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■消えた図書委員 〜空箱より〜■

つなみりょう
【3524】【初瀬・日和】【高校生】
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神聖都学園内でまた生徒失踪事件、以前の事件と関連か(毎朝新聞)


 神聖都学園高等科2年生、並木ひろみさん(17)が昨晩未明から行方不明となり、本日朝、両親が警察に失踪届けを提出した。
これで今月に入ってからの当学園生徒の失踪は初等科・中等科・高等科合わせて5人となり、警察は事件の関連性を調べている。

 調べでは、並木さんは昨日夕方、友人と登下校中に突然行方が分からなくなったという(友人証言)
学園校長は「大変遺憾なことであり、行方不明になった生徒や関係者たちが心配だ。また、引き続き生徒たちには登下校の際気をつけるよう指導していく」と話している。

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「許可出来ません」
「だーかーら、お願いしますよ、先生! センセ!! カッスミせんせ〜い!!」
「もう、いくらお願いされても、ダメなものはダメなの。分かる?」
あくまで変わらぬ響カスミのつれない返事に、布施啓太はがくりとうなだれる。

 場所は神聖都学園高等科、職員室。
音楽教師、響カスミに直談判にやってきたのは高等科2年の布施啓太。
 彼がここを訪れるのは今日は初めてではない。
ここ1週間というもの、毎日毎休み時間、職員室に飛び込んできては、彼は響カスミに頭を下げ続けている。
 もはや日常の風景と化してしまっている二人のやりとり。勢い込んで頭を下げつづける啓太だが、他の教師たちの視線を背中で感じる度やりきれない怒りを抑えるのに必死だった。
 ……くっそー、なんで先生ってのは頭が固いヤツばっかりなんだ!!


 啓太は、常に存亡の危機にさらされているもののなんとか生き残っている『報道部』、その唯一の部員にして唯一の(当然だが)部長だ。
 報道部の、そして燃える啓太がモットーとしてることはただ一つ。
 『隠された真実を暴き、学園生徒たちに伝えること』
 ――それゆえに彼は職員室に通いつめ、そして直談判の時を繰り返している。


「布施クン?」
報道部の顧問でもあるカスミは、なだめるように啓太へ話しかける。
「だからね、いくら事件性が高いっていってもプライバシーに当たることだから、一生徒へ教えるわけにはいかないの」
「で、でも先生! いなくなったヤツの名簿を見せてくれるだけでいいんだって! 今、調査が行き詰ってて参ってるんだ〜、なんでもいいから手がかりが欲しいんだよ」
「布施クンは生徒でしょう? そんなこと、調べなくていいの」
 ……こりゃダメだな。
 そう直感した啓太は、矛先を変えてみることにした。
「なあ先生。……オレが睨んだところさ、ここ数日学園内で起こってる事件は絶対怪奇現象が関係してると思うぜ」
「か、怪奇現象?」
途端、顔色を変えたカスミに、内心ニヤリとする啓太。
「例えば〜、ウチの学園の7不思議の1つ、『いなくなった図書委員』って知ってます、センセ?」
「イヤぁもう、怖い話はしないで!」
「あの話だと、夜な夜な幽霊になった生徒が夜の校舎に化けて出るって話だけど、今いなくなってるヤツも……もしかしたら……」
「ふ、ふ、布施クンッ!」
 と、半ば叫ぶような強い口調で、カスミがぴしりと言葉を遮る。
「怪奇現象なんてこの世にはないの! めったなこと言ったらダメ、他の生徒に示しが付かないから、分かった?」
「……ちぇ、ホントは怖いだけのクセに」
「何か言った?」
つい口にしてしまった呟きが悪かったのか、涙目のカスミに顔を覗きこまれて啓太は慌てる。

 そして。
「ったくもう、じゃあもういいよ! オレはオレのやり方で真実を見つける!」
苛立ち頂点に達した啓太は、とうとうカスミに啖呵を切ってしまった。
内心やっちまったー! と思いつつも今さら引き下がれない。
「ちょ、ちょっと布施クン、どうするつもり?」
「他の誰かに協力してもらうよ。……カスミ先生! 一週間後の報道部通信、楽しみにしてろよな!!」



消えた図書委員 〜空箱より〜





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神聖都学園内でまた生徒失踪事件、以前の事件と関連か(毎朝新聞)


 神聖都学園高等科2年生、並木ひろみさん(17)が昨晩未明から行方不明となり、本日朝、両親が警察に失踪届けを提出した。
これで今月に入ってからの当学園生徒の失踪は初等科・中等科・高等科合わせて5人となり、警察は事件の関連性を調べている。

 調べでは、並木さんは昨日夕方、友人と登下校中に突然行方が分からなくなったという(友人証言)
学園校長は「大変遺憾なことであり、行方不明になった生徒や関係者たちが心配だ。また、引き続き生徒たちには登下校の際気をつけるよう指導していく」と話している。

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 ――ただ、想いを知って欲しかっただけなのに。



「悠宇くんってば! 待って」
「日和は黙ってろよ、これは俺の問題だ、お前は関係ないだろ」
「違うわ、そうじゃないの悠宇くん」
「じゃあなんだってんだ!」
 大声を出して羽角悠宇が振り返った。
険のある表情に、彼の肩に手を伸ばしかけていた初瀬日和は、びくっと身をすくめ立ち止まる。

 二人が気まずく対峙し合っていたのは、誰もいない、毎朝登下校で通る公園だった。
 ――悠宇が家まで迎えに行って、日和と共に学校までの距離を肩を並べて歩く。
 飽きもせず繰り返されてきたその光景は、ささやかながらも二人にとって大切な時間だった。……そう、それは今朝だって同じように始まったはずなのに。
 ぽろぽろとこぼれだす、言葉にしきれない思い。どんなにすくっても、それはもう元の形には戻らない。
 
 風にざわつく街路樹。見慣れた風景が、いつもと違いよそよそしく感じる。
 雨が近いのか、晴れない朝もやが二人の間を流れていった。


「どうして」
 ふ、と目の前の彼の視線が、日和から外れた。
「どうして分かってくれないんだ、俺はなによりお前のことを考えてるのに」
「悠宇くん」
 日和は名を呼び、必死で語を継ごうとしたが……彼女の中からは何も出てこなかった。
かすかにうつむき、悔しさで唇を噛む。
 ……悠宇くん。そうじゃないの、悠宇くん。
 もどかしさで、何度も胸の内で繰り返す彼の名。
「違うわ、それは違うの」
 ……どうして上手く言えないの。私は、こんなことが言いたいんじゃないのに。
「悠宇くん本当には、私のこと考えてくれてない」
「日和っ!」


 その時だった。
張り詰めた雰囲気を破る、のどかな電子音。我に返った悠宇が慌てて制服のポケットを探る。
『聖しこの夜』
 ――クリスマスが近いからと、二人で仲良く着信音を揃えたのは、ほんの昨日のこと。
 いらだたしげに舌打ちした悠宇が、取り出した携帯を耳に当てた。
「もしもしっ! 誰だよ!」

 悠宇の険悪な雰囲気を感じ取ったのだろう。
 携帯に耳を当てていた悠宇の表情がすぐに変わる。
「シュラインさん。……え、今から二人で草間興信所に、ですか?」
 悠宇が口にした固有名詞に、日和は心当たりがあった。そして、それらが意味することも。

 今日は平日だ。日和たち学生はもちろん通常の授業がある。
それを分かっていてかけてきたのだろうから、よっぽどの事件でもあったのだろうか。
 不安がいっそう大きくなる気がして、日和はぎゅっと手のひらを握った。






消えた図書委員 〜空箱より〜
 ●初瀬日和
 
 
◆ 

「……という訳なんだ」
 草間興信所に新たにやってきたのは4人。初瀬日和、羽角悠宇、布施啓太に鷲見条都由。
これにもともと興信所にいた草間武彦とシュライン・エマを合わせ6人になる。
(ちなみに零は別件のクライアントに話をつけに行った。
草間本人が出向くと無報酬になるか怪奇の類を引き受けてくるか、どちらにしろろくな結果にならない)

 今回の事件を持ち込んだのは布施啓太である。
 事のあらましを話し終えるのにたっぷり30分はかかっただろうか。資料も交えつつ彼が一同の前でようやく話し終えた時、草間はまず顔を手で覆って天井を向いた。
「お前の話は大げさすぎる。客観的事実のみを述べてくれ」
「なんだよー、草間のおっさん。こんな奇妙な事件なんだ、言い足りないことはまだまだいっぱいあるんだぜ?」
「……とりあえず、草間の『おっさん』は止めてくれ、啓太……」
反論に疲れたのか、武彦はただがっくりとうなだれた。
「とりあえず、要旨をまとめましょう」
 彼に代わって声を上げたのはシュラインだ。
「神聖都学園内で行方不明の生徒が多数出てるのね? それで、その案件に対する調査の協力を私たちに仰ぎたい、と」
 ああ、と真面目な顔で啓太がうなずく。
「今回の事件で、行方不明になったのと親しかった奴らを大体調べ上げてみたんだ。あ、これが調査書ね。
んで、オレのカンだと、なんとなくみんな怪しいんだけどさ……」
「そうね……話を聞いてると、失踪者に対しみんな腹に何かを持ってるような感じがするわね」
 恨んでたり恨まれてたり、とまではいかないみたいだけど。シュラインはそう言って資料を軽く指で弾いた。
「どう思う、日和ちゃん? 悠宇君も何か意見ない?」
「……え? ええ、そうですね」
 シュラインが日和に話を振ると、半分上の空だったのか、一瞬の間の後に日和はうなずく。
 そしてその横にどっかり座った悠宇は、シュラインの質問に答えることもなくむっつりと黙り込んだままだ。

 ――あら、どうしたのかしらこの二人。いつもは羨ましいくらい仲がいいのに。
 首をかしげつつも、今度は武彦の方を仰ぐシュライン。 
「それで、これは『怪奇の類』なのかしら、武彦さん?」
「……なぜ俺に聞く」
「あら、そういった事件はお手の物でしょう?」
「シュライン……さっきのことは謝るから」
「あら、何をかしら?」
 武彦を渋ーい顔で黙らせてから、ふとシュラインは何かをひらめいたような表情を見せた。
「ねぇ、啓太君。この資料の下の方に書いてある、この噂話」
「ん? ああ、『消えた図書委員』のこと? 気になんの?」
「そうね、気になるというか……心当たりがあるっていうのかしら、これって」
「シュラインさんもですか? あの、実は私も……その、何かが引っかかるんです。何かを忘れているような。
でも、はっきりとは思い出せないんですけど」
 続いて日和も声を上げたが、後は共に無言で顔を見合わせるばかり。
 二人を見て、啓太は首を傾げた。
「一応さ、これってウチの学園に伝わる、七不思議のひとつなんだよね。
一応今回の事件に似てるから載せておいたんだけど、関係あるのかなあ、コレ」

 こういうのは都由ちゃんの方が詳しいんじゃないかな、と都由を振り向いたが、彼女も思案にくれている。
「そうですね〜。この噂自体は随分昔からありますけど〜。
今回の事件とは関係があるかどうかは〜、さてどうでしょ〜……?」
「つ、都由ちゃん! もっとハッキリしゃべってくれよ!」
 短気な啓太に、都由はマイペースなまま、ごめんなさいね〜、と笑った。


「まあいいわ。とりあえず打ち合わせはこのぐらいにして、調査に入りましょう。
……私はこの吉岡さんのところに行ってきます。娘さんがいなくなったっていう」
 まず初めに、シュラインが調査書の名前の一つを指差した。
次に、ずっと不安げな表情でいた日和が別の名前を指す。
「私は、この佐久間さんのところに行ってきます。歳も近いですから」
「そうね、それがいいかも。……悠宇君も、日和ちゃんと一緒に行く?」
「行かねぇ」
何気なく振った会話を、悠宇は愛想もなくたちどころにぶち切った。
「俺はこいつんとこに一人で行く」
 彼の指はまた別の男子生徒を指している。
「……日和ちゃん? どうかしたの、あなたたち?」
「あの……」
「どうもしませんよ、シュラインさん」
 曇らせた表情のまま何かを言おうとした日和を、強い語調で悠宇が遮った。
「どうもしませんから、ほっといて下さい」
「……ごめんなさい、シュラインさん」
 彼と視線を合わせる事もなく、ただそう言って力なく笑う日和に、シュラインはただ無言のままでいるしかない。

「んじゃあ、オレたちはどうしようか。都由ちゃん、一緒にやろうぜ」
「そうですね〜、布施君と一緒なら心強いです〜」
調査書を前にして思案しだした二人に、つと武彦が口を開いた。
「おい啓太。お前らはこの『消えた図書委員』のことについて調べて来い」
「ええ? 何で? おっさん、これって今回の事件に関係あるの?」
「俺に聞くな俺に。それから俺はおっさんじゃない! ……いいから。あくまでも俺の勘だが」
 何かを言いかけて一旦口を閉ざした武彦。
 胸のポケットからタバコを一本取り出し、それに火をつけ……焦れるほど悠々とした仕草で煙を吐き出してから、ぽつりと言った。
「事件には関係ないかもしれんが、もしかしたら別のところで関係してくるかもしれない。
例えば、お前や俺ら……とか、な」





 その足で、日和は神聖都学園の佐久間アヤの元へと向かった。――躊躇いがちの、重い足どりで。
 ……気が重い、な。
 
 悠宇とケンカしてしまったのは、何も重大な理由はない。……きっかけこそささいなことだったと思うのだけれど、すれ違ってしまった気持ちはなかなか上手く修正出来なかった。
 ――俺の言うこと、そんなに間違ってるか?
 そう言ってちらりと見せた、悠宇の辛そうな顔を思い出して日和は思わず立ち止まり、慌てて頭を振ってその記憶を追い払う。
きっと悠宇は、日和が自分のことを信じていない、そう思ったのだろう。
 ……そうではないのだ。
ただ少しだけ、彼に自分自身のことを思いやってほしかっただけ。

 そうでないと、彼は日和のことばかり心配しているだろうから。



「あたしを呼んだの、あなた?」
そう問いかけられて、日和はハッと我に返った。
 学園は今昼休み。調査書に書かれていた所属クラスを尋ねた日和は、通りかかった生徒に佐久間アヤを呼び出してもらっていたところである。
 生徒たちが行き交う廊下で対面した二人。ひとまず日和は、慌てて頭を下げた。
「あ、あの、私初瀬日和って言います。それで少しお話を……」
「悪いんだけど、あたしちょっと用があるから」
 だが佐久間はすげなく日和の言葉をそう遮り、さっさと歩き出してしまう。
 日和は慌ててその後を追った。
「ごめんなさい、でもすぐ終わりにするから!」
 少しだけお話させてくれない? 日和はなおも食い下がるが、佐久間は振り向こうともしない。
「もう何も話したくないの。せっかく決心したんだし」
「……え?」

 気がつくと、二人は人の少ない校舎裏へとやってきていた。そこまで来て、佐久間はようやくぴたりと立ち止まる。
と、振り向かないまま彼女はぽつりと言った。
「……全部、私が悪いのよ」
「? ……佐久間、さん?」
「あなた、いなくなったひろみのこと聞きにきたんでしょう?」
 そう言って振り向いた彼女は、だがそのままうつむいてしまい、日和の顔を見ようとしない。
「佐久間さん、その……怖かったでしょう? それなのにごめんなさい、こんな話をさせて」
日和は優しく語りかける。
「大事なお友達がいなくなってしまって、心配でしょう? それに、どんなにか不安だったでしょうね。
ねえ佐久間さん。私の胸の内だけにしまっておきますから、何か言いたいことがあったら思いきり言ってしまったらどうですか?」
 私でよければ、力になりますから。
日和がそう言って笑うと、佐久間は何かにすがるように日和を見た。
 まるで、何か痛みをこらえているかのような表情で。
 
「あたし、……確かに悔しかった。ずっとずっと一緒にいて、部活の練習も一緒だったし、彼氏が出来たら紹介してねとも言ってた。
それなのに、ひろみが選手に選ばれて、彼氏も出来て、私……取り残されたように思ったの。
どうして、どうしてあたしを置いてくの、そう思って……!」
 震える彼女の肩に、日和はそっと手を置いた。
「ごめんなさい、ひろみ。あたし……『あなたがいなければよかったのに』なんて思ったの、本心じゃなかったのよ……!
あたしが悪かったわ。お願いだから戻ってきて、ひろみ……!」

 そして、彼女の姿が消えた。 
 
 


「え……?」
宙に浮いた手もそのままに戸惑う日和。
と。
「こんにちは」
 呆然としていた日和に、突然声がかけられた。慌てて振り返ると、そこに一人の少年が立っている。
確かにこの裏庭には誰もいなかったはずなのに、いつの間に現れたのだろうか。
 ――神聖都学園のものではない、黒い詰襟の学生服姿の少年。屈託のない笑顔を日和に見せている。
「あの」
「佐久間さんには、別の場所へ行ってもらいました。
やっとやっと承諾してくれましたから。ずっと『自分は悪くない』なんて強情を張って、自分の気持ちを認めようとしなくって」
「……佐久間さんはどこですか」
 静かに、だがしっかりとした口調で問いかける日和。
だが少年に臆する様子はなく、ただ静かに立っている。
「僕は彼女たちの望みをかなえただけです。最初は『あの子がいなければいいのに』というもの、次は『やっぱり一緒にいたい』というもの」
「それは違うわ」
日和は必死に、少年の言葉を否定する。
「人は弱いわ、誰だって迷うことはある。確かに一時そう思ったとしても、それが本音とは限らない。……お願い、言った言葉全てをその人の本心だと思わないで」

 ――悠宇くん本当には、私のこと考えてくれてない。
ふと日和は、悠宇へ言った言葉を思い出した。
 日和は誰よりも悠宇が、日和のことを考えてくれていることをちゃんと知っていた、けれど。

――でもだからこそ、私はああ言ったのかもしれない。
 
 

「そこまで言うなら、ご一緒にいらっしゃいますか? 僕の世界へ」
 論争を重ねる気は最初からなかったのだろう。日和の言葉を途中で遮ると、少年は微笑んだ。
「お願いします。皆さんを無事に返してください」
「何もしませんよ……彼女たちには」

と、少年はにこりと笑った。
「僕の名前は早乙女美です。あなたにはまた会える気がしますよ」

 





 ――そこは真っ白な空間だった。
 上もなく下もなく、また前方も後方も区別がつかない。
 確かに立っているから足元は固いはずだが、地を蹴っている感触はない。光源が見当たらないのに、辺りは明るい。
 気分は不快ではない。特に変わらず、まずまずだ。
 
 と。
 歩き続けていた日和の前方に、また新たな人影が見えた。
「シュラインさん!」
 いたのはシュラインだ。駆け寄った日和を優しく迎えてくれる。
「日和ちゃん、あなたも」
「ええ。佐久間アヤさんにお話を伺ってたんですが……その時、見知らぬ方がやって来て」
「早乙女美とかいう、詰襟の?」
「……ええ、そうです」

 ここは、あの人のテリトリーの中なんでしょうか。
そう問う日和の言葉に、シュラインはただあいまいな頷きしか返せない。
「そうだと思う、としか言えないけれど。……とりあえず、ここに捕まってる人たちを探しましょうか?」
「それならさっきあちらで見つけました。行方不明になってた皆さん、全員いらっしゃるみたいです」
 日和が力強く頷いてみせる。
「そう。なら次は、ここの脱出方法を考えましょうか」
 何か名案ある? 当てもなく、そう問うただけのシュラインだったが、意外に思うほど日和は力強い頷きを返してきた。
「待ちましょう。きっと今、悠宇くんが私たちを探してくれてます」
「……信じてるのね、彼を」
思わずシュラインが笑みをこぼすと、日和もまた、はにかむように笑った。
 ――だがそれは、確信にも似た笑み。



 日和は、小さく歌を口ずさんだ。
 昨日、お互いを思いながら携帯におそろいで入れたお揃いのメロディ、――聖しこの夜。
 ……きっと悠宇くんなら、この声を聞いてくれる。
 その旋律は日和の想いを乗せ真っ白な空間を満たしていき、やがてそれは静かに漂いだして――

 かすかに聞こえたのは、日和の名を呼ぶ悠宇の声。
それと同時に、白い空間の前方から一筋の光が漏れ出した。顔を見合わせ、シュラインに頷いて見せてから日和は歩き出した。

 進めていた歩みは、いつの間にか駆け足になっていた。
彼女たちに従い、後ろから囚われていた人たちも付いてくる。


 光に向かってまっしぐらに、二人はいつの間にか駆け出していた。






 冷たく凛とした空気の中を、日和は一人佇んでいる。
 誰もいない公園の街路樹の下。手首にはめた腕時計をちらりと見てから、日和は空を見上げた。――灰色の重そうな雲が一杯に立ち込めている。この寒さで、もしかしたら雪が降るかもしれない。

 と。
カバンの中から電子音が流れ出した。悠宇の携帯と同じ、『聖しこの夜』のメロディ。
「――もしもし?」
『ごめんな日和。待たせただろ?』
「ううん、今ここにきたところだから」
『……あんだけ待つ辛さを味わったばっかりなのにな。いつもごめんな、お前にばっかり』
「悠宇くん」
 と、日和は受話器から聞こえてきた悠宇の言葉を優しく遮る。
「あの時も言ったけど。……私、そんな悠宇くんだから好きなの」
「……知ってる」


 声は意外なほど近くから聞こえた。
 日和が慌てて振り向くと、悠宇がぱちん、と携帯を閉じてこちらを可笑しそうに見つめていた。
「悠宇くん……! いつからいたの?」
「実は最初から」
「……もう!」

 すこしだけ膨れ面をして見せた日和だったが、駆け寄った悠宇にすぐに笑顔になってしまう。
 どちらからともなく手をつなぐ二人。
寒い空気の中で、相手の体温だけが確かなものに思えた。
「日和」
「ん?」
「どこに行こうか」
「どこでもいいよ、でもとりあえず」
 ……このままで。
 

 
 
 ――メリークリスマス、悠宇くん。
あなたに私の想いを知ってもらうだけじゃなくて、これからは、私があなたの想いも知っていきたい。
 






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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524 / 初瀬日和 / はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角悠宇 / はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3107 / 鷲見条都由 / すみじょう・つゆ / 女 / 32歳 / 購買のおばちゃん】


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          ライター通信          
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こんにちは、つなみです。この度はご参加いただき、誠にありがとうございました。

なにより、今回の納品が遅れましたこと、大変申し訳ありませんでした。
次回以降、このようなことになりませんよう努めさせていただきますので、平にご容赦いただけますようお願い申し上げます。
すいませんでした……!


日和さん、こんにちは。またお会いできて嬉しいです。(それなのにお詫びから始まるご挨拶で本当にスイマセン……)
今回はケンカからはじまるお二人……ということで、すこしばかり心配なのですが、それだけ絆の強い二人を書きたかったのです。
ラストにホッとしていただければ嬉しいのですが。
あと定型文になりつつありますが(笑)今回もまた、悠宇さんの納品分も合わせて読んでいただければ嬉しいです。


……上にも書きましたが、次回以降はもっと納品を早くするよう心がけます。本当にごめんなさい。
そして、こんな状態でこんなことをいうのも図々しいですが……次回以降の異界や、他の窓を開いた際、またご参加いただけたらとても嬉しく思います。
その際は今回同様かそれ以上に精一杯、努めさせていただきますので。どうぞよろしくお願いいたします。


それでは、つなみりょうでした。