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■White Maze■

佐伯七十郎
【1493】【藤田・エリゴネ】【無職】
 道を歩いていたら、空からひらりと一枚の紙が降って来た。紙はまるで、自分に取ってくれと願っているかのように目の前をゆっくりと舞い、足元に落ちる。
 妙な存在感を放つその紙に目を惹かれ、無視することも出来ずに手に取った。裏面を見せていた紙を裏返すと、そこには可愛らしい桃色で、こう書かれていた。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。
                      』

 文字の横には身体の透けたピエロのイラストが描かれている。何だか面白そうだ。そう思ったとき、ピエロのイラストが動いて、自分に頭を下げた。

 瞬間、周りの全ての物の時間が止まり、世界が白く塗り替えられて行く。突然のことに驚いて辺りを見渡すと、目の前にイラストと同じピエロが舞い降りてきた。身体のない、服だけのピエロは、自分を見てゆっくりと頭を下げる。

「いらっしゃいませ。白い迷路へようこそ。ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです。簡単でしょう?」

 ピエロはそう言って、自分に五枚のカードを見せた。赤、青、黄、緑、紫の五色のカード。

「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい。」

 言われて、自分はカードを三枚選ぶ。すると、ピエロはくるりと宙返りをして、手のひらで『START』と黒文字で書かれた場所を指し示した。

「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります。」
White Maze

 空は暗く、重い雲で覆われ、窓をバシバシと雨粒が叩きつけている。艶やかな灰色の毛並みをした老猫、藤田・エリゴネ(ふじた・えりごね)は、都内にある老人ホームの中で苛立たしげに尻尾を揺らしていた。
「今年は台風が多いわねぇ」
「こう風が強くっちゃ、外に出ることも叶いませんな」
 横では老人たちが窓の外を見上げ、溜息を吐いている。心なしか元気がないように見えるのは、ここ最近ずっと雨風が強い所為で外に散歩に行くことを禁じられているからだ。そして外に出られないことで残念がっているのは老人たちだけではなく、用意された座布団の上で大人しく丸まっているエリゴネも一緒だった。
(もう三日も外に出ていないわ……こううるさくては寝つきも悪いし、何より暇で暇で仕様がありませんわ……)
 ふうっと、思わず溜息が出てしまう。それに気づいた一人の老女が目を瞬かせ、苦笑した。
「あらあら。エリゴネちゃんも暇そうだわねぇ。溜息なんか吐いちゃって」
「猫が溜息なんぞ吐くかい」
「あらぁ。だってさっき吐いてたわよぉ」
「まあ、こう三日も外に出られない日が続けば、猫も退屈で溜息くらい吐くさ」
 老人たちの笑い声の中、エリゴネは無意識に出てしまった溜息にちょっとだけ焦りを覚えたが、老人たちの話題はそのままテレビへと移っていき、エリゴネは微かに安堵する。
(それにしても暇ですわね……平和が一番好きですけど、今はちょっとだけ刺激が欲しいですわ……出来れば安全な……)
 そう考えてみたはいいものの、安全な刺激など今のこの状態で得られるものではなく、エリゴネは諦めて寝ることに集中しようと身体を更に丸めた。と、その拍子に視界の端に何やら白いものが写ったことに気づいた。
(……何かしら? 紙?)
 それは白い紙だった。どこから落ちてきたのか、ひらひらと宙を舞い、エリゴネの頭のすぐ横に落ちる。エリゴネがそれを尻尾で引っくり返すと、裏に黒色で文字が書かれていた。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。


(白い迷路? 聞いたことがありませんわね……)
 エリゴネは尻尾でその紙を引き寄せ、まじまじと見つめる。文字の横には身体のない、服だけのピエロが描かれていた。その絵を見たエリゴネは、微かに目を細める。
(何やら、この世のものではない匂いが致しますわね……けれど、悪い匂いではないですわ。どこか……日向に近い匂いが……)
 日向。その言葉が頭に閃いたとき、エリゴネはもう一度文字を読み直した。
(望むものが手に入る……なら、アレも手に入るかしら。入るのなら、挑戦してみたいものですけれど……)
 そう考えた瞬間、目の前で絵のはずのピエロがエリゴネに頭を下げる。と、同時にエリゴネの身体の下から白色が流れ出し、座布団も、楽しそうに話していた老人たちも白く塗り潰してしまい、地と空の境目すらも判らない白い世界へと変わってしまった。
(これはっ……!?)
「いらっしゃいませ。白い迷路へようこそ」
 突然のことに身構えたエリゴネの目の前に、あの紙に描かれていたものにそっくりのピエロが現れる。ピエロは睨みつけてくるエリゴネに向かって恭しくお辞儀をすると「大丈夫ですよ」と言った。
「現実の世界には何ら干渉しておりません。貴女をこちらにお連れしただけで御座います」
「なぁう? ……にゃ?」
「ああ、申し訳ありません。ここでは貴女の持っている全ての能力を封印させて頂いております」
 ピエロに人語で質問したはずの言葉が猫の鳴き声のままで驚いたエリゴネに、ピエロが腰を曲げたまま頭だけを上げて答える。
「さて、白い迷路についてご説明させて頂きます。ここで使える力はこの五枚のカードに封印されたものだけ」
 能力を封印されていることに驚いているエリゴネに、ピエロがずいっと頭を近づけて、五枚のカードを見せた。カードは赤、青、黄、緑、紫と五色ある。
「貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです。簡単でしょう?」
「にゃうぅ……(まあ、言葉にすれば簡単ですけど……)」
「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい」
 そう言ってピエロは五枚のカードをエリゴネの足元に置くと、自分はくるくると何度も宙返りを始めた。
(何だか……言葉が通じてるのか通じてないのか判りませんわ)
 考えつつもエリゴネはカードを選ぶ。綺麗に並んだ五枚のうち赤色と青色と緑色を選び、それを前足で押して前にずらした。するとその三色以外のカードがふわりと浮かび上がり、エリゴネが顔を上げるとカードがピエロの手の中に戻っていくのが見えた。
「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります。」
 そう言ってピエロはエリゴネの後ろにあった『START』という黒文字を手で指し示して、くるくると回りながら消えていった。



(能力を封印されるなんて……何だか面倒なことになりましたけれど……でも、ちょっと面白そうですわね)
 のんびりとそんなことを考えながらエリゴネが『START』の文字を踏むと、上下の境目すら判らなかった白の空間に影が現れた。エリゴネはそれを見上げ、自分の両側に壁が出来たことを知る。
(これはなかなか……強力な術者が作ったもののようですわね)
 感心しながら、エリゴネは幅の広い白の道を歩く。曲がり角や十字路、丁字路をうねうねと曲がって行くと、道の真ん中に黒いカードが浮いているのが見えた。
(あれは……あれがもしや困難というものなのでしょうか?)
 エリゴネは警戒しながらゆっくりとカードに近づく。すると黒いカードが早いスピードでぐるぐると回り始め、ボンッという爆発音とともに真っ黒の煙に包まれた。思わず飛び退ったエリゴネの足元に黒い煙が流れ、カードのあった位置には金糸の髪を靡かせ、見るもの全てを魅了してしまいそうな紫の瞳を持った男性が立っていた。
(あら、美形。……でもこれは明らかに敵、ですわよね?)
 そう心の中で呟いて、エリゴネは尻尾で持っていたカードの中から赤色を選ぶと、口で咥えて男性の方に放り投げた。と、カードが赤色に輝き、光が人間の形を象る。そして光が消えたとき、そこにいたのはキラキラと輝くとんでもない配色の服の上に暑苦しいピンク色の毛皮を着込み、派手な色のウエスタンハットにサングラスをした……
(……とっても質問したい気分ですわ。この人は男の方? 女の方?)
「ふっ、敵が出てきたな……だが、この強く美しい私に適う者など……!」
「オーゥイエース! あなたがわたくしの力を借りたいと仰るクラーイアントゥの方デースねぇ? オウなんてベリベリプリティーなキャーットなんでしょー!」
「にゃ、なおぅ?(え、あの?)」
 現れた瞬間、目の前の敵に背を向けて自分に話しかけてきた……声のトーンからすると女性だと思われるこの派手な人物にエリゴネが思わず後退る。濃い色の付いたサングラスで目の表情は判らないのだが、おそらく思いっきり上機嫌に笑っているのであろう派手な女性の後ろで、男性が髪をかきあげる途中のポーズで固まっていた。
「ぬ、ぬぬぬぬっ、貴様っ! この私を無視するとは何事だ!」
「ワーオビューティフォー! このスんバラシイ毛並み! あなた、血統書付きーね!?」
「なぅ、にゃおう……(あの、後ろで叫んでらっしゃいますけど……)」
「許さんっ! 天罰を下してやるっ! さあ、私の目を見よ! 我が言いなりとなるのだ!」
「オーケーオーケー! あなたはこのわたくしが守って差し上げマース! さー、レッツらゴーなーのデース!」
「にゃ? にゃ?(え? え?)」
 派手な女性は後ろで叫ぶ男性の声をまるっきり無視、というか全く耳に入れずにエリゴネをわっしと抱き上げると、鼻歌交じりのスキップで男性の横を駆け抜けて行く。エリゴネが訳の判らないまま遠くなっていく男性を見ると、一人残された男性は腕を広げたポーズで固まったまま、黒い煙となって消えて行った。
(何だか、ちょっと可哀想ですわ……)
「オウ! しまった、時間デース!」
「にゃっ!?」
 エリゴネがしみじみと男性を見送ると、突然派手な女性が叫び、そのまま赤色の光となって弾ける。慌てて体制を整えてエリゴネが床に着地すると、そこにはもう誰もいなく、白い道が続いているだけだった。
(……あっという間の出来事でしたわね……)
 エリゴネは暫し呆然と何もない白い道を見ていたが、はっと思い出して歩き出す。分かれの多い道を、毎日歩いている路地裏のように迷いもなくトコトコと歩いていくと、目前にまた黒いカードがあるのを見つけた。
(今度はどんな方が出てらっしゃるのかしら)
 くるくると回るカードを見つめながら、のんびりと考えているエリゴネは、充分迷路を楽しんでいた。そんなエリゴネの目の前で、黒いカードは一人の女性の姿に変わる。紺色の長い髪を頭の高い位置で一つに纏め、簪で止めている女性は、その銀色の瞳をエリゴネに向けた。
「悪いわね……」
(……っ!)
 ふっと女性が口元に笑みを作った瞬間、エリゴネの身体に言いようのない恐怖が走る。その感覚に反射的に青色のカードを選んだエリゴネは、殆ど無意識でそのカードを簪の女性に投げつけた。カードはエリゴネの危機感に応じる如く、急速に別の形を象る。
「これでもくらえっ! ぃよいしょおっ!」
 現れた青い髪に白の狩り衣を着た女の子は、持っていた瓢箪の中身を簪の女性に振り被せた。瓢箪からは真っ黒の粉が大量に零れ出し、辺りを真っ黒に染める。
「くっ……煙幕か……」
「今のうちに逃げるよっ!」
 女の子にまたもやわっしと抱き抱えられ、エリゴネは煙幕の中を通り抜ける。と、煙幕を破るように無数の簪が飛び出し、女の子とエリゴネの頭上に迫った。おそらく無差別攻撃なのだろうが、幅が広い道ですら逃げ道がないほど簪の数が多い。
「うわわわわっ」
「にゃにゃにゃにゃーっ!」
 迫る簪にエリゴネは思わず目を瞑る。次に来るであろう衝撃のために身体に力を入れるが、衝撃はなかなか訪れず、不審に思ったエリゴネが目を開けると、そこは最初にいた上下の境目のない白の空間だった。
「残念でしたね。ゲームオーバーで御座います」
 ふと後ろから声をかけられ、驚いて振り向くとピエロが浮かんでいた。ゲームオーバーと言われ、エリゴネは残念そうに溜息を吐く。
「なおうにゃおう……(せっかく日向ぼっこが出来ると思いましたのに……)
「日向ぼっこですか。それは素晴らしいですね」
 ピエロがおどけたような口調で言った言葉に、エリゴネは目を見開いた。てっきり言葉が通じていないものだと思っていたのだ。
「しかし、貴女はゲームオーバーになってしまいましたから、私がその願いを叶えて差し上げることは出来ませんが、朝は必ず夜になり、夜は必ず朝になり、降らない雨はなく、そして止まない雨もないのです。では、元の世界にお送り致しましょう」
 ピエロがそう言って楽しそうに宙返りをすると、ぱんっと風船が弾けるような音がして、白い空間が一瞬にして元の老人ホームの景色に戻った。あまりに突然のことにエリゴネが目を見開いたまま呆然としていると、横で老人の嬉しそうな声が聞こえた。
「おお、雨が上がったみたいだぞ」
「あらあら、風も弱まったみたいだわー」
 その声にエリゴネが窓を見ると、久しぶりに見る太陽の日差しが、エリゴネの細い髭をキラキラと照らした。










★★★

ご来店有難う御座います。作者の緑奈緑です。
受注内容を確認したとき、バストアップが猫の姿で猫好きな私の心をがっちり掴んで下さいましたエリゴネさまなんですが、神聖なるアミダクジの結果、残念ながらゲームオーバーとなってしまいました。……縁側で眠るエリゴネさまを描いてみたかった……それがちょっと残念だったのですが、迷路攻略中は楽しんで描きましたので、PLさまにも楽しんで頂けると嬉しいです。

今回出演して頂いたNPCさま。お貸し頂いて有難う御座いました。
赤色のカード→マドモアゼル・都井さま
青色のカード→三日月・社さま
困難1→皇帝さま
困難2→尭樟生梨覇さま

★★★