■夏風邪は…■
山崎あすな |
【1431】【如月・縁樹】【旅人】 |
「おはようございます」
いつものように元気良く、開店前の店に入ってきた永久の姿を確認して、軽く手を上げると作業に戻る。
どうしてだろうか。
いつもよりも、永久の声が頭に響いてズキズキとする。
「……兄さん? どうか、したの?」
いつもと様子の違うファーを不信に思ったのか、永久が覗き込むようにファーを見た。
「いや、どこか、頭が重くて……」
「え? 頭が? 風邪とか?」
「……風邪?」
否定の言葉ではなく、返ってきたのは疑問の一言。
「風邪、引いたことない?」
「それはなんだ?」
たまに、思うのだが。
今まで彼は、一体どんな生活をしてきたのかと。
人じゃないことはわかっているし、異世界から来たということも聞いた。
けれどとくに、気にしないですごしてきたが、こういうときに気になって仕方がなくなる。
「……頭痛くなったり、喉痛くなったり、熱が出たりして、身体がだるくなること。今、そういう状況じゃない?」
ファーは目を丸くして。
「どうして、わかったんだ?」
「間違いなく風邪っ! いいから、休んでっ! お願いだからっ!」
風邪を引いたままのファーが、店にいるわけには行かない。
とにかく、開店の準備は全部すんでいるようだから、後は自分が何とかしよう。
けれど、ファーの看病もしたい。
額に手を当ててみれば、熱も結構あるようだし、大体足元がおぼつかない。
寝ていれば治るのかもしれないが、栄養のあるものを食べさせたいし、薬も飲ませなければ――
一人じゃ、できっこない。
無理だ。
タイミングよく、誰か、兄を頼めそうな人か、店の手伝いをできる人が来てくれればいいのだが。
「……世の中、そんなにうまくできないわよね。うん」
とにかくファーを中に自宅として使っている部屋に押し込んで、永久はエプロンをつけた。
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【 夏風邪は… - 何ができるかな - 】
開店まで、本当に少しの時間しかない。
結局何の解決策も見つからないまま、ファーを部屋に押しこんで準備を進める永久。
「……永久、大丈夫か?」
寝室に押し込んだというのに、こうもちょくちょく顔を出されては意味がない。そんなに頼りないのだろうか。自分は。
永久は膨れた顔一つ、「いいから、寝てて!」と部屋へ押し返すこと――数回目。何度この会話を繰り返せばいいのだろうかと、義理の兄の心配性に頭を抱える。
「兄さん……ファー兄さん」
「ん?」
テーブルを拭きながら名を呼ぶと、すぐに答える。ということは、また布団から出てきてしまっているということ。ため息ばかりが漏れるが、伝えたいことは言おう。
「そんなに私、頼りない?」
「……そんなことはない。せっかくの夏休みなのに、悪いと思っている」
風邪とやらを引いてしまった自分のふがいなさと、永久に対する謝罪の念が心配性を巻き起こしているとでも言うのだろうか。
「お前の負担になってしまう……だろう」
「そう思うんだったら、負担を少しでも減らすために、兄さんは寝てて! いいっ?」
「……あ、ああ……」
そうやって布団からしょっちゅう出てこられたら、余計に不安になるし、治りも遅くなってしまう。だったら、寝ててもらったほうがいい。
「……すまない、永久」
「そういうときは、謝るんじゃなくて……」
テーブルを拭き終えて振り返り、ファーを見つめながら言葉を投げかけようと思ったそのとき。
からん、からん、からん。
『ありがとう、だろうがっ!』
罵声が飛んだ。
「こ、こら、ノイ!」
思わず目を点にして、目を丸くする二人に、来訪者がバツの悪そうな苦笑を浮かべて頭を下げる。
「おはようございます、お二人とも。立ち聞きするつもりじゃなかったんですけど、ちょうど通りかかったら、深刻そうだったので……」
「縁樹……ノイ」
『ファー、てめぇ、まだすぐ謝る癖治ってないのかよ! 風邪引いてっときは、弱気になるんだから、ちっと休めばいいんだよ!』
アッシュグレイの髪が印象的な、心優しい女性と、その肩に乗って叱咤してくる小さな存在。
もう見慣れたはずなのに、あらためて見るとほっとする感覚を覚える。こんなにも、穏やかな感覚を送ってくれるのは、二人だけだ。
だから、だろうか。
「……縁樹、ノイ……永久を、助けてやってくれないか……」
緊張の糸を張り巡らせて、気力だけで立っていたファーは、その場に力なく座りこんでしまうのだった。
「兄さんっ!」
「ファーさん!」
駆け寄ったのはほぼ同時。その身体を支えたのが、少々縁樹が早かったか。
肩にファーの腕を担ぐと、体重を支えながら立ち上がる。
「大丈夫ですか? ファーさん」
「あ……ああ。気が、ゆるんだ……みたいだ」
ファーが苦笑をしながら告げると、どこかほっとしたようにやわらかい微笑みを見せる縁樹。
「ノイの言うとおり、休んでください。永久さんに、余計な心配もかけてしまいますよ」
「……そう、だな……」
ファーは縁樹に身を任せると、何とか自分の足を運ばせながら寝室に入っていく。そんな二人の背中を見て、永久の表情がほんの少し揺らいだことを、ノイは見逃さなかった。
『永久?』
「え? あ、なに? ノイ?」
『いや、別に、なんか今、表情暗くなったかな、って思っただけだけど……』
「そ、そんなことないよ! それよりノイ、二人の邪魔しちゃ悪いから、今日は一日私と一緒ね」
『はぁっ?』
「せっかくだから、二人きりにさせてあげよう。ね?」
『ね、って言われてもなぁ……』
ノイの不満いっぱいの表情に噴出しそうになりながらも、縁樹がファーを支えに行った際に床に下りていたノイを持ち上げ、前で縛っていたエプロンの紐に押し込んだ。
『ちょ、ちょちょちょちょ……っと待てぇっ! 永久っ! 離せってっ!』
「だーめ。ノイは今日一日、私のお手伝い」
『これじゃ、手伝いもなにもねぇだろうがぁぁぁっ!』
ノイが当り散らしている間にも、店は開店時間を迎え、紅茶館「浅葱」のにぎやかな一日が幕を開けようとしている。
◇ ◇ ◇
「それにしても、どこかでもらった覚えってありますか?」
「いや……それが、風邪がなんなのかさえ、良くわからない……」
ファーを寝室のベッドに押し込んでから。
自宅用にと用意された、紅茶館「浅葱」の奥の部屋に入ったのは、縁樹も初めてだった。まず目に入るのはベッドとタンス。そのほかに、テレビがメタルラックの上に乗せられて、その前に、新聞が乗っかったガラスのテーブルがあった。
他には何もない。寝室ように、本当にワンルーム用意されているだけなのだろう。本来ならば、休憩室として使われるのが正しいのかもしれない。
「えっと……キッチンは、どこを使ってますか?」
「店の……」
ごほ、ごほ。
何度か咳き込みながら、店の方を指差すファー。
「トイレも?」
「……ああ」
前に、店が家だという話を聞いたことがあったが、まさかここまで店と自宅が一体化しているとは思ってもいなかった。
必要最低限のものしかおいていない殺風景な部屋も、店と一体化している自宅も、ファーらしいと言えばそれで終わってしまう。
「永久さんのおうちで暮らそうとは、思わなかったんですか?」
「……そこまで、迷惑をかけるわけには……」
思っていた通りの答えが返ってきて、縁樹が笑い出した。
「縁樹……?」
「いえ、ファーさんらしいと思ったんです。笑ったりしてごめんなさい。あまりに、思っていた通りの返事だったから……」
言おうとしていたことが先読みされてしまうとは。そんなに、単純なんだろうか。自分は。
「それじゃ、お店のキッチンかりてお粥作ってきますから、待っててくださいね」
「……あ……縁樹」
ファーは、背を向けて行ってしまおうとした縁樹の右手を掴んで、その動きを止めた。
「……ファーさん?」
「あ、いや……なんでも、ない……」
けれどすぐにその手を離し、不思議そうに首をかしげる縁樹から、逃げるように布団の中にもぐりこんだ。
どうして、そんなことを……?
「ファーさん?」
「本当に、なんでも……ない」
「それじゃ、お粥、作りに行ってきますね」
「……ああ」
自分でもわけがわからなかった。
行ってしまいそうになった縁樹を引き止めて、一体何をしたかったのか。
――いや、何となく、わかる。
「……寂しい……と、思ったのか……?」
自問するつぶやきに答える自答はない。
ただひたすら、ぐるぐる回る思考の中で、考えられる全てを上げてみるが、結局
「よく……わからない」
どうして縁樹を引き止めたのか。
自分のために粥を作ってくれると言った縁樹なのに、どこかへ行ってしまうとでも思ったのだろうか。
なんだ。
なんなんだ――この胸のもやもやは。
「粥なんかいいから……そばにいてほしいと、思った……」
それに間違いはない。
けれどファーにはわからない。
沸き起こる気持ちの名前さえも、過去と一緒に捨て去ってしまったから。
◇ ◇ ◇
店のキッチンに入って、粥を作り終えた辺りでやっと縁樹が気がつく。
「あれ? ノイ?」
いつも肩に乗っているはずの相棒の姿が見えないのだ。確かに、店に入ったときにはあれだけ罵声を上げていたし、ファーを支えに行ったときだって確かに肩に……。
「あ! まさか、あのときファーさんを肩に担いで、それで潰しちゃったんじゃ……」
『そんなわけ、あるはずないでしょ』
トレイいっぱいに洗物を運んできた永久から、ノイの声が響いた。
「え? ノイ? どこ?」
『ここだよ、ここ』
ずいぶん低い位置から声が聞こえている気がする。そう、ちょうど永久の腰辺りから。永久が動きを止めることはなかったので、まじまじと見れたわけではないが、前で結ばれているエプロンの紐に、一緒に縛られていたような気がした。
「兄さん、どうですか?」
「うん、今、横になってます。ノイの背中から薬取らせてもらってもいいですか? 多分まだ残ってると思うから……」
「あ、はい」
永久がノイを引っこ抜いて手渡すと、縁樹は背中のチャックを開けてノイの中を探る。
「あ、あった!」
いつもの癖だろうか。そのままノイを肩の上に乗せて、お粥の乗せたトレイに薬を置いて、水も置いて、歩き出そうとする。
が。
「ノイはこっち」
居心地のよい縁樹の肩の上から、一気に地獄へ連れて行かれる。
『と、永久ぁっ!』
「縁樹さん、ノイにこっちの手伝いしてもらってもいいですか?」
「あ、はい。かまいませんよ。ノイ、お店のほうよろしくね」
『えーんーじゅゅゅゅっ!』
助けを求めるように手を伸ばすが、すっかり背中を向けて寝室のほうへ行ってしまった縁樹には、そんなノイの言葉は届かない。
『おい、永久! なんであんなこと……』
文句を言おうと思って、見上げた永久の表情に浮かんでいたもの。
『……と、永久……?』
「私ね、縁樹さんみたいになりたい」
『は? なんで、突然?』
「兄さん、家族の私よりも縁樹さんのほうを頼りにしてるでしょ? ちょっと、悔しいなって思ったの。だから」
『……永久……』
ははは……と、苦笑を浮かべる永久の表情が、どこか泣いているように感じたのは、ノイの気のせいだったのだろうか。
兄が妹である自分よりも、頼りにしている――女性。
ノイは思う。
ファーにとって縁樹が特別なのは、本当に、仕方がないことで。そのとき、永久とファーはまだ出会っていなくて。もし、「あのとき」、ファーを助けたのが縁樹じゃなくて、永久だったのなら。
あの位置は永久のものだった。
けれど、現実でその位置にいるのは縁樹。何よりも、誰よりも――ファーが大切だと思っているのは、「仕方がない」ことなのだ。
『永久はさ、永久のやり方で、ファーの助けになってるんだと思う』
「え?」
『だってな。ボクとか縁樹とかが出会ったファーって、本当に何も話さなくて、自分で抱えてばっかりで、誰かに頼ろうとすることなんて知らなくて、謝ってばっかりで……。でも、いい奴なんだよ』
「……う、ん」
『そんなファーが少しずつ変わって、今みたいなやわらかい表情とか見せるようになったのって、永久のおかげなんじゃないかな? ボクとか縁樹とかじゃ与えられないものを、永久はファーにあげてると、ボクは思う』
「……そうなの、かな?」
『アイツにとって縁樹が大事なのはしょうがない。ボクだって、ファーの中じゃ縁樹の大きさに勝てないし。でも、そういうのとは別のところで、永久を必要としているファーが、絶対にいると思う。でなきゃ、大事な店、こうやって任せようと思わないでしょ』
「でも兄さんは、ノイと縁樹さんに、店を頼むって……」
『そうじゃない。ファーは、永久を助けてやってくれって言った。店じゃなくて、永久を、ね』
そう、だった――だろうか。
記憶をの糸を手繰り寄せて、なんとか思い出そうとするがなかなか雲隠れしてしまって出てこない、ファーの言葉。
そのときは、自分よりも縁樹を必要としているファーの態度が、悔しくて、悔しくて仕方がなくて。
『怪我でもしたら大変だからって、ぼそっと言ってたぜ。ファーの奴』
「え……」
『どういう経緯でファーとお前が兄妹になったのか知らないけど、ファーにとっては大事な妹なんだろ? そんなこと言うってことは』
そのとき浮かべていたノイの笑顔は、どこか得意げだった。
◇ ◇ ◇
「お粥も食べて、薬も飲みましたし、後はゆっくり休むだけですね」
「……そうすれば、治るのか?」
「はい。病は気からという言葉もあるぐらいですし、後は気持ち次第です」
濡れたタオルを額に置かれ、ほてっている全身とは違い、そこだけに心地よさを感じる。思わず目を閉じた。
「あ、寝ますか? それじゃ僕、どきますね……」
イスをベッドの横につけて、ずっと付きっ切りになっていたのだが、眠ってしまうのだったら邪魔になるだろう。
縁樹はそんなことを思い、イスから立ち上がった――が。
「え……」
突然、思ってもいなかった強い力に引かれて、バランスを崩してしまう。そのまま、ベッドに座り込む形になってしまった。
慌ててベッドから立ち上がろうとするが、それを許さない力強い手。
「……そこに、いてくれ……」
「ファー、さん?」
「……甘えているのはわかる。迷惑だってわかってる。でも……そばに、いてくれないか……」
そう言えばさっき、ノイが言っていた。
――風邪引いてっときは、弱気になるんだから、ちっと休めばいいんだよ!――
そう。ファーはきっと、弱気になっているんだ。だから、誰かにそばにいてほしいんだ。
「……今だけでいい……から」
薬が効いてきたのだろうか、目が半分も開いていない。それでも、縁樹の腕を掴む力は衰えない。
「……大丈夫です。どこにも行きません。ここにいます」
縁樹はそっと、ファーの髪を撫でながら伝える。すると、ファーは安心したようにまぶたを全部下ろすと、つかんでいた手の力も抜けた。
「ファーさん……?」
どうやら、眠ってしまったようだ。
もともと薬なんか飲んだことのなさそうなファーだし、渡したのは強い薬だった。眠くなってしまうのも当たり前だ。
「すごい……必死だった……」
甘えだとわかっても、縁樹にとって迷惑だと感じていても、ファーは懇願することを止めなかった。
それだけ必死になって自分を引き止めたファー。
ただ事じゃない――気がする。
「僕はファーさんに、何をしてあげらるのだろう?」
そばにいてほしいと言われて、そばにいることはできる。
たまにお店に顔を出して、他愛のない会話をして。それを嬉しいと言ってもらえる。
でも今日だって、突然倒れたのだから、たまたまとおりかからなければ、助けることはできなかった。
そんな……ファーにとっては、中途半端に会える存在でしかないのに、神出鬼没で、しっかりと頼りにすることなんかできないはずなのに。
寄りかかってくれる。
こんなにも弱い彼を、見せてくれる。
「……ファーさんのために、何を……?」
一緒にいるだけで、話をするだけで。結局のところ、彼に何をしてあげられるのだろうか。
何かしたい。
ファーのために。こんなに頼りにしてくれているファーのために、何かしたい。
「……あ、これ……」
ふと、沸き起こる、一瞬の熱。けれどそれはすぐに冷めて、冷静さを取り戻す。
けれどどこか、頬にほてりだけは残して。
「なんだろう、前にも……こんなことが――」
そうだ。
自分は知っている。
前にも、同じように思ったときがあった。
強く、誰かの力になりたいと思ったこと。一人の人に対して、何をしてあげられるのだろうかと悩んだあのとき。
名前の知らない感情が沸き起こった。
そして、こう言われた。
――好きなのね、彼が――
「……好……き?」
言葉は知っている。好きという感情がどういうものなのか、頭ではわかっている。知識としては入っている。
けれど、自分がそんな感情を抱えたことがない。自分にはよくわからない。気づくことができない。探し出すことができない。
抱きかかえることができない。
「なんだろう……なんか、くすぐったくて、苦しくて、でも……優しくて……」
これが、好きという感情なのか。
そりゃそうだ。ファーのことは好きだ。大好きだ。でもそれは、永久やノイや他の人を好きというのと同じで、自分にとって、大切な人だから「好き」で。
「……でもどうしてだろう……」
どこか、違うような気がする。
縁樹は眠ってしまったファーを覗き込み、「……ファーさんは、知ってますか?」と声をかける。返事はない。当たり前だ。
でも、返事があっては困る。
教えてもらうべき感情じゃない。これは――
「……自分で見つけなきゃ、だめですよね」
探し出すべき、感情なのだから。
◇ ◇ ◇
「縁樹さん? お店そろそろ終わるんですけど、どうですか?」
「あ、永久さん。お疲れ様です」
結局、あのままずっとベッドに座って、ファーのそばにいた縁樹がやっと見た時計は、そろそろ閉店時間を示していた。
「あとのことは、私が見ます。本当に、今日一日ありがとうございました」
永久は縁樹に大して深々と頭を下げると、ノイを腰から抜いて縁樹の肩の上に乗せた。
「ノイも、一日付き合ってくれてありがとう」
『……別に』
そっぽを向いてそんな一言。照れてくれているのだろうか。
微笑みながらそんなノイを見つけて、永久は縁樹と視線を合わせると、二人して笑い始めた。
『な、なんだよ、二人して!』
「素直じゃないなぁ、ノイは」
『何がっ!』
ずっと腰のところでつかまっていたんだし、機嫌が悪くなって当たり前だというのに、ありがとうといわれて悪い気がしなかった。
それどころか、嬉しかったのだ。
ファーの口からだったら中々聞くことができない「ありがとう」の言葉も、永久は素直に伝えてくれる。
「とにかく本当に、お二人ともお世話になりました」
もう一度大きく頭を下げた永久に「いいんです。好きでお手伝いさせてもらったんですから」と声をかけて、縁樹とノイは店を後にした。
店からでて、もう沈もうとしている夕陽に目を向けたとき。
『ねえ、縁樹』
ノイが突然声をかけてきた。
「ん? なに?」
『さっきからずっと、頬真っ赤なんだけど、風邪、まさかうつされてないよね?』
「えっ! 顔まっかっ! か、風邪じゃないよ! 風邪じゃ!」
ぶんぶんかぶりを振って、大きく否定を表わす。
『じゃ、なんで?』
「それは……」
どうしてだろう。
「よく、わからない」
苦笑しながらノイに答えると、ノイは呆れたように返してくる。
『なんで人の気持ちって、こんなに小難しいんだろうね』
「ノイ?」
『もっとさ。簡単に考えちゃえば、なんだってシンプルにことが運ぶんじゃないかと、ボクは思う』
「……そうかな?」
『そ。だから、ね、縁樹も。もうちょっとシンプルに……って、縁樹?』
「そうか……シンプルに、かぁ……」
適切な言葉をくれる相棒に感謝の意を表しながら、縁樹はそっと心の中でつぶやいた。
少しずつだけど、探し出せればいい。
うん。それでいいんだ。
◇ ◇ ◇
数日後。
『ファーっ! てめぇっ! ちょっと面かせぇっ!』
「……ノイ?」
『てめぇのせいで縁樹まで風邪引いて倒れてんだよ! 看病しやがれっ!』
「な……」
『家の場所はわかるだろう! 早く行けってのっ!』
「わかった。すまない、俺のせいで縁樹に風邪を……」
『いーから! あやまるなっ! そういうときは、教えてくれて……』
「ありがとう」
素直に言葉が返ってきて、目が点になるノイ。
「永久、店、頼んでもいいか?」
「もちろん! ノイも一緒だから大丈夫だよ」
「そうか……じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃーい」
いいながら、すかさずノイを掴んだ永久は、エプロンの紐に押し込んだ。
『どわっ! 永久! またお前はっ!』
「いいじゃない。手伝ってよ。私のこと」
『……べ、別に、いいけどよ……』
「ところでノイ。どうやって一人で来たの?」
『……ま、いろいろ。縁樹への愛の力でってことに、しておこうかな』
「なにそれ」
そんな風に笑いあいながら。
今日も紅茶館「浅葱」の一日が始まろうとしていた。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖如月・縁樹‖整理番号:1431 │ 性別:女性 │ 年齢:19歳 │ 職業:旅人
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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この度は、夏季限定ゲームノベル「夏風邪は…」に参加してくださって、ありが
とうございます!縁樹さん、ノイさん。残暑お見舞い申しあげます。いつもお二
人の姿を描けて、嬉しいです〜。
関係の進展OK!が出たということで、シチュエーションノベルを参考にさせて
いただき、ちょっとずつ「気づこうとしている」縁樹さんの姿を描きました。ま
だ、気づきはしないけれど、近づこうとしている場面なのですが、こんな感じの
進展でよかったでしょうか(苦笑)ファーのほうはまだまだ、めっきりダメだと
いう感じですが、行動で少々現れてきているような気がします(笑)
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、お目にかかれることを願っております。
お気軽に、紅茶館「浅葱」へいらっしゃってください♪
山崎あすな 拝
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