■夏風邪は…■
山崎あすな |
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】 |
「おはようございます」
いつものように元気良く、開店前の店に入ってきた永久の姿を確認して、軽く手を上げると作業に戻る。
どうしてだろうか。
いつもよりも、永久の声が頭に響いてズキズキとする。
「……兄さん? どうか、したの?」
いつもと様子の違うファーを不信に思ったのか、永久が覗き込むようにファーを見た。
「いや、どこか、頭が重くて……」
「え? 頭が? 風邪とか?」
「……風邪?」
否定の言葉ではなく、返ってきたのは疑問の一言。
「風邪、引いたことない?」
「それはなんだ?」
たまに、思うのだが。
今まで彼は、一体どんな生活をしてきたのかと。
人じゃないことはわかっているし、異世界から来たということも聞いた。
けれどとくに、気にしないですごしてきたが、こういうときに気になって仕方がなくなる。
「……頭痛くなったり、喉痛くなったり、熱が出たりして、身体がだるくなること。今、そういう状況じゃない?」
ファーは目を丸くして。
「どうして、わかったんだ?」
「間違いなく風邪っ! いいから、休んでっ! お願いだからっ!」
風邪を引いたままのファーが、店にいるわけには行かない。
とにかく、開店の準備は全部すんでいるようだから、後は自分が何とかしよう。
けれど、ファーの看病もしたい。
額に手を当ててみれば、熱も結構あるようだし、大体足元がおぼつかない。
寝ていれば治るのかもしれないが、栄養のあるものを食べさせたいし、薬も飲ませなければ――
一人じゃ、できっこない。
無理だ。
タイミングよく、誰か、兄を頼めそうな人か、店の手伝いをできる人が来てくれればいいのだが。
「……世の中、そんなにうまくできないわよね。うん」
とにかくファーを中に自宅として使っている部屋に押し込んで、永久はエプロンをつけた。
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【 夏風邪は… - その笑顔は - 】
今日は天気もいいし、買い物に行こうと思っているの。よかったら一緒に……。
一瞬目を疑おうかと思ったそのメールの内容。送られてきた、心から大切に想っている人からのメールというだけで、どこか心浮かれていたから、読み間違えたのではないかと何度も確認してしまった。
同時に覚える胸の奥が熱くなる感覚に、照れくさくなって、携帯電話から思わず目をそむけてしまう。
メールを送ってきた主が、携帯電話越しに自分の今の姿を見ているわけではないのだから、照れくさいなんて思う必要はないのだが、なんだかそうしてしまった。
すぐに返事を返そう。きっと、自分からの返事を待ってくれているはずだから。それからすぐにでも、彼女の家まで迎えに行って。
暇にすごそうと思っていた、何気ない夏休みの一日が、メールの一通でこんなにも嬉しい日になるなんて思いもしなかった。
悠宇はすぐに着替えて、メールの返信をすると、家を飛び出した。
特に急ぐ必要もなかったけれど、逸る心を抑えきれなくて、それが足のつま先まで伝わって、つい駆け足になってしまう。
「あら? 羽角くん?」
「あ……どうも、こんにちは」
誘い主の家の前までくると、ちょうどドアを開けて顔を出した母親と目が合う。一つ頭を下げて「日和さん……いますか?」と少々ためらいがちに問う。
「多分部屋にいると思いますよ。出かける予定があるって言ってたけど、羽角くんとだったのね」
「……はい。買い物に行くそうなので、一緒に」
「中で待ってください。どうぞ」
彼女によく似たやわらかい笑顔。悠宇はこの笑顔に弱い。彼女が出てくるまで外で待っている気でいたけれど、この笑顔で誘われたのでは断れない。しかたなく、上がって待たせてもらうことにした。
家の中に入り、彼女の部屋の近くまで行くとドアが開いていることに気づく。閉まっていたらそのまま開くまで待っていようと思ったが、もともと開いているとなると、いきなり覗き込むのも悪いし、なんと声をかけていいかわからなくなる。
どうしたものだか。
「ファーさんのお見舞いもかねて、お手伝いさせてください」
突然、彼女の話し声が聞こえてきて思わず身を跳ねさせる。が、自分に対してのものではないことに気づいた。電話でも居ているのだろうか。
ファーのお見舞い。
彼女は確かにそう言っていた。ファーというのは、悠宇と彼女がよくいく紅茶館「浅葱」という喫茶店の店員で、片方だけ真っ黒な翼背負った少々近寄りがたい雰囲気をかもし出している男のことだ。
彼がどうかしたのだろうか。
「何もわからないから、いろいろ教えていただかなければいけないけれど、それでもいい?」
とくに盗み聞きするつもりはまったくなかったのだが、電話の相手の声まで聞こえてきてしまった。
『ぜんぜん大丈夫! だって日和、紅茶好きだし、詳しいし! あ、でも、なんだったら兄さんの看病お願いするかも……って、とにかく来てもらっていい? 本当にごめんね』
「大丈夫です」
いや――大丈夫じゃない。それはさすがに黙っているわけにはいかない。
「おい、日和。人を誘っておいて、他の奴の頼みを聞くのか? おまえは」
「……ゆ、悠宇! いつの間に……っ」
「メールもらってからすぐに迎え行くってメール返したんだけど、その調子じゃ、電話してて気づいてなかっただろ?」
「あ……」
口元に手を当てて、上目遣いに見上げられる。大概の男というものはこういった女性の視線に弱いものだ。しかも、謝罪の念もこもっているとなるとなおさら。
「ほら、ぼさーっとしてないで、ファーのとこ行くか」
「……え?」
「行くんだろ? 風邪引いたファーの見舞いと店の手伝い。ついでだから、俺も手伝うよ」
「は、はい!」
さらに言うと、彼女――日和の笑顔には本当に弱い。だから、せっかく二人で出かける予定だったのに、なんてことはどうでもよくなって、彼女のしたいことを手伝ってやりたいと思ってしまう。
一番の本音を言うと……
『兄さんの看病お願いするかも……』
という、電話相手の言葉。いくつか歳は上だし、女に興味のなさそうな感情を前面に出しているとはいえ、相手は自分じゃない男に変わりない。
俺でさえしてもらったことがない「看病」なんて、日和にさせてたまるか。
あ、いや、これは嫉妬とかそう言うのじゃなくて……なんていうか……ほら、あれだ。あれ。
日和は身体丈夫じゃないし、下手に病人に近付いて風邪をうつされでもしたら困る。うん、そうだ。そうだ。
だから、嫉妬じゃない。よし。嫉妬じゃない。
悠宇が紅茶館「浅葱」にたどり着くまでに、そんなことを考えて自分を納得させていたとは、隣を機嫌よく歩いている日和は知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
カラン、カラン。
軽快に鳴り響くカウベルに反応して返ってくる「いらっしゃいませ」の声。しかしそれは、二人の姿を確認した瞬間に情けないものに変わった。
「日和ぃ〜! あ、悠宇も! 本当にごめん〜」
泣きついてきたのは言うまでもなく、兄に寝込まれ、一人でみっちもさっちも行かなく状態だったこの店のウエイトレス永久。日和と悠宇とは、出会ってそう長い時間が経っているわけではないが、歳が同じということもあり仲良くなった。
特に日和と永久は、紅茶が好きという点で気が合ったらしく、会話に花も咲く。
「それで、何を手伝うんだ?」
「二人着てくれたから、お店を一人と、兄さんの看病を一人お願いしたいんだけど……いいかな? ほんと、図々しくてごめんね」
「大丈夫です。それじゃ、私がファーさんの看病をして……」
「あー、いや。看病は俺がするよ。俺は愛想のいい方じゃないし、女の子がお店にいたほうが客も嬉しいだろうから。それにほら、紅茶とかも詳しいだろ? 日和のほうが」
まさか自分から、先に日和が看病を立候補するとは思わず、少々慌ててしまった。誤魔化した様子が、二人に伝わらなければいいが。そんなことを心の中で思う。
そんな心配をよそに、日和はそうかしらと首をかしげながらも、「それじゃ、そうしましょう」と納得する。
ほっと胸をなでおろしながら、悠宇は永久に
「手の怪我だけ気をつけてやってくれないか? こいつの手は大事なものだからよ」
「悠宇、言われなくても、自分で気をつけます。だから、あなたはしっかり、ファーさんの看病をしてあげてください」
「わかってるって」
口元で軽く笑って見せて、「じゃ、こいつを頼む」と永久に言い残すと、悠宇は奥の部屋へ行った。店にきているだけでは、絶対に入ることはなかったし、いつもは閉まっていたので、まさかそこが店員であるファーの生活空間になっているとは思いもしなかった。
「っても……必要最低限のものしかない部屋」
思わず漏れる苦笑。入ったファーの部屋でまず目に入るのはベッドとタンス。そのほかに、テレビがメタルラックの上に乗せられて、その前に、新聞が乗っかったガラスのテーブルがあった。
「おーい……ファー? 起きてるか?」
彼が眠ってるベッドに近づきながら、悠宇は声をかけた。すると、少々布団が動いて、「ん……」と短く漏らしたかと思ったら、次の時には。
「ごほっ、ごほっ」
ひどく咳き込んでいた。
「お、おい! 大丈夫か?」
慌てて声をかける。
「……と、わ……?」
「悪い、永久じゃない」
「……え?」
「俺、俺。悠宇」
「あぁ……悠宇か……どうして、お前が……?」
「永久に頼まれたんだよ。おまえが倒れたから手伝ってくれって、日和に泣きついてきてな。とばっちり。まあこんなのが来て不本意かもしれないけど、一日だけの事だしやる事はきちんとやるからさ、ごめんな」
「どうしてお前が謝る……? むしろ……」
わざわざすまなかった。といつもの彼なら続けたところだが、先の口が割って出たのは苦しそうな咳だった。
「ごほっ、ごほっ」
「おまえこれ、本当に風邪か? もっと酷い病気とかじゃ、ないだろうな?」
「よく……わからないが……」
「身体だるいか? 頭痛いとか、腹痛いとか、身体の節々が痛いとか」
「……最後のだな、どれかと言われれば」
「熱あるかもな」
言って悠宇はファーの額に手をあてる。自分の手よりもかなり熱かった。手で人の体温を測って、ここまではっきりと「熱がある」と感じたのは初めてだ。
思わず、身体を起こそうとしていたファーを押し倒し、「おまえ、熱高い! いいから寝てろ!」と強引にベッドへ押し込む悠宇。
「しっかしさー……夏風邪ってしつこいんだよな。治ったと思ってもけっこう引きずったりするから、しっかり休んで治しておいたほうがいいよ。妹も心配してるだろうしさ」
「……ああ。永久には……心配かけっぱなしだ」
「だろう? だから、早く治すためにも、やっぱりまずは消化のいいものかなぁ。お粥とか食べられそう?」
ファーは一瞬動きを止めて、「あ、ああ……食べられるが……」とためらいがちに答える。
そんな様子を見て、ファーが一瞬で何を考えたか悟ったらしく、いたずらに笑みを浮かべた悠宇はこんな言葉を送る。
「あ、食べられるものが出てくるかって事なら心配ないぞ。俺んち、両親の教育方針により家事は一通りマスター済みなんだ。料理は後片付けが面倒だけど、作る事そのものは嫌いじゃないんだ」
「……そう、だったのか……」
「そうは見えないか?」
「ああ……意外だった」
「よく言われる」
隠さずはっきりと言ってくれるから、この男は付き合いやすい。ファーに対して生まれるのは、好感ばかりだ。
相手に対して不快に思われるようなこと――例えば今のように、料理が得意なのが意外だったというファーの気持ち――をはっきりと口に出すのは難しいことだ。相手を傷つける可能性があるし、不快にさせてしまうのがほとんどだが、ファーは包み隠さずずばっと言ってくる。
その言い方に一切の嫌味を感じない。思うままに口にしてくれるから、裏も表もなく付き合える。
「あ……不快に思ったか?」
「ぜんぜん。料理できる男はお前だけじゃないって、見せてやるよ」
悠宇はお粥を作るために部屋を後にした。あの部屋の奥などに、また別の部屋があるようにはみえなかった。そうすると、多分キッチンは店のを使っているのだろう。
そこまで行って料理をしなきゃいけないのはめんどくさいが、今日はファーのためだ。早く病気を治すためにも、しっかり食べてもらわなきゃいけない。それに、ついでに店で手伝いをしている日和の様子も覗くことができる。一石二鳥と思えば、安いやすい。
先ほどまで、そんなに音が聞こえていなかった店内だが、どうやら人が入ってきたらしい。悠宇は奥の部屋から店のほうに顔をだし、客入りがにぎやかになった店内を見渡す。
と、そのときに入ってきた映像に、一気に血が逆流する。
「今日俺たち、閉店までいるんだけど、もしよかったら帰るまで待ってるからさ、晩御飯一緒に食べに行かない?」
トレイを持つ日和の手を握り、足止めをする男。
「……え?」
戸惑う日和。だが、振り払う仕草を見せない。心優しい彼女が、大きく相手の手を振り払うなんて、たしかにできないかもしれないが――
そんなに汚い手で、そいつに触るなっ!
悠宇は気がつけば、握った拳を隣にあった木枠へと、思い切り叩きつけていた。思いのほか大きな音が響いて、店内に居た誰もがこちらに注目する。
「ひっ」
日和の手を握っていた学生は、すぐに手を離した。いいタイミングで居合わせた、悠宇の迫力に圧倒されたのだろう。
「……悠宇……?」
永久が恐る恐る声をかけてきたが、「キッチン借りるぞ」と一声かけて、厨房のほうへとずかずか歩いていく。余計に怯えさせてしまったかもしれない。
そのうちに、日和がカウンターまで戻ってきたようだ。
「……悠宇。ありがとう」
こちらに向かって声をかけるが、返事は返さなかった。冷静に何か言葉を返せる自身がなくて。
しかし、そんな悠宇の気持ちは他所に、日和が厨房に入ってきてしまう。
「悠宇」
「聞こえてる。別に、礼言われるようなことしてない」
ぶっきらぼうにそう答えるのが精一杯だった。
「でも、助かったの。ありがとう」
けれど、そんな彼女の言葉を聞いたら、どこかで落ち着きを取り戻す自分もいた。
「はっきり断ったほうがいいぞ。ああいうのは、黙ってるとつけあがるから」
鍋を火にかけながらぶつぶつと言う悠宇。「だから気がかりだったんだ」とか、「これなら看病頼んだほうが」とか、日和には聞こえない程度の音量で。
「悠宇」
「ん?」
すっかりお粥も出来上がり、火を止めて鍋を持ち上げながら、呼ばれたほうへ顔を向けると。
「ありがとう」
驚くほどやわらかい微笑みを浮かべた日和にそんなことを言われたものだから、思わず鍋を落とすかと思ってしまった。
◇ ◇ ◇
出来上がったお粥を奥の部屋に運び、ファーのすぐ近くまで行って声をかけると、少々だるそうに身を起こす。
「食べれそうか?」
「なんとか……」
何度か咳き込んで大きく呼吸をすると、ファーは悠宇の表情をまじまじと見た。
「なんだ? 顔になんかついてるか?」
「いや……顔が赤いから、風邪をうつしてしまったのではないかと思って……」
熱いお粥を冷ましていた悠宇がむせる。
「だ、大丈夫か……やはり風邪を」
「いやいやいやいや! 違う、違う。これは別に、風邪じゃないから!」
「だが……」
「気にしなくていいから、とりあえずこれ食え」
だいぶ冷めて食べやすくなったお粥をファーの膝の上において、フローリングに腰をおろす悠宇。日和のせいで火照っている身体には、気持ちよくてちょうどいい。
まさかファーからそんな指摘を受けるとは思っていなかったし、何よりぱっとみてわかるほど顔が赤くなっていたなんて不覚だった。
日和のあの笑顔には、本当にとことん弱い。見ると身体中が熱くなって、嬉しくもあるし、照れくさくもある。
「どうだ? うまいか?」
「……ああ」
「でもまぁ、ファーはもっと料理うまいもんな。サンドウィッチとか、日和も好きだけど、俺も結構好きだよ」
「そうか……?」
「永久の淹れる紅茶もうまいし、店に来るの楽しみだから」
「……そう言ってもらえると、嬉しい」
最初、彼と始めて出会ったとき、驚きはそうなかったが、人間ではないことはすぐに気がついた。どこか冷め切った感情を抱えて、ただ淡々と仕事をこなしているという感じだった。
しばらくして、彼と話をするようになってからは、印象は変わったが無感情なところは変わることがなかった。
けれど、永久の兄となってからというもの、どこか明るくなった印象を受ける。今みたいに微笑むことを覚えたようだし、感情が表に出てくるようになった。
「お前にとって、永久っていい薬になってるのかもな」
「薬……?」
「そう。無感情だろ? どこか冷めてる感じもするし、近寄りがたい感じもしてたけど、今はどんどんそれがなくなってきてる。いいことじゃないか?」
「……そう、か?」
「自覚ないのかもしれないけど、おまえ、初めてあったときよりもずっと、人間らしい」
一瞬、ファーが動きを止める。「人間らしい」なんて、まるでファーのことを人間と思っていなかったという発言だ。よくよく考えると、失礼だし、相手に一歩踏みこんだ言葉になってしまう。
悪いことをしてしまった――かもしれない。
しかし、予想に反して、開いたファーの口が紡いだのはこんな一言。
「……ありがとう……」
「え?」
「見たとおり、俺は人間じゃない。そんな俺が、この世界で人間にまぎれて生きていこうとしている。受け入れてもらえるかどうか、本当に心配だった。でも、この羽根は隠しようがない。だから……人間らしくなったといってもらえて、本当に嬉しい」
「……そ、そっか……」
どうしてこの世界にきたのか。どこからきたのか。聞いてみたいことはいろいろとあったし、聞いたら教えてくれたのかもしれない。でも、なんとなく、聞いてはいけないのかもしれない。そんな風に抑える自分もいてさすがに口にしなかった。
ファーは悠宇の作ったお粥を全て食べ終えて、渡された薬を飲むと、再びベッドに横になった。
「……永久は、大丈夫そうだったか……?」
「ああ。日和と仲良くやってるよ」
「……そうか」
「心配か?」
「……ああ。だが、これ以上心配をかけないように、ゆっくり休んだほうがいいな。俺は」
「そういうこと。しっかり寝ろよ」
悠宇の言葉にうなずき、ファーは目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。薬が効いて、眠気が襲ってきていたのだろう。すぐに落ち着いた寝息を聞いて、悠宇は安心すると奥の部屋を出て店に戻ることにした。
これ以上ファーのそばにいてもすることないし、店の手伝いも何かできるだろうから。
そう思って顔を出した店だったが。
「だから私、てっきり永久さんはファーさんのこと……」
「あー! あー! ちょ、ちょっと待った日和!」
二人で楽しそうに、カウンターに座ってお茶をしている。忙しい波はどうやら去ってしまったようだ。そうなると、自分の出番はない。
「……おーい永久、ファーのやつ、とりあえず寝たぞ」
「あ、ゆ、悠宇。ありがとう。ってか二人とも、本当に今日はごめんね」
大慌ての永久と、どこかやわらかく微笑んでいる日和。なんとなくだが、二人がしていた会話の内容を予想できた悠宇だったが、ここで突っ込むと永久が可愛そうな思いをするだろうから、黙っておいた。
「悠宇も何か食べるでしょ? いま作るから、ここに座ってて」
「あ、ああ」
厨房に入って、ぱたぱたと準備し始めた永久を見送り、悠宇は日和の隣に腰をおろす。
「お疲れ様」
「お互いな。ファー、結構ひどい風邪みたいだったけど、薬飲ませたから大丈夫だと思う」
「そういうことは、永久さんに言ってあげて。きっと、一番心配してるだろうから」
「……そうだな」
しばしの沈黙。何を話そうか考えている時間というのは、なんだか気まずくて得意じゃない。
「悠宇」
「なに?」
「今日は本当にごめんなさい。買い物に誘ったのに、こうして手伝いをすることになってしまって」
「別に、気にしてないよ。買い物なんて、また行けばいいし」
「……また、付き合ってくれますか?」
「ああ。夏休み、まだ、もう少しあるからな」
「それじゃ、今度の花火大会の日はどうかしら? 買い物行って、その帰りに一緒に花火を見に行って……」
「人、多そうだなぁ」
照れくさそうに苦笑を漏らしながら、「いいんじゃないか。俺でよければ、エスコートするよ」と冗談交じりに悠宇が言葉を返すと、日和はぱっと笑顔を見せて。
「それじゃ、約束ね」
この笑顔が、悠宇にとって殺人的な威力を発しているとは、やってる本人――日和が気づくはずもなかった。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖羽角・悠宇‖整理番号:3525 │ 性別:男性 │ 年齢:16歳 │ 職業:高校生
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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この度は、夏季限定ゲームノベル「夏風邪は…」に参加してくださって、ありが
とうございます!羽角悠宇さん、初めまして。こうしてお会いできたこと、本当
に光栄に思います。
もともとの知り合いで、日和さんと悠宇さんと、ファーと永久は仲がよいという
設定のもと書かせていただいてしまいましたが、いかがでしたでしょうか。日和
さんと悠宇さんの距離がなんとなく掴めず、一番近いけれど、まだ少し遠いとい
う雰囲気を出したかったのですが…そ、それでよかったでしょうか(^^;
気に入っていただけましたら嬉しいです。ご意見・ご感想などありましたらお気
軽にいただけると次への活力になります。どうぞ、よろしくおねがいします。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、お目にかかれることを願っております。
お気軽に、紅茶館「浅葱」へいらっしゃってください♪
山崎あすな 拝
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