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■秋ぞかはる月と空とはむかしにて■

エム・リー
【3941】【四方神・結】【学生兼退魔師】
 薄闇と夜の静寂。道すがら擦れ違うのは身形の定まらぬ夜行の姿。
 気付けば其処は見知った現世東京の地ではない、まるで見知らぬ大路の上でした。
 薄闇をぼうやりと照らす灯を元に、貴方はこの見知らぬ大路を進みます。
 擦れ違う妖共は、其の何れもが気の善い者達ばかり。
 彼等が陽気に口ずさむ都都逸が、この見知らぬ大路に迷いこんだ貴方の心をさわりと撫でて宥めます。
 路の脇に見える家屋を横目に歩み進めば、大路はやがて大きな辻へと繋がります。
 大路は、其の辻を中央に挟み、合わせて四つ。一つは今しがた貴方が佇んでいた大路であり、振り向けば、路の果てに架かる橋の姿が目に映るでしょう。残る三つの大路の其々も、果てまで進めば橋が姿を現すのです。

 橋の前まで足を進めれば、その傍に、一人の少年が姿を見せます。
 少しばかり時代を流れを思わせる詰め襟の学生服に、目深に被った学生帽。僅か陰鬱な印象を与えるこの少年は、名を訊ねると、萩戸・則之と返すでしょう。
 少年の勤めは橋の守り。四つ辻に迷いこんだ貴方のような客人が、誤って橋を渡って往かぬようにと守っているのだと応えます。
 橋の向こうに在るのは、現世と異なる彼岸の世界。死者が住まう場所なのです。
 
 少年が何故橋を守っているのか。
 少年が抱え持つ百合の花とは何を意味するものか。

 少年が抱え持つその謎は、貴方が望めば、何れは明かされていくかもしれません。


過去を見る花


「ほら、これよ」
 少女はそう口にしながらテーブルまで歩み寄ると、椅子に座っている四方神 結に微笑みかけた。
一輪の花を手にした少女は、それをくるくると回してみせながら結の顔を見つめる。
「椿のような花ですね」
 答えて花に視線を向ける。
すると少女は同意を示すかのように首を縦に動かし、自分も椅子に腰をおろして話を続けた。
「これを持って、こうやって過去に思いを馳せるの。そうすると、あなたが過ごしてきた思い出の一片が覗けるのよ」
「思い出……」
 少女の言葉に、独り言を浮かべる。
 それは椿によく似た花で、色は雪のような白。
差し伸べられたそれを受け取ってみると、鼻先をくすぐるかすかな香りが漂う。
「良い香りがするでしょう? それを楽しみながら、過去を巡る旅に出るの」
 結を見つめて少女が笑う。
少女のようでもあり、成熟した女性のようでもあるその笑みに視線を放ち、結は小さく頷いた。
「私が思い出したい過去は」


■ 庭園の魔女との出会い ■

 話は少しだけさかのぼる。
とある秋の日、週末を利用して植物園を訪れた結は、雑踏を離れた心地よい空間を堪能していた。
様々な植物を愛でながらゆっくりと足を進める。
環境が整えられている場所の中、季節に関わることなく、熱帯に属する花なども咲いていた。
時折むうとした熱気が流れてくるが、それは施設の環境を思えば当然の事。
 ふと小さな子供を連れた家族連れとすれ違い、結は足の動きを止めた。
歩みを止めた彼女の事など気付きもせずに、幸せそうな家族はどんどんと遠のき、大きな葉の向こうへと消えていった。
はしゃぐ子供の笑い声に耳を傾ける。それもだんだん遠のいていくが、結はそっと目を閉じて耳をすませている。
閉じた瞼の裏、彼女が幼い頃に亡くなった母の顔が浮かぶ。
「――――おかあさん」
 無意識に母を呼んだ。返事がくることなど考えもせずに。
そうして自嘲気味に笑みつつ、閉じていた瞼を持ち上げた。
目を開けてみるとそこは結が訪れていた植物園ではなく、広大な森の中だった。
状況を把握しきれずにいる結の前に現れたのが、不思議な空気を満たした少女であったのだ。
 エカテリーナと名乗る少女は結を自分の屋敷へと案内し、そして一本の花を見せたのだ。
「望む過去が見られる」と言って小さく微笑みながら。


■ 母との記憶 ■

「私が見たい過去は……もし本当にそれを見られるなら、一つだけ確かめたい事があります」
「確かめたい事?」
 結の言葉に、エカテリーナは小首を傾げる。
屋敷の外に置かれたテーブルを、肌寒くさえ感じられる秋風が抜けていく。
エカテリーナに従事しているのだという青年が運んできた紅茶を一口すすり、結は静かに言葉を続けた。
「……母との記憶を……」
 言い出しにくそうに呟くと、エカテリーナは肩をすくめて微笑んだ。
「そう。なら、それを見てくるといいわ。――――ただし、過去は映画のように流れていくだけ。変えることは出来ないから、それは承知していてね」
「分かりました。……試してみます」
 
 初見の相手の言う事を、どうして試す気になったのか。
自分でも理解出来ない展開ではあったが、それはもしかしたら、この森に漂う不思議な力によるものかもしれない。
もしかしたら夢を見ているだけかもしれないけれど、それならそれで構わない。
試してみるだけなら――――。
そう頷いて、結はそっと目を閉じた。
花の香りが漂っている。


 賑やかな子供達の声がする。
目を開けると、そこは見覚えのある公園だった。
住宅街の中にある、小さな公園。遊具がいくつかあり、小学生くらいの子供達や、砂場で遊ぶ小さな子供達がはしゃいでいる。
結は枯れ葉で敷き詰められた地面に足をおろし、それを踏みしめながら進んだ。
見上げれば陽はわずかに傾き、空は、もうじき薄暗くなってくる時間帯であることを知らしめている。
季節を思えば肌寒く感じられる時間帯でもあるが、不思議とそれは感じられない。
それどころか、ふと目を下ろしてみれば、そこにあるべきはずの影さえ見当たらない。
――――こういう事か。
独り言を呟いて視線を持ち上げる。

 薄っすらとした記憶を探る。
記憶に誤りがなければ、幼い頃、結はこの公園でよく遊んでいたはずだ。
公園の中ほどへと足を進める結の体を、走る子供達がすり抜けていく。
そうなることで、自分は今この公園には本来存在し得ないのだと、認識できる。
霊魂といったものともまた違うのだろう。
そう。結は今、目の前に広がっているスクリーンを観ているゲストなのだ。

 中央あたりまで歩いて足を止める。
そばには小さな水飲み場があり、その向こうには小さな砂場がある。
その中で遊ぶ少女に目を止めて、結は周りを確かめた。
 絹糸のような黒髪を結いまとめ、可愛らしいスカートとカーディガンを身につけた少女。
それはまぎれもなく、幼い日の結。
間もなく砂場のそばのベンチに腰掛けた一人の女性を見つけ、目を細ませた。
女性は遊ぶ少女を微笑みながら見つめ、時折探すように視線を向ける少女に小さく手を振っている。

おかあさん

 結の口が声を発することなく呟いた。

 過去を見ることが出来るなら、確かめてみたいことが一つあった。

 それからほどなくして、母は幼い結の手を引いて家路についた。
空は夜の色を濃くしている。
楽しそうに手をつないで歩く二人の後ろを、結はゆっくりとついていく。
自分の後をついていくというのも、なんだかおかしな感覚。
口許に薄い笑みを浮かべ、結は間もなく家に着こうとしている二人の姿を見つめた。
――――と、その時。
幼い結が、何の前触れもなく走り出した。
楽しい気持ちが昂ぶったのだろうか。握っていた母親の手から離れ、少女は全力で走り出す。
それを止めようと母親も小走りになる。

――――危ない!

 結は両手で口を押さえ、叫ぼうとした言葉を飲みこんだ。

 走り出した少女の向こうから、勢いよく向かってくる一台の車がやってきたのだ。
母親の絶叫が、閑静な住宅街に響く。
ブレーキを踏む車が軋み声をあげる。
結は思わず目を覆った。
 
 ウワァン ウワァン
 少女の泣き声が耳に入り、結はおそるおそる顔をあげた。
そこには止まった車と、そのすぐ前で泣きじゃくる少女。そしてその少女を抱き締めている母親の姿があった。
野次馬が数人集まっていて、車を運転していた若い男を叱り飛ばしている。
母親は少女の全身を確かめてから安堵の息を洩らし、そして次の瞬間には、娘の頬を平手で打っていた。
どよめいていた野次馬がしんと静まりかえり、少女は驚きに目を丸くしている。

――――あ

 結はふと思い出してそう呟いた。

 母親にぶたれたことがショックだったのか、少女は再び激しく泣きじゃくりだした。
見れば、ぶった側の母親の目にも涙が浮かんでいる。

――――ああ、そうだ、思い出した。
 結の表情が、晴れやかな笑顔を浮かべている。

あなたに何かあったら、ママの時間も止まっちゃうのよ。
 あの時母は確かにそう言って、泣きじゃくる私を抱き締めてくれたのだ。


■ 彼女の好きだった花を持って ■


「おかえりなさい」
 エカテリーナの声に、目を開ける。
そこは公園でも住宅街でもなく、冷たい風が通り過ぎていく森の中。
庭園の魔女エカテリーナが住む屋敷の庭。
エカテリーナは目を開けた結を黙って見つめたまま、新しく運ばれてきたカップを口にしている。
「――――戻ってきた、の?」
 ぼんやりとする頭を片手で押さえてそう訊ねると、エカテリーナは首を縦に動かした。
「望む記憶が見てこれたのかしら」
 エカテリーナがそう問いかける。
結は言葉なく頷き、華やかな笑顔を作ってみせた。
「どうしても気になる事があって。でもそれを思い出せたから、何だか胸のこの辺にあったものが晴れたような、そんな気持ちです」
 片手を胸元にそえてふわりと笑い、結は視線を空に向ける。
高く青い空に、のんびりと流れる雲がある。
「そう。それは良かった」
 エカテリーナが小首を傾げた。
「……それじゃあ、私、失礼します。また今度改めてお邪魔してもいいでしょうか」
 エカテリーナに視線をおろしてそう訊ねると、魔女は言葉を返す代わりに小さな笑みを浮かべた。
結は丁寧に頭を下げて、蔦が絡むアーチ状の門を後にした。

 おかあさん、今まで大事な事を忘れててごめんなさい。
「お詫びといってはなんだけど」
 くすりと笑って足を止める。
見上げる空の遥か向こう、若くして逝った彼女がいるのだとしたら。
「おかあさんが好きだった花買って、お墓参りに行くからね」

 呟いて微笑む結の頬を、風が静かにかすめていく。
ふわりと心地よい香りが漂ったような気がした。
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3941/四方神・結/女性/17/学生兼退魔師】


NPC/エカテリーナ

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。
この度はゲームノベルに参加していただきまして、まことにありがとうございました。
指定が特にありませんでしたので、NPCの登場は必要最低限のものに押さえさせていただきました。

いただいたプレイングを拝見し、これはもしかしたら大事な場面かもしれないと、
緊張いたしました。
結様の過去が「いい思い出」であるようにと、心掛けて書かせていただきましたが、
いかがでしたでしょうか。
少しでもお気に召していただければ幸いです。

行き届かない部分や問題点などございましたら、その旨のご指示をいただければと思います。
それでは、また機会がございましたら、お声などいただければと願いつつ。