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■お留守番なぼくら【コミック編】■

angorilla
【0086】【シュライン・エマ】【翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
 それは、ちょっとした偶然が重なり合うことで起きてしまった悲劇、あるいは喜劇だった。

 草間興信所は相も変わらずのんびりと自堕落な空気に満ちている。
 ここの主である草間武彦にいたっては、しばらく続いた平穏な日々にかなり身体が馴染んでしまっていた。
「あ〜……平和だな……」
 机に上半身をだらりと投げ出して、ぐてぐてと過ごす。
 ふと、視界の端をオレンジ色の小さなものが横切ったかと思ったら、突然冷蔵庫からとんでもない物音が鳴り響いた。
「なっ、なんだ!?何が起きた!?」
 飛び起きる、草間。
 慌てて給湯室へ駆け込めば、白くて四角い冷蔵庫の扉が勝手に開き、無残にも床に中身がいくつか散乱してしまっていた。
 そして。
「これは……」
 冷蔵庫の2段目、ちょうど屈みこんだ草間の目線に合わせられた場所に、白い封筒がぎゅむりっと押し込まれていた。
 この光景には見覚えがある。
 そして、このパターンにも充分に覚えがある。
 既視感にくらりとしつつも、草間はこぼれたソースや缶詰のシロップを避けながら、何とか冷蔵庫から封筒を引っ張り出した。
『草間興信所所長 草間武彦 様』
「やっぱりロドルフか」
 何故かここの冷蔵庫から時々繋がってしまう不思議の世界。茶色い熊のぬいぐるみの姿を思い浮かべながら封を切れば、三つ折の厚い手紙がみしっと収まっていた。
「なんだ?たんなる近況報告、じゃないな……」
 ただならぬ雰囲気を感じつつも丁寧に綴られた文字を目で追い始めた草間の表情は、次第に沈痛な面持ちへと変化していった。
 時候の挨拶から始まった手紙には、くまの森で起きている事件の経過が事細かに記されていた。
 要約するならば。
 カメラを構えたひとりの青年と、被写体に選ばれたらしい一匹のわんこが、くまの森で壮絶な追いかけっこを展開しているらしい。
 花が降り、小鳥が川を泳ぎ、魚が空を飛ぶその場所で、彼らのドタバタはひとつの驚異となり果てた。
 もしも、彼らがうっかり鎮守の塚を壊してしまったら、もしも彼らがうっかり巨大魚に呑まれてしまったら、もしも彼らがうっかり禁忌を犯してしまったら……
「つまりどんな手を使ってでも、こいつらを止めて欲しいってこったな……まあ、くま達にも協力を仰げば出来ないことはないか……ん?」
 はらりと、何かが封筒から滑り落ちた。
 拾い上げたものが名刺だと気付いた瞬間、草間の『沈痛な面持ち』は、眉間に深いしわを刻んだ険しいものとなった。
「…アイツか……アイツが、今度はここでやらかしているのか……」
 渋谷和樹――映画制作会社に勤務するハイテンションなトラブルメーカー。あの男が関わるとロクなことにならない。
 だが、どうにかしなくてはならないのだ。
 草間は深い深い溜息とともに、手紙を握り締めて黒電話へ向かった。