■導魂師:殺された霊■
深紅蒼 |
【3489】【橘・百華】【小学生】 |
TVや新聞には毎日殺人事件が報じられる。それは全体のほんの一部でしかない。日々殺されて霊になった者は量産されている。その重すぎる無念を抱えて次の生へ以降しきれない者達を導くのが今回の『するべき事』だ。
待ち合わせの喫茶店に現れたのは、あのアブナイ格好をしたガタイのいい男だった。長い黒いコートの中は露出の多いタンクトップだけで裸同然だ。堅気の人間なら間違っても同席したくない部類の男だろう。店に入って15分は経っているがまだ誰もオーダーを聞きに来ない。
「これ、結構たまってるんだよねぇ」
男は楽しそうに笑いながら写真の束を取り出す。緊迫感や悲壮感も無ければ誠実さもない。けれど多くの場数を踏んでいると聞く。
「どれでもいいよ。轢死や溺死、絞殺、刺殺なんでもある。若いのからお年寄りまで選り取りみどりって奴?」
写真に映っているのは殺された場所であった。山あり海あり、住宅地あり。写真の裏には細かいメモ書きがある。生きていた時の事を鮮明に覚えている霊は実は少ない。名前も住所もわからない霊達から聞き出した僅かな記憶がそこに書き出されていた。それなのに、無惨に生を断たれた悲しく辛い気持ちだけが残っている。
「僕が選ぶんじゃない。キミが選ぶんだよ。ほら、自分が気に入ったの持って行きな」
男は広くもないテーブルの上に風景写真を広げて見せた。
あなたが選んだのは?
殺された人は:男/女・子供/若年/中年/壮年
殺された場所:山/海や海辺/川や河川敷/空き地/車の中/家の中/道路/ホテル/他殺害方法:轢死/溺死/絞殺/刺殺/毒殺/他
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導魂師:轢かれた少女
◆癒しの涙
その現場で橘・百華(たちばな・ももか)はただ立ち尽くしていた。ここの場所を撮影した写真は身につけたポシェットの中にある。けれど取り出して確認するまでもない。百華の目は佇む霊の姿を映していた。女の子だった。赤いジャンパースカートから白いブラウスがのぞいている。どちらも酷く汚れていて、生地が裂けている箇所もある。女の子は百華より少し年上の様だった。小学校の高学年の人だ‥‥と百華は思った。同じぐらいの女の子が校庭で楽しそうに遊んでいるのを見た事がある。
「おねえさん、どうしたの?」
だから、百華はそう話しかけた。担任の先生も高学年の人の事を『おにいさんやおねえさん』って言うからだ。
「パパとママが‥‥いないの」
その『おねえさん』はぼんやり答えた。
「‥‥モモもいない。いなくなっちゃったの」
「え?」
百華の言葉に『おねえさん』は振り返った。初めてそこに百華がいると気が付いた様だ。
「あなたもパパとママがいないの?」
「うん。こーつーじこっていうのがあって、いなくなっちゃったの。モモがまだもっともっと小さい時にそうなったの」
「あたしだけじゃないのね。ひとりぼっちになっちゃったのは‥‥」
それは違う、と百華は思った。父母はいない。その後嫌な事もあった。けれどひとりぼっちではない。一緒に暮らす優しい人がいる。けれどこの『おねえさん』にそれをどう言って説明すればいいのだろう。
「あの‥‥あの‥‥ね‥‥えっと‥‥」
考えてもよくわからなくて百華の言葉は途切れてしまう。
「いいよ。ここで待ってればきっとパパもママも来てくれる。そうしたらあたしはひとりぼっちじゃなくなるんだよ」
そうだろうか? そうなんだろうか? 百華にはわからない。目の前にいる『おねえさん』のパパとママは死んでしまったのか、生きているのかも判らない。生者でも死者でもいいけど、目の前にいる死者である『おねえさん』を迎えに来てくれる事ができるのだろうか。考えても考えても、来てくれないんじゃないかと思う。それを『おねえさん』に告げるのは心が痛い。待って待って、ずっと待っているだろう『おねえさん』のたった1つの希望を消してしまいそうで、そんな事をしなくてはならないのは悲しい。けれど‥‥。
「あのね‥‥おねえさんはここにいると寂しいだけなの。だからモモはおねえさんを行かなくっちゃいけないところを選んで貰いたいの」
「パパとママのところだよ。決まってるじゃない。あなたは‥‥ももちゃんは違うの? パパとママのところに行きたくないの?」
「‥‥え?」
その返事は百華の胸に鈍い痛みを与えた。父母のところへ行く。それは甘美な誘いだった。行けるだろうか‥‥願えば行けるものなのだろうか? 遠い遠い記憶にある父と母。その大きな手を暖かい胸をおぼろげに憶えている。懐かしい慕わしい狂おしい記憶。行きたい。行きたい、行きたい。でも‥‥。
「行けないの。駄目なの」
「なんで?」
その『おねえさん』は食い下がってきた。百華の間近に迫ってくる。『おねえさん』の顔は泥で汚れていたけれど、不思議に怖くはなかった。
「モモ知ってるの。死んじゃった人は天国の門をくぐって新しい命になるの。だから、もう会えない。おねえさんも死んじゃったんだよ。だから、ここにずっといるのはよくない事なの。悲しくなるから。辛くなるから」
言いながら百華の目には涙が溢れていた。言葉で人に思いを伝える事は百華にとって難しい事だった。今もこの思いがそのまま『おねえさん』に伝わっているかどうかわからない。けれど、言わなくてはいけないと思っていた。導魂師として知り得た真実をあてなく待つ『おねえさん』に伝えてわかってもらわなくてはならない。
「いや! ひとりぼっちは嫌」
「ひとりじゃないの。ひとりのひとなんていないの。おねえさんは迷子になっちゃったの。ぐるぐる廻っているところに戻れば迷子じゃなくなるの」
ポタポタと涙は頬を伝って顎から服に落ちる。魂のつくる輪に入れば孤独は癒される。
それをどう言ったら判って貰えるだろう。涙の雫が地面に落ちて、その小さな1滴が『おねえさん』の白い姿がある場所へと飛ぶ。
「‥‥涙? ももちゃん泣いてるの?」
「う、うん」
「何故? どうして?」
泥だらけの顔が不思議そうに小首を傾げる。乱れた黒髪が揺れた。
「モモ、おねえさんを助けたい。でも、どう言えばいいかわからない。だから悲しくなるの」
大粒の涙がまたこぼれた。百華は目の前の『おねえさん』をどこか自分をだぶらせていた。事故で両親を奪われ泣いていた自分。それは『おねえさん』と同じなのだ。
「‥‥ここでパパとママを待ってちゃいけないの?」
コクンと百華はうなづいた。待ってもきっと来てくれない。それは出来ない事なのだ。
「ももちゃんが教えてくれるの? どこへ行ったらいいか」
「うん。モモが言うからおねえさんが選ぶの」
嗚咽を抑えながら百華は言った。
「そっか‥‥そうなんだ」
泥だらけの『おねえさん』は立ち上がった。そして百華を振り返ってポロッと涙をこぼした。実体のない涙は虚空に消える。
「教えて、ももちゃん」
笑いながら『おねえさん』はポロポロと泣いていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 】
【3489/ 橘・百華 / 女性 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。導魂師シリーズのノベルをお届けいたします。別人格さんにも登場して貰いたかったのですが、意外に素直な『おねえさん』でした。きっといつかお逢いしたいなぁって思います。ご参加有り難うございました。
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