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■魑魅魍魎の召喚者【第弐話】■

千秋志庵
【3448】【流飛・霧葉】【無職】
 前略

 突然のメール、失礼致します。
 以前もメールを送らせていただきました者で、シン=フェインと申します。
 依頼は急なものでして、是非とも御力添えを御願い致します。
 前回と同じく報酬は希望額を御支払い致します。
 または、御代に見合うだけの情報を提供させて頂きます。
 それでは、仕事を引き受けてくださる方はメールの返信をお願いします。

 敬具

(添付ファイル:依頼内容詳細)





 魑魅魍魎の氾濫――ふと、そんな言葉が僕の脳裏に過ぎった。
 昔の戦友が起こした、世界への抵抗。
 そう言えば聞こえは良いが、実質は単なる破壊。
 
 それは、最悪の事態をも起こしかねない状況だと、あの男は知っているのだろうか?



 依頼内容は某街内に発生した時空の歪みの発見と修正。
 万が一、歪みによる魑魅魍魎の発生が確認された場合にはすぐに滅する。
 それとも――…

 僕と共に世界の破滅を愉しむ奴を殺すか?

 私情が入り混じっているようで非常に申し訳ない。
 それでも僕の手で、全てを終わらせたいんだ。
魑魅魍魎の召喚者【第弐話】

 手には白刃舞わす一振りの刀。
 使用者によって極限まで力を高められたそれは、絶大な間合いと威力の両方を兼ね備える。名匠ですら容易に生み出すことの出来ぬ一品。
 それを手にするのは一人の青年。その風貌を間合いの外から、故にかなり遠くからではあるが観察する。敵を知るにはまず“識る”ことからだと、古人は言う。
 霊力を酷使して自身の情報網を辿り、経歴一切を探ることも不可能ではなかったが、今は余計な力を使う余裕はない。神経を鋭敏にし、集中力を研ぎ澄まし、足に力を集める。要は逃げる以外に力は使いたくないのだ。
 情報屋シン=フェインは自身に差し向けられた敵を、眼帯のしていない片目で注視する。長身故にそこそこある足の長さに感謝しつつも、戯れで長くしすぎた髪に辟易する。そんなことを幾度となく繰り返していた。

 名前くらいは耳にしたことがある。
 流飛霧葉。
 闇の仕事を業とする少年。
 白い肌に映える黒髪と、やる気のなさそうな敵を映す黒い眼。
 鈍い色を放つ刀を手にする手も同様に白い。
 何より顔は悪くない。
「……でも“敵”なんですよね」
 シン=フェインは残念そうな口調で呟き、突き出された刃をかわす。
「君、良かったら僕の顧客になりませんか?」
「…………」
 霧葉は叫ぶ敵には目もくれず、十数メートル離れた相手に向けて刀を振るい続ける。
「説得も無理、ですよね。当然ながら」
 空気の焼ける臭いと、自身の前髪が間合い内に知らず踏み込んでいたことに気付くと、シン=フェインは正面を向いたまま一気に後方へ跳躍した。

 ……アイツ、今度は人を雇ってまで私自身を殺しにきましたか。これは相当まずい状況です。私が殺されてはここいら一帯の封術が解けてしまいますし。まずは生き延びることが第一ですね。
「それにしても、肉弾戦は好きじゃない」
 シン=フェインは小声で呟き、笑顔を装い敵を見据える。

 ……戦闘こそ俺の喜び。
 霧葉は依頼人の男の顔をちらと思い出し、口に笑みを浮かべる。

 地元の人間でも滅多に訪れることのない廃屋。霧葉の住む家に人がやってきたとき、彼は迷わず刃を突き付けた。
 幾つかの問いに答え敵意のないことを示す。
『人を一人殺してもらいたいのだが、構わないかな?』
 刀の間合いに置きながらも一旦下げると、依頼人はゆっくりと口を開いてそのようなことを述べた。
 依頼人の素性はよく分からず、大きなフードを覆っていて顔が見えなかったが、幾許かの現金と敵の情報を置いて去ったのは、つい昨日のことである。前者にはさして不満のある時期ではなかったが、闘えるならそれでいい。依頼を受けたのは本能に拠る部位が少なくはない。
 霧葉はその旨を伝え、快諾したのだった。

 霧葉は一通りの思考を終え、漸く「人」としての思考を排除にかかる。合図のように刀を中段に構えると、敵は笑みをやや強張ったものに、僅かではあるが、させた。

 シン=フェインの口元には異国の呪が紡ぎ出される。短い詠唱の後に呼び出されたのは、小さな白い球体の群れ。

 視界に映ったものを霧葉は光悦そうに見、妖しく笑った。

 音速とも拘束ともつかない速さで射出される球体を、霧葉は体を捻ってかわしていく。と同時に、前方へ踏み込んで間合いを詰めようとする。
「……逃げ足だけは、早いか」
 口の中で呟き、疾走。どこか遠い場所へ時空転移に到る時間は与えない。戦闘に終止符は打たせない。だが全く刃を交えられぬことに、内心の不満は隠しきれなかった。

「接近戦に挑んで、隙を見つけてどっかに飛ばすしか方法はありませんね」
 簡易召喚された球体はどこからか現れ、霧葉に向けて飛んでいく。だがその何れも尽くかわされ、或いは弾き飛ばされ主のもとへ返されていく。体の幾部位かには赤い血の跡が付き始める。
「……“ジン”レヴェルの高位霊体を召霊しないと、引き分けすら持ち込めませんし。低位じゃ――此の侭じゃ死にますか」
 独り言は続く。
「痛いから、接近戦は苦手なんですけどね」
 右手で印を組む。空間が歪み、霧葉の目が一瞬焦りに満ちる。だが途端、球体はふいと消え、シン=フェインの手には一太刀の両刃を備えし剣が握られていた。
「日本刀じゃないですが、お望み通りの接近戦をしてあげますよ」
「それは光栄だ」
 霧葉の動きが止まり、静寂の到来に暫し身を任せた。
 初めに動いたのはシン=フェインの方だった。霧葉の放った刃は確実に敵を切り裂こうとし、しかし宙を薙いだ。視線が彷徨う。同時に体の異常な反射神経が動いたときには、刀は自身の前でもう一つの剣とのせめぎあいを展開している。
 霧葉は舌打ちをした。

『シン=フェイン……今回の君の標的は、時空転移や召喚、呪や印を得意とする。しかし、右腕であり至高の武器はこちらで抑えておくから、思う存分サシでやるといい』

 ……時空転移を得意とする、か。忘れていたな。
 力押しでは負ける筈がない。そう考え力を込めても、敵はびくともせずに剣に体重を乗せている。身長の差も大きな痛手であった。
 ……短距離の時空転移なら大した詠唱も必要ない。そう判断して懐に飛び込みやがったのか。
 弱弱しくも、笑みが霧葉の眼前に現れる。不快だと思い、苦々しく笑みを返す。
「私、はこう、見えても霊、力の物質、化、が得意、でね。……それ、を時空転、移用の力に、変換すること、も、訳、ない」
シン=フェインの剣の外見がぐにゃりと歪む。物質としてそれは消失し、霧葉の刀を止めるものは既に存在しない。周囲に巨大な霊力を漂わせながらも、シン=フェインは赤い鮮血を胸から出しながら霧葉の刀の進入を防ぐように体を押し付けて留めている。これ以上斬られないように、貫かれないように。
「……さようなら」
 霊力は大きな“穴”となる。黒い空間は霧葉を次第に包んでいく。
 刀を必死に引いて勝負をつけようにも、並行低位召霊した何かが二人の体をその場に固定しているために動くことが出来ない。
 勝負は恐らく、二つの意味で付いていた。
 霧葉は狂気の目で問いかける。
「おまえ、このままだと出血多量で死ぬぞ?」
「ですね。回復用の呪いなんて、範囲外なんで。そしたらめでたく君の勝ちです。君の依頼者の勝ちですね」
「……本末転倒な気がするが? 死んだら他の結界解けるんだろ? それを阻止するのが俺の仕事だ。成功させてどうすんだよ」
 シン=フェインの口が微笑する。
「時空転移に持ち込もうとするあまり、忘れてました」
 霧葉の顔が呆れたものに、少し愉しそうなものになる。
「まあいっか。今度殺り合うときは至高の武器とやらを準備しとけよ――」
 言葉は途中で途切れ、敵は違う場所へと強制転移された。恐らく力不足からここよりそう遠くない場所ではあるだろうが、今は他のチームと合流出来れば今は万々歳だ。
「ジンの召霊も、疲れるんだよね」
 腹部からは止めどなく血が流れ続ける。加えて体中に空いた小さな穴の数々も、微量ではあるが徐々に体力を奪っている。その場にへたりと座り込んで、後方に倒れ込んだ。既に限界は通り越していた。一撃必殺か、それに近い技でなければ即死は免れない。そう判断して選んだ手段も結局は瀕死の状態を負わせている。
 それでも良い、と。思えるほど心はまだ満足出来るほど生きちゃいない。
 ただ静かに目を閉じて、助けを待つことに専念する他は何もなかった。



「主、まだ死んではいないのですから、仕事を続けてください」
 ジンの冷めた声に、多分自分が生きているんだと何となく判断したのは、それからもう少しあとのとき。





【TO BE CONTINUED?】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3448/流飛霧葉/男性/18歳/無職】

andシン=フェイン

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

殺そうとする者と生きようとする者。
相反する二人の立場を交互に書いてみましたが、どうだったでしょうか。
何をもって“負け”とするか迷ったのですが、依頼を果たせなかった=霧葉の負けという結論にしてみました。
流血纏う戦闘ではシン=フェインには全く勝ち目がないもので……。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝