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■【狭間の幻夢(ゆめ)】魔人の章■

暁久遠
【3626】【冷泉院・蓮生】【少年】
―――――それは、ある日の午後のこと。


貴方はなんとなく町を歩き回っていた。


空の頂点には太陽が爛々と輝き、地に佇む貴方を照らす。


―――今日もいい天気だ。


そんなことをぼんやりと考えたその時。



――――――――ザァッ。


貴方の頭上に、唐突に大きな影が被さった。


「!!」


貴方が驚いて目を見開いている間に、その影はあっという間に貴方の頭上を通り過ぎ、何処かへと消えていってしまった。


逆光の為しっかりと判断することは出来なかったが、どうやら大きな鳥のようなものが頭上を通りすぎたらしい。
いや、鳥の羽のようなものを持った…『人間』か?


奇妙な影の正体に頭を悩ませる貴方。
しかしその目の前に、ひらひらと何かが舞い落ちてきた。


反射的に手を伸ばしてそれを捕まえると、その正体は―――大きな、ヤツデの葉。


自分の掌を軽く超えるほどの大きなその葉は、少なくともこの辺りに生息している木ではないのはすぐに見て取れた。
不思議に思って裏返してみると、そこには文のような物が。


『・招待状・
  ただいま我々は非常に困っております。
  しかし、それを解決するためには、どうにも人手が足りません。
  これを読んだ方、どうかお手伝いお願い致します。
      喰魔山管理役より』


「…『喰魔山<くらまやま>』?」


聞いた事がない名称に眉を寄せる貴方。
しかしその疑問は、すぐに解消されることになった。


……すとん。


―――軽い音と共に、貴方の目の前に看視者が到着したからだ。


「あ…」
驚く貴方を他所に、看視者はふっと貴方に目を向け―――ぴたりと、貴方の手の中にあるヤツデの葉に目を留めた。
そして何か考えるような仕草をしてから―――貴方の腕を掴み、地面を蹴った!

とん、と軽い音と共に高々と飛び上がる貴方と看視者。
戸惑いの声をあげる貴方すら半分無視状態で、看視者は貴方の片腕をしっかり掴んだままとんとんとビルや屋根の上を軽やかに飛んでいく。

一体何がどうなっているのかと目を白黒させる貴方にちらりと視線を向けた看視者は、ぽつりと呟いた。


「――――――あのヤツデは、『招待状』だから…」
「『招待状』?」


その言葉に不思議そうに首を傾げる貴方を見ながら、看視者は簡単な説明を行う。


このヤツデは『喰魔山管理役』なる者からの招待状なのだ。
それは無差別に撒き散らされるが、文章を読むことが出来るのは能力者のみと言う変わった術が施されているもので。
何が起こるかわからない場所ゆえ、安全のために超常現象にある程度対処できる力を所持する能力者のみを招待する運びになっているのだそうだ。
…まぁ、看視者の場合は統治者からの依頼も兼ねているので、行きたくなくても行かなければならないらしく。
貴方を発見した時、丁度同じ招待状を持っているのだから連れて行ってもいいだろう、と半ば巻き込む形で拉致することにしたのだという。
…要するに、貴方は行く行かないの選択肢を選ぶ前に、強制的に拉致された、と言うことだ。


そのことで恨めしげに看視者を睨むが看視者達はさらりとその視線を受け流し、黙々と進む。
そして視界は二転三転。
人が多く雑多に建物が立ち並ぶ街中から少しずつ建物がぽつぽつと減っていき、気づけばどこか懐かしい雰囲気漂う大きな山が目に入った。
ぽつぽつと点在するビルや家に囲まれるようにして、しかし全く揺らぐ様子がないように、堂々と鎮座するそれ。
驚いて目を見開く貴方だが、看視者は止まらない。
そのまま田んぼの脇道を軽く蹴って高く飛び上がると―――――そのまま、山の入り口へと着地した。

「ここは…」
「ここが『喰魔山』だよ♪」

呆然とした貴方の疑問に答えたのは、看視者ではない、少女のような…それでいて少年のような、不安定な声。
驚いて声のした方―――山の入り口へと目を向けると、そこには二人の『人』が立っていた。


――――――いや、『人』ではなかった。


「どーも初めまして♪俺たちが届けた招待状、受け取って貰えたみたいだねv」
「其方も忙しいところに呼んでしまってすまなかったな」


入り口に立っていた二人には―――『羽』があった。
黒い脇辺りまである髪をポニーテールにしてあり、くりっとした大きな瞳は右が金、左が金の変わった色彩<いろ>を持っている。
チャイナと膝丈の着物を混ぜたような変わった服にスパッツ、膝まである編み上げブーツを着た少女なんだか少年なんだか判別しかねる子供の腰から、真っ白な蝙蝠のような奇妙な翼があった。
そしてもう一人。
黒く足首まであるややたるませた長い髪を腰辺りで縛り、切れ長の瞳は射るような冷たさを帯びた白銀色。
陰陽師の式服のような衣装に、草履。
和風スタイルの落ち着いた青年の背からは、漆黒の翼が生えていて。折りたたまれたその両翼のそれぞれの中間点には、直径十センチくらいの緋色の石が埋め込まれるように点在していた。


――――どちらも、姿からして、やはり人ではなさそうに感じた。


しかしこの二人、見る限りではどうにも兄弟が親子にしか見えないのだが…それよりも、むしろ何故こんな格好で、それもこんな人里離れた山の中にいるのだろうか。
訝しげな貴方の視線に気づいたのか、子供の方がにこりと笑うと、貴方に向かって握手を求めるように手を差し出す。


「俺は神翔<かしょう>だよ。
 こっちのひょろ長いのは鳴<なる>ってゆーんだ」
「ひょろ長い言うな」
どげしっ。
「あ」

笑顔の神翔の説明に不満を持った鳴からの蹴りツッコミが神翔の背中にキレイに入った。
顔からずべしゃぁっ!と見事にスライディングをかます神翔。
驚いたように目を丸くする貴方の目の前で、神翔はがばぁっ!と体を起こした。
ちょっと鼻の頭がすりむけている辺り、結構痛そうだ。

「なんだよ鳴!ホントのことじゃんかぁ!!」
「人に変な印象を持たせるような紹介はやめろといつも言っているだろうが!!!」
きゃんきゃん吠える神翔と怒鳴り返す鳴。
最初の印象とは違い、どうにも漫才コンビの印象が拭えない。

どうすればいいのだろうと戸惑っている貴方とじーっと見ている看視者に気づいたのか、二人ははっとして佇まいを直す。
そして『こほん』とわざとらしい咳をすると、鳴は真面目な顔で口を開いた。


「まぁ、私達の名前はこれで知ってもらえたと思うが。
 私達の素性についてなど色々と気になることもあるだろうが、とりあえず我々の住居へと案内させてもらう。
 話はそれからだ」


その言葉に頷いた貴方と看視者は、前を歩き出す神翔と鳴に着いていき、山の中へと足を踏み入れるのだった。


***


「――――――そういうワケで、私達はきちんと『統治者』から許可を貰って暮らしているわけだ」

先ほどの邂逅から約一時間後。

数十分ほどかけて木や草をきちんと避けられた一本道を真っ直ぐに通った先にあった古風な一軒家の中。
外見の割には意外と近代的な内装の家の中に入り、鳴に入れてもらった茶を飲みながらの話の締めくくりが、これ。

―――鳴の無駄に長い話を要約すると、こうだ。

神翔と鳴は純正のあやかしだが、ここの森に住む他のあやかし達は大抵が何かしら半端な部分を持つ者達らしい。
それゆえ戦闘能力もほとんどの者が皆無に等しく、人と争う気も持たない者ばかり。
だからこそ黒界では攻撃や蔑みの対象になることが多く、それを回避する意も込めて、統治者がこの『喰魔山』にそれら半端なあやかしたちを集め。
そして用心棒も兼ね、人界で暮らしたいと思っていた神翔と鳴の申請を『喰魔山の管理役になる』と言う条件でもって受けたのである。

「ここの山はなんだか不思議な力があるみたいでね。
 純正のあやかしは近づくことすら難しいみたいなんだ」
あ、俺達は看視者から喰魔山の気の影響を受けない術を施して貰ってるから平気なんだけどね☆と笑い、神翔は話を続ける。

「それにここの山の草木は全てが純正のあやかしにとっては普通の人間にとっての『毒』に等しいほどの威力を持ってるんだ。
 草木の汁や木屑の欠片が付着しただけでもアウト。被れたりそのだけ腐ったりしちゃうみたい。
 ついでに言うと、食べれば下手すれば即死、ってトコだね」

あー、でも黒界のあやかしにしか威力がないみたいだから、結局のところ黒界以外の存在に対してはほとんど無力なんだけど。
そう言って笑顔を向ける神翔。


「…そういうわけで、この喰魔山は半端者の孤児院のようなものであると同時に、対あやかしの能力を持つ天然の要塞も同然、と言うわけだ」


だからこそ、ここに住まう半端者達は皆健やかにすごせる。
そう言ってしめくくる鳴を見ながら、貴方は口を開いた。


「…それじゃあ、『困ってる』って…?」


その疑問に、神翔と鳴は苦虫を噛む潰したような表情を浮かべる。
そして少々の沈黙の後、神翔が困ったように眉尻を下げて口を開いた。


「……それがさぁ。どっかの開拓業者がこの山を開拓の対象にしてるみたいなんだ」


その言葉に、貴方は驚いたように目を見開く。

「この山がなくなれば半端者達の行き先がなくなる。
 そうなれば、ヤツらは黒界に戻るしかない。
 …そうなると、また半端者に対する虐待が酷くなるだろう…」
できればそれだけは避けたいと悲しげに目を伏せる鳴を見て、貴方は戸惑うように視線を看視者に向ける。
しかし看視者はただ話を静かに聴いているだけ。どうやら話が終わるまで動く気はないらしい。

「何度か人のフリして此処の開拓は止めてって適当に理由でっちあげてお願いしたんだけど、あっちは聞く耳持たず。
 とにかくそんな事情は知らぬ・存ぜぬ・今更開拓止められぬ、の一点張り」
「このままでは喰魔山が崩されてしまうのもそう遠くはない」
「だから…」

そこで言葉を切った神翔は、がばぁっ!といきなり立ち上がる。
驚いて目を見開く貴方を他所に、神翔はぐっと拳を握りながら声を荒げた。


「――――こうなったら俺達で開拓を無理矢理やめさせるしかないって、決めたんだ!!」


「……は?」
あまりにも唐突な発言に、貴方は完全に目が点。
いきなり何を言い出すんだと言わんばかりの表情に気づいたのか、鳴が呆れたようにコーヒーを飲みながら口を開く。


「…要するに、奴らが此処を開拓したくないと思わせればいい、と私達は考えたわけだ。
 とは言え、我々には財力はないからな。金での交渉は不可能。
 ……となれば、最終的に残るのは実力行使、と言うわけだ」

「だから俺達がその開拓業者に対して徹底的にイタズラや嫌がらせをして、ここの山を開拓しようとしたら祟りが起こるとでも思い込ませればいい!
 俺はそう考えた!!!」

「…とりあえず最終的な交渉はしてみるつもりではいるが、恐らく希望は持てまい。
 その時は徹底抗戦だ。
 私は必要な機材の破壊や、威嚇も兼ねたギリギリ直撃しないように調整して人間達へ攻撃。
 神翔は他のあやかし達を先導して悪戯の限りを尽くす。
 悪いとは思うが、相手の都合よりこちらの都合。
 二度とそのような考えが湧かぬよう、容赦はしないつもりだ」

「それで他の業者にもその話が広がれば、俺達としては万々歳だしね!!
 この山が開拓されないようになれば、それでいいわけ♪」


交互に為されるトーンもテンションも違う言葉に少々混乱しかけながらも、貴方は大方のところを理解した。
要するに、開拓をやめさせるため、業者達に嫌がらせや脅しを行えばいいわけだ。
直接人間に危害を加えるつもりではないようだし、彼等の住処になり得るところが此処しかないのなら、仕方がないだろう。

此処まで聞いてしまった以上、放っておくわけにもいくまい。
既に今回の行動について話し合いを始めている看視者と鳴・神翔を見ながら、貴方は面倒なことになったかもしれないと、深々と溜息を吐くのだった。


――――――――勝負は明日の昼間から。
           はてさて、喰魔山が開拓されぬよう、どうするか。






どうも初めまして、もしくはこんにちは。暁久遠です。
微妙なOPでごめんなさい。全看視者に対応したOPにしようとすると何かと描写に制限がかかるので…(汗)
この異界での第3回目のゲームノベルは、イタズラ系(笑)にしました。
いまだに戦闘してませんが、そこはご容赦くださいませ…(滝汗)
看視者達や神翔・鳴ら特殊NPCや世界観については、異界の「狭間の幻夢(ゆめ)」を御覧下さいませ。

今回のシナリオは、大雑把に言えば「魔人・看視者(一人)と一緒にイタズラ及び実力行使で工事の立ち退き要請!」となります(をい)
出会った看視者・鳴(立ち退き最終要請及び実力行使)と神翔(イタズラし放題)のどちらと一緒に行動をとるか・看視者が二人組の場合、どちら(一人)が一緒に来るか・どんな行動をとるか―はお忘れなく書いて下さい。勿論、属性についての明記も必須ですよ。(属性名か、お任せか)
複数人数打ち合わせの上での同時参加の場合は、その旨をお書きください。
喰魔山の気になることや、看視者達の気になることなども聞きつつ、思いっきり実力行使しちゃってください☆(笑)

参加人数は特に決めておりません。期間内は開けっ放しの可能性高し(をい)
ではでは、ご参加お待ちしております。
【狭間の幻夢】鳳凰堂の章―御

●空間●
「急な来訪すまんが、少し休ませてもらえるか?
 お前たちの名前は?…あぁ、そうか…俺が先に名乗るべきか。
 …俺は、蓮生と言う」
そう言いながら少年―――冷泉院・蓮生は、鳳凰堂へとやってきた。

簡単な自己紹介の後継彌と御先によって半強制的に生活スペースへ招かれた蓮生は、出された湯飲みに注がれた熱い緑茶を飲みながら問いかけた。

「ここは一体どこなんだ?
 普通の場所とは違うのはなんとなく分かるのだが…あまりにも奇妙すぎる」

眉を寄せながら言う蓮生に御先が笑うと、「眉間に皺寄せてると取れなくなっちゃうよん?」とふざけて笑いながら眉間を突く。
それに眉を益々顰めながら、嫌そうにその手を払うと、「おや」と言う呟きと共にあっさりと手は離れていった。
その様子にくすくすと笑いながら、継彌は蓮生の疑問に答える。

「どこか、と問われれば…僕が『作った』空間だと答えさせていただきます」
「お前が作った?」
その不可解な解答に蓮生が眉を寄せると、継彌はまぁまぁと言いながら話続ける。

「僕の能力の一つに、条件を満たす者しか入ることのできない空間を作る能力があるんです。
 そしてこの鳳凰堂を中心として精製した空間は、ある条件を満たした能力者しか入ることの出来ないようにしておいたのですが…」

どうやら、少しばかりミスをしてしまったようですね、と蓮生を見ながら継彌は苦笑した。
変なところで条件を誤魔化された蓮生は、不満そうに継彌を見る。
すると、継彌の代わりににっこり笑顔の御先が口を出す。

「条件ってゆーのはねぇ、何か欲しい道具や武器があるか、または何かの声のようなものに呼ばれた人しか入れないようにー、ってヤツなんだけど。
 レンレンはなんか違うみたいだしねぇ?」

にゃはは、と笑いながら言う御先に、蓮生は思わず眉を寄せた。
変なあだ名をつけられていることもあるが、自分がイレギュラーだと言うことについても、あまり気分のいいものではなかったからだ。
そんな蓮生の気持ちを察したのかはわからないが、継彌が二人を見ながら苦笑気味に口を開く。

「…まぁ、結局は僕のミスで間違いないですから、蓮生君はお気になさらないで結構ですよ?」

そう言って微笑めば、蓮生は少し眉間に寄せた皺を緩める。
「そーそー、レンレンは良い子だからなーんにも気にしなくていいんだよー?」
それを知ってか知らずか、茶化すように言いながら御先が蓮生の背におんぶするようにのしかかる。

「…鬱陶しい!引っ付くな!!」

過剰なスキンシップが嫌い…というか苦手な蓮生にとってはこれは嫌がらせ以外の何者でもなく。
思い切り嫌そうな顔をしてべしっ!と身体に回された手を叩いてやると、「いったぁーい…酷いなぁ、もぉ…」と叩かれた手を摩りながら御先が拗ねた顔でぼやいた。

まったく―――どっちが子供なのやら。

その光景を見ていた継彌が、こっそりそう思ったとか思わなかったとか。


●あやかし●
なんとか元の雰囲気に戻った蓮生と御先。
そして三人でお茶を再開していると、またもや蓮生が口を開いた。

「…なぁ。黒界には、どんなあやかしがいるんだ?」

純粋な質問。
顔を見合わせた継彌と御先は、思い出すように視線を上に向けながら口を開く。

「そうですねぇ…。一つ目小僧や傘おばけとか、雪ん子に妖狐、猫又、あとはキョンシーとか」
「キョンシー?」
「はい。それに、墓守と言う人の墓を守ることを好む者や、山姥なんていうメジャーなのもいますね。
 変わり所だと『赤ずきん』なんていうのもいますよ。…こちらの童話の赤ずきんちゃんとは180度違う性質ですが」

「あとはドラキュラやバンシー、レイスにサラマンダー。ユニコーンにケルベロス。
 笑いどころだとトランプマンってゆートランプ勝負が大好きなヤツもいるよん」

「トランプマン…」
なんだかどこかのテレビに出てそうな名前だ。
しかし話を聞けば聞くほど奇妙な世界だと思う。
昔聞いた話にいそうなものから、世間一般で知られているモンスターや妖怪。
更には少なくともモンスターや妖怪とは全く縁がなさそうな者もあやかしとして扱われている。

「それにひとえに『鬼』と言っても、種族は何十もありますし。
 戦闘が得意だとか、頭がいいとか、角がどんなで戦いかたはどんな感じだとかで一気に種族は枝分かれしますからね」

だから実際言い出せばキリがないんです。と肩を竦める継彌を見て、ふぅん、と蓮生は生返事だ。

「基本的にはこっちの言葉で言えば『和洋中チャンポン』ってトコだね☆
 それと、黒界には『神様』ってゆー存在はないよ。
 まぁ、神に近い存在としての能力を持った超希少種ならぽつぽついるけど」

神、と言う言葉に一瞬蓮生が反応したが、二人ともそこには気づかなかったようだ。
もぐもぐと饅頭を食べながら何故か笑う御先を見ながら、蓮生は再度疑問を口にした。

「…何故、あやかしは人界にいちゃまずいんだ?」

その言葉に、二人が止まる。
蓮生の頭の中に、己の私欲のために人間に害を為すあやかしがいる、と言う発想はない。
それ故に、どうして害を為すのかさえも理解できないのだ。
ただ純粋な質問に、口の端に食べかすをつけたままの御先はきょとんとしたまま口を開く。

「何でって…そりゃあ、性質の悪いあやかしは自分のやりたいほう―――もごっ!?」
「ちょっとすみませんねぇ」

至極当然だと言わんばかりの顔で言いかけた御先の口を継彌が笑顔で塞ぐと、御先を引き寄せて二人でこそこそ話をし始める。
「?」
ところどころ会話の切れ端が聞こえてくるが、それも「純粋な…」とか「えー」とかそんな全く意味を理解できない部分だけ。
首を傾げた蓮生がどうしたのかと聞く前に、話終わったらしい御先と継彌が顔を戻した。
そして御先が面倒くさそうに後ろ頭をぽりぽりと掻いた後、笑顔になって再度口を開く。

「んー…原則的には、人に害を加えなければ統治者に許可を貰って人界で生活してもいいんだよね、ホントは」
「そうなのか?」

「うん。
 …ただ、人に害を加えないって条件を満たすには、まず人を危険に合わせてしまう可能性のある能力や性質を持つあやかしはアウトラインに引っかかるわけ」

風で物を切り裂く力を持ってるとか、気性が荒くてキレ易いとかね。
こっちで言う銃刀法違反みたいのの代わりがそれなわけ。と説明する御先に、確かに危険だな、と蓮生は頷く。

「まぁ、そういう能力を持ってても気性が穏やかだとか、優しいだとか、気が弱いだとか…そう言うのはオッケーなの。
 そういう性格のは人に害を加える可能性が少ないからね」

ふむふむと頷く蓮生に思わず噴出しそうになるのを堪えながら、御先は話を続ける。
「基本的には出来るだけ皆をこっちで生活させてあげたいなー、とは思うよ」
「じゃあ、どうして駄目なんだ?」
直球完全ストレート。
真っ直ぐな問いかけに思わず苦笑しながら、御先はうーん、と困ったようにうなる。

「そうだなぁ…あ、ホラ、人界にだって、悪戯っ子っているでしょ?」
「いるけど…それが?」

「悪戯っ子ってさ、自分が相手をして欲しいからとか、結構ワガママにやりたい放題やるじゃない?
 小さい子でも、玩具を買って欲しくて駄々をこねる子とかいるでしょ?」

他にも女の子のスカート捲るだとか、砂とか水とか人にかけて遊ぶだとか。
そう話す御先に、蓮生は小さく頷く。
実際そういうことをやっている場面に遭遇したこともあるから、話は分からないでもない。
蓮生が頷いたのを確認してから、御先はぴっと人差し指を立てた。

「―――あやかし達の中には、そういうのが沢山いるんだよ。
 なんていうか…小さい子供みたいな思考回路のあやかしがいーっぱい」

そう言って両手を広げてぐるーっとまわした御先は、困ったように笑う。

「もしそんなあやかし達がこっちにいっぱいきて、ワガママやりたい放題悪戯とかしちゃったら凄く大変でしょ?
 人界の被害は図り知れないし、迷惑だって沢山かかっちゃう。
 悪い印象って、ほんの一部だけでも一くくりにされちゃうことが多いじゃない?
 それであやかし達はみーんな悪い奴等だってレッテル張られちゃったら、俺たちだって悲しいもん。
 だから、そういう悪戯っ子達は大人ーな性格になれなくっちゃこっちにくることはさせられないの」
「僕たちはいわばほら、子供がいい子に育つように教育しようと頑張ってる母親みたいな…そう言う心境なんです」

一生懸命分かりやすく伝えようとする御先の締めに重ねるように、継彌が笑ってそう付け足した。
的確なような的確じゃないような…。
ただし、なんとなく言いたいことはわかった。

「…じゃあ、そのワガママなあやかし達がイタズラしたり人界の人々に迷惑をかけないように、こっちに来れるあやかしを制限しているんだな?」
「うん、大雑把に纏めればそゆこと♪」

伝わってよかったー、と胸を撫で下ろす御先を見ながら、蓮生はぽつりと呟く。

「…じゃあ、なんで御先はここにいるんだ?」
「え゛」

…その言葉の意味を御先が理解するまで、後数秒。


●統治者とイタズラ●
蓮生の言葉で凹んで拗ねた御先を継彌と一緒に一生懸命慰めて浮上させた後、ようやく茶飲み話が再開された。
まだ微妙にぐすぐす御先が鼻を啜る音がして、コイツは一体幾つだ…と心の中でひっそり思った蓮生だったが、また凹まれては困るのでさっさと話を終わらせることにする。

「…お前たちの世界には神はいないといったが、お前たち看視者の中に王やリーダーのようなものはいるのか?」

誰も彼もが好き勝手に己の正義を貫けば統制などとれるわけもなく。
好き勝手に動き回れば人界も乱れるし、こんなにきちんとした対処も出来はしないだろう。
それならば、それを統制するための存在がいるはず。

そう考えた蓮生の問いかけに、御先と継彌はにっこり微笑むと頷く。

「そりゃ勿論。
 俺達の組織の一番上に『統治者』って存在がいるよん♪」
「僕が人界で営業を行えるのも、統治者さんが許可を出してくださったおかげですからね」

笑顔で言う御先と継彌。
しかし聞いたことのない名前に首を傾げた蓮生は、新たに浮かんだ疑問を口にした。

「統治者?
 いったいどんな奴だ?」

その言葉に、二人はきょとんとした後―――顔を見合わせて、小さく笑う。
そして蓮生に向き直ると、笑顔のままで口を開いた。

「そーだねぇ。
 やっぱり俺達をまとめられるだけのカリスマは備えてるよ?」
「それにとてもお優しいお方ですよ。
 本当なら顔を見せてもいいとお考えのようなのですけれど、戦う術をお持ちでない為あくまで顔は極秘になっています」
「まぁ、俺やつっちーはバッチ見たことあるけどね♪」

そう言ってけらけら笑う御先を見ながら、蓮生はふと湧いた疑問を口にする。

「それで―――統治者って、男なのか?女なのか?」

――――――瞬間、御先と継彌が硬直した。

そして数秒の間を空けてから、二人はどこか引き攣った笑みを浮かべて話し出す。
「……ヒミツv」
「やっぱりそこは秘密にしておかないといけませんよね」
顔を見合わせて苦笑し合う二人を見て、蓮生は益々気になったと顔を顰める。

「何故だ?話したら不都合でもあるのか?
 たかが性別の話だろう?」
「だからこそ、ですよ」
不満そうな蓮生の言葉に、きっぱりと継彌が答える。
それに眉を寄せる蓮生を見ながら、御先がにっこり笑って口を開いた。

「統治者サマはさ、黒界のあやかし達にあんまり好かれてないんだ。
 統治者サマは、あやかし達にとっては自分の目的を邪魔をする…目の上のタンコブみたいな存在だからさ。
 レンレンがばらすとは思わないけど、何時どこで聞き耳立ててる悪い子がいるかわかんないから、そこはヒミツなの」

そう言って口元に人差し指を当てながら、ごめんね?と謝る御先。
位の高い存在になればなるほど命を狙われることも多くなる。
なんとなくそれを理解した蓮生は、少々不服そうながらも頷いた。

「…わかった。それも仕方ないことだろうしな」

その言葉に嬉しそうに頷くと、御先は懐から小さな箱を取り出すと、蓮生に差し出す。
「…これは?」
「統治者サマのこと話せない分のお詫びv
 ちょっと前につっちーのお店で買った品物なんだよん」
そう言ってはいよ、と無理やり渡すように蓮生の手の上に箱を落とす御先。
その箱と御先を交互に見ながら、蓮生は手の中にある箱を見た。

シンプルな紺色の20cm四方の立方体の箱。
軽く振ってみると何か軽いものでも入っているのか、からからと軽い音がした。

「…中身は?」
「ヒミツv開けてみてのお楽しみだよん♪」
楽しそうな御先の笑顔に少々嫌な予感がよぎるものの、渡されたものを返すのも悪い気がして、蓮生は大人しく開けてみる。


―――――――びよよよ〜ん。


「……え?」
間抜けな音と共に、バネがついた丸いボールが飛び出してきた。
ボールにはあっかんべーをしているような顔が描かれていて、バネの反動で前後左右にびよんびよんと動き回っている。

……俗に言う、『びっくり箱』というやつでは?

ぽかんとしてびよんびよんと揺れ続けるボールを見ていると、御先がチッと小さく舌打ちをする音が耳に届く。
「ちぇー、今回は『ハズレ』かぁ。つっまんないのー」
「御先…お前、これは一体…??」
本当につまらなさそうな呟きに、ぎぎぎ、という擬音がしそうなほどぎこちない動きで振り返った蓮生に、御先はにっこり微笑んで返す。

「正真正銘『ビックリ』箱だよん♪
 閉めて開ける度に飛び出てくるモノが変わるってゆー変わった箱なのさ!
 飛び出てくるモノはランダム!生物無機物関係なしの危険度すらもランダムというドキドキボックス!!
 まさに開ける度に『ビックリ』する優れもの!!
 …ちなみに、俺がチャレンジした時は戦場のパイナップルが飛び出してきて危うく死に掛けました…」

「…」
最後のところでふっと遠い目をする御先を見て、なんて物騒な箱なんだ、とか、なんでそんな危険なものをプレゼントにするか、とか色々ツッコミどころがあったが、とりあえずつき返した方が安全だろう。主に自分の命が。
そんな蓮生を見て何を考えたのか、まるで先手を打つかのように返そうとする蓮生の手を止めた。

「これは俺からレンレンへのささやかな気持ちv
 大丈夫、自分に向かって開けなければいいだけだからさ☆」

…そういう問題か?
そんな蓮生の心のツッコミは、見事に笑顔で黙殺される。

―――――結局、蓮生はびっくり箱をつき返すことができず、受け取る羽目になったのだった。


●現幻●
その後も暫く談笑をしていた三人だったが、ふと御先が外を見て、ぽつりと呟いた。

「…そろそろ帰った方がいいんじゃないかな?」

「え?」
和やかな空気の中、唐突に紡がれた御先の言葉に不思議そうに窓の外に目を向けると、窓から差し込む夕日が赤みを帯び、徐々に暗くなっているのが感じられる。
…何時の間にか、日が沈みかけていたのだ。
思っていたよりもすっかり話し込んでしまったらしい。

「…確かに、そろそろ帰った方がいいかもしれないな」

蓮生は頷いて、ゆっくりと立ち上がる。
その動きを見て御先と継彌も立ち上がり、見送りでもするつもりなのか、入り口に向かって歩き出した蓮生を追いかけた。

店舗を緩く見ながら戸の前にたどり着いた蓮生は立ち止まると、振り返って軽く微笑む。

「…それでは、これで失礼致する」
「えぇ、お気をつけて」
「うん、元気でねー?」

優しい響きの声に小さく安堵すると、御先と継彌にもう一度微笑みかけ、くるりと引き戸に向かい直す。
そして、引き戸を引いて開くと同時に足を動かして敷居を跨いだ瞬間―――。

「それじゃあ、どうぞ、お元気で」
「また機会があったら会おーね!!」

――――――二人の声が聞こえると同時に、ぐにゃり、と…世界が歪んだ。

***

「…え?」

驚いて一瞬閉じた目を開いた蓮生の耳に唐突に入ってきたのは―――雑踏。
人が行きかい、ざわざわと話し声がざわめきを作り上げる。

「ここは…」

驚きに見開かれたその瞳に映る景色や耳に入るざわめきや感じる建物の並びは、自分が鳳凰堂に訪れる少し前まで通っていた場所に相違ない。
本来ならば、自分が出た場所は開けた場所で、ざわめきなど全く聞こえない、真空のような空間だった筈だ。
振り返ってみれば、そこにあるのは人の波。
あのどこか古ぼけた引き戸どころか、店自体全く見当たらない。

「……幻、だったのか…?」

あの店や看視者は、自分が見た幻だったのではないだろうか。
ふと、そんな不安に駆られる蓮生。
しかし、彼の手の中で、からからと、箱のような物の中で何かがぶつかるような音がした。
ふと視線を落としてみると、そこには―――あの、びっくり箱。


――――――夢じゃなければ、幻でもない。…現実。


それを見て不安が吹き飛んだ蓮生は、思わず口元を笑みの形に歪める。
そしてふわりと髪を風に靡かせて空を見上げると、小さく呟いた。

「…全く、変な男だったな…」

誰に言うでもなくぼやくようにそう言うと、蓮生は身を翻して歩き出す。

「だが…退屈は、しなかったな…」

沈み行く夕日を眺めながら、蓮生は苦笑気味にぽつりと呟いた。
しかし、勿論それに答える声はない。
予想していたその結果に苦笑を浮かべながら、蓮生は人の波に紛れ込む。


「――――レンレンがレンレンのままでいてくれたら、きっと、また会えるよ」


そんな彼の耳に、後方から聞き覚えのある声が届く。
驚いて振り返ると―――空色の髪が、蓮生とは逆の方向の人混みに紛れて消えるのが見えた。


それを見て、蓮生は思わず苦笑してから…再度、前を向いて歩き出す。
口元には玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべ、瞳は純粋な光りを称えたまま真っ直ぐに前を見つめて。


――――――今度こそ、蓮生が振り返ることはなかった。


<結果>
記憶:残留。
おみやげ(?):継彌お手製びっくり箱(開ける度に飛び出すものが変わる)


終。

●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●
【整理番号/名前/性別/年齢/職業/属性】

【3626/冷泉院・蓮生/男/13歳/少年/光】

【NPC/御先/男/?/狭間の看視者/光】
【NPC/継彌/男/?/『鳳凰堂』店主兼鍛冶師/火&水】
■ライター通信■
大変お待たせいたしまして申し訳御座いませんでした(汗)
異界第二弾「鳳凰堂の章」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
今回は前作に比べて皆様の属性のバリエーションが広がっており、ひそかにほくそ笑みました(をい)
まぁ、残念ながら火・地属性の方にはお会い出来ませんでしたが…次回に期待?(笑)
また、今回は参加者様の性別は男の方のほうが多くなりました(笑)いやぁ、前作と比べると面白いですねぇ(をい)
ちなみに今回は残念ながら鎖々螺・鬼斬と話す方はいらっしゃいませんでした…結構好きなんですけどねぇ、私は(お前の好みは関係ない)
なにはともあれ、どうぞ、これからもNPC達のことをよろしくお願い致します(ぺこり)

NPCに出会って依頼をこなす度、NPCの信頼度(隠しパラメーターです(笑))は上昇します。ただし、場合によっては下降することもあるのでご注意を(ぇ)
同じNPCを選択し続ければ高い信頼度を得る事も可能です。
特にこれという利点はありませんが…上がれば上がるほど彼等から強い信頼を得る事ができるようです。
参加者様のプレイングによっては恋愛に発展する事もあるかも…?(ぇ)

・蓮生様・
ご参加、どうも有難う御座いました。また、御先をご指名下さって有難うございます。
黒界に関して描写する機会を頂いたつもりで、楽しく書かせていただきました。ただし、統治者のことは誤魔化しまくりですが(爆)
純粋さって時にはとても怖いというか…誤魔化すのって大変ですよね(をい)そんな感じが出ていればいいなぁ、と思います。
また、御先が必要以上に馴れ馴れしく、且つ蓮生様が素で毒を吐いてたりしてますが…大丈夫ですか?(滝汗)
ちなみに一番最後の題名は「うつつまぼろし」と読んでくださいませ。
全体的に不思議な店的な感じを出したかったので、幻的な終わり方にしてみました。
おみやげはとてつもなく変なものですが…悪戯にでも使ってみてください(をい)

色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。