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■ファイル-2 神隠し。■

朱園ハルヒ
【3093】【李・曙紅】【中華系マフィア構成員(逃亡中)】
 電話が鳴り止まない、という光景自体、この司令室では珍しい事であった。受話器を置いた瞬間に再び鳴る、電子音。
「…………」
 呼び出されたはいいものの、司令塔である槻哉がこの状態では、話の進めようが無い。
 斎月も早畝もナガレも、槻哉が電話対応に追われているのを、黙って見守るしか出来ずにいた。
「…商売繁盛?」
「そーゆう問題じゃないだろ…。こりゃ、電話機増やさないとダメかもな」
 へろり、と槻哉に力の無い人差し指を指しながら、早畝が言葉を漏らすと、ナガレがそれに突っ込みをいれる。
 斎月は黙ったままで、咥えた煙草に火をつけて、テーブルの上に置かれていた資料に目を落としていた。
「……はい、これから調査いたしますので、そのままお待ちください」
 その言葉を最後に、電話の呼び出し音は一応の落ち着きを取り戻す。見かねていた彼の秘書が、内線を切り替えたらしい。
「ふぅ…。三人とも、待たせてすまなかったね」
「…事件はこれだな?」
 槻哉の表情は半ば疲れているようであったが、彼は三人に微笑みながら、言葉を投げかけてきた。すると斎月がいち早く反応を返す。
「…そう、今回はこの事件を担当してもらう。さっきからの電話は被害者のご家族からなんだよ。警察の怠慢さも、程々にしてもらいたいね…」
 槻哉の言葉は、何処と無く冷たいものであった。その言葉尻からも読み取れるように、『今回も』警察尻拭い的な、事件であるらしい。
「カミカクシ?」
 早畝は斎月が持ったままの資料を覗き込みながら、首をかしげる。昔はよく起こっていた事件らしいのだが、近年では稀なほうであり、早畝はそれを知らないようであった。
「前触れも無く突然、行方不明になってしまう事を言うんだよ。その後、その人たちが発見されない事が多いから『神隠し』と言われているんだ。昔話なんかにも、出てくるんだよ」
「犯人は天狗、とか言う奴だろ」
 ナガレはいつものように早畝の肩口から資料を覗き込んでいた。この中で一番永く生きている彼にとっては、気になる事件の一つのようだ。
「まさか今時、その『天狗』なわけじゃねぇだろ? 場所が場所だしよ」
「そうだね、この都会の真ん中では、それは有り得ない存在だろうね。…どうやら誰かが故意的に、次元の歪みを作り出しているようなんだ」
 槻哉がそう言うと、まわりの空気がピン、と張り詰めたように思えた。
「…また厄介な事件だな…」
「それを解決していくのが、僕らの仕事だろう?」
 斎月が独り言のような言葉を漏らすと、それに反応したのは槻哉だった。そして皆が視線を合わせて、こくりと頷く。
「今回も、よろしく頼むよ」
「了解」
 三人は資料を手に、調査に出向くための準備を始めた。
ファイル-2 神隠し。


 電話が鳴り止まない、という光景自体、この司令室では珍しい事であった。受話器を置いた瞬間に再び鳴る、電子音。
「…………」
 呼び出されたはいいものの、司令塔である槻哉がこの状態では、話の進めようが無い。
 斎月も早畝もナガレも、槻哉が電話対応に追われているのを、黙って見守るしか出来ずにいた。
「…商売繁盛?」
「そーゆう問題じゃないだろ…。こりゃ、電話機増やさないとダメかもな」
 へろり、と槻哉に力の無い人差し指を指しながら、早畝が言葉を漏らすと、ナガレがそれに突っ込みをいれる。
 斎月は黙ったままで、咥えた煙草に火をつけて、テーブルの上に置かれていた資料に目を落としていた。
「……はい、これから調査いたしますので、そのままお待ちください」
 その言葉を最後に、電話の呼び出し音は一応の落ち着きを取り戻す。見かねていた彼の秘書が、内線を切り替えたらしい。
「ふぅ…。三人とも、待たせてすまなかったね」
「…事件はこれだな?」
 槻哉の表情は半ば疲れているようであったが、彼は三人に微笑みながら、言葉を投げかけてきた。すると斎月がいち早く反応を返す。
「…そう、今回はこの事件を担当してもらう。さっきからの電話は被害者のご家族からなんだよ。警察の怠慢さも、程々にしてもらいたいね…」
 槻哉の言葉は、何処と無く冷たいものであった。その言葉尻からも読み取れるように、『今回も』警察尻拭い的な、事件であるらしい。
「カミカクシ?」
 早畝は斎月が持ったままの資料を覗き込みながら、首をかしげる。昔はよく起こっていた事件らしいのだが、近年では稀なほうであり、早畝はそれを知らないようであった。
「前触れも無く突然、行方不明になってしまう事を言うんだよ。その後、その人たちが発見されない事が多いから『神隠し』と言われているんだ。昔話なんかにも、出てくるんだよ」
「犯人は天狗、とか言う奴だろ」
 ナガレはいつものように早畝の肩口から資料を覗き込んでいた。この中で一番永く生きている彼にとっては、気になる事件の一つのようだ。
「まさか今時、その『天狗』なわけじゃねぇだろ? 場所が場所だしよ」
「そうだね、この都会の真ん中では、それは有り得ない存在だろうね。…どうやら誰かが故意的に、次元の歪みを作り出しているようなんだ」
 槻哉がそう言うと、まわりの空気がピン、と張り詰めたように思えた。
「…また厄介な事件だな…」
「それを解決していくのが、僕らの仕事だろう?」
 斎月が独り言のような言葉を漏らすと、それに反応したのは槻哉だった。そして皆が視線を合わせて、こくりと頷く。
「今回も、よろしく頼むよ」
「了解」
 三人は資料を手に、調査に出向くための準備を始めた。


 単独行動をとった斎月が現場近くにたどり着く頃には、すっかり日も落ち、人気もなくなっていた。
「…ったく、マジでこんな場所に歪みなんかあんのかよ…」
 そこは、高架下である、湿った場所だった。よく、ホームレスなどが塒に使っているところを目撃している。
「……、あんま、こーゆう場所には、辿りつきたくなかったんだけどな…」
 コツコツ、と足音を響かせながら、斎月は独り言を繰り返す。自分がまだ荒れ放題をやっていた頃のことでも、思い出しているのだろうか。その表情は自嘲気味に笑っていた。
「……ん?」
 しばらく歩いていると、前方に人影が出来ていることに気が付く。
 その人影は挙動不審で、見るからに怪しいのだが、酔っ払いかホームレスだろうと辺りをつけて、斎月はそのまま前進した。
「………、…」
「……変…なんだ…濁っている」
 斎月とその人物が通り過ぎようとしたときに、聞こえた声。そして、鼻を掠めた、匂い。
 見れば、まだ少年のようだが、彼から血臭がしたのだ。
「…おい、お前」
「………え…?」
 少年と完全にすれ違った後に、斎月はくるりと踵を返し、彼を呼び止める。
「お前、こんな所で何してる? …ガキがウロついていい場所じゃないぜ」
「……僕、ここ、寝床。でも、何か変な感じ…」
 斎月の言葉にも、動ずる事も無く。
 少年はボソボソと答えを返してきた。それが、片言であるようで、斎月は首を傾げる。
「…お前…日本人じゃないな?」
 そう、ストレートに問いかけてみれば。
 当然の如く、返事は返ってこない。
 放す仕草はたどたどしいが、斎月は彼が隠し持つモノを、見逃さずにいた。…殺気だ。
 自分も、過去に似たようなものを常に放っていた。いつどこで、誰に狙われるとも解らなかったから。それを、この少年も、持ち合わせているのだ。それと同時に、いくつもの命を奪ってきた、という雰囲気も、読むことが出来る。
「此処が、塒だって? 風邪ひくぞ。それに、此処は危険だ」
「?」
 見るからに怪しいとは思うのだが、今回の事件には、無関係だと、斎月は空気を読んでそう思った。だから普通に、接してみる。
「お前…何か能力持ってるだろ? 変なカンジするって、言ってたな。常人であれば、感じ取ることが出来ないモンだぜ。
 危ないって、感じるんだろ。だったら別の場所にいきな。神隠しにあっても知らないぞ」
「…カミ、カクシ?」
 巻き込むつもりなど、毛頭無いのだが。
 斎月の言葉に反応を返してきた少年は、『詳しく教えてください』と言わんばかりの表情をしていた。
「……あー…お前、日本語聞き取るのは、出来るんだよな?」
「………」
 確認のために聞いた言葉にも、少年はこくりと頷き返してくる。
 それを見、軽く溜息を吐いた斎月は、『解った』と言いながら、少年に手招きをした。
「俺はとある所の特別捜査員で、今は一つの事件を追ってる最中だ。そして此処は、その犯行現場らしいってことで、足を運んできた。
 犯人は、そこらに歩いている人を、消しちまう能力を持ってるんだよ。それが『神隠し』って言われてるんだ」
「……………」
 少年は斎月の話を黙って聞き入っていた後は、口に手をあて、暫く沈黙を続けた。何か、思い当たる節でもあるのだろうか。考え込んでいるようにも、見える。
「だから毎晩、対峙する数、少なかった…」
 口を開いたかと思うと、独り言のようだ。
「…おい?」
「あんたは、その犯人探し…」
 斎月が問いかけても、少年はぶつぶつと独り言を繰り返している。 
 そしてまた、黙りこみ、考えをめぐらせているようだ。
「…………」
 いい加減、何とか言い含めて少年から離れようかと思ったときに。
 俯き加減だった少年が顔を上げ、意を決したように、斎月へと視線を向けた。
「そんな場所、他に作られたら困る。だから…勝手に着いて行く。協力、するよ。…足は引っ張らないから」
「………へ?」
 たどたどしい日本語で、少年は斎月にそう言った。瞳を見る限り、冗談の類ではないらしい。
「………つまりは、俺に協力、してくれるって事だよな?」
 間を置いて、少年に確認を取ると、こくりとすぐさま応えてみせる。
「………。了解、付いて来い。お前、なんか力持ってるみたいだし…頼む」
「わかった。僕、一度見たもの、映像や人…建物、記憶する。忘れない。もし戦いになっても、先手必勝で、急所狙える」
 少年は斎月に、自分の持つ能力と、もし戦闘になっても、戦術は持っていると言うことを説明した。
 いまいち、信用しがたいのは、その喋り方であるからで。彼の言うことはおそらく本当なのだろう。
「ま、短い間だけど、よろしくな」
 苦笑しながら、斎月は少年に笑いかけると、彼も表情を和らげた。
 その、協力を申し出た少年は、李 曙紅(リーシューホン)と言う名なのだが、斎月にはそれを、告げようとはしなかった。

 結局曙紅と出会った場では、次元の歪みを発見することが出来ずに。
 斎月たちは少年の感じた『嫌な感じ』を頼りに、怪しそうな場を探し始めた。
 路地だったり、歓楽街だったりを、点々とする。もちろん、人の目を気にして、だ。
 どうやらこの曙紅は、闇にまぎれて生きている者らしいのだ。何をしているかは解らないが、多くの場を歩くことを、酷く嫌っていた。
 そんな曙紅は、危ない場でビクビクするわけでもなく、堂々としていた。否、むしろそう言う場が似合っているようにも、見えた。
 相当、場慣れしている。裏社会のほうでの、話であるが。
 斎月も片足を突っ込んだ経験があるせいか、なんとなくそれが理解できた。
「あの」
「うん?」
 徐に煙草を咥えた斎月に、曙紅が声をかけてきた。
「カミカクシしてる犯人、人間?」
 そう、問われて。
 斎月は足を止めた。曙紅も釣られて、その足を止める。
「…そう、だよな。人間って、決まったわけじゃねーんだよな。…どうりでガイシャ達に接点が無いわけだ…」
「?」
 少年が首をかしげた。
 斎月は、その曙紅のお陰で、重点に気が付いたのだ。
 犯人は何も、人間と決まっているわけではない。前回の事件でも、幽霊だったという現実がある。
 もっとも大事なこと、ではないか。
 斎月は少年の頭をぽんぽん、と叩きながら、苦笑した。
「さんきゅ。お前のお陰で大事なことに気がついたよ」
「??」
 曙紅には訳の解らない、こと。質問にもきちんと答えてもらえず、少しだけ眉根を寄せてみせる。
「ああ、犯人な。人間じゃねーかもしれないな。なんせ、次元の歪みなんぞを作り上げちまうほどなんだから」
 そして斎月は曙紅の背をゆっくりと押し、彼の足を進めた。
「……、待って」
「どうした?」
 斎月に促されながら、一歩二歩、足を進めたそのときに。
 曙紅の脳裏に掠めたものがあった。
 それは、一番最初に感じたあの、『嫌な感じ』。
「…解ったのか?」
 斎月が、曙紅の顔を覗き込む。
 すると彼は、確かにこくり、と頷いた。
「嫌な感じ。近づいてくる。こっちにくる」
 斎月はその曙紅の視線に、自分のそれも乗せた。
 人通りが少ないとはいえ、ここは歓楽街の裏手だ。戦闘など起こってしまえは、目に付いてしまう。
「おい、誘導するぞ」
「う、うん」
 咄嗟だったが、斎月は此処から離れたほうがいいと、曙紅の手を引いた。彼も遅れずに、着いて来る。小走りで。
 二人はしばらく、その次元の歪みらしきものを誘導しながら、歩いていた。人目を避けるために。
 そしてどんどん道をはずれ、辿りついた場は、細い路地が続いた後の、開けた所であった。コンクリートで囲まれた場ではあるが、廃墟のマンションや会社ばかりが集まっており、何処と無く空気まで淀んでいるように思える。
「……ちゃんと着いてきてるか?」
「…うん」
 斎月は最置くまでたどり着くと、曙紅を後ろに庇うような形で、『それ』を出迎える。
 見えないものが迫り来る恐怖。
 それでも斎月は腹をくくり、目を閉じることなく前を見据えていた。
 ズズ…と何かが引きずられているような、音が聞こえてきた。
「…来たな」
 斎月たちを追ってきたということは、向こう側にも彼らを取り込む気があるということ。つまりは狙われたと言うことになる。
 危険な事だが、目に見えない以上、相手の領域内に入り込むしか、策はないのだ。
「おい、ヤバイと思ったら、逃げるんだぞ。俺が全てを守りきってやれるか、解らないからな」
「…大丈夫。僕には数多の戦術がある。
 犯人、遭えたら攻撃しかけるが、いいか?」
 じり…と地面に足をこすりつけながら、二人は自然と戦闘態勢に移っていた。曙紅の手の中には何か、鈍い光を放つ、糸のような物が握られている。
「殺すなよ。あちらさんには大勢の命が乗っかってる。殺したら、そいつらを救ってやれない」
「…あんた、色々背負って、大変」
「……ははっ、まぁな。でも、これが仕事だ」
 曙紅には、今ひとつ、囚われた人々を救い出す、と言うことがどういうことなのか、わからない様だ。自分に直接関係無いことは、なるべく情報として持たないのが、彼の生き方だから。それは、保身のためにもなる。
 そうこうしているうちに、次元の歪みは彼らの元へと辿りつき、そのままゆっくりと、二人を飲み込んでいった。
「……うわ…っ」
「………っ…」
 相手の領域内へ、導かれるその瞬間の、体を襲う、憎悪感。吐き気までする。
 その肌が粟立つような感覚をすり抜けると、視界がゆっくりと晴れていった。
「…ようこそ。我が城へ」
「!?」
 前方が見えるようになった瞬間、二人の耳に届けられた声。
 それは、目の前に立つ男のもので、あるようだった。
「お前たちは、この城へ、何を捧げてくれる?」
 男はニヤニヤと笑いながら、そう言った。すると曙紅が一歩引き、その者に向かって、手のひらを広げた。
 中から飛び出したのは、先ほど斎月が見た、糸の様なもの。
(鋼糸…か?)
 斎月はその糸の動きから、鋼の糸だと判断する。それは一瞬にして目の前の男の身体にまとわりつき、動きを止めた。
「…こんなことはやめろ。死ぬよ?」
「残念なことだが、それは聞けない願いだ。それに、こんなことをしても、何の意味も無いぞ」
「…!?」
 男は曙紅ににやり、と笑みを作り上げると、その姿を消した。
 はらはら、と落ちる、曙紅の糸。
「やっぱ一筋縄じゃいかねーか…。おい、お前の目的はなんだ。まさか人を食ってるわけじゃねぇよな?」
 斎月が姿を消した男に向かって言葉を投げている脇で。
 曙紅が自分の手のひらに視線を落としながら、ぼそぼそと何かを呟いていた。
「此処は城だ、俺だけの。…俺は、強靭な力が欲しい。ずっと昔、まだお前らのような存在であった頃には手にすることが出来なかった、力が欲しい。
 最近の人間の中には、お前らのような特殊能力を持つやつが、多く居る。しかしそれを気がつきもしないで、眠らせている奴らばかりだ。だから俺が、その力を貰い受けるのさ。…まぁたまに、それで死んじまう奴もいるがな」
 男は軽い口調で、淡々とそう語った。どうやら、元々は人間であったらしいのだが、死にきれなかったのか、現在は人間を襲うモノに成り果ててしまったようだ。
「力を手に入れて、どうするんだ。戦争でも始めるつもりか?」
 斎月はやれやれ、と両手を挙げながら、そう言った。
「…そうだな、まずは支配でもしてみるか。俺はな、暇なんだよ」
「……誰もお前の遊び相手になんざ、なりたかねーよ。暇だから、人間達を捕えて奴らの中に眠っている能力を引きずり出しては、喰ってたのか?」
 男の言葉に、斎月は僅かながらに眉根を寄せた。
 この男の存在に、大しての焦りも感じなかったのだが、理由が気に入らない。
「おまえ、…記憶した。もう、許さない」
「……おい?」
 そうしていると、斎月の隣にいた曙紅が、すっと顔を上げ、前方を見た。その表情は今までとは、違う。
 ――暗殺者としての、顔。
 鋼糸を拾い上げた曙紅は、そのままそれを、勢いのままに投げ飛ばす。するとそれは束になり、四方に散った。
「………おっと。見つかってしまったな」
「……………」
 糸は主の命により、敵を探り当てた。
 曙紅の能力は、見たものを記憶すること。その力は、こうして武器に伝えて使うことも、出来るのだ。
 再び糸に囚われた男は、それでも余裕を見せていた。
「おい、お前…」
「動かないで。あんたまで死ぬよ」
「…え?」
 曙紅は自分へ歩み寄ろうとしていた斎月を、止めた。
 パシ、と耳元で何かが弾けた様な音。それに視線だけ動かすと、足元に自分の髪の毛が一房切られ、落ちていた。
「…………!」
 目には見えないが、曙紅の鋼糸は、この空間全てに張り巡らされているらしい。
「捕えた人たち、解放しろ。
 そうしないと、お前を殺す」
 曙紅は冷酷な表情で、男に向かい、そう言った。その瞳は、どう見ても見逃すつもりなど無いような、色をしている。
「…ただのガキだと思っていたが…」
「早くしろ。僕は、気長に待っていられるほど、暇じゃない」
 そう言いながら、曙紅は指先を、くい、と少しだけ動かして見せた。
 すると次の瞬間には、男の腕に、パシン、と痛みが走る。見れば、そこには一本の切り傷が生まれ…。
「………!!」
 ゴトン、と重い音と共に、地面に落ちた、それ。
 男の足元には、自分の腕が、切り落とされていた。
「な、なんだと…? そんな、バカな…!!」
 そこで初めて、男は驚愕に満ちた瞳をしてみせる。
「僕は嘘つかない。早く解放しろ。…死にたくないんだろう?」
 曙紅が、にやり、と笑った。
 彼には人を殺すことなど、自分が生きていくことより簡単な事、なのだ。それが、その身体に植え込まれた、殺人能力と言うもの。
「……………」
 斎月も、同様に驚きを隠せずにいた。
 過去に何度も暗殺者と言うものを見てきてはいるが、曙紅ほど残忍な笑いをするものなど、そうはいない。少しだけ、彼が怖いと、思えるほどに。
「早く、しろ」
「わ、わかった……わかったからこれをどうにかしてくれ…」
「先に、解放だ」
「……くっ…」
 男は痛みと恐怖に、冷や汗をかきながら、曙紅の望みどおりに、今まで捕えてきた人々を、表の世界へと、送り返した。その数は、知れぬほど。
「……………」
「…こ、これで全部だ。…すまなかった…お前みたいなやつがいるとは思わなかったんだ…許してくれ…もう人間には手出しをしない」
「醜いね。下等なヤツほど、間抜けな命乞い、する」
(…こいつ、助ける気なんか、無いな…)
 斎月はあえて、止めに入らなかった。こういう種のやつは喉もとの熱さを忘れれば、また同じ事を繰り返すと、解っているから。
「………僕らの住んでいるところで、勝手な事した、罰。受けるといい」
「……た、助けてくれ…ッ………ギャアァァァ!!!!」
 ふ、と一呼吸した後。
 曙紅はゆっくりと瞳を閉じた。そしてその手のひらを、指先を、何かを奏でるかのような感覚で、動かす。
 その、一瞬後に。
 男はバラバラに切り裂かれ、最後は粉のように消え去って行った。
 男が消滅した後は、その斎月たちがいた空間も崩れ、元の薄汚れた路地裏へと、戻れたのだった。


「…お前、すげぇなぁ…」
「やりすぎた…反省、する」
 斎月が素直に感心してみせると、曙紅は逆に、がっくりと肩を落としていた。
「おいおい、何落ち込んでる。…ってもまぁ、お前はまだガキだもんな…丁度、早畝と同じくらいか…」
「ハヤセ?」
 曙紅の落ち込みように苦笑しながら、斎月は彼の影に早畝を思い浮かべていた。
「…ああ、俺と同じ仕事してるやつだ。お前と同い年くらいだと思うぞ?……そういえば俺、お前の名前聞いてなかったな」
「……名前…」
 斎月は軽くそう言ったのだが、曙紅は自分の名の事を言われ、表情を歪ませた。
「…知らないほうが、いい。あんたの、迷惑、なる…」
「…………そっか…。俺は、斎月だ。憶えておいてくれ」
 相手が拒否をしている以上、無理強いは出来ない。斎月は軽く笑いながら、そういい、自分の名前だけを曙紅に告げた。
「……やりすぎたけど、協力できて、良かった」
「ああ、俺も感謝してるぜ。…もう、行くんだろ?」
 斎月が曙紅にそう言うと、彼はこくりと頷き返してきた。
「ちゃんとした場で寝ろよ。風邪ひくぞ」
「ありがとう」
 曙紅はうっすら笑い、斎月に頭を下げた。
 そして彼から離れ、その場を後にする。
「…また、どこか出会えそうな気がするな…」
 斎月は曙紅の後姿を見送りながら、小さくそう呟いた。そして自分もまた、事件の報告をしに、帰るべき場所へと、足を向けた。


【報告書。
 10月11日 ファイル名『神隠し』

 次元の歪みの中で人の潜在能力を糧にしていた、元人間による犯行は、斎月と名を告げることの無かった少年とで、解決。
 囚われていた被害者達は、無事に救い出すことが出来、全員それぞれの家庭へと戻っていった。
 名も名乗らず斎月へと協力を申し出てくれた少年については、後日後日別紙にて記載することとする。

 以上。

 
 ―――槻哉・ラルフォード】 

 
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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【3093 : 李・曙紅 : 男性 : 17歳 : 中華系マフィア構成員】

【NPC : 斎月】

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           ライター通信           
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 ライターの桐岬です。今回は『ファイル-2』へのご参加、ありがとうございました。
 個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。

 李・曙紅さま
 この度はゲームノベルにご参加、有難うございます。
 ギリギリの納品になってしまい、申し訳ありませんでした…。
 曙紅くんの能力、上手く表現出来ていたら良いな、と思っています。
 少しでも楽しんでいただければ、嬉しいです。

 ご感想など、聞かせていただけると幸いです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 桐岬 美沖。