■ファイル1-心を盗られた人。■
朱園ハルヒ |
【3480】【栄神・万輝】【電脳神候補者】 |
「変死体…?」
「いや、実際には、違う。生きているが、動かない…と言えばいいのかな」
デスクを挟み、奥には槻哉。その前には早畝とナガレ。そして斎月が珍しく顔を出している、司令室。
一つの事件の内容が記されたファイルを手に、槻哉がその二人へと、状況説明をしている所だ。
「…なんだそりゃ。病気じゃねーの?」
「病気の類であれば、僕のところにこんな書類なんて回ってこないよ、斎月」
斎月のやる気の無い言葉に、槻哉は軽く溜息を吐きながら、書類の内容を二人に見せるかのように、デスクの上にそのファイルを置いた。
クリップで止められた、白い紙と、数枚の写真。その写真には、『死体』とも呼べる、生気の無い人間が映し出されていた。
「被害者だよ。どれも同じような状態だろう」
早畝が写真を食い入るように覗き込んでいると、槻哉が補足するかのように言葉を投げかける。
「ふーん…確かに事件の臭いだな。…っていうか、先に写真見せてから説明始めろよ、槻哉」
斎月は写真を一枚手にしながら、そう毒づく。付き合いは長くも、二人はあまり、仲がいいという訳ではない。
「なんか、人間業じゃないよなぁ…変な気配感じるし」
そう、口を開いたのは、早畝の肩に乗っているナガレだ。動物的な勘が働いたのか、写真に顔を近づけて、くんくん、と臭いを嗅いでいる。
「ナガレならそう言うと思ったよ。だから君も呼んだんだ。もうこれで…5人目。警察側の特捜部も、お手上げ状態らしくてね」
手に書類を戻し、槻哉はそう言う。その言葉に何より反応したのは、早畝であった。
「…じゃぁ、俺たちが解決すればいい話だよな。あいつらには、負けない」
警察組織自体を信用してない、早畝の心からの言葉。それを槻哉も斎月も、そしてナガレも、何も言わずながらも、その胸のうちに何かを感じ取りながら。
「……とにかくだ。此処に流れてきたからには、君たちの出番だ。よろしく頼むよ」
パシン、と再び書類をデスクの上に軽く叩きつけるかのように置きながら、槻哉はそう言い立ち上がる。すると早畝も斎月もそれに習うかのように、姿勢を正して見せるのだった。
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ファイル1-心を盗られた人。
「変死体…?」
「いや、実際には、違う。生きているが、動かない…と言えばいいのかな」
デスクを挟み、奥には槻哉。その前には早畝とナガレ。そして斎月が珍しく顔を出している、司令室。
一つの事件の内容が記されたファイルを手に、槻哉がその二人へと、状況説明をしている所だ。
「…なんだそりゃ。病気じゃねーの?」
「病気の類であれば、僕のところにこんな書類なんて回ってこないよ、斎月」
斎月のやる気の無い言葉に、槻哉は軽く溜息を吐きながら、書類の内容を二人に見せるかのように、デスクの上にそのファイルを置いた。
クリップで止められた、白い紙と、数枚の写真。その写真には、『死体』とも呼べる、生気の無い人間が映し出されていた。
「被害者だよ。どれも同じような状態だろう」
早畝が写真を食い入るように覗き込んでいると、槻哉が補足するかのように言葉を投げかける。
「ふーん…確かに事件の臭いだな。…っていうか、先に写真見せてから説明始めろよ、槻哉」
斎月は写真を一枚手にしながら、そう毒づく。付き合いは長くも、二人はあまり、仲がいいという訳ではない。
「なんか、人間業じゃないよなぁ…変な気配感じるし」
そう、口を開いたのは、早畝の肩に乗っているナガレだ。動物的な勘が働いたのか、写真に顔を近づけて、くんくん、と臭いを嗅いでいる。
「ナガレならそう言うと思ったよ。だから君も呼んだんだ。もうこれで…五人目。警察側の特捜部も、お手上げ状態らしくてね」
手に書類を戻し、槻哉はそう言う。その言葉に何より反応したのは、早畝であった。
「…じゃぁ、俺たちが解決すればいい話だよな。あいつらには、負けない」
警察組織自体を信用してない、早畝の心からの言葉。それを槻哉も斎月も、そしてナガレも、何も言わずながらも、その胸のうちに何かを感じ取りながら。
「……とにかくだ。此処に流れてきたからには、君たちの出番だ。よろしく頼むよ」
パシン、と再び書類をデスクの上に軽く叩きつけるかのように置きながら、槻哉はそう言い立ち上がる。すると早畝も斎月もそれに習うかのように、姿勢を正して見せるのだった。
「ママ様に着せてもらったの。ねぇ万輝(かずき)ちゃん、似合う?」
そう言いながら、はしゃぐ彼女の姿を見失ったのは、つい十分ほど前。この人ごみと喧騒の中では、彼の普段の感覚も、鈍ってしまう。
夏のこの時期…盆の前後は、正直言って彼にとっては苦手だった。余計な雑音が増え、どんなに研ぎ澄まそうと思っても、持ち合わせている感覚が、じわじわと削り取られてしまうからだ。
「…………」
溢れるように脳裏に響く、音。その不快な響きに眉根を寄せる。
そしてその音に紛れ込んで聞こえてくるのは、小さな声だった。
『遊ぼう…あそんで…?』
道を進むたびに、まとわり着いて来るそんな、声。何処を見回しても見つからない、自分の大切な少女。
苛立ちが徐々に強くなっていく。目の前に広がる賑やかな景色さえ、鬱陶しくてならない。
「…これだから…」
それ以上の言葉を、音にする事でさえ、苛立ちの原因になりそうで。彼は口を閉じた。
――無神経な輩は嫌いだ。人の心に、土足で入り込んでくるから。
心の中でそんな言葉を浮かべながら、彼は道を進んだ。少女の姿を、追い求めて。
納涼会が行われている神社から続く、長い通り。
そんな中でも、早畝は現在、調査中のはずなのだが。
片手には、しっかりりんご飴が握られている。そのりんごに被りつきながら、人ごみを上手く掻き分けて、もう片方の手の中にある自分用に纏めた事件のメモ帳に目を通していた。
「…まいったなぁ…この人ごみじゃ…此処が犯行現場でも、見つけられるかどうか…」
そんな言葉とは裏腹の、早畝。実は今のりんご飴が初めてではなく。露店が立ち並ぶ通りに出くわした彼は、あっさりと誘惑に負け、目に付いたチョコバナナやたこ焼きに手をつけ、そして現在に至っているわけなのだ。
「……警察の人?」
「え?」
早畝がメモに気を取られている間に、いつの間にか目の前に人影が出来ていた。
声をかけられ、初めてその存在に気がつく。
見れば、早畝とさほど年齢が変わらない様に見える、少年である。
「あー…。ごめん、俺、警察とは別口の人間で…」
「…そう」
線の細い少年は早畝の言葉に少しだけ表情をゆがませて、視線を逸らした。
その表情が気になった早畝は、立ち去ろうとした少年を、メモを持った手で、止める。
「ごめん、警察じゃないけど、何かあったんなら、聞いても良いかな。俺今、ちょっとした事件の調査中なんだ」
「…………」
動きを止められた少年は、早畝の真剣な物言いを聞きながらも、反対の手に持っているりんご飴に視線をやり、何とも言いがたい表情をしてみせる。
誠意が感じられない事請け合いな、今の早畝の姿。
「あっ、…えっとこれは……へへっ」
早畝もその視線に気がつき、バツが悪そうに、苦笑いをする。すると少年は眉根を寄せて、呆れかえった様な顔になっていった。
「……、連れと逸れてしまっただけなんだけど…」
「あ、そうか…。…うん、この人ごみじゃ、逸れたら見つけにくいよな…」
少年の言葉に、早畝は半ばがっかりしながら、それでも笑顔を作り、辺りを見回す。
そんなに、都合よく事件と関わりある人物と、遭える訳でもない。まして、この人ごみの中では。心の中でそんなような事を呟きながら、徐にインカムのマイクを口元に持ってくる。
「…一緒に探してやるよ。相棒もそこらにいるはずだし…連絡とって見る。お連れサンは、どんな特徴?」
「…………」
余計なお世話、とでも言いたげな少年の表情にも、早畝は折れない。無理に引き止めてしまった以上は、その代わりになることをして返したいと思っての行動なのだ。
「……女の子だよ。黒髪に、黒い浴衣着てる」
「オッケー。ちょいまち、な。
あ、名前なんてーの? あんたと、彼女。……ああ、俺、ナガレ今何処にいるの?」
少年に話しかけながらナガレを呼んでいたのか、途中で会話は途切れた。
「…ああ、そっか。俺さ、こっちで今迷子の女の子捜してるんだけど…うん」
少年に向かい手を差し出し、『ちょっと待ってて』と合図を送る早畝。少年はそれに、黙って従ってくれていた。
「…………」
少年は、その早畝を横目に、視線を当たりに泳がせ始める。
闇雲に探しても仕方が無いのは解っている。それでも、苛立ちは隠せない。そんな少年の名は、栄神万輝(さかがみ かずき)。連れの千影と一緒に納涼会に訪れたはいいものの、ご機嫌で露天を覗き込んでいた彼女と、逸れてしまった。おそらくは千影が人の波に飲まれてしまったのだろう。
それから当てもなく千影を探し回っていたところに、早畝と出会ったのである。
『…ねぇ、遊んで』
「……………」
それは、万輝のみが聞き取れる声。
その声に彼は、誰にも聞き取れる事が無い声音で『うるさいよ』と呟いていた。
「ごめんごめんっ あのさ、ちょっとラッキーかも」
「……え?」
「俺の連れ、彼女と一緒にいるみたい。こっち向かってるって」
「……………」
凄い偶然と言うものもあるものだ。
万輝はそんなことを思いながら、嬉しそうな早畝をただ黙ってみていた。
「あ、名前。俺は早畝。早畝ラルフォード。アンタは?」
「……万輝。探してるのは、千影」
勢いのある早畝に押され気味になりながらも、万輝は呟くように、そう応えてみせる。
すると早畝はふんふん、と言いながら頭に叩き込んでいるのか、万輝と千影の名前を何回か呟いていた。
ぼんやりとその姿を眺めていると、また、万輝の耳元に、声が届けられた。
「……っ…」
「……大丈夫か?」
一瞬だけ、顔をゆがませた。その僅かな変化にも、早畝は見逃す事も無く、声をかけてくる。
そして万輝の腕を引き、人ごみから少し離れよう、と大きな木があるところまで歩き出した。
「大丈夫…。それより、早畝はどんな調査をしているの?」
気を紛らわそうと。
万輝は早畝の後姿に、そんなことを投げかけてみた。
「ああ、俺? なんかさー、有り得ない事件って言うのかな…テレビのニュースとかでやってなかった? 最近の連続怪奇事件。被害者が生きてるのに死んでるみたいだって、やつ」
「……………」
万輝はそんな早畝の言葉に、その事件が何処と無く自分とは無関係、とは言い切れない気がしてきてならなかった。
この場に着てから、益々酷くなった、幼い子供のような声。自分を惑わすような、そんな声音。霊的な力は強くは持ち合わせていないものの、感性が鋭い彼にとっては、耳障りでならない、音だ。
「…犯人像とか、もうわかってるの?」
「……いやぁ、それが情けない事に、全然。ここがさ、犯行現場だったから、何かわかるかと思って来てみたんだけど…こんな賑わいでちゃ、見つかるものも、見つからないって言うか…」
「賑わいでるから…逆に集まるってことも…あるかもしれないよ?」
万輝は早畝の話を聞きながら、周囲の空気に神経を巡らせていた。そして、そんな言葉を、投げかけてみる。
「…もしかして、何か知ってる?」
万輝の言葉に引っかかりを感じたのか、早畝は問いかけてきた。
「確かなものじゃないかもしれないけど…僕、少しだけ、解るかもしれない…」
早畝の言う犯人が、万輝にずっと語りかけてくる『もの』であれば。
解決も、近いのではないだろうか。
「…これは感、だけど…なんとなく、現場は此処から少し離れてる気がする。…呼ばれてるんだ」
「……マジで?」
万輝は早畝の言葉にこくりと頷きながら、一歩、踏み出して見せた。
早畝もそれに、続く。
「実は結構…この手のものに、好かれやすいんだよね…」
「それって、霊感みたいなもの?」
「…そう言ってしまったほうがいいのかな。実際は、少し違う気もするんだけど」
二人は人ごみを掻き分けながら、神社がある方へと進む。少しだけ、足早に。
そしてどんどん突き進み、万輝はまるで導かれるかのように、神社の境内へと入り込んでいった。早畝もそれに、遅れを取らないように、ついて行く。
境内の奥、小さな御堂のある場所にまで進んだ二人は、そこでいったん足を止めた。
「万輝…顔色悪いけど」
早畝は万輝の体調をずっと気にかけていた。ここにたどり着くまでの間、平気だと言いながらも、万輝の辛そうな表情に、ただならぬ者を感じ取ってしまったからである。
「……よくあることだから…大丈夫。…チカが早く、僕を見つけてくれると良いんだけど…」
こちらへと向かっているであろう、ナガレと一緒にいるはずの千影の名を呼ぶ、万輝。何かに反応しているのか、事あるごとに眉根を寄せ、こめかみを押さえている。
「…………」
「…………」
ざわざわ、と風が騒いだのと同時に、二人の会話は途切れた。
流石の早畝も、なにかしらを感じ取ったらしく、辺りを見回している。
『おともだちが、きた…』
『あそんでくれるんでしょ?』
『あそんで、あそんで…』
何処からとも無く、聞こえてくる声。
それを確かに耳にした早畝は、腰に装備してある銃に手を掛け素早くそれを抜き取り、頭上へと掲げて見せた。
「……?」
「ちょっと光るから、下向いてて」
万輝にそう言うと、早畝は耳の後ろにあるスイッチを押し、そこからゴーグルを出現させる。そして再び銃を持ち直して、一気に引き金をひいた。
「!!」
パシュ、と音がしたかと思えば。
それは御堂の屋根の上辺りで一瞬とまり、その直後に境内全体を覆うほどの光を放った。まるで、雷の光のように。
『きれい』
『きれいね』
『なんのあそびなの?』
「…………」
万輝はどんどん自分へと近づいてくる子供の声に、真底嫌そうな表情をしてみせた。流れ込んでくる感情に、眩暈さえ起こしかけている。
(……チカ…)
「………万輝ッ」
一瞬、遠ざかる意識の中で。
脳裏に浮かばせたのは、万輝にとって、一番大切な存在。いつも傍にいて、離れた事の無い…。
早畝の声は、とても遠い場所で、響いたように、思えた。
「――万輝ちゃん!!」
(……え…?)
一気に、呼び戻されるような。
全てを弾き飛ばすかと思われるほどの、声音。
「……、あ…」
誰かに身体を支えられている。
それに気がつき、瞳を開ければ、目の前には心配そうにしている早畝の顔。
そして彼ら二人の前に立ちはだかっているのは、万輝が誰よりも知っている、姿だった。
『…いたい…』
『いたいよぅ…どうしていじめるの…』
『ぼくは、あそんでほしかっただけなのに…』
「早畝」
万輝を支えていた早畝の名を呼ぶのは、ナガレ。現れた少女、千影の肩の上に乗っていたのをひらりと降り、彼の元へとやってくる。
「ナガレ…彼女が、千影ちゃん?」
「見れば解るだろ。それより、大丈夫なのかよ」
ナガレは早畝の支えている万輝をちらり、と見ながらそう言った。
するとその視線に気がついたのか、万輝は早畝の支えをそっと逃れて、姿勢を正す。
「…遅いよ、チカ…」
「ごめんね、万輝ちゃん。どこも怪我してない?」
万輝の声に振り向いた千影は、自然に万輝へと寄り添い、彼の身体の心配をしていた。その光景がやけに綺麗に見える、と思ったのは、早畝だけではないらしい。
「…………」
一瞬だけ、今の状況を、忘れそうになった二人がそこにいた。
『ぼくだけ、なかまはずれなの?』
『だれもあそんでくれないの?』
「完璧な子供の霊かよ…でもコイツが今回の犯人と見て、間違いないんだろうな」
「多分ね」
ナガレは子供の姿をその目にしっかりと認めて、溜息混じりにそんな事を言う。
そして早畝も遅れを取らずに、返事を返した。
「キミなの? 万輝ちゃんに悪戯したのは。悪い子ね」
千影は悲しそうな言葉を発する子供に対し、そんな言葉を投げかける。
すると一瞬だけ怯んだように見せた子供は、それでも必死に、口を開いた。
『あそびあいてだもん』
『ぼくのこえ、きいてくれたもん』
『だからずっと、ぼくとあそんでもらうんだもん!』
子供が声を荒げると、その後ろに、淡い光を放つ、人の影のようなものが見えた。
「…なんだ、あれ…?」
ナガレがいち早くそれに気がつき、早畝の頭の上に駆け上がる。
「―…今までの、被害者なんじゃないの?」
それに応えたのは、万輝だった。
見れば彼は、少年とは思えない、冷酷な表情で、子供を見据えている。
『さみしいのはいや』
『だからぼくとおんなじひとを、さがしてたの』
『さみしいひと』
『ぼくといっしょに、いてくれるひと』
『いっしょなら、さみしくないでしょ?』
「…それ、ものすごく不愉快。君の価値観を押し付けないでよ…。…チカ」
こめかみを一度押さえながら、万輝は静かにそう言う。そして千影に合図を送り、それに応えた千影が、一瞬にしてその姿を変えた。
「…!!」
それに驚いたのは、ナガレだった。
今まで一緒に行動し、彼女を人間ではないとまでは感じていたものの、その真の姿までは、想像できなかったようだ。
「困ったちゃんには、お仕置きが必要、でしょ?」
早畝とナガレの目の前にいるのは、先ほどまでの可憐な少女の姿ではなく。
背に鷹の翼を持つ黒獅子。それが、千影の本来の姿、らしい。
万輝に視線を送ると、彼は顔色一つ変えることも無く、千影の姿を見つめていた。
「…………」
早畝はその姿に、多少の不安を覚える。
千影はその翼を大きく羽ばたかせて、子供に向かい、前足を掲げて見せるそぶりをした。
『こわぁい!!やだぁ!!』
『こわいよぅ…うわぁぁん…!!』
「…君が悪いんだよ…」
ぽつ、と漏れた言葉。
それを早畝は聞き逃すことなく。
「おい…早畝?」
自分が身体を預けている足元がゆらり、と揺れた事で初めて。
ナガレは早畝が歩みを進めている事に気がついた。
「…万輝ちゃんを困らせる子は、許さないよ?」
『わぁぁぁん!!』
千影はそう言いながら、子供の頭上すぐ間近まで、その口を近づけさせた。その開いた口からは、鋭い牙が覗いている。
「…千影ちゃん、そこまで」
その、千影の動きを止めたのが。
泣き叫ぶ子供を抱きしめた、早畝だった。
「………!」
それに驚いたのが、万輝である。
千影の真の姿に少しも怯える事も無く、早畝は自分のみを差し出すかのような素振りで、彼女を見上げている。
「……万輝ちゃん」
困ったような彼女の声に、万輝は溜息を漏らし
「…チカ、もういいよ。…戻って」
と、半ば投げやりに、千影に言葉を投げかけた。
「……大丈夫だよ。少しも怖くないから」
『…ほんとう? ぼく、たべられちゃわない?』
「大丈夫」
『………うん』
早畝のそんな言葉に安心したのか、ずっと泣き続けていた子供は、涙を拭いながら早畝に抱きついた。
(……子供の扱いだけは、上手いよなぁ、早畝は…)
ナガレは早畝の頭上から覗き込むようにその状況を見て、心の中でそう呟く。
それから万輝と千影のほうへと視線を送ると、人型に戻った千影が、気まずそうにこちらを見ていた。
「…寂しいのは、わかるよ。でもな、だからって、我侭言ってちゃダメだ。…嫌われちゃうぞ?」
『…………』
大人しくなった子供の頭を撫でながら、早畝はにっこり笑ってそう言う。
そんな姿を見、万輝も何か思うところがあるのか、二人のほうへと足を向けた。千影も慌てて、万輝を追う。
「――…そんなに寂しいなら、ここから抜け出しなよ。こんなところにいるから、君はいつまでたっても、寂しいままなんだよ」
早畝の背後から。
静かに言葉をつくり、子供に語りかけたのは、万輝。
『じゃあ、どうしたらいいの…?』
「簡単だよ、上へ昇るといいんだ」
「か、万輝ちゃん…」
子供の問いに、万輝は淡々とそう答えると、千影が慌ててそれを止める。
「そのとおりでしょ、チカ…」
「だからって、こんな小さい子に、駄目だよ、万輝ちゃん」
「…………」
早畝とナガレは、彼らを見上げながら、半ば緩んだ心で、次の言葉を待っていた。
「え、えっとね…もう、反省してる?」
『うん、もうぼく、わるいことしない』
「じゃあ、皆に謝らなきゃ。それが出来たら、あたしがキミを連れて行ってあげる」
千影はそう言いながら、にっこりと笑ってみせる。
『お空にいけるの? そしたらさみしくない?』
「うん、さみしくないよ」
『…わかった…』
千影の言葉で納得できたのか、子供は早畝から少しだけ離れ、両手を合わせるような仕草をして見せた。
「――ナガレ、回収よろしく」
「解ってるって」
早畝はその子供の行動が読めたのか、ナガレに言葉を投げかけると、彼は早畝の頭の上で、立ち上がった。
次の瞬間、子供の両手が光りだし、そこから淡い色の光の球が五つ、空に浮いた。
…被害者の【心】である。
『くるしませて、ごめんなさい…』
「…………、…」
「万輝ちゃん」
万輝に対して、頭を下げた子供に向かい、万輝が何かを言おうと口を開くと、それを千影が止める。
すると万輝は面白くなさそうに、顔を背けた。
そんな二人を、早畝とナガレは、小さく笑いながら見ていた。
その後子供は、千影が持ち合わせる力の応用で、その場から解けるように姿を消す。こちらに頭を下げながら。
早畝はその子供に、手を振りながら見送っていた。
「……それじゃあ、僕達はこれで」
「え、あ、そっか…」
早畝たちが引き上げようとの素振りを見せると、万輝は静かに彼らにそう言った。自分達も、立ち去るらしい。
「…あのさ、万輝と千影ちゃんて…」
「――【The Fool】だよ。それじゃ、またどこか出会えたら、ね…」
「ばいばい、ナガレちゃん、早畝ちゃん」
早畝の問いに、遠まわしな言葉しか返さずに。
万輝はそのまま、背を向け歩き出す。千影は二人に手を振り、万輝の後を追っていった。
「…………」
早畝はそれ以上の言葉が見つからずに、黙って彼らを見送った。ナガレもそれに従い、何も言わずにいた。
二人の姿が完全に見えなくなってから。
早畝とナガレも事件の解決を知らせるために、槻哉が待つ特捜部へと戻るために、その場を後にするのだった。
「ねぇねぇ、万輝ちゃん。あたしは役に立てた?」
「…………」
「万輝ちゃんってばー」
「……わかったよ。僕の負け。帰ったらししゃも焼いてあげるから」
「えへへっ 万輝ちゃん、大好きだよっ」
それは、帰路の中での、二人の会話。
先ほどまでずっと不機嫌だった万輝の表情は、今は穏やかなものであり。
千影はその横で、楽しそうにしていた。
腕を組んだ二人は、ゆっくりと家への道を、進んでいた。
【報告書。
8月28日 ファイル名『心を盗られた被害者達』
被害者の心のみを抜き取られていくと言う犯行は、登録NO.01早畝、同NO.00ナガレと協力者、『万輝』と名乗る少年と千影と言う少女の能力によって無事解決。
犯人は小さな子供と言う報告を受け、詳細を調べた所、数年前に現場で親の虐待により死亡していることが判明。この件に関しては、事件として扱われておらず、警察の不手際と判断し、纏めた資料を先方に送る事で勧告とする。
被害者については無事心を取り戻す事が出来、その後皆普通の生活に戻れた事も確認済み。
協力者の二人が気にかかるところであるが、今は何も情報が得られないので、またの機会に記載する事にする。
以上。
―――槻哉・ラルフォード】
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登場人物
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】
【3480 : 栄神・万輝 : 男性 : 14歳 : モデル・情報屋】
【3689 : 千影・ー : 女性 : 14歳 : ZOA】
【NPC : 早畝】
【NPC : ナガレ】
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ライター通信
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ライターの桐岬です。今回はファイル-1の第二期へのご参加、ありがとうございました。
個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。
栄神・万輝さま
ご参加有難うございました。一緒に行動の千影ちゃんとは、前半部分が別行動な為に内容を変えて書かせていただいたのですが…結果、納品が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
万輝くんが上手く表現できているといいのですが…如何でしたでしょうか?少しでも、楽しんでいただけたらなと思っています。
ご感想など、聞かせていただけると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。
誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。
桐岬 美沖。
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