コミュニティトップへ



■インターミッション ―怪盗ノルン―■

高原恵
【3072】【里見・俊介】【警視庁超常現象対策本部長】
●オープニング【0】
(あれは……?)
 10月初旬、某日夕方。帰宅途中だった桜桃署捜査課勤務の新米刑事・月島美紅は、不思議な光景を目の当たりにしていた。
 ガラス越しに見るおもちゃ屋、その中に見知った顔――怪盗ノルン対策チームの現場責任者である山形警部の姿があったのだ。
 いや、単に居るだけなら別にどうってことはないのだ。しかし、その時の山形は……大きなくまのぬいぐるみを両手に抱え、現場では見せないようなにこやかな表情を浮かべていたのである。
(ぬいぐるみ好き……?)
 ガラスに顔を近付け、じーっと山形の動向を窺う美紅。やがて、何気なく外を見た山形とばっちり目が合ってしまった。
「あっ……」
 とりあえず笑顔を浮かべ、美紅は手を振ってみた。対照的に山形は、大きなくまのぬいぐるみを抱え、店内でおろおろとするのであった……。

「娘さんへのプレゼントだったんですか」
 会計を終えて慌てて外へ出てきた山形からそう事情を聞き、なるほどといった様子で美紅は頷いた。
「うむ。たまには……な」
 照れながら、それでも威厳を保ち山形が答えた。大きなくまのぬいぐるみは、今は綺麗な包装紙とリボンで姿を覆い隠されていた。
「明日は久々の非番。入院している娘に会うのに手ぶらでは格好つかんだろ」
「え、娘さんは入院されて……?」
「そうだ。ここの具合が悪くてな……もう1年半以上にもなるか」
 驚く美紅に対し、山形は胸の辺りに手を当てて言った。
 と、その時だ。山形の携帯電話が鳴り出したのは。大きなくまのぬいぐるみを美紅に渡し、電話に出る山形。
「はい、山形。何、ノルンの予告状!? 分かった、すぐ戻る!!」
「ノルンの犯行予告ですかっ?」
 電話を切った山形に美紅が尋ねると、山形は大きく頷いた。
「うみ。君の署の管内ではないがね」
 そう言ってから、山形の表情が曇る。そういえば明日は久々の非番と言っていたような……?
「困ったな。娘にプレゼントが渡……」
 山形がじーっと美紅の顔を見た。
「君……明日は非番かね?」
「え?」
 美紅の表情が固まった。残念ながら美紅、明日は非番であった……。
 誰か、美紅と一緒に病院へお見舞いに行ってみませんか?


〈ライター主観による依頼傾向(5段階評価)〉
戦闘:0/推理:1?/心霊:1?/危険度:1
ほのぼの:5/コメディ:3/恋愛:1
関連依頼:『怪盗ノルン』
*プレイング内容により、傾向が変動する可能性は否定しません

【募集予定人数:1〜5人】

インターミッション ―怪盗ノルン―

●病院へ行こう!【1】
 青い空の広がる午後――とある大きな病院に、お見舞いのため足を踏み入れる者たちの姿があった。
「すみません。本当は私が持たないといけないのに」
「いえいえ。このくらい、何てことは」
 肩を竦め、少しすまなさそうに言った月島美紅に対し、シオン・レ・ハイはにこやかに言葉を返した。その手には花束を持っている大きなくまのぬいぐるみを抱えていた。
 花束はシオンが少ない財布の中身から些少ではあるが捻り出して買い求めた物であり、くまのぬいぐるみは言うまでもなく美紅が山形警部から預かってきた物である。
「んと……病室の番号は聞いてあるのよね? 少なくともその、娘さんの名前とか」
 シュライン・エマが確認するように美紅に言った。お見舞いに来て、どの病室か皆目分からないのでは意味がない。
「あ、はい。もちろん両方とも聞いています。娘さん、はるひちゃんって名前だそうです」
 だがその点については、美紅もぬかりはなかったようだ。
「はるひ様と仰るんですか……よい名前ですね」
 にっこりと微笑み言ったのは鹿沼・デルフェスだった。そこにプリンキア・アルフヘイムが言葉を被せてきた。
「きっト『春の日』カラ転じタと思いマース。娘サン、春のバースデーじゃナイですカ?」
 確かプリンキア、故郷は英国のはずであるが……妙なことを知っているものだ。
「なるほど。夏生まれの男性に、夏男とつけるような感じですか」
 感心したように言うのはシオン。いや、だから、何故そういう例がすっと出てくるのかと。
「……秋に生まれて秋子さんなんてのも、よくあるわよね?」
「あら。それでしたら、冬に生まれた冬美様という方が、お店のお客様の中に居られましたが……」
 シュラインとデルフェスが口々に言った。……どうしてこう、すらすらと話が続きますかね。不思議です。
「こうして考えますと、改めて自然にちなんだお名前という物は多いのだと感じさせられますね。今のお話だけでも春夏秋冬、四季が全て出てきていますから」
 ここで話に加わってきたのはいつもながらの和服姿の天薙撫子である。いつもと少し違うのは、和服に合わせた品のよいショールを軽くかけていたことだろうか。
 それはそれとして、確かに撫子の言うように、自然にちなんだ名前というのは少なくない訳で。
「まあ……それだけ人が、自然と触れ合って生きてきた証でもあるのだろう。『やまなし』や『たかなし』という名字が存在しているくらいだからな」
 そうまとめたのは真名神慶悟だった。『やまなし』は『月の見える里』と、『たかなし』は『小鳥が遊ぶ』と各々書く。『月の見える里』は『山がない』状況だから『やまなし』と、『小鳥が遊ぶ』という状況があるのは『鷹が居ない』ことから『たかなし』と、各々転じている。これらはやはり、自然と触れ合いがあったからこそ存在している名字であると言えるだろう。
 ……と、何だか話が妙な方向に展開しているが、お見舞いに関係ある話かと問われれば答えは『?』である。閑話休題。
 ともあれ、山形の娘・はるひのお見舞いにやってきたのは美紅を含めて総勢7人。ちょっとした団体であった。
 撫子みたく美紅から直接誘われた者も居れば、プリンキアやシオンみたく間接的に話を聞いて同行した者も居る。ちなみにプリンキアは病院併設の老人ホームに元々用事があったらしく、ちょうどいいタイミングであったようだ。
 デルフェスだけはちょっと特殊で、昨晩山形と別れた後の美紅を見かけて声をかけた時に事情を聞き、自分から同行を申し出ていた。
「病室に行く前に、病状とか看護師さんに聞いておいた方がいいわよね。やっぱり」
 人数の多さもあったからだろうか、思案顔でシュラインが言った。異論は出ない。最低限、聞いておくべきことは聞かなければならないと皆思っていたのだろう。
「あ、携帯電話はOFFシマショ?」
 プリンキアが皆に注意を促すと、慌てて美紅が携帯電話の電源を切った――。

●ただいま対策中【2】
 お見舞いにやってきた者たちが病院に集っていたのと同じ頃、山形の姿がとある美術館にあった。言うまでもなく、怪盗ノルンの犯行予告があった場所である。
 犯行予告時刻が今夜遅くということもあって、美術館は臨時休館となり、内外に制服の警察官たちの姿が多く見受けられた。指示を色々と受けたのであろう、慌ただしく館内および敷地内を動き回っている。
 そして、その陣頭指揮を取っているのが山形――と言いたい所だが、少し様子が違っていた。山形の姿は確かにここにある。けれども、現在指揮を取っていたのは別の人物であったのだ。
「夜まで時間がない。各種センサーの設置を急ぎたまえ」
「はっ!」
「了解いたしました、本部長殿!」
 2人の制服警官が敬礼をし、『本部長殿』と呼ばれた50歳前後の背広姿の男性の前から足早に去ってゆく。山形は男性のすぐそばに立っていた。
(何故、超対の本部長殿が直々に……)
 そんなことを思いながら、怪訝そうに男性をじーっと見つめる山形。その視線に気付いたのであろう、男性が振り向きもせず口を開いた。
「どうして私がここに居るのか。そういう顔だね、山形警部」
「はっ? やっ、いえ、決してそのような……」
 いきなり核心を突かれ、山形はしどろもどろになってしまう。
「まあ、そう思うのも無理はない。だが、我々が動くからには、そこにそうせねばならぬ事象が存在しているのだと理解してくれたまえ」
「はっ」
 男性に対し、きっちりと敬礼をする山形。この態度からして、男性の方が階級が上であろうことは容易に推察出来る。
「それで、頼んでいた物は用意出来たかね」
「はっ。これであります、本部長殿」
 男性――警視庁超常現象対策本部長・里見俊介警視長は、山形から差し出された書類の束を受け取った。
「ふむ……ご苦労」
 俊介はパラパラっと書類を捲って確認すると、小さく頷いた。書類には担当官のプロフィールが、集められる限り記されていた。以前ノルンが自分の所の部下に変装した事実があるからか、細かい部分までチェックしようという腹づもりのようだ。
 さて、山形も疑問に思っていたが、何ゆえに超常現象対策本部の責任者たる俊介が直々に動いているのか。部下の失態も1つの要因なのかもしれないが、何より大きな要因となったのはその時のノルンの逃走手段である。
 通常の人間のそれではなく、明らかに何らかの能力者ではないかと思わせる逃走手段。そのために、超常現象対策本部も正式に動くこととなったのだった。現段階では調査名目だが、事態の推移如何ではどう転ぶかは分からない。
「ところで山形警部」
「何でありますか、本部長殿」
「……何故ノルンはそう名乗っているのか、考えたことはあるかね」
「はっ?」
 俊介の質問の意図を、一瞬山形は理解出来なかったようである。
「自ら名乗っている以上、何らかの意味が隠されているのではないか。そういうことを言っているのだが」
「あ、いや……お言葉でありますが、本部長殿。無論、我々もそれについては考えました。ですが、考えられたのは北欧神話から借用したのではないかということくらいでして……」
 以前にも言ったかもしれないが、山形は決して愚かではない。そうでなければ、曲がりなりにもノルン対策チームの現場責任者など務められるはずもない。
「ですが、奴を捕まえさえすれば、全てはっきりする訳であります!」
 きっぱりと言い切る山形。それに対し、俊介が苦笑いを浮かべたのははたして気のせいであったろうか――。

●はじめまして【3】
「こんにちは……はるひちゃん?」
 ノックをし、病室の中から返事が返ってきたのを聞いてから、美紅は扉を開けて病室の中へ足を踏み入れた。
「……おねーちゃんだぁれ?」
 ベッドの上で上体を起こし、絵本を読んでいた5歳くらいの可愛らしい女の子がきょとんと美紅のことを見つめる。否定しないのだから、この女の子がはるひなのだろう。
 その病室は個室で、はるひの他には患者は誰も居ない。代わりに、くまやらうさぎやら大きさも様々なぬいぐるみが、病室のあちこちに置かれていた。
「ええと……お姉ちゃんは、はるひちゃんのお父さんにとてもお世話になっているの」
「パパはぁ? きょうはおやすみだからゆくって、こないだはるひにいってたんだよぉ。ねー、パパはぁ?」
 美紅の口から『お父さん』という言葉が出た瞬間、目をきらりと輝かせたはるひが尋ねてきた。美紅の表情が曇る。
「お父さんは急なお仕事が出来て、来れなくなっちゃったの。それで代わりにお姉ちゃんが来たの」
「……そっかぁ。パパこれないんだね……」
 寂し気にうつむくはるひ。
「それで、お父さんからはるひちゃんに預かってきた物があって……」
 美紅はフォローするかのようにこう言ってから、少し開いている扉に向かって手招きをした。それを合図に、扉がまた開かれてぞろぞろと外で待機していた者たちが病室に入ってきた。
 シュラインを先頭に、プリンキア、撫子、デルフェス、慶悟、そしてシオンという順番で病室に入ってくる。最後に入ってきたシオンは、くまのぬいぐるみを抱えたままはるひのベッドのそばへとやってきた。
「はい、お父さんからのプレゼントです」
 にこり微笑み、シオンがはるひにぬいぐるみを手渡した。寂し気だったはるひの表情が、一転して明るくなった。
「わぁ……おはなをもったくまさんだー! ありがとー、おにーちゃん!!」
 満面の笑みを浮かべ、シオンに礼を言うはるひ。そんなはるひの言葉に、シオンは思わずじんときていた。
「いい娘さんですねえ……」
 1人うんうんと頷くシオン。やはりまっすぐに礼を言われると、気持ちのいいもので……。
「『おにーちゃん』と言ってくれるなんて」
 そっちかい。ちなみにシオンの年齢だったら、『おじさん』と言われるのが普通であろう。
「くまさんはもう1匹居るわよ」
「え?」
 シュラインの声に振り返るはるひ。するとシュラインが、はるひの顔の前に小さな可愛らしいくまを差し出してみせた。どうやら布やらの端切れを使って作った、シュラインお手製のちびくまらしい。
「わぁ、くまさんがこっちにもいるー! おねーちゃんもありがとー!」
 ちびくまを受け取り、はるひがにこにこと微笑む。こういう物でここまで喜んでもらえると、非常に嬉しいものである。
 順序が少し入れ違ってしまったが、それから一通り自己紹介をする一同。はるひもきちんと自分の名前を名乗っていた。ちなみに4月生まれの6歳だという。
「ビンゴでシタね」
 小声でつぶやき、くすっとプリンキアが笑った。
「お花、花瓶に生けて参りますわね。そのままですと、しおれてしまいますから」
 花瓶を見付けたデルフェスが、シオンの買ってきた花束と花瓶を持って一旦病室の外へと出てゆく。
「では、わたくしも少々ご用意を……」
 撫子も撫子で、何やら風呂敷包みを手に病室の外へと出ていってしまう。こちらはいったい何をするつもりであるのだろう。
「Mr.真名神? 後ロ手に持っテルの、何でスか?」
 とその時、慶悟が後ろ手に何やら持っているのをプリンキアが目ざとく見付けた。
「……出しそびれたんだが、一応見舞いの花だ」
 特に愛想を浮かべる訳でもなく、慶悟は後ろ手に持っていた物を前へと持ってきた。それは紙で作られた花であった。
「ね、病院に入る時に持ってた?」
 怪訝な表情を慶悟へ向けるシュライン。慶悟は苦笑しただけで何も答えなかった。
 シュラインが言うように、病院に入った時には慶悟はこの花を持っていなかった。が、式神たちを使役して御幣――呪的な護り紙で、複雑な形に切り抜いて作る代物のことだ――を作る要領で花を作ったのである。もっともこういうことは、別段べらべらと語るようなことでもないので、慶悟は黙っている訳だが。
「これ、おにーちゃんがつくったの? すごーい! ありがとー、おにーちゃん!」
 はるひが慶悟に向かってにっこりと微笑んだ。

●小さなお茶会【5A】
 少し後、はるひの病室ではちょっとしたお茶会のような物が催されていた。先程デルフェスと相次いで病室を出ていった撫子が、お茶の準備をして戻ってきていたのだ。
 お茶だけではなく、お菓子も用意されていた。1つは撫子が持ってきていた、お手製の芋きんつばをはじめとする和菓子。もう1つはシュラインが持ってきていた、これまたお手製のにんじんのシフォンケーキ。
 もちろん、病室に入る前に一同はあれこれと確認を取っていた。お菓子については、少しなら問題ないという回答をもらっていた。
「夕食も食べないといけないし、半分ずつにした方がいいわよね」
 はるひの分のシフォンケーキを切り分けながら、シュラインが言った。撫子がそれに頷く。
「そうですね。夕食が食べられなくなると、お医者様にも怒られるでしょうし……」
 妥当な判断である。無理させて1人分ずつ2種類食べてもらうよりは、半分にして2種類食べてもらった方が問題は少ないはずである。
「うんっ。はるひ、はんぶんでいいよっ」
 はるひ自身もこくこくと頷いた。聞き分けのよい女の子である。
「いやあ……これは旨いです。いいにんじんを使ってますね」
 シフォンケーキをもぎゅもぎゅと食べながら、つぶやくシオン。
「そうでしょうね。無農薬野菜を買ってきたから」
「ああ、それはいいです。うちのうさぎにも食べさせてあげたいですねえ……」
 シュラインの言葉を聞き、しみじみとシオンが言った。するとはるひがシオンに尋ねてきた。
「おにーちゃん、うさぎさんかってるの?」
「ええ。耳がこう垂れている、垂れ耳うさぎなんですけどね」
 身振りをつけ、はるひに説明するシオン。
「そうです、写真がありましたね」
 と言い、シオンは薄い財布を取り出すと、中から写真を1枚出してはるひに見せた。垂れ耳うさぎを抱えて、シオンが微笑んでいる写真である。
「あ、かわいいうさぎさんだぁ☆ いいなぁ……」
 はるひはそう言いながら、うらやましそうな視線を写真に向けていた。
「どうしたの?」
 美紅が何気なくはるひに尋ねた。
「……はるひもげんきになったら、うさぎさんかいたいなぁ……」
 ぽつりつぶやくはるひ。一瞬、病室が静まり返ったような気がした。
 一同ははるひの病状についても事細かにとまではゆかないが、多少説明を受けていた。それによると、1年ほど前に大きな発作が起きて一時危篤状態となったものの、それを乗り越えた後は徐々に回復してきていたという話であった。しかし、まだ退院の目処が立つほどではないという。
 美紅がおろおろと周囲の者たちに助けを求める視線を向けていた。すると突然、病室にあったうさぎのぬいぐるみがぴょこんと動き出した。
「あれっ?」
 うさぎのぬいぐるみに視線を向けるはるひ。うさぎのぬいぐるみは、なおもぴょこぴょこ跳ねてはるひのベッドの上までやってきた。
「うさぎさんのぬいぐるみがうごいてる……」
 そしてうさぎのぬいぐるみは、はるひの腕の中へ入るとぴたっと動きを止めた。
「うさぎさんでしたら、ここにも居ましたわね」
 穏やかな笑みを浮かべ、デルフェスが語りかけるようにはるひに言った。
「うん……はるひ、もううさぎさんかってたんだね。ごめんね、うさぎさん」
 はるひはうさぎのぬいぐるみを、ぎゅうっと抱き締めた。

●指揮車にて【6A】
「隠しカメラ画像、問題ありません」
「赤外線センサー、異常ありません」
「超音波センサーも同様です」
 口々にそのような答えが返ってきた。ここは移動指揮車の中、俊介はモニタ類を監視している警官たちの後ろに立ち、自らの目でも確認を行っていた。
「警備担当者に連絡を。A−3のカメラ、通路側に向かって15度移動」
「はっ」
 俊介の指示を受け、1人の警官がすぐさま警備担当者に連絡を取った。セッティングは最終段階に入っていたのである。
 そこへ山形がやってきた。
「お呼びでありますか、本部長殿」
 俊介に敬礼し、呼ばれた理由を尋ねる山形。すると俊介はこう告げた。
「うむ。山形警部、呼んだのは他でもない。実は経験者の立場から、システムをチェックしてもらいたいのだが……構わないかね」
「はっ!」
 なるほど、実際にノルンを追いかけている立場の山形に、隠しカメラなどのシステムをチェックしてもらえば、実際の稼動時においての不備が見付かるかもしれない。いい考えである。
 事実、山形がチェックしたことにより、2つ3つの不備が見付かって、再度セッティングの修正が行われることとなった。
 そうこうしているうちに、指揮車が突然走り出した。驚いたのは山形である。
「こ、これは……本部長殿、いったい何事でありますかっ!」
「試運転兼電波到達距離の実測のためだ。どこまで到達するか、確認しておくに越したことはない」
 静かに答える俊介。山形は『はあ』と答えただけだった。
 指揮車はしばらく走り続ける。次第に到達距離を超えてしまったのだろう、モニタ類が順次映らなくなってしまった。
「山形警部」
 俊介が不意に山形を呼んだ。
「はっ」
「聞く所によると、本来であれば今日は非番だったそうだが。確か娘さんは……?」
「……いえ。これが自分の仕事でありますから。私事で職務をおろそかにする訳にはいかないのであります」
 神妙な表情で、静かだがきっぱりと答える山形。その時、俊介が腕時計をちらりと見た。
「ところで、まだ昼食を済ませていないのではないかね」
「はっ? はあ、それはまだでありますが……」
 突然の俊介の話題の転換に、山形がきょとんとなった。
「それはいかんな。こんなところですまないが、そこの建物で昼食を済ませて来るといい」
「は?」
 俊介に促され、山形は指揮車の外を見た。
「こっ、ここは……!」
 大きく目を見開く山形。指揮車は建物――はるひの入院している病院の入口近くで止まった。
「さあ、降りたまえ」
「しっ、しかし! 自分は今、職務中で……!」
 指揮車から降りるよう促す俊介に対し、山形が戸惑いの表情を見せていた。
「これも任務の一環だ。くれぐれも任務中に後悔しないように、しっかりと昼食時間を取りたまえ」
 俊介は山形の目をしっかと見据えて言った。
「ですが本部長殿……」
 山形にはまだ迷いがあるようだった。
「山形警部。これは命令だ。……職務を全うするためにも、行きたまえ」
「…………」
 俊介の最後の一押しとなった言葉に対し、山形は無言で敬礼をした。恐らく今日、いや警察官となって一番の敬礼ではなかっただろうか。
 指揮車を降りる山形。そのまま足早に病院の敷地内へと入ってゆく。そんな山形と、何故か着ぐるみのくまがすれ違っていった。
(やれやれ……。職務に忠実なのはいいが、なかなかに頑固者だ)
 山形の後ろ姿を見送り、苦笑する俊介。
「もう出してくれて結構だ」
 そして指揮車は再び走り出した――。

●ハーモニー【7A】
「おねーちゃん、この、いも……あれ? いもきん……あれぇ、なんだっけ?」
「芋きんつばですね。美味しいですか?」
「うんっ、おいしいねっ☆」
 撫子が聞き返すと、はるひはにこやかに答えた。お茶会はまだ続いている。
「……と、そうでした。実はわたくし、このような物を持って参りました」
 その最中、ふと思い出したようにデルフェスは言うと、綺麗な装飾が施された小箱を取り出してはるひに見せた。
「きれいなはこ……。おねーちゃん、これなぁに?」
「オルゴールですわ。眠れない時にこのオルゴールの曲を聞きますと、ぐっすりと眠れるんですの」
 はるひに向かって、にこっと微笑むデルフェス。その時、シュラインが自分の方に視線を向けていることにデルフェスは気付いた。
(お店の品?)
 シュラインの視線と身振りは、そうデルフェスに訴えかけていた。こくんと頷くデルフェス。
(……曰く付き?)
 さらに続けるシュライン。それに対し、デルフェスはふるふると頭を振ってから、親指と人さし指で『ちょこっと』といった身振りを見せた。
 まあ……お見舞いとして持ってくるくらいだから、悪い曰くではないのだろう、きっと。たぶん、オルゴールから奏でられる音色に眠りへ誘うような何かがある程度で。
「OH? 偶然デスねー!」
 デルフェスがオルゴールを出したのを見て、プリンキアが少し驚いたように言った。
「偶然とは何のことでしょうか?」
 きょとんとして、デルフェスがプリンキアに尋ね返した。
「フフ……ミーもオルゴール持っテきまシタデス☆」
 と言って、プリンキアもオルゴールを出してきた。こちらは年期の入った木製の小箱であった。
 おもむろにオルゴールを開くプリンキア。綺麗な音色が、オルゴールより流れ出してきた。
「はて……何やら聞いたことのある曲のようですが……?」
 首を傾げるシオン。どこかで耳にした覚えはあるのだが、どうも曲名が出てこない。
 シオンは慶悟に視線を向けた。すると慶悟は苦笑して、軽く頭を振った。こちらも同様であるようだ。
「……『星に願いを』でしょうか」
 少し思案してから、撫子が言った。
「YES! 昔ノアニメ映画の主題歌デス」
 大きく頷くプリンキア。それを聞き、シオンがぽむと手を叩いた。
「そうでした、そうでした。前にアルバイトしたお店で、閉店時に流れていました……三食ついていいお店でしたねえ、あそこは」
 遠い目になるシオン。どういう店で働いていたのは非常に気になるが、話を先に進めることにする。
「ちょっと実用的に走り過ぎたかも……」
 シュラインがそう言い、ラッピングされた袋を取り出してきた。
「便せんと、国語辞典なんだけど……辞典はちょっと早かったかしらね」
 苦笑いを浮かべるシュライン。はるひの年齢的に小学校に上がる前。確かに辞典ははるひには少し早かったかもしれない。
「おねーちゃんありがとう! びんせんって、おてがみかくかみなんでしょ?」
 はるひはシュラインに礼を言うと、続けて質問を投げかけた。
「ええ、そうよ」
「じゃあはるひ、おしごとがんばってるパパに、いーっぱいおてがみかくね☆」
 そのはるひの言葉に、一同がはっとした。
「パパのおしごと、わるいひとをつかまえるんでしょ? わるいことしたら、つかまえなきゃいけないんだよね? だからパパ、おしごとがんばってるんだよね?」
「……そうですわね」
 静かにつぶやくデルフェス。そしてじーっとはるひを見つめる。
(山形警部も災難ですわね。せっかくの非番の日に、はるひ様のお見舞いに行くはずでしたのに……ノルン、許せませんわ)
 明るく振る舞っているはるひを見ていると、ノルンに対して静かな怒りがわいてくるデルフェスであった。
「はるひちゃん、字はもう書けるの?」
 シュラインがはるひに問いかけた。
「うん。ひらがなとカタカナは書けるよー」
「そ。えらいわね……。お父さんに、いっぱいお手紙書いてあげましょ。ね」
 シュラインはそっとはるひの頭を撫でてあげた。
「うんっ!」
 プリンキアの持ってきたオルゴールの音色が流れる中、はるひはこくこくと頷いた。
「ホーら、見てクダサイ。オルゴールの中、ミニマスコット入リでース」
 話が一区切りついたとみたプリンキアは、そう言ってはるひにオルゴールの中を見せた。そこには星を抱えた妖精のマスコットが入っていた。
「わぁ……かわいいねー」
「実ハ、タダのマスコットでハないノデス」
「そうなのー?」
 首を傾げ、プリンキアを見るはるひ。するとプリンキアは大真面目にこう語り始めた。
「この妖精のマスコットが抱いていルStarに願いゴト言ウと、妖精の女神が現レ望ミの姿に変身させテくれるデース」
「へえ……」
 はるひが目をきらきらと輝かせ、改めてオルゴールの中を覗いた。
「マ、女神役はミーですケド」
 一呼吸置いた後、ぼそっとつぶやくプリンキア。だが誰も耳にしてはいなかったようである。
「……あれぇ? いま、ようせいさんうごいたよ?」
「揺れタだケデすネー」
 はるひの言葉に対し、プリンキアはさらっと答えた。
「ねぇ、おねーちゃん」
「何デス?」
「おねがいごとってなんでもいーの?」
「イイでスよ?」
「…………」
 はるひは両目を閉じて両手を組むと、何やら一心に祈り始めた。
「……おねがいしたよー」
「何を願ったんですか?」
 撫子が優しくはるひに尋ねた。
「えへへ……ないしょだよ☆」
 笑いながらはるひはそう答えた。まだオルゴールの音色は鳴り続けている。それに合わせ、デルフェスが何やら歌い始めた。美しい歌声であるが日本語ではない、どこか別の国の言葉であるようだ。
「これ……ラテン語?」
 シュラインが気付いた。そう、デルフェスはラテン語で『星に願いを』を歌っていたのである。
「いい歌ですね……」
 しみじみとシオンがつぶやく。同意とばかりに、慶悟が頷いた。
 その時――病室の扉が開かれた。

●予想外【8】
「パパ?」
 真っ先にはるひが反応した。何と扉の所に、山形が立っていたのである。
「えっ、山形警部!? 何故ここに……?」
 狐に摘まれた様子なのは美紅である。そりゃそうだ。山形の代役を頼まれたからこそ、美紅はここに居る訳なのだから。
「む……所用で近くまで来て、足を延ばしたんだが……」
 何故か歯切れの悪い山形の言葉。何か言えない理由でもあるのだろうか。
「ほんとうにおねがいごとってかなうんだね……」
 ぽつりつぶやくはるひ。ひょっとして、先程祈っていた内容は……?
 山形がつかつかとはるひのベッドのそばまでやってくる。それを見た撫子が、それとなく目で他の者たちに促した。他の皆も、撫子の言いたいことを理解したようであった。
「あの……それでは私たちはこれで」
 美紅がぺこりと山形に頭を下げた。
「また、お見舞いに参りますね」
 撫子がにっこりとはるひに微笑んで言った。
「おにーちゃん、おねーちゃん、どうもありがとう! またきてねー、やくそくだよー☆」
 手を振るはるひに見送られ、山形を残して一同は病室を出ていった。
「よかったですね。お父さんが早く来られて」
 廊下を歩きながら、ほっとした表情でシオンが言った。
「せっかくの親子水入らずの邪魔をする訳には参りませんものね」
 静かに言う撫子。他の者たちも同意であった。なかなか会えない親子であるのだ、2人きりの時間は貴重であるだろうから。
「……でもどうして、急に来たのかしらね?」
 首を傾げるシュライン。間髪入れず、プリンキアが言った。
「ミーは何もシテまセンよ。まダ」
 ……『まだ』って何ですか、プリンキアさん。
「陰陽の導き……だとよいのだが」
 ぼそっと慶悟がつぶやいた。
「……あら。今すれ違われた看護師の方々が、不思議なことを仰ってましたわ」
 看護師たちの会話が耳に入り、不思議そうにデルフェスが言った。
「何でもくまが出たのだとか……」
「えーと……病院で?」
 呆れ顔でシュラインが聞き返すと、デルフェスがこくんと頷いた。
「病院でそのようなことが……。それはくまりましたね」
 真顔で言うシオン。駄洒落なのか、それとも単に言い間違えただけなのか、非常に微妙な空気が流れることとなった……。

●蛇足【10】
「どういう風の吹き回しなのか……」
 翌日――俊介は、ビニールに包まれた予告状の文面を読み返していた。それは昨晩、新たにノルンから届いたカード。
 そこには『今回盗むのは諦めたわ。安心してね』と記されていたのだった。
 何故ノルンは犯行を中止したのか。謎に包まれたままである。

【インターミッション ―怪盗ノルン― 了】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
         / 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 0381 / 村上・涼(むらかみ・りょう)
                    / 女 / 22 / 学生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0818 / プリンキア・アルフヘイム(ぷりんきあ・あるふへいむ)
          / 女 / 35 / メイクアップアーティスト 】
【 2181 / 鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)
     / 女 / 19? / アンティークショップ・レンの店員 】
【 3072 / 里見・俊介(さとみ・しゅんすけ)
          / 男 / 48 / 警視庁超常現象対策本部長 】
【 3356 / シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)
          / 男 / 42 / びんぼーにん(食住)+α 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ゲームノベル』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全14場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。『怪盗ノルン』シリーズの第2話目をここにお届けいたします。ちなみに次回は年明け、恐らくは展開次第で残り2〜4話となるかと思います。
・勘のよい方でしたら、今回までのお話であれこれと気付かれたのではないかと。あれこれとヒントをちりばめていますので、想像つくかと思うのですが……さて、いかがでしょうか?
・里見俊介さん、初めましてですね。ええとですね、俊介さんのプレイングで今回流れが変わっています。詳しくは言いませんが、非常によい行動だったと思いますよ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。