■導魂師:新鮮な”さまよえる者”■
深紅蒼 |
【3626】【冷泉院・蓮生】【少年】 |
現世には沢山の魂がさすらっている。年を経た魂達はどれも多すぎる業としがらみに絡みとられ、痛みを感じながらそれでもここに残っている。彼らには計り知れない彼らの理由があるのだろう。
では肉体を離れて間もない魂はどうだろう。生命活動を止めた肉体はもはや魂の入れ物とはならない。魂達は選んでどれかの道を進まなくてはならないのだ。大抵の者達は行くべき道を知っている。けれど、中には道を選ぶ事が出来ずにさすらう者になってしまう。
「病院へいくといいよ。なるべく大きな病院にね」
男は言った。昼間から表通りで会いたくなさそうなアブナイ服装の男だ。
「今時の人間はね、特に日本だと人間は病院で産まれ病院で死ぬ。だから迷子の魂達も病院の近くにいることが多いんだよ」
男は優しげに言った。肉体を離れて数日の間、魂達は病院の屋上や中庭、大きな樹の側などにいることが多い。男は彼らに対し導魂せよというのである。
「今回の魂は80歳台の男性ばかりだ。皆病院で3年以上の闘病生活を送りその後に死亡している。家族もいて葬儀も済んでいるが何かひっかかる思いがあるのだろうなぁ」
他人事の様に素っ気なく男は言う。
「相手は海千山千の老獪な爺さん達だ。軽くあしらわれないよう頑張ってくれ給えよ」
先輩としての忠告だと男は言った。
・対象は病院の敷地内に留まる魂達です。
・皆男性で80歳以上、3年以上の闘病歴があります。
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恋着
大きな病院ともなればそれなりに敷地内には緑がある。造園師の手入れが行き届いた立木であったり、野放しになった雑草であったり種類は様々だ。何故なのかはわからないが、それらが入院患者達の目を楽しませ、心をいくらか和ませているのは事実だろう。
最近の風潮なのか、公共の場所はほとんどが禁煙になった。そして人目を避けるような場所に灰皿が設置されている。愛煙家達は肩身を狭くして一服を味わい、足早に去っていった。
◆生と死の場所
セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)は中庭にある大きな樹の下にいた。見事な枝振りをした桜の樹だが、当然今は花はない。色の変わった葉がまばらに枝に取りついているだけだ。その樹の下でセレスティは特別あつらえの車椅子に静かに腰を下ろしていた。汎用品の座り心地の悪さはない。病院という特殊な世界ではセレスティが車椅子を使っていても誰もそれを気に留めない。ただ、その類を見ない美貌だけが人の目を惹いた。けれどこの中庭にはセレスティの他には誰もいない‥‥生者は。つい数日前まで生きていた者ならば、いた。あわい陽炎の様な頼りない姿ではあったが、その人はそこにいた。
冷泉院・蓮生(れいぜいいん・れんしょう)にとって、病院とは馴染みのない場所であった。怪しげな男に促されて来てはみたものの、その人の多さに唖然としてしまう。こんなにも疾病に冒されている者は多いのだろうか‥‥ここはそんなにも汚染されているのだろうかと思う。だが、病院の建物から出てくる者達は、蓮生が抱いていたイメージよりは遥かに元気な者ばかりだった。皆、足早に薬局へ向かったりバス停やタクシー乗り場へと急いでいる。難解な場所だと思う。早く目的を果たしてここをでよう。心の中でそう決めると、蓮生は死者の魂を求めて歩き始めた。
◆留まる魂達
桜の樹のそばには魂がいた。セレスティの視線をわかっているだろうに、魂は微動だにしなかった。『あの男』は80歳以上で死んだのだと言っていたが、そうは見えなかった。かといって若くもない。50歳ぐらいの壮年に見えた。時間がないわけではない。セレスティは待った。数時間待つ事も、数十年待つ事も苦痛ではなかった。
タクシー乗り場から少し離れた場所に大きな灰皿があった。喫煙所というわけではなく、ここで煙草を消していけというものらしい。だから、ベンチ1つ備え付けられていないのだが、そこに魂がいた。蓮生はゆっくりとその魂に近寄る。
「未練だっていうんだろう?」
蓮生が口を開く前に老人は言った。年齢がわからないくらい年老いていると思った。自分に近い年齢はわかるが、ここまで離れてしまうと想像もつかない。ただ、相手が酷く年を取り、そして酷く疲れている事はわかった。
「もうここにいる意味はないってわかっているんだろう? それなのに何故ここにいる?」
本気でわからないのだから仕方がない。蓮生は素直に老人に尋ねた。若い者にとって、病苦や死は遠い場所での出来事の様に現実味がない。
「言っただろう、これは俺の未練なんだよ」
老人は空を見上げた。
「上に行かなくっちゃならないのはわかるさ。けどな、俺ぁここが好きだったんだよ」
「‥‥病院が、か?」
あんまり蓮生の表情が正直にその感情をあらわしていたからだろう、老人は笑った。
「あんたは病院なんか『けったくそわるい』と思うかもしれないがね、ここはここでいいところだったよ。でも、俺がいうのはもっと広い意味さ。俺はこの世界が好きだったんだよ」
「‥‥そうか」
よくわからない論理だが、そういう理由で残る者もいるのかもしれない。蓮生は低く呟いた。
男が振り向いた。その目がセレスティをじっと見つめる。ただ穏やかな笑顔を浮かべてじっと見つめ返すセレスティに男はすぐに目を伏せた。
「すまんが見逃しては貰えないだろうか‥‥」
その声は細く小さかった。
「何故ですか? 私がここに来た理由をあなたはご存じなのですか?」
「わかっておる‥‥ここからどこかへ連れて行かされるのだろう」
「‥‥ご覚悟はわかります。ですが少し違います」
セレスティの言葉に男はもう一度視線をあわせてくる。
「これからどうするのかあなたが選ぶ‥‥そのお手伝いをするために来たのです」
「これから‥‥どうするのか‥‥」
男はオウム返しにつぶやいた。
◆想い
老人は幻の煙草を手に持っていた。
「俺の人生は思い通りにいかないことばかりだった‥‥」
蓮生は壁に少しもたれかかる。長い話になるのだろうか。老人達の話はいつだって長い。あちこちに話が枝分かれし、行きつ戻りつする。だが、今は仕方ないと腹をくくる。背を壁にもたれかけたまま視線を向けると、老人はうずくまったまま煙草の先を見つめていた。
「家は貧しかった。兄貴ばかりが可愛がられて俺はほったらかしだった。戦争に行って人を殺して仲間を見殺しにして、食い物もなくて戦場をはいずり回って‥‥あんた、ラバウルって知ってるか?」
「‥‥知らない」
「小隊長はそりゃあキツイお人だったよ‥‥毎朝平気で俺達をなぁ‥‥」
老人の言葉は途切れない。蓮生の返事を聞いているのかも疑問だ。
男は薄く笑った。
「長く患ったよ。人間ドックってやつで病気が見つかって、でもなかなか治らない病気だった。仕事も辞めたし、金もなくなって家族も見舞いに来なくなった‥‥」
「‥‥ここの景色が好きだったんですか?」
男は寂しかったのだろうと思う。けれど、本心を誰にも明かす事が出来なかったのだろう。セレスティが尋ねると男はすぐに頷いた。
「あぁ、春には綺麗な花が咲く。見事な桜吹雪を見たよ」
男はどこか遠くを見ているようだった。心に焼き付いているその光景を見ているのだろうか。
「ずっとここに居たいのですか? それとももう1度産まれ直して生きてみたいと思いますか?」
核心をつく問いだった。男の辿るべき道はこの問いに対する答えで決まる。
まだ老人の語りは続いていた。かれこれ2時間になるだろう。
「孫も子供も見舞いに来ぬ。俺をここに置いて死ぬのを待っていたんだろう。俺は悔しい‥‥それが‥‥」
「それが本心か」
蓮生は老人の言葉を遮った。
「ここの居たいという未練‥‥それは世界なんかじゃない。幸せじゃなかった人生に対する恨みだ。けど、それは爺さんの人生なんだから、恨むなら自分を恨むしかないんだぞ」
「‥‥」
老人は何か良いたそうだったが、それは言葉にならないらしい。怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった表情で蓮生を見上げている。
「どうする。どうしたい? どこへ行きたい。それともここにまだ居たいのか?」
蓮生は厳しい口調で老人に問いを投げかけた。
◆決断
セレスティは桜の樹の側にいた。しばらくすれば部下が迎えにくるだろう。
「では‥‥また100年後に別の者が逢いにくるでしょう。それまで、移りゆくこの世界をお楽しみください」
男はどこにも行きたくないと言った。ここでこうして居たいと言う。それが決断ならばそれでいい。男は『仙界の門』を選んだ事になる。この後100年経って、もう一度導魂が行われるだろう。
「ありがとう‥‥君は誠実で親切だった」
男は深く頭を下げた。
老人の姿はもうない。蓮生の導きにより『天界の門』をくぐったからだ。辛い記憶を洗い流し、新たに産まれ直すのだ。
「ほんと、爺さんってのは面倒だ」
蓮生は大きく背伸びして、強張ってしまった身体をほぐす。ここに来た時にはまだ昼過ぎであったのに、もう太陽は西に傾いていて赤みを帯びた光を放っている。
「なんか一日潰れたな」
それでもこの世をさまよう悲しい魂が1つ減ったのならいい。蓮生は病院の敷地を後にした。
徐行するセレスティの黒塗りの車が歩道を歩く蓮生を追い抜く。2人の視線は一瞬絡み合ったが、すぐに車の速度があがり距離はどんどん離れていってしまった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / point 】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/不肖/謎のエグゼクティブ/2】
【3626 /冷泉院・蓮生/男性/13歳/無敵のお子さま/2】
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■ ライター通信 ■
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ご依頼ありがとうございます。ノベルをお届けいたします。頑固な爺さんを描くつもりが、やや違うNPC像になってしまいました(笑)。彼らが嘘を言ったのかそれとも正直であったのか、それはわかりませんが、無事に行くべき場所へと送る事は出来ました。お疲れさまでした。
セレスティ様:再度ご依頼頂きありがとうございます。描いていて私的には、終始腹のさぐり合いというか、会社のトップ同士が行う商談の様な雰囲気でした。精神的にお疲れではなかと思いますが、セレスティ様ほどの方でしたらそれも感じなかったかも知れないですね。今回もありがとうございました。
蓮生様:再度ご依頼頂きありがとうございます。お話をたっぷり聞かされてお疲れなったのではないかと思います。でも、優しさからなかなか止めろとは言えなかったのではないでしょうか? お疲れさまでした。
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