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■ひとやすみ。■

朱園ハルヒ
【3689】【千影・ー】【Zodiac Beast】
 いつもは慌しくしている司令室も、今日は穏やかだった。
 早畝はナガレとともに備え付けのテレビを見ているし、斎月は自分に与えられたデスクで煙草を咥えながら新聞に目を通している。
 槻哉はいつもどおりに中心のデスクに座りながら、パソコンを弄っていた。
 今日の特捜部には、仕事が無いらしい。
 事件が無いのはいい事なのだが…彼らは暇を持て余しているようにも、見える。
「早畝、お前学校は?」
「創立記念日で休みって、昨日言ったじゃん」
 斎月が新聞から顔をのぞかせながらそんなことを言うと、早畝は彼に背を向けたままで、返事を返してくる。
 見ているテレビの内容が面白いのか、会話はそのまま途切れた。
「……………」
 そこでまた、沈黙が訪れた。
 聞こえるのはテレビの音と、槻哉が黙々とキーボードを叩く音のみ。
 穏やかだと言えば、穏やかなのだが。
 何か、欠落しているような。
 それは、その場にいる者たちが全員感じていること。
 それだけ、普段が忙しいということだ。今まで、こんな風に時間を過ごしてきたことなど、あまり無かったから。
「たまにはこういう日もあって、いいだろう」
 そう言う槻哉も、その手が止まらないのは、落ち着かないから。
 秘書が運んできてくれたお茶も、これで三杯目だ。

 今日はこのまま、何も起こらずに終わるのだろうか。
 そんな事をそれぞれに思いながら、四人はその場を動かずに、いた。
ひとやすみ。


 いつもは慌しくしている司令室も、今日は穏やかだった。
 早畝はナガレとともに備え付けのテレビを見ているし、斎月は自分に与えられたデスクで煙草を咥えながら新聞に目を通している。
 槻哉はいつもどおりに中心のデスクに座りながら、パソコンを弄っていた。
 今日の特捜部には、仕事が無いらしい。
 事件が無いのはいい事なのだが…彼らは暇を持て余しているようにも、見える。
「早畝、お前学校は?」
「創立記念日で休みって、昨日言ったじゃん」
 斎月が新聞から顔をのぞかせながらそんなことを言うと、早畝は彼に背を向けたままで、返事を返してくる。
 見ているテレビの内容が面白いのか、会話はそのまま途切れた。
「……………」
 そこでまた、沈黙が訪れた。
 聞こえるのはテレビの音と、槻哉が黙々とキーボードを叩く音のみ。
 穏やかだと言えば、穏やかなのだが。
 何か、欠落しているような。
 それは、その場にいる者たちが全員感じていること。
 それだけ、普段が忙しいということだ。今まで、こんな風に時間を過ごしてきたことなど、あまり無かったから。
「たまにはこういう日もあって、いいだろう」
 そう言う槻哉も、その手が止まらないのは、落ち着かないから。
 秘書が運んできてくれたお茶も、これで三杯目だ。

 今日はこのまま、何も起こらずに終わるのだろうか。
 そんな事をそれぞれに思いながら、四人はその場を動かずに、いた。



「俺、ちょっと出かけてくる」
 一つの番組が終わった頃合を見て。
 ナガレがぴょん、と早畝の傍を離れて、口を開いた。
「何処行くの? ナガレ」
「その辺ブラついてくる」
 早畝がソファ越しに、声をかけてきた。それに振り向きながら応えて、歩みを進める。
「夜までには戻るな」
「気をつけて、ナガレ」
 槻哉の言葉を背にしながら、ナガレは司令室を後にする。
 そして扉を閉めた直後に、音もなくその姿を、変えた。
 いつもは少年の姿なのだが、今日は何故か可憐な少女の姿になっている。
「……うーん…この格好じゃ歩けないか…」
 そのままトイレに入ったナガレは、備え付けの鏡を見ながら、独り言を言う。人型をとった『彼女』の格好は、黒の着物にアレンジを加えたもので、そのまま表に出てしまえば目立つこと間違いなし、の姿だった。
 軽く溜息を吐き、ナガレは人目を気にしながら更衣室のほうへと足を向けた。
 突き当たりにある更衣室には、彼女用の服が密かに仕舞いこんであるのだ。
「……………」
 無言でその場に辿り着いたナガレは、そのまま一番奥のロッカーに手を伸ばして、中にある服を適当に掴み取った。そして今まで着ていた着物を脱ぎ捨て、手にしたものを身に着ける。
 普段からゴシックロリータ、またパンク系の服を好んで着ているナガレは、今日も例に漏れず、のようである。
 白の燕尾ブラウスに黒のフリルミニスカート。これでもまだ控え目らしい。
 腰まである銀髪はツインテールに纏められ、黒のリボンで結んでいた。
「よし、完璧」
 自画自賛のような言葉を口にしたナガレは、意気揚々と更衣室を出、特捜部を後にした。
「…やっぱり外の空気が一番だな」
 入り口で腕を伸ばして思い切り伸びをすると、首に付けたままの合皮チョーカーから伸びている鎖が、チャリ、と音を立てた。
「…………」
 久しぶりに少女の姿になったためか、新鮮な感じがする。
 日が落ちるまで宛ても無く街中を歩くのも、悪くないと思いつつ、彼女は一歩足を進めた。
 と、そんな時だ。
「あっ ナガレちゃん!」
 明るい声と共にナガレの肩口へと飛び込んできた、軽い重み。
「……千影?」
 それを受け止め、瞳を開けば、目の前には黒いふわふわとした髪の毛が広がっていた。
 声と、気配には、充分過ぎるほどの覚えがある。
 つい先日も、とある事件を共に解決してくれた存在だ。
「…あれぇ? ナガレちゃん、今日は女の子なんだねっ」
 首へとしがみ付いていた少女――千影は、ぱっとナガレから離れ、不思議そうな表情をしながらそんなことを言う。
「…ああ、気分転換ってやつかな。…それより、今日は一人なのか、千影?」
「うんっ あのね、万輝ちゃんはあっちでお写真撮ってるの〜」
 ナガレの言葉に、千影は深追いをしようとはせずに、質問のみに明るく答えた。手ぶりつきで。彼女の指をさした方向には、彼女の主である『万輝』が職場にしているスタジオがある。今日は何かの撮影の仕事が入っているのだろう。
「だからね、チカとデートしよ? ナガレちゃん」
 満面の笑みで、そう言う彼女に、ナガレは断る理由などは見当たらずに。
「そうだな。あいつの仕事が終わるまで、付き合ってやるよ」
 ぽんぽん、と頭を撫でてやると、自分がいつもより身長が低いことを自覚する。腕を挙げる位置が普段より高い。やはり男の姿と女の姿では、多少の違いがあるらしい。
「あのねあのね、あっちに美味しいアイスクリーム屋さんがあるの〜」
 千影はにこにこと笑いながら、ナガレの手を引いた。そして自分が先頭を切り、お目当ての場所までナガレを引っ張っていく。
 ナガレはそんな彼女の後姿を見、ふっと笑った。そして重みにならないように、引っ張られながらも、きちんと自分で歩みを進める。
 アイスと言うと、早畝が一番喜びそうなのだが、今日は自分が得をしよう、と思ってみたりもする。
 そうこうしているうちに、千影が言っていたアイスクリーム屋に辿り着いた。イタリアンジェラートの店である。
「ナガレちゃんは何がいい? チカはね、バニラなの〜」
 千影は瞳をキラキラさせながら、ナガレにそう問いかけてくる。その仕草は誰が見ても可愛らしいものであり、店の店員もその魅力に囚われてしまっているようであった。
「…そうだなぁ、じゃあ俺はラムレーズン」
「あっダメだよぅナガレちゃん。今は女の子なんだから、もっと可愛らしく喋らなきゃ」
 ナガレが口を開くと、その言葉使いを聴いた千影が小声でそんなことを言ってくる。確かに、ナガレも今は可憐な少女の姿をしている。口調がいつもどおりだと、ギャップが激しいかもしれない。…しかし…。
「……こればっかりは…どうにも、なぁ…」
 困ったようにそういうと、千影はぷぅ、と頬を膨らませながらも
「しかたないなぁ…。じゃあ、おねえさん、チカにはバニラと、ナガレちゃんにはラムレーズンね」
 と店員に視線を替え、にっこり笑いかけ、そう注文をした。
(…まいった…女の言葉遣いなんて、もう忘れたっての…)
 ナガレはその彼女の隣で、軽い溜息を吐きながら、心の中でそう呟いていた。他の店員たちの『可愛い〜』という囁き声を耳にすると、千影の為にも言葉を改めようかと思ってみたりもするのだが、癖というのはなかなか抜けるものではない。
「……はいっナガレちゃんの分だよ」
「お、さんきゅ…いや、ありがとう」
「えへへっ」
 俯いたままで思案を繰り返していると、千影が満面の笑みで、注文したアイスクリームをナガレに手渡してくる。それに自然と手が伸びて、口を開くと、やはりどうしても普段どおりの言葉遣いになってしまい、慌てて訂正をする。
 千影はそんなナガレに、嬉しそうに笑顔をくれていた。
 そして自分もアイスを手にし、それを口にしている。
「おいしいよ〜ナガレちゃんも食べて」
 千影はアイスを片手に、ナガレの手を引いた。そしてゆっくりと歩きながら、アイスを食べるように促す。
「……美味いな」
「『おいしい』、でしょ?」
「…美味しい」
 ナガレの返事に注意をしながら、千影は楽しそうに歩みを進めていく。ナガレは仕方なく、彼女の訂正に習って言葉を言い直していた。
 繋いだ手が、温かい。
 千影はナガレを無意味に引っ張りまわしているわけではない。これまで自分が見てきたもの、体験したこと、それを少しでも、ナガレに伝えようとしているのだ。
 彼女は本当に、楽しそうに笑っていた。
「……………」
 アイスを食べながら、どんどん街中へと進んでいくのだが、ナガレはその道筋が千影の主が居る場から離れていくことに気が付いて、一旦足を止める。
「…ナガレちゃん? どうしたの?」
「千影、その姿のままで、大丈夫なのか…?」
 千影は足を止めたナガレに気がつき、振り向いて首をかしげた。
 そんな彼女を見つめながら、ナガレは小さな声でそんな事を、聞く。
 ナガレの知っている限りでは、千影が人の姿を取っていられるのは日が落ちた夜の間だけと、主である万輝が傍にいる時のみ。それ以外は小さな黒猫の姿にしか、変容できなかった筈だと。その本来の姿は、翼を持つ黒獅子であることも、もちろん知ってはいるのだが…。
「……大丈夫よ? だからナガレちゃん、歩こう?」
 間を置き、ナガレの言葉に答えた千影は、握ったままの手を引き、再び歩きだす。
 ナガレはそれ以上を聞きだすことが出来ずに、彼女の言われるままに歩みを進めた。
 それから二人は、賑やかな街並みへと紛れ込み、千影が事前に目を付けていた可愛らしい小物の店や、ナガレが好みそうな服が売っている店、そして二人が揃って首を傾げてしまいそうなものが売っている変わった店と、それらを窓越しに眺めては他愛ない会話とその『時間』を楽しんでいた。
 そうこうしているうちに、千影の心配をしていたナガレも、普段の忙しさから解放されたような感覚になり、久しぶりに心からの笑顔を作り上げていた。
「…あれって、何に使うんだろうね?」
「何だろうなぁ、帰ったら槻哉あたりにでも聞いてみるか」
 なにやら怪しい物が売っていた店を後にした二人は、笑いながらそんな会話を交わす。
 そして二、三歩あるいたところで、先を進んでいた千影が、ふと足を止めた。
「どうした? 千影」
 背中を向けたままの千影の目の前に回りこみながら、ナガレは彼女の瞳を見て問いかける。何かを思案しているような、そんな表情をしていた。
「あのね」
「…うん?」
 千影はナガレを見つめたままで、小首をかしげながら、口を開く。ナガレが軽く返事をすると、ほわ、と笑い、また口を動かした。
「…チカね、自分と同じお友達初めてだから、ナガレちゃんと逢えて…うれしいの」
 彼女は少し照れたように頬をピンクに染めて、そんなことを言い始める。
「ひとりだと思ってた…チカは万輝ちゃんと一緒だけど、それでも、ひとりかな…って思ってたの。そんな時にね、ナガレちゃんに逢えたんだよ」
「……………」
「…それとね、さっき、ナガレちゃんが言ってたことだけど…チカね、少しだけ変わったんだって」
 静かに、落ち着いた口調でそう話す千影は、その場で数歩歩き、そしてまたナガレに向き直る。
「えっと…よく分からないけど、力の幅が広がった感じ? ママ様達は『チカが成長したから』っていうけど、どこが変わったのかなぁ?」
 千影は空を見上げながら、問いかけるかのようにそう言う。
 ナガレはそんな彼女を見つめながら、千影が言った『成長した』という言葉に、妙に納得する。
 言動そのものには、あまり変化は見られない。彼女が言っている成長と言うのは、千影の能力の事を言っているのだろう。
 その証拠に、主である万輝から離れ、もう数時間も経つが、彼女の姿に何の変化も見られない。
 本来が獣の姿である千影は、人化としての能力を安定させてはいなかった。それは幼さ故のこと。だが彼女はこの数ヶ月の間に、色々な体験を通して、急激な成長を遂げたのだろう。
「そうだなぁ…千影、こうして昼間もヒトの姿でいられるだろ。それが成長の証だ。後は…『心』、かな?」
「ココロ?」
「ああ」
 ナガレが千影の言葉に応えるかのようにそういうと、彼女もまた聞き返してくる。瞳を丸くし、小首をかしげて。
「…ま、それは千影自身が、これから自分で見つける問題、だな」
「え〜? チカ分からないよぅ…」
「勉強、だ。それもまた成長の一つ、だしな」
「??」
 ナガレが遠まわしの答えを出すと、当然のごとく千影は眉根を寄せてまた首をかしげる。
 それにナガレは軽く笑い、また遠まわしに答えの言葉を千影に送った。
「焦らなくていいさ。ゆっくりと…そうだな、万輝と一緒にでも、考えるといい」
「むぅ〜…ナガレちゃんのケチ〜」
 千影はナガレの言葉に、ぷぅ、と頬を膨らませる。そんな仕草でさえ可愛くて、ナガレは笑いながら彼女の頭を撫でてやる。
「解った、じゃあ千影の分かることを一つ、な」
「なぁに?」
「…俺も、千影に出会えて嬉しいよ。知り合う存在は多くても、お前のような、同属にはなかなか逢う事が出来ないしな…」
 ゆっくりと、言葉に重みを乗せて、ナガレはそう言った。千影の瞳を見つめたままで。
『ナガレちゃんと逢えて…うれしいの』
 千影の言葉が、ナガレにとって、どれほど嬉しかった事か。
 特別な言葉を貰ったわけではない。しかし、彼女の口からそれを聞けたときの喜びは…一言では表現できないほどだったのだ。
「…えへへっそっかぁ…ありがと、ナガレちゃん」
 千影もナガレの言葉を受け取り、ふわりと微笑んだ後は、また頬をうっすらと染めてそんな事を言う。そしてくるり、とその場で一回転をして、喜びを表現していた。
「……………」
 ナガレは彼女を見つめたまま、このままずっと千影を見守りたい、と思ってみたりもする。その感情は、親の心理にも似ているのかもしれない。それに気が付いて、千影には分からないように、ナガレはこっそりと笑う。
「……さてと、これからはどうする? まだ何か見て回るか?」
「えっと…どうしよう〜…そろそろ万輝ちゃん、お仕事終わるかなぁ…?」
 ナガレが話題を切り替え、これからの事を千影に問いかけ、それにう〜ん、と考えながら彼女が応えたときに、二人の傍に寄った影があった。
「…すみません、少し、いいかな…?」
 声に振り向けば、そこには長身の男が立っていた。ナガレは自然と千影を守るように、彼女を自分の肩口へと隠す仕草を取る。
「あ〜…いきなり声をかけておいて、『悪者じゃない』って言っても、信用されないよな…。でも、怪しい者じゃないから、そんなに警戒しないでくれるかな」
 男はナガレの態度に苦笑しながら、そんな事を言う。
「……充分、怪しいけど…」
「わかったわかった。え〜と…はい、コレ。俺、これでもカメラマンなんだよ」
 ナガレのきつい視線を受け、男は慌てて自分の着ている上着の内ポケットを探った。そして二人に名刺を差し出す。
「『クローバー』ってファッション雑誌知ってるかな。来月特集があるんだけど…それのイメージに君達がピッタリでさ…よかったら街角モデルって事で、何枚か撮らせてもらえないかな〜と」
 受け取った名刺をマジマジと見つめているナガレと千影に向かい、男は説明を始めた。
 千影はナガレに視線を送り、首をかしげている。よく解っていないらしい。決断は、ナガレが下すしかないようだ。
「…あのな、万輝と同じように、写真を撮らないかって言ってるんだ」
 ナガレが小声でそういうと、千影はぱっと表情を明るくして、
「チカ、やってみたい!」
 と元気よく男に向かって言う。ナガレはそれを見て『言うと思ったよ…』と独り言を漏らしながら、千影を守る意味で自分も撮影の許可を出した。
「…言っておくけど、これきりだからな」
 そう、釘を刺しながら。
「了解、わかった。じゃあ行こうか。すぐ近くにスタジオあるから」
「うんっ」
「………まったく、好奇心旺盛なのも善し悪しだよな…」
 千影は男に素直についていく。ナガレはその千影の手をとりながら、軽い溜息を吐いて、後に続いた。

「ね〜ね〜、チカ可愛い?」
「ああ、可愛い」
 スタジオに着くなり、着替えをさせられた二人は、控え室で待たされている状態にあった。上機嫌の千影が、ナガレの目の前でくるりと回り、にこっと笑って見せている。
 丸襟に大きな黒いリボンが結ばれた白いブラウスに、黒の編み上げビスチェ。フリルのミニスカートに身を包んだ彼女は、とても可愛らしかった。ツインテールはそのままであったが、小さな黒のシルクハットが乗っている。作り上げたスタイリストでさえ、『可愛い』と連発するほどに、千影には似合っていた。
 ナガレはゴシックなイメージが強い、と言われ、スカートの裾が蝙蝠の羽根状になったワンピースを着せられた。前が開いているので、中にはミニスカートを穿いている。千影とは違い、甘さが無い衣装であった。
「ナガレちゃんも可愛いよ」
「可愛いって言うか…普段とあまり変わらないよなぁ、この服…」
 大きな鏡に自分を映しながら、ナガレは独り言のように言葉を漏らす。男の姿の時には、常にゴスパンクで纏めている彼女には、今の格好もあまり大差ないように思えたのだ。
「千影は着せ甲斐があるよなぁ…見栄えもいいし、何を着ても似合うだろうな」
「えへへ…そうかなぁ?」
 千影はずっと笑ったままでいた。本当に今の状況を、楽しんでいるようだ。
 そんな時に、ナガレの着ていた服から、電子音が響いてきた。
「……早畝かな」
 ピー、と鳴り続ける音に、ナガレは静かに立ち上がって、独り言を漏らす。そしてポケットに手を伸ばして小さな通信機を取り出した。
「こちらナガレ、どうした?」
『…ああ、ナガレ? 今何処にいるの?』
「あー…ちょっと、所用で」
 通信機の向こうの声は、ナガレの予想通りに、早畝のものだった。帰りが遅いので、心配したのだろうか。
『千影ちゃんと一緒にいるだろ? こっちに迎えが来てるんだ。心配してるみたいだし…早く戻ってきてよ』
「ああ、終わり次第戻るから、心配すんなって」
 千影がナガレの背中にピッタリくっついてきて、通信機の会話を聴いていた。そして、ふふ、と笑って、ナガレを見る。
「…内緒だぞ?」
「うんっ」
 ピ、と電源を切ったナガレは、悪戯っぽく千影にそう告げると、彼女も同じように笑いながら頷いた。
「お待たせ〜、準備できたから撮影に入ろうか」
 ノックなしに開けられたドアの向こうには、先ほどの男が立っていた。
 ナガレと千影は、ひと時のモデル気分を味わうために、手を繋ぎながら席を立つのであった。
 

 撮影を終えて千影を連れて特捜部に帰った頃には、すっかり日も落ち、肌寒い空気に包まれていた。
 ビルに入る前に、動物の姿へと戻ったナガレを肩に乗せた千影は満面の笑みで司令室の扉を開ける。
「ただいま〜っ」
 二人の帰りを心配しながら待っていた早畝や槻哉、そして千影の主が、彼女の声に驚きながら出迎えた。
「…お帰り…随分遅かったけど、何処に行ってたんだい?」
「えっとね、アイス食べて…それから、色んなところに行って…後は、内緒なの〜」
 槻哉が千影を中に招きながら、口を開くと、彼女はにこにこ笑いながらそう応えて、ナガレを見た。
「………?」
「ま、二人だけの秘密ってのがあっても、いいだろ?」
 不思議そうな顔をした槻哉に、ナガレはそんな事を言う。すると背後から異様に冷たい空気が流れ込んできたが、それには敢えて振り向かずに、思わず笑ってしまう。
「あのね、チカ、今日はすっごく楽しかった! ありがとう、ナガレちゃん」
 千影の肩からソファの背の上に飛び移ったナガレに、彼女はにこっと微笑みながらそう言った。その笑顔は、誰にも負けないほどに、可愛らしかった。
「…俺も楽しかった。また遊ぼうな」
「うん」
 ナガレと千影は顔を近づけて、意味深にふふ、と笑う。彼女の主がそれを無表情で見ていたが、彼を取り巻く空気は常に冷たいものであった。
「……チカ、帰ろう」
「は〜いっ」
 千影はそう声を掛けられて、踵を返した。そして主の腕に、縋るように飛び込んでいく。
 扉まで歩いたところで、彼女はナガレを振り向き、また微笑む。
「ナガレちゃん、またねっ」
「ああ。気をつけてな」
 ナガレが頷きながら答えると、千影の黒い髪が、ふわりと揺れて。始終楽しそうな千影は主に連れられて、司令室を後にする。

 一ヵ月後。
 ファッション雑誌の巻頭ページに『謎の美少女』として千影とナガレが記事にされていたが、それを早畝たちは、知らずにいるのだった。





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             登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【3689 : 千影・ー : 女性 : 14歳 : ZOA】

【NPC : ナガレ】

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            ライター通信           
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 ライターの桐岬です。今回は『ひとやすみ』へのご参加、ありがとうございました。

 千影さま
 ご参加有難うございました。
 ナガレの暇な時間に千影ちゃんがお相手をしてくれて、彼も嬉しかったと思います(笑)。
 千影ちゃんの服装などは、色々なサイトを廻って、選びました。途中、『あれもこれも』と色んな服を着せてみたくなってしまい、大変でした…(笑)。それくらい、私の中での千影ちゃんは、可愛くて仕方ない存在なのです…。

 ご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 桐岬 美沖。