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■ファイル-2 神隠し。■

朱園ハルヒ
【3054】【夜都・焔雷】【夜魔/黒猫/無職(フリーター)】
 電話が鳴り止まない、という光景自体、この司令室では珍しい事であった。受話器を置いた瞬間に再び鳴る、電子音。
「…………」
 呼び出されたはいいものの、司令塔である槻哉がこの状態では、話の進めようが無い。
 斎月も早畝もナガレも、槻哉が電話対応に追われているのを、黙って見守るしか出来ずにいた。
「…商売繁盛?」
「そーゆう問題じゃないだろ…。こりゃ、電話機増やさないとダメかもな」
 へろり、と槻哉に力の無い人差し指を指しながら、早畝が言葉を漏らすと、ナガレがそれに突っ込みをいれる。
 斎月は黙ったままで、咥えた煙草に火をつけて、テーブルの上に置かれていた資料に目を落としていた。
「……はい、これから調査いたしますので、そのままお待ちください」
 その言葉を最後に、電話の呼び出し音は一応の落ち着きを取り戻す。見かねていた彼の秘書が、内線を切り替えたらしい。
「ふぅ…。三人とも、待たせてすまなかったね」
「…事件はこれだな?」
 槻哉の表情は半ば疲れているようであったが、彼は三人に微笑みながら、言葉を投げかけてきた。すると斎月がいち早く反応を返す。
「…そう、今回はこの事件を担当してもらう。さっきからの電話は被害者のご家族からなんだよ。警察の怠慢さも、程々にしてもらいたいね…」
 槻哉の言葉は、何処と無く冷たいものであった。その言葉尻からも読み取れるように、『今回も』警察尻拭い的な、事件であるらしい。
「カミカクシ?」
 早畝は斎月が持ったままの資料を覗き込みながら、首をかしげる。昔はよく起こっていた事件らしいのだが、近年では稀なほうであり、早畝はそれを知らないようであった。
「前触れも無く突然、行方不明になってしまう事を言うんだよ。その後、その人たちが発見されない事が多いから『神隠し』と言われているんだ。昔話なんかにも、出てくるんだよ」
「犯人は天狗、とか言う奴だろ」
 ナガレはいつものように早畝の肩口から資料を覗き込んでいた。この中で一番永く生きている彼にとっては、気になる事件の一つのようだ。
「まさか今時、その『天狗』なわけじゃねぇだろ? 場所が場所だしよ」
「そうだね、この都会の真ん中では、それは有り得ない存在だろうね。…どうやら誰かが故意的に、次元の歪みを作り出しているようなんだ」
 槻哉がそう言うと、まわりの空気がピン、と張り詰めたように思えた。
「…また厄介な事件だな…」
「それを解決していくのが、僕らの仕事だろう?」
 斎月が独り言のような言葉を漏らすと、それに反応したのは槻哉だった。そして皆が視線を合わせて、こくりと頷く。
「今回も、よろしく頼むよ」
「了解」
 三人は資料を手に、調査に出向くための準備を始めた。
ファイル-2 神隠し。


 電話が鳴り止まない、という光景自体、この司令室では珍しい事であった。受話器を置いた瞬間に再び鳴る、電子音。
「…………」
 呼び出されたはいいものの、司令塔である槻哉がこの状態では、話の進めようが無い。
 斎月も早畝もナガレも、槻哉が電話対応に追われているのを、黙って見守るしか出来ずにいた。
「…商売繁盛?」
「そーゆう問題じゃないだろ…。こりゃ、電話機増やさないとダメかもな」
 へろり、と槻哉に力の無い人差し指を指しながら、早畝が言葉を漏らすと、ナガレがそれに突っ込みをいれる。
 斎月は黙ったままで、咥えた煙草に火をつけて、テーブルの上に置かれていた資料に目を落としていた。
「……はい、これから調査いたしますので、そのままお待ちください」
 その言葉を最後に、電話の呼び出し音は一応の落ち着きを取り戻す。見かねていた彼の秘書が、内線を切り替えたらしい。
「ふぅ…。三人とも、待たせてすまなかったね」
「…事件はこれだな?」
 槻哉の表情は半ば疲れているようであったが、彼は三人に微笑みながら、言葉を投げかけてきた。すると斎月がいち早く反応を返す。
「…そう、今回はこの事件を担当してもらう。さっきからの電話は被害者のご家族からなんだよ。警察の怠慢さも、程々にしてもらいたいね…」
 槻哉の言葉は、何処と無く冷たいものであった。その言葉尻からも読み取れるように、『今回も』警察尻拭い的な、事件であるらしい。
「カミカクシ?」
 早畝は斎月が持ったままの資料を覗き込みながら、首をかしげる。昔はよく起こっていた事件らしいのだが、近年では稀なほうであり、早畝はそれを知らないようであった。
「前触れも無く突然、行方不明になってしまう事を言うんだよ。その後、その人たちが発見されない事が多いから『神隠し』と言われているんだ。昔話なんかにも、出てくるんだよ」
「犯人は天狗、とか言う奴だろ」
 ナガレはいつものように早畝の肩口から資料を覗き込んでいた。この中で一番永く生きている彼にとっては、気になる事件の一つのようだ。
「まさか今時、その『天狗』なわけじゃねぇだろ? 場所が場所だしよ」
「そうだね、この都会の真ん中では、それは有り得ない存在だろうね。…どうやら誰かが故意的に、次元の歪みを作り出しているようなんだ」
 槻哉がそう言うと、まわりの空気がピン、と張り詰めたように思えた。
「…また厄介な事件だな…」
「それを解決していくのが、僕らの仕事だろう?」
 斎月が独り言のような言葉を漏らすと、それに反応したのは槻哉だった。そして皆が視線を合わせて、こくりと頷く。
「今回も、よろしく頼むよ」
「了解」
 三人は資料を手に、調査に出向くための準備を始めた。


「ナガレはいるか?」
 そんな声と共に、姿を現せたのは、先日の事件にナガレに協力をしてくれた都築彦だった。その後ろには、もう一人、髪の長い美貌の少年が一人。
「…都築彦じゃん。どうした?」
「いや…この焔雷とお前がいい友達になれるかと思い、連れてきたんだが…何やら忙しそうだな…」
 都築彦は後ろに隠れたままの焔雷という少年を横に招き、ナガレに紹介をしたのだが、周りの空気を読んだのか、それを途中でやめる。
「そうか…悪いな、これからいつものごとく、事件でさ…」
「ナガレー、俺と斎月、先に出るからなー」
「…おう」
 ナガレが都築彦を見上げながらそういっている途中に、早畝が元気よく声をかけてきた。それに返事をしながら、彼らが出て行くのを見送る。
「…都築ぃ…」
 ナガレのほうをちらちらと見ながら、焔雷が都築彦の名を呼びながら、服の端を引っ張っている。そうしていると、まるで恋人同士のようだ。
「焔雷、一緒に来るか」
「え?」
「え?」
 都築彦は焔雷に視線を落としながらサラリとそんなことを言う。それに、焔雷、そしてナガレまでもが聞き返した。
「……己に手伝えることはないか?ナガレ。…まぁ、無くとも心配だからついて行くが…」
 焔雷はその都築彦の言葉に、ぷぅ、と頬を膨らませている。
 そんな事だろうとは思っていたのだが、ナガレは二人に苦笑するしか無かった。
「…ボス、そんなわけだから、協力者2名、追加しておいてくれよ」
「わかったよ、ナガレ。それでは、河譚さん、それと…焔雷くん、でいいのかな。よろしくお願いします。
 …くれぐれも気をつけて」
 ナガレは後ろで見ていたであろう槻哉にそう言うと、彼も苦笑しながらきちんと応えてきた。そして笑顔で見送ってくれている。
「それじゃ、いくか。またよろしくな。焔雷も」
 ナガレが二人を交互に見ながらそういっていると、焔雷の視線が、心なしかキツイものに感じて、ますますやれやれ、と思うのだった。

 表に出た途端、ナガレは物陰に隠れ、人型を取る。
 事件の粗方の説明は、その前に済ませていたのだ。
「やはりそちらのほうが動きやすいのか」
「…まぁな」
 都築彦にそう言いながら、身なりを揃えていると、視線がビシビシと突き刺さってくる。
 ちら、と視線を動かせば、都築彦にべったりくっついている焔雷が、頬を膨らませながらこちらを見ていた。…睨んでいると、言ったほうが、正しいのだろうが。
(…まったく、可愛いなぁ…丸解りじゃん…)
 ナガレはそんな焔雷に気分を害するどころか、好感を持った。
 都築彦が以前言っていた『世の中を教えてくれる存在』は彼だと思って間違いない。それに、この二人は近いうちに今以上にいい関係になるのだろう、と思うと自分まで何だか幸せな気分になってしまうのだ。
「……ねぇ」
 そんなことを思っていると。
 つんつん、と腕を突付きながら、焔雷が声をかけてきた。
「都築は俺のだからねっ 俺が最初に見つけて、最初に拾ったんだから、俺のなんだからねっ!」
「……………」
 これは、宣戦布告と言うものなのだろうか。それとも、警告なのだろうか。
 どちらにしても、独占欲丸出しな焔雷の可愛い姿に、ナガレは吹き出してしまう。
「……ははっ…モテモテだなぁ、都築彦…」
「……?」
 当の都築彦には、何の事だか、さっぱり解らないらしい。二人を眺めながら、不思議そうな顔をしている。
 ナガレは焔雷に、ライバル視されてしまったようなのだ。
「大丈夫だって。都築彦はただの知り合いだし、取ったりしないから安心しろ」
「…ほんとにぃ〜?」
 焔雷はナガレの言葉を信じきれていないようで、じと目でそんなことを言ってくる。
「本当だって。だからお前は頑張って、都築彦を守ってやるんだぞ?」
「うん。都築は俺が守るんだもんっ」
 ナガレが再びそう言うと、焔雷は自慢げにしながらそう言った。
 その姿に、都築彦は軽く笑っている。
「さてと、じゃあ現場に向かうか。ここからそんなに遠いもんじゃないし」
 三人は、ナガレの導きの下に、進みだした。
 行く先々で目立っていたのだが、それを当の本人達は特に気にも留めずに、目的地へと歩みを進めるのだった。



 現場である大きな公園に辿りついた三人は、まずは手分けをして周辺を調査することにした。そうしているとすぐに焔雷があるものに気が付き、都築彦とナガレを呼び寄せた。
「どうした、焔雷?」
「これこれ、見てー」
 焔雷の指の先、人目には付きにくい一画のコンクリートの上に、奇妙な円が描かれていた。
「……なんだ…?」
 ナガレは首をかしげる。
「うんとね、これ…魔法陣だと思うの」
「魔法陣て…あの、テレビとかでやってる、魔物を呼び出すとか、そう言うやつか?」
 焔雷は歩み寄ってきた都築彦の腕に絡みつきながら、そう言う。するとナガレが聞き返し、それにこくりと頷く。
「……どう思う?」
 魔法陣を囲み、暫く考えをめぐらせた後、ナガレが口を開き、二人へと言葉を投げかける。
 すると焔雷が膝を折り、その魔法陣に指先で触れた。
「…不完全なカタチだね。…シロウトが描いたっぽい」
 そういわれてみると、その魔法陣は少し形が崩れているように見えた。好奇心旺盛な者が、自分の知識だけで魔法陣を描き、何かを呼び寄せているとしたら…。
「なぁ焔雷、何か感じないか…? 他に、手がかりになりそうな…」
「うーん…ねぇ都築、都築は何か感じない?」
 焔雷は小首をかしげながら、都築彦を見上げ、服を引っ張った。
「己はこれがどういうものが解らないが…。ただ、良い物ではない、と言うことだけは解る」
 都築彦は一度魔法陣に目を落とした後、再び顔を上げ、周りの空気を仰ぎながらそう言った。緑の多い公園内の割には、少し空気が重いように感じるからだ。
「もしかしたら、知ったかぶりな子が、変な魔物とか呼び出しちゃったのかもしれない」
「……なるほどな」
 ふと考えが浮かんだ焔雷が、そんな事を言った。
 ナガレはそれに、口に手をあてて、頷く。おそらくそれは、当たりであるだろう、と思えたからだ。
 焔雷自身が気が付いているのかはわからないが、彼は自分や都築彦とは違い、夜の眷属の匂いがした。同じ眷属のものであれば、何かしら解るというもの。ナガレはそれに、賭けたのだ。
「焔雷、お前の勘にもう一度賭けたい。これが間違いで無ければ、この辺りに次元の歪みってヤツがあるはずだ」
 すっと立ち上がったナガレが、真剣な眼差しで焔雷を見つめながらそう言うと。焔雷は少し驚きながら、都築彦を見上げる。
「お前の力を、ナガレは信じているという事だ。己が傍に居てやるから、この辺りの空気を読んでくれ」
「うん」
 都築彦がそういってようやく、焔雷の表情が柔らかいものになる。そして素直に頷いて、都築彦の腕を掴みながら、周りを見回し始めた。
「……………」
 ナガレも彼に任せっきりにしているわけではない。彼らに気を配りながら、自分も辺りの状況を見る。
 都築彦も、同様に。
「……あ、あれ。あそこ見て」
 焔雷の視界に捉えた、場所。
 魔法陣から数メートルほど離れた開けた場に、空間の歪みが見られた。
 三人はその場に駆け寄っていく。
「………こりゃ確かに…異質だな。普通の人間には解らないと思うが…」
「ただ眺めていても埒が明かん。己が調べてみよう」
 都築彦がそう言いながら、一歩前に出ると
「都築ぃ、俺もー」
 焔雷も後を突いていこうとする。
「お前はここから動くな。危ない目にあわせるわけにはいかない。…ナガレもな」
「えぇ〜っ」
「俺もか…」
 都築彦が焔雷に振り返りながらそう言うと、二人同時にそんな返事が返ってきた。焔雷のみに言い聞かせるなら解るが、ナガレも同じあつかいになると、何だかくすぐったいような感じがした。
 焔雷の肩に、ぽん、と手を置いて此処にいろ、と念を押した都築彦は再び二人に背を向け、歪みに近づいていった。
「…都築のばかぁ…」
 ぷー、と頬を膨らませながらそう言う焔雷に、ナガレは苦笑した。
「……お前、本当に都築彦が好きなんだなぁ…」
 笑いながらそう言うと、焔雷が目を丸くしながらナガレを振り返った。
「…うん、そう。俺が一番都築を好き。…そう、なんだ」
 焔雷はナガレにそう言いつつも、自分に確認を取るかのように言葉を繰り返す。
(……まだまだ、始まったばかり、って感じだもんなぁ…この二人)
「えっとね、だから、ナガレは都築に触っちゃダメなの。俺が一番、いっちばん! 都築の傍に居るから!! ダメなのにゃ!
 ……はっ、にゃ、じゃない!」
「…ぷっ…あははっ…お前、可愛いなぁ…」
 焔雷が、必死になってナガレにそう言っていると、最後のほうだけ語尾がおかしくなった。ナガレはそれで彼が人型以外の時にはどんな姿で居るのか、解ってしまった。
 うー、と言いながら真っ赤になっている焔雷を見ていると、思わずまた吹き出してしまう。談笑している場合では、無いのだが。
「――焔雷、ナガレ!!」
「うにゃっ!」
 そんな二人に投げかけられた、都築彦の声に。
 焔雷は、ビクっと身体をはねさせると、その頭の上に、ぴょこん、と黒い何かが飛び出した。
「あわわ…えいえいっ」
 ナガレが見る限り、それは猫の耳だった。どうやら油断したり、驚いたりすると今のように耳が出てきてしまうらしい。焔雷が慌てて、両耳を押さえ中へと押し込んでいる。
「…どうした? 都築彦」
 そんな焔雷を横目に、苦笑しながら都築彦に声をかけると、彼は歪みに片手を差し込んでいる最中だった。そこから縦に、じわじわと切れ目が生まれそれは大きくなっていく。
「中がどうなっているか解らないが、入ってみようと思う。消えた人間達を見つけたら、連れて来る。お前たちはそこで待っていてくれ」
「都築ぃ!危ないよぉっ」
「焔雷、お前はナガレと共にその場で待機してるんだ。いいな?」
「……つきぃ…」
 都築彦にキツイ表情でそう言われた焔雷は、しゅん、と肩を落とした。
「お前も無茶すんなよ、都築彦!」
「解っている」
 ナガレがそう言った後、都築彦はその裂け目に吸い込まれるように姿を消した。
「…………」
「大丈夫だって。都築彦が強いことくらい、お前も解ってるだろ?」
「うん…でも…あの場所は…なんか…」
 ナガレがぽんぽん、と焔雷の背中を叩いてやると、都築彦が消えた裂け目に目をやり、言葉を濁した。そこから漏れる空気が、焔雷の心の中を掻き乱しているようだ。
 それでも二人は、その場で大人しく、都築彦の帰りを待たなくてはならない。不安を必死で掻き消しながら、焔雷はずっと前方を見据えていた。

 中へと入り込んだ都築彦は予め半獣人の姿を取っていた。人型でいるよりは、有利だと思ったからだ。
「……………」
 辺りを見回すと、そこは人間界とは全く違う景色だった。
 つまりは別の世界と、繋がっていると言うことになる。
「…お前はこちら側のモノか? それとも、我々の餌か?」
 そんな都築彦に声をかけてきた存在がいた。見れば、人間のような姿形をしている。
「お前は…人間ではないのか?」
「……ああ、これか。これはただの器さ。馬鹿な『コレ』が、不完全な方法でこの俺…そうだな、人間界では『魔物』と言うらしいが…その俺を呼び出しておきながら、姿を見るなり逃げやがった。だから代償に身体をもらってやったのさ」
 人間の姿をした男は、自分を親指で指しながら、そういい笑う。
 都築彦は黙って聴いていたが、その表情は良いものとは言えなかった。
「人間界に行けたお陰で、こんな風に行き来できるようなゲートも作れた。するとたまに人間が迷い込んでくるんだ。…お前みたいに?」
「……迷い込んだ、人間は、どうしたのだ…?」
 都築彦が静かにそう問いかけると、その男はにやり、と笑った。
「どうしたと、思う…?」
「……っ…!」
 その挑発的な言葉に、都築彦は自分の指先が反応した事に気がつく。そしてそれは、男の眉間に寄せられえていた。
「……怖いねぇ…獣人にしては、妙に人間くさいな、お前…」
 男は怯むことも無く、にやにやと笑いながらそう言った。
「よく考えろ。ここは何処だ? ロクに力など持たない人間が迷い込んで無事だと思うか?」
「………!!」
 都築彦はそこで、自分の爪を引いた。
 先に姿を消した者達は、望み薄だと、察知してしまったから。
「…それで、お前はどうする? 俺に食われるか…それとも…」
「――こうするさ」
「!?」
 ぐん、と男は何かに引かれた。
 都築彦に余裕を見せていた分、不意を衝かれたのだ。次の瞬間には足が地面から離れ、景色が物凄いスピードで流れていく。
 そして、視界が、変わった。
「……都築ぃ!!」
 都築彦は男の襟首を掴みあげて、そのまま人間界へと繋がる裂け目目指して走り、男と共に飛び出したのだ。
 彼を待っていたナガレと焔雷は、それに驚き、声を上げた。
 人間界に投げ出された形になった男は、彼らとの間合いを空けて怒りを露にし始める。
「おのれぇ、人間被れが!! 此処でお前ら全員食い殺してやる!!」
 ベキベキ、と音を立てながら。
 都築彦たちの目の前で、変容していく、それ。
 焔雷はその姿を見ながら、心に涌き上がる何か懐かしいモノを、不思議に受け止めていた。彼の長く美しい髪が、ふわ…と靡く。
 そして焔雷は直感で、あの『異界』へと繋がる裂け目を、封じなくてはならない、と思う。
 ふらり、と足が、前に出た。
「…焔雷?」
 都築彦が声をかけるが、それすらにも反応しない。
「――っ来るぞ、都築彦!!」
 するり、とその変容を遂げた『魔物』をすり抜けていく焔雷。その姿に目を奪われていると、ナガレの怒号が響いた。
 目の前には、器の陰も見当たらない大きな翼を持つ、魔物が迫ってきている。腕を振り上げ、都築彦を切り裂こうとしていた。
「………」
 都築彦は、反応に一歩だけ遅れを見せた。
 しかし、寸での所で、それは見事に弾かれる。
 …ナガレのシールドが、彼を守ったのだ。
 ガキィッ、と金属が破裂するような音と共に、魔物が持っていた鋭い爪が、折れる。
「……っ、けっこう、利くもんだな、俺の盾も…!!」
 ナガレは両腕を掲げて、シールドを維持させながら、笑った。自分は人間ではないものの、こうして『魔族』と言うものに遭遇したのは初めてで、その魔族の力に自分の力が適うかどうかは、解らなかったのだ。
「小ざかしい真似を…!」
 魔物はギリギリと歯を鳴らしながら逆上していた。
 次の攻撃がくれば、ナガレのシールドも破られてしまう可能性も高い。
「……都築彦…っ なんとかしてヤツの心臓部に飛び込めないか…!? 魔物だって心の臓が無けりゃ、死ぬだろ…?」
「あいつに隙さえあれば、可能だ」
 シールドを張り続けているナガレは、少しだけ疲労の色を見せていた。先ほどの接触のときに、かなりの衝撃があったらしい。
 都築彦はその背後で、魔物の隙を、狙っていた。
「――都築ぃ!」
 そんな時、遠くで焔雷の声が響く。
 それに視線をやると彼は次元の歪み――異界へと続く裂け目の目の前に居た。
「俺、此処を閉じるから!! そしたら、きっと、あいつ倒せるよ!!」
「!!」
 焔雷はそう叫びながら、両手を裂け目に合わせるようにして、掲げた。
「…お前…!! 我々の仲間でありながら、裏切るつもりか…!?」
 魔物はそう言いながら、焔雷に向かい翼を羽ばたかせる。
 ナガレはその隙を見て駆け込み、焔雷の傍へと魔物より先に辿りついた。
「あんたの好きにはさせねぇ。ここは人間界だからなッ!!」
 そして再び両腕を上げて、飛び掛ってくる魔物に向かい、シールドを張り巡らせた。
 焔雷はそのナガレと背中合わせになりながら、必死に裂け目を閉じる事に務めていた。それは、『彼』にしか、出来ない事。魔物の血を半分受け継ぐ、焔雷にしか。
 ゆるゆるとであるが、縦の線のように裂けていたそれは、繋ぎ目をなくしていった。
「おのれぇ!! 裏切り者が!! やめろぉ!!」
 魔物がそう叫びながら、長い腕を振り下ろしてくる。ナガレのシールドに弾かれても、何度も何度もそれを繰り返していた。
「……くっ…焔雷…っ、頑張れ…」
「うん…っ もう少しだから…ッ」
 必死で、焔雷を守る、ナガレ。そしてその後ろで、汗を流しながら繋ぎ目を消している焔雷。
 その時点で、魔物はもう一人の存在を、すっかり忘れ去っていた。
「……魔物も、背後を取られる事があるのだな」
 静かに、響き渡った声。
 そして、その場の空気が一瞬だけ、動きを止めたかのように、思えた。
 ナガレのシールドに、青緑の液体が、飛び散る。
 一瞬それにナガレが驚くが、その先には魔物が身体を硬直させて、目を見開いていた。そして、その身体の中心、心臓があるだろうと思われる部分には、獣の手があった。
 それは都築彦の手であった。その手の中には、臓器らしきものが、しっかり握られている。
「……おの、れ…やめ…ろ…!!」
「聞けぬ願いだ。お前は罪も無い人間を数多く犠牲にしたのだからな。その身をもって、償ってもらう」
「やめろ……やめろ…!! おい、お前、やめさせろぉ!!」
 その言葉は、焔雷の背に、向けられたものだった。
「……………」
 焔雷は無言で、ゆっくりと振り向く。
 そして、魔物を見上げながら、
「……残念だったね」
 と言い、両手を揚げて見せた。裂け目は、完全に消滅出来たようだ。
「終りだ」
「……やめろぉぉぉぉ……!!!」
 都築彦は、ゆっくりと再び声をかけると、時間を置かずに、手にしたモノを、一気に握りつぶした。
 すると魔物は叫びを上げながら、その形を崩していった。
 三人はその場で、その存在が消えてしまうのを、黙って見上げているのだった。


「そっか…やっぱりな…」
 地面に座り込みながら、ナガレが残念そうに笑いながら、そう言う。
「すまない、どうすることも出来ずに…」
「…いや、そんな気もしていたし…お前のせいじゃないさ」
 魔物と、別世界へと繋がる道を消滅させたものの、結局は消えた被害者達を救うことは出来ずに終わった事に、都築彦も肩を落とす。
 しかし、裂け目の向こうが『魔界』という底知れぬ場所だった以上、どうしようもなかったとしか、言いようが無い。
「……ごめんね?」
 そう、小さく言ってきたのは、焔雷だった。彼も力を随分と削ったらしく、ナガレ同様に、へたり込んだままだ。
「…なんでお前が謝る?」
「だって…」
「―お前は」
 淋しそうな表情のまま、言葉を続けようとした焔雷に、ナガレは少しだけ口調を強くして、それを止めた。
「お前は、都築彦の『保護者』なんだろ? 俺はそれ以外何も知らないし、見てもいない。だから、お前が謝る事なんて、何も無いのさ」
 に、と笑いながらそう言うナガレに、焔雷はゆっくりと表情を柔らかいものにしていった。彼は、自分の中に『向こう側』の血が流れていると言う事を、本能でしか解っていない。だから、それ以上を掘り下げる事など、今の段階では必要ないのだ。
 少なくとも、ナガレはそう、思っている。焔雷が、今この世界で、都築彦と言う大切な存在がいて、幸せであるのであれば。
「……頑張ったな、焔雷」
「…うん」
 都築彦が、焔雷の頭を撫でてやりながら、そう言う。
 すると焔雷は、ぽすん、と都築彦の懐へと、飛び込んでいった。
「…おっと、そーゆうのは、俺の見ていない場でやってくれよな。一人身には、結構辛い」
 ナガレがからかうように、そんな事を言うと、少しだけ間を置いた二人は、お互いを見合わせ、そして小さく笑って見せた。
 ナガレも釣られるように、笑う。
「さーてと、ボスに報告に戻るか。お前らも来いよ、美味い茶くらい、だしてもらえるぜ?」
 ナガレはそう言いながら、立ち上がる。
 すると都築彦も焔雷も、習うかのように立ち上がった。
 そして三人は、ゆっくりとその場を離れて、司令室へと戻っていった。


 膝を揃えて座った目の前に、香りの良い茶を差し出されて、都築彦がそれに頭を下げる。すると焔雷も続いて、都築彦の真似をした。
 秘書の女性は、にっこりと笑いながら『ごゆっくり』といい、そのばを出て行く。
「そうか…そう言う理由であれば、仕方が無い事だね。…わかったよ、この後の事は、僕に任せてくれていい」
 元の姿に戻ったナガレの報告を受け、槻哉はそんな言葉を返した。
 彼も事情を理解してくれたようで、ナガレに『お疲れ様だったね』と笑顔をくれる。
 その後は、槻哉の仕事なのだろう。彼はそこでナガレを解放し、受話器を片手に書類を手にしていた。
(…大変だな、あいつも…)
 ナガレはそんな事を思いながら、槻哉のデスクを離れて、都築彦たちがいる応接間へと足を運んだ。
「……ダメったらダメなの!!」
「?」
 一歩、足を踏み入れた途端、聞き覚えのあるセリフに、ナガレは顔を上げた。
「…おー怖い怖い。解ったって、そんなに怒るなよ」
 次に聞こえてきたのは、楽しそうに笑っている斎月の声だった。
 粗方、焔雷をからかっているのだろう。
「皆みんな、都築には触っちゃダメなのっ 俺のなんだからー!!」
(やれやれ…)
 遠巻きに見ている早畝にも含めて、焔雷がそう喚き散らしていると、ナガレが笑いながら彼らの背後に回り、都築彦の頭の上に飛び乗った。
「…俺はいいんだよなぁ? 焔雷?」
「……………」
 都築彦は、何も言ってこない。
 しかし。
「ダメ!! 絶対ダメ!! ナガレはもっとダメなのーーー!!」
 と叫びながら、焔雷はナガレに飛び掛っていった。当然、都築彦もそれの巻き添えを食らい、その場は大混乱になってしまった。
「あーあー…こんなにしたら、後で槻哉に怒られちゃうよ…」
 そう言うのは、笑いながら見ていた早畝だ。今もまだ、楽しそうに笑っている。
「ま、いーんじゃねぇの。あいつ見てたら、飽きねぇしな」
 それに便乗したのは、斎月だった。いつの間にか早畝の近くに移動してきては、煙草を咥えている。
「ナガレも楽しそうだし、もう暫く見てよっか」
 早畝がそう言うと、斎月はこくりと頷いて見せた。
 ナガレと焔雷の『都築彦の取り合い』は、その後暫く、続けられていた。




【報告書。
 10月11日 ファイル名『神隠し』

 一人の若者が遊び半分にて行った『魔物召還』に端を発し、人間界と魔界を繋ぐ歪みを作り上げ、神隠し事件を引き起こしていた魔物は、ナガレと協力者、河譚 都築彦、夜都 焔雷氏との三人で、消滅させる事に成功した。
 残念なことに、次元の歪みの向こうが『魔界』と言う未知なる世界だったために被害者達を救い出すまでには至らぬに終る。
 二度とこのような事が起こらないように、よりいっそう、普段からのパトロールに力を入れるようにする。
 残された魔法陣であるが、後日再び現場に赴き、二次災害が起こらぬように、抹消済み。
 
 以上。

 
 ―――槻哉・ラルフォード】


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            登場人物 
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【3054 : 夜都・焔雷 : 男性 : 19歳 : 夜魔/黒猫/無職(フリーター)】
【2775 : 河譚・都築彦 : 男性 : 23歳 : 獣眼―獣心】


【NPC : ナガレ】

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           ライター通信           
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 ライターの桐岬です。今回は『ファイル2』へのご参加、ありがとうございました。
 個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。

 夜都・焔雷さま
 ご参加有難うございました。お待たせしてしまい、申し訳ありません…(涙)。
 ナガレをライバル視する焔雷さんは、書いていてとても楽しかったです。可愛いですね、焔雷さんは…。すっかり好きになってしまいました(笑)。
 頑張る焔雷さんを表現したく、後半部分はああいう行動を取らせてみたのですか、如何でしたでしょうか?
 少しでも、楽しんでいただければ、嬉しいです。
 
 ご感想など、聞かせていただけると幸いです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 桐岬 美沖。