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■THE BLUE■

【4017】【龍ヶ崎・常澄】【悪魔召喚士、悪魔の館館長】
 東京のある一部の地域にその張り紙は隠れるようにして貼られている。

 例えばそれは、地下鉄掲示板。アイドルの大きく載った金融会社の広告に隠れるように。
 そしてまた、何処かのしがない探偵の事務所がある建物の錆びて、くたびれた外装で殆どそれらが見えなくなってしまっているように。
 いやいや、もしかしたら夕刊の中に入っている、数ある目立たないビラの一枚だったかもしれない。

 何処にでもあって、全く見えないような宣伝広告がもしかしたら日常、ふとした時に目にとまることがある。

 カクテルバー・『BLUE』

 その紙には地図とその文字だけが印刷されており、紙自体もそれ程高級感が無く、丈夫な厚紙を『それらしく』印刷してあるだけで学校の白いプリント用紙とさして変わらない。

 さて、どうしたものだろう。どんな方法でも構わない。そんな広告を目にした貴方、蜘蛛の巣のように張り巡らされた路地を進み、果たしてこのようなバーに行こうと思うのだろうか―――?
THE BLUE

■ 舞い込んだ紙切れ(オープニング)

 そのチラシが龍ヶ崎常澄の住まう、通称『悪魔の館』に届いたのは偶然だった。
 大体にして新聞などとってはいない彼の館に風が舞い込むようにして入ってきた紙切れは、以前知り合いの探偵と寄った事のあるバーであり、
「こんな宣伝をしているのか…」
 と、紙切れや宣伝の悪さに突っ込む事なく、興味深々でそのプリント用紙のような広告を木造テーブルに置き、出かける身支度をする。
 最も、身支度とはいったものの、黒皮の手袋と赤いコートを着、財布をそのポケットに忍ばせる程度であったが。

■ 来店再び(エピソード)

 一度だけ行った店であったが、常澄はその裏路地の道筋も殆ど覚えていて、広告の地図を見る事もなく、何度も目の前に広がる選択肢のような細道を軽い足取りで歩き、一人でバーに行くというちょっとした楽しみに心を躍らせる。
 以前来店した時に見た、陰鬱としたコンクリートの落書きも殆ど目に入らないくらいであり、ようやく店についたのは丁度、日が落ち迷路の下から見るような、壁に挟まれた空が店内のオレンジ色という暖色と同じような色に染まった頃だった。

「いらっしゃーい! おっ、新顔さん? 歓迎するでっ!」
 ぽつんと建った店は相変わらず入りやすい類の雰囲気を持ち合わせていなく、少し戸惑った末初めておつかいに来たような子供じみた好奇心に負けてしまい、扉を開けると真っ先に明るい声と褐色肌のホストのような青年が飛んできた。
「なっ、なんなんだ」
 以前来た時にこんな店員は居ただろうかと常澄の頭は記憶を辿る。
 それ程人付き合いが得意とも言えない彼の事、このように明るさ全開・元気全開の人間は少し苦手な部類に入った。
「店長…。 お客様が困っておいでですよ…。 ―――おや?」
「…この間の」
 カウンターの奥で酒を出していたのだろうもう一人の店員が顔を出す。長髪の整った女性のような顔は常澄が以前あった事のある店員で、てっきり彼が店を経営していると思っていたのだ。
「萩月妃と申します。 この間はご来店有難う御座います」
 礼儀正しく礼をする萩月に、多少そっけないかもしれなかったが、
「龍ヶ崎常澄だ。 …よろしく」
 上手く笑えはしないが、常澄にとっては最高の自己紹介をしてみせる。
「あ、俺! 俺。 暁遊里っていうねん! この店の店長で、遊ちゃんって呼んでーな!」
「…よろしく。 遊里」
 何処から生えてきたのか、萩月と常澄の間を割るようにして入ってきた暁にそっけなく、そう言い放ち、更には呼び捨てで対応した。
「常澄ちゃん冷たい〜!」
「ちゃん言うな!!」
 バーに来たというのにこの子ども扱いはなんなのか。苦手だと思った男が更に苦手に思えてきて、常澄は声を荒げる。
「店長、いい加減にしてください。 龍ヶ崎君も立ち話もなんですから、席でオーダーでも如何ですか?」
 ビシリ、と萩月に突っ込まれてしまった暁はしぶしぶカウンターに戻ると、
「常澄ちゃんこっちこっち! 折角お客さんあんまりおらへんから、せっちゃんの隣でわきあいあいとお喋りしよ!」
 焦げ茶色の少し皺のよったコートと、長い尻尾のような長髪の印象的な男性の隣を指差しながら、おいでおいでと手を振っていた。

 折角と言うのも変であろうが、確かに今店内には客らしい客が居なく、カウンター奥の席の一人だけとなっている。

「遊ちゃん、お客さん困ってるよ。 ああ、私の隣で良いなら龍ヶ崎さんだっけ? お隣に座らないかな?」
 どうしたものかと立ち止まっていた所を、暁が言う『せっちゃん』だろうか、その男が細い目を更に細くし、苦笑しながら自分の隣である無人の席を引く。
「じゃあ、邪魔する」
「うん、私は切夜。 よろしく、龍ヶ崎さん」
 しぶしぶ隣に座った常澄に切夜と名乗った男は微笑むと、自分の目の前に置かれた、まだ暖かい紅茶をすする。
「ここはカクテルバーだけど、紅茶も飲めるよ。 どうする?」
「切夜、カクテルを飲みに来たお客様に紅茶を勧めるのはやめて下さいませんか」
 ティーカップを持って常澄に微笑んだ切夜を遮る様に、カウンターから身を乗り出すと、
「ですが龍ヶ崎君は…笑い上戸…でしたね……どうしましょうか」
 今回は一人で来店している常澄に、歩けないほど酔ってもらっては困るとその美貌の容姿をしかめながら萩月は本当に切夜の言ったように紅茶がいいのかと悩んでいるようだ。
「妃、今僕に紅茶を出そうと思ったな」
「あ、いえ…」
 常澄は目を潜め、萩月の心を見透かすようにすると、案の定そうだったのか少しだけ目をそらされる。

「なんや、妃ちゃん。 常澄ちゃんが前来た時何出したん?」
 ふと、聞き役に徹していた暁が今までとは打って変わり、店長らしき声色で常澄に話しかけてきた。
「ノルマンディと聞いていた。 遊里、何か注文に必要な情報か?」
「んー、お酒に弱いんやったら度数の少なめの作ったるわ。 待っててなー」
 常澄の答えを聞くか聞かないかという所で暁はグラスのある戸棚に近づくと、その透明な物を漁り出す。
「おっと、優菜ちゃーん。 オレンジジュース持ってきてーな!」
 何か考えたかと思うと奥にもう一人居たのだろう。少年のような店員がオレンジジュースを片手に走ってきた。
「はい、遊ちゃん店長。 オレンジジュースです」
 「おおきに」と人懐っこい笑みでジュースを受け取った暁はカウンターに再度向かうと何かを作っているようで。
「ええと、初めてのお客様ですか?」
 ふと、目をやると少年のようなバーテンの格好をした、少女が物珍しいというように常澄を見つめている。
「始めてじゃない。 妃の居る時に来たことがある」
 声のトーンの高さからして見つめてくる店員が少女だと理解した常澄は、彼女の服装を問う事無く彼女に向き直った。
「あ、私朱居優菜って言います! ええと…」
「龍ヶ崎常澄さんだよ、優菜ちゃん」
 朱居優菜という少女は、隣に座った切夜の柔らかな指摘を受け、
「宜しくお願いしますね、龍ヶ崎さん」
 年頃の女の子らしく、整った容姿の常澄に緊張しながら小さく微笑み、そして礼をするのだった。



 淡いライトに照らされる中、先程からグラスの中で揺れるスプーンの軽い音がする。
 常澄は以前ここに来た時も同じように、鳴るこの音楽のような音に酔いしれたと心中で微笑みながら、何が出来てくるのだろうとカウンターに腕を組むようにして待った。
「はい、おまっとさん。 ファジーネーブルやで!」
「ふぁじーねーぶる…」
 暁の言ったカクテル名を不慣れに発音した常澄は、ロックグラスに注がれたオレンジ色のカクテルを見る。
「元々アルコールに弱いんなら8度以下のファジーがええやろ?」
 グラスを傾ける常澄を見ながら、暁は「どうや?」と感想を待ち、店に来た時とは別のバーテンとしての一面を見せていた。
 確かに、ピーチの甘さやオレンジの香りが鼻をくすぐり、かつアルコールのほんのりとした温かみが常澄の口にはあっている。
「ああ、これもいいな」
「そやろ!?」
 どうだ! と、言わばかりに今度は勝ち誇ったように妃を見ては、また三枚目のような笑顔に戻っていた。
「くっ、あの時は連れの方と同じオーダーだったのですよ! 龍ヶ崎君、少しお待ちくださいね」
 暁の言葉が癇に障ったのであろう、萩月は酒の陳列してある棚から透明な瓶を取り出し、なにやら違うカクテルを作っているようである。

 子供同士の喧嘩みたいだと、常澄は心の中で笑ったが、
「あの二人はいつも張り合っているからね」
「そうですね。 龍ヶ崎さんも見ていて楽しいでしょう?」
 隣に座る切夜や、仕事があまりにも無いので近くに控えている朱居には彼が微笑んでいたのは見えていたらしく、三人で静かに暁と萩月の張り合いを観戦する事にした。
(まあ、確かに飽きないな)
 ファジーネーブルを飲み干しながら、暁という男も見ていてなかなか飽きないと、少しだけ彼のランクを上げてやる。
「どうぞ、これなら軽く飲めると思いますよ」
 考えている内に萩月はカクテルを作り終え、カウンターにはダンブラーグラスに透明な色が注がれたカクテルが置かれていた。
 少しだけいつもと違う微笑みを見せた常澄は、店内の視線を受けながらそのカクテルを口にする。
「いい味だな…」
 と、澄んだカクテルの色と同じような透明な味とジンジャーエール、そしてレモンジュースの少しだけファジーネーブルとは違った大人の味がした。
「どうです? 店長?」
「むむ…妃ちゃんはいっつも頑固やな…」
 「カクテル以外は味音痴な癖に…」という暁の声が聞こえたような気がして、バーテンの天下であるカウンターの外に居た常澄や切夜、朱居は苦笑する。
「ええよ! 次はこれや!」
 その勝負受けて立つ! と、暁が出したのは同じくダンブラーに入った琥珀色のカクテル。
「カルーア・ラテやで! 俺のお勧めや!」
 常澄の瞳と同じ琥珀色が店内の照明に照らされ、優しく光る。
 それをまた、飲み比べるようにして一口飲めば、甘いコーヒー牛乳のような味とこれまた微量のアルコールがふわふわと常澄の身体を温めた。
「これも悪くないな。 妃、どうだ? まだ良いものはあるのか?」
 少しだけけしかける様に、常澄は陽気になっている自分を淡い波に乗せる様にして声を発する。
「ふふ、これは面白いカクテル合戦が見られそうだね」
「龍ヶ崎さん! 切夜さん! あまり遊ちゃん店長達をその気にさせないで下さい!」
 面白そうに顔を見合わせる二人の横で叫ぶ朱居だったが、勝負を始めてしまった暁と萩月を止められる筈も無く、常澄の前には8度以下のアルコールで作られた色とりどりのカクテルが並んでいくのだった。

 客が酔ってしまうのが心配なのか、はらはらと落ち着きの無い朱居の見守る中、赤・青に緑からピンクまで、飲み物として並べれば毒々しい色が勢ぞろいして、常澄はどのカクテルも興味深々で飲み干し、ついには普段笑わない彼が声に出して笑うようにもなってしまった。
「ほら、だからやめてくださいって言ったでしょう。 龍ヶ崎さん大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、優菜。 ははっ、なかなか美味しいものだな、カクテルは」
 『BLUE』に来る前までは一度も飲んだことの無い飲み物を、何故今まで飲まなかったのだろうと思うほど、常澄はカクテルの虜のように笑う。
「ああ、すまない。 私も調子に乗りすぎたね…」
「そ、そうやね…常澄ちゃん、ちゃんと帰れる?」
 今まで面白げに常澄の飲みっぷりを鑑賞していた切夜も、勢いでカクテルを大量生産していた暁も反省したのか、していないのか、苦笑しながら常澄を見ている。
「前来た時よりは酔っていない。 だがそろそろやめておいた方がいいようだな」
 くすくすと、また笑い上戸の欠片が見え始めた常澄だったが、以前と同じように自分を抑えられないという事は無く、コートの内ポケットから取り出した財布から代金をカウンターに置き、よろりと立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
 立ちくらみのように一度は倒れ掛かった常澄を萩月が支えると、
「…妃」
「なんでしょう?」
「お前の身体、冷たいんだな」
 一瞬、萩月の表情が凍ったような気がしたが、常澄は気にせず支えられた身体を起こす。
(店長には内密にお願いしますよ)
(わかってる)
 何を何故内密にしなければならないのか、常澄は理解していたが矢張り、酒が少し回っているのだろう、なんだか口だけのように自分でも聞こえてしまい、おかしくなって少しだけ笑った。

「龍ヶ崎さん、気をつけて帰ってね」
「ああ、切夜も。 最近この辺りは物騒だからな、気を付けろよ」
 未だに固まっている萩月や、何故固まっているのだろうと首を捻る朱居、
「おや、知っていたんだね」
 呑気にまた紅茶をすすりだした切夜を背にし、常澄は押さえきれない微笑を声にしながら黒い手袋に覆われた右手を軽く上げる。
「知ってる。 何かあったら僕を呼べよ」
 新聞すら取っていない常澄だったが、数年前から広がる猟奇事件の事は口コミやその手の同業者から聞いていて、ふと、微笑みを止め切夜の紫色の瞳を見た。―――が、
「今日はありがとさん! また来たってやーー!」
 ただ一人、この少しだけシリアスな状況を明るくひっくり返す男・暁が居酒屋ばりに大きな声を張り上げ、まるで汽車に乗った恋人を見送るように長い腕を大きく振る。
「まったく、遊里は雰囲気が飲み込めていないな」
 常澄は暁と違い、品の良いアンティーク彫りの扉に手をかけ、開けると冷たい風や夜の星空に薄い茶色の髪を撫でさせた。

「そうだ、遊里」
「なんや? 常澄ちゃん」
「そのシェーカー、何かとり憑いてるぞ」
 思い出したように真剣な声色で常澄が言えば、店内でまた一騒動起きたような大きな声と、店の中がひっくり返るようなガラスの音、椅子が鳴る音が聞こえたという。

 ―――勿論、常澄はただ単に雰囲気からしてそういった『モノ』の苦手そうな暁を脅かしただけであり、細い道を悪魔の館へ戻りながらその轟音を楽しみながら聞いていたが、『BLUE』店長にとってはとんだ置き土産の一言であるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4017 / 龍ヶ崎・常澄 / 男性 / 21 / 悪魔召喚士、悪魔の館館長】

【NPC / 暁・遊里 / 男性 / 27 / カクテルバー『Blue』店長】
【NPC / 萩月・妃 / 男性 / 27 / カクテルバー『Blue』副店長】
【NPC / 朱居・優菜 / 女性 / 17 / 私立神聖都学園高等部】
【NPC / 切夜 / 男性 / 34 / 売れない新聞記者・『BLUE』常連客】
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■         ライター通信          ■
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龍ヶ崎・常澄 様

こんばんは、そしてまたお会いできて嬉しいです!
ヘタレ若葉マーク常備ライターの唄です。
今回、『BLUE』店員や切夜、全員をとのご指名を受け必死で全員出しつつ、プレイングも出来るだけ全て出したつもりですが、如何でしたでしょうか?
カクテルの方も暁がファジーネーブルで、萩月が名前は出ませんでしたがモスコー・ミュールでした。
他、カルーア・ラテは私が飲む数少ないカクテルの中で唯一原材料から作るお酒だったりします。牛乳が苦手ではないと良いのですが…;;
因みに、カクテルを色々飲み過ぎると逆に酔いやすくなってしまうのでお気をつけくださいませね。
それでは、少しでも楽しんで頂けると幸いです。誤字脱字など御座いましたら申し訳御座いません。
また、この表現がおかしい・ここはこうした方が…というご意見が御座いましたら真剣に受け止めますので、何か御座いましたらレターを頂けると幸いです。

また、お会い出来る事を祈って。

唄 拝