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■消えた図書委員 〜空箱より〜■

つなみりょう
【3525】【羽角・悠宇】【高校生】
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神聖都学園内でまた生徒失踪事件、以前の事件と関連か(毎朝新聞)


 神聖都学園高等科2年生、並木ひろみさん(17)が昨晩未明から行方不明となり、本日朝、両親が警察に失踪届けを提出した。
これで今月に入ってからの当学園生徒の失踪は初等科・中等科・高等科合わせて5人となり、警察は事件の関連性を調べている。

 調べでは、並木さんは昨日夕方、友人と登下校中に突然行方が分からなくなったという(友人証言)
学園校長は「大変遺憾なことであり、行方不明になった生徒や関係者たちが心配だ。また、引き続き生徒たちには登下校の際気をつけるよう指導していく」と話している。

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「許可出来ません」
「だーかーら、お願いしますよ、先生! センセ!! カッスミせんせ〜い!!」
「もう、いくらお願いされても、ダメなものはダメなの。分かる?」
あくまで変わらぬ響カスミのつれない返事に、布施啓太はがくりとうなだれる。

 場所は神聖都学園高等科、職員室。
音楽教師、響カスミに直談判にやってきたのは高等科2年の布施啓太。
 彼がここを訪れるのは今日は初めてではない。
ここ1週間というもの、毎日毎休み時間、職員室に飛び込んできては、彼は響カスミに頭を下げ続けている。
 もはや日常の風景と化してしまっている二人のやりとり。勢い込んで頭を下げつづける啓太だが、他の教師たちの視線を背中で感じる度やりきれない怒りを抑えるのに必死だった。
 ……くっそー、なんで先生ってのは頭が固いヤツばっかりなんだ!!


 啓太は、常に存亡の危機にさらされているもののなんとか生き残っている『報道部』、その唯一の部員にして唯一の(当然だが)部長だ。
 報道部の、そして燃える啓太がモットーとしてることはただ一つ。
 『隠された真実を暴き、学園生徒たちに伝えること』
 ――それゆえに彼は職員室に通いつめ、そして直談判の時を繰り返している。


「布施クン?」
報道部の顧問でもあるカスミは、なだめるように啓太へ話しかける。
「だからね、いくら事件性が高いっていってもプライバシーに当たることだから、一生徒へ教えるわけにはいかないの」
「で、でも先生! いなくなったヤツの名簿を見せてくれるだけでいいんだって! 今、調査が行き詰ってて参ってるんだ〜、なんでもいいから手がかりが欲しいんだよ」
「布施クンは生徒でしょう? そんなこと、調べなくていいの」
 ……こりゃダメだな。
 そう直感した啓太は、矛先を変えてみることにした。
「なあ先生。……オレが睨んだところさ、ここ数日学園内で起こってる事件は絶対怪奇現象が関係してると思うぜ」
「か、怪奇現象?」
途端、顔色を変えたカスミに、内心ニヤリとする啓太。
「例えば〜、ウチの学園の7不思議の1つ、『いなくなった図書委員』って知ってます、センセ?」
「イヤぁもう、怖い話はしないで!」
「あの話だと、夜な夜な幽霊になった生徒が夜の校舎に化けて出るって話だけど、今いなくなってるヤツも……もしかしたら……」
「ふ、ふ、布施クンッ!」
 と、半ば叫ぶような強い口調で、カスミがぴしりと言葉を遮る。
「怪奇現象なんてこの世にはないの! めったなこと言ったらダメ、他の生徒に示しが付かないから、分かった?」
「……ちぇ、ホントは怖いだけのクセに」
「何か言った?」
つい口にしてしまった呟きが悪かったのか、涙目のカスミに顔を覗きこまれて啓太は慌てる。

 そして。
「ったくもう、じゃあもういいよ! オレはオレのやり方で真実を見つける!」
苛立ち頂点に達した啓太は、とうとうカスミに啖呵を切ってしまった。
内心やっちまったー! と思いつつも今さら引き下がれない。
「ちょ、ちょっと布施クン、どうするつもり?」
「他の誰かに協力してもらうよ。……カスミ先生! 一週間後の報道部通信、楽しみにしてろよな!!」



消えた図書委員 〜空箱より〜





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神聖都学園内でまた生徒失踪事件、以前の事件と関連か(毎朝新聞)


 神聖都学園高等科2年生、並木ひろみさん(17)が昨晩未明から行方不明となり、本日朝、両親が警察に失踪届けを提出した。
これで今月に入ってからの当学園生徒の失踪は初等科・中等科・高等科合わせて5人となり、警察は事件の関連性を調べている。

 調べでは、並木さんは昨日夕方、友人と登下校中に突然行方が分からなくなったという(友人証言)
学園校長は「大変遺憾なことであり、行方不明になった生徒や関係者たちが心配だ。また、引き続き生徒たちには登下校の際気をつけるよう指導していく」と話している。

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 ――きっかけなんてくだらないことは、もう忘れてしまったのに。



「悠宇くんってば! 待って」
「日和は黙ってろよ、これは俺の問題だ、お前は関係ないだろ」
「違うわ、そうじゃないの悠宇くん」
「じゃあなんだってんだ!」
 大声を出して羽角悠宇は振り返った。
険のある表情に、彼の肩に手を伸ばしかけていた初瀬日和は、びくっと身をすくめ立ち止まる。

 二人が気まずく対峙し合っていたのは、誰もいない、毎朝登下校で通る公園だった。
 ――悠宇が家まで迎えに行って、日和と共に学校までの距離を肩を並べて歩く。
 飽きもせず繰り返されてきたその光景は、ささやかながらも二人にとって大切な時間だった。……そう、それは今朝だって同じように始まったはずなのに。
 ささいなはずの苛立ちがみるみるうちに膨れ上がり、悠宇の心をギリギリと締め上げる。
 
 風にざわつく街路樹。見慣れた風景が、いつもと違いよそよそしく感じる。
 雨が近いのか、晴れない朝もやが二人の間を流れていった。


「……どうして」
 悠宇は視線を日和から外す。ようやく吐き出した彼の声はかすれていた。
「どうして分かってくれないんだ、俺はなによりお前のことを考えてるのに」
「悠宇くん」
 名を呼んだ彼女はさらに語を継ごうとしたが、すぐに押し黙ってしまう。
長い髪がさらりと流れ、彼女の表情を隠した。
 優しくて慎重で。――そんな彼女の美徳が、今の悠宇には苛立ってしょうがない。
 ……何か言いたいなら、はっきり言えばいいじゃないか。
「違うわ、それは違うの。……悠宇くん本当には、私のこと考えてくれてない」
「日和っ!」


 その時だった。
張り詰めた雰囲気を破る、のどかな電子音。我に返った悠宇が慌てて制服のポケットを探る。
『聖しこの夜』
 ――クリスマスが近いからと、二人で仲良く着信音を揃えたのは、ほんの昨日のことだった。
 ……くそっ、こんな時に!
「もしもしっ! 誰だよ!」

 悠宇の険悪な雰囲気を感じ取ったのだろう。
 先方はすぐに名乗り、用件を告げてきた。
「シュラインさん。……え、今から二人で草間興信所に、ですか?」

 今日は平日だ。悠宇たち学生はもちろん通常の授業がある。
それを分かっていてかけてきたのだろうから、よっぽどの事件でもあったのだろうか。
 会話で何がしかの雰囲気は悟ったのだろう。事情を知らないはずの日和が、細い眉根を寄せて心配そうに悠宇を見つめていた。






消えた図書委員 〜空箱より〜
 ●羽角悠宇
 
 
◆ 

「……という訳なんだ」
 草間興信所に新たにやってきたのは4人。初瀬日和、羽角悠宇、布施啓太に鷲見条都由。
これにもともと興信所にいた草間武彦とシュライン・エマを合わせ6人になる。
(ちなみに零は別件のクライアントに話をつけに行った。
草間本人が出向くと無報酬になるか怪奇の類を引き受けてくるか、どちらにしろろくな結果にならない)

 今回の事件を持ち込んだのは布施啓太である。
 事のあらましを話し終えるのにたっぷり30分はかかっただろうか。資料も交えつつ彼が一同の前でようやく話し終えた時、草間はまず顔を手で覆って天井を向いた。
「お前の話は大げさすぎる。客観的事実のみを述べてくれ」
「なんだよー、草間のおっさん。こんな奇妙な事件なんだ、言い足りないことはまだまだいっぱいあるんだぜ?」
「……とりあえず、草間の『おっさん』は止めてくれ、啓太……」
反論に疲れたのか、武彦はただがっくりとうなだれた。
「とりあえず、要旨をまとめましょう」
 彼に代わって声を上げたのはシュラインだ。
「神聖都学園内で行方不明の生徒が多数出てるのね? それで、その案件に対する調査の協力を私たちに仰ぎたい、と」
 ああ、と真面目な顔で啓太がうなずく。
「今回の事件で、行方不明になったのと親しかった奴らを大体調べ上げてみたんだ。あ、これが調査書ね。
んで、オレのカンだと、なんとなくみんな怪しいんだけどさ……」
「そうね……話を聞いてると、失踪者に対しみんな腹に何かを持ってるような感じがするわね」
 恨んでたり恨まれてたり、とまではいかないみたいだけど。シュラインはそう言って資料を軽く指で弾いた。
「どう思う、日和ちゃん? 悠宇君も何か意見ない?」
「……え? ええ、そうですね」
 シュラインが日和に話を振ると、半分上の空だったのか、一瞬の間の後に日和はうなずく。
 そしてその横にどっかり座った悠宇は、シュラインの質問に答えることもなくむっつりと黙り込んだままだ。

 ――あら、どうしたのかしらこの二人。いつもは羨ましいくらい仲がいいのに。
 首をかしげつつも、今度は武彦の方を仰ぐシュライン。 
「それで、これは『怪奇の類』なのかしら、武彦さん?」
「……なぜ俺に聞く」
「あら、そういった事件はお手の物でしょう?」
「シュライン……さっきのことは謝るから」
「あら、何をかしら?」
 武彦を渋ーい顔で黙らせてから、ふとシュラインは何かをひらめいたような表情を見せた。
「ねぇ、啓太君。この資料の下の方に書いてある、この噂話」
「ん? ああ、『消えた図書委員』のこと? 気になんの?」
「そうね、気になるというか……心当たりがあるっていうのかしら、これって」
「シュラインさんもですか? あの、実は私も……その、何かが引っかかるんです。何かを忘れているような。
でも、はっきりとは思い出せないんですけど」
 続いて日和も声を上げたが、後は共に無言で顔を見合わせるばかり。
 二人を見て、啓太は首を傾げた。
「一応さ、これってウチの学園に伝わる、七不思議のひとつなんだよね。
一応今回の事件に似てるから載せておいたんだけど、関係あるのかなあ、コレ」

 こういうのは都由ちゃんの方が詳しいんじゃないかな、と都由を振り向いたが、彼女も思案にくれている。
「そうですね〜。この噂自体は随分昔からありますけど〜。
今回の事件とは関係があるかどうかは〜、さてどうでしょ〜……?」
「つ、都由ちゃん! もっとハッキリしゃべってくれよ!」
 短気な啓太に、都由はマイペースなまま、ごめんなさいね〜、と笑った。


「まあいいわ。とりあえず打ち合わせはこのぐらいにして、調査に入りましょう。
……私はこの吉岡さんのところに行ってきます。娘さんがいなくなったっていう」
 まず初めに、シュラインが調査書の名前の一つを指差した。
次に、ずっと不安げな表情でいた日和が別の名前を指す。
「私は、この佐久間さんのところに行ってきます。歳も近いですから」
「そうね、それがいいかも。……悠宇君も、日和ちゃんと一緒に行く?」
「行かねぇ」
何気なく振った会話を、悠宇は愛想もなくたちどころにぶち切った。
「俺はこいつんとこに一人で行く」
 彼の指はまた別の男子生徒を指している。
「……日和ちゃん? どうかしたの、あなたたち?」
「あの……」
「どうもしませんよ、シュラインさん」
 曇らせた表情のまま何かを言おうとした日和を、強い語調で悠宇が遮った。
「どうもしませんから、ほっといて下さい」
「……ごめんなさい、シュラインさん」
 彼と視線を合わせる事もなく、ただそう言って力なく笑う日和に、シュラインはただ無言のままでいるしかない。

「んじゃあ、オレたちはどうしようか。都由ちゃん、一緒にやろうぜ」
「そうですね〜、布施君と一緒なら心強いです〜」
調査書を前にして思案しだした二人に、つと武彦が口を開いた。
「おい啓太。お前らはこの『消えた図書委員』のことについて調べて来い」
「ええ? 何で? おっさん、これって今回の事件に関係あるの?」
「俺に聞くな俺に。それから俺はおっさんじゃない! ……いいから。あくまでも俺の勘だが」
 何かを言いかけて一旦口を閉ざした武彦。
 胸のポケットからタバコを一本取り出し、それに火をつけ……焦れるほど悠々とした仕草で煙を吐き出してから、ぽつりと言った。
「事件には関係ないかもしれんが、もしかしたら別のところで関係してくるかもしれない。
例えば、お前や俺ら……とか、な」





 いらだちを抑えきれない足取りで、悠宇は神聖都学園へと向かった。
 ……ったく、今それどころじゃないのに。
 
 なぜ日和とこんなことになってしまったのだろう、と思う。きっかけは今となってはすでに思い出せない。
思い出せないほどささいなことのはずなのだ。きっといつもなら、お互い笑ってやりすごしてしまえるはずの小さなこと。

――そうじゃないの、悠宇くん。
 今にも泣き出しそうだった日和の顔を思い出して悠宇は舌打ちし、思わず側の壁をなぐった。
 ……そうだ、確か自分は『お前のためなら、俺はどうなってもいいんだからな』と言ったのだった。
きっと喜んでくれるはずだと思ったそのセリフに、なぜか日和は哀しそうな顔を見せて……それで自分は急に不安になり、いらだったのだった。 

 ――どうして日和はあんな顔をしたのだろう。
 俺はただ、あいつに喜んで欲しかっただけなのに。



 いつの間にか悠宇は、校舎の中でもひと気の少ない階に来ていた。
 確かこの辺りは音楽室や美術室のある階だ。今は昼休みだから、きっと生徒たちがそれぞれのクラスに戻っているのだろう。
 目的の生徒がいる教室はこの先のはずだった。
 
 と。
廊下を曲がった途端に、一人の男子生徒とぶつかった。互いに軽く頭を下げあってすれ違おうとしたが、相手の男子生徒が悠宇の姿を認めた途端、ひっ、とあごをひく。
「……おい? どうした」
「お前、この学園の生徒じゃないな」
 ま、まさか、あいつの使いか? そう言われて、悠宇は眉をひそめる。
「お前、もしかして鈴木か? ……元剣道部の」
「や、やっぱりあいつの使いなんだな! お、俺は何も知らないぞ。小林のことは、俺は何も悪くない。
そ、そうだ、俺は何も悪くないんだ、あいつがいなければ、なんて俺はちっとも!」
「おいしっかりしろ、俺はただ話を聞きに来ただけだよ」
が、彼の錯乱は増して行くばかりだ。半ば逃げるように身をひるがえした彼を、悠宇は慌てて追う。
「……俺は悪くないんだ!」
「おい、小林!!」

 名を呼んだ瞬間。
 前方を走っていたはずの彼の姿が、すぅ、と消えうせた。





「な、なんだって……?」
悠宇は立ちどまった。今は誰もいない廊下に悠宇はただ一人……そう、誰もいない。
いたはずの人物が、いなくなってしまった。
「お、おい。冗談キツイぜ……」
と。
「こんにちは」
 突然の声。慌てて振り返ると、そこに一人の少年が立っている。
 ――神聖都学園のものではない、黒い詰襟の学生服姿の少年。満面の笑みをたたえ、悠宇を見つめている。
「小林君には、別の場所へ行ってもらいました。ちょっと早かったかもしれないけど、どのみち迎えにいくところだったから」
「……お前、何者だ」
 計り知れない何かを感じて、悠宇は睨みつけた。
だが少年に臆する様子はなく、ただ静かに立っている。
「僕は彼らの望みをかなえただけです。そう、僕の狙いは先にさらった人たちではなく……後に残された人たち。
彼らの『望み』こそが目的でしたから。
例えば今の小林君なら……最初は『あいつがいなければいいのに』というもの、次は『やっぱり俺が間違ってた、取り消したい』というもの。
……クスクス、ほらね、時間を置いたおかげで、随分と気持ちが募っていたでしょう?」
「……おい!」
「そういえば」
 と、少年は悠宇の言葉を遮り話題を変えてみせる。
「あの髪の長い方は、あなたの大事な方ですか?」
「……な、なんだと……?」
「いえ、少しだけ記憶が『見えた』んですが、あなたの姿がその中にはっきり見えたんです。
よっぽど強く思われてたんでしょうね」

 ――よろしければ迎えにいらしてください。
 そう言い残すと彼は……消えうせた。 



 必死で、悠宇は階段を駆け下りた。
なぜか記憶に残る校舎を通り過ぎ、体育館棟の傍らを過ぎ。悠宇はただあてもなく駆けずり回る。
 ずっと鳴らし続けている日和の携帯は、未だ誰も出る気配がない。
悪い予感が悠宇をどんどん支配していく。
「あっ!」
 そして渡り廊下の間に来た時、前方に見覚えのある後姿が見えた。
 悠宇が思わず声を上げると、啓太と都由がこちらを振り返る。
「どうしたんだ?」
 啓太の問いかけ、だがそれにすら答える余裕が気持ちにも、言葉にもない。
悠宇は震える手で啓太の肩を強く揺すり、ただただ繰り返すばかりだった。
「頼む、探すのを手伝ってくれ。早く、早くしないと……!」
「落ち着いてください〜。どうしたんですか〜?」
「日和が……日和がさらわれたんだ、頼む、一緒に探してくれ啓太!」
「おい、悠宇!」
啓太が肩の手を引き剥がし、そのまま強く握る。
「しっかりしろよ! いいから、まずお前が落ち着け」
 握られた手とまっすぐ向けられた視線とに、悠宇は我に返った。
視線は未だ落ち着かなく戸惑ったままだが、弾んでいた息が深呼吸の後にゆっくりと落ち着いていく。
「……よろしいですか〜? では、詳しく話を聞かせてください〜」


 ――悠宇は端的に語った。
 啓太の調査書に名前を連ねていた、事件の関係者。
行方不明の者たちに関係が深い者たちだと思われていたが、彼らこそが、『犯人』に狙われていたのだということ。
「じゃあ〜、今までさらわれてきた人たちは〜、おとりってことですか〜?」
「多分、そう言うことなんだと思う。
よく分からねぇけど、残された奴らの不安を煽ることこそが、真犯人の目的だったらしいんだ。
それで、そいつらと関係の深いのをさらって、心配や不安をどんどん募らせて。不安を煽りに煽った今こそ、あいつらが狙われてる。
 いや、もうヤバいんだ」
 悠宇の言葉に、啓太と都由は顔を見合わせる。 
「日和と連絡が取れなくなったんだ。もしかしたら、日和が話を聞きに行った奴が真っ先に狙われたのかもしれない。
頼む、一緒に日和を探してくれ!」





 3人は一斉に走り出した。
手がかりを求め、日和が聞きに行ったという生徒のクラスへ向けて。
 闇雲に走り出してもまず見つかるとは思えなかった。そして今こうして心当たりのある場所へ走り出しているのもまた闇雲に近かった。
どんな犯人であれ、未だ事件現場に残っているはずがない。
 ――そう、思われたのだが。
 
「……声がする」
そう言っていきなり立ち止まったのは、先頭を走っていた悠宇だった。
その背中にぶつかりそうになって、啓太は思わず声を上げる。
「おい、いきなり立ち止まんなよ!」
「歌だ。日和が歌ってる。……日和! どこだ、日和!!」
 叫ぶ悠宇。その視線を追うように、啓太と都由は周囲に視線を巡らせた。
そして。
「おい、あれなんだ?」

 ――3人がいたのは校舎棟への入り口。
サークル棟と校舎との間、壁に挟まれて四十六時中薄暗い一角だった。
 啓太は、その特に一際影が濃くなった一部分を指差し険しい表情をしている。
 悠宇と都由は彼の視線を追った……が、何も見えない。
「布施君〜、何もありませんよ〜」
「おい啓太、適当なこと言うんじゃ……!」
 遮ろうとする二人に、啓太は怒鳴った。
「何言ってんだ、あそこに誰かいるだろう!!」


 ――その声に反応したかのようだった。
確かに誰もいなかったはずの影の一角、再び二人が振り向いた先に、一人の少年が立っていた。
 歳は悠宇や啓太と同じぐらいだろうか。神聖都学園のものではない、黒の詰襟の学ラン。
それをすらりとした体躯にまとい、静かにこちらを見つめている。
「……啓太」
 そして彼はそう呟き、微笑んだ。

 ただそれだけのことなのに、なぜか悠宇はゾッとする。
「そんな顔、しないでください」
と、そんな悠宇の内心を悟ったのか、笑顔のまま視線を都由に移す。
「……あの〜、もしかして〜あなた〜……」
「何も言わなくていいですよ」
 と、都由の言葉を遮り、少年はズボンのポケットから何かを取り出した。
――目を凝らして見れば、それは小さな箱。

 彼は箱の蓋をわずかに開けた。生まれたその隙間から滲み出していく、紫色の煙。
「再び見つかったからにはしょうがありません。
皆さんはお返しします。狙っていた全員分とはいきませんでしたが、『望み』はこの箱の中に吸収させていただきましたし……それにまだ、僕は捕まるわけにはいきませんから」
 煙はどんどん湧き出していき、周囲をもかすませていく。――いや、かすんでいるのは自らの視界なのか。
「またお会いすることがあるかもしれません。その時まで、あなたの『望み』は大切に育んでおいてください。
それが失いたくない、何よりもかけがえのないものになった時……僕はまた、あなたに会いに来ます」


 紫の煙が一面に立ち込め、少年の姿を完全に隠した時。
「僕の名は早乙女美です。またお会いしましょう」
 消え行く意識の片隅で、そう聞いた気がした。






 冷たく凛とした空気の中を、日和は一人佇んでいる。
 誰もいない公園の街路樹の下。手首にはめた腕時計をちらりと見てから、日和は空を見上げた。――灰色の重そうな雲が一杯に立ち込めている。この寒さで、もしかしたら雪が降るかもしれない。

 と。
カバンの中から電子音が流れ出した。悠宇の携帯と同じ、『聖しこの夜』のメロディ。
「――もしもし?」
『ごめんな日和。待たせただろ?』
「ううん、今ここにきたところだから」
『……あんだけ待つ辛さを味わったばっかりなのにな。いつもごめんな、お前にばっかり』


 日和が怒った理由、今なら分かる。待つ辛さも……今なら分かる。
 日和は自分を想って怒ったのだ。相手を思う振りをしてた、その実自分勝手な行動は、どんなに相手を心配させることだろう。
 ――待つ、ということは、とても辛いことなのだ。
疑いもなく待つためには、相手を信じる強さが何よりも必要だから。


「悠宇くん」
 と、日和は受話器から聞こえてきた悠宇の言葉を優しく遮る。
「あの時も言ったけど。……私、そんな悠宇くんだから好きなの」
「……知ってる」

 ――もう、大丈夫。俺は日和を誰よりも信じてるし、それに日和は俺を信じてくれてるって……知ってるし、な。



 意外な声の近さに驚いたのか、振り向いた日和は目を大きく見開いていた。
 悠宇がぱちん、と携帯を閉じてみせると、もう、と小さく膨れてみせる。
「悠宇くん……! いつからいたの?」
「実は最初から」
 そんな顔も、やっぱりかわいいなあ、なんて思ってしまう辺り、とことん彼女にやられているのだろう、俺は。


 駆け寄った悠宇にすぐに日和は笑顔を見せる。
 どちらからともなく手をつなぐ二人。
寒い空気の中で、相手の体温だけが確かなものに思えた。
「日和」
「ん?」
「どこに行こうか」
「どこでもいいよ、でもとりあえず」
 ……そうだな、とりあえずはこのままで。
 

 
 
 ――忘れてしまうようなささいなことを積み上げて。
 これからもずっと一緒にいような、日和。 ……メリークリスマス。
 





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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524 / 初瀬日和 / はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角悠宇 / はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3107 / 鷲見条都由 / すみじょう・つゆ / 女 / 32歳 / 購買のおばちゃん】


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          ライター通信          
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こんにちは、つなみです。この度はご参加いただき、誠にありがとうございました。

なにより、今回の納品が遅れましたこと、大変申し訳ありませんでした。
次回以降、このようなことになりませんよう努めさせていただきますので、平にご容赦いただけますようお願い申し上げます。
すいませんでした……!


悠宇さん、お久しぶりです。今回はいかがでしたでしょうか?
今回は、日和さんを想う気持ちをいつもとは違った角度で書いてみたいな……とこんな形にしてみたんですが、いかがでしたでしょうか。ヒヤヒヤさせてたら申し訳なかったです。
ちょっとだけいつもより『熱い』悠宇さんになったでしょうか。気持ちの描写とか、ちょっと書き込みすぎたかなーなんて思いつつも(笑)しっかりと書かせていただきました。悠宇さんのイメージとずれていなければ何よりです。



……上にも書きましたが、次回以降はもっと納品を早くするよう心がけます。本当にごめんなさい。
そして、こんな状態でこんなことをいうのも図々しいですが……次回以降の異界や、他の窓を開いた際、またご参加いただけたらとても嬉しく思います。
その際は今回同様かそれ以上に精一杯、努めさせていただきますので。どうぞよろしくお願いいたします。


それでは、つなみりょうでした。