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■■記憶のない天使■■

東圭真喜愛

【1572】【暁・水命】【高校生兼家事手伝い】

■記憶のない天使■

＜きづいて……＞

　夢の中のその言葉に、少女はううんと寝返りを打つ。

＜きづいて……＞

　囁くような、甘いような───囁き。
　ふと「夢の中で目を開けようと」した時。

　ねえ、もしもきみがある日突然記憶を失くしたら、どうする？

　夢の中、壬瑠（みる）そう無邪気に問いかけてきたのは、まるで天使の笑顔の少年。翼こそ生えてはいないが、健康そうな帽子が印象的だった。
（記憶を失くしたら、きっとおろおろすると思う）
　正直に思うと、伝わったらしく、少年はくすくす笑った。
　夢は、それだけで終わった。

　壬瑠が中学の帰り道、その夢の中の少年そっくりの男の子を見つけたのは、雨が降っていた日のことだ。公園に何をするでもなく、ブランコに腰掛けたまま、ぼーっと天を見上げている。
「あの」
　引っ込み思案な性格の壬瑠は、思い切って傘を差し出した。
「もしよかったら、途中まで送っていきますよ、風邪ひいちゃうし」
　すると少年はきょとんとしていたが、すぐににっこりと笑った。天使の笑顔、壬瑠はそう思って心臓がドキンとした。
　二人して歩きながら、少年は言った。
「実はね───帰りたくても帰れないんだ。ぼく、どうも記憶喪失になっちゃったみたいで」
　おかしいよね、と少年は自嘲気味に笑った。
　壬瑠は笑う気分になれなかった。ふと、すぐそこにある事務所の看板が目に入り、どこに行くのと驚く少年を引っ張り、入っていった。

「持ち物も何もないってことは、スリにでもあったか───喧嘩の跡はないようだから、多分そのぼーっとしてる間に話しかけられて話し込んでるうちに誰かに掏り取られたんだろ」
　と、草間は冷静である。
　一応、壬瑠は夢のことも話した、のだが……草間は慣れているのか、あまり反応を示さない。
「身元を調べればすぐに分かる。安心して数日待ってな、二人とも」
　そう言って、すぐに新聞に目を戻す。
「あのっ」
　壬瑠がソファから立ち上がる。
「依頼料はちゃんと払います、だから……真剣にこの人の記憶を取り戻してあげてください！」
　内気な性格ゆえ、声は大きくとも顔は真っ赤だった。
　草間は少し目を瞠ったが、すぐに微笑んだ。
「ああ、しっかり協力者を募るよ」
　そしてそのためにパソコンに向かいながら、「そうだ」と思いつく。
「その小僧の名前、仮のでもつけてやろうか」
　そして零と共に考えた結果、その天使の笑顔を見せる少年の仮の名は、「未来斗（みくと）」とされたのだった。

■身元を無くした少年■

　未来斗は、うーむと唸りこんだままの草間武彦の向かい側のソファに座り、零に出された紅茶を飲みながら、のほほんとしている。武彦の左隣のシオン・レ・ハイが、その更に左隣、自分の隣に座っている暁・水命（あかつき・みこと）に耳打ちするように言った。
「普通、記憶喪失になった人間てこんなに落ち着いているものでしょうか？」
　彼は、もしかしたら未来斗がわけあって、「自分は記憶喪失」と偽っているのではないかとか、他にも色々な想像をしていた。
「でも……実際、記憶喪失になられた方は、こんな風なのかもしれませんし……漫画や小説の世界とかでもいろいろですし」
　水命のほうも、少し困っているようである。
　身元の調査をした武彦は、「身元が見つからない」と音を上げたところだったのだ。
「未来からやってきたとか……」
　シオンが言うと、
「壬瑠さんの夢の中の男の子にそっくりっていうのでしたら、夢の住人ということも考えられなくはないです」
　と、水命。
　どうやら、今回も「不思議系」にいきそうな雲行きである。
　ふと、水命はシオンに相談を持ちかける。
「持ち物は何も持っていないということですが、ズボンのポケットにも何も入ってはいないのでしょうか？」
　なるほど、とシオンはぽんと手を打ち、武彦に「ズボンのポケットを探させてもらってもいいか」と許可を取る。
「あの、男の方同士で心置きなく、この際ですし全部今現在の持ち物という持ち物を拝見させて頂いたほうがいいと思います」
　少し赤くなりながら、水命。
　そしてシオンは未来斗に、「持ち物調査をしてもいいか」尋ねると、
「いいですよ」
　と、にっこりとまた天使のように未来斗は微笑むのだった。思わず、水命は見惚れてしまう。これでは、壬瑠が入れ込むのも無理はない。
　部屋のひとつを借りて、シオンと未来斗は入っていった。水命はその間、零が出してくれた紅茶を飲みながらまた色々考えている。
　程なくして、二人は戻ってきた。
「あ、お疲れ様です」
　水命がそう言うと、未来斗はまたにこやかに「いいえ」と言った。気分を害することは全くないような雰囲気を持つ、本当に不思議な気分にさせる少年である。
「特に目立ったものはありません。帽子も拝見させて頂きましたが、裏のところにも名前は書いてありません」
　シオンが、却って申し訳なかったといった風に言う。
「そういえば」
　更に気付いたように、彼は未来斗に尋ねた。
「何も覚えていないのか、何か覚えていることはありませんか？　外傷による記憶喪失かもしれないと思ったので、外傷はないかどうかも調べさせて頂いたのですがそれもないようですし。精神的なものなのでしょうか。思い出したくないことがあるとか……」
　すると未来斗は、少し考えた。
「あ」
　そして思い当たったように、シオンと水命とを見比べる。
「確か、雨は降っていなかったような気がします」
　武彦も含め、全員の頭にクエスチョンマークが並ぶ。
　未来斗はまた少し考えてから、分かりやすいように言った。
「多分ぼくが記憶をなくす前だと思うんです。気付いたら公園のブランコに座っていて、壬瑠さんが通ったんです。その前か分かりませんが、雨は確か降っていなかったんです」
「あ……分かるような気がします」
　と、水命。
　シオンも頷いた。
「雨が降るような天気です。壬瑠さんも傘を持っていったはずなのに、傘も持たずに公園に家から行くことはないでしょうね。家からじゃなくても、学校からとかかもしれませんが……私服ですので。ということは……あれ？」
　シオンは、自分の言っていることの矛盾に気がつく。
「そうすると、雨が降っていた日の前から公園にいたということになるんですが……」
「シオンさんのご意見の通りなら、わたしもそうだと思います」
　水命は同意する。傘も持たずに外出するのは、よほど晴れた日しかない。曇り空であれば、面倒臭がりでもなければ折り畳み傘なども用意して歩くだろう。
　それで思い出したというふうに、水命は言った。
「未来斗さんが最後にいたというその公園にもう一度いって、手がかりを探してみたいのですが、構いませんか？　もしかしたら、子供達や誰かと遊んでいて何かあって記憶喪失になった、とかかもしれませんし……。あの、お手数をおかけして申し訳ないのですが……」
　すると未来斗は、微笑んで頷いたのだった。

■雨は語る■

　武彦はまだ興信所で身元の調査をすると残り、シオンと水命、そして未来斗は、その未来斗が壬瑠と出会う前にいた公園に行った。小ぢんまりとした、和やかな雰囲気の公園である。遊具といえばシーソーにブランコ、滑り台。他にあるのは水のみ場とトイレ、ベンチくらいのものである。緑が豊かで、夏の花々も咲いていた。雨の残り香がして、シオンと水命は思わずすうっと息を吸い込んで気持ちがよくなった。平日
の夕方ということもあり、少しの親子連れしかいない。
　未来斗が座っていたというブランコも、まだ雨露が光っている。
「何か、今一番気懸かりとかそういうこともありませんか？」
　水命が尋ねると、未来斗はちょっとだけ間を置き、
「何か大切なものをしにきた気がするんです」
　とだけ言った。それ以上は分からないらしい。初めて、未来斗の顔が曇った。
「その大切な何かをしないといけない気がするんです」
　シオンはそして、武彦から得た情報のひとつを思い出した。
「壬瑠さんという方の夢に、貴方が出てきたそうなんですが……実は未来からきた、とかじゃありませんか？」
　真顔で突拍子もないことを言うシオンに、水命は思わずあたふたとする。だが「不思議系事件」であれば、それも充分考えられることだった。
「未来から来た……夢……？」
　考えていた未来斗は、急に頭を抑えた。
「痛い」
「あっ……む、無理に思い出さないほうがいいです。お医者さんにやはりいきましょう」
　慌てて水命が未来斗に触れようとしたその瞬間。
　パァッと公園中が光に包まれた。
　眩しさに目を閉じるシオンと水命。
「な、なんですかこれは」
「目が……」
　シオンも気の小さいほうだと自負している位なので、一緒にいる仲間が水命＝護るべき年下の少女ということで、寸でのところで平静さを保っていた。いや、保とうとしていた───「彼」が現れるまでは。
　光が少しずつ収まってくると、シオンと水命は目を開け、未来斗の目の前にいつの間にか佇んでいる真っ白な服を着た白い髪と不思議な緑色の瞳をした青年を見て仰天した。
「つ、つ……角！」
　シオンはなんとかそう言ったが、水命は声すら出せないでいる。知らず、シオンの腕をひっしと掴んでいた。
「ああ……」
　未来斗が、その青年を見て項垂れた。
「思い出した、ぼくは……」
　えっとシオンと水命がコワさも忘れて未来斗を見る。
「記憶が？」
「お戻りになったのですか？」
　シオンと水命の言葉に、儚げな笑みを、未来斗は見せ、静かに頷いたのだった。
「ぼくは……夢天使というものです」
　夢天使とは、悪魔のような角はあっても全く異なる聖なる者。
　だが、下級の夢天使は夢の中でしか力を発揮することが出来ないのだと。
　角は、隠すことも出来て人間のふりをすることも出来る。そう未来斗は言い、証拠のように角を出してみせた。
「この方は」
　と、青年を見る。
「最上級位にあらせられます、夢天使の長。ぼくの記憶を消したのもこの方です」
「そんな、何故そんなことを？」
　シオンが混乱する頭で言う。水命は必死に考え、なんとか質問をまとめた。
「あの、僭越ながら質問をさせて頂きたいのですが、何がどうしてどうなって未来斗さんはこの人間の世界にいらっしゃったのですか？」
「そうです、それで何故記憶を」
　言いかけて、ハッとシオンは気がついた。恐らく、水命も同時に。
「……記憶を消されるのは漫画や小説等では大抵は、『危険思考を持った』からなんですよね」
　シオンの言葉に、水命は胸の動悸が激しくなる。二人のそれを知ってか知らずか、「夢天使の長」は厳かに口を開いた。
「この者───シノンは夢天使の掟を破った。人間世界に度々降りるのはいいが、人間の死を報せるのは如何にも不味い。なのに壬瑠という少女を愛したが為、シノンは夢に干渉して力を使い、自らの愛と死の危険を報せようとした。
　未来が分かるのも我々の能力の一つ。だが、それを報せるのは死神等の類。我々は決してそれを人間に教えてはならないのだ」
　再び、二人の顔に驚愕の色が走る。
「壬瑠さんが……じゃあ、もうすぐ亡くなるという事ですか？」
「そんな……愛してる人が死ぬと分かっていて、なのにそれを報せるだけのこともいけないのですか？」
　シオンと水命の声は、其々に震えていた。
　長は、少しだけ優しい瞳で、けれど変わらず威厳のある声で応えた。
「ならばそなた達は過去親しい者を亡くした時、誰か報せてくれる者がいたかね？　それに」
　我々にその死をどうにか出来る能力はない、と続ける。
　ああ、とシオンと水命は思った。
　夢天使というものは、なんて切ないのだろう。
　人間の死を知っても、どうにも出来ないのだ。例えそれが友達になった人間だったとしても、愛する人間だったとしても。
　ぽつり、水命の涙にシオンが気付いた。彼もまた、胸を痛めていた。
「……あの未来斗さんの、いえ、シノンさんの……壬瑠さんの夢での『気付いて』という声は」
　続きが言えなかった。込み上げてくるものを、シオンは必死で堪えた。
「無意識に、シノンが『壬瑠を愛している』ことに気付いて欲しいと思っていたから声になってしまったのだろう」
　代わりに、長が言った。
　ふと、天を見上げる。
「そろそろ雨が降る。我々は───帰らなければ」
　夢天使は人間の世界に降りる時、また天に帰る時、雨が降る時以外不可能なのだという。ただひとり、長だけを抜かして。
「待ってください」
　水命が、泣きながら訴える。
「せめて、それならば……シノンさんを罰したりしないでください」
　ただひとりの人間を愛した。
　何を罰される必要があるというのか。
「記憶を消したというだけで充分でしょう」
　シオンが、涙を堪えている為震える声で言う。
　その時、未来斗───シノンがまた、あの微笑みを見せた。切ないものでは、あったけれど。
　天使の微笑みを、見せたのだ。
「ありがとう。あなた達のような友達も出来て、ぼくはとても嬉しいです。ぼくは───今後生涯、きっと壬瑠さんの他に誰も愛さないでしょう。愛せないでしょう」
　さようならとは、言わなかった。
　ぽつり、ぽつりと雨が降り始める。
　夢天使の長とシノンの身体が、輝き、ぼやけ始める。
「またいつの日か」
　その言葉を最後に、シノンは長と共に光の粉となり、雨を逆流したように静かに天へ昇っていった。

　壬瑠という少女のことを、武彦は後々二人に伝えた。
　彼女は「未来斗」という少年のこともすっかり忘れていたのだが、死ぬ最期の日まで、帽子をかぶった不思議な少年の夢を見続けたという。
　少年は名乗らず、何も言わず。
　ただ、「きづいて」とだけ、声が聴こえる夢だったという。

　───きづいて───きづいて───
　　　　ぼくは、ここにいるよ───
　　　　　　　いつまでもいつまでも、
　　　　　　　　　　愛しているよ───

《完》

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■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■
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【整理番号　／　ＰＣ名　／　性別　／　年齢　／　職業】
3356/シオン・レ・ハイ　（しおん・れ・はい）/男性/42歳/びんぼーにん　今日も元気？
1572/暁・水命　（あかつき・みこと）/女性/16歳/高校生兼家事手伝い

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■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■
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こんにちは、東瑠真黒逢（とうりゅう　まくあ）改め東圭真喜愛（とうこ　まきと）です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますｖ

さて今回ですが、まずはこんなに遅くなってしまって本当に申し訳ありません。この作品は、以前雑誌掲載していた頃書いていた短編のひとつの一部をネタにしたものだったのですが、かなり思い入れがありましたので、慎重に慎重にどう書こうか考えていたのです。どうしたら物語を毀さないか、どうしたらＰＣ様の性格と反映して書き進められるか───等々。そしてそうしているうち、本来一週間ほど前に書き終わる予定が急に体調を崩してしまいまして、これだけ遅くなってしまったという訳です。
今回は「愛」「命」「夢」の全てをつぎ込んだものとなりました。短いものにはなりましたが、わたしは物語の「よさ」は文字数とは全く無関係と思っておりますのでご了承ください。
この物語の番外編も次のシナリオに考えております。

■シオン・レ・ハイ様：連続のご参加、有難うございますｖ　今回はシオンさんの持つ優しさを物語の中に入れてみました。このようにハッピーエンドとは言えないものになってしまいまして、期待外れでしたらすみません；
■暁・水命様：初のご参加、有難うございますｖ　水命さんの能力というのが凄く物語をどんでん返しでハッピーエンドにも出来そうだったのですが、それはわたしの頭の中の水命さんの性質のイメージと違うなと思い、こういう形を取らせて頂きました。期待外れでしたらすみません；

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆