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■花唄流るる■

草摩一護
【4365】【架月・静耶】【陰陽師(駆け出しレベル)】
【花唄流るる】

 あなたはどのような音色を聴きたいのかしら?

 あなたはどのような花をみたいですか?

 この物語はあなたが聴きたいと望む音色を…

 物語をあなたが紡ぐ物語です・・・。

 さあ、あなたが望む音色の物語を一緒に歌いましょう。



 **ライターより**

 綾瀬・まあや、白さん(もれなくスノードロップの花の妖精付き)のNPCとの読みたい物語をプレイングにお書きくださいませ。^^

『赤き月に祈れ、異形なる者ども』


「くそぉ」
 日本国総理大臣は乱暴に受話器を壁に投げつけた。
 そして就任数年で真っ白になった髪を乱暴に掻き毟る。指に絡みついた何本もの白髪が彼のストレスを雄弁に主張していた。
「首相、一体何が? 中国はなんと言ってきたんですか?」
 首相補佐の男は老獪な顔に何とも言えない表情を浮かべながら辛抱強く顔を片手で覆ったまま動かない首相の言葉を待っている。やがて日本国全国民の命を預かるべき者が口を開いた。
「中国の【蚊】がこの日本に密入国して来たらしい」
 首相補佐の顔から表情が消えた。そして真っ青を通り越して蒼白な顔で彼は言うのだ。
「ば、馬鹿な。この日本に【蚊】が密入国したですって??? もしも奴らが行動を起こせば…」
「ああ。おそらくはマスコミは自衛隊を派遣している報復として日本国内でテロが起こったと騒ぎ立てるだろう。そして私は与党、野党、両方から責任を追及されて、辞任だ。悪いが君を次の選挙で応援する事もままならなくなる」
 首相補佐は下唇を噛んだ。
 ――えーい、忌々しい。これでは恥を忍んで沈没間際のボロ舟に乗った事も無駄になるではないか!!!
「中国は、中国は何をやっているのですか、首相」
「即刻、ハンターを派遣するので、いいように計らえと言ってきたよ。それと既に【蚊】が活動を行っている可能性があるので、日本のマスコミの目を背けるための活動を行うとの事だ。何でも日本国領海内で潜水艦を走らせるらしい。そちらもよろしくだと」
「ふん。そしてまた自国では情報統制を行って、それを国民には報せないのでしょうな」
 つい先日のサッカー会場での中国チームサポーターの愚行はまったくテレビで放映されなかった。それでいて反日教育はしっかりとやっているのだから……。
「まさかあなたを降ろすためにこのタイミングで奴らは【蚊】をアンダーグラウンドから日本に飛ばしてきたのではありませんな? あなたが靖国に参拝する事を快く想ってはいないし、それにサッカーで負けた事もある。何よりも今、馬鹿な中国の若者は中国景気に誇らしげにしているが、小賢しい政治家たちは気付いているはずですから。かつての日本のバブルとそれは同じ夢なのだと。その夢が覚めた時の、経済の修復の為に中国は日本と台湾を武力で占領し、第三次世界大戦を起こす準備をしているのですから。韓国、北朝鮮と共に秘密裏に」
「ふん、奴らはそのために反日教育をしているのですからな。ワールドカップ以降、日本に住み着いたあの韓国女優もまたスパイだ。しかし今回の事は本当にアンダーグラウンドが勝手にやってるらしい」
「それでどうするのですか? 【蚊】の退治は中国に任せると?」
 首相は鼻を鳴らした。
「馬鹿を言え。中国はあくまで自国の事しか考えてはおらん。奴らが行う事も自国の利益のためだ。奴らに任せておけば私の首が飛ぶぞ」
「それでは…」
「あの機関に任せる。こういう時の為に奴ら能力者を飼ってるのだ。それに核が抑止力にしかならなくなったこの時代、次なる戦力は能力者たちだ。来るべき第三次世界大戦で日本国が勝ち、かつての日本に戻るためには今から奴らの実戦訓練をさせておくのもいい」
「わかりました。それでは奴らに連絡を取ります。あなたの政治生命の為に」
「馬鹿を言え。私と君の政治生命の為だよ」
 首相補佐は内密の連絡をするために部屋を出て行った。
 そして首相は本棚に隠された秘密のスイッチを押す。そうすれば本棚が横にスライドして、部屋の扉が現れ、首相はその部屋に入った。そこにはアメリカ軍がイラクに侵攻した折に闇ルートでの売買の為に美術商から依頼され、美術館からアメリカ軍兵士が盗んできた美術品数品が展示してある。アメリカ大統領から郵政民営化によってアメリカの保険会社が日本に進出できる土壌を作り出してくれようとする優秀な犬である日本国首相へのプレゼントなのだ。
「私が首相を辞める際にはこの美術品も私の自宅に運ばねばな。その時の費用もまた、【などに分類される費用】でまかなうか」
 日本国民の総意によって選ばれたとする日本国首相はイラクの美術品を見ながらくっくっくと笑った。



 ――――――――――――――――――
【Begin Story】
【第一章 蠢く者たち】


 トュルル。トュルル。トュルル。
 電話が鳴っているがその広いフロア―にはそれをとる者は誰も居ない。
 つっけぱなしのパソコンのウインドウにはどう見ても内部機密の映像がしかし、無用心にも出したままにされている。
 しかし誰も居ないフロア―はそこだけではなかった。
 東京新宿にあるオフィスビルの中に入ってる会社事務所全てから従業員が消えていた。
 それが日本国首相のもとに【蚊】が日本に密入国したという情報が入ったのと同時刻であり、
 そしてその数時間後にそのビルのひとつの出版社に勤める女性が全裸で東京湾に浮いているのが発見された。警察の検死の結果は、乱暴された後に………どうやら首にある擦過傷から全身の血を絞り取られたらしい、という事であった。しかしその真相が解明される事は無かった。何故ならその捜査をしていた所轄に警視総監から即刻その調査をやめるように、と命令があったからだった。
 ………。
 


 +++


 母が居る館を訪れ、そしてその帰りに父と兄のお墓参りをしていた架月静耶の携帯電話が着信を報せた。
 静かな墓地に鳴り響く携帯の着信音はあまりにも似つかわしくは無くって。
「もしもし。僕です」
 彼は携帯電話に出て、そう答えた。しかしそれは他の者がもしもそこに居たのだとしたら、首を傾げざるおえない言葉であった。何故ながら静耶が発したのは『もしもし。僕です』という音ではなく、ちぃちぃちぃ、という舌を打ち鳴らす物であったからだ。
 ――そう、それは彼が属する組織の者にだけわかる暗号であった。
 そしてそれは携帯電話から聞こえてくる声でも一緒であった。
 携帯電話の向こうの人物は更にとても無機質な音で暗号を発した。この者の声を聞くたびに静耶は想うのだ。果たしてこの者は人間なのか? と。だがそれを彼は口にはしないが。口にすれば、いかに彼でも組織への反逆心在りとして即刻抹殺対象に認定されるからだ。
 だから彼はそれを口にしない。
 組織のトップに君臨する者がひとりのカリスマと確かな実力を有する者なのか、それとも議会のような物なのかも彼は気にしない。
 静耶は自分が複雑な組織の歯車でさえない現状に歯噛みしているだけだ。
「任務了解。これより架月静耶、出る」
 そう言って、彼は携帯電話を切った。
 再び静寂に包まれた墓地に静かに雨が降り出す。
 静耶は絹糸のような雨が降る中、墓標を見つめた。



 +++


 早朝だった、それは。
 初めて来た国に彼女はとても嬉しくってスキップを踏みながら道で遊んでいた。
 彼女は銀色の髪をプルトップにして、ボーイッシュな服装で決めたかわいらしい12、3歳の女の子だ。
 その彼女の魅力は鳥にでも有効らしい。かわいらしいすずめが家の塀の上にとまって、女の子を見つめている。
 すずめは小首を傾げた。
 視線の先から女の子がにこりと笑って、そしてその転瞬後に自分の前から掻き消えたから。
 ちゅんちゅんちゅん。
 すずめの切羽詰ったような悲鳴が早朝の空気を震わせる。
 女の子はくすくすと笑い、そしてすずめの首を人差し指でちょん切った。そうして彼女はすずめの首を口に含んで、ずぅずぅずぅって、すずめの血を吸うのだ。
 その彼女を眺めていた二十歳代の男女が同時に舌打ちした。
「困ったお嬢さんだぜ」
「無邪気にもほどがあるな。あの女だって、殺しちまって」
「そろそろと警察があの死体を見つけているはずだ。そしたら政府にも知れて、ハンターが派遣されるぜ」
「ええ、だから次でこの国での活動を打ち止めにするしかないのよ。忌々しい」
 毒づく彼らを少女が見た。
「別にいいじゃないのよ、ハンターなんかあたしが全て皆殺しにしてあげるわ」
 くぅ、彼らは忌々しげな表情をした。
「あんたらは本当にまだまだガキね」
 少女の顔にしかし、数百年以上生きてきた者が浮かべるとしか思えない老獪な表情が浮かんだ。
「俺たちが怖いのはハンターじゃない。国、だ」
「国? はん、国ねー。しかし国、という分類があるからこそ、人間どもは齟齬が生じる。そこを付けば、上手く立ち回れるわよ。そう、この世は使う者と使われる者に別れ、そして有能な者だけがより高みに行くの」
 少女はくすくすと笑い、そして不幸にもそこを通りすがった新聞配達の高校生が新にその少女の犠牲者となった。
「ああ、やっぱり血を吸うなら、若者ね。でも、同じ若者でもやっぱり雌がいいわ。人間の若い雌。しかも処女の。その血がものすごく喉越しがいいのよ。そう、新雪を泥靴で踏み躙るようにヤッて、殺るのが最高に美味しいのよね。さあ、じゃあ、あんたたちがびくびくとしているようだから、ちゃっちゃっとやるわよ。場所は神聖都学園」
 男と女は頷いた。



 ――――――――――――――――――
【第二章 事件勃発】


 神聖都学園で吹奏楽部の特別講師として招待されている新進気鋭のジャズピアニスト、三柴朱鷺は9月1日。まだまだ真夏日の気温に辟易としながらクーラーの効いた音楽室の床で寝転がって、眠っていた。
 しかし、その彼が面倒臭そうに上半身を起こして頭を掻きながら溜息を吐いたのは、何もこれから体育館で行われる二学期の始業式に出るためではない。
「やれやれ。まさか【蚊】がこの学校に侵入してくるとはね」
 朱鷺は肩を竦める。昨夜は師匠の綾瀬まあやと共に【蚊】を発見するべく東京中をくまなく探索したというのに。
「こういうもんなんだよね、人生ってのはさ」
 大きなあくびをしながら彼は起き上がり、そして黒板の向こうにあるはずの体育館を睨んだ。
 そちらの方から血生臭いメロディーが聴こえてくる。【闇の調律師】のみが聴くことのできる世界の奏でるメロディーに割り込んで。
「面倒だけど、やるしかないかな。かわいい生徒たちもいることだし」
 指をぱきぱきと鳴らす彼だが、しかしふいに肩を竦めた。
「ふむ。どうやら俺はそうはがんばらずとも良いみたいだね。彼のサポートに徹する事にしようか」
 朱鷺は悪戯っ子そっくりの表情で頷いた。



 +++


 それは唐突だった。
 神聖都学園で朝のホームルームが終わり、二学期初日の面倒臭い事柄の一つ、大掃除に生徒たちが嫌そうに従事している最中、学校の前に20台のバスが停まった。
 ―――しかもそのバスのフロント硝子の左斜め上には【神聖都学園2年修学旅行】という紙が貼ってあったのだ。もちろん、そんな事実は毛頭無い。仮にそうだとしてもバスの数が多すぎだ。
 そしてそのバスが学校の前に停車すると同時に、学校へと通じる道全てで工事が行われ、事実上神聖都学園への道は封鎖されたのだった。
 そうして……
「さあ、処女の女子生徒たちと血が美味そうな者たちには生きたままあたしらと一緒に中国に行ってもらうわ。そしてそれ以外の者たちには運びやすいようにあの機械に入ってもらう。そう、血、だけの方が運びやすいのでね」
 と、始業式が行われている最中に体育館に侵入してきたテロリストどものリーダーが言った。
 そう言うのは細身の少女だ。女子でも数人がかりで飛び掛れば余裕で倒せるほどの。しかし男子生徒も男性教師らもそんな事は微塵と想うまい。なぜならその少女は空間から掻き現れたかと思えば、手刀で舞台上で朝の挨拶をしようとしていた校長の首を、花を手折るようにいともあっさりと跳ねてしまったのだから。
 彼女の足下で校長は切断された首から血を垂れ流し、グロテスクな容貌の巨大な犬がその血を舐めていた。
 そのパフォーマンスの効果は絶大だ。目の前で起こった非日常に生徒たちはテロリストたちの命令に素直に従っている。感覚が麻痺しているのだろう。
 舞台の上で犬の頭を撫でる彼女はにんまりと笑いながら、まずは体育館の左隅に集められていく処女の女子生徒たちを眺めていた。
 体育館に惨たらしく響くのは右斜め前に置かれた繭の様な形の箱に入れられた教師たちだ。
「悪いけど、大人の血って、値が低いのよ。歳を食えば食うほどね。だからあなたたち大人には速攻で血だけになってもらうの」
 繭から全身の血を絞り出された教師が出され、そして泣き喚く女教師がまた繭に閉じ込められる。何人もの生徒たちが気を失って倒れていく。
「レディー・アン。処女の選出は終わったぞ」
「調べた?」
 レディー・アンと呼ばれた女は小首を傾げる。
「かまとぶって嘘をついてる奴らが居るかもしれないから、機械でちゃんと調べなさい。うちの信用問題に関わる事だからね」
「了解した」
「男子生徒たちは血の濃さを調べて、基準値の奴らからバスに乗せて。それで基準以下のは繭行きよ」
「処女じゃない女子生徒は?」
「そうね。見た目のいいのは好き者に高く売れるでしょうから、やっぱりバスに。血の濃さが基準以下は繭」
「了解した」
 立ち去ろうとする男にレディー・アンはああ、と呼びかけた。
「何だ?」
「始業式をサボちゃってる悪い子が居るかもしれないから、一応、誰かを見回らせて。あと遅れてやってくる困ったちゃんもいるだろうしね」
「わかった」
 そして男は、他の者に彼女からの命令を伝え、数人を引き連れて体育館を出て行った。
 ―――この男は三柴朱鷺と遭遇し、呆気なく朱鷺に殺される運命をその数分後に辿る事になる。



 ――――――――――――――――――
【第三章 静耶】


 任務に就く時、静耶は兄の形見である装束に身を通す。そうする事で彼は忘れないようにしているのだ、兄を。そして兄を殺した者を。
 あの日の事は今も忘れない。
 忘れられない。
 ―――そして、忘れる事が怖い。
 この世で一番、無慈悲な物は時間だ。
 時はどれほどに大切な物でも拭い去ってしまう。
 だから静耶は兄の装束に身を通すのだ。兄を忘れぬように。
 兄の仇を取ると誓った想いを忘れぬために。
 そして兄の装束に腕を通した静耶はXR250を駆り、神聖都学園目指して走り出した。
 XR250の心地良いエンジン音が静耶の緊張感を程よい感じで高める。
 バイクを走らせながら静耶は今回のミッションを脳裏で反芻させていた。
 今回の敵は【蚊】だ。
 【蚊】とは中国のアンダーグラウンド(中国都市の地下に存在する暗黒街で、一人っ子政策のために戸籍の無い人間や、犯罪者、そして異形の者たちが住まう場所。ここは風水や色んなモノが混沌とし、科学力は上よりも高いとされる)に住まう吸血鬼どものチームの隠語で、奴らは同胞に採取した人間の血を高く売りつけているらしい。あとは少女や美しい大人の女の人身売買。
 組織の調べでは中国政府は、増えすぎた人口淘汰のために、戸籍の無い…いわゆる幽霊と呼ばれている人間たちならば裏で吸血鬼たちに狩りを許しているらしいが、しかし幽霊たちから発生した能力者たちの抵抗によって、どうも血の採取が上手く行かず、それで【蚊】は日本に来たらしい事が組織の調べで判明した。
 そして組織は日本国首相から秘密裏に【蚊】を抹消する事を命令されてわずか数時間で、今日、神聖都学園で行動を起こすらしいとつきとめた。それでそこに静耶が派遣されることになったのだ。
 正直、今回のミッションは静耶ひとりには重いらしい。
 ―――ならば何故、そのミッションが静耶にまわされたのか?


 まさか兄貴の事と、関係があるのか?


 その疑念が静耶の頭から離れなかった。
 もしもそうだとすれば……
 ――――僕は死ね無い。
 静耶はぎりっと歯軋りすると、バイクのスピードを速める。
 前方では道路工事の警備員が笛を鳴らしながら赤旗を振っていた。ここからは工事中だから通行禁止、と。
 しかし…
「何が」
 静耶は静かに呟く。
 彼の瞳がすーっと鋭くなった。
 ―――今だけは疑念は忘れる。それはこのミッションをこなす上で邪魔な物だから。
 そして彼はバイクのスピードを落とす事無く、その警備員に突っこんだ。
 がしゃーん。
 ありえない事に警備員は時速70キロのバイクを片手で正面から止めた。
「このクソガキがぁー」
 叫ぶ警備員。しかし静耶は取り乱さない。
「殺れ、牙王丸」
 静耶がクールに呟いた転瞬、XR250が虎へと変わった。凄まじい巨体を誇る獰猛な虎に。それは警備員の腕をいとも簡単に食い千切ると、
「ぎゃぁーーーー」
 悲鳴をあげた彼を強靭な四肢で追い抜かし、静耶は追い抜き様に警備員の額に符を張った。転瞬、警備員の頭が弾け飛ぶ。
 工事をしていた土木作業員たちが牙王丸にまたがる静耶を取り囲んだ。
 しかし静耶はクールに両手に符を持ち、優雅とも言える洗練された動作で両手を構えた。



 +++


 彼は、樋口耕太。
 テロリストに学校が襲われているのも知らずに、学校の裏からフェンスをよじ登って、侵入しようとしていた。
 と、その彼の服がいきなり背後から誰かに引っ張られたのだ。耕太は慌てた。
 そして後ろを振り返ると、そこに彼よりも少し上ぐらいの男が居た。容姿端麗な彼だが、しかしその恰好はゲームに出てくるキャラクターのような恰好で、そしてどうやら彼は怪我をしているようだった。耕太はここは叫び声をあげるかどうか迷った。
 ――あまりにもその彼の姿があれだったので、耕太はかえって冷静になってしまったのだ。
「あんたは?」
 とりあえず彼はそう聞いた。
「架月静耶だ」
「架月静耶? 俺を誘拐でもしようとするの?」
 ――しかも名前を名乗ったという事は自分は殺されるのだろうか?
「いや。そうではない。だけどそのままこのフェンスに両手を触れればきみは死ぬ」
 耕太は眉根を寄せた。
 そして静耶は耕太を後ろに下がらせ、符で式神を作り出すと、フェンスに触れさせた。式神が両手でフェンスに触れた途端にそれは炎上する。
 燃え崩れる式神を目にしながらも耕太は自分が何に驚けばいいのかわからなかった。
 ―――非現実が多すぎるのだ。
「じゃあ、どうするんだよ?」
 何が? と自分で自分に突っこむ耕太に、静耶は答えずに実践して見せた。
 静耶は符をフェンスに貼った。そして彼はそのフェンスになんと両手でよじ登ったのだ。
「な…」
 もちろん、耕太は目を丸くした。
 そして静耶はフェンスを乗り越えて、
「きみも来い」
 と、耕太に言う。
「どうして?」
「敵がすぐに来る。獰猛な吸血鬼どもだ」
「・・・」
 耕太は絶句した。
 そう言ってる最中に、静耶の背後に、なんと空間から掻き現れるようにして数人の二十歳代の男女が現れたのだから。
 叫ぼうとするが、もう遅い。
 そして…
「「「「「ぎゃぁー」」」」」
 その吸血鬼たちが静耶に襲い掛かる前に、静耶は両手を動かした。
 転瞬、吸血鬼たちは消え去る。
 どうやら耕太の背後から静耶の背後に立った吸血鬼たちに何かが撃ち出されたらしい。
 耕太は振り返った。そこにはしかし何も無い。誰も居ない。
「トラップだ。符術による」
 誇る事無く言う静耶に耕太は絶句した。喉が緊張に焼け付いて痙攣した。
 ――何という実力だ。
「それでどうするんだ?」
 耕太は言う。
「きみをひとりで逃がすよりも、僕の隣に置いておく方が得策だ。だから連れて行く」
「そうか」
 耕太は頷いた。
 そしてその二人に上から声がかけられた。
「やあ。中々の腕前だね、符術師さん」
 若い…しかしただならぬ雰囲気を纏った男が人懐っこい笑みを浮かべながら挨拶してきた。
 耕太はただただこの状況に絶句した。



 ――――――――――――――――――
【第四章 赤き月に祈れ、異形なる者ども】


「敵の数は残り三人と一匹だ」
 朱鷺は音楽室の長椅子に足を組みながら座った。
「三人と一匹ですか」
「ああ」
 静耶は黒板の向こうにあるらしい体育館を見据える。
「情報にある人数と違いますね。あなたが倒した? 三柴朱鷺さん」
「ああ。ここで寝てたら、寝込みを襲われてね。それで事態に気付いたのだよ」
「なるほど」
 静耶はひょいっと肩を竦めた。到底それを信じる気にはなれない。おそらくは面倒臭いから静耶に任せてしまおうという気なのだろう。そしてどうやら話を合わせてくれるようだ。
「それで三柴さんはどうしますか?」
「そうだね。ここで大人しく待ってるよ。君が吸血鬼すべてを倒してくれるのをね」
 また静耶は肩を竦めた。
「【闇の調律師】は、人の心をも調律し、操ると言います。でしたら協力願えませんか?」
 今度は朱鷺が肩を竦める。
「やれやれ、しょうがないな。だったら俺が、放送室に入り込み、放送で音色を奏でる。吸血鬼を外に放り出すな」
「わかりました。それでは僕は体育館の外で奴らを迎え撃ちます」
「おう」
 それまで音楽室の隅に居た耕太はおずおずと訊いた。
「それで俺はどうすれば…」
「きみはここに居ればいい」
 静耶はそう言った。



 +++


 そして音楽室から飛び出した二人はそれぞれ行動を起こした。
 静耶が体育館から校門へと続く道に立ち、
 それを見越したように朱鷺が放送室に飛び込んで、【闇の調律師】である彼のピアノの音色を奏でた。
 その音楽が大音量で、学校中のスピーカーから流れて、そして飛び出して来た三人と一匹。
 グロテスクな犬が泡を吹きながら獰猛な牙を剥き出しにして静耶に襲い掛かり、しかし静耶は符を握り締めた拳を犬の口の中に叩き込んだ。犬の頭部は粉砕され、
 そして静耶は符を媒介にして作り出した式神で、三人の吸血鬼を撃破した。
 しかし静耶の顔には、喜びの表情は無かった。



 +++


 そいつは凄まじい形相でアジトである船の操舵室に飛び込むと、スイッチを入れた。
 だが、それと同時に神聖都学園のスピーカーで大音量で響き渡ったあの忌々しい音色が再び、船内に響き渡った。
 しかも今度は追い出すだけではない。聴いた瞬間に虐殺する音色だ。吸血鬼を。


 そんな馬鹿な!!!


 そいつは後ろ振り返った。
 そこに架月静耶が立っている。
「どういう事だァ?」
 そいつはうめくように言った。
 静耶はただ静かに首を横に振る。
「僕がきみの身体に染み込んだ臭いに気付かないと想ったか? きみのその身体に染み込んだ血の香りに。樋口耕太。いや、きみの本当の名前は?」
 そう静かに静耶が問うと、耕太はけらけらと笑った。
 そして彼の身体が…いや、それを何と言えばいいのか?
 耕太の身体が縮み、12、3の少女の身体になったのだ。黒かった髪も銀色のプルトップになる。
 裸の彼女はしかし恥ずかしがる様子も見せずに鋭い牙を覗かせながら獰猛に微笑んだ。
「あたしはレディー・アンというわ。架月静耶」
 レディー・アン。【蚊】という隠語で呼ばれる吸血鬼たちのチームのリーダー。
「気付いていたのね、最初から」
「ああ。きみはその能力を使って、僕を謀殺しようとした。しかし僕の能力の高さに気付き、逃げ出した。それを利用させてもらった。きみたちのチームを完全に潰すためにも。生きている人を救うためにも。そしてどうやら僕を……



 僕を殺そうとしている組織に、僕という者の力を見せ付けるためにも。



 そう、どうしてきみが僕を知っていたか? そして同胞までも利用して僕を謀殺しようとしたのか? それはきっと組織と裏取引をしたからだ。僕を殺せば、この日本での狩りを許すとか何とか…」
 ―――信じたくない事だが、しかし信じざるおえなかった。
 やはり兄の死には組織が…
「しゃべってもらおうか?」
 レディー・アンはくすくすと笑った。
「誰がぁー」
 そして彼女は静耶に襲い掛かる。狭い操舵室で縦横無尽に鋭く伸びた鉤爪が振るわれる。
 静耶はそれをなんとか紙一重でかわすが、体力差は否めなかった。レディー・アンは無敵の吸血鬼。対する静耶は稀代の符術師ではあるが、格闘は初級訓練を受けた程度だ。
「さあ、死ねぇー」
 嘲笑うレディー・アン。その目が言っていた、おまえの技は全て知っていると。
 しかし!!!
「どう、してぇ・・・」
 レディー・アンは紫の色の瞳を大きく見開きながらうめいた。腹を符呪で強化した静耶の貫き手で貫かれて、口から大量のどす黒い血塊を一緒に吐き出して。
「きみが知っている…組織が知っている架月静耶は所詮は昨日の僕だ。そして今日の僕ですら、明日では昨日の僕。僕は日々進化している。それを考えなかったきみには所詮は最初から、勝ち目は無かったのさ」
 そしてレディー・アンは消え去り、立ちすくんだままの静耶は静かに一滴の涙を流した。



 ――――――――――――――――――
【ラスト】


 静耶の連絡により、オフィスビルでの生き残った者たちは救い出され、
 神聖都学園の生徒同様に記憶の操作を組織によって受けた。
 組織は静耶の今回のミッション成功を褒め称え、そして静耶はただ己の牙は隠して、組織に身を置いた。


 死んでしまった兄の仇を取るために。
 ―――真実を知るために。



 静耶の孤独な戦いはまだ始まったばかりなのだった。
 ・・・。


 ― fin ―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【4365 / 架月・静耶 / 男性 / 19歳 / 陰陽師(駆け出しレベル)】


【NPC / 三柴・朱鷺】



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■         ライター通信          ■
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こんにちは。はじめまして、架月・静耶さま。
ご依頼ありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回は静耶さんの初ノベルに選んでくださりありがとうございました。^^
やはり初ノベルということでものすごく緊張しました。
お気に召していただけますと幸いです。^^

今回はあのような指定があったので、出てくる人物、描写、すべてをものすごくどす黒い設定にしたのですがいかがでしたか?
なんだか冒頭シーンは人格を疑われるような描写がありますが。。。;
本当にあんな事にならないように祈るばかりです。;


ちょっと切ない、というのは上手く織り込めませんでしたが、
しかし裏設定を自由にさせて頂けるという事で、組織を悪党にしてしまいました。(汗
ですが静耶さんの物語はまだまだ始まったばかりですので、ここから組織がどうなっていくのかが非常に興味があったりします。^^
そしてお兄さんの事もあのように。。。
だいぶ静耶さんにとってはハードな環境らしいです。
あ、でも結構僕自身がこういう設定が大好きなもので。^^


今回は架月・静耶という人の物語の本当の始まりのようなモノを描かせてもらえましたので、
もしも次に書く機会をいただけましたら、今度はもっと静耶、という人のあり様や、魅力を書きたい、と想います。
またよろしければ、書かせてくださいませ。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にご依頼、ありがとうございました。
失礼します。