■夏風邪は…■
山崎あすな |
【2920】【高木・貴沙良】【小学生】 |
「おはようございます」
いつものように元気良く、開店前の店に入ってきた永久の姿を確認して、軽く手を上げると作業に戻る。
どうしてだろうか。
いつもよりも、永久の声が頭に響いてズキズキとする。
「……兄さん? どうか、したの?」
いつもと様子の違うファーを不信に思ったのか、永久が覗き込むようにファーを見た。
「いや、どこか、頭が重くて……」
「え? 頭が? 風邪とか?」
「……風邪?」
否定の言葉ではなく、返ってきたのは疑問の一言。
「風邪、引いたことない?」
「それはなんだ?」
たまに、思うのだが。
今まで彼は、一体どんな生活をしてきたのかと。
人じゃないことはわかっているし、異世界から来たということも聞いた。
けれどとくに、気にしないですごしてきたが、こういうときに気になって仕方がなくなる。
「……頭痛くなったり、喉痛くなったり、熱が出たりして、身体がだるくなること。今、そういう状況じゃない?」
ファーは目を丸くして。
「どうして、わかったんだ?」
「間違いなく風邪っ! いいから、休んでっ! お願いだからっ!」
風邪を引いたままのファーが、店にいるわけには行かない。
とにかく、開店の準備は全部すんでいるようだから、後は自分が何とかしよう。
けれど、ファーの看病もしたい。
額に手を当ててみれば、熱も結構あるようだし、大体足元がおぼつかない。
寝ていれば治るのかもしれないが、栄養のあるものを食べさせたいし、薬も飲ませなければ――
一人じゃ、できっこない。
無理だ。
タイミングよく、誰か、兄を頼めそうな人か、店の手伝いをできる人が来てくれればいいのだが。
「……世の中、そんなにうまくできないわよね。うん」
とにかくファーを中に自宅として使っている部屋に押し込んで、永久はエプロンをつけた。
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【 夏風邪は… - 夢か現か - 】
そこを通りかかったのは、たまたまだった。でも、せっかく目の前を通ったのだから、顔ぐらい見せていこうと思い、扉を開けると。
「いいから、兄さんは寝ててっ!」
突然大きな声が響いてきて、貴沙良がドアを開いたことで鳴るはずだったカウベルさえも、かき消す勢いを感じる。しばらく呆然と、目の前の男女に視線を預けていると、黒髪の男のほうが気がついてくれたようで、どこかほっとしたような表情を見せた。
「貴沙良……」
「え? あ、ごめんなさいっ! お客様!」
女性――とは言っても、まだ高校生ぐらいだろう――は、それまで見せていたものすごい血相とは打って変わって、にっこりと笑顔を見せてくれる。
逆に、その変わりようが怖い気もしたが、特に突っ込むわけでもなく、貴沙良は男を見た。
「……あの、ファーさん。どうか、されたんですか?」
「あ、いや、なんでもないんだが……貴沙良、よかったら、こいつの手伝いを……」
ファーと貴沙良に呼ばれた男は、そこまで言うと、がくっと膝を折り、立っていられなくなってしまう。
「兄さんっ!」
すかさず女子高生がファーを支え、奥の部屋へと連れて行った。貴沙良はただ、その様子を黙って見つめているしかなかった。
しばらくして、彼女が戻ってくると。
「……兄さんの、お知り合いさん、ですか?」
「あ、はい」
「よかったら、兄さんを見ていてくれませんか? またいつ無理をするか、わからないんです」
切実な願いごとだ。
彼女のまっすぐな視線を見ていれば、その気持ちは手に取るように窺える。
「何か、ご病気でも?」
「ただの風邪だとは思うんです。でも、兄さん、この世界の人じゃないから……って、あ……」
彼女が口を塞ぐ。思わず出てしまった台詞だが、不信感極まりないことに間違いはない。
貴沙良はそのことを知っているからいいが、もし何も知らないものが聞いたら、頭がおかしいのではないかと思われるだろう。
「大丈夫です。知ってます」
「……そうですか……」
それに、あの背に抱えている漆黒の翼を見れば、誰もが一度は疑うだろう。彼が人間なのかどうか。
「兄さんが、他の人にその話をしているとは思わなかったので……兄にとって、大切な人なんですね」
ほっと胸をなでおろしたついでに、やわらかい笑顔を見せてくれる彼女。
「高木貴沙良と申します。あの、あなたは……?」
「あ、ごめんなさい。最近ファー兄さんの妹になった、遠藤永久です。よろしくね、貴沙良ちゃん」
「はい」
どんな事情で彼女がファーの妹になったのか、その話に興味もあったが、今はともかくファーの看病をするほうが先だ。話なんていつでも聞ける。
「それじゃ、ファーさんのことは私に任せてください、永久さん」
頭を一つ下げて、先ほどファーが運ばれていった奥の部屋へと進む。
◇ ◇ ◇
「ファーさん、大丈夫ですか?」
器用に翼をたたんで、ベッドに横になっているファーは、貴沙良が声をかけると苦しそうに身体を起こした。
「あ、いいんです。寝ていてください」
「すまない……」
「風邪と聞きました。夏に引く風邪は夏風邪と呼ばれ、馬鹿が引くと聞いたことがあります」
苦笑を浮かべながらそう伝えてくる貴沙良に対し、目を点にして首をかしげる。
「……馬鹿しかかからない病気……?」
いまいち風邪というものもわかっていないファーにとって、不思議なものだと思ったのだろう。
「ただの、いわれですけどね。ファーさんの場合は、ただたんにこの世界の病に対する抵抗力をもっていないだけな気もします」
ふとしたきっかけで、身体の中に菌が入ったのだろう。だとしたら、この世界の人間ではないファーにとって、抵抗もなにもあったものじゃない。
「外などに遊びに行きましたか?」
「ああ……先日、永久と買い物に……」
「そのときに、うつされたのかもしれませんね」
原因はともあれ。今はその症状がどんなものか気になる。
「身体、痛みますか? 熱いですか?」
「いや……喉の辺りが苦しい……」
確かに。先ほどから咳き込んでいるが、その様子を見る限りかなり辛そうだ。
「それじゃ魔力を用いて治療を試みます。ちゃんと、反発させないで、同調させますので、力を抜いて身を任せてください」
過去に、貴沙良の魔力を身体に流し込まれ、少々痛い想いをしたことがあった。
貴沙良はそのときのことを思い出し、ちゃんとファーを安心させるためにそう言ったのだろう。
かなりの魔力の使い手である彼女だ。失敗はないだろう。任せておけば大丈夫だ。
そんな気持ちがファーの中にあったため、特に疑うこともなく「頼む」と小さく声をかけると、言われたとおり力を抜いて、瞳を閉じ、流れ込んでくる感覚に身を任せた。
すると、先ほどまで苦しかった咳も、話すのさえおっくうだった喉も、痛みを忘れたように元に戻っている。
「一時的に痛みを抑えたのと、どんどん回復をしていくように魔力を送り込んでみました。後は安静にしていれば良いでしょう」
「……そうか……」
さすがとしか、感想がでてこない。
「何か、食べますか? おかゆくらいなら、作って差し上げます」
「いや、大丈夫だ。それよりも……眠りたい……」
痛みが収まったことでほっとしたのか、一度は目を開いたファーだったが、再びまぶたを下ろし、規則正しい呼吸を始めた。
苦しそうではなく、穏やかそうな寝顔を確認した貴沙良もどこかほっとしたようで、ベッドの空いているところに腰をおろし、やわらかい笑顔を見せる。
「異世界からの来訪者は不便ですね。お互いに」
酷似した関係である、ファーと貴沙良。
共に異世界からの来訪者であり、過去に罪を犯している。
ファーは抑えられない自分のはけ口として。
貴沙良は自分の望む結果を得るために。
互い、多くの命を奪い続けてきた過去。その過去を背負って立つ今。
なんの因果か、同じ世界に身を寄せることになったファーと貴沙良が、こうして仲良くやっているなんて。
それぞれの世界の神々からしたら、とんでもないことなのかもしれない。
「私の場合は、肉体を手にして生まれることができました。魔力の影響か機械に弱かったりと不便はありますが、この世界で生きる上で便利なことは多い」
貴沙良は立ち上がり、ベッドを一度降りると、ファーを見下ろした。
「ファーさんは何故、翼を持ったままなのでしょうか」
片翼は彼の背を支配している。もう片翼は……彼の身を脅かすものだった。今だって、完全に退けたわけではないから、行ってしまえば翼のせいでこの世界での身の安全がないとも言える、ファーの現状。
失った記憶を求めていないとは、はっきりと言い切れないところもあるだろう。
いくら過去と決別をしたからと言って、気にならないはずがない。
「ほんの少し、お邪魔をさせてください」
失われた記憶の手がかりが夢の中で現れることは、多々あるという。
貴沙良はそっと手を伸ばし、翼に触れる。
刹那。
「っ!」
◇ ◇ ◇
懐かしい感覚が身体中を支配しているようだった。
よくわからないけれど、こうやって誰かに抱きしめられることを、自分は知っている気がするのだ。
そう。この手は――
「……あなた、なのか……?」
何も知らない、何もわからない。
そんな自分に手を差し伸べてくれた――あの人の感覚に似ている。
「……そうやってまた、俺を助けてくれるのか……?」
いや。けれど、どこか違う。
「そうやってまた……俺を、突き放すのか……?」
でも、ファーは知らない。
この感覚を与えてくれる人物は、一人しか知らない。
だから――きっと、この懐かしい感覚は――
◇ ◇ ◇
流れ込んでくるファーの夢。
朦朧とした意識の中で垣間見るその夢の中に、彼の失われた記憶を手繰り寄せるための、手がかりになるようなものがあるのだろうか。
見えるものはただ――
「……光……。大きな光が、ファーさんを包み込んで、離さない。これが、ファーさんの……?」
過去?
だとしたら、自分が理解しているファーの過去とはずいぶん違うものだ。
もっと真っ暗で、光なんて見えないぐらいの闇に包まれていて、混沌の中で彷徨っているのかと思っていたが。
ファーの過去は……もしかして、ものすごく、ものすごく。
「明るいもの、なのですか?」
出なければ、こんなにも優しい感覚を覚えるはずがない。
こんなにも大いなる光に、包まれるはずがない。
「……貴、沙良……」
「あ、はい! なんでしょう!」
「手、放してくれ……」
貴沙良がすかさず手を放す。「すみません」と謝りを入れながら。
「……お前が、見せてくれたのか?」
「え?」
「あの人の、夢……だった」
「あの人?」
「ああ……記憶を失って、この世界に来る前の世界で、俺を拾ってくれた人。そして、俺をこの世界に送ってくれた人。俺に、この店を与えてくれた人」
この店を与えてくれた。つまりそれは、今のファーに全てを与えたということ。
「……俺にとって……何よりも、一番最初の思い出として現れるのは、いつだって、あの人だ……」
「だから、光なんですね」
「……ん?」
「ファーさんの失われた記憶を探す、手がかりがあればと思って夢に入らせてもらいました。私が思っているよりも、そこは暖かな光に包まれていて、ファーさんを守っているように感じました」
「……貴沙良」
「強い想いがなければ、あんなにもやわらかな光で包み込むことはできないと思います。ましてや、ファーさんの真っ暗な部分を見せないほどなんて……」
よほどの光の持ち主なのだろう。
もしかすると、一人の力ではなく、何人かの想いが合わさっているのかもしれない。
「あの人が……今でも俺を、守ってくれているということか……」
風邪を引いて、弱気にでもなっていたのだろうか。
夢なんてしばらく見ていなかったのに、突然飛び込んできた、優しい感覚と感情。
ファーはその名前さえも過去の記憶と共に封印してしまった。
だから知らない。
「……世話に、なりっぱなしだ……」
誰かを愛しいと想う、その心を。
「ファーさん。きっとその方は、ファーさんが風邪を引いたことを心配して、お見舞いに来てくださったんですよ。その方のためにも、早く治しましょう」
「……そうだな」
ファーはふと、貴沙良に向けてやわらかく微笑んで見せると、
「……似ている……」
聞こえるか、聞こえないかの大きさでつぶやいた。うまく聞き取れなくて、首をかしげながら貴沙良が聞き返すと、かぶりを振って「なんでもない」とはぐらかされてしまう。
夢を見た。
そのタイミングでそばにいたのは、貴沙良だった。
もしかしたら――
夢で出会ったのは、あの人じゃなくて、彼女のほうだったのかもしれない。
優しい感覚を運んでくれる――もう一人の人物。
「貴沙良」
「はい?」
「……迷惑かけてすまない……」
「いいんです。気にしないでください」
「……ありがとう……」
夏風邪が見せた幻は、夢か現か。
過去か未来か現代か。
どれにしたって――この胸の温かさを、心地よいと想わずにはいられない。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖高木・貴沙良‖整理番号:2920 │ 性別:女性 │ 年齢:10歳 │ 職業:小学生
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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この度は、夏季限定ゲームノベル「夏風邪は…」に参加してくださって、ありが
とうございます!貴沙良さん。残暑お見舞い申しあげます。また、貴沙良さんと
ファーの姿を描けて、光栄に思います〜。
記憶を探る、という内容のプレイングから、ファーが記憶を失ってから関わった
人物の話へと発展させていただきました。感覚が貴沙良さんと似ているというこ
とから、貴沙良さんに安心して身を任せるファーでした(苦笑)
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、お目にかかれることを願っております。
お気軽に、紅茶館「浅葱」へいらっしゃってください♪
山崎あすな 拝
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