■三河動乱記弐 猿渡廊下■
御神楽 |
【3070】【菱・賢】【高校生兼僧兵】 |
行き着けの喫茶店。
其処は彼女にとって、格好の昼寝場所だった。
マスターにとっても彼女はお得意様であるから、余り煩くは言われない。
三上祥子、19歳。武蔵生まれ、三河育ちの修羅だった。
「祥子さん、起きてくださいや」
突然、昼寝を妨害するように声が響く。
「うるせェなぁ……」
茶髪を翻しながら、ゆっくりと身体を起こし、横に居る男を見た。
「どしたのさ?」
「報告が有りました。北条のガキが、猿渡を攻めようとしてますぜ」
金髪が彼女の眼の前でちらつく。
部下の近藤が笑いながら顔を近づけた。
「相変わらずです、あのガキぁ。情報戦って言葉、知らないんですかね?」
祥子は鼻を鳴らした。良い金になるバイトだといって、こっちに協力してくれる生徒が、北条聡志の通う長篠高校の生徒には大勢居る。聡志は、それに気づいても居ない。
頭を掻き毟ってあくびを漏らす祥子。
寝起きの彼女の、ちょっとした癖だった。頭を軽く掻いてると、少しずつ目が覚めて来る。そうして頭も冴えて来るというものだ。
さぁて。小さく言葉を漏らし、彼女は背伸びをした。
「収拾かけてよ、近藤。猿渡には注意出しといて」
近藤と呼ばれた男は、小さく頷く。
「オーケー、で、どうします?」
祥子はすっかり冷め切ったコーヒーを喉へ流し込み、顎に手を当てた。
猿渡。部下の一人の苗字である。苗字も然る事ながら、顔つきまで、まるで猿のような奴だった。彼の家の鏡に、猿が写るのだ。そしてその猿が廊下をのたのた歩く。
誰も、そうなっている理由を知らないが、安定した過ごし易い霊域を保っている。そのように、彼の家自体が一種の霊域になっており、位置的には対北条最前線の霊域の一つだった。
「……罠に掛けてやろうじゃない。相手は?」
「聡志と、それから傭兵やら、部下やらが何人か……」
飲み終わったコーヒーをドンと机に置く。
「あの家を占拠されちゃ、猿渡が家を無くしちまうしね。伏兵を敷いて、派手に出迎えてやろうじゃんか!」
祥子が笑い声を上げ、胸の前で腕を組む。静かにしやがれ。マスターの苦笑と声が飛んだ。
軽く笑いながら立ち上がった祥子は、マスターに謝る仕草をして近藤に向き直って目線をそらした。
「あのー、ツケといて欲しいんだけど……」
「タダで飲み食いしやがって。まっ、たまには野菜も食えよ」
マスターが笑いながらトマトジュースを投げた。
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三河動乱記弐 猿渡廊下
戦って、戦って、戦って、戦って……。
戦えば、あとは勝てば良い筈だ。
「行くかな」
一人、聡志が歩き始める。
(誰にも文句は言わせない……)
歩く背の後ろには、僅か数人。一時的な手伝いに来た傭兵が殆どである。
闇夜に紛れて、男たちは足を進めていった。
「んん〜、日本は広いねぇ」
後ろの応仁守・雄二が暢気な声を出しながら、何処からとも無くギターを取り出す。
「ギターはやめてくれ、位置がばれる」
「ははは、その必要が有るのかい?」
押し黙る聡志。
三河が混乱状態にあるのが悪いのか、人の出入りは激しかった。
そして彼は、傭兵ですらない。ただ、喧嘩に混ぜろと言う。聡志は初対面で信用出来なかったが、雄二は聡志の疑惑等何処吹く風。何ら気にする事無く聡志に話し掛けてくる。
ふと、聡志が顔を上げた。
「さっきの……どういう意味だ?」
「ン? 気にしちゃ駄目さ」
睨む聡志を前に、雄二はギターをまたよく解らない場所に仕舞い込んだ。
廊下が軋むような音、鳴り響いたのはしかし、実際の廊下ではない。
その音が鳴り響くのは耳に直接聞こえるからであって、物理的な音が鳴り響きはしない。
「猿が、通っとります」
大きなサングラスが闇の中に映えた。
男は顎を摩りながら猿を見る。
「どうにも、機嫌が悪いようで」
「ハッ、それでどーなるのよ?」
聞いた女は笑い飛ばすように、男を見た。
三上祥子はその男を尻目に立ち上がる。長い髪の毛がそよ風になびく。
「猿渡。奴等は……見えるか?」
猿渡と呼ばれる男は眼を細め、微かに頷いた。
「よし、行けっ」
背後に控える影が、細かな音を立てて闇に消えた。
(聡志ちゃん、アンタは甘いのさァ)
小さく喉を鳴らす祥子。
そう、どだい奴が嫌いなのだ、むっつり黙って、常に冷めた眼を見せる。戦術も、技術も、戦略も……聡志には何も、無い。
戦う為に戦に出てくるような奴、祥子はそうとしか見ていなかったし、三河の他豪族もそうとしか見ていなかった。
だがそれも終りだ。
評価も何も無い、奴はここで殺す。
久々に発生した三河の戦いを前に、情報屋は三河付近をうろついていた。
この自らの目が、商売品を記録する。
機械での録画は所詮は機械。見えないものを捉える”眼”ではないのだ。自然、自らの目で見、肌で感じる事でより正確な情報を収集するしかない。
それによって情報屋は、情報屋足りえるのである。
そう、例え小ささ故に信用度が薄かろうと。
「やっぱりデーターは新鮮でないといけまセン」
くすくす喉を鳴らした情報屋は、ローナ=カーツウェル。未だ小学生である事が、情報屋としての最大の足枷であった。遠目より、通称”猿渡廊下”を眺める。
よく見れば幾らか、人の動きが見えない事も無い。しかしそれも、結構前から観察していたからこそ、見えるのだ。
更に遠くに、そしてまた数人が見える。恐らく、聡志達であろう。
「オー……伏兵がいマスよ。不注意デス……」
しかし特に手を出すでもない。
月明かりが漏れた。金髪を被った小さな顔に、幾らかそばかすを浮かべて少女は目を細めた。
両陣営共に、動きが慌しくなっていく。
「……情報屋かな。伏兵さん、にしては離れ過ぎてるしさ」
後ろから声が掛かる。
敵意も無いから放って置いた。相手はどれくらい前から、こちらに気付いていたのだろうか。かといって少女は。特に詮索するふうでもなく後ろへ振り向いた。
「隣、構わないか? さっきの場所は、ちょっと視界が悪いんだ」
返事を聞くよりも早く、屋根から屋根へと伝って近付いてくる。司馬・光は身軽な身体を静かに着地させると、再び猿渡廊下へと目を向けた。月明かりの下に、まるで女性のような童顔が見える。
特に敵意も害意も無いという事は、解っているのだ、ローナはそれ程警戒もしなかった。
「ユーは誰デスか?」
「……アンタと、大差はないな」
光は笑いながら言う。ローナとて信用する訳ではないが、今は情報屋という事で十分だ。
ローナにしては危害さえ加えられないのであれば、別段敵対する理由は無いのだから。
「あっ」
光が声を上げる。
その目線の先で”力”の衝突が光を発していた。
「どうしたどうした!」
黒い学生服を羽織った男が、掛け声を掛けながら錫杖を振り回す。菱・賢は若く闊達な声を響かせながら、しきりと聡志を挑発していた。
近付けば離れ、離れれば立ち止まり、付かず離れずの距離を保ちながら徐々に、だが確実に後退していく。
ふい賢の手が印を結んだ。
「ぐたぐたと……うるさい奴ッ!」
聡志が吼える。一時的に掛かった圧迫感を振り払い、聡志が駆け寄る。
手にした古刀は月夜の下で不気味な輝きを放っていた。
聡志が古刀を振りかぶったにも関わらず、賢は背を向けて駆け出した。歯軋りの音と共に、聡志は背を向けた賢を追う。
真面目に戦う気が無い事が余りにも不快だったのか。
それとも単に、短気だったのか。賢を追い詰めた時には既に遅かった。
「殺しはしない……」
古刀を改めて握りなおした聡志が一歩足を踏み出す。
しかし、その聡志の背後で何かが倒れる音がした。出撃前に雇った二人の傭兵だった。
「直ぐに後を追わせてやるわ、北条聡志ィ!」
聡志の耳には、聞き覚えがある。
この威圧するような声の持ち主は、間違いない。三上祥子だ。はっとなって聡志は辺りを見回した。こちら一人を取り囲むように、周囲の景色から現れる伏兵が、すっかり聡志を取り囲んでいた。
三上祥子が飛び出す。周囲の者が次々と聡志へと足を進める中、聡志は一人であった。
(家へ討ち入る事すら出来ないなんてな……)
苦虫をつぶしたような顔を見せて、聡志は襲い掛かる一人を打ち倒した。
その速度は成る程、確かに見事だったかもしれないが、所詮両陣営では数が違う。
そして何より……両方同時は無論の事、菱賢と三上祥子は、それが片方だけが相手であったところで、確実に勝てるという自信は一切無かった。
「聡志君、逃げたほうが良いんじゃないかな?」
雄二は相変わらずの余裕風を吹かせ、近付く者を殴り倒す。
ふと猿渡は首をかしげた。あんなギターを抱えた男、聡志の傭兵の中に居ただろうか、と。
まぁ良いか。数秒で出た答えは意外と単純だった。
「……退却だ!」
聡志が叫ぶ。多勢に無勢、それも祥子や賢は単体での戦闘技術も突出している。数で劣り、しかも機先を制されていては、勝てる訳が無かった。
まだ身体の動く者、そして聡志、雄二は一斉に駆け出した。
祥子側が一気に畳み掛ける。
気付かず、聡志は唇を噛んだ。逃げるとなれば、動けない奴は放って行くしかない。周りを見ても動ける人数よりも動けない人数の方が、明らかに多かった。
「そう簡単には逃がさないぜ、北条聡志とかっての!」
賢が錫杖を片手に前に立った。
「どぉけぇ!」
髪を散らしながら、聡志が吼えた。振られた古刀を、賢は手にする錫杖を用いて防ぐ。
あの細い腕からこの威力、恐らくは腕力ではない。大した能力だ……そう、賢は判断した。なら、技術勝負だ。確かに目の前で古刀を握る聡志は才能があるかもしれない、だが努力の跡は無い。
(こいつぁ……技術は無ぇっ!)
振られる古刀を弾き、腹部に錫杖を一撃、またも払い、左肩に一撃、払うより早く右肩、続いて腹、頭部……見る間に攻撃の優位性が明確に浮き上がる。
聡志の攻撃は宙を切る。相手を捕らえられず、反撃を食らっては、のけぞる。
「この、やろッ!」
「三河は仏教が盛んだしな、お袋も居るんだ。お前みたいなん、叩き出してやるさ!」
「こんッ……神道で悪かったなァ!」
横薙ぎの一閃。しかし、動きが鈍った攻撃で、賢を捕らえる事は出来なかった。
逆に隙を付かれ、一撃、また一撃と攻撃が身体に刻み込まれて行く。聡志が手から離れかけた刀を握りなおす。その隙を賢は見逃さず、強烈な一撃を叩き込んだ。
聡志の身体が大きく弾き飛ばされる。
弾き飛ばされた彼は左肩をだらりと下げ、それとは対照的に、賢は息を整えながら錫杖を構えなおす。
「もう少し、冷静になった方が良いな」
気が付けば、ヘルメットを被った小柄な人影が聡志の腕を支えていた。
突然の乱入者に誰もが不信な目を向ける。
一人、遠くで見ているローナだけが何も気にした様子は無かった。ただし、隣の影は無い。
「もう必要なデーターはありまセンネー」
小さく笑いながら、ローナは陰へと紛れ込むように、姿を消す。
先程まで隣にいた人の、ヘルメット姿を遠めに見ながら。
「誰か知らないけどさ……怪我して泣いてな!」
祥子が身を乗り出し、腰を沈めた。翳した手の平の周囲が歪む。
直後身体を襲ったのは、全身に叩きつけるかのような強烈な衝撃だった。ただし、弾き飛ばされはしていない。暗く翳ったヘルメットの目元から、彼は、司馬光は、女性のような目を向けた。
今は豪族間の対立に積極的な介入をする事は出来ない、だがそれでも”彼女”に友好的な御霊に死んで貰われても困る。
光が改めて聡志を支えながら少しずつ下がって行く。
「逃げる気っ、近藤、逃が……!?」
帰ってきたのは、近藤の呻き声。祥子は思わずそちらに目をやった。
ギターを持った彼、応仁守雄二は、倒れた近藤の前で元気の有り余った顔を輝かせている。
「そうか、キミは近藤って名前か」
場所に不釣合いな程に明るい笑いが輝く。
「……チッ」
「追うのかよ、追えってんなら追うけどさ」
賢が祥子の横へと足を進めた。
対象である北条側は、隙を見せぬようじわりじわりと下がっていく。そして駆け出す。
「いいさ、アレなら暫くは仕掛けて来やしないだろ……」
千歳一隅のチャンスを逃したかもしれない、祥子はそう思わずにはいられなかった。
だが、幾ら傷ついたりとはいえ、聡志に雄二、そして乱入した光の三人が相手に対して、現在戦闘に耐えられるのは自分と賢の二人。少しばかり、分が悪かった。
「いやぁ〜、良い汗かいたなっ!」
顔に幾つかあざが出来ようと、負けようと、彼は溌剌としていた。
その雄二を横目で見ながら、聡志は空き地の壁にもたれかかる。
「そうか、なら彼女の知り合いか……」
「あぁ、それでちょっと見に来てみたら、さ」
戦闘だった、そして負けた。
正面きって戦えば、聡志に負けるつもりなど毛頭無い。だがしかし、それを待ち伏せされていた……。
「もう少し慎重に、やった方が良いんじゃないか? 周りに良い顔したいなら、三河一国くらいちゃんと治めてみせなよ」
苦笑しつつも、思わず漏れらした光の助言を、聡志はああ、とだけ答えてうつむいた。
沈黙した空気が流れる。
そして、それをかき消すように雄二の笑い声が響いた。
「いや、なぁに、若者は勝って負けて、それで大きくなるものさ。少年よ、敗北に負けてはならんぞ〜」
やや真面目な目元に、楽しむような雰囲気を纏わせながら、自らの言葉に合わせてギターを鳴り響かせる。
聡志が諦めるような溜息を吐いて、雄二を見上げた。
(誰だろう、この人……)
光はそう思ないでもなかったが、とりあえずは言わない。言って気分を害しても困るし、だいたい、なんだか聞いても解らない可能性が高そうだったから。
聡志が一人、考え込むように黙り込んでいた。
― 終 ―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC1787 / 応仁守・雄二(おにがみ・ゆうじ) / 男性 / 47歳 / 応仁重工社長・鬼神党総大将
PC1936 / ローナ・カーツウェル / 女性 / 10歳 / 小学生
PC3070 / 菱・賢(ひし・まさる) / 男性 / 16歳 / 高校生兼僧兵
PC3070 / 司馬・光(しば・ひかる) / 男性 / 17歳 / 高校生
NPC / 北条・創志(ほうじょう・そうじ) / 男性 / 16歳 / 高校生
NPC / 三上・祥子(みかみ・しょうこ) / 女性 / 19歳 / フリーター
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■ ライター通信 ■
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スケジュールの調整ミスから、若干納品が遅れてしまいました。
皆様には、申し訳ないです(汗)
何時新米から脱せるかも解らないライター、斑鳩で御座います。
今回は猿にもう少し動いてもらう予定でしたが、様々なプレイングの統合上の問題から、猿は出るだけ、となりました(汗)
皆さん個性が強烈なので、強く出していこうと思って書いていくと、自然そういった描写が増える事になりました。話の展開はその分、ローペースかもしれません。
ギターの事もっと書きたかったなとか、法輪とかも出したかったなとか、考えるときりがありませんが……
実際には文字数制限もあり、そういうわけにも行かず(汗)
また次の機会がありましたら、もっと色々書かせて頂きます。
前回今回と、戦闘系が続いておりますので、次回は戦闘以外、もしくは前世話でもやろうかな、と企画中。
もしくは聡志リベンジ! のどちらかになるかと存じます。
それでは、有難う御座いました(笑)
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