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■【夢紡樹】 ユメウタツムギ■

紫月サクヤ
【1388】【海原・みその】【深淵の巫女】
 貘はコロン、と転がった夢の卵を前に珍しく渋い顔をしている。
「ちょっと今月は夢の卵が多いですねぇ」
 悪夢はちょこちょこと貘のおやつとして消化されているのだが、幸せな夢など心温まるものは貘の口に合わないらしく、そこら中にあるバスケットの中に溢れかえっていた。
「どなたか欲しい方に夢をお見せして貰って頂きましょうか」
 ぽん、と手を叩いた貘はバスケットの中に夢を種類別に分け始める。
「さぁ、皆さん、どんな夢をご所望なのか。お好きな夢をお見せ致しましょう」
 くすり、と微笑んで貘はそれを持ち喫茶店【夢紡樹】へと足を向けたのだった。
【夢紡樹】−ユメウタツムギ−



------<夢の卵をプレゼント?>------------------------

「この辺りだったと思いましたけれど……」
 小さく首を傾げながら海原みそのは回りの様子を伺う。
 みそのが探しているのは、先日妹であるみなもから聞いた喫茶店だった。
「確か『夢紡樹』という喫茶店でした」
 妹の話では近くに湖があり大きな木の洞の中にある喫茶店ということだった。
 確かに近くに水の流れを感じる。
 みそのはそちらに向かい歩き出した。

 空はもう夕闇に沈み、暗闇が支配し始めていた。
 その暗闇の中でも更に黒く艶やかな長い黒髪。
 それを揺らしながら、みそのは漆黒のパーティードレスを纏い喫茶店へと向かっていた。
 妹の話では今から向かう喫茶店は、普通の喫茶店とは違い、夢や人形も売っているということだった。そこでみそのの妹は夢の卵を貰ったのだという。
 しかしみそのは夢には興味はなかった。
 みそのにとっての夢は特別なもの。おいそれと見るようなものではない。
 今日みそのが楽しみにしていたのは食事だった。
 それで漆黒のパーティードレスなのだ。そのパーティードレスはみそのの身体にぴったりと合っているもので、抜群のスタイルを際だたせている。
 男達はその姿に振り返り、女達は憧れの溜息を吐くだろう。
 まるで一流の星付きレストランにでも向かうようなそんな出で立ちは、それなりに装わないとおもしろくないという想いがそこにはあったが、みそのなりの敬意の表れでもあった。
 そしてみそのはメニューに載っている全ての料理を頼んでも大丈夫なようにと、しっかりと沈没船から予算を多めに持って来るという念のいれようだった。

「楽しみですわね」
 にこりと笑みを浮かべたみそのが丁度夢紡樹の側にある湖の前を通り、喫茶店へと続く道を歩いている時だった。
「おや、其方……水に縁のある者か」
 すぅっ、と湖から出てきた水色の髪を結い上げ艶やかな笑みを浮かべた女性が声をかけてきた。女性が完全に姿を現すと今まで流れていた水の流れが止まり、湖面は凍り付く。それに気づいたみそのは首を傾げながら尋ねる。
「はい。…あなた様も?」
「そうじゃ。妾はこの嘆きの湖の主の漣玉。…其方、夢紡樹に用があるようじゃな」
「えぇ。妹からこちらのことを聞きまして食事と会話を楽しみに参りました」
「そうか。妾も今から向かおうと思っていた所じゃ」
 隣を歩きながら漣玉はみそのへと尋ねる。
「其方からは潮の香りがする。海じゃな。妾は行ったことがないが……」
「一度おいでになったらよろしいかと。海は漣玉様を歓迎することでしょう」
「そうだとよいな」
 コロコロと笑う漣玉の隣で、小さな笑みを浮かべるみその。
 対極であるかのようにも見えるが、艶やかな出で立ちも醸し出す雰囲気もよく似ていた。
 そんな他愛もない話をしているうちに夢紡樹へと辿り着く。
 みそのは洞の中にある扉をそっと押した。

 カラン、というドアベルの音が響いてその合図で店内から声がかかる。
「いらっしゃいませ」
 にこやかな笑みを浮かべた金髪の青年エドガーは、みそのと漣玉に声をかけた。
 続けてピンクのツインテールを揺らした少女リリィがメニューを手にみそのの側へとやってくる。
「いらっしゃいませ!こちらへどうぞ」
 漣玉とみそのは別れ、みそのは案内された一番奥の席につく。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さいね〜」
 そう言って背を向けるが、みそのが声をかける。
「こちらのメニューの品、全部頂けますでしょうか」
「全部?全部って……すっごい量だけど一人で食べれるの?」
「はい、大丈夫だと思います。御方との夜伽で体力には自信がありますから」
 心の中で、もちろん食欲にも、という言葉を付け加えるのを忘れない。
 にこやかな笑みを浮かべたみそのをマジマジと見つめるリリィ。
 失礼だと思いながらもリリィはその視線を逸らすことが出来ずにいた。
「えっと……それじゃメニューの品上から下まで全部…ということで。全部で30品以上は軽くあるけど…」
「はい、そちらを全部」
 そう言われリリィも覚悟を決めたのか、承知致しました〜!、とカウンターへと駆けていく。
 みそのはその慌てた様子の少女を眺め、くすり、と笑った。
 先ほどにこやかに迎えてくれたエドガーも流石にその注文に驚いたようだったが、すぐに頷き厨房へと籠もる。
 店には漣玉とリリィとみそのしか居なくなった。
 どうしましょう、とみそのが思っていたところに黒い布きれで目を覆った人物がみそのの元へとやってきた。

「いらっしゃいませ。私、店主の貘と申します。本日はお越し頂きありがとうございました。それも全品ご注文頂いたそうで。気合いを入れて作っておりましたので今暫くお待ち下さいませ」
 恭しくみそのに向かって礼をする貘。
「はい、今日は食事と会話を楽しみに参りました。妹にこちらのことを聞いて……」
「そうでしたか。いやはや有り難いことです」
 それでは、と貘が夢の卵を取り出そうとしたところを、みそのは制止する。
「お心遣いは有り難いのですけれど夢は遠慮致します。わたくしにとっての“夢”は御方との逢瀬ですから」
「おや。それはまた。特別なことなのですね。私の方も不躾に失礼致しました。…会話をご所望とのこと。食事がくるまでの間私で宜しければお相手を」
「えぇ、是非お願いいたします」
 失礼致します、と貘はみそのの向かいに腰掛けた。


------<店員との語らい>------------------------

「改めまして。当店へお越し頂きアリガトウございます。…そうですね、まずは私の方から簡単に当店の紹介をさせて頂いても宜しいでしょうか」
「はい」
 貘は口元に笑みを浮かべながら話し始める。
「当店ではお食事とそして夢と人形を扱っております。お食事に関しては今からご自身で確かめて頂けるので省かせて頂きますが、まずは夢から。いかなる時でも人は夢を見ます。夢を見続けなければ生きられぬもの。いつだってそうでした。その中で悪夢と呼ばれるものは皆さんが売って下さるので私のおやつとなるのです。でもたまに楽しい夢や幸せな夢を手放される不思議な方も居りまして」
 それがコレです、と貘は先ほどみそのに手渡そうとした夢の卵を取り出す。
 みそのは夢を見る気はさらさらなかったが、そのうっすらと光を帯びた夢の卵が気になって眺めていると貘がそれをみそのに一つ渡した。
「どうぞ、手にしただけでは夢は見ませんから」
「ありがとうございます」
 薄暗い店内でその卵が発光すると、アンティーク素材の家具が仄かに揺らめき立つ。
「まぁ、夢の卵と言うよりは夢の欠片と言った方が良いのですけれど。それらを欲しい方に売っているのです」
「どのような夢でも買い取られるんでしょうか」
「えぇ。大抵のものは。それと夢魔に巣くわれた方のお手伝いもさせて頂いております」
 そうですか、とみそのは卵を貘へと返した。

 そんな話をしている間に目の前には様々な料理が並び始める。
 まずは前菜から並べられ始め、その香りにみそのは笑顔を浮かべた。
「さぁ、どうぞ。それでは私はこれで……」
 貘はみそのに一礼をし、その場を去った。
 ゆっくりと料理を味わって食べて貰うには話し相手は不要だ。
 一通り食べ終わったらまた皆様とお話し致しましょう、とみそのは食欲を満たすことにする。
 一皿一皿優雅に食べているように見えるのに、みそのはあっという間に平らげると次の皿へと手を伸ばす。

 あの細い身体の何処に大量の食物が蓄えられていっているのだろうか。
「人体の不思議……」
 そうリリィはみそのが食べ続ける姿を見て呟く。
 しかしそのたとえは決して大げさなものではなかった。
 すでにみそのはデザートに手をかけている。
 あとデザートを食べ終えてしまえばメニューの品全て完食だった。
「美味しい」
 幸せそうに微笑んではスプーンを口に運ぶみその。
 そうしてメニューに載っていた全品をぺろりと本当に平らげてしまった。
 更にみそのは再びメニューを手にする。

 遠くでリリィがその一挙一動を見守っている。
 そしてリリィは再びみそのに呼ばれた。

「えぇぇっ。まだ持ってきて平気なの?」
「はい。よろしくお願い致します」
 みそのは更にメニューの中からサラダやデザート、そして先ほど食べたムニエルなどで気に入ったものを再び注文する。
「少々お待ちくださーい」
 リリィは再びエドガーの元へと走っていく。
 嬉しそうな表情を浮かべ再び厨房へと姿を消すエドガー。
 それを見ながらリリィはみそのの側に戻ってきて声をかける。
「ねぇねぇ、食べてるところなんなんだけどお料理どうだった?」
「大変美味しかったです」
「そう、良かった。エドガー本当に張り切っちゃってるから。…ねぇねぇ、ところでリリィも人間じゃないんだけどキミも違うみたい。リリィはね、人形なんだ」
 みそのはリリィの回りを取り巻く流れを視る。
 するとそれは生者の流れとはまた違うものだった。
「お人形様ですか」
 触っても宜しいですか?、とみそのはリリィに尋ねてからそっと触れる。
 陶器のように滑らかでツルツルとしている。しかしつなぎ目なども見つからず、どういう呪がかけてあるのか人間そのものに思えた。
 しかし本人は違うという。
「うん、マスターの作った人形にちょっと色々あってね、入らなきゃいけなくなったの。リリィ、元は夢魔なんだよ」
 それでは……、と先ほど貘に聞いた話を思い出しぱちりとピースが組み上がるのを感じた。
 きっと狩る側と狩られる側だったのだろう、二人は。
 しかしそれ以上聞くのはは無粋だ、とみそのは口を噤む。
「あ、そうだ。キミの妹ってこの間来てたみなも?」
 人懐っこそうな笑みを浮かべたリリィが声を上げる。
「はい、その通りです。でもどうして?」
 なんとなく似てるような気がしたから」
 ニッコリと微笑んでリリィは告げた。厨房からリリィを呼ぶ声が聞こえ慌てて走り出す。
 そしてくるりと振り返ってリリィは付け足した。
「二人ともとっても素敵な人だね。うん、また暇があったら来てね」
 大歓迎v、とリリィは告げると厨房へと駆け込んだ。


 そして再びみそのの前には大量の皿が並べられ、それらはみそのの腹の中へと収まっていく。
 今並んでいるものは特に好きなものだった。箸が進まないわけがない。
 ふと顔を上げたみそのの視界に先ほどの金髪の男性が目に入った。エドガーである。
 みそのと視線があったエドガーは軽くお辞儀をした。
 その様子をみそのは一連の流れで読んだ。
 みそのには波動という形になって認識される。
 そんな控えめな態度を示す料理人にみそのは後でしっかりと感想を告げてから帰宅しようと心に誓う。
 腹は満たされ、そして気分も上々だった。


------<店で…>------------------------

 みそのは微笑み帰宅しながら上機嫌だった。
 丁寧な心からの礼を述べられ、エドガーは嬉しかったのかおみやげまで持たせてくれたのだ。
 重箱に詰められた数々の料理。
 妹たちへのおみやげに丁度良い、とみそのは思う。

「また、今度沈没船から頂いてこちらに参りましょう」
 そう呟き、みそのはすっかり真っ暗になってしまった空を見上げる。
 星など見えはしなかったが、夜の時間の流れを感じる。
 静かに流れていく時の中でみなもは艶やかな笑みを浮かべたのだった。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1388/海原・みその/女性 /13歳/深淵の巫女


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。お久しぶりです、夕凪沙久夜です。

この度は夢紡樹へお食事に来て下さりアリガトウございました。
夢の卵は使わずに皆との話ということでしたので、このような感じに仕上げてみましたが如何でしたでしょうか。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!