■【狭間の幻夢(ゆめ)】魔人の章■
暁久遠 |
【3689】【千影・ー】【Zodiac Beast】 |
―――――それは、ある日の午後のこと。
貴方はなんとなく町を歩き回っていた。
空の頂点には太陽が爛々と輝き、地に佇む貴方を照らす。
―――今日もいい天気だ。
そんなことをぼんやりと考えたその時。
――――――――ザァッ。
貴方の頭上に、唐突に大きな影が被さった。
「!!」
貴方が驚いて目を見開いている間に、その影はあっという間に貴方の頭上を通り過ぎ、何処かへと消えていってしまった。
逆光の為しっかりと判断することは出来なかったが、どうやら大きな鳥のようなものが頭上を通りすぎたらしい。
いや、鳥の羽のようなものを持った…『人間』か?
奇妙な影の正体に頭を悩ませる貴方。
しかしその目の前に、ひらひらと何かが舞い落ちてきた。
反射的に手を伸ばしてそれを捕まえると、その正体は―――大きな、ヤツデの葉。
自分の掌を軽く超えるほどの大きなその葉は、少なくともこの辺りに生息している木ではないのはすぐに見て取れた。
不思議に思って裏返してみると、そこには文のような物が。
『・招待状・
ただいま我々は非常に困っております。
しかし、それを解決するためには、どうにも人手が足りません。
これを読んだ方、どうかお手伝いお願い致します。
喰魔山管理役より』
「…『喰魔山<くらまやま>』?」
聞いた事がない名称に眉を寄せる貴方。
しかしその疑問は、すぐに解消されることになった。
……すとん。
―――軽い音と共に、貴方の目の前に看視者が到着したからだ。
「あ…」
驚く貴方を他所に、看視者はふっと貴方に目を向け―――ぴたりと、貴方の手の中にあるヤツデの葉に目を留めた。
そして何か考えるような仕草をしてから―――貴方の腕を掴み、地面を蹴った!
とん、と軽い音と共に高々と飛び上がる貴方と看視者。
戸惑いの声をあげる貴方すら半分無視状態で、看視者は貴方の片腕をしっかり掴んだままとんとんとビルや屋根の上を軽やかに飛んでいく。
一体何がどうなっているのかと目を白黒させる貴方にちらりと視線を向けた看視者は、ぽつりと呟いた。
「――――――あのヤツデは、『招待状』だから…」
「『招待状』?」
その言葉に不思議そうに首を傾げる貴方を見ながら、看視者は簡単な説明を行う。
このヤツデは『喰魔山管理役』なる者からの招待状なのだ。
それは無差別に撒き散らされるが、文章を読むことが出来るのは能力者のみと言う変わった術が施されているもので。
何が起こるかわからない場所ゆえ、安全のために超常現象にある程度対処できる力を所持する能力者のみを招待する運びになっているのだそうだ。
…まぁ、看視者の場合は統治者からの依頼も兼ねているので、行きたくなくても行かなければならないらしく。
貴方を発見した時、丁度同じ招待状を持っているのだから連れて行ってもいいだろう、と半ば巻き込む形で拉致することにしたのだという。
…要するに、貴方は行く行かないの選択肢を選ぶ前に、強制的に拉致された、と言うことだ。
そのことで恨めしげに看視者を睨むが看視者達はさらりとその視線を受け流し、黙々と進む。
そして視界は二転三転。
人が多く雑多に建物が立ち並ぶ街中から少しずつ建物がぽつぽつと減っていき、気づけばどこか懐かしい雰囲気漂う大きな山が目に入った。
ぽつぽつと点在するビルや家に囲まれるようにして、しかし全く揺らぐ様子がないように、堂々と鎮座するそれ。
驚いて目を見開く貴方だが、看視者は止まらない。
そのまま田んぼの脇道を軽く蹴って高く飛び上がると―――――そのまま、山の入り口へと着地した。
「ここは…」
「ここが『喰魔山』だよ♪」
呆然とした貴方の疑問に答えたのは、看視者ではない、少女のような…それでいて少年のような、不安定な声。
驚いて声のした方―――山の入り口へと目を向けると、そこには二人の『人』が立っていた。
――――――いや、『人』ではなかった。
「どーも初めまして♪俺たちが届けた招待状、受け取って貰えたみたいだねv」
「其方も忙しいところに呼んでしまってすまなかったな」
入り口に立っていた二人には―――『羽』があった。
黒い脇辺りまである髪をポニーテールにしてあり、くりっとした大きな瞳は右が金、左が金の変わった色彩<いろ>を持っている。
チャイナと膝丈の着物を混ぜたような変わった服にスパッツ、膝まである編み上げブーツを着た少女なんだか少年なんだか判別しかねる子供の腰から、真っ白な蝙蝠のような奇妙な翼があった。
そしてもう一人。
黒く足首まであるややたるませた長い髪を腰辺りで縛り、切れ長の瞳は射るような冷たさを帯びた白銀色。
陰陽師の式服のような衣装に、草履。
和風スタイルの落ち着いた青年の背からは、漆黒の翼が生えていて。折りたたまれたその両翼のそれぞれの中間点には、直径十センチくらいの緋色の石が埋め込まれるように点在していた。
――――どちらも、姿からして、やはり人ではなさそうに感じた。
しかしこの二人、見る限りではどうにも兄弟が親子にしか見えないのだが…それよりも、むしろ何故こんな格好で、それもこんな人里離れた山の中にいるのだろうか。
訝しげな貴方の視線に気づいたのか、子供の方がにこりと笑うと、貴方に向かって握手を求めるように手を差し出す。
「俺は神翔<かしょう>だよ。
こっちのひょろ長いのは鳴<なる>ってゆーんだ」
「ひょろ長い言うな」
どげしっ。
「あ」
笑顔の神翔の説明に不満を持った鳴からの蹴りツッコミが神翔の背中にキレイに入った。
顔からずべしゃぁっ!と見事にスライディングをかます神翔。
驚いたように目を丸くする貴方の目の前で、神翔はがばぁっ!と体を起こした。
ちょっと鼻の頭がすりむけている辺り、結構痛そうだ。
「なんだよ鳴!ホントのことじゃんかぁ!!」
「人に変な印象を持たせるような紹介はやめろといつも言っているだろうが!!!」
きゃんきゃん吠える神翔と怒鳴り返す鳴。
最初の印象とは違い、どうにも漫才コンビの印象が拭えない。
どうすればいいのだろうと戸惑っている貴方とじーっと見ている看視者に気づいたのか、二人ははっとして佇まいを直す。
そして『こほん』とわざとらしい咳をすると、鳴は真面目な顔で口を開いた。
「まぁ、私達の名前はこれで知ってもらえたと思うが。
私達の素性についてなど色々と気になることもあるだろうが、とりあえず我々の住居へと案内させてもらう。
話はそれからだ」
その言葉に頷いた貴方と看視者は、前を歩き出す神翔と鳴に着いていき、山の中へと足を踏み入れるのだった。
***
「――――――そういうワケで、私達はきちんと『統治者』から許可を貰って暮らしているわけだ」
先ほどの邂逅から約一時間後。
数十分ほどかけて木や草をきちんと避けられた一本道を真っ直ぐに通った先にあった古風な一軒家の中。
外見の割には意外と近代的な内装の家の中に入り、鳴に入れてもらった茶を飲みながらの話の締めくくりが、これ。
―――鳴の無駄に長い話を要約すると、こうだ。
神翔と鳴は純正のあやかしだが、ここの森に住む他のあやかし達は大抵が何かしら半端な部分を持つ者達らしい。
それゆえ戦闘能力もほとんどの者が皆無に等しく、人と争う気も持たない者ばかり。
だからこそ黒界では攻撃や蔑みの対象になることが多く、それを回避する意も込めて、統治者がこの『喰魔山』にそれら半端なあやかしたちを集め。
そして用心棒も兼ね、人界で暮らしたいと思っていた神翔と鳴の申請を『喰魔山の管理役になる』と言う条件でもって受けたのである。
「ここの山はなんだか不思議な力があるみたいでね。
純正のあやかしは近づくことすら難しいみたいなんだ」
あ、俺達は看視者から喰魔山の気の影響を受けない術を施して貰ってるから平気なんだけどね☆と笑い、神翔は話を続ける。
「それにここの山の草木は全てが純正のあやかしにとっては普通の人間にとっての『毒』に等しいほどの威力を持ってるんだ。
草木の汁や木屑の欠片が付着しただけでもアウト。被れたりそのだけ腐ったりしちゃうみたい。
ついでに言うと、食べれば下手すれば即死、ってトコだね」
あー、でも黒界のあやかしにしか威力がないみたいだから、結局のところ黒界以外の存在に対してはほとんど無力なんだけど。
そう言って笑顔を向ける神翔。
「…そういうわけで、この喰魔山は半端者の孤児院のようなものであると同時に、対あやかしの能力を持つ天然の要塞も同然、と言うわけだ」
だからこそ、ここに住まう半端者達は皆健やかにすごせる。
そう言ってしめくくる鳴を見ながら、貴方は口を開いた。
「…それじゃあ、『困ってる』って…?」
その疑問に、神翔と鳴は苦虫を噛む潰したような表情を浮かべる。
そして少々の沈黙の後、神翔が困ったように眉尻を下げて口を開いた。
「……それがさぁ。どっかの開拓業者がこの山を開拓の対象にしてるみたいなんだ」
その言葉に、貴方は驚いたように目を見開く。
「この山がなくなれば半端者達の行き先がなくなる。
そうなれば、ヤツらは黒界に戻るしかない。
…そうなると、また半端者に対する虐待が酷くなるだろう…」
できればそれだけは避けたいと悲しげに目を伏せる鳴を見て、貴方は戸惑うように視線を看視者に向ける。
しかし看視者はただ話を静かに聴いているだけ。どうやら話が終わるまで動く気はないらしい。
「何度か人のフリして此処の開拓は止めてって適当に理由でっちあげてお願いしたんだけど、あっちは聞く耳持たず。
とにかくそんな事情は知らぬ・存ぜぬ・今更開拓止められぬ、の一点張り」
「このままでは喰魔山が崩されてしまうのもそう遠くはない」
「だから…」
そこで言葉を切った神翔は、がばぁっ!といきなり立ち上がる。
驚いて目を見開く貴方を他所に、神翔はぐっと拳を握りながら声を荒げた。
「――――こうなったら俺達で開拓を無理矢理やめさせるしかないって、決めたんだ!!」
「……は?」
あまりにも唐突な発言に、貴方は完全に目が点。
いきなり何を言い出すんだと言わんばかりの表情に気づいたのか、鳴が呆れたようにコーヒーを飲みながら口を開く。
「…要するに、奴らが此処を開拓したくないと思わせればいい、と私達は考えたわけだ。
とは言え、我々には財力はないからな。金での交渉は不可能。
……となれば、最終的に残るのは実力行使、と言うわけだ」
「だから俺達がその開拓業者に対して徹底的にイタズラや嫌がらせをして、ここの山を開拓しようとしたら祟りが起こるとでも思い込ませればいい!
俺はそう考えた!!!」
「…とりあえず最終的な交渉はしてみるつもりではいるが、恐らく希望は持てまい。
その時は徹底抗戦だ。
私は必要な機材の破壊や、威嚇も兼ねたギリギリ直撃しないように調整して人間達へ攻撃。
神翔は他のあやかし達を先導して悪戯の限りを尽くす。
悪いとは思うが、相手の都合よりこちらの都合。
二度とそのような考えが湧かぬよう、容赦はしないつもりだ」
「それで他の業者にもその話が広がれば、俺達としては万々歳だしね!!
この山が開拓されないようになれば、それでいいわけ♪」
交互に為されるトーンもテンションも違う言葉に少々混乱しかけながらも、貴方は大方のところを理解した。
要するに、開拓をやめさせるため、業者達に嫌がらせや脅しを行えばいいわけだ。
直接人間に危害を加えるつもりではないようだし、彼等の住処になり得るところが此処しかないのなら、仕方がないだろう。
此処まで聞いてしまった以上、放っておくわけにもいくまい。
既に今回の行動について話し合いを始めている看視者と鳴・神翔を見ながら、貴方は面倒なことになったかもしれないと、深々と溜息を吐くのだった。
――――――――勝負は明日の昼間から。
はてさて、喰魔山が開拓されぬよう、どうするか。
○
どうも初めまして、もしくはこんにちは。暁久遠です。
微妙なOPでごめんなさい。全看視者に対応したOPにしようとすると何かと描写に制限がかかるので…(汗)
この異界での第3回目のゲームノベルは、イタズラ系(笑)にしました。
いまだに戦闘してませんが、そこはご容赦くださいませ…(滝汗)
看視者達や神翔・鳴ら特殊NPCや世界観については、異界の「狭間の幻夢(ゆめ)」を御覧下さいませ。
今回のシナリオは、大雑把に言えば「魔人・看視者(一人)と一緒にイタズラ及び実力行使で工事の立ち退き要請!」となります(をい)
出会った看視者・鳴(立ち退き最終要請及び実力行使)と神翔(イタズラし放題)のどちらと一緒に行動をとるか・看視者が二人組の場合、どちら(一人)が一緒に来るか・どんな行動をとるか―はお忘れなく書いて下さい。勿論、属性についての明記も必須ですよ。(属性名か、お任せか)
複数人数打ち合わせの上での同時参加の場合は、その旨をお書きください。
喰魔山の気になることや、看視者達の気になることなども聞きつつ、思いっきり実力行使しちゃってください☆(笑)
参加人数は特に決めておりません。期間内は開けっ放しの可能性高し(をい)
ではでは、ご参加お待ちしております。
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【狭間の幻夢】魔人の章―鬼―
●保護者と被保護者の関係●
「…」
「…おい…」
―――――――千影は、ゴキゲンナナメだった。
猫の姿で鬼斬の頭の上に乗り、ずーっとむすっとしたまま。
「……おい」
「…(つーん)」
「………おい」
「……(ふいっ)」
「…………(はぁ)
…いい加減機嫌を直せ」
鬼斬が溜息を吐きながらそう言うと、千影がむぅっと頬を膨らませたまま口を開く。
「チカ折角お昼寝してたのに、鬼斬ちゃんのせいで台無しになっちゃったんだもん」
―――千影の不機嫌の理由は、それにあった。
今日は天気もいいし雲もない。
絶好の昼寝日和だと家にある噴水の傍で日の光を浴びてぬくぬくと昼寝をしていた。
…が、例の招待状を受け取っスせいで、通りかかった鬼斬と御先に拉致されてしまったのだ。
――――しかも、首根っこを掴むようにして運ばれて。
「…それに関しては何度も謝っただろう…」
「むぅ…」
はぁ、と溜息を吐きながら言われて、千影は声を詰まらせる。
確かに何度も謝られてはいる。
…しかし、それでも千影の腹の虫はそう簡単には収まらないのだ。
唸りながらも頭の上からどかないつもりらしい千影の様子に深々と溜息を吐いて…不機嫌そうな声で、淡々と話し出す。
「いい加減機嫌直さないと、家に帰りたいって願いを叶えてやるために此処から放り出すぞ」
頭の上にいるから表情は見えないが、声音から本気だと判断できる。
…と言うかむしろ、この男の場合は冗談を言うような性格には出来ていないので冗談ではないということがすぐにわかる。
「…うぅ、鬼斬ちゃんのいじわるぅ」
「意地悪で結構だ」
頭の上で唸りながら肉球で一発ぽふんと叩いてやるが、鬼斬は全く気にした様子もなくきっぱりと言い返す。
別に千影だって帰りたいわけではないのだ。
事情を聞いた上では手伝ってやりたいと思っている。
…ただ、少しぐらい文句を言ったっていいじゃないか。
「…それと、いい加減頭から降りろ」
「や!」
「……」
「きーちゃんすっかり懐かれてるねー」
「黙れ御先」
不機嫌そうに言われた言葉にぷいっと顔を背けて言うと、それを見ていた御先が笑い、鬼斬が目だけで人が殺せるんじゃないかってぐらい機嫌悪そうに睨んで言い返した。
流石にこれ以上乗ってるのもヘソを曲げてるのもまずいかな?となんとなく感じた千影は、ぴょんっと鬼斬の頭から降りる。
床に着地すると同時に、人の姿へと素早く変化した。
元気そうに揺れるツインテール、黒と緑を貴重とした可愛らしい服。
猫のような活発そうで、且つ気まぐれそうな雰囲気を持った顔。
猫の姿のときもあった、黒い翼。
―――千影の人化の能力だ。
「ほぅ…」
「ふぇー」
そんな千影を見て感心したような声をあげる鳴と神翔を見てにっこりと笑い、千影はぐっと相手を元気付けるように胸の前で拳を握る。
「チカもお家がなくなるの嫌だもん。
―――だから、いっぱいお手伝いしてあげる!」
そう言ってにっこり笑った千影に、鳴と神翔が頼もしいとでも言いたげに微笑んだ。
●悪戯開始!●
その後と色々と打ち合わせをした後――――夜も更けて。
「よーっし、チカ頑張っちゃうんだから♪」
「その意気だぞ千影ちゃん!俺も頑張るからね☆」
「……」
とりあえず南北で行動範囲を分けた五人は、それぞれ作業に入っていた。
ちなみに千影と一緒に来たのは、神翔と鬼斬である。
意気込む千影に楽しそうに返す神翔を見て、鬼斬はまだ始まっていないのに疲れたように溜息を吐いた。
そんな三人が立っているのは、工事関係者達が建てて寝泊りしているプレハブを簡単に見渡せる位置にある崖…の上の草むらの中。
仄かな明かりがついた窓からは、ざわざわと何かを話すような声が聞こえてきた。
プレハブの近くには、工事道具や機材があちこちに置かれている。
「…それじゃ、早速始めるよ♪」
「うん!」
「……」
ぴょっと跳ねるように草むらを飛び出し、翼を羽ばたかせて降りていく神翔と千影。
それを見てから、鬼斬も静かに後を追って草むらから飛び出し崖沿いに降りていくのだった。
***
―――そして、プレハブの近くに到着した三人。
「よーし、それじゃあ早速…v」
こそこそと機材のある方に近寄って楽しそうに笑い合った千影と神翔は、いそいそと懐からある物を取り出した。
――――――――マジックペン(油性・極太・十色入り)だ。
「さー、思いっきり描くぞー!(小声)」
「おー!(小声)」
「……」
小声で声をかけあってから楽しそうにどんどん落書きを始めていく2人。
犬・猫・鳥・リス・ネズミ・十二支・竜だの花だのと言う絵から、『バーカ』とか『自然破壊者』とか野次に近いコメントまで。
ところせましと機材のあちこちに徹底的に落書いていく2人。
「…?鬼斬ちゃんはやらないの?」
ふと何もしないで2人の行動を見ているだけの鬼斬に首を傾げた千影が声をかけると、鬼斬は緩く顔を左右に振る。
「―――こういうことはお前らの方が得意だろうからな。
俺は自分の出番まで何もしないでお前らに任せるだけだ」
「…ふーん…」
冷静にそう返す鬼斬にふぅんと生返事を返した千影は、また神翔と一緒に作業に戻った。
機材が終われば次はプレハブだ。
慎重に慎重に、人に見つからないよう気配には気をつけて。
………数分後。
「「出来たー!!(小声)」」
「……よくやるな、お前達も…」
嬉しそうに両手を挙げて喜ぶ千影と神翔に、感嘆か呆れか、微妙な感情が入り混じった呟きを鬼斬が漏らした。
2人の視線の先には――――――でかでかと描かれた、向日葵。
ちなみに反対側にはでっかい黒猫が二人の手で描かれている。
本当に、よくばれずにここまでやったものだ。
流石に夜闇の中では気づかないだろが、明日になれば馬鹿でも気づくだろう。
…少しだけ、工事関係者達が哀れかもしれない。
見上げていた鬼斬の隣に降り立った2人は、顔を見合わせてにんまりと笑う。
その様子は、まるでいたずらっ子のようだ。
「―――それじゃ、次は…」
「チカがいっぱい悪戯しちゃうんだから!」
千影がそう言ってプレハブに近寄ると窓から覗き込む。
丁度何人かの作業員が部屋から出てきたところだ。
―――それを確認した千影はふっと片手を上げて、楽しそうに口を開いた。
「―――――皆で、いっぱいあそぼ♪」
ブゥンッ…。
千影がそう言いながらウィンクすると同時に、プレハブが一瞬だけ大きくブレる。
―――――そして、中にいた男達の足元にある『影』が、ぐにゃりと、一回大きく波打った。
「……なんだ?」
廊下を歩いていた男の一人が違和感に気づいて、ぽつりと呟いた。
まるで足元が泥沼にはまってしまったような気持ちの悪い感覚。
先ほどまで軽かったからだが急に錘でも乗せられたかのように重苦しく、辛い。
息が乱れる。歩くのが苦しい。今にも倒れそうだ。
ぐらりと傾いだ体を支えきれずに、その場にいた全員が廊下に膝をつく。
―――――しかし、異変はそれだけでは終わらなかった。
ぞわり。
足元から背筋を這い上がるような悪寒。
まるで暗闇の中に放り込まれたかのように、徐々に薄くなっていく影。
そして背後で少しずつ形作られていく気配。
項垂れていた男達はその違和感に嫌な予感を感じつつも、ゆっくりと顔を上げた。
―――――――『自分』が立っている。
目の前に立つその『自分』は視線を落とし、自分と目が合うと――――にたりと、楽しそうに口を歪めた。
『―――――――――――――――!!!!!!!』
廊下に蹲っていた男達から、声にならない叫び声が上がった。
**
「っわー!千影ちゃんすっげー!!」
「えへへ、でしょでしょ?」
「…まぁ、ある意味いい趣味をしている、と言っておこう」
「もー、鬼斬ちゃん、ひどーい!」
プレハブの窓からこっそり覗きつつそんな会話をする三人。
中ではうろたえるが腰が抜けたのと体が重いのとで動けずにいる本人達と、楽しそうに笑いながら何処かへ走り去ろうとする『影』達。
そして、半端に開け放たれたドアの向こうでは外の騒ぎを聞きつけてやってこようとしたが同じような目にあったらしい男たちの悲鳴が聞こえてくる。
―――これは千影の能力の一つである、『影傀儡<シャドウマリオネット>』と言う技。
対象となったものの影からドッペルゲンガーのような物を作り出し、千影の思うままに操れる能力である。
ちなみに、影を抜かれた相手は暫くの間激しい疲労に襲われるらしい。
恐怖と自分とそっくりの『何か』が好き勝手やるという不安。
ある意味二重苦なそれを見ながら笑う神翔が、不意にパチン、と指を鳴らした。
ドン!!!
「きっ…」
「…お前が声を上げたらバレるだろう…」
それと同時に唐突に発生した大きな音に驚いた千影が声を上げかけたが、咄嗟に鬼斬に口を塞がれたため難を逃れた。
鬼斬が不機嫌そうに見ると、神翔はくつくつ笑いながらプレハブの横を見るように指を差す。
千影を抱えたまま鬼斬がプレハブの横を覗き見ると―――何時の間にか、太いツルがプレハブのその側面、一階の窓全てを覆うようにへばりついていた。
しかもそのツルは、まだ伸びたりないとでも言いたげにうにうにと蠢いている。
「俺の得意技は『コレ』だってこと、忘れてた?」
ちらりと視線を神翔に戻せば、神翔は楽しげに笑ってそう答えた。
つまり、先ほどの音はこのツルにプレハブの壁でも叩かせた音なのだろう。
―――まったく、随分と悪趣味なことだ。
「ふぇ…神翔ちゃんも凄いんだね…」
「えへへ、褒めてくれてありがとーv」
口から手が離れて感心したように声を上げる千影に、神翔は嬉しそうににこにこ笑った。
――――さて、どうやらこの混乱も佳境に入ってきたらしい。
先ほどまで一階だけに留まっていた騒ぎが、二階にまでその波を大きく広げている。
ドッペルもどきを作成したのは一階の人間達だけだったが、どうやら走り去っていった影達は外に出るわけでもなく、二階へ突入して好き勝手やっているらしい。
時々ガチャンだのバリンだのやめてくれーだのと聞こえてくるが、とりあえず作業員達のケガがないよう願うだけだ。
騒ぎが相当の物になってきたと気づいた鬼斬が、足元に置いていたファイルを拾い上げ、パンパンと軽く土を払う。
それを見た神翔と千影がきょとんとするのを見つつ、鬼斬は視線だけをそちらに寄越す。
「…そろそろ『コイツ』の出番のようだからな。
千影、お前の悪戯はそこまでにしておけ。神翔もこれ以上植物の操作をするのは止めろ」
そう言ってファイルを抱えながら歩き出す鬼斬の背を見送りつつ、千影と神翔は顔を見合わせる。
―――鬼斬の背中が見えなくなった頃にようやく当初の目的を思い出して、ぽん、と手を打ち合う2人の姿があった。
**
フッ。
まるで急に電気が切れたかのように、ドッペルもどき達は姿を消した。
それと同時に体を動かすことすらままならなかった作業員達の体が楽になり、ゆっくりと立ち上がる。
そして数分の間を空けた後―――― 一気に、ざわめきが広がった。
「なんだ今のは!?」
「今のってドッペルゲンガーってヤツだよな!?」
「ドッペルゲンガーって見たら死ぬんじゃないのか!?」
「マジかよ!?」
「おいちょっと見ろよこの廊下の向こう!
窓の外にツルが…」
「うわぁっ!?なんだコレ!?
さっきまで全然こんなモンなかったじゃねぇかよ!?!?」
ざわざわざわ。
ざわめきは一階から二階、二階から一階へと堂々巡りを繰り返しているらしい。
暫くは治まりそうにないこの混乱を止めたのは―――静かな、チャイムの音だった。
リィン、ゴーン…。
何故か備え付けられているチャイムの音に、作業員達はビクッ!と大きく肩を震わせる。
そして暫しの間を空けてから―――恐る恐る入り口に近づいていく。
入り口の向こうに人影が見えてほっとしたようだ。
しかしまだ油断ならぬ様子で、作業員のうちの一人が、そっと手を伸ばしてドアノブに手をかけた。
ガチャリ。…ギィ…。
…現れたのは、漆黒の服に身を包んだ、黒い髪の男。
――――――人の姿に扮した、鬼斬だ。
「夜分遅くにすみません」
静かに言いながらそう頭を下げる鬼斬に、作業員達の間にざわめきが広がる。
「…あ、あんた一体誰だ…?」
当然と言えば当然の問いかけに、鬼斬は脇に抱えていたファイルを手に取り、作業員に差し出す。
「ちょっとした関係でこの山の付近に住む住民にこの山の調査を依頼されていた者です。
―――――何の用件かは、言わずとも分かっていただけると思いますが…」
詳しい内容はこちらをどうぞ、と恐る恐る受け取った作業員に書類を見るように促すと、後ろからぞろぞろと近寄ってきた他の作業員と一緒に、その作業員が書類を読み出す。
一枚、また一枚、またまた一枚。
一枚めくるごとに―――作業員の顔色が変わっていく。
そして最後の一枚を捲り終わったタイミングを見計らって鬼斬は口を開く。
「…用件は他でもありません。
――――――我々の調査の結果、地底奥深くに、謎の大規模な遺跡群がある可能性が高いとの報告が出たのです」
―――――――――――――プレハブの中に、またもや大きなざわめきが広がった。
●あやかしの山●
「――――――それで、うまい具合に工事を暗礁に乗り上げさせることができたわけだ」
「あぁ」
そう言った鳴の声と視線に、鬼斬が静かに頷いて返した。
結局あの後プレハブに泊まっていた業者も交えての簡単な話し合いが丸々一夜をかけて行われた。
勿論、千影と神翔は先に鳴達の家に帰って寝た。
翌朝ケロっとした顔で帰ってきた鬼斬から話を聴くと、どうやら上手い事口八丁で丸め込めたらしい。
こういう作業は御先の方が適任だと思っていたのだが、実は鬼斬も結構得意だったらしい。
「にしても千影ちゃんも中々やるねー。
俺達から手を回した偽造書類で遺跡群が発見された!なんていわれたら、業者も迂闊には手は出せないだろーし」
「それにあれだけ散々怖い思いをしたんだ、ピラミッド並みに祟りだなんだと騒ぎ立てられるに決まってるだろうな」
意気揚々と茶を啜りながら楽しそうに言う御先に、鳴が冷静にそう返す。
そんな呑気な雰囲気の中、千影がもふもふと変わった木の実を食べながら、ぽつりと切り出した。
「…チカ、そろそろお家帰る。
なにも言わないで来ちゃったから、心配してるかもしれないし」
そう言って立ち上がる千影に、神翔と御先がくすくす笑う。
「健気だねー、家族思いで」
「うんうん、俺もチカちゃんみたいな妹欲しかったなー」
呑気な会話に思わず笑いながら、千影は背を向ける。
「それじゃあチカ、帰…」
「待て。俺達も帰りがてら送っていく」
帰ろうと一歩踏み出したところで、立ち上がった鬼斬が隣に並ぶ。
「いいの?」
「…結果はどうあれ、無理矢理連れてきてしまったのは事実だしな。
お前一人で帰らせるよりはずっと早く帰れるだろう」
「そゆこと♪
お手伝いして貰ったから、俺達なりのお礼だよんv」
そう言って笑う御先にほっとしたように微笑み返すと、御先の後ろからにゅっと手が伸びてきた。
その手の先には――――御先の背中にへばりつく、神翔。
にこにこと笑う彼の手の先。
―――――――そこには、人の顔を軽く超えるほどの大きな面積を持つ、澄んだ深緑色の八手の葉。
「……これは…?」
「…これは私達からの礼代わりだ」
受け取ってまじまじと見つめながら問いかけると、鳴が口を開く。
そしてその答えに続けるように、神翔が笑いながら答える。
「この山の『通行手形』代わりだよ。
今回は俺達が一緒だったからよかったけど、この山の子達は入ってきた人たちを警戒するように言ってあるからさ。
幾らなんでも来るたびに警戒されたらイヤでしょ?
この通行手形は俺達の術力が付与してあって、これを持ってるとイコール俺達の知り合いでお友達、ってことになるわけ。
それに、急な用事がある場合はこれに念じれば一瞬で喰魔山にこれるような仕掛けになってるんだ。
山の子達も気を張らなくて済むし、様子が見たければいつでも来れるし、一石二鳥でしょ?」
ね?と笑いながら言う神翔に、千影はまじまじと八手の葉を見た。
ひっくり返してみれば、何故か葉脈の形が『通行手形』と言う字によく似た形に歪んでいる。
…とてもじゃないが、そんな凄い力を持っているようには見えないのだが…。
「八手は別名『天狗の葉の団扇』と言うそうだ。
……私達によく合っているだろう?」
ふっと笑いながら冗談を言う鳴に、千影が思わず小さく笑う。
なるほど、この葉は有翼人である自分達と天狗をかけたちょっとした茶目っ気の産物なわけだ。
千影が興味深そうに葉を裏返したりするのを見て小さく笑ってから、鳴は千影の頭を撫で、神翔は千影と無理矢理握手する。
それが合図のように歩き出す鬼斬と御先の後を追い、千影もぱたぱたと小走りで歩き出す。
「ではな」
「縁があったらまた会おーね!!」
歩き出す千影の背に、2人からの声がかかる。
恐らく後ろでは鳴が静かに見送り、仮装はぶんぶんと最後まで腕を振っているのだろう。
そう考えるとなんだか面白くて、千影は小さく笑って八手の葉の根元を握り締めた。
「…さぁ、帰るぞ」
「チカちゃん、悪いんだけど移動し易いように猫の姿になって貰っていい?」
「うん!」
2人の言葉に千影が頷く。
一瞬で猫の姿になった千影を御先がそっと抱え上げると、鬼斬と御先は同時に地を蹴った。
軽い衝撃と共に、あっと言う間に体に訪れに浮遊感。
次から次へと移り変わっていく景色を眺めながら、千影手で挟んだ八手をくるくる回しながら楽しそうに呟いた。
「帰ったら、いっぱいいっぱいお話してあげるんだ♪」
「へぇ、きっと驚くよ、チカちゃんの家族」
「うん!
…あ、でも…怒ってるかな…?」
ぱたんと立てていた耳を不安げに下げる千影を見て、御先は小さく笑って頭を撫でる。
「だーいじょーぶ。
きっと怒られるだろうけど、それはいっぱいいっぱいチカちゃんのこと心配したからなんだから」
「…そうかなぁ?」
「そうそう!
ね、きーちゃん?」
「……あぁ…」
笑顔での御先の問いかけに静かに返事をする鬼斬を見て、千影は嬉しそうに微笑んだ。
また来よう。
今度は大事なあの人も一緒に。
鬼斬や御先に会えるとは限らないけど。
ただ、なんとなく、会いに行こうと思った。
―――――ほら。家の前で、大事なあの人が待っている。
<結果>
悪戯:成功!
記憶:残留。
報酬:通行手形(笑)―(喰魔山に自由に出入り出来るようになり、且つ用がある時は念じれば一瞬で喰魔山一口へ辿り着くことができます)
終。
●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●
【整理番号/名前/性別/年齢/職業/属性】
【3689/千影・−/女/14歳/ZOA/闇】
【NPC/鬼斬/男/?/狭間の看視者/闇】
【NPC/御先/男/?/狭間の看視者/光】
【NPC/神翔/両性/?/喰魔山管理役/地】
【NPC/鳴/男/?/喰魔山管理役/風】
■ライター通信■
大変お待たせいたしまして申し訳御座いませんでした(汗)
異界第三弾「魔人の章」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
今回は前作に比べて皆様の属性のバリエーションが広がっており、ひそかにほくそ笑みました(をい)
しかし、今回も残念ながら火・地属性の方にはお会い出来ませんでした。…残念!(をい)
また、今回は参加者様の性別は男女比較的バランスよくなりました。なんか嬉しいです(をい)
今回、ついに無事全看視者個別指定入りました!ばんざーい!!!(をい)なんだか無性に嬉しいです。いや、ホントに(笑)
なにはともあれ、どうぞ、これからもNPC達のことをよろしくお願い致します(ぺこり)
NPCに出会って依頼をこなす度、NPCの信頼度(隠しパラメーターです(笑))は上昇します。ただし、場合によっては下降することもあるのでご注意を(ぇ)
同じNPCを選択し続ければ高い信頼度を得る事も可能です。
特にこれという利点はありませんが…上がれば上がるほど彼等から強い信頼を得る事ができるようです。
参加者様のプレイングによっては恋愛に発展する事もあるかも…?(ぇ)
・千影様・
ご参加どうも有難う御座いました。また、鬼ペア(と言うか鬼斬ですか(笑))をご指名下さって有難うございます。
悪戯やり放題!みたいなノリで思いっきり楽しんで書いてしまいましたが…大丈夫でしたでしょうか?(汗)
気づいたら拗ねてるシーンだけで大分使ってました。…拗ねてたら可愛いだろうなーvなどと勝手に想像した結果ですごめんなさい(をい)
なんとなく御先・神翔と気が合いそうなので会話ちょっと大目です。…すっかり鬼斬が保護者ですが(笑)
遺跡の報告書、なるほどその手があったか!と思わず手を打ちつつ(をい)、こんな感じで如何でしょう?
影傀儡の表現、こんな感じでよろしかったでしょうか?(汗)
〆が微妙だったら申し訳ございません。なんとなくこう、以前ダブノベでお世話になっていたので掛け合いが書きたくなって…(げふごふ)
色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。
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