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■紅の拳銃「黒騎士の騎行」■

ALF
【3996】【天城・大介】【小学生 殺し屋】
 東京‥‥夜闇の中にのみ、その姿を垣間見る事の出来る裏社会。
 “夜街”
 悪徳と闇の秩序‥‥そして暴力が支配するこの夜街は、日本の裏の姿そのものであった。
 長く平和の内に夜街を支配していた『神代組』が、悪逆の徒である『極道会』により滅ぼされ、夜街は戦乱の時を迎える。
 己が夜街を‥‥そして日本の裏社会を支配しようと、幾多の組織が暗躍し、抗争を繰り広げ、血で血を洗う戦乱の時代‥‥
 そんな時代を生きる一人の男。
“紅”
 草間武彦の名を捨て、戦いを呼ぶ宿命の銃“紅の拳銃”を手に夜街を渡る、伝説のガンマン‥‥“紅”
 人は彼を、羨望と憎悪を込めてこう呼ぶ。「暁の朱、炎の赤、血の紅」‥‥と。

 今日も夜街に、銃声が悲しくこだまする。

●怒りと悔恨の記憶
 浮遊感。衝撃。かすれる視界。ガードレールにぶつかって炎を上げるバイク‥‥“デュランダル”。倒れて動かない、赤いバイクスーツに赤いヘルメットの女‥‥五十鈴。
「あひゃひゃひゃひゃ! 女、死んじまってるぜ。黒騎士!」
 炎を背にして立つ、義手の男。笑い声。
「悪ぃ! 俺が殺したんだっけな。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 敗北感‥‥そして、暗黒。

●悲しみと恐怖の記憶
 きょうは、わたしのおたんじょうび。テーブルにはママのおりょうりと、たんじょうびのケーキ。パパが、プレゼントをくれた。くまさんだった。
 おとこのひとがきた。しらないひと。かたっぽうのてが、てつでできた、おとこのひと。
 にげて
 そういったママのむねから、おとこのひとのてつのてがでててた。ちもいっぱいでてる。
 ゆうくんが、ないていた。
 いすず、ゆうをつれて、にげなさい
 パパが、こわいかおでいった。おとこのひとのてつのてがうごいて、パパのあたまが、おっこちた。こわいかおのまんま。
 おとこのひとのてつのては、ママとパパのちでまっか。
 おとこのひとは、まっかなてで、おたんじょうびのケーキをつかんでたべた。おいしいって、わらった。
 にげなきゃ。ゆうくんがないてる。わたし、おねえちゃんだから、ゆうくんをたすけないと。
 ゆうくんのてをつかまえた。がんばって、はしった。
 おうちをでて、はしった。ずっとはしって、ふりかえったら、おうちのほうがあかくなってた。
 ゆうくんが、なかないから、えらいねっていってあげようとしたら、ゆうくんは、てだけしかなかった。
 わたしと、くまさんだけになった。

●義手の男
 家に火を放った後、義手の男‥‥ギルフォードは通りに止まったワゴン車まで歩いていった。
 そして、鼻歌混じりに後部ドアを開け放つと、その中に転がり込んで腰を据える。
 と、運転席に座っていた、ピアスで顔を飾った金髪モヒカン頭の若い男が、後部座席を振り返りながらギルフォードに声をかけた。
「リーダー」
「ん、なにー?」
 ギルフォードは、義手を運転手の前に突き出す。
 義手の指先に刺さっていたのは小さな男の子の首。それを指人形のように動かしながら、男は甲高い声を作りながら答える。
「ボクちゃんに何か用でちゅかー? でも、ボクちゃん死んでゆのー。あびゃびゃ」
 運転手は断末魔の表情を浮かべた子供の首に少しだけ驚いた様子だったが、その驚きを殺してギルフォードに聞く。
「鍵はどうしたんすか?」
 その問いを受けてギルフォードは、左の手で額を叩き、天を仰ぎながら答えた。
「え? あーっ、忘れてた。いけねえ」
「リーダーだぜ。一人で良いって言ったの」
 運転手は少し呆れた様子で言いながら、前に向き直ってハンドルを握る。そんな彼に、ギルフォードは焦って言い訳する様に早口で言った。
「いや、だってよぉ。お誕生会だぜ、お誕生会。幸せの絶頂。それが一転、大虐殺。俺、ものスゲー来ちまって」
 言いながら男は義手を振る。勢いで首が義手から抜けて飛んで窓をくぐり、壁にぶつかって路上に落ち、転がった。
 ギルフォードはそれを見て笑う。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ。ま、ガキ一人だしさ。探せば見つかるって」
 その笑いを聞きながら運転手はギアを動かし、アクセルを踏んだ。そして、懐から携帯電話を引っぱり出す。
「じゃあ、リーダー。仲間、集めときますよ」

●極道会からの依頼
「ここが新居ですか? こう言っちゃあ、何ですが‥‥もうちょっと良い所に、部屋を用意する事もできやしたぜ?」
 玄関から、紅と鬼鮫の住処となったボロアパートの1DK部屋を眺め回し、極道会の繋ぎの村井金雄が呆れたような声を出した。
 トイレとキッチンこそついてるが風呂は無し。
 狭くて薄汚い、畳敷きの部屋。家具はちゃぶ台が一つに、室内アンテナ付きのダイヤルチャンネル式のテレビ。敷きっぱなしの薄布団。
 学生闘争時代かと思うような部屋だった。
「俺達は組員じゃない。そこまで世話になるわけにはいかないさ」
 答える紅は、この部屋をむしろ気に入ってさえ居るようだった。
「それより、座ったらどうだ? 部屋をくさしに来たわけじゃないんだろう?」
「へえ、お邪魔いたしやす」
 一礼して中に入り、村井はちゃぶ台の上に買ってきた一升びんとつまみの入った袋を置いた。
 そして‥‥酒盛りついでに仕事の話が始まる。
「神代組の隠し財産?」
 コップ酒片手に、アタリメを噛みながら聞き返す紅に、村井はコップをちゃぶ台に置いてから答える。
「神代組の軍資金ですよ。極道会とやりあう為に掻き集めて‥‥でも、使う前に連中は息の根を止められちまった。聞けば、億単位の現生と銃火器の山って話だ。持ち主の居ない物を貰うのは悪い事じゃないでしょう?」
 神代組の縄張りをごっそり奪い取った極道会は、今も資金は潤沢ではある。しかし、金はあって困る物ではない。
「極道会にころんだ中にこの隠し財産の話を聞いてる奴が居た。そいつを使って探りを入れたまでは良かったんですが‥‥」
 そこまで言って口を湿らす為にコップ酒を一口啜る村井。そんな彼に鬼鮫が、期待をもって話しかける。
「で、問題でも‥‥って、まあ、問題がなければ俺達に話も来てねえわな」
「察しが早い。奴さん、首尾良く鍵を見つけたんですよ。正確にはフィルムですがね。財宝の場所を示す地図と、金庫の解錠コードが映しこまれている。で、そいつを、玩具屋で縫いぐるみの中に仕込んで、俺達の所に送らせた」
 村井から返った答えに、鬼鮫はつまみの一口サラミを口に放り込みながら言った。
「面倒なことをしたな」
「必要があったんでさ。ともあれ、縫いぐるみは届いた‥‥届いたんだが、ワタの繊維一本までほぐしても何も出てこない」
 肩をすくめて答え、村井は話を続ける。
「こっちで色々調べたら、玩具屋で誤配があったって事がわかった。あの日、発送があったのは2件。内一つの本命はハズレ。つまり、鍵は何の関係もない、一件の幸せな家庭に送られちまったってわけで‥‥」
 言って村井は、背広の内ポケットに入れてあった新聞を、ちゃぶ台の上に投げ出した。
 強盗殺人。一家全焼。4人家族の内、両親と幼い長男の惨殺死体を発見。長女が行方不明。
「うちの仕事じゃない。荒事をするにしても、ここまで杜撰な仕事はしませんや。何せ‥‥こりゃ、楽しんでやがる」
 村井は、相手の手際の悪さを笑うように、薄笑いを浮かべながら言葉を並べた。
 それに、紅は村井を笑うような声を返す。
「笑っていて良いのか? こっちのミスが先だろう。情報はどうして漏れた」
「ああ‥‥件の男ですよ。別組織に追われていました。玩具屋から鍵を送るなんて手を使ったのはその為でさ。気の利いた奴だったが、そいつがこの世で最後の仕事になっちまった」
 紅に言われ、村井は言葉の調子を平坦に戻して、答えを返した。
「それから、可哀相に玩具屋の店員もやられやした。お陰でこっちは、発送伝票を全部、調べるはめになりましたよ」
 と‥‥言い終え、村井は何かを洗い流すかのようにコップ酒を一気にあおり、それから紅と鬼鮫に向けてしみじみと続ける。
「死体を見ましたがね。悪やって、畳の上で死ねるとは思っちゃいませんが、あんな死に方だけはゴメンです」
「犯人に目星はついてんのか?」
 哀れな死に様になんて興味はないと言わんばかりに、鬼鮫がアタリメに七味のかかったマヨネーズをからませながら聞いた。
「話の筋から行くと、そいつらも金を狙ってんだろが」
「ええ、奴らは『ナイトマローダー』。暴走族、走り屋、チーマー、ストリートギャング‥‥ま、若造共の集まりでさ」
 村井はコップ酒を置いて、説明に専念する。
「元は『黒騎士』という男が頭目の、『ナイトガーディアン』とか言う、犯罪とは無縁の組織だったんすけどね。『ギルフォード』とか言う男が頭目の座を奪ってからこっち、ありとあらゆる悪事に手を染めてやがる」
「それが次の仕事‥‥か」
 全てを察し、紅は呟く。その口端で、はみ出たアタリメが揺れた。
 鬼鮫は新たな血の臭いを感じて笑みを浮かべながら、自分のコップに盛大に酒を注ぎ込む。
 村井は二人に向け、全ての確認の意味を込めて、二人が既に悟っているだろう次の仕事内容を口にする。
「はい‥‥手段は問わず、『ナイトマローダー』より先に金を手に入れる事。そして、若造共に痛い目を見させてやる事‥‥これが次の仕事です」

●巡り会い
 その子は、いつの間にか錆び付いたガレージの片隅にいた。熊の縫いぐるみを抱いた、小さな女の子。
 彼女は、ガレージの持ち主である全身に傷跡を刻んだ若い男‥‥誉田・昴を、怯えた目をして見上げている。
 誉田は女の子の姿を見て小さく溜め息をつき、一度、ガレージを出た。ややあって、菓子パンと瓶牛乳を手に戻ってきた誉田は、それを女の子から少し離れた場所に置く。
「‥‥食ったら出てけよ」
 そう言って誉田は、ガレージの真ん中に置かれた物の所へと行き、かけられたブルーシートを外す。
 中からは、修理中のバイクの車体が現れた。
 黒い外装の車体に、金色で『Durandal』の文字が書き込まれている。
 誉田は黙って腰を下ろし、バイクを修理すべく工具を動かし始めた。
 その後ろ、女の子は空腹だったのか菓子パンと牛乳を素直に食べ‥‥そして、食べ終わってもガレージから出ていく気配はなかった。
 それを知りつつも捨て置いて、誉田はバイクの修理を続ける。しばらくは、カチャカチャと金属の触れ合う音だけがガレージに満ちていた。
「名前は?」
 誉田が手を動かしながら、不意に聞く。
「何処から来たかなんて聞かない。だが、名前くらいは教えてくれ。本名でも偽名でも、何でもあるだろう?」
 この夜街‥‥身一つで流れている者など幾らでもいる。
 その理由を聞こうとは思わない。
 しかし、名前くらいは聞いても良いだろう。食事を与えたのだから、それくらいは。
 誉田がここに隠ってから長い。人寂しくなったのか、気まぐれに聞いただけの事‥‥しかし、
「いすず‥‥」
「!?」
 ポツリと、女の子は自分の名を呟いた。
 誉田の身体が一瞬、震える。
「そう‥‥か」
 懐かしい名だった。
 愛車、デュランダルを作った女。共にデュランダルで走った女。そして、あの夜に殺されてしまった女の名‥‥
「五十鈴か‥‥」
 呟き、止まっていた手を再び動かす。バイクを直すために。
 再び手を動かし始めた誉田に興味を持ったのか、今度は女の子‥‥五十鈴が誉田に聞く。
「何してるの?」
「‥‥これは俺の武器だ」
 誉田は答えた。手を動かしながら。
「俺はもう一度戦う。もう一度‥‥そして、復讐を遂げる。あいつらを殺してやるからな‥‥五十鈴」
 背後の五十鈴に言ったはずの言葉。しかし、その言葉はまるで、死者に向けられたかの様に聞こえていた。

●依頼
 草間興信所。応接室で仕事の依頼人と会った草間零は、依頼人の言葉を繰り返した。
「子供を探す‥‥ですか?」
「はい‥‥こちらなら、それをお願いできるかと思いまして」
 『聖母マリアと機関銃教会』とか言う謎の教会から来たという老修道女は、穏やかな笑みを浮かべながら零に依頼の話を続ける。
「私達は、捜査を得意とはしていないのです。迷える人を導く事は出来ます。でも、迷った人を捜し出す事は出来ない。それは、あなた方のお仕事でしょう?」
「はい‥‥確かにそうです」
「では、お願いできますね?」
 言いながら老修道女は、ハンドバッグから新聞の切り抜きを出し、そっとテーブルに置く。
 零は、その切り抜きの新聞記事と、そこに印刷された少女の写真に見覚えがあった。
「この子は確か‥‥」
「そう。この間の強盗殺人事件の被害者よ。唯一の生存者と行った方が良いかしら」
 何の感慨もなく、にこやかにそう言ってから、老修道女は言葉を続ける。
「理由は知らないのですけどね。彼女は、『極道会』と『ナイトマローダー』に追われています。どちらも、神の正義とはほど遠い、悪しき者達です。捕まって良い事はないでしょう」
 理由などわからない。だが、神の正義に反する者達が、悲惨な事件に巻き込まれた可哀相な子供を捕まえようとしている‥‥それだけで、妨害を行う理由には十分だった。
「彼女の捜索をお願い」
「あの‥‥捜索だけですか?」
 夜街絡みとなれば、戦いになる事も考えられる‥‥というか、前の時は草間興信所から行った全員が軽微の差こそあれ負傷してしまった。
 草間興信所を守る者として、そんな危険な場所に人を送ってしまった事が悔やまれる。
「戦いの危険とかはありませんか?」
「いえいえ、探偵さんに戦闘まではお願いできませんでしょう? 見つかったら連絡して。それから、私達が彼女の元へとたどり着けるように道案内を。保護は私達でしますから、安心して下さってかまいませんのよ」

●黒騎士
 夜街‥‥夜の空気に満ちた世界。
 街路をひしめいて走る、自動車とバイクの一団。暴走族と一般に呼ばれる連中である。
 他者の迷惑を顧みず、道を占有する彼ら‥‥その高く掲げる旗には、『NightMarauder』の文字。その名を知る者ならば、恐れて道を譲るだろう‥‥暴力と無法の象徴。
 しかし、彼らを阻む者があった。
 ナイトマローダーの進む先、街路に止まる一台のバイク。
 黒いヘルメットとライダースーツ。手には銃身を切りつめたオートショットガン。
 黒いバイク。車体に刻まれた、金色の『Durandal』の文字。
 そして、ライダーの背にしがみつく、赤いヘルメットを被った子供。
「行くよ‥‥五十鈴」
 ライダー‥‥黒騎士は呟き、アクセルをふかした。高鳴るエンジン音。そして、黒のバイク、デュランダルは路面を蹴って走り出した‥‥

 数刻の後、街路では破壊しつくされた幾つもの車輌が燃え盛っていた。死体を幾つも巻き込んで黒煙を上げながら。
 全ての敵を殲滅して、黒騎士は夜街に消えていく。エンジン音だけを残して‥‥
「ほら‥‥君を守ったよ、五十鈴」
「‥‥怖いよ」
 バイクを走らせる黒騎士の呟きに、五十鈴は震えながら言葉を返した。炎‥‥そして、血の臭いは、あの日を思い起こさせる。
「大丈夫。君を守るよ五十鈴。何があっても‥‥だから、心配しないで良い」
 答える黒騎士に、五十鈴はしがみついた。他に縋るものがなかったから‥‥

紅の拳銃「黒騎士の騎行」

 東京‥‥夜闇の中にのみ、その姿を垣間見る事の出来る裏社会。
 “夜街”
 悪徳と闇の秩序‥‥そして暴力が支配するこの夜街は、日本の裏の姿そのものであった。
 長く平和の内に夜街を支配していた『神代組』が、悪逆の徒である『極道会』により滅ぼされ、夜街は戦乱の時を迎える。
 己が夜街を‥‥そして日本の裏社会を支配しようと、幾多の組織が暗躍し、抗争を繰り広げ、血で血を洗う戦乱の時代‥‥
 そんな時代を生きる一人の男。
“紅”
 草間武彦の名を捨て、戦いを呼ぶ宿命の銃“紅の拳銃”を手に夜街を渡る、伝説のガンマン‥‥“紅”
 人は彼を、羨望と憎悪を込めてこう呼ぶ。「暁の朱、炎の赤、血の紅」‥‥と。

 今日も夜街に、銃声が悲しくこだまする。

●怒りと悔恨の記憶
 浮遊感。衝撃。かすれる視界。ガードレールにぶつかって炎を上げるバイク‥‥“デュランダル”。倒れて動かない、赤いバイクスーツに赤いヘルメットの女‥‥五十鈴。
「あひゃひゃひゃひゃ! 女、死んじまってるぜ。黒騎士!」
 炎を背にして立つ、義手の男。笑い声。
「悪ぃ! 俺が殺したんだっけな。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 敗北感‥‥そして、暗黒。

●悲しみと恐怖の記憶
 きょうは、わたしのおたんじょうび。テーブルにはママのおりょうりと、たんじょうびのケーキ。パパが、プレゼントをくれた。くまさんだった。
 おとこのひとがきた。しらないひと。かたっぽうのてが、てつでできた、おとこのひと。
 にげて
 そういったママのむねから、おとこのひとのてつのてがでててた。ちもいっぱいでてる。
 ゆうくんが、ないていた。
 いすず、ゆうをつれて、にげなさい
 パパが、こわいかおでいった。おとこのひとのてつのてがうごいて、パパのあたまが、おっこちた。こわいかおのまんま。
 おとこのひとのてつのては、ママとパパのちでまっか。
 おとこのひとは、まっかなてで、おたんじょうびのケーキをつかんでたべた。おいしいって、わらった。
 にげなきゃ。ゆうくんがないてる。わたし、おねえちゃんだから、ゆうくんをたすけないと。
 ゆうくんのてをつかまえた。がんばって、はしった。
 おうちをでて、はしった。ずっとはしって、ふりかえったら、おうちのほうがあかくなってた。
 ゆうくんが、なかないから、えらいねっていってあげようとしたら、ゆうくんは、てだけしかなかった。
 わたしと、くまさんだけになった。

●義手の男
 家に火を放った後、義手の男‥‥ギルフォードは通りに止まったワゴン車まで歩いていった。
 そして、鼻歌混じりに後部ドアを開け放つと、その中に転がり込んで腰を据える。
 と、運転席に座っていた、ピアスで顔を飾った金髪モヒカン頭の若い男が、後部座席を振り返りながらギルフォードに声をかけた。
「リーダー」
「ん、なにー?」
 ギルフォードは、義手を運転手の前に突き出す。
 義手の指先に刺さっていたのは小さな男の子の首。それを指人形のように動かしながら、男は甲高い声を作りながら答える。
「ボクちゃんに何か用でちゅかー? でも、ボクちゃん死んでゆのー。あびゃびゃ」
 運転手は断末魔の表情を浮かべた子供の首に少しだけ驚いた様子だったが、その驚きを殺してギルフォードに聞く。
「鍵はどうしたんすか?」
 その問いを受けてギルフォードは、左の手で額を叩き、天を仰ぎながら答えた。
「え? あーっ、忘れてた。いけねえ」
「リーダーだぜ。一人で良いって言ったの」
 運転手は少し呆れた様子で言いながら、前に向き直ってハンドルを握る。そんな彼に、ギルフォードは焦って言い訳する様に早口で言った。
「いや、だってよぉ。お誕生会だぜ、お誕生会。幸せの絶頂。それが一転、大虐殺。俺、ものスゲー来ちまって」
 言いながら男は義手を振る。勢いで首が義手から抜けて飛んで窓をくぐり、壁にぶつかって路上に落ち、転がった。
 ギルフォードはそれを見て笑う。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ。ま、ガキ一人だしさ。探せば見つかるって」
 その笑いを聞きながら運転手はギアを動かし、アクセルを踏んだ。そして、懐から携帯電話を引っぱり出す。
「じゃあ、リーダー。仲間、集めときますよ」

●極道会からの依頼
「ここが新居ですか? こう言っちゃあ、何ですが‥‥もうちょっと良い所に、部屋を用意する事もできやしたぜ?」
 玄関から、紅と鬼鮫の住処となったボロアパートの1DK部屋を眺め回し、極道会の繋ぎの村井金雄が呆れたような声を出した。
 トイレとキッチンこそついてるが風呂は無し。
 狭くて薄汚い、畳敷きの部屋。家具はちゃぶ台が一つに、室内アンテナ付きのダイヤルチャンネル式のテレビ。敷きっぱなしの薄布団。
 学生闘争時代かと思うような部屋だった。
「俺達は組員じゃない。そこまで世話になるわけにはいかないさ」
 答える紅は、この部屋をむしろ気に入ってさえ居るようだった。
「それより、座ったらどうだ? 部屋をくさしに来たわけじゃないんだろう?」
「へえ、お邪魔いたしやす」
 一礼して中に入り、村井はちゃぶ台の上に買ってきた一升びんとつまみの入った袋を置いた。
 そして‥‥酒盛りついでに仕事の話が始まる。
「神代組の隠し財産?」
 コップ酒片手に、アタリメを噛みながら聞き返す紅に、村井はコップをちゃぶ台に置いてから答える。
「神代組の軍資金ですよ。極道会とやりあう為に掻き集めて‥‥でも、使う前に連中は息の根を止められちまった。聞けば、億単位の現生と銃火器の山って話だ。持ち主の居ない物を貰うのは悪い事じゃないでしょう?」
 神代組の縄張りをごっそり奪い取った極道会は、今も資金は潤沢ではある。しかし、金はあって困る物ではない。
「極道会にころんだ中にこの隠し財産の話を聞いてる奴が居た。そいつを使って探りを入れたまでは良かったんですが‥‥」
 そこまで言って口を湿らす為にコップ酒を一口啜る村井。そんな彼に鬼鮫が、期待をもって話しかける。
「で、問題でも‥‥って、まあ、問題がなければ俺達に話も来てねえわな」
「察しが早い。奴さん、首尾良く鍵を見つけたんですよ。正確にはフィルムですがね。財宝の場所を示す地図と、金庫の解錠コードが映しこまれている。で、そいつを、玩具屋で縫いぐるみの中に仕込んで、俺達の所に送らせた」
 村井から返った答えに、鬼鮫はつまみの一口サラミを口に放り込みながら言った。
「面倒なことをしたな」
「必要があったんでさ。ともあれ、縫いぐるみは届いた‥‥届いたんだが、ワタの繊維一本までほぐしても何も出てこない」
 肩をすくめて答え、村井は話を続ける。
「こっちで色々調べたら、玩具屋で誤配があったって事がわかった。あの日、発送があったのは2件。内一つの本命はハズレ。つまり、鍵は何の関係もない、一件の幸せな家庭に送られちまったってわけで‥‥」
 言って村井は、背広の内ポケットに入れてあった新聞を、ちゃぶ台の上に投げ出した。
 強盗殺人。一家全焼。4人家族の内、両親と幼い長男の惨殺死体を発見。長女が行方不明。
「うちの仕事じゃない。荒事をするにしても、ここまで杜撰な仕事はしませんや。何せ‥‥こりゃ、楽しんでやがる」
 村井は、相手の手際の悪さを笑うように、薄笑いを浮かべながら言葉を並べた。
 それに、紅は村井を笑うような声を返す。
「笑っていて良いのか? こっちのミスが先だろう。情報はどうして漏れた」
「ああ‥‥件の男ですよ。別組織に追われていました。玩具屋から鍵を送るなんて手を使ったのはその為でさ。気の利いた奴だったが、そいつがこの世で最後の仕事になっちまった」
 紅に言われ、村井は言葉の調子を平坦に戻して、答えを返した。
「それから、可哀相に玩具屋の店員もやられやした。お陰でこっちは、発送伝票を全部、調べるはめになりましたよ」
 と‥‥言い終え、村井は何かを洗い流すかのようにコップ酒を一気にあおり、それから紅と鬼鮫に向けてしみじみと続ける。
「死体を見ましたがね。悪やって、畳の上で死ねるとは思っちゃいませんが、あんな死に方だけはゴメンです」
「犯人に目星はついてんのか?」
 哀れな死に様になんて興味はないと言わんばかりに、鬼鮫がアタリメに七味のかかったマヨネーズをからませながら聞いた。
「話の筋から行くと、そいつらも金を狙ってんだろが」
「ええ、奴らは『ナイトマローダー』。暴走族、走り屋、チーマー、ストリートギャング‥‥ま、若造共の集まりでさ」
 村井はコップ酒を置いて、説明に専念する。
「元は『黒騎士』という男が頭目の、『ナイトガーディアン』とか言う、犯罪とは無縁の組織だったんすけどね。『ギルフォード』とか言う男が頭目の座を奪ってからこっち、ありとあらゆる悪事に手を染めてやがる」
「それが次の仕事‥‥か」
 全てを察し、紅は呟く。その口端で、はみ出たアタリメが揺れた。
 鬼鮫は新たな血の臭いを感じて笑みを浮かべながら、自分のコップに盛大に酒を注ぎ込む。
 村井は二人に向け、全ての確認の意味を込めて、二人が既に悟っているだろう次の仕事内容を口にする。
「はい‥‥手段は問わず、『ナイトマローダー』より先に金を手に入れる事。そして、若造共に痛い目を見させてやる事‥‥これが次の仕事です」
 と‥‥その時、村井の前に湯気の立つ味噌汁椀が置かれた。
 思わず会話を止め、見上げた所にいたのは護衛メイド・ファルファ。
 いつものメイド服の上に割烹着を付けた彼女は、ちゃぶ台の横に膝をおろし、御盆の上から味噌汁椀と御飯茶碗、魚の煮付けの乗った皿を3人の前にそれぞれ置いていき、最後に胡瓜と茄子の浅漬けの入った皿をちゃぶ台の真ん中に置いた。
「‥‥どういうつもりだ? つーか、どっから入って来やがった?」
 ちゃぶ台の上とファルファを見比べ、鬼鮫が聞く。
「ドアが開いてました」
 答えて玄関を見るファルファ。
 鍵をかけ忘れた‥‥というか、鍵を掛ける習慣すらなかったドアは、何の障害にもならずに開け放たれていた。
 それからファルファは、鬼鮫に向き直って三つ指をついて答える。
「どういうつもりかと問われれば、敗北した上に命を救われたとはいえ、私は鬼鮫殿は未だ危険と判断しております‥‥更に、紅殿の護衛の任も未だ解かれておりませんので‥‥あ、お好み通り鬼鮫殿は味付け濃い目にしておきました」
「酒飲んで、塩辛いもん食って‥‥鬼鮫、腎臓やられるぞ」
「うるせえ。てか、何で馴染んでやがる」
 ファルファを全く気にせず、味噌汁を啜りながら言う紅。早速、噛み付く先を変えてきた鬼鮫に、紅は素っ気なく返した。
「彼女に悪気はない様だからな。良いじゃないか、飯‥‥美味いぞ」
「これからも、お世話になります」
 言いながら深々と頭を下げるファルファ。
 彼女を見ながら胡瓜の浅漬けを口に放り込み、村井はニヤと笑って鬼鮫に言う。
「若い女と一つ屋根の下。あやかりたいもんで。へへ‥‥」
「止せよ。悪い冗談だぜ。こんな、ポンコツロボ子みてえな奴がよぉ」
 そう言い返す鬼鮫は、普段の様子とはかけ離れて情けない表情を浮かべていた。

●巡り会い
 その子は、いつの間にか錆び付いたガレージの片隅にいた。熊の縫いぐるみを抱いた、小さな女の子。
 彼女は、ガレージの持ち主である全身に傷跡を刻んだ若い男‥‥誉田・昴を、怯えた目をして見上げている。
 誉田は女の子の姿を見て小さく溜め息をつき、一度、ガレージを出た。ややあって、菓子パンと瓶牛乳を手に戻ってきた誉田は、それを女の子から少し離れた場所に置く。
「‥‥食ったら出てけよ」
 そう言って誉田は、ガレージの真ん中に置かれた物の所へと行き、かけられたブルーシートを外す。
 中からは、修理中のバイクの車体が現れた。
 黒い外装の車体に、金色で『Durandal』の文字が書き込まれている。
 誉田は黙って腰を下ろし、バイクを修理すべく工具を動かし始めた。
 その後ろ、女の子は空腹だったのか菓子パンと牛乳を素直に食べ‥‥そして、食べ終わってもガレージから出ていく気配はなかった。
 それを知りつつも捨て置いて、誉田はバイクの修理を続ける。しばらくは、カチャカチャと金属の触れ合う音だけがガレージに満ちていた。
「名前は?」
 誉田が手を動かしながら、不意に聞く。
「何処から来たかなんて聞かない。だが、名前くらいは教えてくれ。本名でも偽名でも、何でもあるだろう?」
 この夜街‥‥身一つで流れている者など幾らでもいる。
 その理由を聞こうとは思わない。
 しかし、名前くらいは聞いても良いだろう。食事を与えたのだから、それくらいは。
 誉田がここに隠ってから長い。人寂しくなったのか、気まぐれに聞いただけの事‥‥しかし、
「いすず‥‥」
「!?」
 ポツリと、女の子は自分の名を呟いた。
 誉田の身体が一瞬、震える。
「そう‥‥か」
 懐かしい名だった。
 愛車、デュランダルを作った女。共にデュランダルで走った女。そして、あの夜に殺されてしまった女の名‥‥
「五十鈴か‥‥」
 呟き、止まっていた手を再び動かす。バイクを直すために。
 再び手を動かし始めた誉田に興味を持ったのか、今度は女の子‥‥五十鈴が誉田に聞く。
「何してるの?」
「‥‥これは俺の武器だ」
 誉田は答えた。手を動かしながら。
「俺はもう一度戦う。もう一度‥‥そして、復讐を遂げる。あいつらを殺してやるからな‥‥五十鈴」
 背後の五十鈴に言ったはずの言葉。しかし、その言葉はまるで、死者に向けられたかの様に聞こえていた。

●依頼
 草間興信所。応接室で仕事の依頼人と会った草間零は、依頼人の言葉を繰り返した。
「子供を探す‥‥ですか?」
「はい‥‥こちらなら、それをお願いできるかと思いまして」
 『聖母マリアと機関銃教会』とか言う謎の教会から来たという老修道女は、穏やかな笑みを浮かべながら零に依頼の話を続ける。
「私達は、捜査を得意とはしていないのです。迷える人を導く事は出来ます。でも、迷った人を捜し出す事は出来ない。それは、あなた方のお仕事でしょう?」
「はい‥‥確かにそうです」
「では、お願いできますね?」
 言いながら老修道女は、ハンドバッグから新聞の切り抜きを出し、そっとテーブルに置く。
 零は、その切り抜きの新聞記事と、そこに印刷された少女の写真に見覚えがあった。
「この子は確か‥‥」
「そう。この間の強盗殺人事件の被害者よ。唯一の生存者と行った方が良いかしら」
 何の感慨もなく、にこやかにそう言ってから、老修道女は言葉を続ける。
「理由は知らないのですけどね。彼女は、『極道会』と『ナイトマローダー』に追われています。どちらも、神の正義とはほど遠い、悪しき者達です。捕まって良い事はないでしょう」
 理由などわからない。だが、神の正義に反する者達が、悲惨な事件に巻き込まれた可哀相な子供を捕まえようとしている‥‥それだけで、妨害を行う理由には十分だった。
「彼女の捜索をお願い」
「あの‥‥捜索だけですか?」
 夜街絡みとなれば、戦いになる事も考えられる‥‥というか、前の時は草間興信所から行った全員が軽微の差こそあれ負傷してしまった。
 草間興信所を守る者として、そんな危険な場所に人を送ってしまった事が悔やまれる。
「戦いの危険とかはありませんか?」
「いえいえ、探偵さんに戦闘まではお願いできませんでしょう? 見つかったら連絡して。それから、私達が彼女の元へとたどり着けるように道案内を。保護は私達でしますから、安心して下さってかまいませんのよ」

●黒騎士
 夜街‥‥夜の空気に満ちた世界。
 街路をひしめいて走る、自動車とバイクの一団。暴走族と一般に呼ばれる連中である。
 他者の迷惑を顧みず、道を占有する彼ら‥‥その高く掲げる旗には、『NightMarauder』の文字。その名を知る者ならば、恐れて道を譲るだろう‥‥暴力と無法の象徴。
 しかし、彼らを阻む者があった。
 ナイトマローダーの進む先、街路に止まる一台のバイク。
 黒いヘルメットとライダースーツ。手には銃身を切りつめたオートショットガン。
 黒いバイク。車体に刻まれた、金色の『Durandal』の文字。
 そして、ライダーの背にしがみつく、赤いヘルメットを被った子供。
「行くよ‥‥五十鈴」
 ライダー‥‥黒騎士は呟き、アクセルをふかした。高鳴るエンジン音。そして、黒のバイク、デュランダルは路面を蹴って走り出した‥‥

 数刻の後、街路では破壊しつくされた幾つもの車輌が燃え盛っていた。死体を幾つも巻き込んで黒煙を上げながら。
 全ての敵を殲滅して、黒騎士は夜街に消えていく。エンジン音だけを残して‥‥
「ほら‥‥君を守ったよ、五十鈴」
「‥‥怖いよ」
 バイクを走らせる黒騎士の呟きに、五十鈴は震えながら言葉を返した。炎‥‥そして、血の臭いは、あの日を思い起こさせる。
「大丈夫。君を守るよ五十鈴。何があっても‥‥だから、心配しないで良い」
 答える黒騎士に、五十鈴はしがみついた。他に縋るものがなかったから‥‥

●報酬
 レミントン・ジェルニールがアンダーソン基地司令の私室に入った時、そこにはファルナ・新宮がいた。
 足を折りたたみ、膝を胸に付けた状態でベルトで縛られ、後ろ手に回された腕を背中で拘束されたファルナの姿が‥‥
 どれほど長くその格好でいたのか、ファルナは全身に汗をかきながら苦痛に震えていた。
 一瞬、視線を交わしあい、ファルナとレミントンは驚愕の表情を浮かべる。しかし、どちらも互いの名を呼ぶ事はなかった。
 ファルナの前、椅子に座るアンダーソン基地司令は、レミントンににこやかに言う。
「まあ、座りたまえ」
 彼が指し示したのは、床で震えるファルナ‥‥言おうとしている事は明らかだった。
「‥‥‥‥」
「‥‥んっ‥‥ふぅっ‥‥」
 無言で腰を下ろすレミントンの下、身体を軋ませてファルナが呻く。
 椅子ではなく人の身体‥‥座っていて安定しないのだが、レミントンが身体を揺すると、それが苦痛となってファルナを襲うようだった。
「うう‥‥‥‥」
 レミントンが身体を動かさない様にして、ようやくファルナの呻きは収まる。それでも苦しさは消えていないようで、身体は小刻みな震えを続けていたが。
 そんなファルナの様子を目を細めて眺めていたアンダーソンは、ファルナに向かって静かに口を開いた。
「ファルナ嬢。教えたじゃないか。座っていただいたらどうするのかね?」
「ああ‥‥はい‥‥お‥‥お座りいただきまして、ありがとう御座います。私の座り心地はいかがでしょうか?」
 アンダーソンに促され、ファルナは苦痛に震える声でレミントンに聞いた。
「お気に召さなければ、どうぞこの役立たずな椅子に、お仕置きを下さいまし‥‥」
 レミントンは答えにつまり‥‥だが、ややあってアンダーソンを見据えて言い放つ。
「司令、私の報酬はコレをもらおうか」
「ほう? 突然だな。確かに今日は報酬の話をと言う事だったが‥‥」
 流石に驚いた様子でアンダーソンは言う。
 今日は、先日の極道会への協力に対する報酬の話と、次の仕事の話で来たのだから、レミントンが報酬の話をするのは当然だ。
 しかし、そう言う話になるとは予想していなかった。
「いったい、どういう事かね?」
 アンダーソンはレミントンに聞く。
 レミントンはすぐには答えず、ファルナに目を下ろし、手を上げてそれを振り下ろした。
「ひゃう!?」
 音高い肉を叩く音と共に、ファルナの悲鳴が上がる。そして、ファルナの白い臀部に赤く手形が浮き出した。
 ファルナを叩いたレミントンは、赤みを帯び、熱を持ったその部分を優しく撫で、それからもう一度手を上げて同じ部分を叩く。
「ひっ! くぅぅ‥‥‥‥」
 再び上がる悲鳴。苦痛に身をよじれば、レミントンの重みが軋む身体にかかって、更なる苦痛を呼ぶ。
 身体を震わせながら苦痛に耐えるファルナを愛おしげに撫でつつ、レミントンはアンダーソンに視線を戻して答えを返す。
「私も自由に遊べるオモチャがほしいから」
「ふむ‥‥私としては、彼女でなければならない理由はない。拷問して殺しても良いような奴隷女だって金で買えるわけだからな」
 アンダーソンはレミントンの答えを聞き、考える仕草を見せながら黙り込む。
 そしてややあってから言い放った。
「では、このナイフで彼女の目をえぐり出して見せてくれたまえ」
 言いながら放られるのは、執務机の上にあったペーパーナイフ。それは、座るレミントンの膝の上に落ちる。
 レミントンはそれを手に取り‥‥ファルナの青い瞳を見て、それからペーパーナイフに目を戻した。
 それから視線をそらし、僅かに考え込む様子を見せる。
 それを見計らっていたかの様に、アンダーソンは手を打ち鳴らした。
「‥‥ま、良いだろう。そこまでだ」
 手を叩く音に我に返った様子のレミントンに、アンダーソンはにこやかに言葉を投げる。
「逡巡する君の顔も美しいな」
 無論、レミントンにファルナの目を抉るなど出来るはずもない。そこまで読まれたのだという事に、レミントンは微かに怒りを感じた。
「からかったのか?」
「いや? 言うとおりにしたなら、こちらもそれに応えただろう。出来なかったのは君だ」
 本気かどうかはわからない。
 だが、アンダーソンはそう答える。
 それからアンダーソンは、レミントンの下のファルナに目をやって聞いた。
「さて‥‥ファルナ嬢、君はどう思うのかね? 彼女が君を欲しがった事についてだ」
 問われ、ファルナは苦痛にではなく、内心を聞かれた事に震える。そして、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「私は、皆様への贈り物ですから‥‥ですから、レミーさんにも自由にして頂くか、レミーさんも‥‥私と一緒に贈り物になって頂くしか‥‥」
 寂しく笑みを浮かべながらのその言葉は、アンダーソンが強制した言葉ではない。ファルナの父の強制というのが真実に近いだろう。
 しかし、レミントンに自由にして貰うとか、同じ境遇にと言うのは、誰の強制でもなくファルナの言葉なのかも知れなかった。
 アンダーソンは答えを聞き届け、レミントンに答える。
「だそうだ‥‥彼女で遊ぶ事を君に許す事は出来る。また、彼女と同じ境遇に身を落とそうというのならそれも受け入れよう。だが、彼女を報酬として君に渡す事は出来ない。他ならぬ彼女の意志だからな。報酬は元の約束通りに、現金で支払おう」
「‥‥わかった。現金でもらおう‥‥」
 レミントンは要求を取り下げる。ファルナの事は、一時取り下げるより他無いと言えた。
 アンダーソンは満足げに頷き、そして話を始める。
「そうだレミントン君。近日中に、一度東京にいくつもりだ。夜街に用が出来てね。その時には君と‥‥ファルナ嬢にも来て貰う。友好はその時にでも深めたまえ」

●接触
 コート。首に巻いたマフラー。サングラスにハンチング帽。いつもの米軍将校の格好ではないアンダーソン基地司令が其処にいた。
 護衛という事で同行するファルナやレミントンも、目立たない地味な格好をしている。
 行動を共にする米兵達も、見た目ではただの港湾労働者風だ。M16アサルトライフルを持っていなければの話だが。早い話、一目で米兵とばれなければ何でも良いのだろう。
 霧笛泣く波止場‥‥倉庫街。人のいないその一角が、アンダーソンを呼び出した者達との邂逅の場だった。
「時間通りだの、Mrアンダーソン」
「時間厳守はビジネスの基本ですよ。ミセス」
 倉庫の影から駆けられた声に、街灯一つ挟んで対峙するアンダーソンは、慇懃に一礼した。
 そんな彼の前、チャイナドレスの上、肩にロングコートをかけた紅・蘇蘭が、黒服の男達を連れて影の中から姿を現す。
「間違えんでほしいのう。私は独り身だ」
「失礼、ミス紅・蘇蘭。いやはや、貴方の様な綺麗な女性を捨て置く男達ばかりとは‥‥」
「戯言は良い。その程度の言葉で人をはかろうなどと、甘く見てはおらぬか?」
 嫌みなくらいに慇懃に話を続けるアンダーソンの言葉を切り、蘇蘭は言い放つ。
 アンダーソンが嫌みを言うのは、蘇蘭の反応を見る為。この程度で感情を揺るがせるなら、信用は出来ない相手‥‥そして利用しやすい相手と見る事が出来る。もっとも、蘇蘭はこの程度で動じる様な存在ではなかった。
 アンダーソンはそれを確認した為か、素に戻って話を変えた。
「なるほど、失礼した。では、話を始めよう。そもそも、チャイニーズマフィアが何の用だね? 君達愛用の黒星(中国産トカレフ)に飽きが来たか?」
「喧嘩をしに来たのではないと言うに‥‥どうしてそう噛み付く? まあ良い。話を始めようぞ」
 アンダーソンのトゲの抜けきらない言葉を鷹揚に受け流して、蘇蘭は話を始めた。
「お前‥‥神代組の遺産を知っているかえ?」
「‥‥‥‥」
 問いかけに、アンダーソンは無言で答える。
 その答えの語る真実を悟り、蘇蘭は笑んで話を続けた。
「その顔を見ると知らぬ様。極道会も、お前をそう信用してはおらぬ様子じゃの」
「何が言いたい?」
「滅んだ神代組の溜め込んでいた資金が数百億。そして武器と弾薬。今、夜街はそれを巡る争いの場と為りつつある。蚊帳の外のお前は知らぬだろうが‥‥」
 知らぬ情報‥‥で有るが故に有効な情報となる。アンダーソンをそそのかすのに。
「詳しい話を聞こう」
 アンダーソンは話に乗ってくる。そんな彼の前、蘇蘭は知りうる情報を語り始めた。
 今はアンダーソンを動かすだけで価値がある。
 独自に動き、夜街に干渉する勢力として招き入れるだけで、他勢力への牽制となるのだ。
 今はそれだけで良い。極道会との分離を目指すも、自分達との和合を目指すも、はたまたまとめて敵とするも、これからの事で良いのだ。
「情報提供感謝する」
 蘇蘭が話を終えるや、アンダーソンは深く一礼し、葉はもう無いとばかりに背を向けた。
 そんな彼の背中に蘇蘭は戯れに言葉を投げつける。
「おや、今宵は商談は無しかえ? 景気付けに、花火の大きいのでも買うてやろうと思ってよったに」
「失礼。少々用事が出来たのでな。当、アンダーソン商会の利用は、又の機会に願おう」
 苦笑。そして歩み去るアンダーソン。
 見送った蘇蘭は、片頬に笑みを乗せ、呟くようにして言った。
「アンダーソン。極道会に当たりを取るか‥‥まあ、敵とするも面白かろうよ。SAAに紅‥‥この陽龍、陰虎の獲物として相応しいか否か、確かめさせてもらうにはねぇ」
 いつ抜いたのか、蘇蘭の両の手でカスタムベレッタが踊る。タオと赤龍、タオと青虎の象眼が刻まれた二丁の拳銃は、蘇蘭の手に握られ、狙いを定める。
 狙いは夜の東京。東京夜街‥‥

●密談
「あちらは放置するのか?」
 極道会の事務所の中を歩くアンダーソンに従いながら、レミントンは憂いがあるのかチラとだけ後ろを振り返った。
 今、遠く離れた別の一室では、ファルナを贄とした宴が開かれている。
 心配ではあったが、側にいても止める事は出来ないので、レミントンはこちらにいた。
「低俗な宴に参加する気にはなれなくてね」
 アンダーソンはこともなげに言って、足を進めていく。まあ、趣味が合わないと言う事だろう。この宴の企画者である、ファルナの父とは。
 だからといってアンダーソンの趣味が高尚かどうかはかなり怪しいところなのだが。
 とにかくアンダーソンは廊下を奥に進む。やがて強面のヤクザが二人、両脇に並んで守りを固めるドアの前へと辿り着いた。
 あらかじめ話が付いていたのだろう。ヤクザ達は黙ってアンダーソンを通す。
 その奥には、闇が広がっていた。
 いや‥‥絨毯や壁紙、カーテンなどの全てが黒一色で統一されているだけだ。明かりは煌々と部屋の中を照らしている。しかし、レミントンは闇の中に足を踏み入れる時のような感覚を覚えずに入られなかった。すなわち、微かな恐怖をである。
 その恐怖をもたらす気配のような物は、部屋全体に満ちていた。だが、その気配が濃密な一角がある。
 部屋の中、置かれた応接セットのソファに座して待つ、黒い和服姿の女性‥‥虚色。
 その傍らに立つ、お付きの女性‥‥葛生・摩耶も、漂う恐怖の中に耐えていた。特に何かがあるわけでもないのだが、この虚色という女性の前では、心の内を掻き乱さずにはいられない。
 とは言え、実際に何か危険があるわけでもないので、今は耐えて側仕えを続けられている。
 アンダーソンも同じく恐怖を感じているようで、部屋に入る前に足を止めた。が、すぐに再び足を前に出し、部屋に入る。
 そしてアンダーソンは、立ち上がって迎えようとする虚色の動きを手で制して、応接セットの向かいに勝手に座り込んだ。
「堅苦しい挨拶は無しでいい。私と貴方の関係ではないか」
「そう‥‥ね。珈琲で良かったかしら?」
 答えながら虚色は、葛生の方にチラと目をやった。葛生は一礼し、奥へ珈琲を入れに歩いていく。
「彼女は?」
 初めて見る葛生に興味を持ってか、もしくは警戒してか、聞くアンダーソンに虚色は薄い笑みを浮かべて言葉を返す。
「ああ‥‥良く気のつく子だから、私のお付きにしたのよ。気にしないで」
「なるほど。了解した。まあ、聞かれて困る話をするわけでもないからな」
 その説明に頷いてアンダーソンは、虚色に改めて相対し、話を切りだした。
「では、話を始めよう。むろん、話の内容は既に承知のことだとは思うが‥‥」
「どこで、この話を聞いてきたのかしら?」
「商人は鼻が利くものでね」
 探るような虚色の言葉を聞き流し、アンダーソンは話を切り出す。
「協力は惜しまない。で、金は君達の物、武器は我々の物、それでどうかね?」
「なるほど。武器を渡さず、武器を私達に売りつける。そうすればお金も手に入るものね」
 アンダーソンの申し出に、虚色は薄い笑みを浮かべて言い返した。
 そこに戻ってきた葛生が、アンダーソンとレミントン、そして虚色の前に珈琲を置く。
 アンダーソンはすまして珈琲カップを取り、一口飲んでから虚色に答えた。
「それが商売という物だ。それに私は、何処よりも高性能な武器を扱っているつもりだよ? 何せ、世界中の戦場で実戦テスト済の物ばかりだ。神代組が掻き集めた、海の物とも山の物とも知れない武器を抱え込むより、信頼性に置いてずっと良いと思うがね?」
 武器市場は信頼性が物を言う。最新兵器である事よりも、実戦での信頼性の方が高く買われるのだ。その点で言うならば、今も世界で使われ続けている米軍の兵器は最良の商品と言える。
「‥‥そうね」
 僅かに思考し、虚色は答えた。
「貴方とは、良い関係でいたいから。その話はお受けいたしましょう」
「それはありがたい。では、互いの協力体制について‥‥」
 切り出すアンダーソン。彼を前にして虚色は、冷たい微笑を浮かべてその話を聞いていた。

●葛生の策
 アンダーソン等が去った後、虚色と二人残された葛生は、テーブルの珈琲セットを片付けながら言った。
「彼ら‥‥信用できないと思いますけど」
「でしょうね。彼らも夜街に生きる者。きっと、出し抜く機会が有れば動くでしょうね」
 今だ応接セットに座ったままで、虚色は答える。その表情は、楽しげに見えた。
「でも、それで良いのよ。面白くなるわ。誰が焚き付けたのか知らないけど‥‥感謝をしなくてはね」
「感謝とか‥‥それで良いんですか? それに、この件については極道会の何処も動かしていませんよね?」
 葛生の問いに、虚色はそんな事を聞かれるのは意外だとでも言うように答えた。
「紅を動かしているけど?」
「チャールズ・ブロンソンでもあるまいし、自分としては紅とか云う輩だけでは心許ないと思うのですが」
 確かに紅は強力な存在ではあるが、万能ではないし、総合的な戦力でナイトマローダーを圧倒できるわけでもない。
 紅の投入はいわばナイフで一突きするような物で、組織という物に深い傷を与えはするが、組織全体にダメージを与える物ではない。
 そんな意図あっての話だったのだが、虚色は葛生の意図とは外れたところに注意を向けたようだった。
「チャールズ・ブロンソン‥‥面白い事を言うのね」
 虚色はさも可笑しげに笑う。
「でもね、彼等ガンマンは、チャールズ・ブロンソンやハンフリー・ボガート、クリント・イーストウッド、今や失われたヒーロー達そのものなのよ」
「?」
 虚色のその言葉の意味がわからず、返事に詰まる葛生に、虚色は促すように言った。
「わからないならそれでも良いわ。で‥‥何か、言いたいことはないの?」
「あ、はい‥‥では、」
 促され、葛生は虚色に自分の考えを述べる。
「族には、族に相手をさせれば良いのではないでしょうか? 出る杭と化してるナイトマローダーを快く思ってない族は少なくない筈ですから、その辺に『ナイトマローダーが極道会とトラブルを起こした。極道会はナイトマローダーを潰す気だから便乗してみないか』とか、煽ってみるというのは‥‥」
「どうしてそれが良いと思うの?」
「極道会系列の族を使わなければ、極道会の戦力を消費しないですみますし、族同士の潰し合いが期待できます」
 虚色は葛生の提案を受けて少し考え、それから葛生の提案を否定するではなく、教師が答を求めるかのように言葉を返した。
「族を動かすには武器も必要よ? 銃火器有りのナイトマローダーと、鉄パイプや釘バットがせいぜいの族じゃ戦いにならないわ」
 ナイトマローダーの武装度は異常だ。他の一般的な族など、遠く及ばない。
「逆に言えば、武器さえ渡せばって事ですよね? 武器が無くて逆らえなかった族が、武器を持てば一気に‥‥」
「そうなるわね。まあ、実戦経験がないから、どうなるかはわからないけど」
 実際に人を殺すという経験を、全ての族がしているわけではない。その辺り、既に経験した者と経験してない者との差は大きい。
 これから殺す相手を前に躊躇しない心。それが必要となるのだ。
「でも、わかったわ。貴方の好きにやって御覧なさいな。買い換える予定の黒星(中国産トカレフ)とか、いらない武器を回して上げるわ」
「ありがとうございます」
 虚色の許しに葛生は一礼し、それから付け加えるように願い出る。
「それで、ナイトマローダーに打撃を与えた族に、報償を渡そうとも思うのですが‥‥」
「必要ないわ」
 虚色は一言で返し、その後に続ける。
「武器を与えただけで良い。一度、力に酔った者は、その力を失いたくないと願うもの。功のあった族には、今後も継続して武器を売る約束をする。それだけで十分よ」

●少女の届け先
 自宅。作業用のパソコンの前に座るシュライン・エマ。モニターを眺め続けて疲れた目を擦りながら、彼女は表示されていたweb検索画面のウィンドウを閉じた。
「無理な話かも知れないわね‥‥極道会と何とか言う暴走族からかくまえて、ついでにあの聖母マリアと機関銃教会のシスター達を納得させられる孤児院を探すなんて」
 言いながらシュラインは、キーボードの横に置かれていたマグカップを取り、すっかり冷めた珈琲を啜る。
 聖母マリアと機関銃教会に少女の身柄を預けるのが不安で、シュラインは他に少女を預ける場所がないか探していた。
 まず、追われている状況を何とか終焉させなければ、何処に引き取ってもらっても問題が残る。老修道女達ならば少女を自力で守り抜くぐらいの事はするだろうが‥‥一般の施設では、襲われれば一溜まりもない。
 田中の義母の孤児院ならば、少女を護る事も出来るかも知れない。しかし、宗教色の有る場所は、どう考えても異端である老修道女達が認めないだろう。納得させることは不可能だ。
 そもそも、聖母マリアと機関銃教会では駄目な理由を聞かせろと言われた時、どうにも説明がしようがないのも問題だった。
 彼女らには彼女らの信仰の真実がある。狂的なそれが問題なのだが‥‥無論、それを素直に言ってしまえば、彼女らを敵に回すことはほぼ間違いがない。
「仕事‥‥受けるべきじゃなかったのかもしれないわね」
 草間興信所‥‥そして零は、夜街に関わるべきではないのかもしれない。厄介毎ばかりであり、その上危険極まりないのだから。
 それは、零もわかっているのではないだろうか? シュラインはそう思う。
 夜街の仕事を、零が受けている理由‥‥何となく想像は付く。夜街に消えた草間武彦との繋がり、それを消したくないのだろう。
 しかし、やはりこんな形での関与は良くない。
 だからといって、草間興信所が真っ正面から乗り込めるような事ではない‥‥乗り込んだ所で、裏社会での活動の出来ない草間興信所では、戦いの火を広げる事にしかならないのだ。
 草間興信所が極道会を潰しても、それを原因として新たな抗争が起こるだろう。草間興信所は、その渦中に際限なく巻き込まれ続ける。
 誰か夜街の抑え役になってくれる組織が有れば別で、支配者が生まれてしまえば夜街の抗争も沈静化していくだろう。これが唯一、夜街の事件を終わらせる手段である。
 しかし、場所は悪徳の世界である夜街。助力したくなるような組織は存在していない。
「考えれば考えるほど八方ふさがり‥‥か」
 本当に。忘れてしまえればいいのに‥‥
 そう思いながらもシュラインは、それはきっと出来ないだろうとも思っていた。
 草間武彦‥‥夜街に消えた一人の男が帰ってくるその日までは‥‥多分、夜街の事を忘れることは出来ないのだと。

●電話
「結局、多くはわからない‥‥か。わかったよ。ありがとう」
 草間興信所への依頼からの流れで行動していた田中・裕介は、調査帰りに新宿駅で電車を待ちつつ公衆電話からかけた電話の中、義母の言葉にそう答えていた。
 義母に得られた情報というのは、極道会は神代組を下して勢いに乗っており、ナイトマローダーはその残虐さで名を知られているなどという、いかにも定型じみたものでしかない。
 内情というにはほど遠い内容だ。そして、少女の件もニュースに出ている事以上にはわからなかった。田中にはこちらの方が痛い。
 早くも行き詰まってしまったからである。
 田中が行方不明の少女の写真を片手に夜街で聞き回ったところ、先日のナイトマローダーへの襲撃事件の事が話題に上った。
 襲撃者がバイクの後ろに乗せていた少女が、写真の少女と似た姿をしていたというのだ。
 襲撃者は黒衣のライダー‥‥黒騎士と呼ばれる男。わかったのはここまでで、少女と黒騎士との繋がりはわからない。
 無論、この黒騎士の事も聞いては見たが、これも現地でなければ調べようがないと言う返事しかなく、わからずじまい。
 しかし、どうしようもない事なのでもあった。
 結局、義母が情報屋だといえど、椅子に座ったままでは限界があると言う事だろう。まして相手が夜街の存在であるならなおさらだ。とかく、夜街のことはニュースになりにくい。
 田中はとりあえず、情報の収集は諦める事とした。
「それで、マリアさんは元気で‥‥ああ、替わってくれる?」
 話題を変えた田中は、電話の向こうで相手が替わるのを待つ。そう時間は掛からず、向こうから女性の声が届いた。
『お待たせしました。神代マリアです』
「マリアさんか。田中だけど‥‥元気にしてますか? 何か不便なことは?」
 かつて夜街を支配した神代組、正当後継者の神代マリア。彼女に言葉を投げる田中に、神代マリアの穏やかな言葉が返ってきた。
『はい、元気です。おばさまにはとても良くしていただいてますし。それに、元いた修道院の皆さんにも再会できました。全部、皆さんのおかげです。ありがとうございました』
 と‥‥ここまで言った後に、神代マリアは僅かに声を落として言う。
『それに、こちらには夜街からの追っ手も来ないようですから‥‥』
「良かった。でも、油断しないでください」
 田中は、元気づけようかと努めて明るい口調で言うが、その試みは成功したとは言えなかった。口調を変えたところで、現実は変わらない。
 神代マリアが命を狙われているのは確かなのである。ただ、様子を見てるのか、その余裕がないのかはわからないが、今は手を出されていないだけだ。
 そう‥‥神代マリアは存在を隠匿されているわけではないので、極道会も彼女の居場所を掴んではいるのだろう。
 “紅”クラスのヒットマンを送られれば、今の居場所だって絶対に安全とは言えないのだ。
 しかし、今は他に安全な場所というのも思いつかない。
「そこからは動かない事です。危険が無くなるまでの辛抱ですから」
『‥‥それは、いつまでなんでしょうか?』
「え‥‥?」
 遠慮がちに問われ、田中は言葉を濁した。
 いつまでか‥‥極道会が滅ぶまで?
 夜街の別組織との抗争の結果で極道会が潰れるのを待つと言うのでは、何もしてないのも同じだろう。
 かといって、極道会を潰すため、草間興信所の仲間達が抗争を仕掛けるという選択は、田中一人の独断ではどうにもしがたい。
 別の方法としては、極道会と交渉して何らかの形で手打ちをするというのもある。
 極道会と交渉の為の接点が無く、どういった条件を相手と交わしあうのか全く決まっていないと言う欠点もあるが。
 何にしても、神代マリアがいつまで匿われ続ければいいのかという答は出てきていない。
 彼女には彼女の人生がある。これから先もずっと匿われて生きるわけにはいかないのだ。
『‥‥ごめんなさい。ご迷惑ばかりかけているのに、また困らせるような事を‥‥』
「あ、いや、そんな訳じゃないんだ」
 沈黙を田中が答に困った証拠と受け取って、神代マリアの方から話を打ち切ってきた。
 彼女を安心させようと一応は否定したが、田中が答に困っていたことには変わりがない。
 結局、それ以上華にも言えない田中に、神代マリアは努めて明るい声で言葉を繋げてきた。
『いえ、良いんです。あの‥‥お手伝いがありますので、これで』
「あ、ああ‥‥また、電話をかけるよ」
『はい‥‥お待ちしています。他の皆さんにもよろしくお伝え下さい。では‥‥失礼します』
 切れる電話。受話器を握りしめ、田中は呟く。
「全く‥‥この有様で、全部終わったつもりでいたのか俺は」
 依頼は確かに終わった。しかし、事件はまだ解決していない。
 興信所としては、依頼が終わった段階で事は終わり。しかし、神代マリアを守りたいと思うならば、まだ何らかの手を打っていく必要がありそうだった。

●警察の対応
「管轄じゃないって話はもう何度も聞いたわ。じゃあ、何処の管轄だって言うの?」
 ナイトマローダーの情報を求めて警視庁に来たシュラインは、防犯部、交通部、刑事部の間をたらい回しにされていた。
 何処に行っても、「うちの管轄じゃない」と言われて他に回される。では何処の管轄なのかと問うても、誰も答を出さないのだ。
 苛立ちを露わにして見せても、相手の態度が変わるわけでもなく、シュラインは困り果てたと行った様子で息を付いて、とりあえずは窓口を離れた。
「本当‥‥どうなってるのかしら。まるで、夜街なんて存在しないみたいに‥‥」
 歩きながら呟くシュライン。そんな彼女に、背後から声がかかる。
「夜街関連となると、何処も腰が引けちまってな。そんなものさ」
 振り向いたところにいたのは、初老の刑事らしき男性だった。筋肉質だが小太りの身体、白髪頭の皺の寄った顔に笑みを浮かべた老刑事は、紙コップに入った珈琲をシュラインに差し出し、教え諭すような口調で言葉を続ける。
「お嬢さんは記者か何かかい? 夜街の事を記事にしようって言うなら止した方が良い。何にでも、手を付けちゃならない事がある」
「そういうわけでは‥‥」
 親切で言ってくれているだろうその言葉に、シュラインは苦笑した。草間興信所が関わったから、こうやって調べを行っている。
 手を着けなくてすむならすませたいが、そうもいかないのだ。
「夜街について関わってしまって‥‥それで、少しでも情報がないかと思いまして」
「わけありか‥‥」
 そう言って老刑事は少し考え、それから壁に掛けられた時計を一瞥してから答えた。
「何も知らずにあそこに関わるのは危険だろう。捜査中の事は話せないが、昔話なら付き合っても良いぜ? 仕事ももうすぐ終わるから、その後に‥‥」
「そうですか? お願いします。では‥‥私の知っている店へ行きませんか? お礼に一杯、おごらせて下さい」

●過去の話
「いらっしゃい」
 一言。そして、チラと目を上げただけで、店主は焼き鳥を焼く仕事に戻っていった。
 それがいつもの事だと知っているシュラインは、奥へと歩みを進めながら炭火を睨んでいる店主に声を投げ掛けた。
「小あがりをお借りしますね。焼き鳥をお任せで、それと‥‥‥‥」
「熱燗」
 シュラインが後ろを振り返り、老刑事を見る。彼は勝手に自分の飲む物を頼んだ。
 店主は何も答えない。これもいつもの事、答えなくても、品は注文通りに出てくるのだからそれで良いのである。
 シュラインは老刑事を先導して小上がりに入り込み、彼が対面に座るのを待った。
 老刑事は小上がりに入って胡座をかき、シュラインが口を開く前に言う。
「さて‥‥と、ナイトマローダーのことだったな」
 シュラインは道すがら、ナイトマローダーに絡んでしまったことを依頼内容に触れない範囲で話していた。
 シュラインはもう一度問う。
「はい‥‥危険な組織なんですか?」
 夜街に危険じゃない組織など無い。それは分かり切った質問だったかもしれないが、この名が出た時の老刑事の表情が尋常ではなかったのが気にかかっていた。まるで‥‥怒りと悲しみ恐怖の入り交じったような。
「ナイトマローダー。前身をナイトガーディアンと言い、夜街最大のチームだった。リーダーは黒騎士。黒いライダースーツにヘルメットの男。メカニックだった恋人の作ったバイクで、夜街を駆けていた」
 老刑事は、そう言った後、懐かしそうに「良い奴らだった」と付け加えた。
 そして、思い出を飲み干す様に猪口の中身をあおり、言葉を続ける。
「彼等は、周辺の組織を傘下におさめ、そうする事で秩序を護り、過剰な暴走を防いでいた。だが‥‥押さえ込まれた連中の不満は溜まっていった。だから、あんな事になった」
「あんな事?」
「黒騎士が襲われ、恋人が殺された。そして、恋人の追悼集会に集まった黒騎士直下のメンバーも襲撃を受け‥‥皆殺しにされた。惨劇の舞台になった埠頭は、海が赤くなっていたよ」
 その情景を思い出したのか、老刑事の顔は不快げに歪む。バイクや車の残骸に紛れて転がる、元人間だった物の欠片。抵抗した者はもちろん、降伏した者までなぶり殺したらしいその跡。
「そしてその日‥‥ナイトガーディアンは、ギルフォードという男の下でナイトマローダーと名を変えた。押さえつける者が無くなったチームは、互いに煽り立てる様にして悪の道をひた走り。今じゃ、一端の犯罪組織だ」
 老刑事は苦々しい笑みを浮かべる。そんな老刑事に、シュラインは問いをぶつける。
「どうして、そんな組織を警察は放置してるんですか? あの、担当部署を誰も知らないみたいな状態は‥‥」
「‥‥‥‥」
 老刑事は何も話さない。
「‥‥どうぞ」
 いつの間に来ていたのか、店主がそっと焼き鳥の皿とお銚子を二本、猪口を二つお膳の上に置いていった。
 老刑事はお銚子と猪口を一つずつ取ると、手酌で飲み始める。答は言わない。
「夜街だから‥‥ですか?」
「‥‥‥‥」
 シュラインの重ねての問いにも、老刑事は答えなかった。その沈黙こそが答であるとでも言うかのように。
 シュラインはそう言うことなのだろうと結論ずけ、質問を変えた。
「その、黒騎士という人は? 殺されたって話はしてないみたいですけど」
 手酌で勝手にやっていた老刑事の手が止まる。そして猪口を置き、重々しく口を開いた。
「あいつか‥‥あいつはまだ生きている」
 その話題はかなり言いにくい様だった。
「だが‥‥そっとしておいてやってくれ。あいつは‥‥恋人を殺され、仲間を殺されて‥‥‥‥壊れちまった。笑えない話さ。あいつの中では、まだ五十鈴さんは生きてるんだよ」
 老刑事に宿るのは哀れみの情か。深く息を付き、彼はまた猪口の中身をあおった。
 しかし‥‥いすず? 確か、事件で行方不明の少女も同じ名の筈。
「都内で、暴走族の抗争事件が起こってますよね? 黒衣のライダーって記事の‥‥あれ、ひょっとするとその黒騎士って人なんじゃ‥‥」
 聞くシュラインは、記事に添付されていた黒衣のライダーの、その後ろにしがみついてる少女らしき影が気になっていた。
 死んだ五十鈴と行方不明の五十鈴。黒騎士というライダー。そして、黒騎士とともにいるらしい少女。その全てが無関係という可能性の方が高い。偶然なのだろうが、何か因縁めいた物を感じなくもない。
 答えを期待するシュラインの前、老刑事はゆっくりと首を振って答えた。
「かも‥‥しれないな。だが、そいつは調査中だ。教えられないよ」

●再会
 いかがわしいネオンの瞬く裏路地の中を歩くのは、人生にすれた大人達ばかりではない。
 若さが全ての免罪符になるとばかりに生きる若者達もまた、虚色の光に照らされた世界の住人として在り続けている。
「ガキ探すのに手ぇ貸せ? やなこった! てめーらなんぞに貸せるか」
 新座・クレイボーンは、からんできたチーマー3匹を相手に啖呵を切った。
「何だと!? てめぇ、ナイトマローダーに逆らおうってのか!?」
「はっ! 何だ? 族の名を出さなきゃ何もできないのかよ! ちょうど良いや、頭に言っとけ。あんまうぜぇと腹かっさばいてナカに突っ込んでヤってやる、ってよ!」
 獰猛な輝き残った左目に浮かべ鼻で笑って言った新座だったが、相手は逃げ出すどころかそのままポケットに手を突っ込んだ。
「一つしかない目玉を大事にしておくんだったな。あばよ」
 正面の奴が代表して言うその台詞の後に何が飛び出すかとっさに悟り、新座はその前に路面を蹴って正面の奴に体当たりを敢行した。
 直後、体当たりを喰らった奴の手から、拳銃が落ちる。しかし、他の二人は当然のごとく銃を抜き出していた。
 だが、仲間を巻き込むことを心配して、すぐには撃たない。その戸惑いの一瞬を利用して、新座は人混みの中に駆け込んだ。
 直後に銃声。悲鳴が上がる。
 が、無駄な射撃を続ける気はなかったのか、続けての銃声は聞こえない。それなりの騒ぎにもなっているだろうから、新座を追いかけてくることもないだろう。
 実際、追ってくる気配もないため、新座は在る程度逃げたところで足を止めた。
「撃ちやがった‥‥」
 まあ、奴等が引き金に掛かった指を一瞬でも躊躇するとは思っても見なかったのだが。
 荒れた息を整え‥‥といってもそう荒れても居なかったが、とにかく一息つく。と、その時、懐の中で携帯電話が鳴った。
「はいよ‥‥新座だけど」
 電話をかけてきたのは草間興信所。依頼の件を話し、手伝ってもらえないかと言いかけた零に、新座は断りの答を伝えた。
「いや、遠慮しておく。ナイトマローダーもうぜぇけど、宗教馬鹿も嫌いだから、今回はどっちの味方もしたくねぇから」
 新座は零の残念そうな声を聞いてから電話を切る。まあ、依頼主の味方をしたくないという事であるならば、断らざるを得ないだろう。
 ただ、行方不明の少女というのは気になった。見殺しにするのも気分が悪い。
 間違いで巻き込まれ、「はい、死にました」等という巫山戯た落ちは避けたい所ではある。
 心がけて置いて、何か情報が入ったら手を出すか‥‥と、そんな事を考えながら歩き出した新座は、街路の向こうに見知った顔を見つけた。
 二十四時間営業のファーストフード店から出てくる青年。傷だらけの顔になっていたが、見間違えることはない。
「へぇ‥‥黒騎士じゃないか」
 かつて、夜街を駆け回っていた男。そして、悲惨な事件にあったと聞いた男。
 話には聞いていたが、その事件以降に会ったのは初めてだった。
「よぉ! 黒騎士じゃねーか!」
 声を投げ掛けながら、新座は街路に溢れた人混みの中をすり抜け、黒騎士の元へと走った。
 黒騎士は最初怪訝な顔をしていたが、新座の顔を認めると表情をゆるめる。
「古い知人に良く会う日だ」
「ん? 他にも会ったのか? まあ良いや、こんな所で会うなんて思っても見なかったぜ。元気だったか?」
 口早に声をかけながら、新座は黒騎士の姿を見た。傷だらけではあったが、身体の動きに問題は無さそうだ。
 だが‥‥何かが違う。微かな違和感を感じた
「元気‥‥当たり前じゃないか。あの程度の事故で、どうにかなりはしないさ」
 黒騎士は平然とした様子で答える。
 しかし、その答は、新座の知っている話からすればおかしな答だった。
 あの程度と言えるような事故ではなかったのだ。黒騎士は、あの事件で恋人を失っている。
「五十鈴さんのこと、後から聞いた。大変だったけどよ‥‥」
「五十鈴は俺と一緒にいるよ」
「え?」
 死んだと聞いた。それに、ニュースでも見ている。間違いはないはず‥‥黒騎士の恋人だった五十鈴は死んだ。
 しかし、黒騎士は恋人が生きているという。
「ほら、五十鈴だ。寝てるけど」
 言いながら、黒騎士は背中を見せた。そこには、小さな少女が背負われながら寝息を立てていた。
 その少女は、新座の知る五十鈴ではない。黒騎士の恋人だった五十鈴ではありえない。
「この子は‥‥」
「? 逢った事はなかったか? 五十鈴だよ」
 笑う黒騎士。その笑みの中に薄ら寒い物を感じて、新座は身を震わせた。
「お前‥‥」
「悪いな、俺も五十鈴も疲れてるから早く帰りたいんだ。また、ゆっくりと話でもしよう」
 笑みのまま言う黒騎士。その立ち居振る舞いは新座の知る黒騎士のままだったが、その目には何の光も宿っては居なかった。
 ただただ失われた物を見続けたが故か‥‥黒騎士という男は、狂気の中に全てを失っていた。
「拙いぜ黒騎士‥‥お前‥‥‥‥」
 止めようと、去りゆく黒騎士に声を掛けかけた新座の肩を誰かが掴む。
「止せ。何を言っても無駄だ」
 そこに立っていたのは結城・裕史郎。彼は、去りゆく黒騎士を見送りながら新座に言う。
「彼の友人か? なら、もう彼の事は忘れろ。彼はもう、お前の知る男ではない」
「あんた、誰だよ。ずいぶん詳しいようだな」
 向き直り、結城を睨み据えながら問う新座。かれに結城は答えた。
「彼の知人だ。ただそれだけの事さ」
「それだけ‥‥それだけですむかよ。事情を知ってるっていうなら、話してもらおうか?」
 嫌なら、力に訴えてでも。そんな考えで言う新座に、結城は少し考えてから答える。
「今、彼は幻の恋人‥‥つまり、彼の背中にいた少女と暮らしているらしい。恋人を失った記憶は失われている。だが、復讐心だけは彼の中に残った。失われた恋人の復讐のために、そして恋人を再び失わないように、戦い続けている。今の彼は立派な狂人だよ」
 かつて‥‥あの事故の時、バイクの残骸の傍らに倒れていた黒騎士を救ったのは結城だった。
 とは言っても、救急車を呼んだだけではあるのだが。
 それ以降、黒騎士は死んだ筈だった。誉田という男は抜け殻の様になり、壊れたバイクを直しながら、無為に日々を送っていたのだ。
 しかし、彼が少女と出会った時、彼の中で恋人は甦った。そして、彼もまた甦った。復讐のライダー、黒騎士として。
「‥‥‥‥どうしてだよ」
 話を聞き終え、新座はやるせなさに溜め息をついた。どうにも‥‥やりきれない。
「何か‥‥良くわかんねーけど‥‥すげー、むかつく」
 言いながら、新座は歩き始める。黒騎士の消えた方向へ。
「何処へ行くんだ?」
「あいつは、俺が一緒に戦っても良いって思った男だ。放っては置けねえ。どうなろうと奴は‥‥俺の知ってる黒騎士だ」
 振り返らずに答える新座。そんな新座に、結城はなおも問いを投げた。
「望まれなくても‥‥か?」
「あいつの意志なんか知るかよ」
 ただ、ぶっきらぼうに言って新座は歩みを速めた。その後を追い、結城も歩き始める。
「じゃ、俺と同じだな。助けた者として、結末は最後まで見なきゃならない‥‥」

●犬の導いた先
 赤錆の浮いたガレージには、同じく錆び付いて文字の各所を欠きながらも『五十鈴モーター』と書いてあるのが見えた。どうも、バイクの修理専門の店らしい。
 場所は、行方不明の少女の家からそれほど遠くはない。生活圏内と言うには少し遠いが、子供の足でも辿り着くことは可能だろう。
 大型バイクに跨り、背中に背負った犬に時折臭跡を辿らせながら、行方不明の少女の家を中心に捜索していたCASLL・TOは、その店の前で止まていた。
 と‥‥そこに、無愛想な男の声がかけられる。
「店に何の用だ? そいつの修理か?」
 声を掛けてきたのは、つなぎの作業服の男。
 彼は、見える範囲、全身に古傷が見える。
 怖い顔と言う事ではかなりなものなCASLLだったが、この男の外見もなかなか怖い。
 それに‥‥何やら、酷く虚ろな様子が見えた。怒りと悲しみで心を壊した者は、こんな表情を浮かべる。
「いえ、女の子を捜して居るんですけど」
 言いながらCASLLは、新聞の切り抜きを男に見せた。男は興味なさげに写真を受け取り、ほとんど見もしないで返してくる。
「‥‥知らないな」
「犬が、ここで匂いが途切れたと言うんですよ。いや、口をきいた訳じゃありませんけどね」
 そう聞く自分が、風貌のこともあってかなり怪しげであり、相手に疑いを持たせるのは確実だろうとCASLLは自認していた。
 しかし、男はどうも、そう言った理由からCASLLへ無愛想な態度をとっているのではないと、CASLLは感じる。
 この男は、目の前のことが見えていないようだ。これはいよいよ怪しい。だが、
「知らないと言っているが?」
 男はとりつく島もない。
 怪しいと言えばここなのだが、だからといって無理矢理押し込む訳にもいかない。
 それではただの犯罪である。何らかの確証が欲しいところであった。
 確証があったって、忍び込めば不法侵入罪の成立なのではあるが、言い訳はしやすくなる。
「‥‥わかりました。お手数取らせてすいません」
「ああ」
 さっさと帰れと言わんばかりの男の前で一礼し、CASLLはきびすを返す。と‥‥CASLLはガレージの前に止められた一台のバイクを目に留めた。
「あれ、良いバイクですね?」
 そこにあったのは漆黒のバイク。車体に書き込まれた『Durandal』という文字が金色に輝いている。
「あれは‥‥俺の翼だ」
 呟くように返す男。その言葉にCASLLは、改めて男の顔を見た。
 始めてその言葉に、生きた人間くささを感じた‥‥今まで死人のように虚無的だった男には、始めて人間らしい表情が浮かんでいた。
 微かな笑顔と‥‥悲しみが。

●碇麗香の情報
「軽々しく利用してくれるわね」
 ホテルのカフェに行った綾和泉・匡乃を待っていたのは、不機嫌そうな顔でテーブルに座る碇麗香だった。
「すいませんね。夜街の事を詳しく知る人物に他に心当たりが無くて‥‥」
 謝りながら向かいの席に着く綾和泉に、麗香は封筒を渡しながら言う。
「終いには、お金取るわよ。プライベートの時間をだいぶつぎ込んだんだから」
「もちろん、お礼はしますよ」
 言い返しながら封筒の中の書類を見る綾和泉。書類に書かれている内容は、雑誌社などでセンセーショナルに取り上げられている事とほぼ一致する。
 しかし、途中からは麗香の見解が混ざり、事件に別の一面を与えていた。
「貴方の情報‥‥極道会とナイトマローダーが被害者の少女を追っている事からして、この家族が何かに巻き込まれたに違いない事がわかる。後はそれが何かだけど‥‥それはわからないわね」
 綾和泉がレポートを読み進めるのにあわせて、麗香は説明を並べていく。
「で、最後のは決定的なスクープ。都内で起こった、ナイトマローダーと何者かの抗争。これは、その何者かの写真‥‥」
 説明を聞きながら綾和泉は、最後の書類と其処に添付してあった写真を見た。携帯電話での撮影だろう。あまり大きく写ってはいない。
 黒服、黒いヘルメット、黒いバイクの男。
 どうやら襲撃の主犯の様で、暴走族然とした連中が距離を取りながら彼を取り囲んでいる。
 その男の背中に小さな女の子がしがみついているのが見えた。彼女が背負ったリュックの中から、縫いぐるみらしきものが覗いている。
「この子がそうだと?」
 自分の知っているのはここまでだと、麗香は首を横に振って見せた。
「わからないわ。でも、追っている相手と戦う人の背に、同じくらいの年格好の少女‥‥無関係とも思えないんじゃない?」

●情報統合
 草間興信所。
 依頼を受けて動いていた者達は、各自の調べた情報をここに持ち寄っていた。
「ナイトマローダーの前身、ナイトガーディアンのリーダー、黒騎士。本名を誉田昴。五十鈴モーターってお店に住んでるみたいだけど」
 荒く説明しながら、シュラインは応接セットの机の上に広げられた地図を指さす。
「ここね。事件現場からも近いみたい」
「ああ、そこなら行きました。犬が足を止めたので気になっていたんですが‥‥」
 地図で示された場所に覚えがあって、CASLLが口を挟んだ。
「本当? じゃあ、女の子は居なかった? 黒騎士は女の子を連れているらしいの。ひょっとすると‥‥」
 地図から顔を上げて問うシュラインにCASLLは首を横に振って返す。
「それが、店の人に追い返されてしまいまして。無理矢理、中に入り込むわけにも行かないので、一度帰ってきたわけですが」
「その男が黒騎士なら、五十鈴ちゃんが一緒にいる可能性は高いはず。ナイトマローダーと黒騎士の抗争の目撃者に聞いたんだが、黒騎士の後ろに乗っていた女の子は、行方不明の五十鈴ちゃんに似ていたそうだ」
 言うと田中は立ち上がった。
「行こう。黒騎士に会って、五十鈴ちゃんを保護するんだ」
「おや、聖母マリアと機関銃教会に報告はしないんですか? それが仕事でしょう?」
 と‥‥それまで無言だった綾和泉・匡乃が口を挟む。
 その言葉を聞き、田中とシュラインは困ったような表情を浮かべた。
「彼女達に渡すのは‥‥ちょっと」
 口調重くシュラインが言い、田中もそれに賛同して続ける。
「俺も、五十鈴ちゃんは俺の知ってる人の所に預けた方が良いと思う」
「何か問題でも? まあ、機関銃を持って走り回る修道女として純粋培養されてしまうのは確実でしょうけど」
 綾和泉は、苦笑を浮かべて言葉を返す。
「僕はいっそ、黒騎士と五十鈴嬢、二人を一緒にマシンガンマザーに預けるべきだと思いますけどね。マザーは、人格者ですから、二人を受け入れてくれることでしょう」
 言いながら、綾和泉は席を立った。
「あ‥‥どちらへ?」
 聞く零に、綾和泉は穏やかな口調で答える。
「僕はマシンガンマザーにも雇われてる身ですから。内緒話の場所に居ちゃあ、拙いでしょう。知りたい情報は知ることが出来ましたしね」
 そんな事を話しながら綾和泉は玄関へと向かい、出際に振り返って言葉を残した。
「ああ、五十鈴嬢の居場所はまだ報告しません。今は、聖母マリアと機関銃教会での職務中じゃないですしね。ただし、仕事となりましたら報告させていただきますのでそのつもりで」
 軋む音を立てて閉じる扉。
 それを見送ってから、部屋の中に残された者達は顔を見合わせた。
「それで‥‥どうするんです? 私達の本来の仕事は、ここで聖母マリアと機関銃教会に連絡して、それで終わりなんですけど‥‥」
 零が問いかける。
 本来の任務は、ここで終わりだ。後は報告し、聖母マリアと機関銃教会が少女を保護するのを待てばいい。しかし‥‥
「やっぱり、それは‥‥」
 シュラインが呟く。それに答え、零は覚悟を決めた様子で小さく頷いた。
「わかりました。皆さんにお任せします。ただ‥‥皆さん、お気をつけて」

●パーティの始まり
 ビル地下のライブハウス‥‥と言っても、とっくに潰れてしまっているそこを、ギルフォードは当面の寝床にしていた。
 アルコールとタバコとドラッグの臭いが充満した部屋の中には、大音量の音楽がかけられている。ホールの中には大勢の若者‥‥ナイトマローダーの構成員達が居たが、多くの者はドラッグか酒かあるいはその両方による酩酊状態で床に転がっており、まともに起きているのは、ほんの少数だった。
 その少数の中にいるのがギルフォード。
 彼は、壁に背を預けながら、ウオトカの瓶をラッパ飲みしながらニヤニヤと笑っていた。
「デュランダル‥‥黒騎士ちゃんてば生きてたのかよ」
 襲撃を生き延びたメンバーが見たのだという。
 『Durandal』の文字が金色に刻まれた車体。黒衣のライダー。その背中にしがみついていた、赤いヘルメットをかぶった少女。少女の背負ったリュックから顔を出す熊の縫いぐるみ‥‥
「こりゃあいい。やり損ねた奴が二人そろってご登場だ」
 喉の奥で笑い、ギルフォードは手に持った瓶を床に叩き付けて割った。
 その音に、起きていた者達はみなぎるフォードを見、寝ていた者達も何人かは目覚めて顔を上げる。
 そんな彼らの前、ギルフォードは大仰に腕を広げ見せて言った。
「おい、みんな! パーティを開こうぜ! 黒騎士が来る。お姫様を連れてよぉ‥‥あひゃひゃ。今度も殺してやるんだ、黒騎士の目の前でガキを。そして、悔しがる黒騎士をよ。きっと、楽しいぜぇ」

●戦場へ
 街の灯が星のように瞬く深夜。
「ナイトマローダーが大集会?」
 高速道を移動中のベンツの中でその話を聞かされ、紅は確認に同じ言葉を繰り返した。
 それを受け、運転席でハンドルを握る村井が、運転はそのまま、後部座席の紅と鬼鮫、そしてファルファに対して話を続ける。
「ええ、襲ってくれと言わんばかり‥‥まあ、確実に罠でしょうなぁ」
「なるほど。奴等も、黒騎士には気付いたか」
 呟きを返す紅。
 黒騎士が、熊のぬいぐるみを持った少女を連れている。それは、ここ数日間の調査でわかったことだった。
「そういや、紅、てめえ、やたら調査活動に慣れてやがったが、警察かなんかだったのか?」
「探偵だよ。夜街を去っていた一時期‥‥な」
 疑問を持っていたのか、聞いた鬼鮫にくれないは答える。そして草間は、村井に聞いた。
「で、これからその集会現場に行くのか? ナイトマローダーと確実にぶつかるぞ」
「ちょうど良いから、ついでに奴らを潰せって話ですぜ?」
 答えた村井。鬼鮫はニヤリと笑みを浮かべる。
「過激だね、どうも」
「鬼鮫。大好きだろ。そう言うの」
 軽口を叩いた紅に、鬼鮫はいっそう笑みを大きくして答えた。
「ああ、大好きだ」
 その剣呑な雰囲気に不安になったのか、村井は一応とばかりに言っておく。
「最優先は、縫いぐるみの奪取ですので。そこの所、お願いいたしやす」
「わかってらぁ、そんな事はよ。と‥‥警察の検問か。派手にやってるらしいな」
 やはり嬉しそうな鬼鮫が、前方を見据えて呟く。
 警察が高速道を遮断するようにバリケードを作り、来た車を追い返している。
 どうやら、ナイトマローダーはそうとう派手に暴れているらしい。
 ベンツは長い車列の後尾について止まった。これ以上は、車では進みようがない。
「ここまでか?」
 紅に問われ、村井は始めて後部座席を振り返って言う。
「本当は、中まで行ける道も在るんですがね。自分はこれ以上は足手まといなんで、下がらせてもらいます。警察に話はついとりますんで、どうぞお気をつけて」
「ああ‥‥」

●行き違い
「やっぱり、帰ってこないわね‥‥」
「どこかへ出かけたのか‥‥」
 五十鈴モーターの前、シュラインと田中は顔を見合わせていた。
 草間興信所の一行がここに来た時、既に黒騎士と五十鈴の姿はなく‥‥帰宅を待っていたのだが、深夜になっても帰ってこない。
「‥‥ちょっと、良いですか?」
 と、そこに歩み寄ってきたCASLLが、手に持ったラジオを指して言った。
「高速道路で多重事故、全面不通だそうです。もしかすると、また襲撃を行っているのかも知れません」

●黒騎士出陣
 目の前に居並ぶヘッドライトの列。
 それを前に、一台のバイクが止まっていた。
 黒の車体に金の文字‥‥デュランダル。
 黒騎士は背にしがみつく五十鈴を振り返り、ヘルメットに隠れて顔は見えないが、確かに笑みを含んだ口調で言った。
「行くよ‥‥手を放さないで」
 頷く五十鈴。と、その赤いヘルメットの上に手を置いて、軽く撫でたのは新座だった。
「人形、貸してくれよ。お前を守らせるからさ」
「‥‥いや」
 新座の申し出に、五十鈴は小さく首を横に振る。その返事と同時に、黒騎士が新座に言った。
「五十鈴は、何故かその人形を放さないんだ。無駄だから止めておけよ」
「‥‥わかったよ。大事な人形を壊しちまったら、良くねぇもんな」
 血を振りかけて擬似的な生物とする。そうやって五十鈴の守護者にしようと新座考えたのだが、断られてしまっては仕方がない。
 子供から無理矢理取り上げてまでしなければならないことでもないのだから。
「じゃあ、何か適当な物でも探すさ」
 肩をすくめる新座。その横で、結城はギターケースを手に、歩み出しながら言った。
「黒騎士。露払いと援護は任せて置け。お前は、ただ一人を狙うだけで良い」
 言いながら、ギターケースの中から2丁の回転弾倉式のグレネードランチャーを取り出す。
 ただ一人、ナイトマローダーの戦列に歩み寄っていく結城に、ナイトマローダー達からの銃撃が始まった。
 軽い音と共に、結城の周りでアスファルトが弾ける。しかし、拳銃やサブマシンガン程度では、まだ結城に届くには短い。
「‥‥今日の演奏は、ちょっとばかり熱いかもしれないぜ」
 結城は2丁のグレネードランチャーを構える。
 そして引き金を引くや、グレネードランチャーから吐き出される榴弾が、ナイトマローダーの尖鋭を捉え、一気に吹っ飛ばした。
 次々に撃ち出され、爆発する榴弾。結城はそれを盾にして押し進めるように前へと進む。
「ゆけ、黒騎士!」
 結城の声と同時に、エンジン音高らかにデュランダルが走った。
 爆炎の中をすり抜け、破壊された車輌の残骸を飛び越し、瞬く間に敵中に飛び込んでいく。
「2曲目の始まりだ」
 結城は、撃ち尽くしたグレネードランチャーを捨て、ギターケースから新たにショットガンを2丁、取り出して手に持つ。
 その横を、新座は駆け抜けていった。
「黒騎士に後れをとるぜ! 急げよ!」
 後から来る結城にそう言った新座は、グレネードで破壊された車輌の残骸の山の中に先に飛び込み‥‥そこで不意に足を止める。
「こいつで良いか」
 言いながら新座は腰からナイフを抜いて、腕にザッと走らせた。直後、溢れだした血が、車の残骸に降り注ぐ。
 正確には、その車に乗せてあったらしい、クレーンゲームで取れるような猫の縫いぐるみに。
 十分に血を浴び、自ら震えだした縫いぐるみに、新座は笑みを浮かべて言い聞かせる。
「よし‥‥行こうぜ。これからがお楽しみの時間だ」

●聖女達の歌にのせて
 一方、黒騎士達が突入したのとは別の方向でのこと。
 警察の検問をすり抜け、高速道路を歩く紅と鬼鮫。途中、目にしたのは交通機動隊のバイクや車輌の残骸。ごく少数ではあるが、一般人の車輌も混じっていた。
 弾痕と血と炎で彩られたそれらの中に、人はいなかった。警察や消防も無能一辺倒という訳ではないのだろう。
「お、見えてきたぞ。おいおい、車線全部埋めてやがる。我が物顔だな」
 言いながら、鬼鮫が足を止めた。
 やや前方、ナイトマローダーの車列が、バリケードを作るように横一列に並んでいる。
 横一列に並んだヘッドライトに照らされるのは、あまり気分の良いものではなかった。
 と‥‥車両群の前衛に突如、炎の尾を引きながらロケット弾が突っ込み、轟音と共に全てを爆炎の中に包み込んだ。
 その直後、ローター音を轟かせながら、一機のヘリコプターが上空に姿を現す。
「‥‥ヒューイか?」
「これだからアメリカ人って奴は風情がない」
 呆れた様な声を上げる紅と鬼鮫の上の空をゆっくりとパスしていく機影。
 米軍のUH-1Dイロコイ。愛称を“ヒューイ”。無論、アンダーソン基地司令の手駒である。
 上空を走るヒューイのカーゴスペースに設置された12.7mm機関銃。それにとりついた機銃手が何やら哄笑を上げるのが聞こえた。
 車列の中で待ち伏せしていたナイトマローダー達は、混乱の中で右往左往しる。そこに撃ち下ろされる12.7mm弾が、車両や人を次々に貫き、打ち砕いていった。
 そして、
“Stand up, stand up for Jesus, ye soldiers of the cross;”
 紅達の背後から聖歌が流れる。
“Lift high His royal banner, it must not suffer loss.”
「婆さん達が来た! 走るぞ!」
 後ろをチラリと見て紅は走り出す。燃えさかる所領の残骸の山に向かって。
“From victory to victory, His army shall he lead;”
 後に続く鬼鮫とファルファ。
 彼らの背後、居並ぶは洋式霊柩車の一隊。
 聖歌を高らかに歌い、居並ぶ聖女達。その手の中の軽機関銃が正面に向けられる。
“Till every foe is vanquished and Christ is Lord indeed. ”
 直後、轟然と火を吹いた機関銃から放たれた鉛玉の奔流が、残骸と化した車輌群に浴びせかけられた。
“Stand up, stand up for Jesus, the Trumpet call obey;”
 車体を貫き、あるいは弾かれて火花を散らす銃弾。そんな中で、逃げまどうナイトマローダーの構成員達が次々に倒れる。
“Forth to the mighty conflict, in this His glorious day.”
「反撃しろ! ぶっ殺せ!」
 声が挙がった。虚勢に過ぎぬその声の下、散発的に反撃が行われる。しかし、狙いも付けぬその銃弾は、修道女達の防弾修道衣に阻まれ、如何なる損傷も負わせる事はない。
“"Ye that are men now serve Him," against unnumbered foes;”
 反撃の行われた場所に、修道女達は火線を集中させる。
 豪雨もかくやと言う銃弾の嵐。途端にナイトマローダーによる抵抗の火は掻き消された。
“Let courage rise with danger, and strength to strength oppose. ”
「半端じゃないな、あいつら」
 銃弾の嵐の中、横倒しの車を盾にしていた鬼鮫が呟く様に言う。それに苦笑しながら紅は答えた。
「トップが根性座った婆様だからな。強いぞ。戦いに行かないのか?」
「冗談じゃないぜ。新調したばかりのコートに穴があいちまわぁ」
“Stand up, stand up for Jesus, stand in his strength alone;”
 反撃が無くなった事を確認の後、修道女達は前身を開始する。完全な一列横隊。立ちふさがる者全てを破壊する意志をもちて。
“The arm of flesh will fail you ye dare not trust your own.”
「銃撃が止まった。今の内だ」
 紅は、この隙にと走り出す。ナイトマローダーの布陣の中心を目指して。
 背後からはまだ聖歌が聞こえていた。
“Put on the gospel armor, each price put on with prayer;”
「紅‥‥ですか」
 視界の端にその後ろ姿を認め、綾和泉は少し笑みを浮かべ、その方向を指さした。
「やはり、僅かに出遅れたようですね」
「‥‥行って来る」
 指された方を見、流飛・霧葉は得物の無銘刀を手に、マシンガンマザーの方を振り返った。
 マザーはただ頷き、それを許す。
“Where duty calls, or danger, be never wanting there. ”
 即座に駆け出していく流飛。
 その姿が、車輌の残骸の中に消えていく。
“Stand up, stand up for Jesus, The strife will not be long;”
 見送った綾和泉は、傍らのマシンガンマザーに言った。
「さて‥‥興信所はどうします? 実際、彼らから報告は上がらなかったわけですが」
“This day, the noise of battle, the next, the Victor's song.”
 マシンガンマザーは少し考えてから答える。
「それは後で考えましょう。彼らの為した事は、職業上許されないことの筈‥‥それを知らぬとは、彼らも言いはしないでしょう」
“To him who overcometh, a crown of life shall be;”
「罪は贖わなければならない。しかし、自ら許しを請う機会くらいは与えられるべき」
 そう言ってマシンガンマザーは、慈悲深げな笑みを浮かべてM60軽機関銃を構える。
「それより今は、悪しき者達に裁きの鉄槌を。贖罪の銃弾を」
“He, with the King of Glory, shall reign eternally. ”
 最後の歌詞を歌い終えるや、ナイトマローダーの増援が来たのか、所領の残骸の中から、今まで以上に激しい反撃が始まった。
 聖母マリアと機関銃教会の聖女達は、新たなる聖歌とともに再びの戦いを始める。

●ソードマン
「やっぱり、あの婆さんと修道女ども、洒落にならないな。挽肉機じゃねーんだからよ」
 破壊された車の残骸の間を足早に歩きながら、鬼鮫はニヤつきながら言う。
「あんなもの、豚も食わないのにな」
 そういう、身も蓋もない戦場を楽しんでいるのだ。鬼鮫という男、心底、血なまぐさい男だと言えるだろう。
 と‥‥先頭を歩いていた紅が足を止める。
 あわせて足を止める一行。直後、盾にしていた車の残骸の上を銃弾が跳ねた。
「婆さん達の初撃からもう立ち直ったか。面倒だな」
 呟く紅。さすがに、リボルバー拳銃で多数の敵を倒すのは面倒くさい。その背後に立つ鬼鮫もニヤニヤ笑いながら言う。
「出てって、バッサリってのが一番楽なんだがよ。一つ問題があってな」
「何だ?」
 聞き返す紅に、鬼鮫は平然と答えた。
「スーツが穴だらけになる。新調したばかりなんだぜ?」
 落ちる沈黙。ややあって、紅は呆れた口調で言った。
「吊るしのバーゲン品だろうが。何、しみったれた事言ってる」
「冗談だよ。ま、ちょっと待ってろ、ひとっ走り行って何匹か斬れば‥‥」
「私が行きます」
 行く気満々で言っていた鬼鮫に、ファルファが言ってそれを押し止める。
 そして、二人が止めないのを良いことに、両腕を空に向けた。
「ロケットパンチ。行きます」
 ロケット噴射炎を曳きながら打ち上げられた両腕が、遮蔽物である車を乗り越え、その向こうに消えていった。
 一瞬、銃撃の音が激しくなる。しかし、それは急速に小さくなっていった。
 ファルファはロケットパンチに繋がる線を巻き戻す。ややあって、戻ってきた両腕がファルファの身体の在るべき場所に戻る。
 その両腕は鮮血に赤く濡れていた。
 紅は、やおら立ち上がり、車の残骸から外に身体を晒してナイトマローダー達を見た。
 自分達の車を盾に銃撃していたらしい奴等が、気絶するか、苦痛に転げ回るかして戦闘不能になっている。
「ずいぶん、容赦なくやったな」
 何の感慨もなく言う紅に、ファルファも道と言う事もなく言い返した。
「命の重みを知ろうとしない子供は‥‥教育し直すしかありません」
「ぶっ殺す方が簡単って事もあるぜ? 皆、生きてるってなぁ‥‥お優しいなぁ」
 笑う鬼鮫。と‥‥その目が、元来た道の方に向けられた。
「おい、ここらで手分けしようぜ。後ろから、面白そうなのが来やがった」
 鬼鮫の見る先‥‥立つのは、刀を構えた流飛・霧葉。
「ありゃ、俺の獲物だ。悪いな、紅」
「好きにしろ」
 言って先に進む紅。
 どうしようか一瞬迷うファルファに、鬼鮫は顎をしゃくって紅に付いていくよう促した。
 そして、ファルファが紅の後を追ったのを見送ってから流飛に向き直る。
「さあ、やろうぜ‥‥と」
 向き直った瞬間に、鬼鮫の身体は袈裟懸けに斬られる。自己暗示により人としての部分を捨てた流飛は、鬼鮫が見せていた好きを見逃すことはなかった。
 しかし、その一撃にも関わらず、鬼鮫は苦笑を浮かべて見せる。
「全く‥‥焦るなよ」
 言いながら己も長ドスを抜く鬼鮫。そこに、流飛は人を超えた速度で斬りかかる。無数の斬撃が仕掛けられ、鬼鮫の身体を斬り裂いた。
 しかし、その攻撃全てを、鬼鮫は不敵な笑みを浮かべたままで受けきる。
 斬撃は傷を刻むが、その尽くが僅かな時間でふさがっていく。幾ら斬っても、きりがない。
「それで終わりか? じゃあ、今度はこっちの番だ」
 鬼鮫が攻撃に移る。と言っても、ただの一撃。
 刀で弾いて止めようとする流飛‥‥しかし、打ち合わされた刀は、流飛のものが弾かれた。
 それが、鬼鮫の剛力の賜物だと気付く間もなく、流飛は鬼鮫の斬撃に身を晒した。
 袈裟懸けに長ドスは振り切られ、骨と肉の砕ける音が響く‥‥
「これやると刃が痛むんでな。峰で打たせて貰った」
 峰での一撃。とは言え、鉄の塊で殴ったのだから、威力は十分にある。
 肩骨と肋骨の何本かを折られ、身動き取れず流飛はその場に腰を落とした。
 鬼鮫はその前に立ち、長ドスを振り上げる。
「とどめと行こうか‥‥」
 言いながら、鬼鮫が最後の一撃を振り下ろそうとしたその時‥‥動くことはないと思われていた流飛の刀を握る手が動いた。
 直後に、振り切られた刀が鬼鮫の臑を薙ぎ斬る。両の足を切られ、鬼鮫は倒れた。
「つつ‥‥油断だな、こりゃ」
 鬼鮫は呟いて身を起こし、斬られた足首を拾って自分の足に押しつける。それで、再生は始まった様子だった。
 一方、流飛は最後の一撃が全てだったようで、続けての攻撃は出来そうにない。
 だがその時、後続が彼に追いついてきていた。
「痛み分けでどうです?」
 追いついた綾和泉は、そう言いながら素早く流飛の側にしゃがむと、彼の身体を治療し始める。
 鬼鮫は、片足の接合が終わったのか、もう片方の足を拾いながら言った。
「俺の方が早く治りそうだがね?」
「半分も治れば流飛さんは戦えますし、その時は僕が一緒。それに、聖女達もすぐ来ますよ? 足がついたらすぐに行った方が良いんじゃないですかね?」
 綾和泉の言葉に僅かに考え、鬼鮫は苦々しい表情を浮かべながら立ち上がった。
「しょうがねぇ。貸しにしてやらぁ」
 言いながら、長ドスを肩に担いで歩み去る鬼鮫。その背後で、綾和泉は治療の手を休めず、動こうとする流飛を押さえた。
「動かないで下さい。今回の敵は、極道会じゃないんですから。紅と鬼鮫がナイトマローダーに当たってくれている方が都合いいですしね」
 目標は少女を保護すること‥‥ではあるのだが、殲滅戦に入っている聖母マリアと機関銃教会は、目下の所、ナイトマローダー構成員を一人でも多く殺す事を目的にしていた。
 すなわち、流飛にもその辺りを頑張って貰わなければならない。
「それに、数少ないアルバイト仲間なんですから、死んでもらっては困るんですよ」

●ガンスリンガー
「上?」
 不意にファルファは空を見上げた。
「落下してくる質量。上空、100mで二つに分離しました。破片、来ます」
 言いながらファルファは、紅に覆い被さる。
 直後、何かが二つ、路面に衝突して激しく破片を散らした。そこにいた運のない者が何人か犠牲になったことだろう。
 そして‥‥僅かに遅れ、上空から哄笑が響く。
「ははははは、待たせちまったなぁ紅よぉ」
 ファルファをどかし、立ち上がって空を見上げる紅。そこに浮かぶ一つのバルーン。
 街の明かりに照らされるそのバルーンにぶら下がるのは本郷・源‥‥コルトの源。
 バルーンはゆっくりと高度を下げてき、在る程度になったところでコルトの源は飛び降りた。
 スタリと着地し、コルトの源は不敵な笑みを浮かべて立ち上がり、紅と対峙する。
「‥‥紅殿をお守りします!」
「止せ!」
 ファルファは、紅が止めるのもかまわず、コルトの源にロケットパンチを飛ばす。
 両側から挟み込むようにコルトの源に迫るロケットパンチ。しかしその時、小さく笑んだコルトの源が素早く抜いたコルト・オートマチックが、高らかに銃声を響かせた。
 直後、コルトの源から僅かに外れてロケットパンチは飛び去る。
「コードを切られるなんて‥‥」
 ファルファは驚いた様子で自分の腕を見下ろす。そこから、飛んでいったロケットパンチに繋がるはずの線は、銃弾に撃ち抜かれて切れていた。
 コルトの源は、硝煙立ち上るコルトを吹きながら、窘めるようにファルファに言う。
「お嬢ちゃん。おイタぁいけねぇぜぇ?」
 どっちが嬢ちゃんなのかは疑問だが、そんな無粋な所にツッコミを入れる者は居なかった。
 紅も真面目な顔でコルトの源に対峙し、腕を失ったファルファを後ろに下がらせる。
「ふっ、コルトの源か‥‥」
「紅ぃ、このわしが、こんなに愛しく、おメェをつけ狙う訳が、わかるか?」
 ニィと笑うコルトの源。
「要するになァ、わしと紅のハジキのタイトルマッチを、シャバの奴らが、どっちが強いか知りてィのさ」
「因果だなコルトの源。お前か俺か、どちらかがどちらかの銃弾で死ぬまで終わらないときていやがる」
 同じく、ニヤリと笑う紅。コルトの源の目にも喜色が浮かんだ。
「違いねぇ。雨のあの日の決着を今日こそつけようじゃねぇか、紅よぉ」
「望むところ‥‥と言いたいが、ちょいとそうも言ってられそうにないぜ?」
 言いながら視線をずらす紅。同じく視線を紅の向けた方にあわせ、コルトの源は舌打ちをする。
「ちょっ、無粋な奴等が来たみてぇだな」
 そこに居並んでいたのは、中華系マフィアと思しき黒服達と、その先頭に立つチャイナドレスを着、肩にロングコートを掛けた女。
 紅・蘇蘭‥‥彼女は、悠然とした笑みを浮かべながら紅に聞いた。
「お前が紅か? 夜街の伝説の男。暁の朱、炎の赤、血の紅‥‥」
「語るほどの名じゃないが、確かにお前の言う通りの男さ」
 答え、それから紅は問い返す。
「ツーハンド。お前は?」
 問われるがまま、両脇から一丁ずつのカスタムベレッタを抜き出す蘇蘭。
 グリップにタオと赤龍/青虎の象眼入りの銃。名を知られし物。「陽龍」、「陰虎」。
「こいつぁ、大物だぜ」
 銃を見据えて呟くコルトの源。同じく、銃を見て隙を消した紅。
 その二人の前、笑みのまま蘇蘭は続ける。
「神代組に貸しがあったのでな。正当な債権行使として、私の幣が貰う事にした」
「神代組がチャイニーズマフィアに借金とは聞かない話だな。どうせ、神代組系列組織の借金を針小棒大に言い立てて、神代組に被せているんだろう?」
 紅は推測を元に問いただす。それを聞き、蘇蘭は口元に手の甲を添えて笑った。
「夜街に正義も真実も不要。違うかえ?」
「違う」
 紅は口はしに笑みを乗せて答える。
「銃弾と魂だけは真実だ。誰にも偽ることは出来ない」
「ならば、私に見せてみよ! お前の真実とやらを!」
 蘇蘭がコートを跳ね上げ、2丁の拳銃を紅に向ける。一瞬出遅れ、路面を転がって逃げる紅。その一瞬前までいた場所で、銃弾がアスファルトを砕く。
 と‥‥今度は蘇蘭が身をかわす番だった。
 蘇蘭の身体が宙に舞い、近くに置いてあった車の屋根の上に立って止まる。
「おや、今は紅と遊んで居るんだけどねぇ」
「わるぃな。紅を殺すなぁ俺だ。獲物はわたさねぇさ」
 コルトの源の拳銃が、蘇蘭にヒタリと狙いを定めていた。
 その銃口の前で、蘇蘭は微笑む。
「ふん‥‥二人が相手かい? ちょうど良い。こっちも二丁ある。一人一丁ずつ‥‥それで十分」
 直後、銃声が二つ。一つはコルトの源。もう一つは、転がっていた路面から立ち上がった紅。
 しかし、銃弾は蘇蘭の足下の車を貫き爆発させただけ。蘇蘭は一瞬早く宙に飛び上がり、銃弾と爆発から身をかわしていた。
「ふふ‥‥懐かしい香ではないか。ハンデはいらぬ、お前達の侠血で私を温めておくれ!」
 真っ直ぐに伸びた腕の先で、吐き出される無数の銃弾が紅と源に向かう。
「ちぃっ!」
 路面に身を投げて飛び来た銃弾をかわし、源は転がりながら引き金を引く。
「コルトの源さんを舐めると火傷するぜぇ!」
 打ち上げられる銃弾は、その全てが宙にある蘇蘭へと殺到した。
 全てが命中する‥‥そう思った矢先、蘇蘭は宙で身を捩る。蘇蘭の宙での位置が僅かに変わり、銃弾は何もない空を貫いた。
「素早い奴だ!」
 紅も同じく銃弾を放つ。こちらは着地点を狙って。
 しかし、かわしようのない筈のこの射撃も、蘇蘭が一瞬の早業で再度跳躍したことにより潰えた。銃弾はただ、蘇蘭が飛び去った後のアスファルトを抉る。
 宙で身を翻しながら、蘇蘭は両手のベレッタのマガジンを捨て、器用に一丁ずつマガジンを入れ直す。更なる攻撃を仕掛けるために。
「‥‥分析不能」
 ファルファは、目の前で行われている戦闘にそう結論をつけるより他無かった。
 どう見ても、何かの筋書き通りに戦いが演じられているようにしか見えない。
 まあ、何にしても。ファルファのやらなければならない事は一つ。武器を失った今、出来る事はただ一つ。
「紅‥‥伝説の銃。どれほどの物か!」
 マガジン交換を終えた蘇蘭が、地上の紅に狙いを定める。必殺の間合い。
 だが、紅は確かにニヤと笑い、紅の拳銃を蘇蘭に向けた。
「俺を狙うために止まると思ったよ」
「馬鹿め! お前も道連れだぞ!」
 同時に狙い会う二人。共に必殺の間合い。
「覚悟の上‥‥」
 呟いて引き金を引こうとした紅。しかし、その前にファルファが飛び込んだ。
 直後、ファルファの身体を、蘇蘭の放つ銃弾が穿つ。
「なっ‥‥」
 驚きながらも引かれる引き金。紅の拳銃の銃弾は、蘇蘭の右肩をかすめた。
「くっ‥‥」
 呻く。しかし、左の銃はまだ撃てる。
「紅! 伝説は終わりのようだ!」
 引き金が引かれる‥‥その直前。もう一発の銃弾が蘇蘭の左腕を貫いた。
「くあ!?」
 息をもらすような悲鳴。そして、蘇蘭の身体が路面に落ちる。
「言ったろ。コルトの源さんを馬鹿にすると、火傷ぉするってよぅ」
 左腕を撃ったコルトの源が、指でコルトを一回転させながら言った。
 落ちた蘇蘭は、身を起こす。幸い、受けた傷はそう深くはない。しかし、銃を握れるほど浅くもない。
「ふふ‥‥私の負けのようだね。今日の所は退きって事にしておくよ」
 言いながら立った蘇蘭は、配下の黒服の元へと歩み去る。
 そして、そのまま戦場を去っていく蘇蘭を見送り‥‥コルトの源は小さく溜め息をついた。そして、
「紅!」
「コルトの源!」
 いきなり、コルトの源の手の拳銃が、ファルファを路面に横たえていた紅を狙った。
 直後、紅の手も素早く動き、コルトの源を狙って拳銃が構えられる。
 そして‥‥両者の手の中で、銃がただガチャリと冷たい音だけを上げた。
「弾切れか‥‥」
「在庫は無しだ。残念だが、今日はここまでだな。次はねぇぜ紅よぉ」
 コルトの源は、纏ったマントを身体に巻き付け直し、紅に背を向けて歩み去る。
「そうだ、そっちの嬢ちゃんを、良くやったってほめといてくれ。俺の代わりによ」
「ああ、わかった」
 言葉を残して去りゆくコルトの源を見送り、紅はファルファを見る。
 銃弾は2発、胸に深く食い込んでいるようだった。ゴーレムだけに、それで死ぬと言う事も無さそうだが、少なくとも行動不能らしい。
「あ‥‥放置して‥‥任務を‥‥」
「‥‥そうだな、悪いがそうさせて貰う」
 動けないファルファの願いに、紅は冷たくそう答えた。そして、紅はコートを脱いでファルファにかける。
 ただそれだけ‥‥それだけをして、ファルファの視界から紅は消えた。

●戦場に打ち込む最後の杭
 戦闘は混沌の中へと落ち込もうとしていた。
 戦場中心に飛び込んだ黒騎士と紅達。
 空襲を仕掛けた、ヒューイ。
 ナイトマローダーの大部隊と、正面からぶつかった聖母マリアと機関銃教会の聖女達。
 そこに更に、別勢力の戦力も突入したようだ。
 そして‥‥
「突入の準備は良い?」
 高速道路脇のビルの上、葛生は路上の戦闘を見下ろしながら、極道会のヤクザ達からの報告を待っていた。
 この期にナイトマローダーを潰さんとする、下位勢力の族。極道会により武器を配られた即席の戦力ではあるが、無駄に数だけはいる。
「突入準備、出来やした!」
 携帯電話を駆使して最後の確認をしていた黒スーツのヤクザが葛生に告げる。
 それに頷き、葛生は信号弾ピストルを空に向け‥‥撃ち放った。
 上空で信号弾は炸裂し、赤い光を放ちながらゆっくりとビルの狭間を舞い降りていった。
 直後、見下ろす高速道路が更に騒々しさを増す。族が襲撃をかけたのだ。
 どれほどの効果があるかはわからない。
 何せ、始まったばかりの今の段階ですら、先陣はその足を鈍らせていた。初めて銃弾を浴びる恐怖に竦む先陣と、その恐怖を知らず進もうとする後陣との間で混乱が起きたのだ。
 葛生はその様子を見て、続く命令を待っていたヤクザに言った。
「‥‥考えたけど、極道会傘下の族の投入は中止するわ。これじゃ、被害が大きいだけだもの。紅に期待するしかないわね」
 戦力としてまとまっていない連中を投入しても、混乱を来して犠牲を重ねるだけだ。ここは戦力温存に走った方が良い。
「撤退よ。後は任せるわ」
「うす。おつかれさんした!」
 何にしてもこれ以上は、葛生には見守るより他なかった。
 内部は交戦状態‥‥防御力はあるが、戦闘力に劣る葛生が生き残れるとは思えない。故に、葛生が戦闘に参加するのは自殺行為だ。
 そう判断して、葛生はビルの屋上を後にするために歩き出す。

●狂える者
 疾走するデュランダルに浴びせられる銃弾。
 その射線から逃れて宙を舞ったデュランダルは、地上から銃を撃ち上げていたチーマー風の若者の上に着地し、その身体を轢き潰して停止する。しかしそれも瞬間の事、赤い血が広がる路面を蹴って、デュランダルは再び走り出した。
「敵は‥‥殺す! 五十鈴! お前を守る為に、全ての敵を殺す!」
 黒騎士の右手に握られたオートショットガンが、無数の散弾を撒き散らす。フロントガラスを砕かれて停止する車。ライダーを叩き落とされて横転するバイク。
 路面に流れ、血に混じり合うガソリン。そこに、エンジン付近に散弾を喰らって炎上していたバイクの火が飛び火する
 燃え上がった炎が、路上で呻いていた若者を一気に飲み込んだ。絶叫、そして肉の焼ける臭い、炎の中で断末魔の踊りを踊る影に、五十鈴は怯えて目を閉ざし、黒騎士の背に顔を埋める。
 そうすれば安全。そうすれば落ちない。そうすれば‥‥きっと全てが終わる。
「守るんだ‥‥こいつら全てを殺して、お前を守ってやる! すぐに終わる。だから見ていてくれ‥‥五十鈴!」
 黒騎士の狂的な叫びが上がる。いや、それは完全に狂気の言葉だ。
 彼が語りかけているのは、背に負った少女の五十鈴ではない。失われた者‥‥過去に向かって黒騎士は叫び続けていた。
 上空、飛び回るヒューイから、戦闘の渦中にある黒いバイクを見下ろし、レミントンは頷いた。目標は、あれに違いないだろう。
「効果開始。目標奪取」
 付随の米兵達が頷く。続いてレミントンが、ファルナに確認を取ろうとしたその時‥‥ファルナは勝手にヘリの中から飛び出していた。
「ファルナ!」
 レミントンの声と伸ばした腕は届かない。
 落下途中、羽のついた外骨格に身体の部分を覆われた姿へと姿を変えたファルナは、宙でその身体を止めると、生体レーザーを放射した。
 軌道をねじ曲げながら地上へと到達したレーザーは、黒騎士を包囲すべく展開していたナイトマローダー達を次々に撃ち貫く。
 そうして置いてファルナは、黒騎士の元へ‥‥正しくは、その背中にしがみつく少女の元へ。
 顔を上げた少女に優しい笑顔を見せるファルナ。しかし‥‥近寄ろうとしたファルナの腹に、ショットガンが叩き込まれた。
 弾丸を防ぎはしても、衝撃は殺しきれず、衝撃にバランスを崩したファルナは地上に叩き落とされる。
 黒騎士の手の中のショットガンから、硝煙が上がる。そして黒騎士はエンジンを吹かせた。
 デュランダルは走りだす。ファルナめがけて。ファルナを轢き潰そうとタイヤが迫る。
 デュランダルは、容赦なくファルナを轢過した。タイヤの下、踏み砕かれたファルナが血を吐き出す。
「ファルナ!」
 上空にホバリングするヘリから、ロープ一本を伝ってすべりおりながら、レミントンはM16を撃ち放った。
 放たれる銃弾を避けて黒騎士は走り去り、ファルナから離れる。
 その隙に路面に下りたレミントンは、動かないファルナに駆け寄った。
「馬鹿! 敵と味方の区別もせずに不用意に近づくから!」
 言いながら、ザッと傷の具合を見る。幸い、変身中だったため、傷は重くはない。が、決して軽いとも言えない。
「‥‥この子をヘリに収容して。その後、ヘリは近くのビルの屋上に彼女を下ろして、メディックに回収させなさい。私と1分隊は周囲の敵と戦闘。回収の時間を稼ぐ。続け」
 レミントンは、一緒に下りてきた米兵達に手短に命じ、自ら先頭に立って、押し寄せるナイトマローダーとの戦闘に入った。
 無論、これでは目的達成は難しいだろう。しかし‥‥それでも、今はファルナが優先だった。

●ギルフォードとの戦い
 疾走していたバイクが止まる。
 一人の男を前にして。
 歪んだ笑みを浮かべ、義手を見せつけるように掲げた男。ギルフォード。
「よおぅ、黒騎士。会いたかったぜぇぇぇぇ」
「ギル‥‥フォード」
 呟き。同時に、デュランダルは急加速を行う。一直線にギルフォードを目指して。
 同時に、構えたショットガンが全ての銃弾を吐き出す。撃ち出される無数の鉛玉。しかし、一瞬早く、ギルフォードの義手が盾のように広がった。
 鉛玉の弾ける音とその証しの火花。
 直後に、デュランダルがギルフォードの義手の盾に突っ込む。さすがにその勢いと重量は受け止めきれず、ギルフォードは盾を受け流す様に使って身をかわし、跳び離れる。
 直後、盾状だった義手が元の手の形に戻り、揃えて突き出された指の先から無数の銃弾が撃ち出された。
「バババババババ、バキューン!」
 ギルフォードが笑いながらばらまく銃弾は黒騎士を追い、アスファルトを砕く。その無限に続くかのような弾丸の奔流は、ついには走るデュランダルに追いついてその車体を撫でた。
 装甲を施していない車体は弾丸に貫かれて火花を散らし、その衝撃にデュランダルは暴れ馬のように跳ねあげる。
 五十鈴の身体が、黒騎士から引き剥がされた。が、僅かに落ちたところで止まる。黒騎士の身体と五十鈴の身体の間を、ベルトがつないでいた。
「そこだ!」
 ギルフォードの声。同時に、一発だけ飛来した銃弾が、黒騎士と五十鈴をつなぐベルトを撃ち貫く。
 直後、五十鈴の身体は、バイクの背から簡単に転げ落ちた‥‥
「五十鈴!?」
 振り返り、手を伸ばす黒騎士。
 しかし、その手は一瞬遅く、落ち行く五十鈴の前で宙を掴んだ。そのままバランスを崩して倒れる黒騎士に五十鈴は救えない。
 五十鈴の身体は、地面に叩き付けられる‥‥
「だあああああああっ!!」
 と、そこにスライディングで飛び込んだ男がいた。天城・大介‥‥片手で帽子を押さえ、残る手で五十鈴の身体を支えて、その体重を全身で受け止めた彼は、僅かに路面を滑ってから安堵の息を付いた。
「やれやれだぜ、大丈夫かいお嬢ちゃん?」
 そう言って、五十鈴の身体をポンポンと軽く叩いてみる。何処にも傷は負っていないようで、五十鈴はキョトンとした目で自分の下敷きの大介を見つめていた。
「あ、ありがとう‥‥」
「どういたしまして‥‥だ!」
 言って天城は、素早く五十鈴を背後に回し、マグナムを抜き撃つ。
 目の前にまで迫っていたギルフォードは、銃弾が放たれる直前にその姿を横に飛ばした。
「ガンマンか!?」
 驚きの声を漏らすギルフォードの前で、マグナムから立ち上る硝煙を軽く吹き、その銃口で僅かに帽子を持ち上げながら天城は言った。
「おうよ‥‥ビッグマグナムたぁ、俺の事だ」
 そして、背後で立ち上がった五十鈴を、黒騎士の方へと押しやる。
「行くんだ!」
「うん‥‥」
 言われ、五十鈴はビッグマグナムの元を離れて黒騎士の元へと走る。
 黒騎士は転倒した時の勢いを殺しきれず、バイクと共にかなり離れたところまで行ってしまっていた。
「大介さまだと‥‥」
 走り去った五十鈴の事を思い出しながらビッグマグナムは呟く。
「いや、そんな呼び方してねぇし」
 ギルフォードの素の突っ込み。そして、ギルフォードは何やら新しく騒ぎが起こっている黒騎士の方を一瞥して言う。
「あっちでも大騒ぎみたいだな。ちぇーっ、お嬢ちゃんと遊びたかったぜ」
「俺が相手してやらぁ。ダンスの相手は出来ねえけどな」
 軽口を叩いている様でいて、ギルフォードとビッグマグナムとの戦いは続いていた。
 一瞬の隙を探り合う戦い‥‥無論、隙を見せれば互いの攻撃が牙を剥く。
 しかし、このような戦いはギルフォードに圧倒的に不利だった。何せ、ギルフォードは飽きっぽい。
「ふわぁ〜ぁと、あわねぇな、こういう戦い」
 あくびを一つと愚痴一つ。そして、ギルフォードは突然に動いた。ビッグマグナムに真正面から突っ込むコースで。
「もらった!」
 ビッグマグナムの手でマグナムが吠える。必殺の銃弾が放たれ‥‥
 ギルフォードの笑みは変わらない。
 直後に、金属の弾ける音がして、ギルフォードの義手で火花が散った。
「マグナムが効かねえぞ!」
「狙いすぎだよバーカ!」
 銃弾は義手に当たって弾かれた。その直後、ギルフォードの義手がビッグマグナムを脳天から叩き割ろうと振り下ろされる。
「おっとぉ!」
 ビッグマグナムが頭上に差し上げたマグナムに義手は当たり、火花を散らして受け止められる。
 そしてビッグマグナムは、受け止めた後に腰を落として、義手を受け止めていたマグナムを、すかさずギルフォードに向けた。
 ギルフォードは、マグナムの前に手の平をかざす。銃声。衝撃に弾かれてギルフォードは後ずさった。
「普通の義手じゃねえ!」
「お前のマグナムだって‥‥って、ガンマンか。かぁーっ、面倒くせぇ!」
 マグナム弾を簡単に受け止める義手も怪しいが、義手の攻撃を銃身で受け止めて、まだ普通に撃てるマグナムも凄い。普通なら、銃身が歪むくらいの事にはなるはずなのだが。
 ギルフォードは義手の肘を曲げ、肘をビッグマグナムに見せる様な構えを取る。直後に肘が開き、中から細身のミサイルが飛び出した。
「な!?」
 慌てて逃げるビッグマグナム。彼のいた所にミサイルは着弾し、爆風が辺りに吹き荒れる。
「畜生、しまった!」
 帽子が飛ぶ‥‥ビッグマグナムの弱点。こいつがないと、ビッグマグナムはまともに銃を撃てない。
 青ざめるビッグマグナム。
 その前で、肘ミサイルを撃ち終わったギルフォードは、指先をまっすぐに伸ばしてビッグマグナムに向けた。
「蜂の巣にしてやるぜ!」
「帽子‥‥」
 帽子があれば‥‥
 帽子は僅かに飛んだ所に落ちているとは言え、今の状態で取りに走るのも難しい。
 が‥‥帽子は何者かの手に拾われた。
 誰が拾ったのか? 顔を確認する前に、帽子が大介の元に投げてよこされる。
 待ちきれず、ビッグマグナムは帽子めがけて跳んだ。
 同時に、ギルフォードの射撃が始まる。死を呼ぶ無数の銃弾。鉛玉の奔流が、ビッグマグナムを追って横に動く。
 ビッグマグナムは、空中で帽子を受け取り、素早く頭にかぶった。そして、ポケットに手を突っ込み、“とっておき”を取り出す。
「今度はただの弾じゃねえぞ!」
 言いながらマグナムのスイング弾倉を開き、一発新しい銃弾を込める。ギルフォードの弾丸の奔流は、その銃弾が持つ熱を感じられるまで近くに迫っている。
 しかし、ビッグマグナムが見据えたのはギルフォードの喜悦に歪んだ瞳だった。
 マグナムが構えられる。
 直後、後一ミリ横に手を振ればビッグマグナムを討ち取れる‥‥其処まで攻め込んでいたギルフォードが、攻撃を止めて顔の前に義手を移動させた。
 直後に銃声。そして、ちょうど顔の前にあった義手の前腕部で激しい火花が上がり、破片が辺りに散る。
「効いた‥‥」
 ビッグマグナムの顔に、ニヤリと笑みが浮かぶ。ギルフォードの義手には、大きな穴が開いていた。
「ちぃっ! 損傷が大きすぎる!」
 叫ぶや、ギルフォードは義手の手の平を開いた。すると、手のひらの関節の隙間から、凄い勢いで煙が溢れ出る。
「な‥‥なんだ! きたねぇぞ!」
「自己修復に時間がかかりそうだ。悪いが、ここまでにさせてもらうぜ? あひゃひゃひゃひゃひゃ! また遊んでやるよ!」
 ギルフォードの声は遠ざかっていく。
 ビッグマグナムはその声が完全に何処かへ行ったのを確認して、息をついた。煙幕もやがて晴れ、辺りは元の戦場の風景を取り戻す。
「そういえば、誰が帽子を‥‥」
 ビッグマグナムは、辺りを見回したが、帽子を拾った男の姿は既に何処にも無かった。

●黒騎士を巡って
 五十鈴は走っていた。黒騎士の元へ。
 黒騎士はバイクの下敷きになっていた。
 足を車体に潰され、動けないまま黒騎士は、五十鈴に気付いてその手を伸ばす。
 しかし、二人の手は触れあう事はなかった。
 横合いから駆け込んできた者の腕に、五十鈴の身体は抱き上げられる。
「見つけた! 保護したぞ!」
 抱き上げたのは田中。そして、後から追ってきたCASLLとシュラインが合流する。
「五十鈴を放せ! 俺の‥‥俺の五十鈴を!」
 黒騎士の、怒りと焦りを露わにした叫び。
 その前で、シュラインは緊張した面持ちで言って聞かせる。
「まって‥‥小さな女の子が、戦う貴方の背中にしがみついてるなんて無茶よ。いつ振り落とされるかわからない。それに、このサイズの合っていないヘルメット。そんなじゃ、首の骨が折れるわ」
「何を言っているんだ? 五十鈴はいつも俺の背中にいた! ヘルメットだって、彼女の物だ。サイズが合わないなんて事はない!」
 黒騎士は無為に叫ぶ。
 五十鈴のかぶるヘルメットは大人用の物で、サイズは明らかにあっていない。
 シュラインの指摘の方が正しいのである。しかし、黒騎士はそうは思っていない様だった。いや、思えないのだろう‥‥既に。
「貴方が見てるのは死んだ五十鈴さんで、ここにいるのは貴方の‥‥」
「五十鈴は生きている!」
 貴方の五十鈴ではない。そう続けようとしたシュラインに、黒騎士はショットガンを向けた。
 と、シュラインの前にCASLLが移動する。
 構わず引き金が引かれるが、弾は出ない‥‥
「すいませんが、あの子を危険に晒しているだけだと言う事がわからないんですか? あんな危ない事をしていれば、いつか必ずもう一度、同じ不幸を味わう事になります。貴方はまた、五十鈴さんを失いますよ?」
 説得しようと言葉を紡いだCASLLに、黒騎士はまたも無意味な怒声を上げる。
「黙れ! 俺から五十鈴を奪おうとするな!」
「ダメなのね‥‥」
 シュラインが呟いた。
 あるいは、死んだ五十鈴嬢が今の黒騎士を否定する言葉でも残していれば‥‥とも思った。しかし、それも無駄という物だろう。
 人は、死した者の為に復讐するのではない。
 人は、自らを生かす為に復讐する。抱え込んだ怒りを払い、本来の自分に戻るために。
 ましてや、今の彼は現実を見ていない。彼が見ているのは過去と現実の入り交じった幻想に過ぎないのだ。
 決断した様で田中が口を開く。
「行こう、黒騎士のバイクは動かない。銃も、壊れている。今なら、邪魔する者は居ない。一刻も早く戦場を離れるべき‥‥」
「それはさせられねぇな」
 田中の言葉を切ってかけられる声。その声の主は結城。そして、その横に並ぶ新座が言う。
「俺は黒騎士につかせてもらう。お前らを敵に回しても‥‥」
 草間興信所を敵に‥‥多少は気が咎めたか、一瞬だけ口ごもり、そしてそれを振り切るかの様にニヤリと笑って新座は続ける。
「今日の俺はアインだ。興信所を敵に回した男‥‥相手をしてくれ」
 アインの背後で、身の丈10mになろうという巨大な縫いぐるみが身を起こす。その手は、今までの戦闘の結果か、朱に染まっていた。
「今の黒騎士は正しくはない。それがわかりませんか?」
 CASLLが、スマイルマークの描かれた鋼製のフリスビーを手に、縫いぐるみの方に歩き出す。
 アインはCASLLを指さして叫んだ。
「正しいとかじゃねえ! あいつのさせたいようにさせてやりたいだけだ!」
 縫いぐるみは走り出す。CASLLを叩き潰そうと。CASLLは、とっさにフリスビーを投げた。鋼鉄の塊は回転しながら飛び、縫いぐるみに突き刺さる。
 が‥‥軽く身震いをすると、フリスビーは跳ね返されて路面に落ちた。
「柔らかい相手に打撃系では‥‥」
 呟き、フリスビーを拾う為に走るCASLL。アインは再度の攻撃命令を縫いぐるみに与えつつ、CASLLに言う。
 まるで、自分に言い聞かせる様に。
「五十鈴は黒騎士が守る。きっと、守る! もう二度と、あいつは女を殺させたりしない!」
「ああ言っている。俺も賛成だ」
 二丁のショットガンを持つ結城は、田中とシュラインの元へと歩み寄る。両の手にショットガンを構えて。
「俺の名はマリアッチ。今日の楽器はちょいと物騒だがな」
「田中裕介だ。相手になってやる」
 田中はそう言って、腕の中で暴れている五十鈴をシュラインに渡した。
 戦いに巻き込まれるのは拙い‥‥シュラインもその辺りはわかっており、すぐにその場を駆け出す。
 田中は、マリアッチを見‥‥そして言った。「行くぞ!」
 気功を用い、人を超えた速度でマリアッチに攻撃を仕掛ける。速度勝負‥‥だが、その攻撃が入る前に、マリアッチはショットガンを無差別に撃ちまくった。
「弾幕が‥‥」
 田中は舌打ちする。弾幕を張られると、高速で動く田中は反撃がしにくくなるのだ。
「ちぃ!」
 とっさに銃弾の来てなさそうな所へと身を投げ出し、銃弾をかわす。だが、
「演奏はもっと楽しそうに聴くもんだぜ!」
 かわしたと思った所に、マリアッチが弾丸を送り込む。次々に足下に落ちる銃弾の上で、田中はステップを踏んだ。
「良いぞ。マリアッチを聞いてダンスを楽しめ!」

●内に秘められた物
「いや! 放して! お兄ちゃん!」
「‥‥ごめんなさい!」
 暴れる五十鈴を抱え、シュラインは戦場を離れようと走っていた。
 五十鈴と黒騎士を無理矢理引き離すことはしたくはなかったが、五十鈴が命を失っては元も子もない。黒騎士の元に残ると言う事は、常に命の危険に晒されることを意味している。
 しかし、これでは黒騎士を救う事は出来ないだろう。それが、シュラインに迷いを生じさせていた。
「よぉ」
「え?」
 何の気のない呼びかけ。それを聞き、シュラインは初めて我に返る。
「!? 鬼鮫さん!」
 立っていたのは鬼鮫だった。戦場の中、血まみれの服を着ながら、無傷で立つ男。
「よぉ、久しぶりだなぁ‥‥たぁ言え、今日はちょいと野暮用でな」
 言うなり、鬼鮫は駆け出す。シュラインの横を駆け抜けるように。
 すれ違いざま、鬼鮫は長ドスを抜いた。
 直後、五十鈴の背負うリュックがその身体から離れ、宙に飛ぶ。鬼鮫が、背負い紐のみを斬ったのだ。
 そして、鬼鮫は再び長ドスを振るう。リュックと、その中の熊の縫いぐるみが、宙で散った。
 ワタや布地の残骸に混じって中から落ちた小さなフィルムを、鬼鮫は空中で掴む。
「ふん‥‥」
 鬼鮫は刀を納め、もはやシュラインや五十鈴には興味がないと言った様子で歩み出す。
 その背後‥‥シュラインの腕の中で、千々に裂かれて散らばる縫いぐるみを見つめていた五十鈴が震える声を出す。
「あ‥‥ああああああああああっ!」
 最後には悲鳴と化したその声は当たりに高く響いた。

●続く戦い
「ぐっ‥‥」
 縫いぐるみの重い一撃がCASLLを襲い、CASLLはアスファルトと縫いぐるみの手の間に挟まれ、くぐもった悲鳴を上げる。
 縫いぐるみの攻撃ではあるが、その重い一撃はCASLLの身体を軋ませた。
 だが、それだけではない。縫いぐるみは、CASLLを押さえ込んだまま体重を掛け、そのまま潰そうと試みる。
 CASLLは手を伸ばして、後僅かの所に落ちていたフリスビーを拾った。
「これ‥‥で‥‥どう‥‥」
 苦しい息の下、血反吐と共に言葉を吐きながら、CASLLはフリスビーの裏のつまみをひねる。すると、フリスビーに隠されていた三角の刃が、外周にびっしりと生えた。
 それを、CASLLはすかさず投げ放つ。
 フリスビーは飛んだ。触れた物全てを切り裂きながら。
 腕の先に触れたフリスビーに肩まで切り裂かれ、綿をあふれさせながら縫いぐるみは苦痛の咆吼を上げる。
 腕が上がり、解放されたCASLLは立ち上がった。其処に戻ってきたフリスビーが、CASLLの手に受け止められる。器用に、刃で手を傷つけぬ様に。
「やるじゃねーか」
「この程度の事しかできませんけどね」
 アインに答えて、CASLLは苦笑する。
「誰かを救う事が出来ないんじゃ、意味無いですよ」
 それを聞き、アインは苦痛の表情を浮かべる。
「違いない‥‥俺に黒騎士は救えないからな」

「ダンスも飽きたろう、アミーゴ! これで終わりだ!」
 ショットガンの切れ目無い連射‥‥とは言え、銃は必ず弾切れを起こす。
 最後の一発となってマリアッチは、田中の身体に銃弾を叩き込んだ。
 散弾を浴び、田中の身体が路面を転がる。
 マリアッチは、それを見届け、背を向けた。
「さて、お嬢ちゃんを助けに‥‥」
 言いかけ、マリアッチは背後に迫る気配にとっさに振り返る。
 直後、その手の中のショットガン2丁が銃身を切り落とされていた。
「な‥‥に‥‥」
「ダンスの間に、こっそり準備してたんだよ」
 田中の手の中にあるのは、『Baptme du sang』。田中の持つ、呪われた大鎌。柄はなく、刃の部分だけ。
 それが散弾の幾粒かを受け止めていた。もっとも、全べてを受け止めるというわけにも行かなかったので、田中の身体からは少なくない血が流れている。
「まだ、終わっちゃいないぞ。さあ、来いよメキシコのバンドマン」
「良いだろう。アンコールに応えようじゃないか」
 田中の挑発を受け、マリアッチは腰から2丁拳銃を抜き出す。
 二人の戦いはまだ続いていた。

●破滅の騎士
「いすず‥‥」
 悲鳴が聞こえた。
 奪われた者。最愛の者。手はいつも届かない。
 心の内に開いた空虚な穴。その中に、何もかもが吸い込まれていくような感覚。
 何故だろう。何故‥‥奪われる。
 思考は深く落ち込んでいく。答は‥‥答は?
 何故、手は届かない。最も近くにいた筈なのに。いつも一緒だった筈なのに。
 願いは崩れた。ただそこに残るのは‥‥願い。
 そこに神が居た。太古より、ありとあらゆる生命の、たった一つの願いを聞き続けてきた神が。
 怨嗟の中から、希望の中からの声。願い。
 ただ一つ。願う。
「いすずを‥‥奪う世界に‥‥滅びを」
 五十鈴を奪う者全てに滅びを。そして‥‥再び‥‥‥‥いすずと共に‥‥生きたい。
 神はその願いを聞き届けた。
 虚無の加護を‥‥黒騎士は賜る。

 黒騎士を中心に、闇が渦巻いた。
 その恐るべき力は、周りで戦っていた田中とCASLL、アインとマリアッチの動きをも止めさせる。
 黒騎士の姿が歪んだ。
 黒いヘルメットと革製のライダースーツがまるで甲冑のように。バイク“デュランダル”は、黒色の蝗を思わせる姿に。
 その姿を一瞬だけ見せた後、黒騎士は高鳴るエンジン音と黒い残像を残しながら、凄まじい速度で路面を駆け抜けた。
 そしてその黒い疾風は、シュラインの脇を走り抜ける。すれ違いざまに五十鈴を奪い取って。
 シュラインは、僅かに離れたところで止まる黒騎士と、その腕に抱かれた五十鈴の姿を見た。
 直後、五十鈴の身体は黒騎士の体の中へと沈み込む。まるで、黒い水の中に呑み込まれた可のように。
 小さな手が黒い鎧の中に完全に消え、そして黒騎士は満足げに言った。
「もう‥‥誰にも‥‥渡さない。永遠に‥‥一つだ」
「何をしたの!?」
 問いただす様に聞くシュライン。答える黒騎士の声に、僅かにだが喜悦の情が混じる。
「五十鈴は死なない。五十鈴は奪われない。いつでも一緒だ。永遠に一緒だ」
 そして‥‥黒騎士はバイクのエンジンを吹かし、シュラインに狙いを定める。
「お前達は‥‥滅びろ」
 バイクが走り出せば、シュラインを跳ね飛ばすだろう。だが‥‥その時だった。
 雷光の様な素早さで黒騎士に走り寄った流飛が、刃を一閃させて駆け抜ける。
「!?」
 黒騎士の身体と、バイクから黒い血のような物が溢れた。
 流石に動きを止める黒騎士。そこに。高らかな聖歌と共に機関銃の連射音が響いた。
 そこに現れた修道女達が、黒騎士ただ一人に向けて集中射撃を浴びせかける。無数の銃弾は黒騎士の鎧の表面で弾け、あるいは貫き、闇のように黒い血を流させていた。
「父と子と精霊の御名において‥‥聖なる機関銃の銃弾を浴びて土に還るが良い!」
 修道女達の先頭に立つマシンガンマザーの台詞。そして彼女もまた、愛銃のM60軽機関銃を高らかに響かせる。
 銃弾を浴びていた黒騎士は、にじむ様にその姿を闇に溶け込ませた。
 ゆっくりと透けていく様に‥‥そんな中、薄れた黒騎士の体内に五十鈴の姿が見えた。瞳を閉ざして動かない五十鈴の姿が。
「待って!」
 追おうとしたシュライン。だが、その肩を綾和泉が掴んで止める。
「もう遅いですよ。彼は残像みたいなものです。本体は‥‥もういない」
 黒騎士の姿は完全に消え去っていた。
 残されたのは黒い血痕‥‥しかし、それも僅かな時間で蒸発したかのように消える。
「どうして‥‥」
 愕然として呟くシュラインに、マシンガンマザーの声が届いた。
「どうしてこうなったのかは、後で聞きましょう。全ては、貴方達の先走りのせいかもしれないのですから」
 マシンガンマザーは、厳しい目で黒騎士の消えた後を見つめ続けていた。

●戦いの終わり
 ローター音で騒々しいヒューイの中、レミントンは地上を見下ろしていた。
 鬼鮫が目標物を確保。今は撤退の最中である。
 目標物を確保は出来なかった‥‥しかし、ファルナの突然の負傷があったからには仕方がない。彼女に死んで欲しくはないのだから。
 そして、戦いは終わったのだ。
 見下ろせば、ナイトマローダーは聖母マリアと機関銃教会の戦力を前に敗走していた。
 とは言え、戦力は残っているようで、別方向から攻撃を仕掛けていた暴走族グループのわざわざ中央を突き破って逃げている。
「‥‥純粋な戦力で言うと、あそこの修道女達が最強って言う事ね」
 無論、レミントンの仲間の、現役米軍兵士達が後れを取るとも思わないのだが。
 まあ、どんなに凶暴でも、暴走族やチーマーなどの若造と比べるのは問題があるか。
 と‥‥ヒューイは高速道路の上を離れた。
 戦場跡が見えなくなり、レミントンは外を見るのを止める。
 戦いは終わった。だが、また次の戦いが始まるだろう。幾ら明けても、夜は再び来るように‥‥

●隠し資金
 港の片隅の廃倉庫。それが、神代組の秘密の倉庫だった。
 積まれたまま忘れられていた風の輸入玩具の木箱の下、倉庫の錆び付いた様子とは不釣り合いに立派な鋼鉄の扉が‥‥地下への入り口がある。
 扉についた電子キーに、鍵に記されていた30桁の英数字からなるパスワードを打ち込む。
 扉は、軋む音を立てながら自らを横にどかし、そこに秘められた階段の入口を開けた。
「ロボ子のくせに通い妻気取りだ。とっとと追い返せ、あんな奴は」
 極道会のヤクザ達と、米軍兵士達の中に混じって階段を下りながら、鬼鮫が苛立った様子で言う。それを受け、紅は鬼鮫の苛立ちを気にもしていない様子で答えた。
「ロボじゃない。ゴーレムだ。それに良いじゃないか。飯を作る手間が省けて」
 放置されれば、飯になど一切気を回さないことが確定している二人だ。正直、救われこそすれ、被害は被っていない。
「てめぇ、気にしなさ過ぎだぜ。それとも、あのロボ子に惚れたか? 任務そっちのけで、あいつの周りの敵を叩いてたそうじゃないか」
「不幸な遭遇戦って奴だ。守る気があるなら、側につきっきりで守るさ。だいたい、あそこにギルフォードがいたのは知ってるだろ」
 くだらない会話をしている内に階段は終わり、そして倉庫が目の前に広がる‥‥

「トランクに金塊と札束‥‥まあ、わかりやすくてよかったな」
 積み上げられたトランクを開け、紅が呟く。鬼鮫もトランクを一つ開けてみて言った。
「有価証券の類も山と有るみたいだぜ? で、こっちは‥‥と」
 鬼鮫は、ぶらぶらと奥へ歩いていく。そこには、武器の類が山積みになっていた。
「拳銃‥‥自動小銃‥‥お、ロケットランチャーまであるぜ。こりゃあ凄ぇや」
「こいつは‥‥象でも殺す気だったのか?」
 ザッと眺めながら歓声を上げる鬼鮫。
 その横で、12.7mm口径の対物狙撃銃を抱えた紅が呟く。
 本当に、有る限りの武器を掻き集めたという感じだった。
「確かに、これだけあれば戦争も出来ようってもんだ」
「ふむ、欧州の武器が多いな。そっち経由のつながりか」
 鬼鮫の声にかぶったのは、アンダーソン基地司令の声。紅はライフルから顔を上げ、ニヤリと笑って声を掛けた。
「SAA‥‥」
「紅、久しいな。島で別れて以来か」
 アンダーソン基地司令は嬉しそうに口端を歪めて言葉を並べる。
「あの少女と、基地内のハイビスカスの木には手を付けていないよ」
「すまないな」
 それは約束。律儀に護ってくれている事を知り、紅が感謝の言葉を贈る。
 それにアンダーソン基地司令は、すまして答えた。
「何、かまうものか。君を敵にまわさずに済むなら安いものだ。どうかね? 極道会を離れたら、私の下で働いてみないか?」
「‥‥考えておこう」
 紅のつれない返事。それを受けてアンダーソン基地司令は肩をすくめ、それから手近の部下に命じた。
「Carry out」
「Yes sir!」
「では、紅。失礼するよ」
 米兵は返事を返して武器類の運び出し作業を開始する。アンダーソン基地司令は、紅に一言残して作業の監督に戻っていった。
 紅は溜息をつきながら箱の上に腰を下ろす。
 そこに戻ってきた鬼鮫が、箱の横に立った。そして、からかうように聞く。
「元気が無いな。俺に手柄を取られて悔しいか?」
「いや‥‥」
 紅は弱々しく首を横に振る。そして、はっきりと言った。
「弾薬庫は禁煙だからな」

●責任の所在
 事件の次の日に、聖母マリアと機関銃教会のマシンガンマザー‥‥老修道女は草間興信所を訪れた。
 無論、話は今回の事に対するけじめについてである。
 応接セットに品良く座った老修道女だったが、声音は厳しく零に言う。
「契約違反ですね。しかし、どうしてこんな事をしたのです?」
「すいません。こちらの手落ちです」
 さすがに、探偵事務所で働いていくれた人が勝手にやった事だ等と言えるはずもなく、零はただ頭を下げるしかなかった。
「私達が信用できませんでしたか? まあ、そうかもしれませんね。神の真意を理解できる人は少ない。残念な事です」
 老修道女は溜め息と共に首を振り、そして改めて零に問うた。
「しかし、わかりません。依頼された以上、つとめを果たすのが本筋でしょう? それが出来なくなったなら、早い内にこちらに一言いってキャンセルする事もできたはず。キャンセルでも問題は問題でしょうが、最後まで口を閉ざして私達を欺き続けるよりは良いはずですが?」
 と、言うか‥‥結局、説得しようと言う考えはあったのだが、それはほとんど無理だったわけで‥‥何にせよ、依頼人の意図と反する結果を出しておきながら、それに対するフォローが弱かったのが悔やまれる。
「私達は貴方達を一切裏切りはしなかった。貴方達は私達の信頼を裏切った。その事は、依頼料を返せばいいという様な単純なことでないことはおわかりですね?」
「はい‥‥申し訳有りません」
 現状では頭を下げるしかなく、零は詫びの言葉を呟いた。
「謝罪ではすみません。きっちりと、償ってもらいます」
「どうすれば良いのでしょうか?」
「それはそちらが考える事では? 私達の言いなりになる事が償いになるのではない。貴方達が私達に何をしてくれるのかが大事なのです」
 金で解決するのは不可能だ。草間興信所にそんな余計な金はないし、第一、そんな事をしても老修道女を怒らせるだけだろう。
 となると、働いて返すしかないのだが‥‥相手は戦闘組織。その手助けとなると、どうしても戦いに類する事になるだろう。
 無法を言われている訳ではない。今回はどう考えても、仕事の内容を無視した草間興信所側が悪いのだ。
「では‥‥今日はこれで失礼します。貴方が心に恥じる事があるなら、またお会いすることになるでしょう」
 老修道女は席を立ち、一礼してから玄関へと向かった。零は見送りに立ち‥‥ややあって戻ってくる。
 身体の各所に包帯を巻いた田中は、戻って来るや零に頭を下げた。
「すいません。勝手な事をしたばかりに‥‥」
 五十鈴を義母の元へ送ろうと考えたのが失敗の始まりか‥‥責任を感じる田中に、零は苦笑しながら言った。
「いえ、良いんです。皆さんがそう考えたなら、それが一番良い事だったんだと信じてますから。それに、皆さんがやりたくないと思うような仕事を取った私も悪いんです。それよりも、五十鈴ちゃんの事が‥‥」
「縫いぐるみ‥‥直したんですけどね」
 CASLLが、呟くように言う。その手には、現場に落ちていた破片を集めて縫い合わせた熊の縫いぐるみがあった。
 しかし、この縫いぐるみを返すべき少女は、今はもう何処にいるのかもわからない。
「狂気が‥‥あれほどとは思わなかったわ。止めたいと思ったけど」
 シュラインが言って、唇を噛み締めた。この中で一番、責任を感じているのはシュラインだった。
 五十鈴も、黒騎士も救いたかった。しかし、二人とも救えなかった‥‥
「今度会った時‥‥どうしたらいいのかしら」
 救われず、堕ちた男。その魂が何処にあるのか‥‥救われる時はあるのか? それは誰にもわからなかった。

●グラスの中に見える物
 ナイトマローダーの弱体化による支配体制の崩壊。そして、都内の暴走族やチーマー、ストリートギャング達の間に大量の銃器が出回った事もあり、東京の治安は一気に悪化した。
 夜街においては、治安などと言う物はお伽噺でしかない。まるで、その夜街の領域が東京中に広がったかのような状況となるにいたり、呼応した動きが出始めていた。
 すなわち、組織の影響圏の拡大である。
 この動きも、東京の治安悪化に拍車をかける結果となり、さらに治安は悪化していった。
 この事態に対し、警察は有効な対策を示せていない。
 都知事は、「警察が何も出来ないなら、自衛隊の治安出動も考えなければならない」と発言、関係各所を震撼させた。
 極道会の私室。
 虚色は琥珀色の液体を満たしたグラスを片手に、ニュースを見ていた。
 それはもう、とても楽しそうに。
「‥‥楽しそうですね?」
 葛生は、いつになく楽しそうな虚色の姿を見て声をかけた。虚色は、笑みを浮かべながら答える。
「ええ‥‥とても。楽しくて‥‥悲しいわ」
「悲しい?」
 聞き返す葛生に、虚色はグラスを透かす様にかざして答える。
「人の弱さはとても滑稽で‥‥悲しい。強さも‥‥弱さも‥‥愛おしいもの。そう思わない?」
「はぁ‥‥」
 反応に困る葛生の前、虚色はとても楽しそうに微笑んでいた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】

3060/新座・クレイボーン/14歳/性別/男性/ユニサス(神馬)/競馬予想師/艦隊軍属
3448/流飛・霧葉/18歳/性別/男性/無職
1108/本郷・源/6歳/性別/女性/オーナー 小学生 獣人
3996/天城・大介/6歳/性別/男性/小学生 殺し屋
3453/CASLL・TO/36歳/性別/男性/悪役俳優
0166/レミントン・ジェルニール/376歳/性別/女性/用心棒(傭兵)
1098/田中・裕介/18歳/性別/男性/孤児院のお手伝い兼何でも屋
3849/結城・裕史郎/25歳/性別/男性/フリーカメラマン兼マリアッチ
0908/紅・蘇蘭/999歳/性別/女性/骨董店主/闇ブローカー
2885/護衛メイド・ファルファ/4歳/性別/女性/完全自立型メイドゴーレム
0158/ファルナ・新宮/16歳/性別/女性/ゴーレムテイマー
0086/シュライン・エマ/26歳/性別/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1537/綾和泉・匡乃/27歳/性別/男性/予備校講師
1979/葛生・摩耶/20歳/性別/女性/泡姫


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■         ライター通信          ■
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 各PCは、現在以下の組織、またはNPCとのコネを持っています。
 この「紅の拳銃」シリーズのシナリオ内に限り、コネを利用してかまいません。
 組織とのコネは、「武器や物資の調達」「情報の入手」「戦闘員/作業員の派遣」等に利用できます(犯罪組織として出来る範囲なら、ここに例で上げていない他の支援を頼む事もできます)。
 NPCとのコネがあると、必要な時にそのNPCと会う事が出来ます。あくまでも会う事が出来るだけですので、NPCの協力を得たい時には、プレイングで説得などを行って下さい。

3060/新座・クレイボーン/14歳/性別/男性/ユニサス(神馬)/競馬予想師/艦隊軍属
NPC:誉田・昴(黒騎士)
NPC:五十鈴

3448/流飛・霧葉/18歳/性別/男性/無職
組織:聖母マリアと機関銃教会
NPC:マシンガン・マザー

1108/本郷・源/6歳/性別/女性/オーナー 小学生 獣人
NPC:紅

3996/天城・大介/6歳/性別/男性/小学生 殺し屋
NPC:ギルフォード
NPC:五十鈴

3453/CASLL・TO/36歳/性別/男性/悪役俳優
NPC:神代・マリア
NPC:マシンガン・マザー

0166/レミントン・ジェルニール/376歳/性別/女性/用心棒(傭兵)
NPC:紅
NPC:鬼鮫
NPC:アンダーソン基地司令
組織:アンダーソン麾下在日米軍(銃器密売組織)
組織:極道会

1098/田中・裕介/18歳/性別/男性/孤児院のお手伝い兼何でも屋
NPC:神代・マリア
NPC:マシンガン・マザー

3849/結城・裕史郎/25歳/性別/男性/フリーカメラマン兼マリアッチ
NPC:誉田・昴(黒騎士)
NPC:五十鈴

0908/紅・蘇蘭/999歳/性別/女性/骨董店主/闇ブローカー
NPC:アンダーソン基地司令
組織:アンダーソン麾下在日米軍(銃器密売組織)

2885/護衛メイド・ファルファ/4歳/性別/女性/完全自立型メイドゴーレム
NPC:紅
NPC:鬼鮫
NPC:虚色の姐さん
組織:極道会

0158/ファルナ・新宮/16歳/性別/女性/ゴーレムテイマー
NPC:アンダーソン基地司令
NPC:マシンガン・マザー

0086/シュライン・エマ/26歳/性別/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC:鬼鮫
NPC:神代・マリア

1537/綾和泉・匡乃/27歳/性別/男性/予備校講師
組織:聖母マリアと機関銃教会
NPC:マシンガン・マザー

1979/葛生・摩耶/20歳/性別/女性/泡姫
NPC:虚色の姐さん
組織:族(極道会系列)
組織:族(一般)
組織:極道会