■hunting dogs ―カンカン・レディ■
文ふやか |
【2209】【冠城・琉人】【神父(悪魔狩り)】 |
――プロローグ
如月・麗子に呼び出されて部屋まで行くと、案の定お茶もいれずに麗子はソファーでくつろいでいた。
「お茶いれて、のど渇いた」
加門は無言でキッチンへ入り、フィルターをコーヒーメーカーにセットする。
それをし終わってリビングへ行くと、麗子はヒラヒラと二枚の紙切れを振ってみせた。
「お・て・が・み」
「あん?」
ひったくって読んでみるとどちらもエアーメールである。
『カモン元気? 僕は今エジプトにいます。実はピラミッドを見に行きました。いいでしょ? カモンにも見せたかったので絵葉書を送ります。メイリンも元気だよ ジャス』
ご丁寧に写真は本人達で、ラクダに乗っている写真だった。
加門は一つ嘆息して、もう一枚のハガキを見た。
『よー、ブラザー元気にしてるか? 俺達は今スウィートな新婚旅行中だぜ。ハワイ土産楽しみにしてろよ! 直帰るからな セブン』
ご丁寧に写真は本人達で、ガングロと色白が仲良く並んで立っていた。
「友達多いわねー」
「……嫌味か」
「べーつにー……、お腹すいたご飯食べに」
そのとき、ドンドンドンとけたたましくドアが鳴った。その後インターフォンも鳴り響く。
「加門ちゃん、黙らしてきて」
「お前その性格どうにかしろよ」
加門はのそのそと玄関へ歩いて行って、少し顔を歪め突然ドアを開けた。
「うるせぇ、近所迷惑だ」
「フカマチ、キサラギ、に私用事があります。急ぎなのです」
そこには十五歳ぐらいのアラブ系の少女が立っていた。彼女は後ろを振り返って、加門を押し退けて玄関へ入った。
「おいおい」
「お金ならたくさんあげます。私はQ国の皇女です。私をアメリカへ連れて行ってください」
土足のまま家へ入ろうとする皇女を引きとめると、彼女は目に涙を溜めていた。
「私はアメリカに行って伝えなくてはならないことがあります。助けてください」
加門が止めるのも聞かず彼女はリビングまで飛び込んだ。
「私は重要な書類を持っています。これが世界に公表されれば、私の国は大変なことになるでしょう。しかし、真実は国民に伝えなくてはならない」
麗子はワイドショーから目を上げた。
ワイドショーはどこかの国の紛争を伝えている。
「なに、この子」
「知らん。ともかく、事情を聞いて追い返すしか……」
加門が皇女を名乗る女の子の手を引いて伏せる。銃弾が窓ガラスを音を立てて割り、ソファーに食い込んだ。
「なんだぁ」
「やだ加門ちゃん、あんたとんでもない爆弾引き入れちゃったんじゃないでしょうね」
麗子がソファーの上からおり、頭を伏せたまま言った。
――next
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カンカン・レディ
――プロローグ
如月・麗子に呼び出されて部屋まで行くと、案の定お茶もいれずに麗子はソファーでくつろいでいた。
「お茶いれて、のど渇いた」
加門は無言でキッチンへ入り、フィルターをコーヒーメーカーにセットする。
それをし終わってリビングへ行くと、麗子はヒラヒラと二枚の紙切れを振ってみせた。
「お・て・が・み」
「あん?」
ひったくって読んでみるとどちらもエアーメールである。
『カモン元気? 僕は今エジプトにいます。実はピラミッドを見に行きました。いいでしょ? カモンにも見せたかったので絵葉書を送ります。メイリンも元気だよ ジャス』
ご丁寧に写真は本人達で、ラクダに乗っている写真だった。
加門は一つ嘆息して、もう一枚のハガキを見た。
『よー、ブラザー元気にしてるか? 俺達は今スウィートな新婚旅行中だぜ。ハワイ土産楽しみにしてろよ! 直帰るからな セブン』
ご丁寧に写真は本人達で、ガングロと色白が仲良く並んで立っていた。
「友達多いわねー」
「……嫌味か」
「べーつにー……、お腹すいたご飯食べに」
そのとき、ドンドンドンとけたたましくドアが鳴った。その後インターフォンも鳴り響く。
「加門ちゃん、黙らしてきて」
「お前その性格どうにかしろよ」
加門はのそのそと玄関へ歩いて行って、少し顔を歪め突然ドアを開けた。
「うるせぇ、近所迷惑だ」
「フカマチ、キサラギ、に私用事があります。急ぎなのです」
そこには十五歳ぐらいのアラブ系の少女が立っていた。彼女は後ろを振り返って、加門を押し退けて玄関へ入った。
「おいおい」
「お金ならたくさんあげます。私はQ国の皇女です。私をアメリカへ連れて行ってください」
土足のまま家へ入ろうとする皇女を引きとめると、彼女は目に涙を溜めていた。
「私はアメリカに行って伝えなくてはならないことがあります。助けてください」
加門が止めるのも聞かず彼女はリビングまで飛び込んだ。
「私は重要な書類を持っています。これが世界に公表されれば、私の国は大変なことになるでしょう。しかし、真実は国民に伝えなくてはならない」
麗子はワイドショーから目を上げた。
ワイドショーはどこかの国の紛争を伝えている。
「なに、この子」
「知らん。ともかく、事情を聞いて追い返すしか……」
加門が皇女を名乗る女の子の手を引いて伏せる。銃弾が窓ガラスを音を立てて割り、ソファーに食い込んだ。
「なんだぁ」
「やだ加門ちゃん、あんたとんでもない爆弾引き入れちゃったんじゃないでしょうね」
麗子がソファーの上からおり、頭を伏せたまま言った。
――エピソード
間が悪くピンポーンとインターフォンが鳴り響いた。
加門と麗子は低い姿勢のまま目を合わせた。麗子がゆっくりと中腰で立ち上がり、寝室からワルサーを片手に戻ってきた。彼女は自分が玄関へ向かうと目で告げた。加門は少女を胸に抱いて、そろりそろりと壁沿いへ身体を寄せる。少女を引きずり上げるようにしながら、壁を背に加門が体勢を立て直す。
「立てるか」
「はい」
「どういうことか説明できるか」
皇女を名乗る少女を見下ろしながら加門は聞いた。しかし彼女は俯いたまま答えない。
ドアが開いた気配がして、声がした。
「麗子さ……」
「動かないで」
一方の声も聞いたことのある声だった。
「冠城さん、あんたもまあ非常事態によく来るわねえ」
「……えーと、麗子さんの家もよく非常事態になりますね」
麗子がゆっくり腰を落として戻ってくる。床を這って彼女が進んでいるのに対し、冠城・琉人は正常の歩き方で部屋へ入った。パンと再び銃声がして、琉人が弾かれたように床に身を伏せた。
「どうしたんです?」
「知らないわよ」
琉人が悠長に麗子に訊ねた。それから彼は少女を抱く形で立っている加門に目を上げた。
「こんにちは加門さん。あなたも暇なんですねえ、始終麗子さん家にいるんですか」
「うるせえ。冠城、お前もせっかく来るんなら外の雑魚蹴散らすぐらい気を利かせ」
「そんな。相変わらず言うことが無茶苦茶ですね」
琉人は独り言のように「さすが加門さんですねえ」などとつぶやいている。
「相手は何人だ? お前わかんねえのか」
加門が少女を抱いている片手に力を入れる。少女は首を横に振っていた。
「くそ、出てったら的じゃねえか」
「いやあよ、私が行くのは。あんたゾンビなんでしょ、あんた行きなさいよ」
麗子に言われた加門は顔を渋く曲げて、しかしすぐに少女を伏せさせた。一番手近にいる琉人を横目に、短く言う。
「じゃあ、行ってくる」
完全に戦闘体勢に入った加門に、琉人はニコニコしながらストップをかけた。
「待ってください」
加門が窓へ近付く。
「外の皆さんに浮遊霊を憑依させます。そうすれば、攻撃はおろか何もできやしません」
窓際まで歩き辺りを見回してから加門は琉人を振り返った。
「便利くんだなまったく」
「それから、……どうやら我々のお仲間がいらしたようです」
「仲間?」
訝しげに加門が聞き返すと、琉人は言った。
「CASLLさんですね、銃声を聞きつけて助けに来てくれたんでしょう」
きゃっ小さく黄色い悲鳴をあげて、麗子が立ち上がった。
「……お前も現金な奴だな」
「やだ、知らなかったの」
加門は戻ってきて少女の手を取った。皇女を名乗る少女はおずおずと立ち上がり、加門を見上げた。
聞こえてきた銃声と、如月・麗子の家が結びつくのは早かった。麗子のマンションを目指して走りながら、辺りに不審な動きをしている人物を確認する。一人……八人ほどだろうか。ぐるりと麗子のマンションを囲うように人が配置されていた。一チーム二人で構成されているようだ。その全員が、喉の辺りをかきむしるなど変な行動を取っている。
CASLL・TOは銃火器を放り出して苦しんでいる狙撃者達に近付き、後ろから身体を持ち上げた。
「あなた達、何をしてるんです。麗子さんに用があるんなら玄関から入ってお話しなさい」
二人を両手で持ち上げて説教をはじめると、辺りにいた他の連中が逃げ出すのが気配でわかった。
「まったく、説明してください」
後ろで気配が動いて、振り返る前にガツンと頭を殴られた。衝撃と共に手元の力が弛んで、二人の男は巧く着地して走り出した。
頭をかかえる暇もなく、慌てて振り返る。
「ちょっと、待ちなさい」
しかし連中の逃げ足は驚くほど速かった。男達は着いた車に乗り込んで、猛スピードで去って行った。
「ここは日本なんですからねっ」
鼻息を荒くして眉根を寄せる。
どうやら男達はアラブ系の人間だったようだ。近くでみたら、少し肌が薄黒かった。体格の大きな男は少なく、誰もが武器を持っていた。
去って行った奴等を今更捕まえられるでもなかったので、CASLLはベランダ越しに麗子へ話しかけた。
「麗子さーん、敵は一応追い返しましたよ」
一番はじめに加門が窓際へ寄り、サッシを開けた。
「加門さん、来てたんですか」
「ああ。何者かわかったか」
「いやー……、どうやらアラブ系らしいってことぐらいしかわかりません」
「そうか。表から入って来い、ちょうど冠城も来てる」
加門はそう言ってサッシを閉めた。
「冠城さんも? 大きい仕事の話でしょうか」
CASLLは空を見上げ、それから犬の散歩中だったことを思い出した。
「あっ、私の犬っ」
こういった自体には犬は慣れているので、おそらくちょっと散歩が長引いたぐらいの気持ちで自分で勝手に家まで帰ってくれるだろう。
「それにしても、危ない家だなあ」
深町・加門と如月・麗子に関わって、無事でいた例はほとんどない。今回もまたそんな気がしたが、CASLLは黙って玄関へ回った。
今日は危ないぐらいラッキーだった。
どれぐらいかというと、このままの勢いで勝ち続けたら、軽井沢に別荘が買えるんじゃないか、ぐらいラッキーだったのだ。
雪森・雛太は鼻歌を唄いながら、如月・麗子宅までやってきていた。この家の近くのパチンコ屋が新装開店をしたので、わざわざ打ちにきてそしてボロ儲けとなった雛太としては、ギャンブルの女神となった麗子の元を訪れないわけにはいかなかった。
そういうわけで麗子のマンションをたずねて来たのだが、一階のベランダの窓には見覚えのない傷があった。
思わず辺りを見回す。他に人の気配はないようだ。それからベランダへ近付いてみると、やはりそれは弾の抜けた痕だった。眉間にシワを寄せたまま、中の様子を窺ってみると、中にはまだ人がいるようである。
「ギャンブルの女神はトラブルの女神、かな」
いやトラブルは深町・加門の専売特許だろう。おそらくこの騒ぎの中心にいるのは、加門に違いない。女神ならともかくトラブルメーカーに知人はいらない。半分ゲンナリしながら、雛太はベランダから中へ入り、サッシを叩いた。
「俺、雛太だけど」
言った側から、トラブルメーカーその人加門がサッシを開けて顔を出した。
「何しに来た」
「幸運のおすそ分け。かわりに不幸はいらねえぜ」
加門は鼻で笑ってから、雛太に入るよう片手で指示をした。
「あら雛ちゃん、タイミング悪いわねぇ」
中には冠城・琉人とCASLL・TOが座っていた。ソファーの傷を気にしている麗子が顔を上げて、雛太へひらひらと片手を振った。
麗子へ会釈をしてから加門を振り返ると、なんと加門は少女と手を繋いでいる。小麦色の肌をした少女はうかがうように雛太を見つめている。雛太は一瞬言葉に詰まり、加門と少女を指差して言った。
「何の趣旨変えだ?」
「お前と趣味嗜好の話をした覚えはない」
「それにしたってさ、麗子さんからそのお嬢ちゃんじゃ手広すぎんじゃねえの、おっさん」
加門はうるさそうに少女の手を解こうとして、やがて諦めた。
「俺は間違っても麗子に興味はねえよ」
麗子も驚くほど神妙にうなずいた。
「私もつくづく加門ちゃんには興味がないわ」
「そりゃ嬉しいねえ、趣味が合うじゃねえか」
加門が煙草を取り出しながら麗子を横目にする。キッチンへ勝手に入った琉人がお湯を沸かしていた。
「上質の玉露が手に入ったんですよ、そのおすそ分けに私は来たんです」
「お茶菓子あったかしらね……」
麗子が立ち上がる。少女と麗子加門と雛太を見つめていたCASLLが、口を開いた。
「……そのお話が本当ですと……」
「嘘よ、嘘っぱち。加門に懐いてんのよ、本物の皇族じゃないわよ、うさんくさい」
麗子はキッチンのあちこちを開けて回っている。
雛太は堪らず立ち上がった。
「麗子さん俺探すから座ってなよ」
「え? あると思ったんだけどなあ」
雛太の後ろから加門が歩き出し、勝手知ったる我が家という風にキッチンを横切って上の棚からクッキーの箱を取り出した。
「これか」
「あら、さすがねー、ありがと」
キッチンの前で少女が手持ち無沙汰にしている。
雛太はそれに気が付いて、彼女の肩を叩いた。
「座れば?」
クッキーの外箱を潰しながら加門が戻ってくる。すると彼女は彼の足元へすすすっと進んで行った。
「……おっさん、人ん家のクッキーの位置までわかるとは。……あんた、麗子さんと何があんの」
「貸しはあったよな、なあ麗子」
「こっちの台詞よ」
加門がどっかりとソファーへ座ったところで、CASLLが再び言った。
「今までのお話が本当ですと。この女の子はアラブQ国のお姫様で、至急アメリカに渡りたい、その護衛を私達にということですね?」
麗子がコクリとうなずいた。
「CASLLさんの人のいい好意的な解釈だとそうですわ。でも、この世界汚いところもあるの。私はあまり関わってないけど」
「でも、実際彼女が狙われているのは事実ですから、もしお姫様でなくても誰かが守ってあげなくちゃなりません。相手は銃器類を持っていますから、いくら加門さんでも女の子を抱えてじゃ逃げ切れませんよ」
CASLLは言って、一つうなずいた。
加門が火を付けた煙草のフィルターを噛みながら言う。
「ちょっと待ってくれ。俺がいつ、このガキの護衛を引き受けるなんて言った」
「引き受けないの」
麗子が挑戦的な笑みを浮かべて加門を見た。
奥から琉人がお茶をテーブルへ運んできた。加門が答えようとしたところへ、まず琉人がお茶を配りながら言った。
「無理でしょうねえ」
「でしょうね」
雛太もこくりと頭をうなずかせる。
「無理だな」
「無理ですね」
CASLLまでも加門を見ながら真剣な顔でうなずいている。満場一致で断れないリーチをかけられた加門は、煙草を片手に持って大口を開けて抗議をしようとした。
「俺はこんな仕事は……」
すると煙草の煙を吸い込んでしまったのか、隣の少女が咳をはじめた。
ケホ、ケホケホとか細い咳に、まるで追い込まれるように加門の顔色が青くなる。
「おっさん、擦れてる癖に人がいいんだ、まったく」
雛太ははあと溜め息をついて、テーブルの真ん中に出された茶菓子に手を伸ばした。
皇女の名はサラというらしい。
シェイラで頭を覆い、アバヤで身体を覆っている。どこからどう見ても、アラブ人だった。麗子がパソコンで情報を集めている間に、雛太と少女の服を取り替える作業が行われた。
「……って麗子さん、なに俺女装すんの!」
ジャンバーを剥ぎ取られたトレーナー姿の雛太がパソコンルームへ駆け込んだ。
「女装ってほどのことでもないわよ、あの子の格好かわいいでしょ」
「麗子さっ」
「ごめんね、雛ちゃんにしか頼めないのよ」
麗子は雛太を追ってきた琉人を見上げながら言った。
「冠城さんはこうでしょ、CASLLさんはあんなにたくましいでしょ、加門は背だけ無駄にでかいでしょ。まさかぁ、私も無理じゃない?」
雛太は囮役決定というわけだ。
「そんな、麗子さん、俺にだって王子様役ができますってばっ」
「今は王子様出張中なの。お姫様だけ大歓迎」
雛太は脆くも琉人の手によって引き戻されていくのだった。
「お前の服あっちに渡さなきゃあっちが脱げねえんだから、さっさと脱げ」
「くそ、王子様体型めっ、健康日本男児達め、許せん」
雛太がぼやいている間に身包みははがされ、隣の部屋のサラへとそれは渡された。サラは脱いだ服を加門に渡す。
そして加門はその布切れを手に持ったまま、サラに聞いた。
「これ、どうやって着んだ?」
サラが雛太の着付けをしている間に、麗子が消化不良の顔で登場する。
「どうでしたか」
CASLLが成果を聞くと、麗子はサラを睨みながら答えた。
「整形をしてたりしない限り、この子は本物ね。あんたの国、今大変なんじゃないの」
「大変ですって?」
CASLLが一々驚く。
「ええ、ともかくまあ皇族のゴタゴタもさることながら、国は混沌」
麗子は冷たく言った。
「あんた、その書類さえ届けば国が無事だとか甘っちょろいこと考えてないでしょうね」
サラは俯いた。
「まあ、なんでもいいけど」
困ったように麗子が嘆息する。サラから一番離れて煙草を吸っていた加門が、吐き捨てるように言った。
「ともかく、金さえもらえりゃなんでもいいさ」
「……もらえるのかしら」
琉人がソファーに腰掛けたまま言う。
「お金お金って嫌ですね、加門さんは」
「俺だって金もらいてえよ」
雛太が堪らず叫んだ。
「お前は……たくさんもらえよ、金」
さすがの加門も雛太の格好には同情を覚えたらしい。
サラと雛太の背格好はよく似ていたので、二人は違和感なくお互いの洋服で身を包んでいた。サラは麗子が出した野球帽をかぶり、男の子のような印象になっている。その代わり、雛太はアラブの民族衣装を着た女の子といった風貌だった。
「ちくしょう」
「加門ちゃんと……冠城さんは、彼女を空港へ送り届けて。私とCASLLさんは雛ちゃん連れてあっちこっち動き回るから」
「了解」
加門が煙草を灰皿に押しつける。
それから全員は外を窺って、静かに部屋を出た。
敵を引っ掻き回すのならば、なるべく視線を手元に集めた方がいい。
一方は車で一方は徒歩での動きにした。どちらに尾行がついていたとしても、戦力は分散してあるのであまり困らない。
麗子達はCASLLの運転で、都心のデパートへ向かっている。加門達にも寄り道をしながら進むように指示はしてあった。どちらにせよ、どちらが本物かギリギリまでわからにように。
麗子の両手を空けたのは、彼女が愛銃を撃てるようにだ。
「ホントに皇女さんなのかよ、あの子」
「知らないわよ」
雛太が訝しげにシートの合間から顔を出して言ったので、麗子は後ろを窺いながら短く答えた。
「知らないって。じゃあ、なんで俺がこんな目に……」
「ブツブツうるさいわね、男でしょ、女の為に体張りなさいよ」
麗子は面倒なことに巻き込まれたせいか、少し言葉遣いが荒い。そしてCASLLの運転も、性格に似合わず荒い。
「おっさん、運転できんのか」
「一応免許は持ってるんですが……普段はバイクなものですから……」
CASLLが弱々しく答える。雛太があちゃあと頭を抱えると、麗子はそれを横目にマガジンを確認した。
「乗りかかった船って言うでしょ。ガッツリ働いてガッツリ見返りもらうんだから」
タンと音が鳴り、突然車に衝撃が走った。
麗子は窓から顔を出して後ろの車を睨んでいる。バックミラーに映っている男達は、遠目ながらに何かを構えていた。
雛太が頭を低くしながら訊く。
「麗子さん、今の」
「サイレンサーつけて撃ってきてるわね。人の車を」
悔しそうに彼女は顔を歪めて、小さな自動拳銃を構えた。
「CASLLさん、まっすぐ走っててくださいね」
「が、がんばります」
麗子は窓から上半身を乗り出して、後ろへ向けて一発銃声を発した。ドウンという爆音がして、後ろにつけていた白いバンがユラユラと揺れ出した。そして車線を乗り越えるようにして、ゆっくり減速する。
「一台落ちたわ」
「何台もいるんですか」
「さあね、でも皇女狙うような連中なら何台も持ってるんじゃないの」
席に座った麗子は雛太を振り返った。
「たとえば?」
「KGBとか」
「け……ケイ・ジー・ビー」
極悪諜報組織の名に、雛太は引きつった笑みを浮かべる。
「映画じゃねえんだからよぉ」
「映画ならいいわよ、ラストが決まってるんだから」
CASLLが前を向いたまま麗子に聞いた。
「どうしてデパートなんです?」
麗子はワルサーをコートのポケットへしまいながら答えた。
「一般人が多ければ撃ってくる可能性が減るから、殺されないかもしれないでしょ。あと逃げる場所がたくさんあるじゃない? それだけ」
「……それだけ……ですか」
雛太は撃沈するように身体を倒してシートにもたれていたが、諦めるように座り直した。
「まあ、いいさ。そいでさ、あの皇女さんなんで麗子さん達のとこ来たんだよ」
シートにもたれて煙草を取り出していた麗子が、ライターを片手に静止する。バックミラー越しに上目遣いに雛太をちらりとだけ見つめ、目を伏せて火をつけた。煙草を一口吸ってから、細い指で煙草を挟んで麗子は言った。
「どうしてだと思う?」
「それを聞いてんじゃん」
「あの子加門の名前も知ってたらしいのよねえ」
CASLLが片手の指を立てて言った。
「捕獲部で優秀なボディーガードとして推薦されたのでは」
「正解、って言いたいところなんだけど、私はともかくあの加門が推薦されるわけがないわ。仕事の成功率は置いておくとして、器物破損は凄まじいわよ。誇れるとしたら、そうね……その派手さぐらいなんじゃないかしら」
雛太は麗子の手元の煙草をねだって、片手を振った。麗子も気付いて彼に煙草を渡す。
「俺もよく麗子さん達に関わってるけどさ。賞金稼ぎってこんなもんなのか、本気で悩むわ」
「奴より危険な同業者は少ないと思うわよ」
「思いますね」
雛太は煙草を二三口吸って、深い深い溜め息をついた。
この時期の大問題といえば、縁がなさそうで縁遠くいられないお歳暮である。どんなに小さな会社とて、そしてまったく縁がなさそうな草間興信所とはいえ、なぜだかお歳暮は贈らなくてはならないし、そして送られてくるものだった。
上お得意の依頼客ならまだしも、草間興信所が送るお歳暮の宛ては主に商店街の役員の人間に限っている。例外に高峰研究所やアトラス編集部がある。
なんにしろ頭の痛い問題だった。
デパートのお歳暮特設会場にて、シュライン・エマは頭をひねっている。
シュラインの性格上、毎年石鹸を贈りつけるわけにはいかない。もちろん、毎年油というのもいけない。予算は変わらないが、物価は変わる。お洒落なお歳暮の増えている。その中でどれだけ見劣りしないものを選ぶかが、毎年の課題だった。
「はぁ……」
最近流行りの選べるお歳暮にしてしまおうか、ついついそんなことを考えてしまう。あの無責任なシステムは、真心が伝わらない代わりに受け取る側を喜ばせる。そんな近代的なお歳暮も悪くはないと思うが、やはりもらって顔が浮かんでくるような旧時代のお歳暮がシュラインは好きだった。だからこうやって、一つ一つ商店街の忘年会で草間所長しか会わない、八百屋の大将や肉屋のおいちゃん、金物屋のご主人達への贈物を選んでいるのだ。
右端のアイスの詰め合わせはお中元で同じ物をもらっておいしかった記憶があるが、この時期お年寄りにアイスを送るのはなしだろう。缶詰の詰め合わせは去年贈った気がする。脂っこいハムもあまり適さないかもしれない。
棚の二段目にある、お茶漬け海苔と味海苔の詰め合わせに目を止める。
ちょうどいい……。これならば、お年寄りでも消費するだろうし、季節外れでもない。商店街の方々へは今年はお茶漬け海苔セットで決定だ。
アトラス編集部へはネスカフェのセットを贈ればいいし、高峰研究所は一パックが驚くほど高い紅茶一缶を贈ることにしよう。
決まった。
置いてある空箱についている番号をいくつか覚えて、シュラインはお会計の机に座った。
店員がすかさずお茶を差し出す。
「ありがとう」
渇いていた喉をお茶で潤して、シュラインはメモ帳を出し申し込み用紙に記入しはじめた。
麗子の部屋を出た加門達は、最寄り駅まで小走りで移動していた。
後ろに誰かがいる気配はない。
冠城・琉人の黒装束に、加門の軽装、サラの今時の若者風の服装では、辺りから浮くのも無理はない。琉人は後ろを大きく振り返った。辺りにまとっていた霊の気配が消えていた。
「加門さん、向こうはお祓い師でも連れてきたようですよ」
サラの手を取っている加門が足を止める。
「さっきのでこっちの手の内がバレたってことだな」
「そのようです」
再び歩み出しながら加門は短く言った。
「遠距離攻撃に注意だ。これで俺達は、遠くをカバーできなくなった」
「そうですねえ。まあ、慌てずにあちらの手の内を見ながらいきましょう」
不安そうにサラが琉人を見上げる。琉人は安心させるようにニッコリと笑って、彼女の頭を帽子越しに撫でた。
「私と加門さんならほぼ無敵ですよ」
サラは困ったように微笑んだ。
突然人が飛び出してきて、大声で叫んだ。
「見つけたぞ、お前等銃を捨てろ」
だみ声で怒鳴られて、加門と琉人は呆気にとられてその人影を見た。
ウェバー・ゲイルである。彼は愛用の黄色いジャケットをはためかせて駆け寄り、マグナムを二人に向けていた。
「手を頭の上に置け」
畳み掛けるようにウェバーが怒鳴る。琉人はちろりと加門を見た。加門も琉人を横目にしている。ウェバーの勢いに押され、二人は黙って両手を頭においた。ウェバーが二人を道路脇の壁の前に立たせる。そして彼は、サラの腕を取った。
「もう大丈夫だ、安心しろ。アメリカ政府がお前さんを探してるぜ」
琉人と加門はまた顔を見合わせている。
それから琉人が静かに言った。
「ウェバーさん、この間はどうも」
「皇女を誘拐しようだなんて汚ねえ野郎だ」
サラが戸惑うように視線を上げる。それに答えるように加門も口を開けた。
「ウェバー、この仕打ちはなんだ」
「ウェバーウェバーってお前等人の名前連呼すんじゃねえ……、ってぇなんだ、加門じゃねえか。それに、そっちはこないだ俺をひどい目に遭わせた霊媒師」
今度はウェバーが呆気にとられている。
「霊媒師とはまた、適当な表現を当ててくれたもんですねえ」
「なにやってんだこんなところで。ははは、両手なんて上げてなくていいぜ」
ウェバーは胸にマグナムをしまった。二人はようやくあげた手を下ろした。ウェバーの手を振り解いて、サラが加門の足元へ駆け寄ってくる。
「おい、お前はこっちだ」
ウェバーが慌てて声をあげる。
「まあ話を聞けよ。俺達にも俺達の事情があんだ」
「俺達?」
琉人が手早く今までの経緯をウェバーに話した。
「……というわけでして。ウェバーさんがサラさんを空港まで送り届ける場合、我々が想定したルートで行くのが一番安全なのです。大使館さんが動いてくれるなら別ですがね。それに、私達はどちらかというと麗子さん達の方が心配なのです」
ウェバーは片方の眉をあげて、口を歪めた。
「たしかにな。囮で即戦力が二人、片方が女じゃ分が悪ぃぜ。そいつらの現在地は?」
「池袋の西武に向かっているところでしょうか」
琉人が答えると、ウェバーは何度か小刻みにうなずいてから片手をあげた。
「オーケイだ、お前等はこいつを無事に空港までな。俺はそっちの加勢にいく」
「ありがとよ、旦那」
加門はサラの手を引いて歩き出した。サラの頭をウェバーが一回軽く叩いた。
「無事に行くんだぜ」
「じゃあ、後のことはよろしくお願いします」
琉人も加門の後に続いた。
駅まで着くと、二人はまた声をかけられた。
「ちょ、ちょっと! ちょっとあんた達」
どこかで聞いた声である。加門と琉人はゲンナリしながら顔を合わせ、そして声の方向を振り返った。
「こんなところで何してんのよ」
そこには黒いスーツを着た神宮寺・夕日が立っていた。
改札の前で小銭を探しているところだった。
「雛太くんとおてて繋いで……あら? 外人」
夕日が驚いてサラの前に屈みこむ。サラは夕日の視線を避けるように、加門の足元へまとわりついた。気にせず加門はポケットの小銭を探っている。
「お金はお財布に入れるものですよ、加門さん。ジャラジャラポケットに入れてるなんてみっともないです」
「じゃあ、お前が財布から金出せよ」
一円や五円を器用に片手で分別している加門が低い声で言い返すと、琉人はあっさり無視をして夕日に話しかけた。
「いやあ、私達は急ぎなんですよ」
「女の子にこんな格好させて、なに、なにイカガワシイ仕事してるわけ」
「はははははは」
「これ雛太くんのでしょう。雛太くんも巻き込まれてるわけ?」
琉人が笑って誤魔化している後ろから加門が現れて、サラと琉人へ切符を手渡した。
「おおかた予測どおりだ。行くぞ、冠城」
「そういうわけですので、お先に。夕日さん」
「……ちょーっと待った。私もついてくわよ。深町・加門の行く先、事件ありよ」
得意気に言う夕日をそこに置き去りにして、加門達は改札を抜けた。
「待ってったら、まだ切符買ってないし。どこまで行くのよ!」
完全無視体制で、加門達は階段下に身を潜めた。
地下駐車場へ滑り込んだ車を銃弾がかすめていった。
運転は麗子に代わっていた。車はスタントでもするかのようなスピードで駐車場の車の間をぬい、エレベーター近くの空きスペースにぴったりと納まった。
「れ、麗子さんすげぇ」
「加門ちゃん直伝よ」
それだけ言って三人は頭を下げたまま車の床からコンクリートの床へ這い降りた。
麗子がエレベーター側へ回ったところへ、弾が飛び交いはじめる。サイレンサーをつけているからか銃声はしない。ただコンクリートや車の壁を、銃弾がくり貫いていく。三人は敵を確認しながら、中腰になってエレベーターまで走った。
「やだわ、見えないんですもん」
雛太が言われて麗子の視線の方向へ目を上げた。
「雛ちゃんは俯いてて。バレちゃうから」
言われて慌てて雛太はエレベーターの方へ顔を向けた。CASLLが右目の眼帯をあげて辺りを見渡した。麗子とCASLL二人が、雛太を守るように立ちはだかる。
「左の一番端の柱の影にいます」
「了解」
麗子が素早く構えて撃った。ドウンと轟音が駐車場に響き渡る。
「右から三番目の柱の後ろ二台の車の影です」
両手で銃を構えて、また撃った。
雛太がエレベーターのランプを見上げて叫ぶ。
「来た」
「オッケイ、乗るわよ」
乗り込もうとすると、連中が大きく動き出した。タンタンタンタン、と連射のように銃弾が床を跳ねる。麗子はエレベーターの閉まるドアから銃を突き出して、何発か撃った。
「何階いくの」
「高い方がいいかも、わかんないけど」
麗子は左のポケットからワルサーより一回り大きな銃を取り出した。
「CASLLさんこれどうぞ。加門のだから、色々な意味で錆てるけど。手入れはしてあるわ」
「加門さん銃使えるんですか」
驚いた顔でCASLLが銃を受け取る。
「使えるわよ、使わないだけ。……でも困ったわね、CASLLさんばりの視力がなきゃデパートの中で撃つなんて危険すぎるわ」
麗子はワルサーをベージュ色のコートのポケットへ入れ、はあと一つ嘆息した。CASLLもベレッタをズボンの後ろへ挿した。
そのとき、エレベーターの中に緊急放送が響き渡った。
「地下駐車場にて発砲事件がおきました。来店のお客様は、すみやかにデパート外へ緊急避難を開始してください」
エレベーターは五階で止まった。
三人は目を合わせ、肩をすぼめてから五階で降りた。
エレベーター、エスカレーター付近は血相を変えた客がごった返している。
「これ、いいこと? 悪いこと?」
雛太がCASLLを見上げて訊く。CASLLはそのまま麗子を見下ろした。
「うっかりお客さんに当たる確立は減ったけど、うっかりみつかる確率は上がったわね」
困ったように片手を頬に当てていると、麗子は背中を叩かれた。
ポケットに片手を突っ込んで、視線をするどくしながら麗子が振り返る。
「れ……麗子さ……」
そこにはシュラインが立っていた。雰囲気に圧されて、呆気にとられたような顔をしている。
「麗子さん、まさか発砲って」
察しのいい彼女はCASLLと麗子を見比べてから、サラの格好をしている雛太を覗き込んだ。雛太はCASLLの巨体に隠れるようにして、シュラインの視界から出る。
「またゴタゴタ?」
「そうそう、またゴタゴタ」
麗子がからから笑う。雛太はCASLLの影で深く息をついた。
「ごめんね、シュラインちゃん、付き合ってもらえるかしら。雛ちゃん殺されそうなのよ。シュラインちゃんの耳で、なんとかあいつらから逃げ切ってもらえるかしら」
「逃げるのね?」
シュラインが念を押した。
「うーん、逃げ切ったらまずいのよね。囮だから。連絡があるまでは、連中を引きつけておかないと」
「わかったわ、事情は後でゆっくり説明してちょうだいね」
「私達は、なるべく連中をぶっ倒す方向でがんばるから」
雛太が驚いてシュラインと麗子を見比べる。
「え? 分かれるの? 全員一緒の方が安全だろ」
「見つからない方が安全でしょう。なら、分かれた方がいいわ」
シュラインは言って、ハンドバックから携帯電話を取り出して操作する。
「携帯の音消しておいてね、連絡が入った途端敵に居場所がバレるのは嫌だもの」
雛太は渡されていた麗子のビジネスバックの中から携帯電話を取り出した。中には紙の束が入っている。
「雛ちゃん達は他の階へいってて」
避難が順々に進んでいったせいか、デパートは閑散としている。
「オフェンスに出ましょう」
全員視線を合わせて、いっせいに散った。
エレベーターが五階で停まる。お歳暮特設コーナーの棚に隠れながら、CASLLは撃てもしない拳銃を構えていた。停まったエレベーターはまるでこちらの様子を窺うように、じっとしている。やがて中から五人ほどの浅黒い肌の男達が降りてきた。
CASLLは銃をズボンへ挿し、履いているブーツの紐を一本引き抜いた。五人は三人と二人に分かれ、三人がCASLLの方向へ歩いてきていた。棚に影を忍ばせながら、男達の背中に近付く。
手の届く距離まで詰めて、CASLLは靴の紐を相手の首にくるりと巻きつけた。反応が返ってくる間に、背負うようにして男を投げ飛ばす。二人の男が銃を構えたのが横目で見えたので、思い切り足を伸ばして一本の腕から拳銃を叩き落した。自分に銃口が向く。蹴り飛ばした男の身体を掴んで、盾にするようにした。
「あなた方は何者なんですか」
相手が一瞬怯んだのを見逃さず、CASLLは手元の男を銃口に放り投げるように投げた。撃つに撃てず、銃を持った手を引き上げた男に、飛びかかる。右手から拳銃をむしりとって、一発肘を頬に入れてやった。
「やれやれ……」
肩で息をしながら、CASLLは眉根を寄せた。腰に挿した拳銃を片手で触り、自分も飛び道具が少し使えたらと小さく思う。だが、使えなくてよかったとも思う。しかし考えている間もなく、同じ階で銃声がしていた。
ヘタに突っ込んで行っては麗子の邪魔になるだろう。棚や柱に潜みながら、CASLLは麗子を探した。
タン、タン、タン、タン、と麗子の銃声だけが甲高く鳴っている。麗子は棚をうまく利用して逃げている。ドウン、ドウンと自分の銃声がこだましていた。大きな柱に身を身体を入れて、狙いをさだめて撃った。当たった感触が手に残る。一人……数えている間に逆方向から銃弾を浴びて、床に伏せた。
どこにいる。
また棚を伝って逃げ出すにしろ、相手の位置が特定できないのは怖い。
中腰で構えどちらへ飛び出そうか逡巡していると、CASLLが大声で言った。
「あそこです」
そんなことをしたら自分が的になると、彼はわかっているだろうに。
麗子はCASLLの突進して行った方向に銃口を向けた。見えた銃身を躊躇いなく一発撃ち抜く。腕は弾け飛ぶように銃を落とした。そしてCASLLがその男を取り押さえる。
麗子はあちこちに残った昏倒した男達の武器をさらい、ポケットやスカートの間に装備した。
「CASLLさん大丈夫です?」
「麗子さんこそ、お怪我はありませんか」
CASLLは立ち上がりながら、汗を拭いた。
「射的はなさいませんの」
「射的、ですか?」
麗子は片手で銃を作ってみせた。CASLLが苦笑いをする。
「本当に人間を撃つなんて、できませんよ」
「今度教えてさしあげますわ、手とり足とり。いい射撃場がありますのよ」
またエレベーターがチンと鳴って人を運んできた。
走って逃げるときは本当に注意が必要だ。
「姉御、こっち」
「待って」
雛太の足元に服が絡みついている。まったく走りづらい服を着ているものだ、皇女さまというのは。シュラインは雛太に手を引かれて、はあはあと息を整えている。拳銃を持った相手に背を向けて逃げるというのは、本当に恐ろしい。後ろに目があればいいのに、と月並みなことを考えたりする。
後ろに追ってくる影が見えた気がして、雛太はそこら辺にあったテントの中へシュラインと共に入った。
「平気かしら……ここ」
「わかんねえ」
なるべく息を潜めて、じっとしていた。
奴等は何人ぐらいいるのだろう。おそらく麗子とCASLLが足止めをしているだろうに、後から後から涌いてくる。実際雛太とシュラインは追っ手から逃げることしかしていないので、増えるのは仕方のないことか。
「また……新しい人が来たわ」
シュラインが身構えて言った。いくら急場を凌ぐ為とはいえ、テントの中はまずかっただろうか。どこにいるのか知れてしまえば、一巻の終わりだ。
そしてすぐに銃撃戦がはじまった。
まさか自分達が見つかっていない状態でそんなことが起こるとは露も思っていなかった二人は、目を合わせたまま固まっていた。
テントの中から顔を出すわけにもいかない。
「仲間割れかしら……一人こっちに来てるわ、出ましょう」
また銃を前にした逃亡だ。
雛太はごくりと唾を飲み込んでから、シュラインの手を引いて勢いよく飛び出した。
「止まれ」
止まれと言われて止まる囮ではない。
「おいちょっと待て、俺だ」
シュラインが立ち止まった。雛太はシュラインの手を強引に引いて逃げようとする。
「待って雛太くん」
「援軍ってとこだ」
雛太がようやくその声に聞き覚えを見つけて振り返ると、そこには黄色いジャケットを着た外人が立っていた。
「あんた、こないだの」
「よお、坊主。無事でなによりだ」
たしかウェバー・ゲイルとかいう男だった。ウェバーは銃を片手に上機嫌だった。
「皇女の囮になろうなんざ立派な男気だぜ、泣かされるねえ」
ふざけた男だが戦力には変わりない。雛太の足から力が抜けた。
夕日は必死で前を行く男達の後を追っていた。ともかく、誰かに追われているというより置いていかれないことに必死だった。加門達の乗った電車では発砲騒ぎが置き、しかも追いかけっこまではじまり、結局次の駅で降り足の長い男連中がサラの手を引き逃げている最中だった。ちょっと気を抜くと、後ろから発砲される。
「きゃあっ」
しかし騒いだところで、前を行く二人は振り返りもしない。
失礼しちゃうわ、本当に。
実際好きでついてきたのだから文句は言えない。まさかこんなことになるとは思いもしなかったのだ。いや、こうなることぐらい予測できた筈かもしれない。やはり自分が悪い。
階段を終えて右へ曲がったのが見える。やはり加門達と一緒にいたのだから、このまま置いていかれたりしたら、連中に捕まるだろうか。奴等が一体どういう連中で、警察で取締りができるのか聞いておくべきだった。……実際、警察手帳が通じそうな相手には見えないけれど。
加門の身体が引き返してきて、夕日の片腕を引っぱって走り出した。
突然のことに半分こけそうになりながら、夕日も走り出す。
前を行く琉人は、サラを抱き上げていた。サラが不安そうに加門を見つめている。
「あんた、煙草」
「バカ舌噛むぞ」
「煙草、吸ってるくせに、どういう持久力してんのよ……」
夕日は先ほどから全力疾走のしっ放しだというのに、加門は平気な顔でくわえ煙草である。琉人の進む方向へ足を向けながら、後ろを振り返る。
「お前拳銃は?」
「持ってないわよ、携帯してるわけないでしょうが」
「撃てるのかって聞いてんだよ」
自動改札口にそのまんま突っ込み、加門は見事改札口を破壊した。
「きゃあ」
「冠城どっち行った? 右か、右だな」
改札がバチバチ音をさせ、中から駅員が飛び出してきた。しかし加門は気にするでもなく、右方向へ走り出す。
「た、たしなむ程度には……」
「それじゃ、これ、ほい」
加門はポケットから自動拳銃を出し、夕日に渡した。手を離して、走るスピードを上がる。琉人がサラを下ろしているのが見えた。
「待ってよ」
加門達にようやく追いつくと、加門は辺りを見回してまた走り出した。琉人はサラの頭に手をのせている。
「なに? 加門どこ行ったの」
「車を取りに戻りました。囮効果もあまりないようですし、今追ってきている連中は私が相手をすることにしますから、夕日さん、あなたサラ皇女と一緒に身を潜めていてください。直に加門さんが車で戻ります」
サラは俯いたあと琉人を見上げて言った。
「すいません」
「そういうときは、ありがとうですよ、サラ皇女」
夕日は加門から渡された自動拳銃を片手にサラの手を引いて駅前の公園の中へ入った。
「サラちゃん、よくわかんないけど、絶対平気だから」
サラは首を横に振った。
意図は汲めなかったが、夕日はサラを連れて茂みに身を隠した。
琉人の黒装束は目立っていたので、追っ手はすぐに彼を発見した。人通りが少しあったので、琉人は辺りを見回して連中を引き連れて路地へ入った。そこには誰もいない。銃弾が身体をかすめた。振り返ると、そこには六人ほどの武器を持った敵がいた。この程度ならば……と思うも、路地に入らず様子を窺っている連中も入れると十人近くになるかと、静かに考える。そして、次の瞬間に纏魔をまとうことを決める。
纏魔は琉人の持つ最大の能力である。だが、姿を人間と違えてしまうので琉人はこれをめったに使うことをしない。六人程度ならば、悪魔を顕現化させた鎧で身を包まずとも、なんとかなるような気がしていた。だが、相手は武装をした人間である。なにより、誰一人皇女サラの元へ向かわせるわけにはいかなかった。
六人の中央に身体を滑り込ませ、発砲と共に両手を振り回す。たったそれだけの動作にも関わらず、六人全員が獣に襲われたかのような傷を負い、その場にがっくりと倒れこんだ。外にいた男達が慌てて加勢に入ってくる。一つ跳躍をした。男達の頭上に、琉人は飛び上がった。四人の男がざわざわとざわめいて、琉人の姿を探している。中央に降り立ち、足を蹴り出した。薙ぐように蹴り出された足に、吸い付くようにして男達が倒れる。
「ひぃ……ば、ばけものだ」
どこの言葉だかわからないが、琉人にも意味合いは理解できた。
振り返りながら纏魔を解いて、追い討ちをかけるようにその男の頭に片手を当てて持ち上げた。壁に叩きつけてから言う。
「そうですよ、あなた達が相手にしているのは、他ならぬ私なのです」
立ち上がる気力のある数名が逃げ出そうとする。それを止める為に、琉人はタンと一つ飛んで彼等の行く手を阻んだ。
「行かせませんよ、眠りましょうね、ゆっくりと」
ニコリとした彼の笑みは、たしかに神父らしい顔だった。
デパートの五人は合流していた。エレベーターホールの自動販売機でそれぞれ飲み物を買い、警戒を続けながら話しをしていた。追っ手は二十余人を越えていただろうか。雛太の変装がバレた可能性も高い。外には機動隊が待機している。彼等が突入してきたら、五人は発砲事件の主犯として捕まることになるかもしれない。
「……まずいな」
ウェバーが窓から下を覗きながら言った。
「そもそも、本当に皇女さまなら深町さんに護衛なんか頼んでこないわよ」
「顔は確認したのよ、皇女の顔だったわ」
ウェバーの隣にCASLLが並ぶ。彼も下をマジマジと覗きこみながら、渋い顔をした。
「どうしましょう」
「仕方ない、作戦はご破算だ。俺がアメリカ大使館に話を通す、そうすりゃこっちのフォローもしてもらえるさ」
「ご破算て。あんだけやったのにぃ?」
雛太が悲鳴をあげた。
「しょうがねえだろ。このままじゃ俺たちゃ犯罪者だぜ」
ウェバーは話を切り上げて携帯電話を取り出した。
シュラインは難しい顔で腕を組んでいる。
「その皇女様、なんにも言わないんでしょ? よく引き受ける気になったわね」
「追われてるのは事実だったし、もう巻き込まれちゃってたからね。同じ追われるならお金もらえた方がいいでしょう」
麗子は紙コップのコーヒーをすすった。まずそうな顔をして舌を出す。
「書類の中身は?」
「わかんない。見せてくれなかったわ」
シュラインが眉間にシワを寄せて考え込む。
「一番考えられるのが、その皇女様は偽皇女で、囮として行動している線ね。それなら目立つこの二人に仕事がいったのも納得できるわ」
反論する理由が見当たらなかったからか、麗子は溜め息をついた。
ウェバーが電話を切って言う。
「暗くなんなよ、お前等。その昔さ、グレートな作家になりたいっていう少年がいた。そいつに俺は『グレートってなんだ』って聞いたのさ。そしたら奴は『世界中の人が僕の文を読むそして心の底から反応させる。苦悩と怒りでわめかせたりするんだ』なんとそいつは、今マイクロソフト社のエラーメッセージを書いてるらしいぜ」
全員がウェバーを見ていた。
「それで?」
代表して雛太がつぶやく。
「面白いだろ、なるほどだろうが」
「おっちゃん、ギャグのセンスねえな」
「大使館側で俺達は保護してもらえるそうだ、安心しろ。しかし変だな、皇女さんもさっさと大使館で保護しちまえば、こんな騒ぎにゃあならなかっただろうに」
ウェバーが顎をかく。
CASLLが困った顔で答えた。
「囮ですかね」
囮の囮だったわけだ。
加門の運転する車にサラと夕日が乗り込み、冠城・琉人も車に反応してやってきた。
「早かったですねえ、加門さん」
「行くぜ」
車を出すと、後部座席に乗っているサラが下を向いて泣きはじめた。
夕日が彼女の頭をそっと撫でる。
「どうしたんです、サラ皇女」
琉人が驚いて訊いた。
駅前の狭い道をあっという間に抜け、まっすぐ空港へ向かうように車は制限速度をぶッちぎって走り出していた。
ひっくひっくとしゃっくりを繰り返し、サラはズボンを握り締めている。ポタンポタンと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「ごめんなさい」
搾り出した声は謝罪の言葉だった。夕日はそっと彼女を抱き締めた。
「怖かった? 大丈夫よ、強いだけが取り得のおじさん達がいるから」
加門が片手で煙草を取り出している。まさか追い越しが自由な筈はないのに、車は勝手に車線をはみ出して、ぐんぐん車を追い抜いて行った。
「泣いてちゃわかんねえよ、言いたいことがあんならちゃんと言え」
煙草をくわえながら加門が言う。琉人が眉間にシワを寄せて加門を睨んだ。
「小さな子にその言い方はないでしょう」
「こいつのせいで山ほど迷惑してんだろうが」
「ああ、もう、可哀想でしょ。泣かないで、サラちゃん」
夕日の胸を手で押し返して、サラは加門のコートの袖を引きながら言った。
「ごめんなさ……、ごめんなさい。私は空港へは行きません」
「ほらきなさった。こうなると思ってたぜ、俺は」
「私も」
驚いているのは夕日だけのようだ。夕日は加門と琉人とサラを順番に見つめて、最後にサラに向かって言った。
「だって、あなたが空港へ行きたいから空港へ向かってるのよね?」
サラは頭を横に振った。
「私はQ国の皇女ですが私はその書類を持っていません。その書類は弟が持っています。アメリカ大使館へ着き次第連絡がある筈です。すいません、私は囮です。あなた達を巻き込まなければ、立派な囮にはならないと思いました。私のせいで、危険な目にあわせてしまって、本当に申し訳ありません」
カチ、カチとライターを押す音がする。やがてライターの火が灯り、加門は白い煙を吐き出した。
「サラちゃん、このおじさん達ね、元々危険が生きがいみたいなものだから、気にすることないわよ」
夕日が優しく言って聞かせる。
加門はハンドルを片手で操作しながら、琉人へ訊いた。
「どこを逃げ回りたい?」
「どうせなら、サラちゃんの思い出作りも兼ねて遊園地なんかどうでしょう」
琉人がサラを振り返って手を伸ばす。
「お金は要りません、サラ皇女、あなたの国の為に使ってください。あなたを無事に送り届ける依頼を、私はちゃんと受けましたからね」
加門が煙草を片手に取って舌を出した。
「偽善者ぶりやがって」
「あなた、私をどういう目で見てるんですか」
半眼で琉人が聞いたので、加門はやる気のない表情のまま下唇を突き出して言った。
「どうでもいいだろ、そんなこと。遊園地で一暴れ、だな。冠城、麗子達に連絡してくれ」
「合流ですか」
「人数は多い方がいい」
車は機嫌よくエンジンを回している。
加門達の追っ手は冠城・琉人が全て切り捨ててしまっていたのでいなかったが、麗子達が着くとそれらしい人間がチラホラ見えはじめた。
「シュライン、結局お前も巻き込まれたのか」
加門がいつもの顔ぶれに呆れた声を出す。
「おかげさまで。この子がサラ皇女ね、私がこの子と逃げるわ」
「じゃあ雛ちゃんは加門ちゃんと逃げてね」
麗子がワルサーを確認しながら言う。雛太はがっくり肩を落とした。
「色気ねえな、おい」
「CASLLさん、一緒にコーヒーカップ乗りましょう」
麗子は今やデートモードに突入したらしい。
ついつられて、夕日も突入する。
「か、加門、絶叫マシーンとかあんた、好きそうよ、ね」
「行くぞ、制限時間は皇子が大使館に着くまで。捕まるなよ」
加門が煙草を足で踏み消しながら言った。
「せっかくの遊園地です。たくさんの乗り物に乗って、楽しみましょうね、皆さん」
琉人はニコニコと笑って、サラの頭をポンポンと叩いた。
シュラインとサラはミラーハウスに入っていた。後ろにアラブ系の男が映る。驚いて逃げようとするも、男は違う方向へ消えていった。出口へ向かって歩いて行くと、前に男が立ち塞がった。すかさず後ろを向いて、持っていたハンドバックを投げつける。その足でミラーハウスを抜けると、遊園地の客達が緊急避難をしていた。今日はこんな場面に出会ってばかりだ。シュラインは複雑に感じながら、後ろを振り返ってサラの手を取り彼女に聞いた。
「何に乗りたい?」
サラがはにかむように笑った。
メリーゴーランドの馬車席に座っていた夕日に、後ろの馬に乗っている琉人が声をかける。
「夕日さん、平気ですか」
「平気じゃないわよ、ナチュラルにさっき全無視食らったのよ。たしかにあいつと遊園地はまるで合わないかもしれないけど。しかも、置いていかれたし」
「独り言が多いのは寂しい証拠ですよ」
同じメリーゴーランドに乗っていた男達が歩いて近付いてくる。
夕日は加門から渡された銃を手にした。
「寂しい女は怖いわよぉ」
狙いを定める。隣で琉人が笑顔を崩さずつぶやいた。
「怖いですねえ」
メリーゴーランドに銃声が響き渡る。
CASLLと麗子はオバケ屋敷に入っていた。暗がりだから危険と思うだろうが、CASLLの視力を持ってすればなんということはない。
「キャー、CASLLさん怖いわっ」
何もないのに麗子がCASLLにしがみつく。CASLLは身構えて、前から襲ってきた男をていやっと投げ飛ばした。
「これで大丈夫です、麗子さん」
「そうですわね」
せっかく二人きりのオバケ屋敷をエンジョイしようとしているというのに、麗子の視界に鈍く光る銃口が映った。彼女はポケットからワルサーを引き抜くと、そちらへ向けて素早く撃った。
ドウンと爆音がして、パタリと男が倒れる音が聞こえた。
「邪魔すんじゃないわよ、ゲス」
恋する女は恐ろしい。
雛太は何故かジェットコースターの最前列に座っていた。走り出してから後ろを振り返ると、最後尾に浅黒い肌の男達が乗っている。その間は誰も乗っていなかった。ガタンガタンとジェットコースターが坂を上って行く。そしてゆっくり落ちる。浮遊感が漂い、轟音で他の音が聞こえなくなる。トンネルが迫り、トンネルを抜けるとプールの中央を抜け、そして最初の所へ戻っていた。
慌てて後ろを振り向くと、ようやく拳銃を抜いた男二人組は、待ち伏せをしていた加門によって不意打ちを食らいボコボコである。
「次、何乗る?」
「バイキングで目の前に敵が座るのは見たくねえな」
雛太が肩をすくめる。
すると上空にヘリコプターが現れていた。かなりの低空飛行で、芝生地帯に近付いている。ヘリコプターを追って行って見上げると、どうやらアメリカ大使館のヘリコプターらしい。ヘリコプターにつられて、全員が弁当用の芝生へ集まってきていた。
「よお、お前等」
ヘリコプターからウェバーが出てくる。
「皇子さんも無事保護、皇女さんも無事保護ってわけだ」
シュラインがサラの肩を押した。サラは全員を見回して笑顔を作った。
「皆さん、無報酬で、ありがとう」
ヘリコプターの轟音にかき消されて、サラの言葉はよく聞き取れない状況だった。ウェバーが手を取って、サラがヘリコプターの中へ消える。
去っていく轟音と共に、加門が訊いた。
「無報酬って言わなかったか、今」
「聞こえた」
雛太は皇女の忘れていった民族衣装を眺めて、溜め息をついた。
――エピローグ
「結局あの書類は、石油にまつわる取引きで、彼女の伯父が関わっている違法取引のことだったらしいわね。伯父共に親族はこの一件で退くことになり、正式な王位継承権はサラに移るのね」
麗子は琉人の入れたお茶を飲みながら、ワイドショーを見ている。
加門はまるで聞いておらず、手元の派手なアロハシャツを雛太やシュラインに押し付けていた。
「セブンの野郎、誰がこんなシャツ着るっつうんだよ」
シュラインはどう見ても男物のアロハのピンク色に、若干ゲンナリしているようだった。
「武彦さん、着るかしらね……」
「つか、俺サイズ合わねえし!」
雛太が憤慨して立ち上がる。嫌がる加門に再びアロハを押し戻し、加門は今度はそれを夕日に渡した。
「お前、身内に着せろ。彼氏でもいいぞ」
「き……着ないわよ、誰も、こんな季節外れにアロハなんて」
その通り。セブンのハワイ土産のアロハシャツは、派手な上に季節外れの二重苦で人気がない。
「冠城、お前も一枚持っていけ」
加門は何枚あるんだかアロハの入った袋をガサガサやって、ブルーハワイ色のアロハを琉人へ渡した。
「あ」
麗子が鋭く声をあげたので、全員がテレビを見た。
テレビ画面には、英雄としてウェバー・ゲイルが映っていた。
「なんか、むかつかないか、あいつ」
「むかつくわ。私達が無報酬だっていうのに、報酬がありそうなところもむかつくわ」
CASLLがにこやかに言う。
「まあ無事に全てが納まってよかったじゃないですか」
加門がCASLLにもアロハを押しつけた。
――end
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84/神父(悪魔狩り)】
【2254/雪森・雛太(ゆきもり・ひなた)/男性/23/大学生】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/23/警視庁所属・警部補】
【4320/ウェバー・ゲイル/男性/46/ロサンゼルス市警察刑事】
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■ ライター通信 ■
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hunting dogs14弾 カンカン・レディにご参加ありがとうございました。
いつもと変わらずいつも以上に長くなってしまいました。申し訳ありません。
楽しんでいただければ幸いです。
ご意見ご感想お気軽にお寄せ下さい。
文ふやか
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