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■『BLUE』〜美佐、最期の章■

【4017】【龍ヶ崎・常澄】【悪魔召喚士、悪魔の館館長】
 重い木材で作られた店のドアがいつもの軽快なリズムから、非常に重い、嫌な気持ちのする音を立てて閉められる。
 それは、今しがた娘である優菜という少女の母親であり、このバー『BLUE』の副店長が、彼女のその大切な娘怪我の為、早退した時の音だった。

「なぁ、今日、もう閉めへん?」
 客もまばらになってしまった店内、いつも笑顔を絶やさない筈の店長、暁遊里の一言で、店員である妃のグラスを洗う手が止まった。
「…お嬢さんの容態を見に行かれただけでしょう。 心配は…不要ですよ」
 美佐がここを出て行った時、この長髪美形、誰でも一度は女性と間違ってしまうような風貌の店員、萩月妃も何か不安をかかえたような面持ちをしていた筈だというのに、
「ええやん。 もう閉めよ? せっちゃんもええよな?」
 既にクールな仮面に覆われてしまった妃の了承を得ず、カウンターにいる常連客、切夜に暁は問う。

「通り魔事件…いや、最近では猟奇事件とも言うね。 私なら構わないから、…どうせこれから仕事もある事だし」
 新聞記者、と名乗った切夜はこの辺りの情報にとても詳しい。
 いつも少し皺のよったこげ茶色のコートに身を包み、微笑んでいるようにしか見えない、切れ長を通り越した瞳は薄く開き、記者としてか、はたまた自分の趣味なのか、調べた事件の詳細が書いてある黒い手帳をパラパラとめくっている。
 通り魔事件、というのも暫く前に起こった出来事だが、最近ではその手口があまりにも猟奇的かつ、残忍で、頻繁に犠牲者が後を絶たない為、猟奇連続殺人事件とも名高くなってしまった。

 そうやって、常連客で残っている者の全てに今日は閉店。という言葉を告げた暁は、
「ほら、妃ちゃんもええで、帰りぃ…」
 一人残った後片付けをしながら、振り向きもせずに萩月に言う。
「……わかりました。 今日は私も早退させていただきます」
 背を向けたままの暁に一礼をすると、早々と帰り支度をし始める。

「なんや、嫌な予感がすんねん…」
 暁の言葉が重く、そして静かに店内に響いた。
『BLUE』〜美佐、最期の章

■ 『大人』という名の少年(オープニング)

 本日は本当に見事なまでの快晴であったから、常澄はよく顔を出す古書店や既に馴染みとなっている店を点々とする事にした。
「そろそろ時間か」
 あまり生活感の無い部屋には高校生には全く縁の無い、悪魔や神話に関しての文献、そして何時からだっただろうか父の影響で手にし始めた対魔族用の銃までが無造作に散らばっている。
 母から贈られた物というものは常澄にとってはただの思い出だけであり、それが動かなくなった冷たい肢体だというのだから嬉しいものでも、ましてやその思い出の出来た日である天気には出かける気にもならない。
 まるで義務のように通っている高校は大して興味のある事柄を学ばせてくれるわけではなく、ただ単に毎日のように続く平坦極まりない授業。五月蝿い教師達の笑い話に笑う同級生達。
 何故そんな場所に通うのかすら、常澄にとって神話の謎を解くよりも理解できない事であったが、籍を置いている以上彼の気の向いた時に時々、ほんの少しだけ顔を出す程度には出席をしている。

 古書店ならば開店時間はとうに過ぎているが、父の顔も知れている魔族用の銃器店などはその物騒な商売により開店が夜となっており、中学の頃から通っている常澄にとってはどうでも良い事であったが、彼のような歳の少年が出歩くには多少違和感のある時間帯であった。

■ そうして彼は歩いていく(エピソード)

 学校の制服という物は好きではない。まるで自分という一つの人間をその中の細胞の一つのように見せかけ、何処から見ても存在を否定された、ただの団体の一部と見られてしまう。
 以前、反抗心からか私服であるサテン地のシャツや身体のラインが出るズボンを履いて登校した所、風紀の教員に酷く説教されたことがある。勿論、聞く気など毛頭無かったという事もあってか次の日は一応制服を着たものの、そのまた数日後にはまた自分の好みに合わせた服を繕ってみたりもした。
「なあ、めけめけさん。 食べてもいいぞ」
 雨の日以外の快晴でも制服を着ていれば不機嫌になってしまいそうだ。
 常澄は前を肌蹴たまま着ていた制服を脱ぎ捨てると、無表情のまま幼い頃に初めて召喚に成功した悪魔―――饕餮こと『めけめけさん』にそれを投げつける。
 無くなってしまえば着る事も無い。が、彼の今までの最高の友は、いつも自分を呼ぶ時に使われる悪趣味な名前と、美味しそうとはお世辞にも思えない黒い詰襟の制服を、常澄が名づけた名前とは似合わない、常人からすれば不細工な顔をした鼻で邪魔臭いと避けていた。
「今日は父さんが帰ってくる。 …お前は留守番な」
 父に懐いているというわけではなかったが、悪魔研究を続けているあの人物にとって饕餮という悪魔は好奇心の対象であり、常澄にはよく「出かける時は置いていけ」だの五月蝿いのだ。
 特に今日家に帰るという連絡は無かったが、どうも朝から饕餮の機嫌が悪く、めけめけさんの皺がよった顔を撫でると、ごつごつした角が常澄の手を威嚇するように刺激する。
 結局、常澄の友も常澄自身も不機嫌な一日にかわりは無い。

 出かけるという事もあり、秋風の吹く中、赤や黒を基調にした私服を纏うと、薄手の長いコートを羽織る。
 古書店に行くついでといってはなんだったが、あまり関心が無くめくっていないカレンダーを本のように眺めると、今日が以前魔族用の銀弾を特注し、届くのが本日である事が確認されて、さして飾りっ気の無い自宅のドアを乱暴に開き、外気に顔を触れさせると日の光が常澄の白い肌を照らし、髪が鬱陶しいと薄い茶色の瞳にかかった。

 家族と暮す家はそれほど貧しくは無く、だが居心地もあまり良くはなく、外出時。特に今日のように日の暮れた夜に趣味の文献などを漁りに行く先々の方が居心地が良い。
 足に絡まってくる捨てられた新聞紙には最近世を騒がす事件が載っていて、常澄がそれを蹴り上げながら退けると別の世界の出来事であるように夜空にひらひらと舞い上がっていく。
「邪魔だな…」
 口の先から小さく呟く言葉は新聞紙の事ではなく、先程から街中で騒いでいる同年代らしき少女達だ。
 学校内でさえ邪魔で五月蝿い生き物だというのに、常澄の唯一心が休まる夜の街でも濃い化粧と高く、耳を塞ぎたくなるような声で喋るものだから悪魔よりたちが悪い。魔族用と銘打ってあるがあの騒がしい生き物の方が彼にとっては悪魔であるのだ。
 兎も角、普通という枠の中で生きている学生達とは全く違う環境で育ってしまった常澄にとって、女に関わらず同年代ならば男子学生でさえも騒音の対象にしかなる事は無かった。
 ―――たとえ、彼らの言う言葉の一つ一つに意味があったとて、根本から彼らを否定しにかかっている常澄の心に何かが届く筈もなかったが。

「常澄か?」
「ああ…」
 古書店はまったくもって都会での需要は無く、常澄が通うだけの店と成り果て積もり積もった悪魔辞書や神話についての古文は埃をかぶり、手に取る度に手が黒くなりそうで。
 そこの店主である眼鏡をかけ、いつも口をへの字に曲げた老人は店の引き戸が古臭く壊れてしまいそうな音を立てる度、常澄という少年が来たという事を察しているようだった。
「新しい文献は?」
 後ろを向いてびくともしない店主の、編みこまれたセーターを見ると常澄は自分の部屋と同じく無造作に散らばった商品には見えない本を見渡す。
「あると思うのか」
「…思わない」
 しわがれた声はよく聞く言葉を口にしてキャラメルを噛むようなくちゃくちゃという音を発している。
 とどのつまり、常澄はこの書店の常連にして立ち読み客である。金という金を持ち歩く事はあまり無く、確かに数冊ここで購入した事はあるが店主が店主なだけに立ち読みも自由だ。
 だがとりあえず、立ち読み客が堂々と座って読むという椅子は当然と言って無く、高い場所にある書物を取る為に置かれた脚立に座り、適当に分厚い本を手に取った。
「少しは掃除くらいしろ」
 木で出来た脚立の古さは半端なものではなく、常澄の細い身体が乗っただけでも嫌な音を発し、手に取った本からは埃が舞い落ちて彼の手を汚す。
「掃除か、くだらん。 それよりも面白い話が世の中には飛び交っているというのに」
 店主の言葉に、こんな事だから客は逃げていくのだろうと、常澄は心のどこかで悪態をつく。
「そっちの方がくだらない。 僕がおとなしく教科書を読んでいる姿がそんなに面白いか?」
 常澄の思う世の中は学校生活とめけめけさん、そしてこういった悪魔系統の話の事だ。
 一旦書物から目を離し、彼の言葉に大声で笑い始めた店主を睨めば、その大声で上の本棚からは埃が舞い落ちてくる。
「馬鹿言え、ガキのおとなしい格好なんざ面白くはないさ。 俺が言っているのはあれだ、最近の…」
「最近?」
 曲がった背中が未だ常澄を見ずに嫌味な言葉だけを紡いでいて、醜悪な絵の並ぶ古書を適当に投げつけると脚立に座ったまま肘を足につけ、うんざりだとばかりに顔をしかめた。
「そうだ、最近起きている連続通り魔だよ。 お前さん、知らんのか?」
「…それか」
 本日初めてこちらを向いた店主の顔はキャラメルで頬が膨らみ、皺のよった顔はまるでめけめけさんのようである。
「知ってる。 新聞でとりあげられていた」
 来る途中足に絡んだ新聞。拾って読むなどはしなかったが、大きく書かれたゴシック文字の題名は確かに通り魔事件だった筈だ。
「お前さんらしい。 世の中の何事にも興味はねぇってか」
 また、しわがれた声が店内に木霊する。今度はキャラメルを齧っている口を大きく開くものだから、妙に甘い香りがして気持ちが悪い。
「もういい、違う店に行く事にする」
「ああ、もういいのか…早いな」
 いつもと違う馬鹿にするような、それでいて上機嫌な店主の言葉を不快に思い、脚立を乱暴に降りるとそのまま古い扉が悲鳴をあげるのを無視し、また夜風に髪をなびかせた。
「常澄! これはただの通り魔じゃあねぇぞ! 凍死体に焼死体、食いちぎられちまったのもある。 悪魔ともいえねぇが確実に人間の仕業じゃあねぇ!」
 何が言いたいのか、背を向ける常澄の後ろで店主の大声が響き、何か冷たい、ぞっとするような気持ちで常澄は足早にその場逃げるようにして足を速める。

 死体、死体、死体。嫌な響きである。母の死後悪魔や神話を研究し始めて何度も聞いた話だが、雨の日と同じ位にあまり聞きたくない単語である。
 古書屋の店主は扱う物が物であるだけに、その手の話はよく上機嫌でするのは常澄も知っていた事だ。そして、悪魔ならまだしもそんな人物が通り魔如きであのように声を出すのも気味が悪く、いつもならば顔を背けたくなるような五月蝿い人間達の間をものともせずに魔族用の銃器を販売する店に向かった。

 途中、何か目を引く人物にぶつかったがそれどころではない。元々人嫌いな常澄には『死体』という言葉の響きが異常なまでに心を潰しているのだから。

(はぁ、はぁ……)
 息を切らせて目的地についた常澄は、目を見開いたまま肩を落とす。
 銃器を販売する店はなかなかにして新しいビル内にある。表向きは不動産屋として機能しているがその売り上げはお世辞にも良くはなく、どちらかというと常澄のような悪魔、或いはそれに関する事件を扱う人間がその店を支えているようなものだ。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりましたよ」
 店内には間取りの見本である広告が所狭しと貼り付けてあり、ぱっと見銃器屋にはみえず、だからと言ってそこにいる従業員の物腰や妙なうさんくさい顔も不動産屋には不向きである。
「銀弾の方ですね? 既にご用意してあります、どうぞ」
「ああ、確かめていいだろうか」
 従業員の了解も得ずに鉛筆ケースよりも二倍、三倍はある箱を開け、中身を取り出してはその大きさや銀の美しい光の反射、自分がよく使用するものかを確かめた。
「最近よく常連様がお亡くなりになられて私どもも商売に困っていましてね」
 ふと、銃弾を見つめる常澄に何かを感じたのか、従業員はつり目にかかった眼鏡をくい、と上げながら世間話を持ちかけるように話す。
「そいつの腕が悪いんだろう。 僕には関係ない」
「はは、いやそうかもしれませんが。 警察では通り魔となっている事件、あれの正体をつきとめようとしたお客様の大半がお亡くなりになってしまっているのですよ」
 またかと、常澄は心の中で舌打ちをする。悪魔かどうか、専門分野でもない話に興味は毛頭無かった。
「生きて此方に来られた方の話ですと、悪魔…ではないようですね。 美しい美女とも、青年とも、ああ、物乞いの格好のような犯人もいたそうですよ」
「もういいだろう。 それ…」
 お喋り好きなのか、従業員の話は続いている。そして、その話に心なしか耳を傾けている常澄も。
 だからこそだろう、ここに来る途中、妙に気になった街中の人物。
「それで、特徴は?」
「あ、ええ。 大抵は身体の何処かしらに宝石のように美しい石のような物がはめ込まれているとか…」
 値段を聞こうと開いた口は自然と通り魔の特徴を聞くかのように開いていた。
「悪魔でも神でもない…ましてや実態もあるのか」
「追う気ですか?」
 「いいや」と常澄は答え、銀弾をそのままコートのポケットに突っ込む。膨れ上がってしまって格好悪いが、鞄すらあまり持たない主義なので仕方ないであろう。
 ただ、ぶつかった人物。それがもしやこの従業員、そして古書店の店主が言った通り魔というモノの一つなのではないかと、心の中では感じていた。
 ぶつかった時の衝撃は今でも忘れる事は無く、何より豪奢な金色のウエーブがかかった髪に長身、豊満な体つきの女性だったという事まで覚えている。
「何をお考えになっているのか、私にはわかりかねますが。 人を殺したというモノ、或いは悪魔達は血の匂いや死臭がこびりついておりますからね」
「…そうだな」
 銀弾の代金は父が持ってくれているか、或いは後日常澄自身がこの会社の口座に振り込んでいる。
「どう思う。 僕は生に執着した覚えは無い、なのに何故そういうモノ達は生を求めるモノを殺したりするんだ?」
 頭の中に冷たくなった母の眠るような遺体の映像が過ぎる。あの頃、常澄は彼女が死亡した事も、生きていられないという理由だったのか、それとも生きたいと思いながらもそれを全うせずに自ら死を選んだのかもわからなかった。
 そして、今もそれについての明確な答えは出ていない。
「それは当たり前の事かもしれません。 生に執着し、生きたいと思うからこそ、それを奪う物にとっての栄養、そして快楽になるのですよ」
 常澄の中で母の映像が途切れ、彼は瞼を静かに閉じる。母は生きたいと思って死んだのだろうかと、考えていくのは最早無理なのかもしれないと。

「代金は口座に振り込んでおく。 邪魔をした」
「いえいえ、またご贔屓にしてくださると此方も助かりますよ」
 自動ドアが魔法のように開く。これもまた、それが開発されていない時代にあれば今の悪魔達のように不思議の一言で片付けられ、白い目で見られる道具の一つなのであろう。

 そして常澄はまた、その彼にとっての当たり前の世界に戻るべく、足を進める。中国の妖怪であり現在唯一の友である『めけめけさん』と、つまらない学校生活や同級生達。物好きな父親。
 何度も繰り返される物事の中で、常澄は次の日大々的に報道された女性の遺体のニュースを矢張り別の国の出来事のように眺める。
「お前は生きたいか?」
 側に控えためけめけさんに冗談か本気か、ソファに沈みながら言ってやれば、元々生死という物を超越した存在である饕餮という妖怪は、ただただ言葉にならないような擬音を発し常澄の服を、不揃いな歯でじりじりと齧るのであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4017 / 龍ヶ崎・常澄 / 男性 / 21 / 悪魔召喚士、悪魔の館館長】
(ゲームノベル設定上、上記から3年年齢をマイナス。職業・高校生)

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■         ライター通信          ■
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龍ヶ崎・常澄 様

三度目のご依頼、有難う御座います!
相変わらず若葉マークに縋り付くライター・唄で御座います。
今回、美佐の死期に常澄様は高校生だったという事で書かせていただきましたが、めけめけさんの出番が意外に多くなってしまいました。
そして、よく行くお店の雰囲気や常澄様の心境、美佐という女性を母としてそのエピソードと絡め、少々シチュノベ風になってしまいましたが、少しだけ『BLUE』キーパーソンも混じっております。
少しでも楽しんでいただき、思い出としてくだされば幸いです。
誤字・脱字等御座いましたら申し訳御座いません。
毎度の事ながら、表現方法でこうした方が…等のご意見も真剣に受け止めさせていただきますゆえ、何か御座いましたらレターなど頂けると幸いです。

それでは、またお会いできる事を切に祈って。

唄 拝