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■NAT定期観光 はーとバスツアー■

斎藤晃
【1252】【海原・みなも】【女学生】
「はぁ〜い、こちらでぇ〜す」
 本人意識してのことなのか甚だ疑問であったが、鼻にかかったわざとらしくも可愛らしい作り声で羽音花子は手にしていた小旗を振って、人だかりの注意を引いた。
 ひらひらと頭上高く掲げられた旗には『NAT定期観光 はーとバスツアー』の文字。
 バスガイドである彼女の身を包むのは、趣味を疑うようなショッキングピンクと白のストライプのツーピース。何でも、はーとバスのモットーである『はーとのこもったサービス』精神を象徴しているらしい、一応バスガイドの制服だ。
 彼女の化粧栄えのする顔は、果たしてどんな技巧を駆使しているのか、どっから見ても20代前半にしか見えなかったが、実のところは・・・・・・年齢不詳。本人は23歳と言い張るが、去年も一昨年も23歳だったところを見ると・・・・・・推して知るべし。
 とにもかくにも、そんな彼女は、このNAT定期観光はーとバスツアーの、未だかつて一度として予定通りに終えた事のないツアーを唯一仕切ることが出来る、大ベテランであった。
 生存率50%などと、根も葉もない噂をばらまかれるほど、曰く付きのバスツアーである。
 しかし、それ故か怖いもの見たさも手伝って、或いは興味本位で、参加するつわもの共があった。

 たとえば、ここに――――。

   NAT定期観光 はーとバスツアー


「はぁ〜い、こちらでぇ〜す」
 本人意識してのことなのか甚だ疑問であったが、可愛らしい作り声で羽音花子は手にしていた小旗を振って、人だかりの注意を引いた。
 ひらひらと頭上高く掲げられた旗には『NAT定期観光 はーとバスツアー』の文字。
 バスガイドである彼女の身を包むのは、趣味を疑うようなショッキングピンクと白のストライプのツーピース。何でも、はーとバスのモットーである『はーとのこもったサービス』精神を象徴しているらしい、一応バスガイドの制服だ。
 彼女の化粧栄えする顔は、果たしてどんな技巧を駆使しているのか、どっから見ても20代前半にしか見えなかったが、実のところは・・・・・・年齢不詳。本人は23歳と言い張るが、去年も一昨年も23歳だったところを見ると・・・・・・推して知るべし。
 とにもかくにも、そんな彼女は、このNAT定期観光はーとバスツアーの、未だかつて一度として予定通りに終えた事のないツアーを唯一仕切ることが出来る、大ベテランであった。
 生存率50%などと、根も葉もない噂をばらまかれるほど、曰く付きのバスツアーである。
 しかし、それ故か怖いもの見たさも手伝って参加するつわもの共があった。

 たとえば、ここに――――。



   ***


 もう一度座席番号を確認した海原みなもは、通路を挟んだ反対側の2人席の奥に座る男と目が合って、小さく頭を下げると窓際の席についた。
 知らない人ばかりのバスツアー。隣にはどんな人が来るのだろうと思うと少なからずも緊張する。
 学校の遠足とはまた違った楽しみがあった。
 いろいろ噂の聞くバスツアーだ。乗客の年齢層は幅広いようだが、皆、好奇心に胸躍らせてる風である。ともすれば、その中にあって先程目の合った男はどこか浮いていただろうか。眠そうな目で面倒くさそうに座っていた。バスの中なのにモスグリーンのトレンチコートは脱ぐ気がないのか、このバスツアーの行く末を暗示しているような気がしなくもない。
 ハードボイルドは危険な香り――――なんて自分でもよくわからない事を考えてこっそり笑いを噛み殺す。
 パラパラと席が埋まり出した頃、1人の男がトレンチの男と、口論の様相を呈しだした。
 その後ろ姿に見覚えがあって首を傾げる。確か名前はシオン・レ・ハイ。長い髪に紳士の装い。優しさが背中から滲み出ているようで、とても誰かと喧嘩をするようなタイプではなかった。
「?」
 話てる内容は全く聞こえてこなかったが、何か揉め事だろうかとつい見入ってしまう。
 さすがにじっと見ているのは失礼かと思いなおし、窓の外に視線を馳せると、背後から女性の声が聞こえてきた。
「すみません。あの、どいてもらえます」
 そういえば通路を通せんぼするかたちでシオンは立っていたな、と振り返ると、シオンの傍らにスレンダーな女性が立っていた。長い髪を後ろに一つ束ねアップにし、バスツアーというよりはどこかのオフィスを歩いていそうなパンツスーツ姿の女が迷惑そうな皺を眉間に寄せていた。
 それでシオンは頭を下げつつトレンチの男の隣に座った。
 その瞬間、突然、女が悲鳴にも似た声をあげた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!? 賞金首・・・・・・!?」
 そう言って彼女が指差す方をつい目で追いかけてしまう。その指の先には、トレンチの男が座っていた。その男はやっぱり眠そうな目で不機嫌そうに女を見上げていた。
「あっ・・・・・・いえ、何でもありません」
 ホホホと明らかにその場を取り繕った笑みを零して、女が自分の左隣に座る。
 彼女が、今日一日自分の隣で、このツアーを共にする人なんだと、半ば呆気にとられて見ていると、女はこちらを振り返り笑みを零した。
「初めまして。私、藤堂愛梨。今日は一日宜しくね」
「あ、はい。こちらこそ、宜しくお願いします」
 みなもは慌てて頭をさげた。


「あ、あの・・・・・・賞金首って?」
 そんな人が同じバスに乗っているのかと思うと気が気ではない。みなもは声を潜めて愛梨に尋ねた。
 しかし愛梨は手を振って苦笑を滲ませる。
「人違い、人違い。気にしないで」
「あ、はい」
 それならいいのだが。何やら捕り物でも始まるのかと少なからずドキドキしてしまった。とはいえ落ち着いて考えてみたら、賞金首に賞金首なんて大声で声をかけたら、警戒されるし逃げられてしまうに違いない。ともすれば、きっとこのバスにはそういう人は乗っていないのだろう。
 しかし『賞金首』とはまた、尋常でない。
 うーん、とあれこれ考えていると愛梨が尋ねた。
「みなもちゃんは中学生?」
「あ、はい。中学1年です」
「そうなんだ。1人で参加してるの?」
「はい」
 つい、畏まってしまう。キャリアウーマン然とした彼女の威圧によるものか、初対面な上に年上のお姉さんには、やはり固くなってしまうのはどうしようもなかった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
 と、愛梨は笑顔でそう言ったが、それにはもう少し時間がかかりそうだ。
「はい・・・・・・」
 人見知りというほどではなくても、やっぱり、緊張してしまうのである。


 程なくして、バスは走り出した。


「これより、ウェストゲートを抜けてNATに入ります。NATに入りましたら決して窓を開けないようにお願いします。また――――」
 バスガイドのアナウンスを聞きながら、窓の外に視線を馳せた。
 街の喧騒も雑踏も、大きなシャッターが閉じただけで遮断されてしまう。目の前には、茶色い岩肌と木々の緑と、抜けるような青空が広がるばかりだ。
「わぁ・・・・・・」
 思わず喚声をあげてしまう。
 CITYで見上げる空とは、うまく説明できないけれど、全然違っていた。どこまでも遠く広がっている。
「NATは初めて?」
 愛梨が尋ねた。
「あ、はい」
「ここには、都会にないものがいっぱいあるわよ」
「はい!」

 バスは暫く舗装された道を走った。バスガイドの話しによれば、かつて、中央線が走っていた道なのだそうだ。
 それがやがてオフロードへと変わると、景色は木々に覆われた森へと一転した。
 しかし、それも束の間、景色がふと曇り始める。
「霧が出てきたわね」
 隣の席で愛梨が呟いた。
「霧?」
 みなもは首を傾げる。
「ノウムよ。ハンカチ持ってる? それで口を覆って」
 言いながら、愛梨はバッグの中からハンカチを取り出している。
「は、はい」
 みなもも膝の上のデイバッグからハンカチを取り出した。
 程なくしてバスガイドのアナウンスが入る。
「お客様。ノウムが侵入して参りました。息を止め、静かにやり過ごして下さい」
「え? 息?」
 止めるってどのくらいだろう、と思っていると愛梨がスマイルにウィンクをしてみせた。
「大丈夫よ。しっかりハンカチで押さえてなさい」
「はい」
 そうして静かにノウムが過ぎ去るのを待ったが、一向に霧が晴れてくる気配はない。
 にも拘らず愛梨は口を押さえていたハンカチを離して言った。
「ノウムはね、イタズラ好きでね」
 それに戸惑うようにみなもが愛梨を見上げる。
「はぁ・・・・・・?」
「もう、大丈夫よ」
「え? でも、霧が・・・・・・」
 まだ、バスは白い霧に覆われている。
「ターゲットが決まったみたいだから」
 と、愛梨は肩を竦めてみせた。
「ターゲット?」
「うん。ノウムはね現実に直結する夢を見せるの」
「現実に直結する夢?」
 さっぱり意味がわからない。
「普通は、幻影は幻のままでしょう?」
「はい」
「でも、その幻が現実になるの」
 その言葉の意味を暫し反芻する。
「よく、意味がわかりません」
 みなもは正直に応えた。
「うーん。今回のターゲットの彼が幻を見る」
 そう言って愛梨はシオンを指差した。
「例えば、バス運転ゲームとか」
「バス運転ゲーム・・・・・・」
「そうそう。ノウムは、そういうのが好きなのよ」
「はぁ・・・・・・?」
 どうも腑に落ちない。
「ノウムはターゲットに、ゲームをさせるの。普通、ゲームは、現実のバスを動かさないでしょ?」
「はい」
「でも、そのゲームはこのバスのハンドルに、ターゲットプレイヤーのコントローラーが直結しちゃうんだな」
「えぇっと、それって・・・・・・このバスの運転手が、シオンさんになるって事ですか?」
「シオン? あぁ、彼の事? そうそう。って言っても例えばの話なんだけどね」
「はい・・・・・・」
「ノウムがどんなイタズラを仕掛けてきてるかわからないし・・・・・・!?」
「きゃぁ!?」
 突然、バスが急カーブした。
 唐突に左へハンドルが切られたのか、遠心力で右に振られたみなもは窓にしたたか頭をぶつけてしまう。
「痛っ・・・・・・。これって、まさか・・・・・・?」
「その、まさか、かも・・・・・・?」
 実はそれは、そのまさか、であった。



   ***


 かなりスリリングなバス運転ゲームだった――――に違いない。運転ゲームのターゲットであるシオンは、肩で大きく息を吐いている。
 ジェットコースターもかくや!? というほどスリル満点なアトラクションだった。酔い止めをもってしてもこれはかなり厳しかったのか、あちこちで紙袋が大活躍を遂げている。
 勿論、その中で一番蒼い顔をしているのは、ゲームのプレイヤーとなったシオンだったが・・・・・・。
「大丈夫?」
 と、愛梨に声をかけられ、みなもは一番最初にぶつけた頭を撫でつつ笑みを返した。
「あ、はい。何とか・・・・・・」
 席に座り直して安堵の息を吐く。
 持参の水筒を取り出し、お茶を飲んで人心地。
「藤堂さんもどうぞ」
 と、愛梨に差し出した。
「ありがとう。ガム食べる?」
「あ、はい。いただきます」
 愛梨からガムを貰ってみなもはそれを口に放り込むと、しみじみ呟いた。
「でも、本当、凄かったですね。なんか、やっぱり、曰く付きのバスツアーだぁ・・・・・・」
 しかし、それで怒るような連中はこのツアー客の中にはいない。どちらかといえば、皆、噂に違わぬツアーの余興に満足している風だ。
「そういえば、女の子1人でどうしてこんなバスツアーに参加したの?」
 愛梨が思い出したように尋ねた。
「あ、お父さんから、たまには遊んできなさいってチケットもらったんです」
「面白そうなお父さんね」
「本当、なに考えてるんだか」
「でも、このツアーが未だ大きな事故も起こさず存続しているのは、それだけ安全に自信があるからなんだけどね」
「・・・・・・ちょっと意外です」
 大きな事故とはどのくらいの規模の事を差して言うのだろう、と思わなくもない。とりあえず、ノウムに襲われたくらいじゃ事故とは言わないようだ。
「でなかったら、中学1年のお嬢さんを、お父さんだって怖くて参加させられないんじゃない?」
「それも、そうですね」
 そうして人心地吐きつつ、窓の景色を眺めていると、突然、トレンチの男が手を挙げて立ち上がった。
「バスガイドさーん! 休憩まだっすか?」
「後、1時間くらいです」
 と、バスガイドが答える。
 休憩まで後1時間か、と腕時計を見たら、もう昼前だった。
 バス暴走で随分と時間をとってしまったらしい。予定より1時間ほど遅れている。たぶん、この調子だとコース予定の森林浴はカットなのだろう。
「休憩所にバナナありますか?」
 再びトレンチの男が尋ねた。
「は?」
 バスガイドがあんぐり口を開けている。明らかに戸惑ってる風のバスガイドに、バナナの所在不明と判断したのかトレンチの男は座席に座ると、イライラと床を靴で踏み鳴らし始めた。
 そんなにバナナが欲しかったのだろうか。
 みなもは首を傾げる。
「バナナがどうかしたんでしょうか?」
「さぁ・・・・・・?」
 愛梨も不可解そうにトレンチの男を見ていた。
「バナナならあたし、持ってますけど・・・・・・」
 とはいえ、何となく声をかけにくい。
 シオンさんから伝えてもらおうかと、タイミングを伺うようにそちらを見ていると、トレンチの男がまたシオンと口論の様相を醸し出した。
 相変わらず、話てる内容はここまで聞こえてこない。
 それでも気になってしまう。
 2人は腕を掴み合って、今にも暴れ出しそうな雰囲気だった。
 と、思った瞬間。

 ガッシャーン!!

 突然2人がバスの窓をぶち破り、外へ飛び出した。
 呆気にとられ見ていると、走るバスにどんどん2人は遠ざかっていく。
 思わず彼らのいた席に移動して割れた窓から顔を出した。愛梨も隣にその移動してきて窓の外を一緒に覗き込んでいる。
 遠くの方で謎の触手に絡み付かれて、2人は宙吊りになっていた。
 バスはすぐに停車したかと思うと、バックで引き返し始める。
「あら、マンイーター(人食花)に捕まったのね」
 宙吊りになった2人の下に、巨大な花が大きな口を開けているのを見つけて愛梨があっけらかんと言った。さして慌ててる風もない。
 これも、このバスツアーでは普通に起こりうるハプニングなのか。
「マンイーターですか」
 みなもは珍しい花に、カメラを構えバスが止まったところでシャッターを切った。
「お客様! 大丈夫ですかー!?」
 停車したバスからバスガイドが飛び出し、大声で彼らに声をかけている。
 そのバスガイドが持っているものに、少なからず心当たりがあって、みなもは呆然と呟いた。
「あの筒・・・・・・」
「ロケットランチャーね」
 愛梨が続けた。
「あれなら、多少離れていても大丈夫なんじゃない?」
「え? でも、彼らは大丈夫なんですか?」
 確かに、マンイーターに近づかなければ、バスガイドは大丈夫なのだろうが。
「さぁ・・・・・・?」
 愛梨は肩を竦めるだけだった。
「お客さまー!! よけてくださいねー!!」
 再び、バスガイドの声が轟き、彼女は手にしていたロケットランチャーを構え、容赦なく引鉄を引いた。

「よ・・・よけろって・・・・・・」
「どーやってだーーーーーーー!?」

 ドッカーン!!

 2人の大絶叫は、ロケットランチャーの轟音にかき消された。



 どうやって助かったんだろう?
 その一部始終を見ていた筈なのだが、みなもにはよくわからなかった。
 けれど2人は見た目はボロボロだったが、元気そうだった。精神的には不元気そうだが、どうやらこれはバスガイドにこっぴどく叱られた事によるらしい。
 この騒動で武蔵野観光センター行きもなくなってしまった。完全に時間が押してしまったらしい。
 これはとどのつまり、そこで予定されていたランチもなくなったという事だ。
 しかしそれで文句を言いだす客はこのバスツアーには参加してなかったようである。客の大半は、これもこのバスツアーの醍醐味と思っているのだろう、侮れない。
 そんなわけで、つつがなく、バスは次の目的地、西多摩コミューンに向けて走り出したのだった。



   ***


 席を移動させられた2人は、みなも達が座る席のすぐ後ろに移動してきた。
 彼らが元いた席の割れた窓には申し訳程度に大きな画用紙がガムテープで止められている。
「くそぉ、バナナはねーし、窓は開けられないし、タバコは吸えねーし」
 イライラとした、トレンチの男の声が座席の後ろから聞こえてくる。
「昼食は夕方に食べたら夕食ですね・・・・・・」
 ぶつぶつ、というシオンの声も聞こえてくる。
「だー!! もう、バナナ返せよ、チクショー」
 トレンチの男が切れた。
 どうしてバナナなんだろう、みなもは首を傾げてしまう。
「あ、待ってください。今なら出せそうです」
 というシオンの声に、みなもの方がぎょっとして、思わず座席の上に膝立ちになり、後ろを振り返っていた。
「わー!! 流動食はいらねぇ! 流動食は!! 出すなら固形物で出せー!」
 と、喚きつつ逃げ腰のトレンチの男に思わず噴出してしまう。
「ぷっ・・・・・・」
「何でぃ?」
 不機嫌そうに、トレンチの男が睨んだ。一瞬気圧されるが、シオンの柔らかい声が続く。
「おや、もしかしてみなもさんですか?」
「こんにちは、シオンさん」
「制服姿じゃないので気が付きませんでした」
 シオンが目尻を下げて、柔和に笑っていた。
「バナナ食べますか?」
 みなもは思い切って切り出した。
「え?」
 シオンが目を見張る。
「私もおやつに持ってきてたのでどうぞ」
 そう言って、デイバッグからバナナを取り出し、トレンチの男に差し出した。
「いいのか?」
 トレンチの男が聞く。
「はい」
「あぁ、天よ! ありがとう、お嬢ちゃん」
 トレンチの男は嬉しそうに両手を組むと天を仰いだ。
「シオンさんは、チョコレートでいいですか?」
「え? 私にもくださるんですか?」
「はい」
 みなもはデイバッグからチョコを取り出し手渡した。
 そうして暫く和やかな空気で間食を楽しんでいた3人だったが、突然、バナナを食べようと皮を剥くトレンチの男の手から、食べてもいないバナナがどんどん小さくなって消えていった。
「?」
 目をこらすと、ハムスターが超高速で駆け抜けながらバナナを齧っている。
「あぁ!? なんだ!?」
 トレンチの男が足元の異変に気付いて腰を浮かせた。みなもも振り返って足元を見る。
 そこには仔猫や仔犬たちがたむろし、ともすれば威嚇していた。
「なっ・・・・・・なに、これ?」
 傍らで、愛梨が険しい顔をしながら何やら携帯端末を操作している。このNATでは携帯電話の類は圏外なので、何か特殊な端末なのだろう。
 そんな事を考えていると、妙な匂いが鼻腔をついた。
 反射的に、まずいと思ってハンカチに手を伸ばしたがどうやら手遅れだったらしい。
 自分の両手が羽毛に包まれている。
「・・・・・・・・・・・・」
 隣には、愛梨の姿はなく、黒豹が座っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
 無意識に息を呑む。
「ウキッ! ウキッキー!!」
 後部座席からサルの声が聞こえてきて、こっそり座席の隙間から覗くと、トレンチコートを着たサルが、何やら紙束を漁っていた。
 何かぶつぶつよ独りごちているようだが、何を言ってるのかはさっぱりわからない。
 その隣にいた筈のシオンはナマケモノになっていた。
 気がつけば、バスの乗客は皆、何かしら動物になっている。
 あの、異臭のせいだろうか。
 それぞれには仔猫だの、仔犬だのが監視するようにびっちり張り付いて、威嚇していた。
 カンガルーのバスガイドの喉笛にナイフをつきつけ、この一連の騒ぎの首謀者と思しきガスマスクを付けた男達がバスのっとりを宣言する。
 みなもは乾いてくる喉に必死で唾を飲み込んだ。
 しかし、取り乱す客は1人もいなかった。
 慌てた様子もなく、どちらかといえば楽しんでいる雰囲気さえある。バスツアーとしては予定外の出来事であるだろうが、これも彼らにしてみれば、許容範囲内の余興なのかもしれない。
 中々に、侮れない連中とも言える。
 素晴らしい肝っ玉だ。
 みなもは、何だか彼らの落ち着きぶりにホッとして、デイバッグからカメラを取り出した。気をもんだところで、所詮、自分に出来る事など高が知れている。となれば、状況を楽しんだ方がお得に違いないのだ。

 しかし、そんな奇妙なバスツアーも、30分もすれば飽きてきた。スリリングとは、ちょっと縁遠いと感じるのは、自分の足元にいる、可愛らしい小動物たちのせいだろうか。
 この状況にも慣れてしまったのか、肝が据わってしまったのか、はたまたこのツアーゆえなのか。
 そんな時、みなもの翼の付け根の辺り、人で言うなら肩の部分に当たるだろうか、を安心させるように軽くポンポンと叩く手があった。
 愛梨――今は黒豹――が、たぶん笑み、を向けて立ち上がる。
 しなやかな肢体の女豹が二足歩行。
 それはそれで見ごたえがあるものだった。
 シャッターを切る。
 その黒豹が前足を腰にあて、ふんぞり返って「がるる・・・・・・」と威嚇してみせた。それだけで、周囲にいた小動物たちが縮み上がる。乗客を動物に変えるというのは、ある意味失敗ではなかったのかと、ちょっと間抜けな首謀者を気の毒に思ってみたり。
 心なしか首謀者の男どもは身を竦めていた。
 さすが貫禄だ、と妙に感心しつつ、みなもはファインダーを覗く。
 人質がいるのに、心もとなげな彼らに、女豹が近づいた。
「く・・・くるな・・・・・・」
 男達が言ってる事はさっぱりわからなかったが、何となく想像が出来た。
 完全に慌てふためいている男ども。
 刹那。
 男どもが背にしていたバスのフロントガラスに閃光が走った。
 女豹に気を取られていた男どもが、そちらを振り返るより早く、フロントガラスが大きな音をたてて割れ落ちる。
 フロントガラスを蹴破って、1人の男が飛び込んできた。
 バス乗客全員という人質を取ってる連中に対して、する事か、と思わなくもない。
 降り注ぐガラス片を煩わしげに片手で払った男は、見る見る内にゴリラへと変貌していったが。
 ア然。
 しかしゴリラ大暴走か!? と思いきや、そのゴリラの男はあっという間にカンガルーを助けて、首謀者の男2人を拘束してみせた。
 無茶苦茶だ、と思ったが、とりあえず手際はいい。怪我人もなかった。
 しかし、犯人がもっと複数いたらどうする気だったんだろう、本当に無謀だったと思う。
 ゴリラはそうして女豹に近づいた。
 歩きながら何やらゴリラが腕を振るう。
 その直後、不思議な匂いが鼻腔を刺激した。
 そう思ったのも束の間、女豹が、愛梨に戻っていく。
 ゴリラも男に戻っていた。元(?)がゴリラだったせいか、そのギャップの成せる業なのか、なかなかにかっこいい。
「すまない。遅れた」
 男の喋ってる言葉がわかるのに、自分の姿を見ると羽毛に覆われていた筈の腕は普通に戻っていた。
「遅いわよ」
 と愛梨が怒鳴っている様子から察するに、どうやら2人は顔見知りらしい。
 これは後で知った事だが、彼は愛梨が呼んだ救援だったようだ。
 あの、携帯端末を操作していたのが、それだったらしい。
 何やら言葉を交わして、彼はふと、自分の座る後ろの席に目を止めた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!? 賞金首・・・・・・!?」
 その先には勿論、トレンチの男が座っている。
「あっ・・・・・・いや・・・・・・」
 コホン。
 彼はその場を取り繕うような咳払いをして、何事もなかったかのように視線をそらした。
 賞金首。
 そういえば、愛梨も一番最初にトレンチの男を見てそう言っていた。
 わざわざ口に出すくらいなのだから、本当は賞金首ではないのだろう。一体、何者なのだろうか。
 シオンと話てるところを見ていると、悪い人ではなさそうだけど。
 みなもは、背もたれに両手で頬杖をついて後ろを覗き込むと、トレンチの男に向かって尋ねた。
「賞金首?」
「賞・金・稼・ぎ!」
 トレンチの男は不機嫌そうに訂正してくれた。



 後から受けた説明によれば、バスを襲ったのは自然回帰派の連中で、司法局預かりの受刑者だったらしい。
 隣の席に座っていた藤堂愛梨は司法局のオペレータで、今回の任務とは別件でバスに乗っていたんだそうだ。
 ゴリラで美形の男――仁枝冬也というらしい――は、司法局の特務執行部とやらの人間で、逃亡した受刑者を捜索していたらしい。
 司法局の面々が一様に、賞金稼ぎの男を賞金首と呼んでいた一件については謎のままだったが、逃亡者を追う公務員と、賞金首を追う非公務員では、もしかしたら商売敵なのかもしれない。

 その後、ツアーがどうなったのかというと・・・・・・。
 フロントガラスの壊れたバスでは、この先NAT観光は不可能だろうと、司法局が用意してくれたマイクロバスに乗り換え、目的地の西多摩コミューンに無事たどり着くことが出来た。
 そこでは司法局の奢りでランチをご馳走してくれたが、とてもランチという時間ではなかった。
 更に司法局は、ツアーを台無しにしてしまって申し訳ないと、ツアー代を全額返金してくれるようだったが、ツアー客の殆どは、ちょっと普段では味わえないような体験をさせてもらったと一様に満足していたので、返金を申し出る客はほんの一握りだったようである。


 かくいうみなもも、返金を申し出なかった。
 とにもかくにも、記念写真も一杯撮れて楽しいバスツアーだったから。



 The End



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13/中学生】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性/42/びんぼーにん +α】


【NPC/仁枝・冬也(きみえだ・ふゆや)/男性/28/TOKYO−CITY司法局特務執行部】
【NPC/藤堂・愛梨(とうどう・あいり)/女性/22/司法局特務執行部オペレータ】

<ゲスト>

 文ふやかWRさま
 【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、斎藤晃です。
 バスツアーにご参加いただきありがとうございました。
 そして、お疲れ様でした。
 楽しんでいただけていれば幸いです。