■導霊師入門■
深紅蒼 |
【3941】【四方神・結】【学生兼退魔師】 |
ようこそ。ここは望むと望まざるとに関わらず、導魂師たるべく素質を持つ者が集う場所。ただの雑居ビルの屋上だろうってそれはそうだけど、それだけじゃない。ここは未だ生きる肉体を持つ霊、つまり『生き霊』達にとっては親和性のある場所なんだ。長い間現世をさすらったスレた霊も寄りつかないし、ヤバイ場所との門もない。な〜んとなく居心地のいい場所のひとつってわけだ。
ほら、見えるだろう。今ここにも沢山の霊達が来ている。そう、その手すりの角で膝を抱えているいかにも暗〜い感じの女。僕が話した限りだと、5年付き合った男に振られたらしい。その後どんな経緯で魂が肉体を離れてしまったのか、それはまだ聞いてない。自殺しようとしたのか、それとも誰かに命を狙われたのか、病気になったのか‥‥詳しい話は担当した者が聞くってのがこの業界の筋なんだ。彼女を肉体に戻すのか、それとも違う道を提示するのか、当人が納得すればそれは担当者それぞれの裁量に任される。導魂師として最初の仕事だ、気楽に暇つぶしがてらやってみるってのはどうだ?
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雨上がりには‥‥
◆光なき場所
冷たい雨が朝の都会に降る。表通りにはまだ人もまばらで時折高級車が音をたてて通り過ぎる。ここはそんな通りから奥まった場所にある繁華街にある廃ビルの屋上。行き場を失った霊達が沢山集まっている。ここにいて何をするわけでもない。ただ、生きていた時の悲しい思いを抱き続けたままここにいるのだ。他の林立する高層ビルの影になった此処は昼間でも薄暗く、そういった悲しい霊達には居心地が良いのかもしれない。屋上に1歩足を踏み入れた四方神・結(しもがみ・ゆい)は際限もなく降り積もる『悲しみ』に感応してしまったのが、はっと胸を掴む。傘の柄を持つ手が揺れる。甘く切なく狂おしい悲しみ。これは知っている痛みだった。
「だいじょーぶ? お嬢ちゃん」
すぐ後ろから声がかかった。あの男だ。結をここまで案内してきた男。イカれた格好をしたこの男と連れだって此処まで来るのはすっごく恥ずかしかったのだが、一瞬その存在を失念していた。それほどここの雰囲気はおかしかった。
「お嬢ちゃんみたいな可愛い女の子にはわかんないかもしれねーけど、ここに集まってるノって大概チョ〜失恋してこっちに来ちゃってんだ」
「‥‥自殺、ですか?」
結の口調は硬い。男は考えている様なリアクションを大げさにする。
「自殺もある。男や恋敵に殺されたのもある。関係なく事故ったのもある。ま、色々だな、こんだけ居ると」
そして、男は身をかがめて結の耳元でささやく。
「どうする。今ならまだ止めてもいーぜ」
男は少し移動して出入り口の錆びた扉をサムズアップした指で示す。嫌ならここから出ていけばいい、と伝えている。結は男に視線を合わせた。
「いいえ。やります」
沢山の霊達が救いの手を待っている。自分ではもう自分をどうにも出来ない人達を、なんとか助けてあげたい。その1歩を踏み出すのは勇気がいることかもしれない。けれど、その力が自分にあるのなら、1人でも多くの人を助けてあげたいと思う。驕りでもなんでもなく、お節介であったとしても、ただ手を差し伸べずにはいられないのだ。
「おっけ〜じゃ‥‥」
男は1人だけその錆びた扉をくぐってビルの中に入った。
◆胸の奥に潜む想い
結の目を惹いたのはその衣装だった。ここにいる者達は皆、バラバラの格好をしている。ボロをまとっている者もいれば、裸の者もいる。華やかな服装の者もいるし、普段着や寝間着の者もいた。けれどその人が着ているのは純白の裾を長く引くドレスだった。結い上げた髪には細いティアラを置き淡く白いベールが腰まで流れる。ウェディングドレスだった。ブーケを持たない長い手袋した両手がどこか所在なげだらりとさがっている。凄くその人の事が気になった。目が離せない。この人にしよう、と結は思った。初仕事である自分の手には負えない事情を背負っているかも知れない。けれど、この人ではない人に係わってこの人から目を逸らせたらきっと後悔する。決心して足を踏み出す。1歩、2歩。そしてその人の前立ち止まる。ベールに包まれた表情はよく見えない。
「あの、こんにちわ。良かったら、私とお話しませんか?」
口調はいつもより緊張して堅かったかも知れない。その人はゆっくりゆっくり顔をあげた。そしてその視線が結を捉える。
「‥‥私?」
「そうです。あなたです」
少しずつ結は落ち着きを取り戻していた。目の前にいる人を助けたい、思うのはだたそれだけでいい。ほんの少し勇気があれば、人は知らない誰かに優しくできる。
「‥‥話す事なんてないわ。だって、忙しいの‥‥ほら、わかるでしょう? これから私結婚式なの」
女は結に向き直り、だらりとしていた両手を広げて衣装を見せつける。そんな風にしなくても、女着ているドレスを見間違う者はいないだろう。やはり女は死に際の記憶を失っていた。ならば、どこからどういう風に話していけばいいのだろう。黙ってしまった結に女は1歩歩み寄る。
「私、綺麗じゃない?」
それはぼんやりしていた先ほどとは違って、低くハッキリとした口調だった。会話の筋道を考えていた結はハッと目を見張りドレスの女を見つめる。明らかに先ほどとは雰囲気が違う。暗く邪な気が生まれている。
「そんな事ないです。綺麗です」
「嘘! そんなとってつけたような言葉‥‥嘘に決まってる!」
女は顔を覆っていたベールを力任せに外し足元に投げつけた。結い上げた髪からピンが幾本か一緒に落ちた。
「知ってるわ、みんな私があの人に似合わないって言ってるの、私知ってるのよ」
ベールを外してあらわになった顔には濃い化粧が念入りに施されていた。声を震わせて激昂しているのに、表情はほとんど変わってない。人形の様に白い顔が異様に目に映る。
「みんな私に聞こえるように言っていたわ。あの人は他に好きな人がいるのに、無理矢理私と結婚させられるんだって。あの人が可哀相だって。ね、私は? 私は可哀相じゃないの? こんな私は結婚して貰えるだけで感謝しろっていうの?」
女の両手はギュッとドレスを握りしめていた。強く握りすぎて細かく震えている。この人は意に染まない結婚をさせられそうになったのだろうか。それが原因で死んでしまったのだろうか‥‥結はじっと女を見つめる。激しい怒り‥‥でも、その向こうに壊れてしまった悲しい心が見えそうな気がする。これは‥‥本心だけど本当の想いじゃない。それは直感だったけれど、確信があった。
「‥‥でも、その方が好きだったんですね。その方と望んで結婚する事にしたのですよね」
「‥‥」
怒り狂っていた筈の女は不意に動きを止めた。体中から力が抜けてしまった様にその場に座り込む。間違っていなかった、と結は思った。目の前のこの人は優しい人だ。だから、怒りや憎しみで死を呼び寄せたりはしない。愛しているから、大好きだから、この人は死を選んだ。一番大切な人を自由にしてあげる為に‥‥。
「言われなくてもわかっていた。あの人は私を好きじゃない。だから、私から解放してあげたかった。でも、でもね‥‥苦しいの。あの人が私を忘れても、私にはあの人が忘れられないの」
女のガラス玉の様だった目から涙がこぼれた。気が付くと結の目にも涙が浮かんでいた。女の思いに共感しているだけではない。自分にもその『気持ち』は痛いほどよくわかるのだ。忘れられない想いなら自分にもある。誰が忘れてしまっても私は忘れない。時にはその思いが胸を刺す様な痛みをもたらす時もある。
「よかったのに。忘れなくても良かったんです」
結は傘を投げ出し、座り込んでしまった女に駆け寄って隣に座った。そして実体のない身体を通り抜けてしまわないようにそっと背中に手を伸ばす。
「苦しくても辛くても、それも大切な気持ちなんです。あなたのその気持ちは押し殺すことなんてない。消す事なんてなかったんです」
「‥‥駄目だったの。もう限界だった。だから私は‥‥死んでしまった」
呟くような女の言葉に結はうなづいた。そして、女の正面にまわり涙の浮かぶ顔で無理に微笑む。
「私は導霊師です。行き場を見失ってしまったあなたを在るべき場所へとご案内します」
静かにハッキリと結は言った。
◆新しい道
集中して心の中にその形を描く。結の前方に巨大な門が浮かび上がっていた。荘厳で美しい白と金とで出来た様な華麗な門だ。女の選択は新しい生。だから、これは『天国の門』だった。過去への固執を捨てた女は限りなく光に近い形となり、虚空に出来た門の真ん中へと浮かび上がる。結の両手が大きく開かれると、門もまたゆっくりと開いていく。その中へと光は静かに飲み込まれていった。
「さようなら。今度こそ‥‥お幸せに」
早くも消え始める門に向かって、結は小さくささやきかける。無垢な魂となって、今度こそは愛し愛される心の強さを持って欲しい。
いつしか雨はあがっていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3941/ 四方神・結 / 女性 / 17歳 / 高校生】
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■ ライター通信 ■
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お待たせ致しました。導霊師入門お届け致します。導霊する相手の方は色々候補があったのですが、なかなか進みませんで没となり、結局はこの様な方となりました。
また、機会がありましたらご一緒させて頂けると嬉しいです。
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