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■【夢紡樹】 ユメウタツムギ■

紫月サクヤ
【3404】【祇堂・朔耶】【グランパティシエ兼坊守】
 貘はコロン、と転がった夢の卵を前に珍しく渋い顔をしている。
「ちょっと今月は夢の卵が多いですねぇ」
 悪夢はちょこちょこと貘のおやつとして消化されているのだが、幸せな夢など心温まるものは貘の口に合わないらしく、そこら中にあるバスケットの中に溢れかえっていた。
「どなたか欲しい方に夢をお見せして貰って頂きましょうか」
 ぽん、と手を叩いた貘はバスケットの中に夢を種類別に分け始める。
「さぁ、皆さん、どんな夢をご所望なのか。お好きな夢をお見せ致しましょう」
 くすり、と微笑んで貘はそれを持ち喫茶店【夢紡樹】へと足を向けたのだった。
【夢紡樹】−ユメウタツムギ−


------<お菓子作り>------------------------

 キッチンに焼き上がった菓子の甘い香りが漂う。
 風に乗ってその香りが届いたのか、姪がキッチンにやってきてたった今焼き上がった菓子を眺め呟いた。
「朝から…おかし…」
 別に朝から菓子を作っていることは変なことではない。
 祇堂朔耶はいつも店に並べるための菓子を朝早くから作っている。
 しかし今日は定休日。
 並べる必要のないものをどうして作っているのだろうという姪の呟きだった。
 それに笑顔で朔耶は答える。
「今日はこの間のお礼に夢紡樹へ行ってくるんだ。覚えてるだろう?」
 こくんと姪は頷いて朔耶を見上げる。
 あの店には人形や姪の気持ちを惹きつけるものがたくさん存在していた。
 姪も一緒に行きたいのだろうが、今日は生憎平日で姪は小学校へ行かなければならない。
「また今度一緒に行こう」
 だから学校に行く用意をしておいで、と朔耶は姪を促す。
 姪はおとなしくその指示に従い、キッチンを出て行った。
 朔耶はその後ろ姿を見送ると丁寧にラッピングをし始める。
 喫茶店にお菓子の差し入れなど不思議な感じもするが、たまにはこういう趣向も悪くないだろうと朔耶はくすりと微笑んだ。


------<卵の衝撃>------------------------

 学校へと向かう姪を見送り、朔耶は先ほど包んだ菓子を持ち夢紡樹へと歩き出す。
 天気は良好。風も穏やかで心地よい。
 ほんのりと色づいた街路樹達を眺め、澄んだ空を見上げた。

 先日、感情が戻らないまでも亡き兄夫婦、姪にとっては両親の夢を見ることで姪は『涙を流す』ことが出来た。
 心の中に膨らむ感情。
 壊れた感情に少しの変化。
 それは蹲った場所からの大きな一歩ではないだろうか。
 あれから姪は朔耶と手を繋ぐことが多くなったような気がする。
 暖かな温もりの交換をして、互いの存在を確かめ合うようなその行為に姪は安らぎを覚えているようだった。
 朔耶は姪の喜ぶことは何でもしてやりたいと思う。
 自分の子供のように心の底から大切にしたい存在だった。

 そんなことを考え歩いていると、いつの間にか夢紡樹の前へとたどり着く。
 カラン、と音を立てて扉を開けて中に入るといつもと同じ笑顔と声が朔耶を迎える。
「いらっしゃいませ、朔耶さん。…今日はお仕事お休みですか?」
「こんにちは。あぁ、休み。そしてこれは差し入れ」
 たまには俺のお菓子でも食べてみてよ、と朔耶は悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべエドガーへと包みを差し出した。
「良いんですか? 有名パティシエのお菓子を頂いても。なんか食べるのもったいないですね」
「食べ物は食べるためにあるんだ。食べなかったらそっちの方が失礼だろう」
「全くです」
 失礼しました、とエドガーは苦笑しながら軽く包みを掲げて朔耶に礼を述べる。
 そこへバスケットを持ったリリィが駆けてきた。
「朔耶だー! コンニチハっ!」
 リリィは朔耶のことをいたく気に入ってるようで、訪れるたびにじゃれついている。
「あぁ、こんにちは」
 にっこりと微笑んだ朔耶に一直線に向かってくるリリィだったが、途中で椅子の脚に引っかかり転ぶ。
 その反動で朔耶の元へと飛んでくるバスケット。
 朔耶はそのバスケットに見覚えがあった。
 貘が夢の卵を入れて持ち歩いていたものだ。
 リリィは貘に頼まれてきっと夢の卵を配っている途中だったのだろう。
 触れてはいけない、と脳裏に警告がなる。
 しかし避けようにも至近距離だったため避けれず、朔耶はそのバスケットから飛び出した卵に触れてしまう。
 受け止めた卵は何故か朔耶の体の中に沈み、そのまま朔耶は意識を失った。

「わーっ! 朔耶っ! 朔耶ーっ!」
 がばっ、と起きあがったリリィは倒れた朔耶を見て慌てふためくが、リリィの肩を奥からやってきた貘が軽く叩き落ち着かせる。
「大丈夫ですよ。卵を呑んでしまっただけです。体に沈んだ夢の卵……どんな夢を見せているのでしょうか」
「朔耶、大丈夫? ちゃんと目が覚める?」
 心配そうに朔耶に駆け寄るリリィに貘は安心させるように告げた。
「あと数分で目が覚めるでしょう。その時にちゃんと謝罪をするんですよ」
「はぁい。リリィ…もう少し気をつけなきゃ」
 しょんぼりと俯いたリリィをエドガーもそっと見つめるのだった。


------<夢の中で>------------------------

「うわっ!ちょっと待って」
「ダメ。早くおいで」

 くすり、と笑った朔耶は追いかけてくる従姉妹を振り返りつつ声を上げる。

 並べばまるで一卵性の双子のように瓜二つだった従姉妹と朔耶はとても仲が良かった。
 たまに入れ替わって、周りの人々を驚かせてみたり。
 ただし、似ていたのは外見だけ。
 性格は正反対とはいかないまでも個性に溢れた二人は、口を開けばすぐに見破られてしまうのが常だった。

「真っ暗だしもう帰ろうってば」
「せっかく来たのに見もしないで帰るって?」
 そんなもったいないことしたくない、と朔耶は頬を膨らます。
「だって、ここからでも星なんて見えるじゃない」
 あんなに綺麗、と従姉妹は空を見上げる。
「でももっと綺麗なんだ」
 しぶる従姉妹の手を引いて朔耶は歩き出す。
「もう…分かった。一緒に行くから」
「そうそう」
 始めからおとなしく着いてくればいいんだよ、と朔耶は従姉妹に笑いかける。
 そして従姉妹も同じように微笑んだ。
 笑うと二人は更によく似ていた。

 伝え合う温もり。
 生きているという感触。
 その時、それが消え去るなんてことは思いもしなかった。

 そんな楽しげな二人の横を一台の自転車が通り過ぎた。
 その瞬間、ぱしゃっ、と朔耶の顔に暖かいものが降りかかる。

「えっ……」

 朔耶の目の前が真っ赤に染まる。
 降り注ぐのは真っ赤な鮮血。
 今まさに従姉妹の首から吹き出した血。
 ゆっくりと崩れ落ちる従姉妹の体。
 まるで映画のワンシーンのようにそれは朔耶の目にゆっくりと映った。
 朔耶が呆然とその光景を見ている間に、通り魔の姿は消える。
 朔耶は未だ吹き出す従姉妹の血を浴びながら、冷たくなっていく従姉妹の姿を見つめていた。

 何も出来ない、無力な自分。
 ただ見ていることしか出来なかった過去の自分。

 唇を噛みしめて、空の上からその光景を朔耶は見つめていた。
 過去の自分が鮮血に染まり呆然と座る姿はなんと無力なのだろう。
 そしてそれを見ることしかできない自分もなんと無力なのだろう。

 変えたくても変えようのない事実は胸を締め付ける。
 あの時、通り魔の顔すら見れなかった。
 夢の中でもう一度この光景を見たら見れるかもしれないと思ったが、夢は夢だった。
 実際に見ていない者の顔が分かるはずもない。

「やっぱり俺は何も出来ない…」

 あの時は崩れゆく従姉妹の体を支えるだけで精一杯だった。
 血を浴びるだけでそれを止める術も知らなかった。
 ただ見ていることしか出来ず、犯人を捕まえることも出来なかった。
 従姉妹の命が奪われる直前まで繋いでいた手はだんだんと冷たくなり、そして硬くなった。
 ぎちぎちに硬直した手の感触を覚えている。
 その冷たさを覚えている。
 離さないでいようと思っていたのに、断ち切られたその運命を朔耶は呪った。
 何も出来なかった過去の自分を悔いた。

 もう二度と繋いだ手は離したくないと。
 だからこそ、姪が触れてくるその手を大事に慈しむように包み込む。
 過去は取り戻すことが出来ないから。
 でも、今ある温もりは守ることが出来る。
 今の自分ならば…、と朔耶は食い込んだ爪で血が滲むほど拳を握りしめた。

 あの時、何も出来なかった自分はただ祈ることしか出来なかった。
 従姉妹が少しでも安らかであるようにと。
 そしてその気持ちは今でも変わらない。

「どうか安らかに…」

 暗闇に響く過去の自分の叫び声を耳にしながら、朔耶はそっと瞳を閉じた。


------<夢から覚めて>------------------------

 んっ、と朔耶は首を軽く振って身を起こす。
「あっ、朔耶っ! ごめんなさいっ! リリィ転んじゃって……夢の卵を…」
「それで俺は今寝てたのか」
「ごめんなさいっ。本当は見る予定なかったよね。うなされてたし……」
 今にも泣き出しそうなリリィに朔耶は小さく笑いかける。
「大丈夫だから」
「でも…でも……」
 困ったな、と朔耶は苦笑してリリィの頭を撫でる。
「笑ってくれた方が安心するけど」
 本当?、とリリィは朔耶を見上げる。
 頷く朔耶を見て、リリィはおずおずと頷いた。
「本当にごめんなさい」
「はいはい」
「それじゃ、せっかくですから朔耶さんが持ってきてくださったお菓子を皆で頂きませんか?すごく美味しそうですよ」
「それがいいかもしれませんね」
 苦い痛みには甘いお菓子で、と貘が微笑んだ。
「それもそうか…」
 苦笑しながら朔耶もその案に乗る。
 珈琲の良い香りが漂う店内に、甘いお菓子の香りも加わった。
「朔耶さんは飲み物どうします?」
「そうだな……少し苦めの珈琲を」
 まるで今見た苦い過去の記憶を刻み込むようなものを頼む朔耶に、分かりました、とエドガーは頷いてコーヒー豆を碾き始めたのだった。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●3404/祇堂・朔耶/女性/24歳/グランパティシエ兼坊守


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
再びお会いすることが出来幸せです。

今回は前回の続きのような感じで話を書いてみましたが、如何でしたでしょうか。
前回の話に繋がるような話で姪御さんが所々に出てきます。
過去の朔耶さんがあって、今のお二人がある。
そんな感じに仕上がっていればと思います。
少しでも楽しんで頂けていたら幸いです。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!