■ひとやすみ。■
朱園ハルヒ |
【3448】【流飛・霧葉】【無職】 |
いつもは慌しくしている司令室も、今日は穏やかだった。
早畝はナガレとともに備え付けのテレビを見ているし、斎月は自分に与えられたデスクで煙草を咥えながら新聞に目を通している。
槻哉はいつもどおりに中心のデスクに座りながら、パソコンを弄っていた。
今日の特捜部には、仕事が無いらしい。
事件が無いのはいい事なのだが…彼らは暇を持て余しているようにも、見える。
「早畝、お前学校は?」
「創立記念日で休みって、昨日言ったじゃん」
斎月が新聞から顔をのぞかせながらそんなことを言うと、早畝は彼に背を向けたままで、返事を返してくる。
見ているテレビの内容が面白いのか、会話はそのまま途切れた。
「……………」
そこでまた、沈黙が訪れた。
聞こえるのはテレビの音と、槻哉が黙々とキーボードを叩く音のみ。
穏やかだと言えば、穏やかなのだが。
何か、欠落しているような。
それは、その場にいる者たちが全員感じていること。
それだけ、普段が忙しいということだ。今まで、こんな風に時間を過ごしてきたことなど、あまり無かったから。
「たまにはこういう日もあって、いいだろう」
そう言う槻哉も、その手が止まらないのは、落ち着かないから。
秘書が運んできてくれたお茶も、これで三杯目だ。
今日はこのまま、何も起こらずに終わるのだろうか。
そんな事をそれぞれに思いながら、四人はその場を動かずに、いた。
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ひとやすみ。
いつもは慌しくしている司令室も、今日は穏やかだった。
早畝はナガレとともに備え付けのテレビを見ているし、斎月は自分に与えられたデスクで煙草を咥えながら新聞に目を通している。
槻哉はいつもどおりに中心のデスクに座りながら、パソコンを弄っていた。
今日の特捜部には、仕事が無いらしい。
事件が無いのはいい事なのだが…彼らは暇を持て余しているようにも、見える。
「早畝、お前学校は?」
「創立記念日で休みって、昨日言ったじゃん」
斎月が新聞から顔をのぞかせながらそんなことを言うと、早畝は彼に背を向けたままで、返事を返してくる。
見ているテレビの内容が面白いのか、会話はそのまま途切れた。
「……………」
そこでまた、沈黙が訪れた。
聞こえるのはテレビの音と、槻哉が黙々とキーボードを叩く音のみ。
穏やかだと言えば、穏やかなのだが。
何か、欠落しているような。
それは、その場にいる者たちが全員感じていること。
それだけ、普段が忙しいということだ。今まで、こんな風に時間を過ごしてきたことなど、あまり無かったから。
「たまにはこういう日もあって、いいだろう」
そう言う槻哉も、その手が止まらないのは、落ち着かないから。
秘書が運んできてくれたお茶も、これで三杯目だ。
今日はこのまま、何も起こらずに終わるのだろうか。
そんな事をそれぞれに思いながら、四人はその場を動かずに、いた。
秘書が槻哉に四杯目のお茶を差し出した頃に、ゴン、と扉の向こうで、鈍い音がした。
それに四人とも気がつき、頭を上げる。
「早畝、見て来いよ」
「……斎月のほうが近いじゃんよ…」
と、言いつつ席を立つのは早畝だった。言い出しの斎月は、相変わらず新聞に目を通している。
早畝はそんな彼を横目に、司令室の扉の取っ手に手を掛けた。
「……こんちわ」
扉の向こうには、一人の人物が立っていた。
早畝は少しだけ驚いて、一歩後ずさる。
「…お客様かい、早畝?」
そんな早畝の様子に、槻哉が腰を上げた。
「う、うん…。霧葉サン…」
「あ? 霧葉?」
早畝の言葉に、斎月が一番に反応を返した。前回、前々回と事件に協力してもらった人物であるからだ。
皆にその姿が見えるように、早畝は扉を全開にする。
確かにその向こうには、霧葉の姿がった。だが…。
「お前、何持ってきたんだ…?」
「将棋盤」
斎月はデスクをひらりと飛び越えて、身を進めてきた霧葉の前へと進み出る。すると彼の足元には風呂敷に包まれた四角い物が置いてあった。
先ほどの鈍い音は、彼がこれを置いたときに出た音なのだろう。
「…将棋盤…って…なんで?」
「槻哉サンが、いつでも来てもいいって言ってたし…。今日はあんたと対局しようかと思って」
霧葉はそういいつつ、足元の包みを持ち上げて、応接間のソファの横にそれを置く。そして辺りを見回して、
「……槻哉サン、将棋できる場所、無い?」
とゆっくりとした口調でそう言った。
「…あ、ああ…将棋といえば、和室のようなものがいるかな…。休憩室なら、畳を敷いてあるし、そこで構わないのなら、使っても良いよ」
さすがの槻哉も、少しだけの焦り顔で。
それでも笑顔を作り、霧葉の要望に応えるように、言葉を繋げる。そして秘書に目配せをし、彼を休憩室へと案内させた。
「……………」
早畝とナガレは、黙ってその光景を見送りながら、お互いを見つめ、肩をすくめる。
「……ったく、変わったガキだよな…」
相手を指名された斎月本人も、軽くため息を零してそんな言葉を漏らした。そして霧葉の後を追うように休憩室へと足を運んだ。
「あ、すんません。茶は日本茶で」
「わかりました」
斎月が休憩室にたどり着くと、丁度霧葉が秘書にお茶のリクエストをしている所であった。その彼の前には、すでに将棋が出来るように、準備が整っている状態にある。
「……お前ね、それじゃただの年寄りだぞ…」
将棋盤の前で正座をしている霧葉の姿は、まるでプロ棋士のようだ。彼は普段から和服を好んで着用しているので、今日も例に漏れず着流し姿でその場に座っている。
斎月はその将棋盤を挟み、彼の前に胡坐をかく形で腰を下ろした。
「将棋なんて久しぶりだな…。ところでお前、ルールは解ってるんだよな?」
「………多分」
頭をポリポリと掻きながら斎月がそう問いかけると、霧葉はぽつりと静かに答えながら、将棋の駒を出した。
「…多分って……おい?」
霧葉のその行動に、斎月は嫌な予感を覚え始める。
彼は将棋盤に駒を並べているのではなく、真ん中にそれをかき集めるかのように山を作っているのだ。
「…………霧葉」
「…え?」
斎月は右頬を引きつらせながら、霧葉に声をかけた。すると彼は不思議そうに斎月を見上げてくる。
「お前、それは『対局』じゃなくて、ただの『将棋崩し』だ…」
斎月はカックリ、と肩を落としながら、霧葉の行動を指摘した。
「……普通に勝負しても、つまらないかと思って…」
「そうかよ…」
特に表情を変えることも無いまま、霧葉は斎月にそんな言葉を返してくる。斎月は半ば諦めの気持ちになりながら、やる気の無い返事を漏らした。
「んじゃ…将棋崩しで良いんだよな? 子供騙しみたいだが、付き合ってやる」
気を取り直して。
斎月は霧葉にそういうと、彼はこくりと頷き、そうして将棋崩しが開始された。
「……何だか応接間のほうが喧しいな…」
カラン、と駒を丁寧に落としながら。
斎月が応接間から聞こえる喧騒に眉根を寄せた。
おそらく、テレビに飽きた早畝が、騒いでいるのだろう。バタバタと足音さえ響いてくる。
「…………」
霧葉は特に気にかけてもいないようで、真剣に次の駒を崩しにかかっていた。
「………霧葉?」
「なに」
そんな霧葉に話しかけると、彼は『今話しかけるな』と言わんばかりの表情をしている。崩しにかかってる指先が、ふるふると震えていた。
「…いや、それ崩した後でいい…」
斎月は口元を押さえながら、霧葉の仕草に笑う。変わっている人物であるが、暇を潰すにはいい相手かもしれない、と思いながら。
また一つ。
カランと音を立てて、将棋の駒が転がった。
「…で、なに?」
「あ?…ああ、お前、なんで俺のところに来たんだ? …将棋やりたかっただけか?」
ふぅ、と軽いため息の後に。
霧葉が顔を上げて、斎月に言葉を投げかけてくる。
斎月は駒に目を落としながら、霧葉に返事をした。
「特に理由は無い。将棋盤が目に付いて、頭に浮かんだのがアンタだったから、此処に来た」
「……俺はそんなにオヤジ臭いのか……」
情けない声を出しながらも、斎月はまた簡単そうに、駒を崩した。
霧葉はそれに、少しだけムッとしたような表情をして返してくる。斎月が意外と器用だったというところが、気に入らないのだろうか。
「…ん? 意外か?」
「……………」
霧葉の表情に、斎月は得意そうににやりと笑いながらそう言う。彼はそれに黙ってはいたが、表情では否定をせずにいた。
「お前って人付き合いあまり無さそうなのにな…それでも俺らとは会う確立高いよな」
傍に置かれた茶に、視線を落し、斎月は小さく呟くように言う。それを霧葉が聞いていたかどうかは解らない。彼は必死になって、次の駒を落そうとしている最中だったからだ。
それでも斎月は構わない、といった感じで、口を開いた。
「……何かの縁って言うこともあるしな…俺に協力してくれてもう2回目だし。槻哉もああしてまた来い、なんて言うと、来なくちゃいけないような気にでも、なっちまうもんなのかもしれないな…」
コロン、と駒が将棋盤を転がり、畳へと落ちる。
「次。…アンタの番だけど」
「ああ」
霧葉のそっけない言葉に、斎月は小さく笑いながら返事を返した。
不安定な山になっている駒を眺めつつ、何処から崩そうかと、軽く頭をひねらせてみる。
そんな斎月を見ながら、霧葉は一服とばかりに湯のみに手を伸ばして、ゆっくりと茶を口に含んでいた。
「……よし、これで俺の勝ち……」
「………ぅわぁっ!!」
斎月が、微妙な位置にあった駒を崩しかけたその時に。
休憩室のドアが行き成り開かれ、早畝とナガレの声が、飛び込んできた。本人達とともに。
「!?」
次の瞬間には、斎月と霧葉の間に、将棋の駒が宙に舞う光景が二人の瞳に同時に写っていた。
「………………」
斎月も霧葉も、言葉が出てこない状態にある。
「……いってぇー……」
「早畝、早く退けよっ! 重いだろうが!!」
なだれ込むような形でその場を乱した張本人である、早畝とナガレの声だけが、休憩室に響いた。
「…大丈夫かい、斎月?」
「大丈夫って…なんだよ、これ…」
その二人を追ってきたのか、扉には困った顔の槻哉の姿があった。その彼に声を掛けられてようやく、斎月は我に返り、口を開く。
「……………」
霧葉は驚いた表情はしていないものの、その場の惨状に、言葉も無いままでいた。
「ご、ごめん…二人とも、怪我とか無い…?」
ゆっくりと体を起こした早畝は、斎月と霧葉を交互に見ながら、申し訳無さそうにそう言う。ナガレは一人憤慨しているようで、ブツブツと文句を言いながら、そのまま休憩室を出て行ってしまった。
「お前なぁ…ガキじゃねーんだから、いい加減ふざけるのも大概にしておけよ…」
斎月は呆れ顔でそう言いながら、少し前に応接間が騒がしかったことを思い出していた。退屈に飽きた早畝が、ナガレを追い回し此処までたどり着き、セーブが効かずに斎月たちに飛び込んできた、と言うのが一番想像としては近いものだと思う。実際、斎月の想像通りであったのだが。
「早畝が騒がせてしまって、すまなかったね流飛君。大丈夫かい?」
「……はぁ、俺は別に…。だけど、将棋が…」
「う…ごめん、霧葉サン…」
霧葉の目の前には、横に倒れた将棋盤と、辺りに散らばってしまった、無数の駒達がある。それを見て、早畝が申し訳無さそうに、改めて霧葉の頭を下げた。
「……いいよ、俺が勝ったんだし」
「…は?」
肩を落している早畝に向かい、霧葉は淡々と、そう応えた。
その応えに、斎月がおかしな声を上げる。
「いや、だから。俺が勝ったって」
「…なんでだよ? まだ決まってなかっ…っていうか、俺が勝つところだったじゃねーかっ!!」
「…………?」
サラリ、と霧葉がそう言ったのに対して、斎月が声を荒げ始める。
早畝にはそれが良くわからずに、首をかしげることしか出来ていない。
「だって、俺の番は終わって、アンタの番だっただろ。そこで崩れたんだから、俺の勝ち」
「…………っ」
霧葉が言っていることは、正しい。
それを解っていても、認めたくは無いのは、目の前の斎月だ。
斎月には、あの時点で、勝つ自信があったらしい。それを崩せば、次の霧葉が何処を崩しても山は崩壊してしまうだろうと見解のもと、行動に移ったところで、早畝たちが雪崩れ込んできた。そして、勝敗は有耶無耶になってしまったのだ。
「くっそー…この馬鹿早畝っ!!」
ごん、と一発。
状況を把握しきれていない早畝の脳髄に響いた、鈍い痛み。彼は両目に星が飛んだような感覚に陥り、反応を返すのが遅くなってしまう。
「……、いってぇ!!何すんだよ斎月!!」
「うるせぇ!全部お前のせいだ!!」
そんな二人のやり取りを見て、深いため息を吐いているのは、扉に立ったままの槻哉だった。そして霧葉に向き直り
「向こうでお菓子でもどうだい?」
と誘いかける。
すると霧葉は素直にそれに頷き、ゆっくりと立ち上がった。
「…おい霧葉っ、まだ話が…」
「アンタ、大人なんだろ? 潔く負け認めないと、格好悪いぜ」
「……………」
立ち去ろうとしていた霧葉に向かい、斎月が片膝を立たせながらそう呼び止めると。
霧葉は冷たい視線で、ピリャリとそういい残し、槻哉の後を追うようにしてその場を後にする。
残された斎月は開いた口が閉じないまま呆けており、早畝はそんな彼を覗き込みながら、小さく笑いを漏らしていた。
「丁度、秘書がお茶請けを買ってきてくれてね。君の分もあるから、ゆっくりお茶の時間にしよう」
槻哉は霧葉を応接間に導くようにしながらそう言う。
すると霧葉は言葉無く頷き、それから後にしてきた休憩室のほうへと、視線をやった。
「…どうかしたかい?」
槻哉がそれに気が付き彼に振り返ると、霧葉はすぐに体を向き直り、再び歩き出す。
「……将棋盤、暫く此処に置かせて。また勝負しに来る」
霧葉は呟くかのような言葉で、槻哉に口を開く。そして応接間のソファに腰を下ろして、お茶が出されるのを待つ仕草をしていた。
槻哉はそんな彼を見、くすりと小さく笑いながら
「いつでも歓迎するよ」
と彼に告げる。
そうしていると、休憩室から斎月と早畝がノロノロと歩みも遅くに出で来ていた。
「…くぅー…っ何か納得いかねぇ…」
「斎月〜まだそんなこと言って…子供みたいだよ」
「お前は黙ってろっ」
「…った! だからさっきからボカボカ殴るなって!!」
霧葉は斎月と早畝のそんなやりとりを見ながら、小さく笑っているようだ。口元を押さえてはいるが、目元が緩んでいる。
「斎月も早畝も、落ち着きなさい。せっかくのお茶が、美味しくなくなってしまう」
「……へぇーい…」
槻哉のそんな言葉に、斎月も早畝も、勢いを沈め、すごすごとそれぞれの席へと腰を下ろす。早畝などはやる気の無いような返事を付け加えながら。
「……………」
霧葉は出されたお茶を手にしながら、斎月をボンヤリと眺めている。その視線に気が付いた斎月は視線を上げ、『何だ?』と言葉をかける。
「別に。………また、来るし」
「…そうかよ…」
霧葉の言葉に、斎月はそう返しながら、ふ、と笑いながらそう言う。
すると霧葉も、口の端を僅かに上げ、笑い返してきた。
そんな二人を見ながら、さらに微笑むのは、槻哉。そして早畝も、楽しそうに笑っていた。
ゆったりとした彼らの時間は、その後も暫く、続くのであった。
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登場人物
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】
【3448 : 流飛・霧葉 : 男性 : 18歳 : 無職】
【NPC : 斎月】
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ライター通信
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ライターの桐岬です。今回は『ひとやすみ』へのご参加、ありがとうございました。
流飛・霧葉さま
ご参加有難うございます。霧葉くんは斎月を気に入ってくださっているのでしょうか?
何にしてもお声掛けいただきまして、嬉しかったです。
斎月と将棋という事でしたが、延々と勝負をさせてもつまらないかなと思いこう言う形を取らせていただきました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
ご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当に有難うございました。
誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。
桐岬 美沖。
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