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■I’ll do anything■

九十九 一
【2975】【藤岡・敏郎】【月刊アトラス記者 キャプテンブレイブ】
 都内某所
 目に見える物が全てで、全てではない。
 東京という町にひっくるめた日常と不可思議。
 何事もない日常を送る者もいれば。
 幸せな日もある。
 もちろんそうでない日だって存在するだろう。
 目に見える出来事やそうでない物。

 全部ひっくるめて、この町は出来ている。


基本は臨機応変に


 キーボードをリズム良く鳴らしながら、調べてきた事をまとめて分類化していく。
 アトラスに藤岡敏郎が中途入社して暫く立ち大分慣れてきた頃でもある。
 人目には手帳や資料を見ながらキーを叩き、少し画面から目を離してから作業を再開すると言う単調な作業に視えたかも知れない。
 同じ事を繰り返し、ずっと画面を見続ける作業は疲れるとも言われるが敏郎にとっては体力的な特に疲労を感じるような事はなかった。
 それでも時折手を止める事になったのは他から声がかかったり何かして居たための事である。
 資料を頭のなかで整理し、頭のなかで文章として組み立て記事へと作り上げていく。
「お疲れさま」
「碇編集長」
 トンとデスクの空いたスペースに置かれたカップからは白い煙が立ち上り、何も入れないままのストレートの珈琲の薫りが漂ってきた。
「インスタントだけどね」
「そんな事ありません、いただきます」
 微笑み返してからちょうど良い熱さの珈琲で喉の渇きを潤す。
 意外に喉が渇いていたのだと気付いた敏郎に碇が何時もと変わらぬ口調で後を続ける。
「それ飲んでからで良いから、後で私のデスクに来てくれる」
「はい」
「いい返事ね」
 用件はそれだけであったらしく、背を向けると靴を慣らし自分の席に戻るなり仕事を再開させた。
 何の用事だったのか聞けば良かったと思ったが、珈琲を飲む間は休憩にしようと決めイスの背もたれに寄り掛かる。
 この仕事にも、編集部の賑やかさにも大分慣れてきた。
 一息つきながら思い出すのはここに来たばかりの頃。


 入社してすぐの頃は、会社によるやり方や手順の違いはあったが他社で広報を担当していた事もあり馴染むのにそう時間はかからなそうだった。
「何か解らない事があったら夜倉木君に聞いてね」
「藤岡敏郎です、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、じゃあ何から……」
 敏郎に説明しようとした夜倉木を制止しメモを渡す。
「さっそくで悪いけど、取材に行きながら教えてあげてくれる」
「……解りました」
 簡単な仕事からはいる編集部もあるが、アトラスでは体当たりで物事を教えようと言う事らしい。
 経験を積むと言う事なら、これも納得の出来る事だ。
「怪奇絡みか……大丈夫ですか」
「何かあったらすぐに逃げて頂戴ね」
 ニコリと微笑む麗香に頷き返す。
「はい、頑張らせていただきます」
 霊絡みとなると耐性がないために不安もあったが、ここは怪奇事件を取り扱うアトラス編集部だ。
 どうにかしろと言う事でないのならまだ対処出来るだろう。

 そして……。

 最近噂になっている心霊現象の起きるという団地の通路。
「何か質問は?」
「気を付ける事、とかは?」
「麗香……碇編集長の話は大げさなぐらいに聞いた方が良いですよ。後は三下の不幸に巻き込まれないように」
 薄暗い通路を敏郎はほんの一瞬振り返り、すぐに視線を元に戻す。
「大げさというと……」
「微笑みながら説明する言葉は録な事ではないって事ですよ、この場合は……何かあったらじゃなくて『何かあるから気を付けて』って事だったんでしょう」
「なるほど」
 納得したように頷きながらその事はしっかりと記憶に留めておく事にした。
 今は集中しなければならない、走る事に。
「夜倉木さんは知ってたんですか」
「薄々は……」
 背後から悲鳴のような金切り声を上げ続けながらおってくるのは下半身の無い、手だけで走る老婆。
 あちらもなかなか早いが、敏郎等も暗い通路で不安定な足場にもかかわらずまったく躊躇の無い動作で、陸上選手なみの早さで走り続けている。
 能力は隠したくどうしようかと思ったのだが……僅かに迷った間に腕を引っ張られて走る事になった。
「いま言うのもどうかという気はするんですが。あの……逃げて良いんですか?」
「様子見だから良いんですよ、それにいると解ったんですから。後は得意な面々に任せればその分レポートが増えます」
「なるほど、アトラスでは他の方にも色々と手伝ってもらっているという話は聞きましたし、それなら色々広がって便利ですね」
「同時に顔も広がりますから」
「それは良い事ですね、緊張しないで頼めると良いんですけど」
 苦笑してから、通路の角に来た所でほとんど減速しないまま角を曲がり、反動で浮かびそうになる体のバランスを取る。
「……何処に向かってるんですか?」
 階段は過ぎてしまった。
 このまま真っ直ぐ走ってしまったら降りる事は出来なくなる。
 その一瞬の思考の間に階段は過ぎてしまった。
 何か考えがあるだろう事に気付き、どうするだろうかを考え、その答えに気付く。
「ここ、2階でしたよね」
 真正面にある窓。
 目指しているのは恐らくそこだ。
 車を止めた位置に最も近い方向なのだか階段を降りるよりも早い。
「勘がいいですね」
「え?」
「暴れなければ何とかします」
 帰ってきたのは実に単純な答え。
 普通の選択肢として取り得ない行動だが、どうやら決定らしい。
 夜倉木が窓にひびを入れ安くするべく手近のコンクリを拾い投げつける瞬間。
 敏郎も同じように近くにあったかけらを拾い背後を追ってくる老婆に投げささやかだが足止めをしておく。
 その行動だけで大体事足りた。
 窓から飛び出し、何とか無事着地。
「ご苦労様でした」
「はい……」
 話すのも程々にして、早々に車に乗り込み発進させる。
「後は報告すれば終わりです」
「こちらこそ……ありがとうございました」
 ハードな一日だったと息を付くが……ほとんど憑かれていないのは言わなくても良い事だろう。



 少し前の事だが、あれがアトラスに入社してから始めて関わった怪奇事件だ。
 あの時の事は普通に報告して、それで終わり得に何が変わったと言う事も無い。
 飲み終えた珈琲を置いてから椅子から立ち上がり言われた通り麗香のデスクへと向かう。
「ごちそうさまでした、編集長」
「もう仕事には慣れた?」
「はい、おかげさまで」
「それは良かったわ」
 ニコリと微笑む麗香に、ほんの少したじろぐ。
 あの後も何度も怪奇事件に関わって、その時には見せる笑顔と同じような笑顔だったからである。
 どうやら真面目だから気に入られたらしいとは、誰かから聞いた言葉だ。
 今度は何を言われるのかと内心ヒヤヒヤしていたが……。
「記者専門としてやって行けそう?」
「はい?」
 疑問めいた言葉は不安からではなく、予想しなかった事であっただけに十分にその意図をくみ取れなかったと言うだけの事だ。
 聞き返されるのを前提としていたかのような口調で後を続ける。
「これからは草間興信所や、警視庁超常現象対策本部を専門的に回って記事を書いて貰う事になるけど大丈夫?」
「は、はいっ」
 今度こそはっきりとうなずく。
 これまでは仕事になれるのと同時に、何処の配置が適任かを見極めるための期間だったのだろう。
 霊現象に耐性のない身としては、廃墟に直接取材を行くよりはこの方がずっと適任だ。
「前に広報の仕事をやってたみたいだし、藤岡君なりに面白い記事を書いてくれるのならやり方は任せるわ」
 仕事内容は話を聞き出し、独自の視点で記事として作りあげまとめる事。
 十分に得意分野だ。
 麗香の言い方ではかなりアバウトな説明だが、そこに含められた意図は好きにやってもいいがクオリティの高い物を要求されていると言う事だろう。
「少し気が弱そうなのが心配だけど、大丈夫よね」
「はい、頑張らせていだたきます」
 やりがいのある仕事だと敏郎は頷いた。
「じゃあさっそくで悪いけど今から警視庁の方に行って頂戴、最近何かあるみたいだからよろしくね」
「今からですか!?」
「そうよ、3時からだから急いでね」
 急がないと間に合わない、そんな時間。
「は、はいっ」
 驚く敏郎に返されたのはいつもの微笑み。
「早くなれて頂戴ね。基本は臨機応変に、行動は記事になる事をよ」
「……はい!」
 鞄を手に取り、取材に向かう。
 これがアトラスでの新人記者の仕事だった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2975/藤岡・敏郎/男性/24歳/月刊アトラス記者】


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■         ライター通信          ■
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依頼ありがとうございました。

こういう事になりましたが、
楽しんでいただけたら幸いです。