■■蛍流池−幾千の約束−■■
東圭真喜愛 |
【1252】【海原・みなも】【女学生】 |
「『いらないもの』がなくなる? そりゃいいことじゃないか」
草間武彦は、昔からの友人で、今は鎌倉に住んでいる男───三橋・傑(みつはし・すぐる)に、新聞から目を上げることもせずそう言った。
この事務所に持ち込まれる「不思議話」にはとっくに慣れきっている。だが、三橋は真剣な面持ちだった。草間とどこか似た、きっちりした美青年だった。
「それだけじゃない───いらないもの、というより───例えばそれが人間だったりしても動物だったりしても───『蛍流池(ほたるいけ)』の近くで強く思うと、早くて数分、少なくとも翌日には消えているんだ」
そこでようやく、草間の視線が三橋に注がれた。
聞くと、その『蛍流池』という蛍がたくさん見られる有名な場所の近くで、喧嘩した途端「こんな奴いなくなってしまえばいい」と一瞬でも強く思ったりすると、早くて数分、遅くとも翌日には───その「こんな奴」がこの世から消滅しているのだ、という。
そして一環して共通しているのは、消滅した人物又は動物・ゴミ等の「代わり」とばかりに、妙に燐光を放つ昆虫の持つような粉が、その消滅したものの大きさと同じほど残されているという。
「俺は野次馬に紛れて見たとき───『喰われた跡』のような気がして───恐ろしくて、だからこうしてお前に話しに来たんだ。このまま続くんじゃ今に一瞬しか怒りがなくて本当は好きだったって奴すら消えてっちまうのも続くし、俺の大事な何かだってそうなるかもしれない。なんとかしてくれないか」
「───なんとかせにゃならんだろうな」
草間はそう言い、『蛍流池』について更に詳しく聞くと、こんな一昔前の話がある、と三橋は言った。
蛍流池───それは、昔からも蛍がたくさん見られることで有名な場所で、三橋が子供時代には屋台もちらほらと見え、家族や恋人同士も大勢集まって蛍を鑑賞していたという。
だが、ある日、蛍の時期を過ぎた頃───蛍の時期に来られなかった娘がそこに来て、不幸にも居合わせたならず者達に乱暴されようとし、抵抗したので殺されたという。
その事件で不思議なのは、娘の死体がどこにもなかった、ということ。ならず者達も知らないと言い張り、警察もどんなに捜しても何の痕跡すら残さず、娘の遺体はとうとう見つからないままだった。
そして今現在、蛍流池は───その事件もあってか、すっかりすたれ、雑草も生え放題の小さな森とも言うべき場所になってしまっているのだと言う。民家からそう離れてはいないのだが───と、最後に三橋は締めくくった。
三橋は仕事で今日は鎌倉に戻る、と言い置き、先払いとも言って依頼料を置いていった。
草間はしばし考え、心当たりのある者に連絡を取り始めた───。
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■蛍流池−幾千の約束−■
「『いらないもの』がなくなる? そりゃいいことじゃないか」
草間武彦は、昔からの友人で、今は鎌倉に住んでいる男───三橋・傑(みつはし・すぐる)に、新聞から目を上げることもせずそう言った。
この事務所に持ち込まれる「不思議話」にはとっくに慣れきっている。だが、三橋は真剣な面持ちだった。草間とどこか似た、きっちりした美青年だった。
「それだけじゃない───いらないもの、というより───例えばそれが人間だったりしても動物だったりしても───『蛍流池(ほたるいけ)』の近くで強く思うと、早くて数分、少なくとも翌日には消えているんだ」
そこでようやく、草間の視線が三橋に注がれた。
聞くと、その『蛍流池』という蛍がたくさん見られる有名な場所の近くで、喧嘩した途端「こんな奴いなくなってしまえばいい」と一瞬でも強く思ったりすると、早くて数分、遅くとも翌日には───その「こんな奴」がこの世から消滅しているのだ、という。
そして一環して共通しているのは、消滅した人物又は動物・ゴミ等の「代わり」とばかりに、妙に燐光を放つ昆虫の持つような粉が、その消滅したものの大きさと同じほど残されているという。
「俺は野次馬に紛れて見たとき───『喰われた跡』のような気がして───恐ろしくて、だからこうしてお前に話しに来たんだ。このまま続くんじゃ今に一瞬しか怒りがなくて本当は好きだったって奴すら消えてっちまうのも続くし、俺の大事な何かだってそうなるかもしれない。なんとかしてくれないか」
「───なんとかせにゃならんだろうな」
草間はそう言い、『蛍流池』について更に詳しく聞くと、こんな一昔前の話がある、と三橋は言った。
蛍流池───それは、昔からも蛍がたくさん見られることで有名な場所で、三橋が子供時代には屋台もちらほらと見え、家族や恋人同士も大勢集まって蛍を鑑賞していたという。
だが、ある日、蛍の時期を過ぎた頃───蛍の時期に来られなかった娘がそこに来て、不幸にも居合わせたならず者達に乱暴されようとし、抵抗したので殺されたという。
その事件で不思議なのは、娘の死体がどこにもなかった、ということ。ならず者達も知らないと言い張り、警察もどんなに捜しても何の痕跡すら残さず、娘の遺体はとうとう見つからないままだった。
そして今現在、蛍流池は───その事件もあってか、すっかりすたれ、雑草も生え放題の小さな森とも言うべき場所になってしまっているのだと言う。民家からそう離れてはいないのだが───と、最後に三橋は締めくくった。
三橋は仕事で今日は鎌倉に戻る、と言い置き、先払いとも言って依頼料を置いていった。
草間はしばし考え、心当たりのある者に連絡を取り始めた───。
■Relief party■
「───ずいぶん、放置されてたみたいですね」
夏休みに入ったからとアルバイト探しにきた海原・みなも(うなばら・みなも)だったが、草間から話を聞き、「随分可哀想な話」と少し心を痛めた。
心根が優しい彼女にとっては寧ろ、今回の事件云々よりも、その三橋からの情報の「蛍流池で消えた娘」のほうに心が行っていた。それからすぐに準備を始め、鎌倉に飛んできたのだが───草刈鎌に鎌倉指定のゴミ袋、虫除けスプレーを持ってきたのは正解だった。
例の場所、蛍流池に実際来てみると、池なんて見当たらないほどに雑草が生い茂っている。
「何事も、根気が必要です」
自分自身に言い聞かせるように、もうすぐ夕方という辺りから、みなもは作業を始めた。体質上、暑さには弱いので流石に炎天下にこの作業をする余裕はない。ほかに二人、仲間が来ると知らされてはいたが、これではやはり手伝ってもらえるなら手伝って早く元のように綺麗な状態にしてあげたい、せめて蛍がちゃんと姿を現せるような───そう思っていると、ふと、池の周囲まで来た時───誰かにどん、とぶつかった。
「あ、すみません───」
「すみません」
声が、重なる。
言葉と同時に振り返ったみなもは、そこに、以前も依頼で一緒になった長身の美青年を見つけた。
「ああ、みなもさんでしたか」
向こうも、覚えてくれていたらしい。
「覚えていますか? 私、セレスティ・カーニンガムです」
「はい。セレスティさんもこの依頼に?」
話しながらも、みなもの手は休まない。せっせと草を刈ってはゴミ袋に入れていく。何枚か持ってきたうちの袋の二枚は既に満杯だった。
ええ、と答えるセレスティは、しきりに池を気にしている。見ると、手には何かビニール袋のようなものと、メモ帳を持っていた。
「あたしはこの場所をとりあえず綺麗にと思って───よかったら、手伝ってくれますか?」
「あ、気付かずに───すみません」
言ってセレスティは丁寧にビニール袋とメモ帳を品のよい男性用バッグにしまいこみ、「あまり肉体労働は苦手なので、程々にしかできませんが」と苦笑したが、みなもは「充分です」、と少し微笑んだ。
「車できたのですけれどね───私はこの場所について調べてきました。それと、例の粉を手に入れてきました。これも調べるために」
そこまでセレスティが言った時、新たな声が加わった。
「草刈りか。体力的には俺が一番有り余っていそうだな。残り三分の一、といったところか。どれ、俺も手伝ってやろう」
のし、といった感じで二人の前に現れたのは、体躯のいい40台ほどの歳の男性だった。彼は名を「荒祇・天禪(あらき・てんぜん)」と名乗り、自分も捜査に来たのだと簡潔に言った。
「セレスティさんと同じように、あたしも『昔の事件』について調べてはきました」
みなもが言うと、天禪は頷く。そして作業をしながらセレスティを見やった。
「粉については何か分かったのか?」
セレスティは少しだけ手を止め、額の汗を拭ってから、
「とりあえず、蛍がこれる程度まではここを綺麗にしましょう。皆さんの情報収集結果を集めるのはそれからのほうがよろしいかと思います」
そう言うと、また手を動かし始める。
みなもと天禪は頷き、それから一時間ほどで蛍流池を殆ど元のようにすることが出来たのだった。
■得られたもの■
「冷やしうどん定食、お待たせ致しました」
ことり、と三人の晩御飯のうち注文した最後のものがウェイトレスの言葉と共に置かれた。
蛍流池にごく近い、ファミリーレストランに三人は居た。
空いているかと思えば、結構な客の数がいる。夏休みに入ったからもあるのだろう、店員は忙しく動いており、お客達も食事をしながら楽しそうにお喋りしていて、それはもう賑やかなことこの上ない。
だが、こういう場所のほうが情報のやり取りにはいいのかもしれなかった。誰もこの不思議なメンバーに注目などしていない。
ハタから見れば、顔こそは似てはいないが、天禪が父、セレスティとみなもが歳の離れた兄妹───そんな風に見えたかもしれない。
「蛍流池については、みなもさんと私の情報はほぼ同じですね」
アイスティーを飲みながら、みなもから情報を聞いたセレスティは、自分のメモ帳に視線を落とす。
蛍流池自体には、特にこれといった話は何もなかったのだが、例の昔の娘の事件についても、殆ど三橋が草間に言ったことと同じようなものだった。
ただ、少しだけそれに付記する話はあった。
蛍流池で殺された娘の名は、慧子(けいこ)と言い、悠斗(ゆうと)という恋人がいた。悠斗は忙しく、東京からいつものようにその日も、約束したのに戻ってこれなかった。蛍を見る、約束。毎年毎年すっぽかされて、それでも慧子は毎年待っていた。そう、その年も。
ならず者に会ったのは不幸としか言えない。だがどの伝手を辿っても、それ以降のことは三橋から聞いたとおりのことしか得られないのだ。
「遺体が見つからなかったってことは、その乱暴した人達も罪に問われていない可能性も高いですし、問われていたとしても減刑だと思うんです。事件が起きたのはちょうど15年前、もう時効になっているかもしれませんけど」
みなもがウーロン茶を飲みながら言うと、天禪は「いや」と首を横に振る。どこか余裕ありげに構えているように見えるのは、年の功だけではないだろう。
「慧子という娘の事件が起きた日は8月3日。時効までまだ数日ある。減刑だとすれば刑務所からはもう戻っているだろうからアシは簡単につく。まあ───焦らず、次の情報、セレスティが他に調べたその粉について聞きたいものだが」
天禪もそれなりに情報集めをしていたのだ、と二人は見つめていたが、セレスティはこくりと頷いて蛍流池でも出していたビニール袋を慎重にテーブルの上に置いた。
よく見ると、中には燐光を放つ粉が入っている。
「ここに来る時車を使ったのですが……折りよく、と言ったら失礼ですけれど───『現場』と遭遇したんです」
セレスティがここに来る途中に丁度、「例の事件」が発生した。警察を、と野次馬が騒ぐ間にセレスティはそれに紛れ、こっそりとその粉を丁重に拝借してきたのだという。
「その粉の量からすると、そんなに大きなものが『喰われた』わけではないだろう? 何だったんだ?」
天禪が尋ねると言い難そうに、
「まあ……食事中に言うのもなんですが、溝鼠とその子鼠、子鼠のほうを失礼ながら拝借してきたのですが」
気遣うように、セレスティはみなもを見やる。みなもは確かに少し顔を歪めはしたが、すぐに真剣な顔に戻って「続けてください」と頼もしく促した。
「幸いにして伝手がありましたので、科学的にこの粉を調べて頂いたのです。存在する筈の無いものなのかそれともありきたりなものなのか……結果は、後者、早く言えば蛍の光の『元』でした。蛍の光は蝶の鱗粉のようなものではなく、蛍の器官の一つが光っているようで、幼虫でも光ることはあるそうです。この粉はその器官が微塵になったという感じと思って頂ければ。
実際に手に取り、何かが読み取れるかどうかも調べたのですが……そちらのほうは、私の能力では不足だったようです」
セレスティの情報は、それまでのようだった。黙って緑茶を飲んでいた天禪が、口を開く。
「意外に単純な事件なのかもしれないな。飽くまで今までの情報を総合するとだが」
天禪の頭には、既に幾つかのパズルが形成されつつあるようだ。
そしてそれと似たような考えも、みなもとセレスティも推測していた。
「食事も終わりましたし」
と、みなもが伝票を取り上げて立ち上がる。す、とその伝票がセレスティの手の元に抜き取られる。
「……行きましょうか」
「若造に払ってもらうようでは俺の名が廃る。俺の分だけは別にしてくれ」
薄い笑みを見せる天禪に、みなもは「あたしも自分の分は」と言いかけるのを制すように、セレスティは「はい」と優雅に微笑んで見せた。
■蛍の墓園■
夜───22:00頃。
蛍流池に、ザッと三つの影が現れた。足取りはおろおろとどれもぎこちなく、池のすぐ傍まで来て、一人が自棄のように「周囲に言った」。
「誰だよ!? 今更俺達を呼び出して、あんな事件に関わったからって何の用だ!」
声は30代男性のものである。他二人も、月明かりに目が慣れてくると、あまり人相の良くない同じ年頃の男達だった。もう一人が、バサッと紙切れを捨てる。
「こんな……意味不明な紙、会社の新聞受けに入れるなんて、どんな神経だよ」
紙切れには、まるでよく見る脅迫状のように、新聞や雑誌のゴシック文字を切り抜いて丁寧に作られた文字が並んでいた。
『蛍流池へ、本日午後22:00に必ずコイ 15年前の8月3日のシンジツをシッテイル死者より』
「……はっ」
残る一人が、安堵したように煙草を取り出し火を点ける。
「ただの悪戯じゃねえの? ……帰ろうぜ、くだらねえ」
繁みで何か物音が微かにしたのを、三人は気付かない。繁みの中には、みなもとセレスティがいた。蛍の群生地で煙草を点けるなんて、と思わず動いてしまったみなもを、そっとセレスティが支えたのが幸いしたようで、気付かれない程度の音で済んだ。そう、その「紙切れ」を「仕組んだ」のはまったくみなもとセレスティ、天禪だったのだが。
「流石、卑怯者共は逃げの道を選ぶのが早い」
どこか威圧的な足取りで奥から単身現れたのは、天禪である。そのどこかから感じる圧迫に、三人は一瞬たじろいだ。
「てめえかっ……こんな訳のわからねえ紙切れ、うちの事務所に置いてったのは!?」
煙草を草叢に捨てて踏みつけ、一人が噛み付く。天禪は微かに口の端を上げただけだ。
「その紙切れ一つを気にして、指定してあった通りにくるのはそれなりに身に覚えのある証拠だろう」
三人は、うっと息を詰める。更に追い詰める、天禪。
「減刑で済んだのは幸いしたな? だが保釈されてからも詐欺紛いの事務所を設立して悪徳商法をするのはどうかね」
「どこまで知ってる」
ごくりと、三人のうち一人の手がポケットからナイフを取り出す。みなもはハッとしたが、天禪はさらりと尚挑発した。
「『どこまででも』、と答えたら気が済むか?」
「てめえっ!!」
ナイフを持って突進する、男。だが、そのナイフは不要だった。
天禪の身体を、どこから出現したのか、蛍の幼虫と酷似した、だがどこか不気味な蟲が無数に集まり、「食べていく」。驚愕したのは三人のほうだ。
「う、噂ってホントだったのかよ、この野郎いなくなれって確かにそんなふうなことは俺思ったけど、俺しらねえぞっ」
「俺らはマジしらねえんだ、慧子って女はマジで勝手に消えちまったんだよ、殺した後!!」
「に───逃げようぜ、」
腰を抜かしかけた三人のうち、その場から退散しようと走りかけた、それが長身の誰かにぶつかった。
「そうは行きませんよ」
美しい長髪を夜風に靡かせて、セレスティが立っていた。夜だから目こそ不自由にはややなってはいたが、能力を使う分には支障ない。池の近くを指定したのは正解だった。すっと手を上げただけで池の水があっという間に三人の顔から下だけを包み込み、がんじがらめにして動かないようにしてしまった。
残るみなもは。
「天禪さんっ!」
声を上げた彼女に、だが天禪は蟲の中から微かに「大丈夫だ」と言ったようだった。
ぱさり、
そしてそこに、天禪と同じ「大きさ」だけの量の粉が残される。
「どこに……? この世から、消えてしまったん、でしょうか……?」
みなもはだが、池の中に不思議なものを見た。
今「消滅」したばかりの天禪がいる。ちら、とみなものほうを見た。どうやら、みなもの声や顔はちゃんと「届いて」いるらしい。
セレスティも駆け寄った───その時。
ジャパッと音がして、池から───ひとりの、娘の形をした光が現れた。
<まっていたの……>
ぽつりと零したその言葉は、蛍流池全体に響き渡る。
「慧子さん、ですか……?」
セレスティのその問いに、光の娘はわずかに頷く。
<悠斗さんとの、いつもの約束……いつも破られる、約束……でも、それすらわたしには嬉しかった───だって、約束できるって、お互い愛し合えてる証だから、生きている証だから>
悠斗はいつも電話で平謝り。それを怒ったり、すねたり、あとで必ず笑ったり。そんな毎年の「恒例の約束」。悠斗は一度だけ、来てくれたことがある。二人ともまだ高校生の頃だ。
『慧子、ここは賑やかなうちはいいけど、約束した日以外には来ちゃ駄目だ。特に夜だし、悪いやつらに襲われたら大変だから』
それを、慧子が破ったのは───悠斗が過労で死んだ、という噂を友人から聞いたからだった。
ハッキリはしないが、確かに毎晩のように来ていた電話も来なくなった。そういえば蛍を見る約束も、忙しいから来れないほどだったのに。
どうして、気付いてあげられなかったのだろう。
慧子はたまらずに、悠斗と毎年約束していた、ここへ足を運んだ。
『悠斗さん───!』
どんなに叫んでも泣いても、悠斗は応えてくれない。そんな時、ならず者達───この三人に会い、殺される寸前、「こんな男達の手にかかるなら、自分なんかいらない、いっそ蛍になりたい」と願ったのだ。
いつも約束していた、この場所の蛍に。
悠斗との約束の地の、この場所の蛍に。
そして本当に慧子は消滅し、「池の中の蛍」になったのだ。
「……そういえば悠斗さんのほうは調べていませんでしたね……手落ちでした。彼は本当に死んでいるのですか?」
セレスティの声が少し悔しげに聞こえたのは、みなもと天禪の気のせいだろうか。
こたえたのは、みなもだった。
「セレスティ、さん」
振り向いた彼が見たのは、少し蒼褪めたようなみなもが池の中、天禪と向き合っている───白骨体だった。
慧子は、「それ」を知らなかったらしい。
<……悠斗さん───!>
ざばっと池の中に戻っていく、慧子。
思念が、池の中に「いる」天禪は勿論、蛍流池にいるみなもとセレスティ、15年前の犯人であるならず者三人にも「聴こえて」くる。
<どうして……? どうして、こんなところに? 悠斗さんは、過労でしんだんじゃなかったの?>
白骨体を抱きしめる、光の慧子。
途端、
パァッと辺りが明るくなった。
一瞬で小さな電灯が一気についたようだった。
───それは、何十匹何百匹という、蛍。
季節的に本物の蛍ではないだろう、けれど。
確かにそれは、まごうかたなき蛍だったのだ。
ポウ、とその中に一体の煙が立ち昇る。───次第にそれは、男性を象った。慧子が、そちらを見る。男性もまた、慧子を哀しそうに見つめていた。
<確かに、ぼくは死んでいた……。慧子、きみはぼくの家族からあまり好かれていなかったから……本当のことを教えてはもらえなかったんだね>
<悠斗、さん……?>
<ぼくは……あの年、約束した最期の年、急いでここにきて───足を滑らせて、池に落ちてそのまま……間抜けなぼくらしい死に方だろ?>
淋しそうに苦笑した悠斗を、だが、誰も笑おうとはしなかった。誰が笑えようか。この悲劇に、涙こそ出れど笑いなどもってのほかだ。
<ぼくは、沈みながら───死ぬのなら慧子と約束したこの蛍流池を護る力をもちたい、そう思った。約束の季節じゃなくても、いつでも約束した時期に慧子と蛍が見られるように、そんな力を持ちたいと思った。でもそんなの、かなわなかった>
死んで行く慧子を見ても、光となってさながら池の番人になってしまった慧子を見ることはできても、いくら叫んでも声が届かない。
「セレスティさん、池の中……」
みなもが第一に発見した。
天禪は元より、池の中に、恐らくは「食べられて」消えていった「物」や「動物」、「人間達」が次々に眠った姿で現れる。
そして、突如逆流した池の水と共に吐き出された。
「天禪さん、なんともないですか? 幾ら囮に自らなったとはいえ……心配しましたよ」
セレスティは、天禪の肩に触れ、なんともないかどうか能力で調べる。幸い、これといった異常はないようだった。他の者達はまだ、眠ったまま静かに横たわっている。
セレスティは気付き、自分のバッグの中から、そっと、ハンカチごしに、実験体となってくれた今はもう息衝いている子鼠を草叢に寝かせた。
「そんなにやわじゃないさ。それより───」
天禪は、みなもがじっと見つめている慧子と悠斗に目を注ぐ。セレスティの視線がその後を追った。
「人間には其々生まれつき、例え一生眠っているものでも『力』の強弱がある。慧子という娘のほうが強すぎて、伝い合えなかったのだろう」
「…………」
天禪の言葉に何か言いかけたみなもは、じっと果敢に恋人達を見つめる。
<わたしの思いが、生きていたときの最期の、いらないという思いが───蛍の霊を呼んで、生きているみんなに被害を与えたのね……>
<泣いてるのか、慧子>
ふっと、悠斗が光り輝く慧子の元へと移動する。
いとしむように、そっと抱き包む。
<なあ、慧子。蛍に息を吹きかけると、どうなるんだった?>
優しい優しい、悠斗の言葉。
こたえる慧子の声は、震えていた。
<光が、もっと強くなる───>
<……正解>
悠斗は笑ったようだった。
力強く慧子を抱きしめるようにした途端、慧子の身体が光を増した。
<長いこと、こんなところに独りにしてごめん。───一緒に逝こう>
<……どこに……?>
<ぼくの大好きな、星空に>
こくん、と慧子が頷いたようだった。
「「「!」」」
みなもとセレスティ、天禪は、あまりの光の強さに一瞬目を手でかばった。光が強すぎて、二人の区別がつかない。やがてそれは、流星のように空へと消えていった。
あとには、見送るようにゆらゆらと揺れる、無数の蛍が残された───。
■それは、偽りのない───■
改めて「ならず者」の三人を警察に突き出し、消滅して元に戻った者達のために、わざと「発見者」のようにみなもが近所の人間達を呼んで───事件は、解決した。
白骨体については、何故かそれも消滅しており、人々に真相が知られることはついになかった。
それが、みなもには些か引っかかるらしい。
帰り道、セレスティが乗ってきた車に乗せられながら、みなもは言った。
「真相、はっきりさせたかったです。でもあたし達が言うわけにはいかないし」
「証拠も何もないですしね」
「慧子が消したものか、悠斗が自ら慧子と一緒になりたいと消したものか……」
セレスティが言った後、こちらも共に乗っていた天禪がそう繋げ、それきり彼は目を閉じて黙り込んだ。
元々饒舌でない彼である。ひとり今回のことを反芻しているのかもしれなかった。
「蛍って、10日間なんですよね、成虫として生きられるの」
みなもが、ぽつりと言う。セレスティは相槌を打つ。
「その10日間のうちに、あのやわらかな灯火で必死に愛を唄っているのでしょうね」
愛を求め、愛を唄う。
その光に、なんの嘘偽りもない。
蛍を求めるものが、蛍になりたいとまで思う者の想いが、真実であるように。
それは、何者も妨げられない、ただひとつの真実。
生きているからこそ、約束が出来る。たとえそれが破られるものでも、それが結果ではないのだ。
本当に大事なのは、自分も生き、相手も生きているという「約束」という証。
それはまるで、蛍の愛の唄のように。
生きとし生けるものが、愛を求めずにいられない、───証。
───やくそくをしよう、ことしもまた
───うん、やくそく、しよう
───ぼくたちが、
───わたしたちが、いきているあかしの、やくそくを───
《完》
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生
1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
0284/荒祇・天禪/男性/980歳/財閥会長
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv
さて今回ですが、「約束」を主体にしたものにしてみました。生きているからこそできるもののひとつ、「約束」。生と死がどうとかではなく、ただ単に、「約束」のことを少し掘り下げて書いてみたかった、ということでこのようなものができあがったわけですが───皆様のプレイングがとてもうまくわたしの拙い筆を進ませてくださいまして、感謝しています。
因みに今回は、最初の辺りだけ個別気味になっていますので、他の参加者様のものも併せてご覧になると楽しいかもしれません。
■海原・みなも様:お久し振りのご参加、有難うございますv 今回は主に、「慧子と悠斗」の感情とかそのようなものの、物語的の「意思疎通係」になっていただきましたが、やはり前から思うに、わたしが書くみなもさんはどうも感情が前面に出てしまうようです; わたしとしては、こんなみなもさんが頭のイメージいっぱいなのですが……隠し能力を使わせて頂く予定が、結局使えなかったのだけが今回の悔やみです(苦笑)。
■セレスティ・カーニンガム様:連続のご参加、有難うございますv 思えば、セレスティさんの能力をこれだけ前面に(前線的に?)使わせて頂いたのは、初めてかもしれません。ただ、進行上とはいえ溝鼠の子を……というのはわたしもちょっと、と思ったのですが; お気に障りましたら申し訳ありません;
■荒祇・天禪様:初のご参加、有難うございますv 普段は饒舌でないお方、ということとプレイングとあわせたら、今回のような天禪さんが出来上がりましたが……わたしとしてはとても気に入っているのですが、如何でしたでしょうか。お酒も少し出したかったのですが、わたしがイメージした天禪さんの性格では、今回のような場合、例え帰りでも飲まないかな、と思ったので控えさせていただきました。個人的には、お酒も出したかったです……(笑)。
「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。
実を言うと、最後から二番目の章、「蛍の墓園」は最初、「園」がついてなかったのですが、「どこかで聞いたことがあるような……」と思い出して、慌てて「園」を懸命に思いついた次第です;
最近はとても暑く、この作品も熱中症の合間に書きましたが、少しずつ休みながら、頭がハッキリしている時に慎重に書きましたので、ご安心くださいませ。そして皆様も、くれぐれも熱中症にはお気をつけください;
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>
それでは☆
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