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■【夢紡樹】 ユメウタツムギ■

紫月サクヤ
【3404】【祇堂・朔耶】【グランパティシエ兼坊守】
 貘はコロン、と転がった夢の卵を前に珍しく渋い顔をしている。
「ちょっと今月は夢の卵が多いですねぇ」
 悪夢はちょこちょこと貘のおやつとして消化されているのだが、幸せな夢など心温まるものは貘の口に合わないらしく、そこら中にあるバスケットの中に溢れかえっていた。
「どなたか欲しい方に夢をお見せして貰って頂きましょうか」
 ぽん、と手を叩いた貘はバスケットの中に夢を種類別に分け始める。
「さぁ、皆さん、どんな夢をご所望なのか。お好きな夢をお見せ致しましょう」
 くすり、と微笑んで貘はそれを持ち喫茶店【夢紡樹】へと足を向けたのだった。
【夢紡樹】−ユメウタツムギ−


------<一つの計画>------------------------

 ある晴れた朝。
 空は高くて澄んだ青色を見せている。そよいでくる空気も心地よかった。
 先日頼んでいたことを祇堂朔耶は実行に移すべく姪である橘百華の元へと向かう。


 それはふとしたきっかけで見つけた喫茶店。
 場所も大きな木の洞の中ということからして何か異質なものを感じたのだが、三匹の霊獣は全く反応を示さなかった。
 それは安全ということなのだろう。
 中に入ってみると、人の良さそうな笑みを浮かべた金髪の青年とピンクのツインテールを揺らしたウェイトレスの少女が明るい声で朔耶を迎えた。
 そしてものは試しだと朔耶は珈琲とプティングを頼んだのだった。
 もちろんパティシエとして興味があったということもあった。
 出てきたプティングはとてもまろやかな口当たりで、朔耶も素直に美味しいと思えるものだった。
 へぇ、と舌鼓を打ちながら朔耶が店内を見渡しつつ珈琲を飲んでいると隣に怪しげな一人の黒づくめの人物が現れた。
 瞳の部分を黒い布で覆った銀髪の髪の青年。不思議な雰囲気を醸し出している。
 訝しげな視線を思わず向けてしまうとその青年は恭しく一礼し、朔耶に言った。

『夢の卵はいりませんか?』と。

 そこの店長である貘は不思議な人物で、夢を扱っているのだと真顔で言ったのだ。
 どんな夢でも見せれるのかと尋ねれば、出来るという。
 悪夢でも幸せな夢でも、記憶の底に沈んだものを夢として見せることも可能です、と。
 胡散臭い話だったが、嘘を付いている様には思えなかった。
 瞳を見せず話すのを申し訳ないと店長だという貘は謝罪する。盲目なのだと。
 盲目だったために夢を扱える様になったとも言っていた。
 そう自分のことを話す貘を悪い人物とは思えず、朔耶の中に一つの考えが浮かび上がる。
 それは姪である百華のことだった。
 幼い頃に受けた虐待のせいで感情を失ってしまった姪。
 楽しいことも、嬉しいことも痛いことも全ての感情を感じることが出来ない。
 それはとても淋しいことなのではないかと朔耶は思っていた。
 やはり楽しい時には一緒に微笑んで笑い合っていたい。
 愛おしいという気持ちも、たくさんこの世界には想いが溢れているんだということを思い出させてやりたかった。
 三年前まではその心にも刻まれた想いを体中で表現していたはずなのだから。
 記憶の底に沈んだ想いも夢として見ることが出来るのなら、感情の欠片をそこで見つけることは出来ないだろうか。
 そう、朔耶は考え貘を振り仰いだ。
『俺は祇堂朔耶。…相談したいことがあるんだけどいいかな?』
『はい、なんでしょう?お手伝い出来ることがありましたらなんなりと』
 そうして朔耶は一つの計画を持ちかけたのだった。
 

------<朝の風景>------------------------

 朔耶が百華の部屋へ向かうと、窓辺で猫と戯れる百華の姿を発見した。
 にゃーお、と可愛らしく泣いて長い尻尾を揺らし機嫌良く去っていく姿。
 それを少しだけ和らいだ顔で百華は見送っていた。
 それを見届けてから朔耶は百華に声をかける。

「今日はお店休みにして出かけようか」

 本来7歳の少女なら、ここで表情をくるりと変えどんな楽しい場所に出かけるのかと瞳を輝かせることだろう。
 しかし百華の表情にそれはない。
 心を傷つけられ全ての感情を心の奥底にしまい込んでしまった百華には、それを楽しみにすることすらなかった。
「……どこに?」
 百華は表情を変えることなくぼんやりとした表情で朔耶に尋ねる。
「のんびり散歩しながらお茶でも飲みに行こうと思ってね。いいお店見つけたから。きっとモモも気に入ると思う」
「お散歩……好き」
「知ってるよ。だから一緒に行こう」
 ほら、と朔耶は百華に手を差し出す。
 そしてその手を百華はきゅっと掴み立ち上がる。
 朔耶はニッコリと微笑んで小さな手を握り返すと、百華の手を引いて歩き出した。

 朔耶と百華は手を繋いでゆっくりと歩いていく。
 百華の速度に合わせてゆっくりと。
 繋いだ手の温もりが心地よい。
 実の子供ではないが、本当に百華のことが愛おしいと思う。
 こうしているだけでも幸せだと思うが、本当は百華の顔に表情が戻ればどれだけ幸せが倍増するのだろうとも思う。
 道行く猫が百華に向かって声を上げる。
 その度に百華はぴたりと足を止め、何かしら声をかけている。
 朔耶も動物と会話が出来るのを知っているためその度に足を止め、言葉は分からなかったが一緒にその猫と視線を合わせてみたりしていた。
 そんな中ちらりと朔耶は百華の顔を伺う。
 やはり表情がないといっても動物と会話している時の百華はどこかしら嬉しそうなのだ。
 アニマルセラピーの効果もあるのだろうか。
 やはりこうして外を一緒に歩くのも悪くないと朔耶は思う。
 バイバイ、と猫に手を振る百華と再び歩き出す。
 朔耶は少しずつでも良いから百華が感情を取り戻していってくれればと願う。

「あ、モモ。こっち」
 綺麗な澄んだ水を湛えた湖の脇を通り抜け、百華と朔耶はその先に見える大きな木へと向かう。
 しかしそこはただの木ではなかった。木の洞の中には喫茶店が存在しており、それなりに賑わっている様だった。
「……大きな木」
 木を見上げる百華の隣で朔耶も目を細めてその木を見上げる。
 零れてくる柔らかな日差しが二人を照らしていた。
「さ、入るよ」
 百華の手を取り、朔耶はその大きな木の洞の中にある喫茶店『夢紡樹』の扉を開けたのだった。


------<夢の卵をプレゼント>------------------------

「いらっしゃいませ」
 明るい声と笑顔が二人を迎える。
 すぐに二人の元へピンクのツインテールを揺らした少女、リリィが現れ席へと案内する。
 店の奥の方にある席へと案内された二人は椅子に腰掛ける。
「こちらがメニューです。…っと、コンニチハ朔耶!また来てくれてアリガトv」
「エドガーさんのデザート制作技術盗みにね」
 くすり、と二人は顔を見合わせて笑う。
 計画的犯行ではあったが、デザート制作技術云々という朔耶の言葉に嘘はない。
 職人とはいつ何時でも修行を行うものなのだ。
「で、そっちがこの間言ってた娘さん?コンニチハ〜!リリィだよっ」
 可愛い〜、とリリィは百華に挨拶をする。
「……リリィちゃん?…こんにちは…ももかなの」
「うんうん、ちゃん付けで呼ばれるのも新鮮。ももかね…それじゃ、リリィもモモちゃんって呼ぼう!」
 嬉しそうにそう言うとリリィは、決まったら呼んでね、とパタパタと走っていく。

「さてと、色々あるけど何食べる?」
 メニューを広げて朔耶は百華と一緒にそれを眺める。
 上から下までずらーっと並んだ名前。かなりの量がある。
 それから朔耶はケーキセットを選ぶ。こういったシンプルなものの方がその店の独自の味が出ていることが多い。
 百華に尋ねると同じモノでよいと言う。
 リリィを呼んでケーキセットを二つ頼むと朔耶は百華に告げる。
「ここの雰囲気好き?」
 辺りを見渡した百華は部屋のあちこちに人形やぬいぐるみなどを見つけ、こくん、と小さく頷く。
「良かった。俺が好きでもモモが嫌いだったら一緒に来る意味無いからね」
 にこりと微笑み朔耶は百華の頭をくしゃりと撫でる。
「ここの面白いのは木の洞の中にあるからだけじゃないんだよ。もっと面白いのがあってね……」
「いらっしゃいませ。朔耶さん、こんにちは」
 すっと気配なく二人の隣へとやってきた貘が声をかける。
「おっと。突然出てこられると吃驚するんだけど。でも丁度良かった。モモ、この人が面白いんだ」
「おや、丁度お話しに出ていましたか。初めまして、店主の貘です。貴方が百華さんですね」
 目を黒い布で覆った貘を恐がりもせず、じっと見つめた百華は頷いた。
「…こんにちは……目いたいの?ばくちゃん」
「いいえ、痛くはありません。大丈夫ですよ。百華さんは何処か痛いところがありますか?」
「モモ…いたくないから、平気」
 痛くないと痛いところがないは意味合いが違う。
 百華の場合は痛いところがあっても痛みを感じないだけなのだろう。
 それでも確実に傷は広がっているというのに。
「そうですか。では、そんな百華さんにちょっとしたものをプレゼント致しましょう」
 そう言って貘が手に提げた籐の籠から取り出したのは卵だった。
「…たまご?」
「普通の卵に見えますが、ちょっと違います。これは夢の卵。これを持って眠ると素敵な夢が見れるんですよ」
「すてき…な夢?」
 どうやら『素敵』という意味が分かりかねているらしい。
「百華さんは何が好きですか?」
「……動物さんたちとか…」
「好きな方たちとたくさん戯れる事が出来るかもしれません」
「それが…すてき?」
「簡単に言えば…そうですね」
 口元に笑みを浮かべて貘が言う。
「見てみたら?」
 朔耶が百華に勧める。
 朔耶が勧めるのだから難しいことではないのだと百華は思う。
 貘が百華に差しだした一つの卵を手にとってテーブルの上でころころと転がしてみる。
「失礼します」
 穏やかな笑みを浮かべた貘はそっと百華の額に手を触れる。
 そしてすぐに手を離すと恭しく一礼した。
「それではどうぞ良い夢を。その夢が貴方に幸せをもたらすよう」
 貘はそのまま二人に背を向け歩いていってしまう。
 百華は首を傾げ朔耶を見上げる。
 そこには笑顔を浮かべた朔耶が居た。
 その時、ぱちん、と指を鳴らす音が聞こえた。
 そう思った瞬間、百華は強烈な睡魔に襲われ瞳を閉じる。
 手には夢の卵を持ったまま、机の上にぽてっと身を委ね安らかな寝息を立て始める。
「眠っちゃった。凄いね、今の」
「いえ、これくらいは出来ませんと夢など売ったり買ったり出来ませんから」
 何時の間にか戻ってきた貘がにこり、と微笑み朔耶に告げた。

 安らかな寝息を立てている百華の髪をそっと撫でてやる朔耶。
「本当に百華さんのことが大切なんですね」
「もちろん♪だってモモは俺の娘だからね。直接的に血が繋がって無くても、大切なのは変わらない。モモが欠けてしまったらもう家族じゃないから」
 愛おしそうに可愛い寝顔の百華を見つめて朔耶は呟く。
「そうですね。何にでも繋がりは必要です。それは夢にも、そして記憶にも。先ほど百華さんの夢と記憶を結びつけさせて頂きました」
「それじゃ、百華は……」
 口元に笑みを浮かべて貘は頷いた。
「はい。朔耶さんが『百華に死んだ兄夫婦の生きていた頃の夢を見せてやってほしい』と願われていた様に、しっかりとその夢を。しかしそれは温かいだけの夢ではないかもしれません……記憶の中に潜む感情の欠片はそんなに簡単に手に入るものではありませんし」
「いや、いいんだ。一か八かの賭だから。それでモモが感情を少しずつでも取り戻していけるのなら……」
「そうだねっ。リリィも笑ったモモちゃんの顔が見たいなv絶対に可愛いと思うの。今も十分可愛いけど、花が咲いた様にきっと可愛らしいと思うんだよね〜」
 だから応援してるからっ!、とリリィは背後から朔耶に抱きつく。
「わっ……モモが潰れるからっ!」
「あー、ごめんごめん。朔耶ってなんか暖かくって甘えたくなっちゃうんだよねー」
 うんうん、とリリィは尤もなことを言ったという様に頷いている。
「そう思って貰えるのは嬉しいけどね。モモもそう思ってくれてると…」
「何言ってんの?」
 けろっとした様子でリリィが言う。
「当たり前じゃん。思ってるでしょ。リリィが保証したげるよ」
 バッチリ!、とリリィは笑う。
 そして回りにいた貘もエドガーも。
「ありがとう」
 にこり、と朔耶は笑いそっと百華を見つめた。


------<夢から覚めて>------------------------

 心配そうに百華を見つめる朔耶。
 先ほどから百華がずっと泣き続けているのだ。
 夢の中でどんな夢を見ているのだろう。
 先ほど貘は温かいだけの夢ではないと言っていた。
 それならばどんな哀しい夢を見ているのだろう。

 その時、百華の涙に濡れた瞳が開けられた。
「モモっ!」
 朔耶はそんな百華をぎゅっと抱きしめる。
 いくら感情を取り戻して欲しいと思ってはいても、泣いている姿は心臓に悪い。
「側にいるからね…」
 そう今自分が出来ることをぽつりと呟く。
「うん」
 百華は頷いた。
 抱きしめる腕の中の温もりはたった一つきりで、朔耶にとってかけがえのない人物だった。
 温かな温もりを感じながら腕の中で泣き続ける百華を抱く。
 髪の毛を撫でてやりながら落ち着くまで何度も。
 夢の中で百華は感情の欠片を掴むことが出来たのだろうか。
 今は完全に取り戻すことは出来なくても、少しずつで良いからゆっくりと一緒に過ごしていく中で感情を取り戻していってくれれば良いと思う。
 温かな温もりは何時だって百華の側にあるのだから。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●3489/橘・百華/女性/7歳/小学生
●3404/祇堂・朔耶/女性/24歳/グランパティシエ兼坊守


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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。

この度は夢紡樹へお越し頂きアリガトウございました。
見守る側ということで、百華さんとはだいぶ始まり方が違っております。
百華さんの方の話と照らし合わせて読んで頂ければと思います。
少しでも楽しんで頂けましたでしょうか。
百華さんは感情を取り戻すことは出来ずとも、胸に引っかかるものは掴んだようです。
朔耶さんと一緒に過ごしていく中で、取り戻していくのだろうと思います。
無事に感情が戻りますことお祈りしております。
素敵なお話しを書かせて頂きありがとうございました。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!