■【夢紡樹】 ユメウタツムギ■
紫月サクヤ |
【4016】【松山・華蓮】【陰陽師】 |
貘はコロン、と転がった夢の卵を前に珍しく渋い顔をしている。
「ちょっと今月は夢の卵が多いですねぇ」
悪夢はちょこちょこと貘のおやつとして消化されているのだが、幸せな夢など心温まるものは貘の口に合わないらしく、そこら中にあるバスケットの中に溢れかえっていた。
「どなたか欲しい方に夢をお見せして貰って頂きましょうか」
ぽん、と手を叩いた貘はバスケットの中に夢を種類別に分け始める。
「さぁ、皆さん、どんな夢をご所望なのか。お好きな夢をお見せ致しましょう」
くすり、と微笑んで貘はそれを持ち喫茶店【夢紡樹】へと足を向けたのだった。
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【夢紡樹】−ユメウタツムギ−後編
------<破壊の後に>------------------------
ミニチュアを思う存分壊して良いと言われ、華蓮は本当に見るも無惨な姿になるまでミニチュアを破壊した。
それを黙って見ていた銀髪の人物は、勿体ない、という気持ちも無いのか笑顔でそれを眺めていた。
華蓮はそれを、気味が悪い、と思いながらも破壊という衝動を抑えられずに、ただ街を壊し、小さな箱庭の世界をただのゴミに変えた。
「なぁなぁ、こないな感じでええの?」
華蓮は瓦礫と化した街の中から、貘に向かって声を上げる。
「十分堪能されましたか?」
「そらもちろん!」
「堪能できたのなら幸いです。少しでも気が晴れたのなら‥‥」
「楽しかった」
満面の笑みを浮かべた華蓮は、バラバラになったミニチュアを踏み越えながら貘の隣へとやってくる。
靴を履きつま先を、トントン、と鳴らすと華蓮はもう一度自分が粉砕したミニチュアの街を振り返った。
「これ、このまんまでええんか?」
「あぁ、これはこのままで大丈夫ですよ。ところで暴れて喉が渇きませんか? 店の方で珈琲でもご馳走致しますけれど」
口元に笑みを浮かべて貘が華蓮を店へと誘う。
「奢り?」
「はい、そうですね。お近づきの印に‥‥
乗った!、と華蓮は一つ返事で貘の店へと向かうことにする。
貘の言うとおり、思いつく限りの破壊行動を行って喉がカラカラだった。
ログハウスを出て、その隣に立つ大きな木の洞へと向かう貘の後ろを付いていく。
見上げた空は夕暮れ時の寂しさを湛え、穏やかな橙色に染まっている。
「明日も晴れやな‥‥」
ぽつり、と華蓮の漏らした呟きに貘は頷く。
「そうですね、明日もきっと良い天気でしょう」
もう一度空を見上げ、華蓮は貘と共に『夢紡樹』の中に足を踏み入れた。
カラン、と軽やかな音と共に店内に入ると明るい声が飛んでくる。
「いらっしゃいませ〜!‥‥って、マスター?」
ピンクのツインテールを揺らした少女が貘を見て首を傾げる。
「あぁ、こちらはお客様。エディ、珈琲を」
貘はカウンターに立つ金髪の青年にそう告げ、華蓮を窓際の席へと案内をした。
「それではごゆるりと」
「おおきに」
ヒラヒラと華蓮は手を振り貘を見送り、窓から見える空を眺めていた。
暫く待っていると先ほどのツインテールの少女が珈琲とケーキを持ってやってくるのが見えた。
「お待たせ〜♪ このケーキはエドガーからのプレゼント。新作なので味見して下さい、だって。あ、でもリリィも味見したけど、オススメの一品だから安心して食べてね」
ニッコリと可愛らしい笑みを浮かべたリリィと名乗る少女は、華蓮の目の前に綺麗にデコレーションされたケーキを置いた。
「へぇ。ありがたく貰とくわ」
「ごゆっくり〜」
リリィはご機嫌な様子でぱたぱたと店の奥へと姿を消した。
華蓮はケーキにフォークを入れると生クリームを頬張る。
程よい甘さで食べやすく、スポンジも柔らかく美味しかった。
今日は憂さ晴らしも出来て、珈琲やケーキまで奢って貰いなかなか良い日かもしれないと華蓮は思う。
食べ終え、店を後にする頃にはむしゃくしゃした気持ちは何処へやら。
たいそう気分良く華蓮は家路についたのだった。
------<異変>------------------------
家に帰る途中、華蓮は凄まじい爆音と共に激しい揺れを感じるが、その場でかろうじて体を支えることに成功する。
激しい縦揺れに耐えながら、華蓮は音のした方を見た。
目を向けたそこには天高く聳える二本の黒い柱。
突然街に現れた巨大な柱に顔をしかめた華蓮だったが、その柱を見上げ声を失った。
「これは‥‥」
それはただの柱ではなかった。
黒い柱だと思ったのはストッキングを履いた女の足だった。
そして天から大きな笑い声が響く。
その声は地上を揺らし、街を震わせた。
しかしその声に華蓮は聞き覚えがあった。
拡声器で大きくされたような少し掠れた声だったが、それは紛れもなく自分自身の声。
「これは凄いわ。よぉ此処まで丁寧に再現されとるな」
その言葉にも覚えがあった。
確かに先ほど華蓮がミニチュアを前に言った言葉だった。
そうなると、ここは華蓮が先ほど壊したミニチュアの街ということになる。
「何が起きんか分からない‥‥なんで現実に‥‥」
華蓮はただ大きなもう一人の自分を見上げるしかない。
巨人が再び動き出し、大地が激しく揺れる。
立っていることもままならなくて、華蓮はそのまま地に座り込んだ。
先ほど自分が行った行為がしっかりと思い出される。
あの時、華蓮はこの街の全てを握っていると思っていた。
この町を生かすのも自分次第で、今世界の神だと。
超高層ビルを蹴り飛ばし、ビルが崩れ落ちるのを見て声を上げて笑っていた。
連続でビルを壊し、瓦礫と化した街があっという間に目の前に広がっていく。
華蓮の座り込んだ場所へもビルの欠片が飛んできて地面を深く抉っていった。
「よぉ。飛んだなぁ‥‥次はこれか」
そう言って巨人が向かったのは学校。
華蓮のいる場所からはよくそこが見える。
子供達が校庭に慌てて避難してきたのが見えた。
しかし巨人はそこに子供達がいるのが見えないのか大きな足で踏みつぶし、校舎を迷うことなく踏みつぶした。
ぐしゃり、とやけに軽い音が聞こえた。
まるでこれは本当に作り物の世界なのではないかと華蓮は思う。
それでも目の前で起こる地獄絵図さながらの光景は紛れもないもの。
目の前にいる巨人は華蓮自身でもあり、破壊神でもあった。
高笑いが響いて、世界はどんどん瓦礫と化す。
「可笑しい!これほんまだったらどないしよう」
巨人は笑う。
その言葉に華蓮は心底怖くなった。
逃げなあかん、と思いつつも華蓮は逃げる場所なんてあるはずがないと思う。
先ほどこの町のミニチュアを隅々まで壊滅させたのはまぎれもなく自分自身で、今ここで実際に破壊しているのも自分の仕業なのだからと。
さっきこの世界を全て壊してやろうと思っていた。
どこまでも粉々にして、形のないものにしてやろうと。
そしてそれを実際に行った。
今更、自分が行ったことが悔やまれる。遅すぎる後悔。
巨人が歩く度に揺れる大地。
あっという間に崩れていく建物。
車も次々と衝突しては燃え上がり、街は火の粉に包まれる。
悲鳴をあげて逃げまどう人々と対照的に高らかに笑う巨人の声。
耳が壊れてしまいそうなほどに、たくさんの音に溢れた世界は確実に破滅への道を歩んでいる。
高速道路を蹴り上げて、駅を踏みつぶしていく二本の足。
帰宅途中の人々が皆燃えていった。
茜色の空と区別が付かなくなるくらい、真っ赤に燃え上がる街。
その中で笑って破壊の限りを尽くす巨人。
止めることは出来ない笑い声。
街はたった一人の手によって再起不能になるほどに破壊された。
「なんで‥‥こないな事に‥‥」
呆然と燃える街を見つめながら華蓮は呟く。
先ほど出てきた夢紡樹も燃えていた。
「こうなるの分かって‥‥やったんか?」
まさか、と華蓮は漏らす。
阿鼻叫喚の巷と化した世界で正気など保っていられる方が不思議だ。
気が狂ってしまいそうだ、と華蓮が力なく頭を振った時、急に辺りが暗くなり華蓮は空を仰ぐ。
「あぁ、ウチは我が身も潰してしまうんや‥‥」
視界を覆う黒い足が近づいてくるのを見ながら、華蓮はぼんやりとそんなことを思う。
一人きりの箱庭で一人きりの遊びをして。
全てのものを壊しつくして、全てを無に還して。
小さな小さな世界の神にでもなったかのような気持ちで破壊の限りをつくして。
そして自分自身も消してしまうのだ、最後には。
近づく黒い足を見上げたまま華蓮は逃げることもせずに瞳を閉じた。
------<夢の後で>------------------------
華蓮は珈琲の良い香りが漂う喫茶店内で目を覚ました。
ぼんやりとした頭を軽く振る。
なんだかとても怖い夢を見たような気がしていた。
しかし何も覚えてはいない。
ただなんとなくそんな気がするだけだ。
夢などそういうもので、目覚めた時には覚えていないことの方が多いだろう。
少しだけ胸に残る痛み。
それだけが夢の余韻。
しかし、華蓮は間違ってはいなかったようだ。
華蓮の座った机の上には一枚の紙が乗っている。
目の前の紙を手に取った華蓮はそこに書かれた文字に言葉を失う。
『悪夢頂きました』
辺りを見渡し、記憶の断片に残る銀色の髪の人物を捜す。
しかし銀色の髪の人物は見あたらない。
華蓮は紙を手にしたまま呆然とそれを眺め続けたのだった。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●4016/松山・華蓮/女性/17歳/陰陽師
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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
お待たせ致しました。
この度は前後編でお申し込み頂きありがとうございました。
如何でしたでしょうか。
どうも悪夢を貘が美味しく頂いてしまったようですね。
ごちそうさまでした、と私が言って良いのでしょうか。(笑)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!
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