕獲できないエビフライ。捕獲作戦を練りなおそうと考え始めたちょうどその時。
「あら、蘭くん?」
「知り合いなんすか?」
 聞こえたのは、シュライン・エマの声だった。シュラインの隣には青年が一人。
「こんにちわなの〜っ」
 にこりと笑って、蘭はぺこっとお辞儀をした。
 とりあえず。
 もとの世界に帰るためには協力体勢必須だろうということで、それぞれに自己紹介をして早速相談体制に入る。
「あのですね、この猫さんが探しているエビフライ確保のお手伝いをしてたんです」
 何をやっていたのかというシュライン・エマの問いに、如月翡翠が笑顔で答えた。
「でもエビフライ、たくさんいるんじゃあ……」
「だからねえ、いっぱい捕まえて猫さんに確認してもらおうと思ったの〜」
 天壬ヤマトの疑問に元気一杯の様子で答えたのは藤井蘭。
「そうねえ……この様子を見るに、多分、中心はエビフライか猫よね」
 エビフライが中心となったせいでエビフライだらけの世界になったのか。エビフライのことばっかり考えている猫が中心となったせいでこんな世界になったのか。
 今のところそれを判断するための要素がない。
 ならば。
「もとの世界でも動いてたっつうそのエビフライを探してみるのが一番っすかね」
 前者であれば元凶を捕まえることで何か変化が訪れるかもしれないし。後者であれば、猫がエビフライと再会すれば世界はあっさり消えるかもしれない。
 そんな結論に達してみたものの、見た目も香りもほとんど同じのエビフライの中からたった目的の一尾を探し出すのは至難の技だ。
「一応、考えはあるんすけどね」
「どんな?」
 問われた声には答えずに、ヤマトはそっと口笛を吹き出した。ヤマトは「演奏」によってあらゆる異界又は世界の生物と意思疎通をし、行動を「頼む」ことが出来るのだ。
 数尾のエビフライが反応して近づいてくる。と、思ったら。
 エビフライたちはぱっと周囲に散っていった。
 興味津々でその様子を眺めていた蘭が、不思議そうにヤマトを見上げる。
 ヤマトはにっと明るく笑って告げた。
「エビフライ探し、手伝ってもらうように頼んでみたんすよ」
「そんなことができるんですか。すごいですね〜」
 翡翠が、心底感心した様子で手を叩いた。
「猫さんが探しているエビフライって、自分のところで作ったエビフライなんでしょう?」
「そうなのにゃ」
 じっと事の成り行きを見守っていた猫が、問いを振られてこくりと頷く。その答えを確認して、シュラインはさらに言葉を続けた。
「油の匂いから辿るってできないかしら?」
「うーん、うーん……頑張ってみるのにゃっ!」
 ガッツポーズをした猫のすぐ横で、何故か蘭も一緒にガッツポーズ。
「僕も僕も。探すの頑張るのっ!」
 何故か妙に気合を入れて、蘭は道端に生えている植物へと目を向けた。
 しゃがみこんでなにやら話している。
 そしてしばしのち。
 何故だかしゅんと俯いて、蘭はその場に立ち上がった。
「どうしたの?」
「植物さんたちに聞いてみたけど、わかんないみたいなの」
 そういえば蘭はオリヅルランの化身だったのだと思い出して、シュラインは蘭の頭を撫でてやる。
「わからないものは仕方がないわ。どうもありがとう」
「えへへへ〜」
 褒められて、蘭はぱっと表情を明るくさせた。
「でも本当、どうやって探しましょう」
 猫はずっと鼻をひくひくさせて探しているが、なかなか目的のエビフライの匂いは見つからないらしい。やっぱり片端から捕まえてみるしかないのだろうか。
 一行の思考はほぼその方向で一致し始め、誰かが口を開こうとしたその時。
「あ」
 大勢のエビフライにわっしょいされて、一尾のエビフライがやってきた。ヤマトに頼まれて猫のエビフライを探しにいった物たちだ。
 見た目も香りもほとんど変わらないように見えるが、エビフライたちには確信があるらしい。やはり、同じ種族だときちんと見分けがつくのだろうか?
「あら、見つかったの?」
 わしゃわしゃと針金のような手足を動かして、エビフライはふるふると尻尾を振った。どうやら頷いているつもりらしい。
「エビフライーーーーーっ! 心配したのにゃっ!!」
 と。
 猫がものすごい勢いでエビフライに抱きついた―――途端。
 ふいと世界が一変した。
 エビフライは一尾を残して綺麗さっぱり消えており、だけど猫はそのまま目の前に。
「……あら?」
「まだ戻ってない?」
 確かにエビフライは消えた。だけど大型猫が目の前にいるものだから、確信が持てず、翡翠とヤマトはきょろきょろと辺りを見まわした。
「本当にありがとうなのにゃ、たすかったのにゃっ」
 こちらが茫然としているあいだに。
 猫はぺこりとお辞儀をして、そのまますたすたと歩いていった。
「……帰ってきたの?」
「じゃ、ないかしら」
 周囲にはきちんと人がいるし。
 と、その時。
「おや、おかえり。お疲れさま」
 管理人室から顔を出した駅前マンション大家の老人がにこりと笑った。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

2163|藤井・蘭    |男|1|藤井家の居候
1783|如月・翡翠   |女|477|堕天使・メイド喫茶の看板娘
1575|天壬・ヤマト  |男|20|フリーター
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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         ライター通信          
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 こんにちわ、日向 葵です。
 このたびは依頼ご参加ありがとうございました。
 納品、ギリギリになってしまってすみませんっ(汗)

>蘭くん
 可愛らしいプレイングをありがとうございました。
 はしゃいでいる姿は書いているこちらもとても和みました(笑)

>翡翠さん
 はじめまして。今回の依頼は楽しんでいただけたでしょうか?
 エビフライが多すぎて、とにかく近場からといった感になったため、瞬間移動を使う機会がありませんでした、ごめんなさい(汗)
 その代わり(?)エプロンドレスは大活躍となりました。ふわふわスカートは大好きなので、書いててなんだか楽しかったです。

>ヤマトさん
 はじめまして。エビフライに直接お願いできるということで、確保の立役者となっていただきました。
 他種族の顔立ちなんてよくわからないけれど、同じ種族なら……ということで。
 あのエビフライたちを『種族』と括ってよいものか少々微妙でありますが(笑)

>シュラインさん
 いつもお世話になっております。
 今回もいろいろな案をありがとうございました。相変わらず文字数の中に詰めきれず、全部を書くことはできませんでした(TT)
 ちょっと外して(?)世界の中心はエビフライではなく猫さんでした。


 それでは、今回はどうもありがとうございました。
 またお会いする機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いします。