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■花唄流るる■

草摩一護
【2839】【城ヶ崎・由代】【魔術師】
【花唄流るる】

 あなたはどのような音色を聴きたいのかしら?

 あなたはどのような花をみたいですか?

 この物語はあなたが聴きたいと望む音色を…

 物語をあなたが紡ぐ物語です・・・。

 さあ、あなたが望む音色の物語を一緒に歌いましょう。



 **ライターより**

 綾瀬・まあや、白さん(もれなくスノードロップの花の妖精付き)のNPCとの読みたい物語をプレイングにお書きくださいませ。^^

『 花唄流るる ― 世界に流れる歌声 ― 』


 10月初旬の東京の街に降りているのは絹糸のようなしとしとと降る雨だった。
 その雨の中を城ヶ崎由代はぼんやりとした足取りで歩いている。唇を見ればわずかにぶつぶつと独り言を呟くように動いているから、きっと何かを考えているのだろう。
 何を? というのは愚問だ。由代の思考を満たすモノは魔術に関するモノであるというのはわかりきっている。
 しとしとと降る雨にさした黒色の傘を叩かせながら、彼は人込みを歩いていたのだが、その彼が足を止めた場所は、誰もが素通りしそうな場所であった。
「ふむ。嫌な気配がするね、どうも」
 と、言えども然して彼の声には真剣みが感じられず、声だけを聞くなれば、言うほどに危険な物ではないようにも想われるが、しかしあの由代の足を止めさせたのなら、それはそれだけでも十分にそこにある気配が危険なモノである事を知らしめている。
 由代は一時迷って、そしてそこに足を踏み入れた。
「やれやれ。自分からと言うのは性分ではないのだけどね」
 ならばどうして彼はそこに足を踏み入れたのだろうか?
 興味を感じた?
 ―――いや、違う。確かに彼は興味をそそられれば危険な事にも好んで首を突っ込むが、しかし今回はそれが面白いかどうかなんてのは気配を感じただけなのだから確認のしようも無い。ならばどうして?
 ………それはきっと―――――
「苦手なんだよね、僕はどうもさ。母親の泣き声ってのが」



 +++


 正確的にはそれが苦手なのは僕ではない。
 母親の泣き声が苦手なのは僕と契約を結んでいる【魔王】(彼の真名は言葉に出来ないので便宜上そう呼んでいる)だ。
 もはや彼は人としての姿も、そして本能とかそう言った生きるのに最初から持っていた感情以外の感情は無くしているはずなのに、しかしそういった母親の泣き声や子どもの泣き声には弱かった。
 ――――きっと彼がそうなのは………
「やれやれ。キミは今でも自分を許せずにいるのだね。奥さんとの約束を守れなかった、そして最後まで息子を守りきれなかった事が。まったく君は昔からそうだ。普段はクールぶっているのに、でも本当は誰よりも優しくって、自分を犠牲にしてまで誰かを守ろうとし、誰かの悲しみを自分の物として背負い込んで、その重みに泣いていた。自分のためではなく、本来のその荷物の持ち主のために…」


 そんな彼が僕の【魔王】として、僕の最強無敵の剣となったのは、彼からしてみれば、僕も彼が背負ったその荷物のひとつだからだろうか?


 僕はそんな柄にも無く干渉めいた事を考える自分に苦笑を浮かべた。
 今でも僕は忘れられない。彼の最後を。そして彼の最後の願いを。
 ――――自己犠牲…その果てに彼が見たモノは何だったのだろうか?
「そんなモノは僕にわかろうはずもない。僕にわかるのは…」
 僕の知らない僕の記憶が抜けた喪失感のみだ。
 そう、僕はそれを知らない。
 だけど時折夢に見る女性。
 その彼女の笑みを、
 唇を、
 見ていると、
 胸が張り裂けそうなぐらいに苦しくって、
 頭がおかしくなる。
 そうして僕はいつもぐっしょりと汗をかいて、ベッドから飛び起きるのだ。
 ――――その僕の頬を濡らすのは…………?
 …………。
 どうして今日はそんなとりとめもない事ばかりを考えるのだろうか?
 わからない。
「それはキミのせいかな、哀れな不浄霊よ」
 この廃ビルにいるのは哀れな女の幽霊だった。
 膨らんだ…おそらくは子を孕んだお腹にはしかし、闇よりも暗い色で塗り染められた鎖がぐしゃぐしゃに巻かれている。
「鎖は未練や怨念の象徴。流産したのか、キミは。それで…」
 おそらくは自殺をし、ここの自縛霊となった。
「だけどどうして、ここに?」
 彼女が自殺した現場はここではない。
 それは直感でわかった。
 母親の哀しみに共振する彼がそれを僕に教えてくれている。
 ―――しかしキミがどんなにはやろうが、今回はキミには出番は無いよ。何故ならキミには破壊しかできないのだから。そう、キミに誰かを救う事はできない。それがキミの代価であり、業なのだから。
 死んだ者は誰しもあの世に行かなければならないという法則を逸脱し、新たな存在となったキミの。
 そして僕も親友にそんな業を背負わせた代価は払っている。
「そうだ。だから僕は自分に誓約したのだよ。キミが救いたいと望むモノは僕が助けるとね。キミの息子ともども」
 そう、それが僕が自らに課した十字架。
 だけどそれが…
「意外と難しいのだけどね」
 彼女の悲しみと怨念が結晶化し、それが鋭い槍となって、僕を襲う。しかし僕はそれをシジルによって召喚した魔物によって防ぐのだ。
 彼女の姿を言葉で説明すれば、髪の長い女性だ。そしてものすごくガリガリで、ノースリーブから覗く手足は骨に皮のみ。頬もこけて、腹だけが膨らんでいる。地獄の餓鬼のよう、だと言えばわかってもらえるだろうか?
 その膨らんだ腹には先ほども言ったように鎖が何重にも巻かれている。
 そしてその彼女の顔に浮かぶのは悲しみと憎悪で、その表情は鬼と化していた。
「しゅわぁー」
 喉の奥から搾り出すようにしゃがれた声を出す彼女。だけどそれが慟哭のように思えたのは果たして僕が彼女の過去という物を見たからだろうか?
 そう、彼女は僕に見せたのだ。
 ――――彼女の過去を・・・
 日本がバブルという幻に浮かされていた頃、この土地には一軒の家があり、その家には新婚の彼女が住んでいた。優しい旦那と、その家族。
 彼女は孤児で、幼い頃から孤児院で過ごしていて、だけどそんな彼女がようやく手に入れた幸せであった。
 お義父さん、お義母さん、あなた、夢にまで見ていた言葉。
 ずっと幼い頃から望んでいた存在。願い続けた夢。
 それを叶えたのに!!! 叶えられたのに!!! 手に入れたのに!!!
 なのに脆くもそれは砂の城が海の波に崩れ去るように脆くも崩れ去って…。
 この土地を狙っていた悪徳不動産会社の罠だったのだ、すべてが。
 そして彼女が手に入れたモノは崩れ去った。
 旦那は自殺し、
 その悲しみで子どもは流産し、
 義父と義母は気を遣ってくれたのだろうが、彼女を籍から外した。
 彼女はたったの21歳で一気に何もかも無くし、そして絶望して…
 それで………
「わわわわぁぁぁぁぁーーーー」
 湾曲状に鋭く伸びた彼女の爪が僕の胸に斜め四本の線を描く。
 服ごと皮膚と肉を彼女の爪に裂かれた僕は後ろに逃れ、その傷から溢れ出した血を指で拭って、その指の先についた血を舐めた。
 彼女が動ける範囲はこの廃ビルの敷地内だけだ。
 だからこの廃ビルから飛び出せば、それで事は済む。
 しかし僕は知ってしまったから、それはしなけいど。
 ならばどうする?
 駐車場の柱の陰に隠れながら僕は考えた。
 あの哀れな母をどうするか。
 強制送還する事も、またはあの哀れな彼女を操る事も可能だ。
 ―――だけどそのどちらも考えられなかった。
 強制送還してどうなる? それであの哀れな母親を救った事にはならない。
 ならば操るか? 操って、そして彼女に悪徳不動産会社を襲わせて、彼女の恨みを晴らさせる。
「ふっ、馬鹿な。そんな事をしてどうする? そんな事をすれば彼女の魂は汚れ、彼女を救う事がより困難になるだけだ」
 そう、八方塞だった。
 本当にどうすればいい?
 哀れな霊が求めるのは除霊ではない。
 浄霊だ。
 だけどその浄霊というスキルがこの現状ではできないでいるのだ。
 なぜなら彼女の恨みはそれだけ深いから。
 魔術とは浄霊ではなく、除霊の概念で動いているから。
「だったらどうすれば?」
「だったらシジルで呼べばいいんじゃないですか? あなたが彼女を癒す事は無理でも、それでも彼と、彼と彼女の子どもならば、彼女の苦しみを救う事は可能なはずだから。そう、彼女は今でも大切な人を欲して、そしてその彼らに助けを求めているのだから」
「キミは、綾瀬君?」
「どうも」
 彼女はカビと湿気、埃の匂いが渦巻くこの駐車場でにこりと微笑んだ。
「なるほど、いい手だ」
 僕は虚空にシジルを描く。
 呼び出すのは………
「出でよ、彼の者が望み欲する者達よ。汝ら魂が、哀れな女の魂を救え」
 虚空に描かれたシジルが輝き出し、そしてそこから現れた彼と、女の子が彼女の前に行き、
 それからの母親の変化は言う間でもなかった。
 憎しみの涙が嬉し涙となって、三人は抱きあい、泣いた。
 いつの間にか鎖は消えていて、そしてあるはずのない天から暗い地下駐車場に降り注ぐ金色の光に導かれて、彼女ら家族は天に昇っていったのだ。
「もう家族三人、離れ離れになる事無くお幸せにね」
 僕は心の奥底から、そう願った。



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】


「僕は珈琲を。綾瀬君はクリームソーダ―でいいかい? って、冗談だよ。そんな睨むなよ」
 僕は苦笑して、そして僕を細めた瞳で見据えていた彼女はメニューに視線を落とすと、同じく珈琲と、それとホットケーキを頼んだ。
「ここは珈琲に一緒に付いてくるクッキーも美味しいんだよ」
 珈琲が美味しいだけでも幸せな気分になるが、それについてくるクッキーも美味しいとなると、その幸福度は数段上がる。
「へぇー、ここはクッキーなんですか。でも喫茶店といえば柿ピーじゃないですか?」
 真顔で彼女がそう言うので僕は思わず吹いてしまった。
 そんな僕を彼女はまたしても細めた目で睨み据えてくる。
「あたし、何か変な事を言いましたか?」
「いや、別に」
 僕はなんとか笑いを引っ込めて肩を竦めた。これ以上笑っていたら彼女に本気で蹴られそうだったし。
「15時以降にくればおやつタイムで小さなバームクーヘンもついてくるのだよ」
「そうなんですか」
 少し拗ねたような声。意外に彼女は子どもっぽい部分…いや、17歳の女子高校生としてはそれが普通なのであろう。彼女は圧倒的に同世代の少女達よりも落ち着いて見えるから…。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと友人の息子を思い出してね」
「友人の息子さん?」
「そう。生まれる前から家というモノに縛られて生まれてきた子さ。彼の母親はそんな息子の運命を嘆き、旦那に最後まで息子の事を頼みながら亡くなった。そしてその父親も異能者集団から息子を守るために、ね。それで今は僕が父親代わりさ。彼も戦っているんだ。家と、そして自分とね。キミと同じように。綾瀬まあや君」
 そう言って僕がウインクすると彼女は肩を竦めた。
「彼は生きるために戦っているのでしょう。そう、それを望んでくれた人のために生きるためにね。だけどあたしの場合は懺悔のために戦っているのです。あたしはあたしという存在のために多くの人を殺した。故にあたしは、ここに居て戦っている。それはだけどともすれば遠回りな自殺なのかもしれない」
「なるほどね」
 ウェイトレスが僕と彼女の前に珈琲を置いていく。
 僕はカップの中身を喉に流した。
「うん、いい味だ。アメリカに居た時は泥水のような珈琲ばかりだったから、本当に嬉しいね」
「アメリカに居たことも?」
「ああ。しばらくの間ね」
「ほぉー」
 大抵の問題は珈琲一杯飲んでいる間に終わっているというのはなるほど、確かなようだ。
 少しささくれだっていた彼女の雰囲気が美味しい珈琲に和らいだ。
 珈琲を喉に流した彼女は器用にホットケーキを切り分けると、フォークで刺したそれを口に運んだ。
「で、由代さんがあの人に手間取ったのはその子のせいですか?」
 澄ました顔でぱくりとホットケーキを食べながら、さらりとそれを訊いてきた。僕は苦笑いを浮かべずにはおられない。
 その苦笑を僕は珈琲で流し落とすと、
「ああ。そうだよ」
 それを肯定した。
「素直なんですね」
「事実だからね。どうにも僕が、というよりも彼が弱くってね。子どもとか母親に」
「彼?」
「そう、【魔王】が」
「【魔王】」
「便宜上そう呼んでいる。本当のそれの名前は―――――だ」
「え?」
「だから―――――だ」
 僕が【それ】の【本当の名前】を口にするたびに世界が震える。
 それとはそういうモノなのだ。
「どうして?」
「それほどまでに【魔王】はこの世界にとって複雑なモノなのだよ」
「なるほど。それであたしにもそれを手に入れられるのかしら?」
「核は、ね。それは僕が持っている。だけどその核を植え付ける魂を、どうするかだ」
「え?」
 小首を傾げる彼女に僕はクッキーを口に含むと、それを噛み砕いて、喉に流し、珈琲を飲んで、隣を通りかかったウェイトレスに珈琲のお代わりを頼み、そしてあらたに運ばれてきたそれを半分喉に流して、代わりに言葉を紡いだ。
「そう、【魔王】とはそれの核を植え付けられた人間なんだよ。それは禁忌とも言うべき事柄だ。彼は、息子を守るために戦い、命を落とした。その彼に僕は頼まれたんだ。どんな姿になってもいいから、死んでからも後、息子を守れるモノになりたいと。そして僕は彼の魂に核を植え付けた。そう、それほどまでのモノなのだろうね、親の愛とは。この世で唯一の無償の物。まあ、子どものいない僕にはわからないけどね」
「あたしにだってわかりませんよ。でも由代さんには少しはわかるのでしょう? 親代わりなのだから」
「さあ、どうかな?」
 ――――夢に見る彼女。
 その彼女の事で僕の心は満たされている。
 僕は確かに彼女を知っている。
 僕は確かに彼女を思い出したいと望む。
 だけど僕の心はそれを同時に拒絶もしてしまう。
 それは恐れではなく、罪悪感。
 罪悪感?
 僕は彼女に何をした?
 ――――いや、違う。何もできなかったのだ。
 心を襲う無力感。
 それは彼女を守れなかったから…。
「馬鹿な僕。そんな僕に彼が守れるのだろうか? いや、そんな僕だから、彼を守ろうと想う? それはなんとエゴイスティックな事なんだろうな。まったく」
「どうしました、由代さん?」
「いや、何でも無いよ」
 僕は首を横に振り、そして彼女に笑いかける。
「綾瀬君には不思議な力があるようだが、とにかくある程度の知識が無いと無理かな。レメゲトンやゲーティアの読破は勿論、他にも諸々ね。それにどうしてキミはシジルを知りたいと望むのかな?」
「そうですね。あたしは【闇の調律師】。楽器を奏でて、その旋律で戦うのだけど、楽器を奏でる間は無防備。故にガーディアンが欲しいと想いまして」
「なるほどね」
「それで【魔王】は最高かと想ったのですが」
「まあ、確かに。でも先ほども言ったようにね」
「そうですね。難しいのかな?」
 肩を竦める彼女。
 僕は残りの珈琲を喉に流した。



 +++

 
 僕は綾瀬君と一緒に街を歩いていた。
 とあるビルに設置された巨大スクリーン。それで流されていたニュースに僕は足を止めた。
「どうしたんです?」
「いや、面白いニュースをやっていてね」
 画面にはひとつのオルゴールが映っていた。
 何でも有名なオペラ歌手が持っていたオルゴールで、だけどその彼女は喉の病気となり、手術で声帯を取れば命が助かったのだが、しかし彼女はそれを拒み、自殺をした。その彼女の遺留品としてオークションに出されたこのオルゴールを日本の有名な不動産会社の社長が落札し、それが今日、彼女の元に届いたのだという。
「彼女、かわいそうだね」
「自殺した彼女が?」
「ああ。喉を患い自殺をし、そしてその彼女のオルゴールがあんな芸術もわからぬ、美術品をステータスとしか考えていない人間の所に行ってしまって」
「そうね。それにこの女社長、あの例の廃ビルのオーナーよ」
「うむ。やれやれだね」
「ねえ、気付いています、由代さん。あのオルゴール」
「ああ。オペラ歌手だろうね」
「ええ。死んでも死にきれないのに、またこんな事になって」
「そうだね。それでは、回収に行こうか、このオルゴールを」
 オルゴールを落札した金額はユニセフに募金されているらしいから、本当にこのオルゴールを奪還すれば、それで事はOKだ。
 僕と綾瀬君は動き出した。



 +++


「ふむ、なるほど、さすがに警備は厳しいね」
「まあ、悪徳業者ですからね」
「まあね」
「で、どうします?」
「そうだね。狙いはオルゴールを得るだけだ。でも、どうやらすごい怨念をまだ受け続けているようだね、ここは」
「そうですね」
 僕の瞳に見えているモノは綾瀬君にも見えているようだ。
 そう、僕らのように力在る者なら見えるのだ、それが。
 しかし力の無い者には見えない。
 こんなにも多くの者たちが、結城不動産グループの会社社長の屋敷を徘徊しているのに、だけどここにはそれを見える者はいない。
 ――――それがまた彼らを苦しめている。
「どうやら助けなくっちゃいけないのは、オルゴールの彼女だけではなく、ここに居る人たちもですね」
「そうだね。では、やろうか」
「ええ」
 綾瀬君はリュートを鳴らし始めた。
 その音色が奏でられ始めた瞬間に、屋敷から悲鳴があがる。そう、屋敷に居る生きた者たちの霊感を増幅させたのだ。故に見えなかったモノが…
「見えるようになる」
「ふむ、お見事。では、次は僕の番だね」
 僕は虚空にシジルを描く。そのシジルから出てくるのは都市伝説に噂される人面犬やてけてけ。口裂け女。虚空を泳ぐ人面魚。その他にもたくさん。
「さてと、では、社長の所に行こうか」
「はい」
 そして僕らは、彼女の部屋に上がりこむ。
 シジルから呼び出した空間を操る魔物の力によって瞬間移動で現れた僕らを見て、彼女はさらに恐怖の形相を浮かべた。
「あ、あなたたちどうやって…」
 僕は肩を竦める。
「魔の指揮者たる僕にとっては、造作も無い事だよ」
 僕は周りの霊たちを見る。
「ここにいるのはキミの汚い手口によって不幸な目にあった人たちだ。その彼らにキミは何か言うべきことはないのかな?」
「あ、あるわけ無いじゃない」
 彼女はヒステリックに喚き、綾瀬君が溜息を吐く。
「由代さん。どうしますか? もう少し痛い目に…あれは?」
 綾瀬君が声をあげた。
 そう、僕もそれには気づけなかった。驚愕に紫暗の瞳を見開く彼女を不思議に想い、それで彼女の視線の先に僕も視線をやって、それで僕もようやくそれに気づいたのだ。
 この屋敷には多くの霊がいて、その霊の気配は消えてはいなかった。でも、その霊たちは合体してそこにいたのだ。数珠繋がりに繋がった霊たち。故に気配の数はそのまま。でもそれは一体としてそこに居た。
「いつの間に?」
「ってか、こいつら危険ですよ。もはや哀れな浮遊霊、自縛霊じゃない。危険な魔物です」
「ああ。やるしかなさそうだね。だけどどうやって?」
「ここにいるおばさんを差し出せば?」
 さらりと綾瀬君が言った言葉に社長は悲鳴をあげて、そして気絶した。
 その彼女を半眼で見つめている綾瀬君に僕は苦笑し、
 そしてその時、なぜか蓋がしまったままなのにオルゴールが鳴り出した。
「なるほど。どうやら、キミがその歌声で、彼らを救ってくれようというのだね」
 僕はシジルを描く。
 その僕が描いたシジルにオルゴールは吸い込まれ、そして次にそのシジルから彼女が現れた。死んだオペラ歌手が。
 しかし彼女は哀しそうな顔をしていた。
「なるほど、縛られているのか、前世の記憶に」
 故に霊の彼女にはもはや喉の病気など関係無いのに、しかし歌う事はできない。
 僕はリュートを奏でる綾瀬君を見る。
「綾瀬君、キミは【魔王】が欲しいと言っていたね。ならばキミにあげよう、【魔王】を。でも、今後は【魔王】を暴走させないように僕の師事をあおいでもらうよ」
「ええ、わかったわ。先生」
「ああ」
 そして僕は彼女の魂に核を植え込んだ。
 瞬間、それは眩い光を描き、そしてそこに居た。
 六対の半透明の羽根を持つ美しき堕天使(【魔王】の姿はどうやらその魂の性質・願いの内容によって決定するらしい)が。
「これがあたしの【魔王】」
「ああ。さあ、キミの【魔王】に命令を」
「ええ。あたしの【魔王】よ、歌いなさい」
 綾瀬君の持つリュートは輝き、それが竪琴となり、
「癒しの旋律を」
 彼女がそれを鳴らした時、綾瀬君の【魔王】はその旋律に合わせて歌を歌った。



【ラスト】


 翌日の昼下がり。
 温かい湯気を立ち上らせる珈琲が入ったカップを手に持ちながら僕は本棚から、初心者向けの本を選びながらそれを床の上に積んでいく。
 しかしその冊数を見れば随分な数になっており、まあ、僕なんかは喜んでそれぐらいの冊数でも読むのだが、彼女には耐えれるだろうかとも想うものだ。しかし…
「シジルを使いこなすのならこれぐらいは読んではもらわないとね」
 僕は自分が口にしたもっともな心構えに頷き、そしてまた本棚から、綾瀬君に勉強してもらうべき本を見繕い出した。
「あ、これも読んでもらわないとな」
 窓から入ってくる光は温かく、秋の気配が充分に感じられる、そんな中で、部屋にチャイムの音が鳴り響いた時には、彼女に読んでもらうべき初心者向けの本は百数冊になっていた。
 そして僕は苦笑を浮かべながら、部屋に入ってきた彼女のために今度は美味しい珈琲を入れ始めるのだった。

 ― fin ―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42歳 / 魔術師】


【NPC / 綾瀬・まあや】





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■         ライター通信          ■
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こんにちは、城ヶ崎由代さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。



このたびはプレイングに合わせてこのような物語にしてみたのですが、いかがでしたか?
プレイングに書かれていたお話に合わせて、由代さんとパパのお話も書いてみました。^^

案としましてはプレイングに由代さんとまあやとでお喋りとありましたので、
だから喫茶店で珈琲を飲みながら、【魔王】誕生の物語を由代さんに語ってもらって、
そこからシジルとは何か? というのを語ってもらうのもいいかと想いましたが、
でもそうなりますとパパの設定にも深く関わってきますので、そこら辺はこっちが勝手にやるのもどうかな?と思いましたので、
こういう展開にさせてもらった次第です。と、言いながらも意味深な描写がありますが。^^;
そこら辺のお話もまた機会がありましたら、PLさまのイメージをノベルにしたいと想います。


友人、その友人の息子、そして記憶にはなくとも魂が覚えている彼女の事、そこら辺を描写することによって、
由代さんの魅力を出すのは楽しかったです。
そして我が娘もパワーアップしましたし。^^
本当にありがとうございました。^^
それで今回の内容を踏まえて二人の間柄はこれからは師弟とさせていただきますね。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきます。
本当にありがとうございました。
失礼します。