■シンデレラは誰だ!?■
ひろち |
【2863】【蒼王・翼】【F1レーサー 闇の皇女】 |
「・・・居ない」
いつでも本を読むことに没頭している栞が、珍しく口を開いた。夢々はコーヒーを淹れていた手を止める。
「居ないって、何が?」
「シンデレラですよ。シンデレラ。本の中から消えちゃってるんです」
「はあ?」
意味がわからない。
「・・・栞さん。また俺をからかってるわけ?」
「違いますよー。確かに夢々くんいじめるのは楽し・・・じゃなくて、これ見てみてください」
栞が本を差し出してきたので、夢々は顔をしかめつつもそれを受け取り、中身を読んでみた。
+++ +++ +++ +++ +++
『シンデレラ!シンデレラはどこ!?』
『お母様。あの子、どこにも居ないわ。とうとう逃げたのよ』
『シンデレラ!シンデレラ!!』
『どーこー行ったのよー。出てきなさーい!』
+++ +++ +++ +++ +++
「・・・何これ。もはやシンデレラじゃないっていうか・・・継母達がシンデレラ捜索し続けてるだけじゃん」
数ページ後には白紙になっていた。しばらく眺めているとまた新たな文字が書き加えられる。やはり内容はシンデレラ捜索。
「シンデレラが居なければ物語は進行しませんよ。当たり前のことでしょう?」
「そうだけどさ。何でこんなことになってんの?」
「多分、本を抜け出してどこかに出かけたんじゃないですか。シンデレラもたまには息抜きしたかったんでしょう。そのうち帰ってきますよ」
「そういうもんなの?」
「そういうものです」
栞がそう言うのならそうなのだろう。何せここは「めるへん堂」だ。夢々自身も元々は本の中の人間である。ここでは本は「生きた存在」なのだ。
「・・・あ。ちょ・・・っ栞さん!!」
「どうしました?」
「何かこの本、凄いことになってきてるんだけど・・・」
きちんと文章を形成していた文字が、乱れてきている。接続語の欠落、綴られる脈絡のない言葉、前後で繋がりのない文章。最後には文字ですらなくなっていた。
「うあー。全っ然、読めねーっ」
「主人公を失ったことで混乱しているようですね」
「どーすんだよっ」
「どうすると言われても・・・」
ギィ・・・
最近建付けが悪くなってきたドアが開く音がした。
客だ。
「丁度いいですね」
「何が」
栞は「ふふふ」といたずらっぽく笑う。何か思いついたのだろう。
嫌な予感。
「な・・・なぁ、栞さん・・・?まさか客をシンデレラに仕立て上げちゃおーとか思ってないよな・・・?」
「え?だってそれしかないですよね」
「えええええっ!?」
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シンデレラは誰だ!?
「ちょっと待ってよ、栞さん!この人がシンデレラって!」
現れた客・翼を指差しながら夢々が喚く。
「僕では役不足ですか?」
「いや、ていうか・・・・・・」
夢々は改めて翼を見た。金髪に青い瞳。とても美しくはあるのだが、容姿や先ほどからの言動はどう考えても―――
「男・・・ですよね?」
翼は問いかけには応えず、薄く笑ってみせた。夢々から視線を外し、栞の方を見る。
「栞さんでしたね?僕は誠意を持ってやらせて頂くつもりですが・・・問題はありますか?」
「いえ」
栞は首を横に振る。
「是非ともお願いしたいですね」
「だから、栞さん!この人男だよ?」
「少し黙らないと夕飯抜きにしますよ」
「夕飯抜きって・・・作ってるの俺なんだけど・・・」
「何か言いましたか、夢々くん?」
笑顔に押され、夢々は黙り込んだ。栞に敵うはずがない。
「では、翼さん。我がめるへん堂には店員が四名います。誰を連れていきますか?」
「考えるまでもないですね」
翼は優雅な動きで栞の手を取り、その甲に軽くキスをする。
「栞さん。僕のパートナーはあなたしかいませんよ」
目を瞬かせる栞。その横で夢々が声を張り上げた。
「栞さん!やっぱ反対!俺は反対だっ!」
【夢の後〜蒼王・翼〜】
「シンデレラ!シンデレラはどこ!?」
継母の声が響き渡る。翼はティーカップをテーブルの上に置いた。
「ここに居ますよ。お継母さま」
「何をしているのよ、何を!」
「何をって、お茶の準備です」
「床磨きはどうしたの!それにまだ洗濯も残って―――」
継母の甲高い声がぴたっと止まる。翼が彼女の唇に人差し指をあてて黙らせたのだ。
「あまり怒鳴ると美しい顔が台無しですよ。あなたは笑ってる方がずっと素敵でしょうに」
「な・・・何を・・・」
「ねぇ?」
翼がにこっと笑ってみせると、継母は途端に頬を朱に染めた。
「と・・・とにかく!日が暮れるまでには終わらせるのよ!私達は出かけますからね!」
照れを隠すように継母はその場を去っていった。今日は舞踏会。継母のメイクにはいつも以上に気合が入っている。
「・・・守備範囲が広いんですね」
「女性は皆、美しいですよ。もちろん、キミも」
いつの間にか椅子に腰を下ろし、ティーカップに口をつけていた栞は肩をすくめてみせる。
「魔法使いを口説かないよーに。それに生憎と私は同性に興味はないので」
翼の眉が少しだけ動いた。
「・・・気付かれてましたか」
「当たり前です。夢々くんは気付いてなかったようですが。まぁ、馬鹿だから仕方ないでしょう」
「随分とひどい言いようですね。彼が可哀想だ」
「問題ありません」
彼女はすました顔で茶をすする。それにしてもなかなか侮れない女性だ。初対面でいきなり女だと見破られることは滅多に無い。
「それで?どうします?舞踏会に行くというのなら魔法使いとして、ドレスを用意させて頂きますけど」
「ドレス?僕がですか?とんでもない。男物の衣装を用意して頂けますか」
翼の申し出に、栞は吹き出した。
「翼さん。もしかして王子様と張り合うつもりですか?」
「それも面白いかもしれませんね」
冗談めかして言ったが、半分は本気だったかもしれない。
「いいですよ。普通の演出じゃつまらないですもの」
きらびやかな衣装に身を包んで現れた男装の麗人に、皆の視線は釘付けになっていた。
「さて、どなたが僕の相手をしてくださるのですか」
微笑みながら女性達に問いかける。次の瞬間には彼女は人の波に埋もれて見えなくなっていた。
「あれが彼女の代わりなのかい」
「ええ。本物が戻るまではあの子がシンデレラですよ」
王子の問いかけに、ドレスで身を包んだ栞が応える。本の所持者である栞は彼とは面識があるのだ。
「随分と違う筋書きになりそうだけど・・・?」
「そこはそれ。アドリブで切りぬけてください」
物語の中の登場人物は、予め自分達がどう行動すべきでどうなるのかわかっており、その通りに行動している。誰かが本を開く度にそれを繰り返すのだ。
つまり、物語は上演演目。王子や継母はひたすら同じ劇を繰り返す役者・・・といえばわかりやすいのだろうか。
「知ってますか、王子様。彼女が姿を消した理由」
「君は知ってるというのか」
「愚問ですね。私を誰だと思ってるんです?」
不敵に笑う栞。彼女はめるへん堂が所蔵する全ての本を支配している。知らないことはほとんどない。
「彼女は信じられなくなったんです。あなたのこと」
「そんなことを言われても・・・どうすればいいのかわからない」
「協力してあげましょうか。上手くすれば、彼女が戻ってくるかもしれませんよ」
「栞さん。どうしてこんなことになったんですか・・・」
翼があきれ口調で問いかけた。
「いいじゃないですか。周りも乗り気ですし。と、いうわけでぇ」
栞はどこから取り出したのか謎なマイクを手に持ち、すうっと息を吸いこむ。
「第1回どちらが王子にふさわしいか対決!赤コーナー・現王子様。青コーナー・挑戦者シンデレラ!」
女性達の黄色い歓声が飛ぶ。
シンデレラ代役の翼が何故、王子の座をかけて闘わなければならないのか。
疑問だらけではあるが、栞には何か考えがあるのだろう。
素直に従うことにした。
王子は何が起こったのかイマイチ理解できていないのか、きょとんとしている。
「第1回戦は口説き文句対決。愛の言葉を囁いて頂きまして、よりお嬢様方のハートを掴んだ方が勝者です」
「あ・・・愛の言葉・・・!?」
「では、挑戦者からどうぞ!」
翼にスポットライトが当たった。城の照明まで意のままとは、栞の力はやはり侮れない。翼は一礼してから、言葉を紡ぐ。
「夜空に輝く星の数程の言葉を持ってしても、到底君への想いは語りきれない。どうして君はこんなにも僕の心の中を支配しているのか。僕は―――」
スラスラと出てくる言葉に女性達はうっとりと聞き惚れる。失神寸前の者もいた。ただ二人を除いては。
一人は栞。彼女は「よくそんなクサイ台詞が吐けますね」とでも言うように肩をすくめている。
そしてもう一人。質素なドレスを身に纏った金髪碧眼の少女だ。彼女は翼の方には目もくれず、ひたすら王子の方をはらはらした目で見ている。
――ああ、なるほど。
翼は栞の狙いを理解した。
スポットライトが王子の方に移動し皆がそちらに気を取られている隙に、そっと少女に歩み寄った。
「こんばんは。美しいお嬢さん」
「え!?・・・あ、こんばんは」
少女は一瞬驚いたようだったが、翼に笑顔を向けた。
「今までどこに行っていたのですか。皆、必死で探していたようですよ」
「そうみたいね。でも今はあなたがシンデレラでしょう?何だかおかしな展開になってはいるけど」
「あなたが戻れば僕は蒼王・翼に戻ります」
少女は首を横に振る。
「あたしは戻らないわ」
「何故」
「王子様の気持ちがわからないんだもの。全然愛が感じられないのよ、愛が!」
拳を握って力説する少女。
「あたし達はただ筋書き通りに行動するだけ。気持ちまではお話通りかわからない。あたしは王子様のこと大好きだけど、彼は一体あたしのことどう思ってるのかって思うと不安で不安で・・・。こんな気持ち、あなたにはわからないでしょうけどね」
「・・・わかります」
静かに翼は囁いた。
「僕も一応、女ですからね」
「え」
少女が目を見開いて翼を見る。彼女も翼のことを男だと思っていたらしい。
「と・・・とにかく王子様の気持ちがはっきりわかるまで、あたしは戻らないわ!」
「大丈夫。今からきっとそれがわかりますよ」
「それって、どういう・・・」
「えーっと、愛の言葉と言われても・・・困ったな・・・」
少女ははっと顔を上げ、王子の方に視線を戻した。彼は頭をひねり、必死で言葉を探しているようだ。
「僕が想いを伝えたいのはたった一人だけだから、この場で言うのもおかしいのかもしれないけど・・・いいのかな?」
この問いは栞に向けられたものである。
「どうぞ。そのお相手に言うような感じで構わないですよ」
「・・・・・・君は聞いてないだろうけど・・・言うよ。君は僕が信じられないらしいね。確かに僕は筋書き通りに行動しているだけで、君が不安になるのもわかるよ。僕だって不安だ。君は本当に僕のことを愛してくれているのか。
でも、でも聞いてくれシンデレラ。君が姿を消して、代役がシンデレラを演じているけれど・・・やっぱり僕は君じゃないと駄目だよ。その・・・つまり・・・僕は誰よりも君が大好きなわけで・・・えーっと・・・」
「・・・」
王子を凝視したまま少女は口をぽかんと開ける。その頬がみるみる赤くなった。
「・・・ほらね」
「あ・・・でも、あたし・・・」
「行きなさい。キミがシンデレラだ」
翼はシンデレラの背中を思いきり押した。彼女は人の群れの中から飛び出る。そして王子と目が合った。
「「あ」」
二人同時に声をあげる。途端、王子の顔が真っ赤に染まった。
「し・・・シンデレラ!?今の聞いて―――」
「王子様!」
シンデレラは王子に抱きつく。そして言った。素直な気持ちを。
「あたしもあなたが大好きよ」
「シンデレラ・・・」
王子は彼女の体を強く抱きしめた。
ややあって、シンデレラが顔を上げる。
「あたし、あの人にお礼を言わなきゃ」
「あの人?」
「背中を押してくれた人がいるの。ほら、あそこ・・・」
シンデレラが指差した先にはしかし誰もいなかった。
「あれ・・・?」
「背中を押してくれた人って・・・もしかして代役の・・・?」
「そうなんだけど・・・。どこ行っちゃったのかしら」
そう。それはまるで夢の後。
「こんなに慌しく帰って来なくても、もう少し舞踏会を楽しんでも良かったんですよ。ダンスの相手なんていくらでもいたじゃないですか」
栞の言葉に翼は苦笑した。
「シンデレラが現れた時点で僕の役目は終わりですから。こういうのは格好良く去るものでしょ」
「格好良く・・・ですか。まぁ、上手くいったのでよしとしましょう。今回はご協力、ありがとうございました。きちんとお礼はさせて頂きますので」
深々と礼をする栞に手を差し伸べる翼。
「こちらこそ楽しい一時をありがとうございました」
「・・・その手は何ですか」
「報酬は僕と踊ること・・・っていうのはどうでしょう?」
栞は二、三度瞬きし、やがてクスクスと笑い出す。翼の手に自分の手を添えた。
「それだけでいいんですか?」
「それで充分ですよ、お嬢さん」
「本の中から出てきたと思ったら、何ぼーっとしてるのさ、栞さん!」
「いえ。きっと王子様って翼さんのような人を言うんだろうな・・・と」
「はあ!?」
夢々はキッと翼を睨みつける。
「栞さんに何したんだよ、すけこまし」
「これまたひどい言われようだね・・・」
翼は笑いをこらえきれず、吹き出した。どうやらこの夢々という少年、栞に少なからず特別な想いを抱いているらしい。本人に自覚はないようだが。
「何がおかしいんだよ!」
「いや・・・」
翼はぽんっと夢々の肩を叩いた。
「キミもいつか彼女の王子様になれるといいね」
「は・・・」
何か言おうとした時には翼はもう店を出てしまっている。
「何だったんだよ、あの男・・・!」
「一つだけいいですか、夢々くん」
「何だよ、栞さん」
「あの人・・・女性ですよ」
「え・・・」
夢々は狐につままれたような微妙な表情で、翼が出ていったばかりのドアを見た。
そう。
それはまるで夢の後。
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女性/16/F1レーサー兼闇の狩人】
NPC
【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】
【夢々(ゆゆ)/男性/14/めるへん堂店員】
【シンデレラ/女性/16/シンデレラの登場人物】
【王子(おうじ)/男性/18/シンデレラの登場人物】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。新人ライターのひろちという者です。
今回はありがとうございました!
何やら美し過ぎる男装の麗人ということで・・・とてもドキドキしながら書かせて頂きました。
私の文章力で翼さんの優雅さや格好良さが表現できていればいいのですが・・・。
栞は同性に興味もなければ異性にもあまり興味を持たないタイプなのですが、翼さんには少しばかり心動かされてしまったようです。
やはりそれだけ魅力のある女性ということで・・・
書かせて頂けて幸せでした!ありがとうございました!
またご縁がありましたら、その時はよろしくお願いします!(礼
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